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村人Aの異世界叙事詩  作者: ユッケ=ビビンバ
第五章 闘いの詩〜大統合武闘祭編〜
90/120

第90話 鉄血の処女宮

うわああああああ前回の更新から二か月以上経ってりゅううううううう!!??

 思えば初めて会った時から、彼は当然のように“完璧”だった―――



 ―――――――――



 大統合武闘祭三日目。その日最後の試合にして、最大となるであろう試合が始まろうとしていた。


 出場するのは、誉れある帝国騎士団のナンバー2。帝都キャメロス所属、“鉄血の処女宮”アスト・ヴィルギン。

 対するは帝国最強の一人にして、最狂の男。極寒の地リドニック国所属、“狂戦士(ベルセルク)”バルザーク。


 ともに連合帝国を代表する集団に属する二人。

 まだ見ぬ二人の激闘に闘技場の期待は最大値となる。






「英雄級のバルザークに聖十二騎士(ゾディアック)のアストか……これはなかなか読めない戦いになるだろうな。おい、お前らはどっちが勝つと思う?」


 観客席の一角、数多くの人混みに紛れ、ゴウラは横に座るクリスとアリスにごく自然な質問を投げかけた。


「所感というか、まあ直感に近いんだけど、やっぱりあの狂戦士じゃない? アンタも見たでしょ、あの一日目の団体戦。あの人間離れしたパワーなら大抵の相手には圧勝できるわよ。ま、といっても、アタシはキャメロス側の選手のことを知らないからこう言うしかないんだけど。クリス、アンタはどう? あのアストって人、アンタのお兄さんの同僚でしょ?」

「残念ながら、兄と深い友人であること以外は何も……。わたくしもあの方が戦っている姿は一度も目にしたことがないので」

「だよなぁ。そういえば双竜大戦の時だって大した活躍してなかった気がするしな。となると、今回の勝者はバルザーク一択―――」

「勝つのは当然アスト副団長ですよ」


 突如彼らの会話に割って入った声にゴウラは必要以上に驚く仕草を取る。

 慌てて声がした背面に首を回してみれば、そこにはよく見知った顔が二つ並んでいた。


「だ、誰かと思ったらライアとジャンじゃねーか! 急に後ろから話しかけんじゃねえよ! ビックリしただろ!」


 その場にいたのは彼らと馴染みの深い男女の騎士であった。

 にこやかに会釈をするジャンに対し、ライアは鉄面皮を崩さないまま静かに唇を動かす。


「それは失礼を。それはさておき、ゴウラさんは先程からコソコソとその手に握っている紙に何を記入しているのですか?」

「ゲッ。これは、その……」


 咄嗟に隠そうとするものの、何かを察したアリスにその小さな紙切れをいとも容易くくすね取られる。


「あーーー! それ賭け試合のチケットじゃない! アンタいつの間にこんなものを買ってたのよ!?」

「ち、違うんだアリス。これには海より冥界より深ーーい訳があってだな……」

「言い訳無用! ていうか、アンタいつから博打に手を出してたのよ!?」

「えーとぉ……シュラーヴァとリドニックの試合の時から、かなぁ、なんて……」

「始めからじゃないのよ!! アンタってやつはーーー!!」


 修羅の如き形相で問い詰めるアリスに、ゴウラは獅子の前の兎のようにただ縮こまって震えながら念仏を唱えるかのように言い訳を言い連ねる。そこにかつての頼もしい戦士の面影は無かった。

 そんなプチ修羅場となっている光景を横目に、クリスは二人の騎士に話を戻す。


「お二人共とはこうして顔を合わせるのは初めてでしょうか。わたくしはクリスティーナ・フォン・ラインハルト。あなた達のことはユーリ様から聞き及んでおります。挨拶はこれくらいにして、お二人はどうしてこちらに? 確か各地方の帝国騎士は地元の警備を行っているはずでは?」

