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部室の入る建物はちょうど西日が射しこむ位置に窓があり、そのためこの建物の部屋にはカーテンが備え付けられているらしい。視聴覚室のような真っ黒なブラインドではなく淡い緑色をしたカーテンは文化系のサークルボックスであることを示すものだと純花先輩が言っていた。
部長の開始宣言により部室内のシーンと静まり返っており、誰もが彼女に目を向けている。
窓側に立つ部長がカーテンを閉める。ほとんど沈んだ夕陽を遮るようための動作の後、新入生の方を向き直る。先ほどまで眩しくて見えなかった彼女の姿がはっきりと見える。
小柄ながらも女性的な身体つき、はっきりとした顔立ちに小さめの目、短めに切りそろえられた真っ黒な髪の毛。その一つ一つが綺麗にまとまっていて彼女が気を遣っていることが見て取れる。絵に描かれて姿とは異なるものの掛け値なしに美人だと言える。
同性からは羨まれそうなほどに男受けしそうなその容姿を新入生にしっかりと見せつけて、「うっ、うん。」と喉を鳴らしてもう一度顔を上げる。
「まずは皆さん、入部してくれてありがとう。知っているとは思うけど、私が部長の久嶋です。よろしく。」
甘く柔らかく、それでいて通るような声。彼女の地声は耳に残る。初めて会った時には見た目と声、話し方のギャップに驚かされた。もっときつい話し方や声をしているのかと思っていたらこれだったのだから。
少し空いたカーテンの隙間から差し込む西日が彼女を照らす。
「顔合わせということだけど会うだけでは何もわからないので、今から皆さんに自己紹介をしていってもらいます。言ってほしいことは名前と専攻、出身地、それと高校の頃の部活。あと一言意気込みとかどうぞ。順番は回生順なのでお願いします。いきなり話せと言われても困るだろうけどリラックスして落ち着いて言ってくれたらいいから。」
この人の笑顔は素敵だ。見ているものを安心させるような、そんな表情なのに無理して作っていなくていい。
恋敵がここまで強力だと悲しくもなる。彼の心を、最低でも興味を奪うためには部長よりも良い女にならないといけないだなんて難しいことを課されたものだ。
そんなことを考えていると部長を見る目が敵意を持ったものに変わる。
「じゃあ、そこで心配そうな顔をしている千夏ちゃんからどうぞ。」
「えっ。」
「大丈夫。サクッとやれるって。」
きっとその視線や敵意が悪さしたのではない。座った席が災いした。新入生の中では私が一番右端、向こうから見たら時計回りで始めたとしたら最初になるのは必至だ。トップバッターは何においても困る。私のやり方がこのあとの基準となってしまうからだ。
だからと言ってこんな場で嫌だという事などできるわけもなく「はい。」と大きく返事をして立ち上がる。立てとは言われてないが、そうした方が良いだろうと思った。
姿勢を正し、呼吸を整えてから口を開く。
「芹沢千夏です。英語領域の中等英語専攻です。出身は京都で、高校の頃は美術部に入ってました。絵を描くことも見ることも好きなので部室に入り浸るかもしれませんがよろしくお願いします。」
何とも当たり障りのない自己紹介だ。我ながらに思う。
ここで奇をてらったことをして失敗することも、普段の自分よりも張り切って何か話すこともせず、ただ指定された内容の最低限だけを行う。
言い終えてお辞儀すると拍手が聞こえる。大歓声とかそういうものではないが確かな承認。
それを確認して席に着こうと思ったところで部長から声が上がる。
「言い忘れてたけど何か聞きたいことある人はその都度聞いてあげてね。新入生同士も質問しても構わないから。」
ほっとしかけた気持ちをもう一度締めなおして背筋を伸ばす。
「しつもーん。」
間延びしたようなトーンで声をあげたのは巻いているのか元々なのかわからないようなフワフワの茶髪をした会ったことのない人だった。
「燈子さん、どうぞ。」
「千夏ちゃんは純ちゃんの高校の後輩って聞いたけど、高校の頃の純ちゃんってどんな感じやったん?」
「純ちゃんってのは私の隣にいるうちの副部長のことね。」
部長からの補足。
「えーと。部活自体は半年くらいしか一緒にやってませんけど、その頃の印象と一年ぶりに会った印象はあまり変わらないですね。昔からなんでも手短にやっちゃうような人でしたし、見た目も高校の時からあまり変わってないというか年を取ってないような感じです。」
思ったままに答える。
答えている間、純花先輩からの視線はいたかったが何とか耐え抜き、自然に答えられた。
「他に質問ある人。」
「はい。」
「七海、どうぞ。」
「高校でも美術部入ってたって言ったけど何をやってたの?」
定番の質問だ。もちろん、美術系に限った話だが。
「メインでは水彩やってました。水彩鉛筆で描くことも多かったですし、絵の具の方も年に何枚かは書いてました。油の方は全くです。」
「まあ、やっぱりそっちが多いよね。」
「七海は今年も仲間見つからなくて残念そうだ。」
一つの答えにしっかりと反応してくれるのが先輩がたの優しさかもしれない。
「他にない?大丈夫そうだし、座っていいよ。ありがとう。これからよろしく。」
「こちらこそよろしくお願いします。」
今度こそ着席する。
自分の番が終わりほっとする。回ってくる間待っているというのは緊張して、他人の話を聞いていないような状態になってしまいがちなので今回ばかりは最初でよかったのかもしれない。落ち着いて朝居の話を聞いていられる。
「じゃあ、次は朝居。」
順番通りに彼が指名される。
わかっていただろうに少しビクッとしてから返事をして彼は立ち上がった。




