2,休息と合流
執筆ペースはだいぶ遅いです。
……週に一話出せたらいいな
「はぁ……はぁ……はぁ……」
息を切らせて廊下の壁に背を預ける。必死だったので、何処をどう走ったのかはよく覚えていない……覚えていたとしても戻る気にはなれないが。とりあえず、辺りを見渡す。見た目は学校の渡り廊下のような場所だ。どちらを見ても私たち以外に人影はない。少し離れたところに扉があるのが気になるが、聞き耳を立ててみても、足音などは聞こえない。どうやら奴等は追ってこなかったようだ。かといって、いきなり襲われる可能性もあるので座りはしない。
「追っては……こない……みたいだな……」
横の男子が途切れ途切れに言った。丸刈りで筋肉質、身長は……私が約160でそれより高い。大体175くらいに見える。彼が助けてくれなかったら私はあそこで死んでいたかもしれない。
「……先程は、ありがとうございました」
息を整えてから、私は礼を言った。
「ん? ああ、気にすんなって。目の前で女の子に死なれちゃ寝覚めが悪い……まぁ正直、あそこまで綺麗に当たるとは思ってなかったが」
「素晴らしいコントロールでしたね」
「一応、ピッチャーだからな。高木って言うんだが聞いたことないか? 高木健也だ。緑高の」
緑高はたしか私の高校と同じ市内にある、野球の強豪の私立高校だったはずだ。残念ながら私は野球に全く興味がなかったので彼の名前は知らなかった。そのことを彼に告げると、彼はそりゃ残念だと肩をすくめた。
名前は知らなかったが、彼の投げた球はかなりの速度であいつの顔面と鳩尾に吸い込まれるように命中していた。きっと優秀なピッチャーなのだろう。
「そっちこそ、一撃食らわせてたじゃないか。多分俺たちが動けたのはそのお蔭だ。空手か何かやってるのか?」
「空手の経験は無いですね。剣道なら小さい頃からやってます。あとは……暴漢対策に親から近接戦闘術を少し習っています」
「何者だよあんたの親……」
「父は警察官でして。まぁ父曰くアレンジが加えられているそうですが」
いつ何が起こるかわからないからという理由で、父からは剣道や近接戦闘術を文字通り叩き込まれた。それも小学校に上がった直後からだ。こんなものが何の役に立つのかと当時は反発したが、役に立つ機会に恵まれてしまったため、まぁ父には感謝している。
「まぁ、あんた綺麗だからな」
「ナンパですか? こんな状況で余裕ですね」
一応言うと、別に私も高木さんも周囲の警戒を怠っている訳ではない。会話の最中も、御互い五感を最大限高めて周囲を探っている
「そんなんじゃないよ……いや、親が心配になるのも仕方ないなって思ってさ」
「実際中学生の頃一度襲われてますしねぇ。父に教わってなかったら返り討ちにはできなかったでしょう」
「返り討ちかよ、凄いなあんた」
私は肩をすくめるに留めておいた。返り討ちにしたとは言っても、いきなり大人の男(しかも不細工)に襲われるという記憶は余り思い出したいものではない。
「そういや、あんたの名前は?」
不意に彼が聞いてきた。
「やっぱりナンパですか?」
「違ぇよ! そっちこそ余裕だなおい。単に名前知ってた方がコミュニケーションとりやすいってだけだよ。一応こっちの名前も教えたし」
「冗談でも言ってないと精神が参りそうなので……確かに、名前を教えて貰ったのにこちらの名前を教えていませんでしたね。失礼しました」
「いや、別に構わんよ」
「ありがとうございます。私の名前は燕です。高嶋燕」
なお命名したのは母である。渡り鳥の燕のように広い世界へ羽ばたいて行けるように、ということらしい。
「燕さんか。あらためて、よろしく頼む」
「ええ──」
こちらこそ。そう返そうとしたとき背後から何かがぶつかるような音が響いた。反射的に壁から離れ、反対側へ移る。音が聞こえたのは壁の向こうからだ。
「……どっちだと思う?」
私と同じように距離を取った高木さんがそう聞いた。
「私たちのお仲間か……それとも奴等か、ということですか?」
「ああ。最も、奴等じゃないからと言って協力し合えるとは限らないが」
「……判りません」
ちらりと視線を右へ移す。そこにあるドアを開ければ、何者かがいる部屋に入ることができるだろう。
「……とりあえず、そのドアの隙間から覗いてみるのはどうでしょうか」
「危険じゃないか?」
「細く開けて中を見るだけですから。その間、高木さんは周囲の警戒をお願いします」