「俺たち副隊長クラスの騎士は闘技場警護を任された、いわゆる出張組です。ケイロン隊長の任によってはるばるこのモーラへと推参しました」

「ですが今は警備の時間外ですので、こうして我が兄アスト副団長の試合を観戦しに参った次第です」

「なるほど。ライアさんはアストさんと兄妹でありましたね。ともなれば、やはり兄君の応援に?」

「はい。ただ、家族としてではなく、同じ帝国騎士団の代表としてですが」


 ライアの口調は常に平坦な上に表情が全く変わらないので、この言葉が照れ隠しなのか本音なのか、他者の目から見て判断するのは非常に困難であろう。

 それはクリスであっても同じことで、鉄面皮の女騎士にかける言葉が見つからず愛想笑いを返すほかなかった。


「ら、ライアさんは兄君のことを騎士として尊敬してらっしゃるのですね。わたくしの場合、一介の騎士としては尊敬していますが、一人の人間としては……」

「まったく、手厳しいなあクリスは。そんなこと言われちゃうとお兄ちゃん泣いちゃうよ?」


 クリスの言葉に反応を示したのは、ゴウラとアリスを挟んだ向こう側に座る、あからさまな変装をした男だった。

 目深に被った帽子。インクを塗りたくったかのような色眼鏡。傍目から見てもバレバレな付け髭。厚手のコートを着込み、手袋を着け、顔以外まったく肌を見せない格好。どこからどう見ても怪しさ満点なその姿に、クリスたちは当然警戒心を露わにする。


「そう警戒しないでくれ。ほら、私だよ私」


 そう言って男は色眼鏡を外し、青い瞳を彼らに見せる。

 クリスはその目元と声色に覚えがあった。


「……お兄様?」

「お兄様、って……じゃあコイツは帝国騎士団長マッ―――!?」


 大声で叫ぼうとしたゴウラの口に青年の手が即座に覆いかぶさる。

 青年はゴウラの口を塞いだまま焦ったように周りを見回し、他の観客たちの誰もこちらを注目していないことを確認すると、ほっと胸を撫で下ろした。


「しーっ。静かにしたまえ、ゴウラ・ウォーロックくん。なにせお忍びで来ているものでね。騒ぎにでもなったら後でアストやレイシャに怒られてしまう」

「むぐっ。むんぐむもみむむんがも!?」

「『何でここにいるのか』って? それはもちろん特観席で見るよりこうして大衆用観客席で観戦したほうが観客の熱が伝わって面白いからさ! ここなら大声を出しても誰にも怒られないからね! アッハッハ!!」

