第92話 両勇激突
~あらすじ~
ユニオス連合帝国の祭典“大統合武闘会”。その四日目の個人戦、第一試合は同じ勇者候補であり、因縁のライバルであるエピーヌとジークの試合であった。
線の剣を持ち剣聖と謳われるジークが所有する“至高の十剣”が一つ、“機械仕掛けの人でなし《オートマタ:キノピオ》”を辛くも撃破するエピーヌ。
しかし戦いはまだ始まったばかりであった……。
「さあ、どうだ剣聖よ! 貴殿が誇る“至高の十剣”、その一つを打倒してみせたぞ!!」
幾つもの刃の破片がキラキラと太陽光を反射し、戦いの舞台を美しく演出する中、赤髪の女は猛々しく言い放った。
しかし剣の先を向けられる男は歯を食いしばり睨み返しているが、その本心はさほど乱れてはいなかった。悟られぬよう静かに、指にはめた指輪から伸びる鉄線を操作し、砕かれた人形の一部を動かせることを確認する。
(絡繰剣“機械仕掛けの人でなし”は、たとえ真っ二つに両断されようともワイヤーが繋がっている限り剣としての機能は失わない。逆に破壊することで更に手数が増える、相手からしたら厄介極まりない代物だ)
先程と同じように、壊れた人形の腕からこっそりと刃を展開させる。
目の前に立つエピーヌどころか、四方八方から俯瞰する観客ですらもそのことに気付く人間はいない。
(今ここで後ろから奇襲をかけるのは容易い。……だが、)
ふと彼女の顔に目をやる。そこには彼女の在り様を表すかのような、真っ直ぐとした視線を宿す双眸があった。
(そんな勝ち方じゃあ、お前は認めねぇだろ?)
ジークは後ろから不意打ちをかけることなく、絡繰剣を万剣の鞘へ収納する。
「たかが一本を折ったくらいで調子づくなよ。至高の十剣はまだ九本残ってんだぜ」
「ならばその残りの九本とやらをさっさと見せるがいい。先の一本同様、その全てを私は破壊してみせよう」
「……いいだろう。乗ってやろうともさ、その挑発……!」
ジークが両手を重ねるように前に突き出す。すると、手首から肘先ほどしかない長さの紅い装飾で彩られた直剣が現れ、その手に握られる。
見た目は普通の剣だが、また何かカラクリがあるのではなかろうか。エピーヌはそう考え、警戒の構えを取る。
「今度はまた随分と平凡な剣だな。火でも吹くのか?」
「剣……? ああ、違う違う。これは鍵だ」
「鍵、だと……?」
エピーヌが怪訝そうな顔をしているのを尻目にジークは天高くその鍵剣を掲げると、全身の力を込めるように思いっきり地面へと突き刺した。
その剣身は、ズブリ、と潜るように地中へ突き刺さる。
―――否。正確には地面に刺さってはいない。地表の数ミリ上、空中に木の洞のような真っ黒な空間に剣が飲み込まれていた。
その事実に驚く暇もなく、錠を開くかのように剣が回される。
ガチャリ。
音とともに洞が大きく口を開く。
そこから現れ出でたのは、剣と同じく深紅の装飾で彩られた巨大な物体。
ジークを覆うように出現した櫃からは機械の腕と脚が伸び、上部中央には錐で刳り抜かれたかのように漆黒の穴が開いており、その中から一つの目玉がエピーヌを見下ろしていた。その姿はさながら鉄でできた巨人のようであった。
「これなるは巨人すら打ち砕く万夫不当の鎧なり。覚醒めよ、偉大なる鉄人。8番、機工鎧“ゴリアテ”!!」
紅き巨人が悠々と佇む。
彼が“鎧”と呼称するそれは、鎧と呼ぶにはあまりに大きく、あまりに複雑で。
