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村人Aの異世界叙事詩  作者: ユッケ=ビビンバ
第五章 闘いの詩〜大統合武闘祭編〜
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第89話 暴風の激突

自由な時間が多いと逆に筆が遅くなる現象 is 何?

 ―――死んだ父さんがいつも言っていた。


 僕の兄貴はすごいんだぞ、って。


 まるで自分のことみたいに、笑いながら()のことを話していた。


 僕は……その話が好きじゃなかった。



 ―――――――――



 ―――第一試合が終わる。息を呑む戦いだった。

 アイゼンラントの鬼女(オーグレス)イーナとモーラの剣闘士(グラディエーター)ランス。

 どちらも一歩も引かない、素晴らしい一戦だった。


「……僕も、()()()とそんなふうに戦えるかな……」


 右手に収まるゴーグルに語りかける。

 物を待たない主義だった父が、唯一残してくれた形見のゴーグル。

 彼女にとっては、父と自身をつなぐ大切な形見。そのグラスの奥に、父を感じて仕方ない。


 だが、ゴーグルは父のように答えない。

 当然だ。ただのゴーグルが話すわけがないのだもの。


 それに、()()()と十分に戦えるか……それすらも不明瞭だ。


「……だとしても、だ」


 そもそもを言えば、彼が自身と戦ってくれること自体が奇跡だ。

 本来ならば強敵キャメロスのために温存すべき戦力であるにかかわらず、フルーランスと―――この僕と戦ってくれる。

 千載一遇の好機。これこそ神が与えてくれた絶好の機会なのだろう。


『第二試合の準備ができました。出場選手の方は速やかに入場してください。繰り返します―――』


 ……時間だ。

 形見のゴーグルを額に着け、剣を手に取り、足早に控室を後にする。


 この試合が彼のほんの気まぐれで成り立ったとしても、僕は、全力でぶつかるだけだ。

 十年以上抱えてきた、この思いとともに。



 ―――――――――



 対面した二つの入場口から、二人の戦士が姿を表す。


 一人はフルーランス代表、“勇気の勇者候補”ユーリ。

 そしてもう一人は、シュラーヴァ代表。英雄級が一人、“竜騎士(ドラゴナイト)”ゲオルゲ・バラウレスク。


 二人は舞台の中央で向かい合う。






「すごいな。昨日の試合から一日しか経ってないのに、もう舞台が直ってる」

「そりゃそうよ。なんてったって私達“英雄級”が全員集って暴れ回るのよ。舞台がいくらあっても足りないくらいだわ」

「ふーん。それはそうと、ユーリの対戦相手……ゲオルゲ・バラウレスク。リンが言うその最強の“英雄級”の一人にして、僕と同じ“竜石保持者”……。とんでもないやつが出てきたな」


 特別観覧席に座るヒロはそう零した。

 無理もない。英雄級と言えば、人の限界を超えた超人・怪人ぞろい。

 帝国民全員から最強無敗と評される聖騎士マックスをはじめ、怪力無双の破壊僧リンや千弱の宝剣・魔剣を自在に使いこなす剣聖ジークと並ぶ強者。

 加えて、ただの人間が扱えない魔法を操る五竜の力を与えられた竜石保持者でもある。

 ユーリも決して弱いわけではないが、彼の前では子ども同然に見える。


「なあ、リン。同じ英雄級として、この試合、ユーリが勝てると思うか?」

「まず無理ね。分が悪すぎる」


 一切の気遣いも希望的観測も無い、冷徹な答え。

 だが、これが真実。普通に戦えばユーリは負ける。そのようなこと、聞くまでもないはずだった。

 ヒロは唇を小さく噛む。これから始まるのは試合などではなく、一方的な暴力。そう考えると居ても立ってもいられなくなる。


「でも、可能性はゼロじゃないわ」

「……勝てるかもしれない、ってことか?」

「そういうこと。ユーリはどんな逆境にあっても、逆転する根性と粘り強さがある。勝利の女神がどちらに微笑むかは、結局最後までやっててみないと分からないわ。私達はただ信じて、応援するのみよ」


 ああ、そうだ。それこそ、聞くまでもないことだ。

 自分たちが信じず、誰が信じる? 自分たちが応援せず、誰が応援するのだ?

 リンの言うとおりだ。勝敗は決まるまで分からない。

 ならば、ユーリが勝利をもぎ取るその時まで、信じ応援することが今できる最優先事項だ。


「……ああ、そのとおりだよな。……うしっ! ユーリーーー! 頑張れーー! 負けんじゃねぇぞーーー!!」






 歓声と声援が降りしきる中、舞台の上ではユーリとゲオルゲが睨み合ったまま、剣呑な空気を醸し出していた。


(……肌がひりつく。これが、英雄級の覇気か……!)