「わかりましたかライアさん。こういうやつなんですよ、わたくしの兄は」


 快活に笑う騎士団長の一面をおそらく初めて見たのだろう。ジャンとライアはありえないものを見たかのように、小さく口を開けてポカンとした表情になる。

 あの帝国最強と謳われる、騎士なら誰もが憧れる騎士の中の騎士が、こんなにも茶目っ気のある青年だとは思いもよらなかったろう。


「そういえば、先程まで興味深い話をしていたね。この試合、どちらが勝つか負けるか、とか言う話」

「ええ。ちなみにお兄様はどちらが勝つとお思いで?」


 妹からの質問に、兄は自身に満ちた笑みで答える。


「もちろん、アストに決まっている」

「へえ。その自信の程は?」

「まあ見たほうが早いさ。ほら、出てくるよ」


 マックスのその言葉に、彼らの視線は一斉に闘技場の方に向けられる。

 ちょうど二人の戦士が闘技場に現れた瞬間であり、同時に四方をぐるりと囲む観客席から爆ぜるような歓声が上がる。


 桜色の髪をたなびかせる騎士、アスト・ヴィルギン。

 黒の拘束具で身を封じられた男、バルザーク。

 この二人が今、舞台に上がった。






 先程の試合から修繕されたばかりの舞台。その真新しい舞台を力強く踏みしめる青年は、まっすぐと相手を睨む。

 向かい合うは全身を拘束具に縛られ、台車で運ばれてくる大男。拘束具さえなければ誰であろうと容赦なしに襲いかかるまさに野獣のような存在。

 その巨熊のような体躯と野生の獣のような戦い方から付けられた二つ名は、熊や狼に変じたと言われる北方の戦士“狂戦士(ベルセルク)”。

 騎士道を重んじ正道を歩む帝国騎士とは正反対の存在ではあるが、だからこそ、この試合で得られるものは大きいだろう。


「言葉を理解できているか怪しいところではあるが、あえて言おう。この場で貴君と戦えること、光栄に思う」


 バルザークからの応答はない。まるでミイラのように動き出す気配もなく、生きているかさえ不安になる始末だ。

 それでも我らが騎士団長と並ぶ実力者であることは確か。そのような相手に礼を欠く行為は騎士であるアスト自身が許せなかった。


「……ところで、貴女はなぜここにいるのです? エレーナ・イヴァノヴナ・アレクサンドロヴァ」


 声をかけたのはバルザークの隣に当然のように佇む一人の女性。

 彼女はバルザークと同じリドニック国代表であり、リドニック首相の娘であるエレーナ。代表とはいえ本試合の出場者ではない彼女がこの場にいるのは、どう考えても不自然であった。


「おかしなことを聞くのね、あなた。そんなの、当然バルザークの試合を間近に見るために決まってるじゃない!」

「試合に関係ない人間は速やかに退出してください。巻き込まれても知りませんよ」


 自信満々に彼女の口から吐き出たその台詞を言葉の刃で一刀両断にする。

 あまりにも冷たい反応に、エレーナは興を削がれたと言わんばかりに大きなため息を吐く。


「なによ、真剣に受け取っちゃって。冗談に決まってるでしょ、ツマンナイ男ね。本当はこの木偶の坊の拘束を解くためよ。あなただって無抵抗の相手を一方的に攻撃するのは趣味じゃないでしょ?」


 そう言ってエレーナは拘束を解除するための端末をひらひらと見せつける。この端末一つでバルザークを解放するも束縛するもエレーナの思うが儘。狂戦士の行動は文字通り彼女の手の平の上というわけだ。