そう、これは鎧というより―――
「ロボだこれーーー!?」
ロボである。
『ロボじゃねえ! 筋力強化鎧だ!!』
「嘘を吐け! 異世界の文献で見たことあるぞ! 人を模した金属製の機械、ないしは搭乗し操縦する人型の機械のことを『ロボット』と呼ぶと! その見た目は間違いなくなくロボットだろ!!」
『ハッハッハ! 知らねえようだから教えてやる! こういうのは“言ったもん勝ち”なんだよ!!』
「ふざけるなバカ!!!」
ロボであるか否かで二人は口論を繰り広げるが、エピーヌの内心は実際そう穏やかではなかった。
目の前にあるのは高さ3メートルは超すかという巨大な鉄の塊。同サイズの魔物であっても致命傷を与えるには手を焼くというのに、相手は鋼の装甲に身を包んだ機械。これを突破するのに相当苦労するだろうことは容易に想像できる。
(鎧を貫通してダメージを与える技や鎧そのものを切断できる技はあることにはあるが、ここまで巨大だとそれも通用するか未知数だ……。それに、ジークが言った『筋力強化鎧』の言葉通りなら、パワーも相当と見ていいだろう。ここは様子を見て慎重に立ち回るべきか)
下げられていた刺突剣の先を自身の正面を塞ぐ機工鎧へと、そしてその中に乗るジークへと向ける。
『負ける覚悟は決まったみてぇだな』
「負けるものか。さあ、かかってこい」
『そんじゃま、遠慮なく!』
今、深紅の鎧を纏った巨人の腕が大きく振り上げられ、鉄の拳がエピーヌめがけ真っ直ぐ振り下ろされる。
ひらりと跳び上がりこれを躱すエピーヌ。そのすぐ真下でバガンという音とともに舞台が石片となり弾ける。
なるほど。膂力は申し分ないようだ。
ならば機動力ならどうだ?
エピーヌはゴリアテの前腕部へと舞い降りると、一気に腕を駆け上がる。やはりその巨躯ゆえ小回りは利かないのか、振り払うこともできずに簡単に肩までの登頂を許してしまう。
肩の上に乗ったエピーヌは恐らくこの鎧の最も柔らかい部分――装甲と装甲の間にある肩の接合部――にレイピアを突き刺す。
だが、―――
―――キンッ。
レイピアの切っ先は弾かれ、いくら力を込めようと凹みや僅かな傷すら作ることすらできない。
(くッ……硬い!)
渾身の一撃を弾かれたその一瞬の虚を衝き、機工鎧は大きく身じろぎエピーヌを空高く放り投げる。
地面という支えを失い、空中を彷徨うエピーヌの体。それは次第に重力に引っ張られ下降していく。
ジークは墜落するエピーヌと地面が接触するギリギリ寸前を狙い、彼女を場外へと押し出さんと機工鎧を走らせる。
「ッ! スキル“空歩”!!」
機工鎧のタックルがぶつかる刹那、エピーヌは空を蹴りなんとか直撃を免れる。
その後の連続の追撃も紙一重で躱し、付かず離れずの間隔を保ちながら飄々と立ち回る。先程もそうだが、小回りや機動力ならばエピーヌが勝るのだろう。
しかしそのパワー、その装甲の硬さ、その突進力は凄まじく、下手につつけば手痛い返り討ちに遭いかねない。そのせいでエピーヌは決め手を与えられずにいた。
『どうしたどしたァ!? 逃げ回っているだけじゃあ俺は倒せねえぞ!!』
機工鎧の鉄拳が幾度もエピーヌへと放たれる。
彼の言うとおり、このままでは倒すどころか消耗して負けるのは明確だ。
(装甲はもちろん、関節部にも何らかのコーティングを施している……。バカ正直に突っ込んでも勝ち目はない。……いや、ある。唯一、装甲で覆えない脆い箇所が、ある!)
