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絵の中に在る  作者: 中野あお
5.知る人
19/38

5-3

 由々先輩がその質問を口にした瞬間、場が凍り付いた。この髪型だけでなく頭までゆるふわになってしまった先輩は何を言い出すのだろうか。というのは冗談で、この人は興味本位でしかないのだ。とんでもない人を指名してしまった。

 そう感じたのは三人だけだろう。

 私、葵、千夏以外の人には「あの絵」が指すものも、その質問の意味も理解できていないだろうから。部員ならなんとなくわかっているかもしれないが、不親切にも先輩がその絵を指さなかったものだから新入生には伝わらない。

 それに場が凍り付いたといっても質問を理解した人、理解できていない人の双方が言葉を失った結果として沈黙が生まれただけだ。それほど重く考えなくていい。そう自分に言い聞かせる。


「由々先輩。『あの絵』では伝わらないですよ。」



 状況を好転させられるかはわからないが補足をする。


「あぁ、そうだったね。今は片づけてあるからないけど、普段はそこに部員が書いた絵が何枚か飾ってあるでしょ。」


 先輩は自らの後方の壁を指しながら話を続ける。


「その絵の中の一枚、本を読む少女の絵のことを彼が溺愛しているってきいたから本当かなって思って。」


 当然、臆面も躊躇いもなく淡々と聞きたいことだけを口にした。

 隣の葵は少し怒っているようにも見えるし、千夏は目を見開いて先輩を見ている。そして、問われた本人はどう答えたらいいものかと言いたげな様子で笑っている。


「確かに好きですね。その絵ってとても綺麗で水彩画として自分の好みにどストライクなんですよ。透明感というか色遣いというか、そこらへんがとても好きです。それに、描かれている少女もとても素敵ですよね。ただ本を読んでいるだけなのにどこか物憂げなところとかが絵から伝わってくるあたり素敵だなと思います。」

「ちなみに絵のモデルとか描いた人とかって知ってるの?」

「前に戸田先輩に聞いたんですけど教えてもらえなかったです。もう関係ないからダメだって言われました。」


 そう、私は前に彼に問われてはぐらかしたのだ。意地悪をしたかったわけではなく、答えを教えるには早いと思ったからだ。作者の名前はうっすらとしか書かれていないのでよく見ないとわからないかもしれないがモデルくらいならよくよく見たらわかるだろうという考えもあった。それに気づかないのなら彼には教えなくていいのではないかと思ったのだ。今の彼女とは割と異なる姿をしているのもその理由だ。

 由々先輩は何かを納得したかのように「うん、うん。」と唸りながら顎に手をあてている。男の人が髭を気にするときの仕草にも見えるそれは先輩の癖だ。

 私はいつこの会話に割り込もうかと機会を見量らいながらも良い解決策が思い浮かばず静観するしかない。


「そうなんだ。その絵は少し前に部員が書いたもので、皆が気にいったから飾らせてもらっているものなんだ。本人は恥ずかしいから後輩たちには自分の絵だって名乗らなかったから知らないかもね。」

「そうだったんですね。」


 事情を察してか気遣ってかはわからないが嘘ではない回答をする。そう言う気を回すのは得意なのだ。だから部長だったわけで。


「この絵のことが好きだって聞いたから気になってさ。まあ、この絵より良い賞をもらった作品は最近ではないから現状で部の最高傑作と言ってもいいくらいだから好きになるのも無理はないと思うよ。まだ見てない人も一度は見てみるべきだとは思うよ。」


 先輩はまだ彼のその絵への執着を知らないからそう軽口を叩けるのだろう。朝居は本当にこの絵に恋していると、少なくとも本人は思っているのだ。

 だからそんな彼を見て千夏は勘違いしているのだ。朝居がその絵のモデルのことが好きだと思い込んでしまったのだ。

 絵の中で本を読む少女、一回生の頃の葵。

 確かに絵の中に在る葵は素敵だ。多少は美化しているといっても、知っている人が見ればあの頃の彼女そのものだった。絵の具でも零してしまったのかと思う程に黒い長髪も不健康にも取れる白すぎる肌もそこに浮き上がるえんじ色の眼鏡も全て葵の特徴だ。初めて会った時、嘘みたいに美しいと感じたほどの本物。                                    

 私がそんなことを千夏に話してしまったがばかりに千夏はどこか葵を敵視している。それと同時に憧れているのだろう。その絵に姿を寄せようとしているように見えるのは憧れ故だろう。


「他に朝居に質問はないかな?」


 色々と考えているうちに葵がまとめにかかっている。この話題を長引かせたくなかったのだろう。私たち全員を見回して返事がないのを確認してからほっとした様子を見せる。時間的にも一人当たり十分はかけられないというのも理由だろう。


「ありがとう。座ってもらっていいよ。」


 彼が座るのを見て拍手が鳴る。

 横の席の千夏は彼を凝視しながら拍手をしている。少し怖い。

 それでも私が何か言うまでもなく終わって良かったと言うのは自分を過大評価しすぎているだろうか。

 でも、彼ばかりにかまっている場合ではないのだ。新入生のことをしっかりと覚えていかなければならない。一度頭を切り替えよう。そう考えた。

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