「それは特観席では操作できないのですか?」

「んー、まあできないってわけでもないけどー。ついでを言えば、喋らないこいつの代わりに挑発しに来たって部分も無きにしも非ずだしー」


 気だるげに話しながら、エレーナはおもむろに解除装置に何やらコードを打ち込む。彼女の行為はあまりにも自然な動作だったもので、アストもその行動を許してしまった。

 すぐさま我に返り美しく細い指を止めようとするがもう遅い。

 バルザークを繋ぎ止める役割の拘束が次々と外されていき、彼の両脚と右腕、さらに鋭い右目の眼光も露わとなる。

 鎖で繋がれていた獣が自由となる。その後の顛末は想像に難くないだろう。


「ッ……!」

「警戒しなくてもいいわ。今の|こいつは私の忠実な犬。私が命令を出さない限り勝手に暴れ出したりしないわ」


 そんな戯言信じられるものか。そう言いたいアストの心情を察してか、エレーナはあえて己の身を野獣の前に曝け出す。


「いいこと? 今からそこでブルっている審判が試合開始の合図を出すわ。そしたらあなたは目の前にいるピンク髪の女男を倒しなさい。わかった?」


 エレーナの問いかけに立ち上がった熊のような大男は静かに首を縦に振った。

 どうやら本当にバルザークは彼女の言うことを聞くようだ。一体どのような魔術を使って彼を手懐けたかは定かではないが、無闇に暴走する危険はないと判断すべきだろう。

 アストは握った剣の柄から緩やかに力を抜く。


「これで満足ですか? 満足したのなら早々に退出を願いたいのですが」

「あーもー、一々うっさいわね。言われなくても用事は済んだんだから戻るわよ! 精々ヒートアップしすぎないように気を付けることね!」


 それだけ言い捨てると、エレーナは振り向くことなく闘技場から去ってしまった。

 残されたのは試合を見届ける役割を担った審判と、闘気を放つ二人の戦士だけ。


「……えー、それではお二人共、準備はよろしいでしょうか?」

「構わない」

「…………」

「……えっと、バルザーク選手も準備完了とみなし進行を進めさせてもらいます。今回は特別に私が試合開始の合図を取り仕切らせてもらいます。それでは―――構えッ!!」


 アストが抜くのは鋼の剣。特異なところは一つもない、一般的なショートソード。

 一方でバルザークがゆっくりと持ち上げるは、成人男性の身の丈ほどもある巨大すぎる大剣。

 二人は武器を握ったまま睨み合い、ゆっくりと試合開始のその瞬間を待ちわびる。


「…………試合、開―――!」


 審判が言い終わるよりも早く、突如として突風が吹いた。いや、突風などと言うにはあまりにも生易しい。それは豪風、否、爆風と呼ぶべきもの。

 爆風の正体はバルザークその人。百キロを超す肉体を解放された両脚で打ち出すその様は、まさに発射された高質量の砲弾さながら。


 音速の勢いで突撃する肉の砲弾はまっすぐとアストへと向かっていき、地を揺るがすかのような衝撃とともに着弾する。

 だがアストはこれを今にも折れそうな一振りの剣で受け止める。


 重なる剣と剣。これの意味する所、即ち―――


「試合開始だ」






 そこから繰り広げられたのは、戦闘というより闘牛に近かった。

 怪力を振るうバルザークの攻撃をアストは紙一重で躱し、その隙をついて剣の一撃を加えたかと思えばすぐに離脱する。所謂ヒット・アンド・アウェイ戦法で狂戦士を翻弄する。

 その華麗な戦いぶりに観客たちは魅了されていた。それはゴウラたちであっても同じこと。


「すげえ……あの狂戦士(ベルセルク)が赤子同然じゃねえか……」


 零れたゴウラの言葉にマックスはさも自身のことのように鼻を高くする。


「それはそうだろう、彼は我らが帝国騎士が誇る副団長なのだから。……ただ、」

「騎士団長様もお気付きになりましたか。アスト副団長の攻撃は()()()()()()()()()()()()()()()。このままではいつか副団長の体力が先に尽きるでしょう」


 バルザークの恐ろしさは異常な怪力や痛みを感じずに暴れ回る戦い方だけではない。

 鋼鉄のような肉体、獣の如し反射神経、無尽蔵の体力。それらが合わさることで、守りにおいてもこの怪物は他の追随を許さない。


 ()()。そう、比喩などではなくこの男は本物の怪物なのだ。常人を遥かに凌駕した肉体を持ち、理性なく暴走する存在など人間であろうはずもない。

 今この場には初日の団体戦と違い、狂戦士を縛り付ける(ルール)は存在しない。この試合はすでに人対人という枠組みを超え、人間対猛獣の域へ踏み込んでいた。


 時間の経過とともにバルザークの攻撃を受ける回数が増えていく。一撃を振るうごとに彼の体内からアドレナリンなどの興奮ホルモンが分泌され、攻撃はより強く、より重く、より速くなる。

 アストはこれをいなして事なきを得るが、それも長くは続かない。一秒一秒ごとに強化されていくバルザークとは違い、彼は特異な能力を持たない普通の人間。一撃を受けるたびにアストの体力は大きく削られ、不利な状況へと追いやられていた。


「おいおい……まずいんじゃねぇか!? あのアストっていう騎士、もうほとんど攻撃を避けられていねえ! このままだと本当に先にバテてあの大剣をモロに食らうことになるぞ!」