狙いは唯一つ。その一点を目指し、エピーヌは一直線に駆け出す。
『特攻か! 無駄だ! この機工鎧にはあらゆる物理攻撃は効かねえぞ!!』
向かってくるエピーヌを叩き潰さんと、その太く巨大な腕を振るう。
迫る豪腕。エピーヌはそれを風に舞う蝶のようにひらりひらりと避け、その勢いのまま機工鎧の頭部に当たる部分まで跳躍すると、その中央部―――ポッカリと開いた孔の奥に鎮座しこちらを睨む無機質な瞳に剣を突き立てた。
瞳は容易に剣を受け入れ破壊され、ジークは光を失った。
『チィッ! メインカメラがやられたか! だがまだサブのカメラが―――』
「スキル“火の角撃”ッ!!」
突き立てた剣から炎が噴き出す。その炎は機工鎧の内部の酸素を次々と取り込み、鎧を中から熱する。
熱せられた装甲や内部の各種器官はさらに他の部位へ熱を伝え、中にいるジークを蒸し焼きにする。
機工鎧は今、無敵の鎧から高熱のオーブンへと変化した。
『グァア……ッ! エピーヌ、てめえ、最初からこれが目的で……! そのために装甲の薄い眼部を狙って……!』
「いくら頑強な鎧と言えど、金属である以上耐熱性は低かろう? あとは内部へ炎を送る手段さえあれば、貴様を倒せるという寸法だ!」
『チッ……クショオ……! これが誠実の勇者のすることかよ……!』
「勝利のためなら多少卑怯な手を使うことも止むを得ないと学んだだけさ。お前からな」
炎の勢いはさらに増す。中のジークは高熱と酸欠で苦しみの渦中へと引きずり込まれることとなる。
「さあ、選ばせてやる! このまま炙られてリタイアするか!? それともその鎧を脱いで私と正面から戦うか!!?」
『……クソっ。仕方ねえな!』
辛抱堪らず、ジークが機工鎧から飛び出す。追い打ちをかけようとするエピーヌだが、視界に飛び込んでくるものを見て思わず体の動きを抑える。
彼の両手にはそれぞれ剣と槍が握られていた。恐らく、あの二つも“至高の十剣”に違いない。
「もう加減できねえぞ! 穿て、破砕なる剣! 6番、螺旋剣“テレブロ”!!」
螺旋剣と呼ばれたソレはその名の通りの螺旋状の刀身を廻転させ、耳を劈くような甲高く不快な音を轟かせながら周囲の大気と魔素を撹拌する。
ジークが螺旋剣を突き出す。すると刀身に纏っていた空気の渦は巨大な竜巻へと姿を変え、大口を開けエピーヌへと襲いかかった。
「ッ……!」
スキルで脚力を強化させ、エピーヌは大きく跳んで回避する。
しかし竜巻が生む風圧は猛烈で、直撃した舞台を砕き、砕かれた礫は砂へ、砂は塵へ粉砕される。
その烈風は空中に逃げたエピーヌをさらに上空へと押し上げた。
宙空で身動きの取れなくなったエピーヌにジークは追撃をかける。
「撃て、自然なる鑓! 7番、雷鳴槍“フルメン”!!」
螺旋剣を投げ捨て雷鳴槍へと持ち替えると、その槍を天上へと向かって投げつける。
垂直に投げ飛ばされた雷鳴槍は魔力のブーストによって加速し、上へ上へと高度上げる。ついには空の青へ溶けて消え、そして―――
「墜ちろォォオオオオッッ!!!」
一瞬の輝きとともに轟音を鳴らしながら稲妻となってエピーヌもろとも舞台の地に墜落した。
天から地へ、世界を縦に裂くような一撃。まさに神の一矢とも言える一撃がエピーヌを飲み込む様をその場にいた全員が目にする。
今度ばかりは誰もがエピーヌを敗北を予感した。
だが、
「……まったく。嫌になるのを通り越して呆れ果てるぜ、お前のその身体能力にはよ」
舞台に真っ直ぐと突き刺さる雷鳴槍。
その傍らには、ダメージを負いつつも立っているエピーヌの姿があった。
「雷鳴槍が直撃するその一瞬、体をスキルで硬化させた上でパリーイングダガーで受け止め、直後に体を回転させることで受け流しやがった。そんな芸当ができんのはお前か、できても騎士団長様くらいだろうよ」
「褒め言葉として受け取っておこう。さて、攻撃はもう終わりか? なら今度は私から仕掛けるとしようか」
「どうぞ。ご自由に」
両手を広げ、いつでもどうぞと言わんばかりに挑発するジーク。
彼の両手には何も握られてはおらず、完全に無防備な状態であった。
(無抵抗とは。明らかに罠だ。様子を見るか……? いや、私の瞬発力ならどのような罠だろうが対応できるはず。ならばこの好機、逃す手はない!)