「いや、俺が中を確認しよう。燕さんは周りを見ててくれ」
「いいえ。言い出しっぺは私ですから、私がやります。それに、目の前で死なれちゃ寝覚めが悪いですからね」
「……その言葉、そっくりそのまま返すぞ。変だと思ったら直ぐに離れろ、良いな? それと、奴等だったら即逃げること」
「勿論です」
許可はとれた。私は扉に近付き耳を澄ませた。中からは何の音もしない。暫くそうした後、私は扉を僅かに開けそこから中を覗き──
何かと目が合った
「ヒ、ヒィィィィィィィィ!」
「何だ!?」
私が飛びすさるのと同時に悲鳴が聞こえた。私の、ではない。勿論高木さんでもない。恐らく目の主だ。
「……今の声、まさか」
そして私はこの声に聞き覚えがあった。
「馬鹿、よせ!」
彼の制止を振り切って扉を開け放つ。と、私めがけて分厚い本が飛んできた。私はしゃがみこんでそれを避け、そうして投げてきた者に視線を向けた。そこにいたのは、恐怖で顔をひきつらせた長い黒髪の制服少女。
「美奈、幼馴染みに対してこれは酷いんじゃない?」
「え……あ……つーちゃん?」
私の幼馴染みの筒井美奈だ。
「まさか美奈が居るとはね……っと」
「づーぢゃん、怖がったよぉぉぉ」
美奈が飛び付いてきた。涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃだ。頭を撫でて美奈をあやす。美奈の身長は私の胸の下辺りまでしかないので撫でやすい。あと、小動物みたいで可愛い。
「よしよし、やっぱり美奈は泣き虫だね」
「グスッ……いきなり知らない場所にいて、目の前で人が殺されて、自分もいつ殺されるか解らない状況でも普段通り振る舞えるつーちゃんはある意味変だと思うよ?」
……そうかもしれない。恐らく私一人だったら今の美奈みたいに……とまではいかなくとも、精神が参っていただろう……ん?
「……あー、いいか?」
「あ、すいません、高木さんのこと忘れてました」
美奈がいたことに驚いて高木さんのことが頭から抜け落ちていた。高木さんはバットで武装して廊下の方の警戒をしてくれていたようだ。何だか申し訳ない。
「酷いな。というか入るときもうちょっと警戒しろ」
「すいません、声に聞き覚えがあったものですから」
「そっくりの別人ってこともあるだろ。それで、その子は燕さんの知り合い……で良いんだな?」
「ええ」
「えーっと……つーちゃん、この人誰?」
警戒したのか、美奈の腕の力が強くなった。二人は初対面だし、私が仲介するのが良さそうだ。
「美奈、この人は高木健也さんといって、緑高の野球部所属のピッチャー。彼が助けてくれなかったら私は死んでいたかもしれない。で、高木さん、この子は私の幼馴染みの筒井美奈。私と同じ南高で、科学部に所属しています。信用してくれて大丈夫です」
「高木だ。よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
二人はお互い頭を下げる。その間に私は部屋の中の様子を確認する。幾つかの机と沢山の本棚、どうやらここは図書室か何かのようだ。
「美奈、この部屋は安全?」
「どうだろう……怖くて本棚の方は調べてないから……」
つまり奥の方に何が在るかは解らないということか。
「高木さんはここに居るのと移動するの、どちらが良いと思いますか?」
「個人的にはこういう時、長い間一ヶ所に留まるのはあまり得策じゃないように思う。 奥の安全が確保できてないなら尚更な。しかも見たところ入り口はここだけ、押さえられたら逃げられない。休むなら少し休んでもいいけど、なるべく早く出発した方が良い」
「で、でも、動くとあの、なんか気持ち悪いのと鉢合わせする可能性が上がりませんか?」
「ここにいたって、入ってきたら見つかるだろうし同じだろ。それに、動いてれば他に生きてるやつも見つかるかもしれない……まだ生きてるなら全部で20人くらいいたはずだ」
確かに高木さんの言う通りのように思える。というかこの人、案外頭が良さそうだ。
「……では、落ち着いたら移動しましょう。美奈もそれでいい?」
「……わかった」
少し不安げにしているが、美奈もそれで了承してくれた。
「……ところで高木さん」
「? どうした?」
余裕ができたので、私は一つ気になったことを聞くことにした。
「そのバット、何処から出したんですか?」
「ん? ああ、創った」
「…………………………はい?」
どういうことだ。