「ああ、そうなるだろうね」


 ゴウラの心配をよそに、マックスは簡素な相槌だけを返した。


「そうなるだろうね、ってお前……。何かないのか!? レイシャやネロみたいな強力な固有能力(ユニークアビリティ)とかケイロンの“一角一閃(サーロスモノケロース)”みたいな一撃必殺の必殺技みたいなのは!?」

「無いよ」

「なっ……!?」

「彼は聖十二騎士(ゾディアック)の中でも珍しくそういう類のものを持ち合わせてはいない。言ってしまえば曲者揃いの私達の中では最も平凡と言えるのが彼だ」


 なんとも軽い口調で明かされた衝撃的な事実にゴウラは言葉を失う。アリスとクリスも同様に、何も言えずにいた。

 力が全てと言っても過言ではないこの世界、その中で名乗りを上げる者は当然多くが強者であり、彼らの多くは他者にはない強力な固有能力(ユニークアビリティ)か、もしくは鍛錬の果てに得た絶大な威力を誇る技能(スキル)を持つ。逆を言えば、それらを持たない者がこの世界でのし上がることは不可能に近い。

 マックスは冗談は言っても、このような悪趣味な嘘を吐くような人物ではない。それを把握しているからこそ、彼の言葉が真実であるということを痛いほど理解してしまう。

 ただの平凡な騎士と人類の限界を超えた怪物。その両者の行く末など、想像もしたくない。


「そう心配なさらずとも、副団長は勝ちますよ」


 ゴウラたちの言いたいことを察したのか、ライアが変わらず機械音声のような抑揚で励ます。

 その顔色は依然無表情のまま。だが、その表情こそがまるで絶対の自信のように三人の目に映った。


「ああ、そうとも。だってあいつは、私たちが誇る()()()なのだから」



 ―――――――――



 大剣が迫る。大岩が如き質量。それはまるで剣の形をした隕石のようだ。

 それを寸前で躱す。肌を擦る風圧が攻撃の威力を物語る。これが直撃したならと考えるだけで脂汗が止まらない。

 嫌な考えは脳から無理矢理放り出し、すぐさま次の攻撃への対処に移る。


 相手は唸りを上げ、隆々とした筋肉をはち切れんばかりに膨らませ、岩盤からそのまま削り出したかのような大剣で襲い掛かる。その力は地をも裂き、その足は全速の獅子にも勝り、その皮膚は鋼鉄そのもの。

 ()()()()()()

 確かに膂力や敏捷性ならこの世界のどの人類よりも勝っているのだろう。だが、それだけでは足りない。

 彼は知っている。この男にはない強さの在り方を。

 彼は知っている。力や速さだけでは辿り着けない極致を。

 彼は知っている。狂戦士すら凌駕する()()()()()を。




 ―――思えば初めて会った時から、彼は当然のように“完璧”だった。

 彼の辞書には本当に不可能の文字が無いかのように、何をやらせても完璧にこなした。剣術、槍術、弓術、馬術、戦術、絵画や音楽などの芸術、料理や裁縫に至るまで、彼の隣に立てる者は居なかった。

 僅か数週間のうちに理解したさ。この人は僕と違う世界に生きる存在なのだと。


 だが、人間を超越したかのように見えた彼は実のところどうしようもなく人間で、まだ青く意欲に満ち溢れた昔の僕はそんな彼を人間に引きずり下ろしてやろうと思ったのだ―――