己の技量を信じ、得意の跳躍突きを放つ。
瞬く間にエピーヌとジークの距離は詰められ、レイピアの切っ先が彼を貫こうとする。
しかし、彼女の攻撃は突然目の前に現れた大きな壁によって阻まれた。
「これは……巨大な、壁!?」
「壁じゃねえ! 剣だッ!!」
闘技場の観客席からその戦いを見ていた者しか気付けなかったが、エピーヌの攻撃を防いだ壁は巨大な両刃の剣であった。
伝説上の巨人しか振るえ得ないような、闘技場から柄の先が顔を覗かせるほどの大きな剣。そんな大得物が二人の間を遮っていた。
「5番、巨大剣“インジェンス”。俺が持ちうる中で最大・最重の剣だ」
「それがどうした。こんな巨大な代物、流石の貴様も扱えまい」
「剣士の俺が使えない剣を蒐集すると思ってんのか? 使えるから集めてるに決まってんだろッ!!」
ジークが次に取り出したのは無骨な斧であった。その斧を左手に携え、巨大剣の鈍い刃を掴み、ゆっくりと上方へ力を込め始める。
するとどうだろう。その重量故に深々と舞台に刺さっていた剣の刀身が次第に顕になっていくではないか。
目の前の光景にエピーヌが唖然とする中、ジークは掛け声とともについには巨大剣を舞台から引き抜き、空中へ放り投げた。
その大きさから想像できないほど軽々と投げられた巨大剣は闘技場の上空を舞い、半回転すると、轟音を響かせながらジークの手中へと戻る。
大岩よりも遥かに大きな剣を片手一つで掲げるジーク。その姿はもはや人が剣を握っていると言うより、剣の下に人が立っていると言ったほうが妥当だろう。
「どっっっせぇぇぇええええええい!!!」
ジークは雄叫びを上げながら巨大剣を投げつけるかのように縦に一閃、振り下ろす。
観客たちを守るための魔力障壁に剣先を擦らせながら、剣は倒れる大木のように重力にその身を委ねエピーヌに迫る―――!
轟く爆発のような音。地震と間違えるほどの縦揺れ。肌を打つ猛風。砕ける舞台と立ち込める砂煙。
巨大剣はその広すぎる刀身の三分の一を地中に埋め、元からそこにあったかのように闘技場の一部となって不動の岩と化す。
舞台はその山嶺によって両断されており、その上にエピーヌの影は見当たらない。
「…………あ」
誰かが上を指差した。
その指の先を伝って見ると、そこにはマントをたなびかせながら宙を舞うエピーヌの姿があった。
巨大剣が振り下ろされ切る直前、エピーヌは再三空中へと跳び上がって攻撃を回避していた。
流石のエピーヌと言えど規格外の質量を相手に正面から立ち合うほど愚直ではない。
巨大剣の刃の上にエピーヌが降り立つ。彼女を追うかのようにジークも同じ舞台に登る。
共に同じ刃の上、直線の足場ゆえに文字通り逃げも隠れもできない。
「先程の斧は恐らく筋力強化の効果だな? それも効果倍率は同様のスキルの何十倍もあるもの。そうだろう?」
「ま、見破られるか。そうだ。3番、剛力斧“パウエル”。その名の通り、持ち主に一人当千の力を与える斧だ」
「なるほどやはり。で、その剛力斧とやらはもう使わないのか?」
ジークの手にはすでに斧の形はなく、代わりに乾いた血のような色の鞘に納まった日本刀が握られていた。
「剛力斧は強力な反面、扱いは剣聖である俺ですら難しくてな。それに、障害物の少ないこんな場所ならこの妖刀“業喰”のほうが適任だ」
ジークが刀の柄に手を触れる。その瞬間、エピーヌは己の身が確かに強張るのを感じた。
微かにだが鞘と鍔の間から皮膚を切り裂くような鋭い殺気が溢れ出る。それに当てられて無意識に体が動いたのだろう。
「始めに忠告しておく。この妖刀“業喰”を抜いたら最後、俺は戦いのみを求める修羅になる。生半可な攻撃なら、それごとお前の胴体を真っ二つにするだろうぜ」
「御託はいい。さっさとその太刀、抜いたらどうだ?」
「へっ、そんじゃご厚意に甘えさせて。いざ尋常に……勝負ッ!!」
刀が抜かれる。
刹那、必死の一閃がエピーヌを襲った。
(は、速い……!)
