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K教育大には現在全部で五十三の公認団体(部活・サークル)が存在するが、そのすべてに部室が与えられているわけではない。
その中でも美術部は専攻とも関係しているため優遇されている方であると言える。部員が二十四名と少なめではあるが、作業場が必要だという判断から広めの場所をあてがわれているのだ。その上、実際に絵を描くための部屋と部室としてくつろいだり荷物を置いたりするための部屋の二つに分けられている。
しかし、彼らに対して文句を言う人は少ない。それだけの実績を美術部は残しているのだ。
美術部には美術専攻の学生が多くいるとはいえ、ここは芸術大学ではない。彼ら(といってもほとんどは女性)は美術教員の免許を取るためにこの大学を選んでいるのだから、絵を描くことは得意でも、描いて食べていこうといわけではなく、将来は絵を教える人になろうとしているのだ。
つまり、サークルとして美術専攻の人が所属している利点は、ただ単に個人として絵が上手いだけでなく、他の部員の成長を手伝えるという事である。サークル全体としての成長が団体としての実績に繋がっているのだろう。
五月の第二金曜日、ゴールデンウィークが過ぎ去った憂鬱さが抜け始めた頃に美術部の顔合わせは行われる。
このサークルに限らず、多くの文化系サークル部活が今日を期限として入部届の受付を終了する。それは、学校側に提出する名簿作成の都合でもあるのだが、大半のサークルが「他もそうだから」という理由で行っており、少数の決めた日が目安となってしまっている。
「お疲れ様です。」
大学生独特の挨拶をしながら入って来た久嶋はこのサークルの部長だ。彼女を見て抱く印象としては、凛々しいやカッコいい美人などといったものが大半だろう。また、そこから来る気の強そうなイメージという者はどうしても彼女に付きまとう。
そんな、彼女が部長である理由は絵の上手さではなく人望だ。きつそうな見た目とは異なり柔らかい声をしており、聞き上手であるので話しやすく心を開きやすい。また、面倒見も良く、他人のことをよく気にかけている。そう言う点から彼女は人望を得ているのだ。
「お疲れ。早いね。三コマ目の終わりなのに。」
返すのは前部長でもある四回生の前園。彼女も人望により部長を務めていた人物だが、久嶋とは反対に竹を割ったような性格をしており、その率直さが認められていた。
「顔合わせですから、授業終わってすぐに出てきました。元々、金曜日にあまり授業入れたくない人ですから。」
「確かにね。休みの前に五コマ目までとかやってられないよね。」
「そうですよ。それに基本的に金曜日が活動日の中でも人が多いですから部長として、そこにいかないわけにはいかないなって考えてます。」
「私よりもよっぽど部長らしいことしてるな。」
何故、金曜日なのか。翌日が休みの方が楽しめるからだ。多少遅くなろうが、国公立大学であるこの大学では土曜に授業などないのだから支障が出ない。
体育会系のノリとは異なるものの彼らだって飲み会くらいは行う。今日だってメインは顔合わせで全員の紹介することでもなく、月一のミーティングを行う事でもなく、その後の歓迎会と称した飲み会である。
さすがに新入生に無理矢理飲ませたりはしないが、上回生がただ単にお酒をのみたいがために駅前の居酒屋で行われる。飲みたいと言っても女性が多いサークルであるので、ビールをがんがんといくような感じではなく比較的穏やかな飲み会である。
「それにしても、由々先輩こそ早いですよね。いつもは忙しくてなかなか顔も出せない状態ですのに。」
「それが今日に限って予定が狂っちゃってさ。というか、この後の予定がすべて飛んじゃって。勉強くらいしかすることもないから、久しぶりに部室にでも早めに顔出そうかなって思ったのさ。」
「なかなかに大変ですね。」
前園の言う勉強とは教員採用試験の勉強のことである。この大学の四回生は大半が彼女のように公立学校の教員採用試験、もしくは私立大学の教員採用試験を受けるために頑張っている最中なのだ。
「結局、今年の新入生は何人になりそうなの?」
「確定的なのは四人ですかね。それ以上増えるかは微妙なところですけど、美術専攻が二人いますから例年通りかなとは。」
「まあ。それなら悪くはないんじゃないかな。」
言い方から誤解を受けやすいが前園は適当に返したわけではなく、文字通りいいと思っているのだ。彼女なりに後輩をほめているようなものである。
「期待の新人みたいなのはいるの?」
「まだわからないですね。」
「変わった子は?」
「まあ、各々個性的ではありますよ。逆に子の部活で変わってない人を見つける穂が大変じゃないですか?」
「それはそうかもね。」
文化系のサークルというのは意図せず変わり者が集まりやすい。特に創作を行うようなサークルはしっかりと自分の表現したいものを持っている人間が集まるため個性の強い人間集まるのだ。
「まあ、一番変わってるのは唯一の男の子ですかね。あそこにある絵が好きなんです。好きって言っても本当に執着してるレベルで、来るたびに眺めてるんですよ。」
「それは葵ちゃんに恋してるってこと?」
「そういうわけじゃなくて、本当にこの『絵の中の少女』に恋してるって感じですね。」
「よくわからないけど、そこまで好きでいてくれるなら描いた人も嬉しいんじゃないの?モデルになった人も嬉しいんじゃないの?」
話題に上がっているのはもちろん朝居のことであり、絵は二年前に描かれた『本を読む少女』という題のものだ。
この絵は確かに美しく、高い技量をもって描かれている。だが、描かれた年にコンクールで佳作程度の賞をもらったのみで、それ以上の評価はされていない。部員の間で人気があったため、製作者の許可を得て部屋の隅に飾っている。
部室にいる二人はその絵をじっと見つめ、改めてその絵の美しさを感じている。
だが、考えていることは異なる。それは朝居という人物を知っているかどうかの差であり、どれほどその絵に関わっているかの違いである。
「その男の子に会ってみたいね。」
「そうですか?まあ、今日来ますけど。」
新入生が来始めるまであと二時間といったところである。