 舞台の端まで追いやられた彼に再び大剣が迫る。今度は本体ごと引き連れて。これではまるで野獣の突進だと心の中でほくそ笑む。

 ぶつかれば当然ただでは済むまい。体の至る骨が粉砕され、内臓は破裂し、最悪絶命するだろう。

 逃げるにしてもすぐ後ろは舞台の縁。これ以上後退すれば場外負けとなってしまう。それだけは自身の誇りが許さない。


 さて、右に避けるか、左に避けるか、それとも頭上を飛び越え避けるか。彼が取った行動は、そのどちらでもなかった。

 剣を構え、不動のまま猛る獣を待ち構える。その姿は全てを諦め、振り絞った蛮勇に身を任せた故の愚行に見えた。

 迫るバルザーク。佇むアスト。その構図は例えるのなら、列車に真っ向から立ち向かうドン・キホーテ。


 観客席のどこかで数秒後に迎える惨劇を悟った悲鳴が聞こえる。だがその絶叫も彼の耳には届かない。

 聞こえるのは、いつか発したであろう、超えるべき親友の言葉のみ―――




『   勝て、アスト   』



「了解した。団長(マックス)




 怒り狂う大熊の如きバルザークの突進。たとえ頭上に千の槍が降ろうが、砲弾の雨霰が降ろうが、その行進は止められないだろう。

 絶望が迫る。

 青年は焦らず、動じず、ゆっくりと流れるような足取りで動き出す。


 腰から振り抜いた剣は弧を描き、狂戦士の足首を捉える。

 当然、その程度の一撃でバルザークの突進を止めることも、強靭な皮膚に微かな切り傷を負わすことさえもできない。

 だが、()()()()()()()()()()()()()()


 バルザークの全体重を一本の足が支えるその一瞬、そこを狙ってアストは持ちうる限りの力で彼の丸太のような足を刈り取る。

 次の瞬間、支えを失ったバルザークの巨躯がぐるんと空中で一回転する。

 制御が利かなくなった彼の体は猪突猛進の勢いそのまま、アストの背後―――舞台の外へと放り出され、振動を引き連れて背中から墜落した。



「そこまで! バルザーク選手、場外負け! よって勝者、キャメロス代表! アスト・ヴィルギン!!」



 審判が声高にアストの勝利を宣言すると、大きく会場が沸いた。

 聖十二騎士(ゾディアック)を称賛する声。狂戦士(バルザーク)という試練を乗り越えたことに対する称賛の声。称賛、称賛、称賛の嵐が闘技場に渦巻く。




 アストが聖十二騎士(ゾディアック)の中で最も平凡であるというマックスの言葉は紛れもない真実だ。

 強力なスキルもなければ、特別なアビリティも備わっていない。

 ただ一つ、他のものと違う点を上げるとすれば、彼のこれまでの経験だろう。


 アスト・ヴィルギン、彼は天才であるマックスと時期を同じくして帝国騎士団に入団した、いわば同期であり、相棒(パートナー)として常に彼の側に在り続けたたった一人の存在。

 彼は常日頃から人の限界を超越したマックスの姿をその目に焼き付けてきた。訓練においても、遠征においても、討伐においても、内乱においても、その勇姿を見続けてきた。


 人というものは、自身より優れた存在と共に居ることにより、己の能力が引き上げられるという。

 アストもまた同様に、生まれながらの天才であるマックスの側に居たことにより、彼とあらゆる相手との戦闘を観察し、その動きを覚え、知らず識らずのうちに通常では得られないほどの経験値と戦闘センスを得ていた。

 それゆえに、彼は能力こそ平均的ではあるが、こと戦闘においてはマックスを除き聖十二騎士(ゾディアック)の中で最も秀でている。そして平凡であるがゆえに相手や状況による得手不得手が少なく、あらゆる敵、あらゆる状況に対応できる。