二人の距離は約十メートルは離れていた。ジークはそれを一秒にも満たない瞬きの間に詰め、一切の躊躇なく首を狙い刀を振るった。
間一髪、体を仰け反らせて頭と胴体が離れることは防いだが、エピーヌの肌には恐怖による脂汗がしっとりと張り付いていた。
ジークの攻撃は終わらない。呼吸の暇すら与えぬ早業。それでいてそのどれもが凍るような殺気を纏った鋭い一撃。
エピーヌは持ちうる全てを使って攻撃を防ぐが、反撃に転じることができずにいた。
あらゆる刀剣の性能を引き出すジークのアビリティ“剣聖”、そして理性の喪失の代償に使用者の身体能力を引き出す妖刀“業喰”。この一人と一振りの相性は抜群であり、その相乗効果が生み出す爆発力は計り知れない。
加えて巨大剣の刃の上という地形。フェンシングの試合場のような直線のこの舞台において、取れる行動は進むか戻るかの二択のみ。回避の幅が少ないこの地形において、妖刀の力はぞんぶんに発揮される。
ジークの勝利は確約されたようなものだ。
それが、普通の相手ならば。
レイピアと妖刀が真っ向から衝突し、高い金属音が鳴り響く。それはたった一回限りではなく、連続して、何度も続く。これには理性が半減したジークも違和感を覚えた。
異様だ。通常の相手ならば避けることで精一杯になり、防御するならともかく、真っ向からの打ち合いなんて到底できるものではない。
ならばなぜ、彼女にはできているのだろうか?
妖刀がエピーヌを両断せんと水平に振り抜かれる。するとレイピアもその軌跡を辿るようにして水平に振り抜かれ、妖刀の動きを阻む。
その後も、まるで鏡写しかのようにジークの動きをエピーヌが再現―――透写し動きを封じる。
(この動き、この太刀筋……まるで俺の物真似……ッ! そうか、やつの固有能力!)
ジークが気づいた時にはもう遅かった。
エピーヌの固有能力、完全透写。その能力は、彼女自身の高い身体能力と優れた動体視力・洞察力を活かした、技や動きの透写。
普段はスキルの透写のみに限定して使用される能力であるが、その真価は一瞬前の相手の動きにすら適応される。
いつものジークであれば、アビリティ“剣聖”の能力による彼の卓越した剣技はエピーヌに真似られることはないが、妖刀によって単調化された今の彼の動きならばエピーヌでもなんとか食らいつくことができる。
エピーヌの動きがさらに機敏さを増す。すでにジークの攻撃パターンを読み、それに対する最適な行動を計算し終えたからだ。
戦況は一転、ジークは劣勢に立たされる。
(どうする!? あいつに対してこの刀は相性が悪い! クソッ、妖刀を握っているせいで思考がまとまらねえ。いっそ、いっぺん仕切り直すか)
妖刀がジークの手からフッと姿を消す。妖刀だけではない、足場となっていた巨大剣すらも一瞬のうちにして目の前から消え去った。
足場を失った二人は当然の如く地上に向かって落下を始める。
エピーヌは突然自由落下に陥ったにもかかわらず、体を捻り、冷静に着地の態勢を取る。
しかし、それを邪魔する一筋の光があった。
光は刃へと姿を変え、エピーヌの左肩を貫く。
肩から伝わる熱、そして痛み。それらに耐え、悶えそうになる肉体を抑え、エピーヌはなんとか受け身を取り無事に着地する。
肩には焼き穿たれたかのような小さな穴が開いていた。エピーヌはその傷を作った張本人をキッと睨みつける。
視線の先にはジークと、彼の手に収まる黄金色に輝く宝珠があった。
(あれは……火蜥蜴を仕留めたときに使っていた……!)
