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絵の中に在る  作者: 中野あお
1.考える人
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1-1

 私、芹沢千夏がK教育大学に入学できたのは、よくできた偶然の産物だと思っている。


 センター試験の結果が芳しくなかったが、どうしても教育大に行きたかったため、志望校を下げずに浪人覚悟で二次試験を受けたので合格できる自信はなかった。そのため、合格発表の前にすでに予備校の下見にすら行っていた。

 だが、幸運な事にも志望していた中等教育英語の専攻に受かることができたのだ。


 そして、合格発表のその日から、この大学なら何か運命的な出会いもあり得るかもしれないという淡い期待を抱き始めた。


 だからこそ、初めて朝居に会った時に彼に一目惚れをしてしまったのだと思う。

 別に私が惚れっぽいわけでもなければ、朝居がイケメンであるというわけでもない。

 なのに、ドキッとしてしまったから、あんな変人相手に運命だとかわけのわからないことを思ってしまったんだ。こればかりは惚れた方が負けだ。


 当の朝居は朝居で部長にしか興味がないようで、私のことなんて、ただの同じ専攻領域で同じサークルに入った同回生くらいにしか思っていないようなのがムカつく。

 そんな状況を打開するために、本当ならもっと積極的に行動して何かしらのアピールをするべきなのだろうけど、今までに恋愛とか駆け引きとかそういう経験がないため、どうやって行動すればいいかわからず、ただ単に変な絡み方をするにとどまってしまっている。


「千夏、呼ばれてるよ。」


「えっ、はい、なんでしょうか」


 授業中にモノローグじみたことをしていて、隣に座っていた(さち)ちゃんに声をかけられるまで、目の前に来ていた教授に気が付かなかった。失敗だ。


「珍しいね、芹沢さんが話を聞いていないなんて。」


「すいません。どこか教えて下さい。」


「No.6のプリントの三段落目から訳してもらえるかな。」


 失態だ。フランス語の授業は予習をしてきているので、答えることは何も難しくない。でも、そんな油断をした自分が許せなかった。この学校に入れたからには、学業をしっかりとこなしたうえで、それ以外の活動もしっかりと行う、無理でもそう決めた。なのに、しくじった。


「良い訳ですね。単語の意味も文法もしっかり取れてますし、なにより日本語としても自然です。」


 そんな教授の言葉は聞き飽きてきているが、それが成功の証だから聞けてうれしい。成功したことが、言葉や点数でわかることはとても良いことだ。私にはその成功が気持ちよい。

 だから、成功かどうかわからないものは嫌いなんだ。例えば、恋とか。


 四限目の授業が終わり、学生が活発に動き始める時間が始まる。


 活発に動いている中心は新入生ではなく2回生以上の学生である。

 まだ、四月の末であるので、部活やサークルの新歓は活発である。とはいえ、学生の数がほかの大学に比べて少ないこの大学では、全部で五十ほどしかサークル・クラブは存在しない。


 少ないと迷う余地がないように思うかもしれないが、大半の学生は学校が始まって二週間以上たった今でも迷っている。大学生活のスタートダッシュを決める部分であるから、悩むのは当然だろう。だから、サークル側はこの時期でもまだまだ勧誘を続けているのだ。

 私もいろいろとビラを渡されたりもしたが、高校の先輩が入っていたということもあり、美術部に入ることを早々に決め、入部届を出していいた。名前こそ美術「部」だが、活動的にはサークルらしい。その二者の区別は明確にはわからないけど、部長がそう言っていたから、周りにもそう説明している。


 即決したのは先輩がいたからだけではない。私には元々趣味らしい趣味が絵を描くこと以外になかった。大学から新しく何か始めようとは思ってはいるが、そのために今までの趣味を諦めないための決意でもある。

 まあ、私は絵を描くのは嫌いではないと思う。高校の頃も美術部だった私が、今更そんなことを確認するのはおかしな気もするが、少なくとも今は絵を描くことが好きではない。いや、描かれた美しい絵を見ることが好きではない。


 絵を描くことが好きでなくなってしまったのに入部をしたわけではない。入部することを決めた段階ではまだ、絵を描くことは好きだったし、美しい絵を時に人物画を見ることは好きだった。

 でも、あの絵とそれを見つめる朝居を見たのだ。絵を好きでいることができるはずがない。私にはそれくらいの衝撃だったのだ。それも、あの絵の題材が題材だから、余計に絵を描く気が失せていく。


 それでも、今日も私は部室へと向かう。まだ、新勧期間なので、入部していても新入生にはサークルに行かなければならないという日はない。それでも向かうのは、少しでも彼に会いたいからだ。自分でも馬鹿だと思う。それが今の精一杯なのだ。

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