 武器と肉体、鉄と血、その全てを利用して勝利を得る騎士。故に人は彼を“鉄血の処女宮”と呼ぶ。




 副団長と狂戦士の試合は個人戦の規定に則った、完全な決着に終わった。

 この勝敗に文句をつけるものなどいようはずもない。


 だがここに、ただ一人、声を上げるものがいた。


「納得いかないわ!!」


 声の主はエレーナだった。

 彼女は特観席から舞い落ちるように闘技場に姿を表し、肩を上げヒールを地面に突き刺しながら舞台に上がり、アストの眼の前に立ち塞がった。


「ミス・エレーナ。納得がいくもいかないも、場外は武闘祭のルールで敗北です」

「ルールがなんだっていうの? バルザークはまだ戦えるわ。私の狂犬(バルザーク)がアンタ程度に負けるはずないのだもの!」


 話が通じないことを早くも悟ったアストはどうしたものかと頭を抱える。

 そうこうしているうちに、エレーナは仰向きのまま動かないバルザークの元へ立つ。


「さあ! いつまで寝そべっているつもり!? 早く立って貴方の力を見せつけなさい!!」


 エレーナが声を大にして命じる。その声に反応してか、バルザークがしばらく続けていた沈黙を自ら破る。

 彼の巨躯から想像できない軽やかさを見せつけるかのようにネックスプリングで立ち上がると、重々しい足取りで再び舞台に足をかける。

 闘技場に剣呑とした空気が流れる。それぞれの特観席では今から起こるであろう惨劇を防ぐため、各々が自身の武器に手をかける。


「……フフッ。そうよ。それでいいのよ! さあ、今こそあのいけ好かない女男騎士を叩き潰し、貴方の強さを世界に見せつけるのよ!!」


 のしり、のしりと、バルザークはゆっくりとアストとの距離を詰める。

 先程までの荒々しさは消え失せてはいるものの、今度はそのスローな動きが逆に底知れぬ恐怖感を煽る。

 アストは再び戦闘態勢に戻り、近づいてくるバルザークを警戒する。

 そして今、バルザークが剣の射程に踏み込んだ。


「―――ス、…ヌ」

「……なに?」


それは何かの空耳、吹き抜ける風がそう聞こえたのかと錯覚した。

しかし違う。その声の主は紛れもなくバルザークであった。先程まで唸り声と咆哮しか発さなかったその口から、拙いながらも確かに人の言葉が紡ぎ出されていた。


「ス……スマ、ナイ。カ、仮初、トハイ、イエ…ワ、ガ主ガ…無礼ヲ働イ、タ……。マコト、ニ、モウシワケ、ナイ……」


 見上げるような位置にあったバルザークの頭部が、自身の目線とほぼ同じ高さまで下げられる。

 拘束具の隙間から放たれた音はまさかの謝罪の言葉であった。そのことを理解するとともに、バルザークの取った行動がお辞儀であることにようやく気付く。

 これにはアストも、エレーナも、その場にいた全員でさえも仰天して言葉を失った。

 バルザークは目を丸くして呆然としているアストに背中を見せると、同様に呆然としているエレーナを担ぎ悠々と闘技場の出口へと向かって歩き始めた。


「……ちょっ!? ちょっと待ちなさいよバルザーク!! まだ試合は終わってないわよ!? 早く私を下ろしてあのピンク髪を踏みつけにしちゃいなさい! ねえ! 聞いてんの!?」


 我に返ったエレーナに頭を何度も叩かれながら闘技場の奥へ消えていく彼をアストは静かに見送る。




 狂気に堕ちた戦士であるバルザークが何故その時だけは正気でいられたのだろうか。それは彼自身でも理解しうるところではないのかもしれない。

 ただアストだけは「狂戦士とはいえ戦士。どのような形であれ勝利した者への敬意は失わなかったのだろう」とそう思えたのだった。

最後のシーン、バルザーグが再び舞台に上がったときに一番焦っていたのは紛れもなくマックス。

彼曰く「いやバルザーグが引き下がるのはわかってたよ? まあ万が一、万が一があった時のためにいつでも剣を抜けるようにしてただけだからね(早口)」とのこと。






ジャン「……あの、俺の出番少なくないっすか?」

ライア「いつかは華を持たされる日は来るでしょう。今日はその日ではなかったまでです」

ジャン「双竜大戦のときも出番がなかったのに……トホホ……」

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