ジークが宝珠を掲げる。すると、そこから無数の光の刃が出現し、その切っ先をエピーヌに向ける。
「闇を払え、光耀なる刃! 10番、光刃“ルクス”!!」
そう叫ぶと無数の光の刃はその言葉に従うかのように一斉に動き出す。
数十もの光は、まるで弾丸のように―――否、それ以上、光と同等の速さでエピーヌに襲い来る。
エピーヌはこれを躱し、弾き、既のところで致命傷を免れる。
目や耳で感じ取ってからでは遅い。光の刃の出現、目標の補足、発射、この三つの過程の間にはそれぞれわずか数秒の猶予がある。エピーヌはそれ見極め、どこに光刃が来るかを予想して回避しているに過ぎない。
とはいえ、夥しい数の光速の刃が四方八方から彼女を狙って襲いかかってくるのだ。その全てを見切るなどエピーヌといえど不可能だった。
光の刃が皮膚を切り裂き、肉を貫き、多量の血が体外に流れ出る。そうしていつしか逃げ回るほどの体力も尽き、エピーヌはその場にへたり込んでしまった。
「流石のお前と言えど、多勢に無勢、無限の刃を召喚する“ルクス”には歯が立たねえか」
エピーヌからの返事はない。
「もう話す体力すら残ってない、か。そんなら今楽にしてやる。安心しろ、殺しはしない」
エピーヌの周囲に複数の光刃が出現する。
それらは躊躇することも慢心することもなく、無慈悲に彼女を串刺しにした。
決着はついた。ジークはすぐさまエピーヌを治療させるため、審判に指示を出そうとその方向に視線を移す。
「審判! 今すぐ治癒術士を呼べ! こいつの生命力はゴキブリ並みだ。すぐ傷を塞げば大事にならん!」
「ゴキブリとは、酷い言い様だなジーク」
突然かけられた言葉に一瞬息が詰まる。目を見開き、エピーヌの方向へと視線を戻す。
そこには光刃に貫かれたままのエピーヌの姿があった。一つ違うのは、彼女の体を貫く光の刃が取り込まれるかのように徐々に小さくなっていることだけだ。
「“マジックドレイン”……!」
対象の魔法を形作る魔素を取り込むスキル、“マジックドレイン”。エピーヌが用いたのはそれであった。
「多少……いや、相当痛かったが、これで回復用の魔素は十分だ。さて、私はまだ元気いっぱいだが、もう終わりにするか? 勝利の勇者」
エピーヌは吸い取った魔素で自身に治癒魔術をかけながら、不敵な笑みをジークに見せる。
彼女が放った『もう終わりにするか』という一言。それは彼にとって最大級の侮辱であり、それを知る彼女にとっての最高の挑発であった。
まだ戦える相手に背を向ける。それ即ち敗北を意味する。そんなことは誰より負けず嫌いであるジークには受け入れられなかった。
「……ああ、終わりにしてやるとも。お前の惨敗という形でなぁ!」
青筋を浮かべ、顔中の筋肉をヒクヒクとさせながら恐ろしい笑みを浮かべるジーク。
完全に闘志に火が点いた彼は、その闘志の焔を表すかのような黄金の光を輝かせる剣を手に取る。
剣聖が振るう“至高の十剣”、その2番目。地に堕ちた太陽の残火。名を太陽剣“イグニス・ソウル”。
ジークはその黄金の炎のような剣を握り、突きの構えを取る。剣からは大量の炎の魔素が陽炎のごとく揺らめきながら立ち昇り、圧倒的な存在感を放っている。
(大技が来る……!)
彼が持ちうる限りで最大級の攻撃が来る。そんな予感がした。
回避したところで無駄なほどの広範囲で、防御したところで簡単に突き破るほどの高威力の何か。それがあの剣から放たれるのだろう。
ならば取れる行動は一つしかない。
(先程のマジックドレインで魔力は十分。ならば今こそあの秘技を使うとき!)
エピーヌは刺突剣に炎を纏わせる。彼女の得意技の一つである“火の角撃”だ。だがそれでは来るジークの攻撃には太刀打ちできまい。
彼女は剣に炎を纏わせた状態でその場で舞うように虚空を斬りつける。すると斬撃で発生した気流や魔素の流れに剣の上の焔が取り込まれ、形を成し、巨大な炎の鳥へと変じた。
これぞ“火の角撃”や“大跳躍突き”など複数のスキルを組み合わせ編み出した、模倣や透写などではない彼女だけの必殺技。
剣技の舞で生み出した空気の大鷲に火焔の羽根を与え、それと共に対象へ突きを放つ奥義。
武闘祭直前まで特訓し会得したその絶技を、満を持して披露しようとしていた。
互いに突きの構えを取るジークとエピーヌ。二人の間には太陽と炎鳥の熱が混じり合い、舞台は灼熱の大地と化していた。
そして今、二人の最大の攻撃が放たれる―――!
「“万物を照らす光”ッ!!」
「“不死鳥の嘴”ッ!!」
まだ続くん!?