 手のひらが汗でじっとり濡れる。額にも真珠大の汗がふつふつと現れる。

 英雄級と対面するのはこれが初めてではない。幾度となくリンと模擬戦闘を行い、マックスとも正面切って話したこともある。

 しかし、それらにおいて、これほどまでの戦意を向けられたことはない。


 発する空気がまるで違う。ゲオルゲが何倍も大きく見える。両肩に押し付けられる威圧感で、今にも膝が折れてしまいそうだ。

 ここまで緊張するのは、天帝竜や巨巌竜を目にして以来。それもそうか。何しろ相手は、()()()()()()()()()なのだから。


「改めて」


 突然ゲオルゲが話しかけてきたことにより、ユーリは少し驚いて肩を跳ねさせる。

 その様子を見たゲオルゲが柔和な表情を見せると、恥ずかしいような悔しいような感情が胸に渦巻いた。


「改めて、自己紹介をしておこう。私はバラウレスク家現当主、ゲオルゲ・バラウレスク」

「勇気の勇者候補、ユーリだ!」


 相手の名乗りに意気込んで名乗り返す。

 溌剌としたその受け答えに、ゲオルゲは満足そうに頷く。


「良い返事だ。ところで、確か勇者候補を任じられた者は姓を捨てるのだったな。差し支えなければ、勇者となる前の姓を教えてはもらえまいか?」


 その言葉に、ユーリの表情が少し曇る。


「……悪いけど、教えることはできない」

「それは残念だな。姓とは、連綿と続く血統の繋がり。私はこのバラウレスクという姓に、血統に、家系に、誇りを持っている。この家名に恥じまいと肝に銘じて毎回戦っているのだ。それこそ、私がこの境地まで至れた要因の一つと言えよう」


 声高に、姓のありがたみについて説く。

 その話を聞きながら、ユーリの表情は徐々に険しくなっていく。


「ああ、すまない。少し説教臭くなってしまったかな? 歳を取るとついつい口に出してしまう。君と同じくらいの娘からもよく嫌な顔をされるよ」

「いや、構わないよ。その代わり、僕からも一つ聞いていいかな?」

「いいとも。さあ、何でも聞いてくれ」


 いつでもどうぞと言わんばかりに腕を開き、ユーリの質問に耳を傾ける。


「なんで、この試合に出てくれたんですか?」


 その質問に、ゲオルゲは虚を衝かれたように目を丸くしてみせた。

 期待していた質問と違っていたのだろうか。だとしても、一度でも答えるといった手前、どのような質問でも答えるのが彼の流儀だ。


「なぜ、と聞かれれば、少し答え難いかな。なにしろ、この試合に出ようと思ったのは私の意思ではなく、()()の助言によるものなのだから」

「彼女……?」

「ああ。彼女というのはエア―――」


『それは、妾のことでしょうか? 我が主君よ』




 突風が吹き抜ける。

 コロシアムの外周から二人の間へと、まるで世界中の大気がこの一点に集まって来ているかのように、空気の塊がなだれ込んでくる。

 風は渦を巻き、旋風となり、それは次第に人の形を成していく。


 それは、白鳥の如き白い髪が美しい女性だった。

 シルクのような純白のドレスに身を包み、空色の瞳には優しさが宿っている。


 旋風とともに現れた女性は一礼し、そのしっとりとした柔らかい唇を動かした。


「ごきげんよう、勇気の勇者様。旋風竜エアロ、罷り越してございます」




 突然現れた女性が旋風竜と名乗ったことにより、会場にどよめきが起こる。

 しかし、誰もがその狂言を疑うべくはなかった。

 風を引き連れ、竜石保持者の前に突如現れた少女。このような所業、竜ならずして何と言おうか。


 とはいえ、少女の一言一句を鵜呑みにすることは到底できない。それこそ、本性の竜の姿でも拝見しない限りは。

 彼女が竜であるか否か。会場は一瞬の合間にその話題で一杯になった。


 それはフルーランス代表の特別観覧席においても同様であった。


「あれは、本当に旋風竜なのか……!? 一見ただの少女にしか見えないが……」

「纏う覇気は常人ではないことは確かであろう。信じられないのならば、ほれ、もう一人の竜石保持者にでも聞いてみたらどうだ?」


 ルイがヒロに対して目配せをする。

 竜石保持者であるヒロをもってしても、彼女が本当に竜であるか判断するのは難しい。

 しかし、彼は判断ができる存在を知っている。


「僕には分からない。でも、天帝竜(コイツ)なら」


 首に下げるネックレスに微量な魔力を流す。

 ネックレスの中央に埋め込まれた竜石が光り輝き、電が溢れ出す。

 その黄金の稲妻の中から、黄金の髪を持つ少女―――ライディンが姿を現した。


「よっ、ライディン! 現実(こっち)で会うのは久しぶりだな」

「…………主か」

「急に呼び出してゴメンな。実はちょっと聞きたいことが―――ギャア!」


 突如、ヒロの体に電撃が走る。

 原因は分かっている。ライディンが自分に対して攻撃してきたのだ。

 分からないのは彼女がなぜそうしたか、その理由だ。


「ななな、なん、で……」

「主よ。何故、我が怒りに震えているか、理解しておらぬのか?」

「知るかよそんなの……」

「貴様がっ、この天帝竜たる我をっ、あのいけ好かん旋風竜の前にっ、召喚したからっ、だっ!!」


 怒りとともに、虫のように這いつくばるヒロを何度も踏みつけにする。

 しばらく己の主人を足蹴にしていたが、ようやく気が済んだのか、ライディンは一息ついて観覧席の縁に腰を掛けた。

 一方、電撃を食らわされた上に必要以上に踏みつけられたヒロは、まさにボロ雑巾よろしくといった様相だ。


「ライディン、さん……。一応ボク、あなたのご主人様なんですけど……」

「そうだな。だがそれがどうした。我と貴様の間には主従の前に、竜と人間といった絶対的な格差がある。それを忘れたとは言わせんぞ」

「ソーデスカソーデスネ私が悪うございました」


 どうせ何を言っても考えを改める気はないのだろうと、ヤケクソになりながら適当な謝罪を述べる。

 彼女も言ったように、二人は竜と人間。使役するされるの関係であっても、上位の存在が下位の存在を見下すのは当然の理だ。


「それはさておき本題なんだが……ライディン、さっき『旋風竜の前に』って言ったよな? やっぱりあの女の人は旋風竜エアロなのか?」

「そうだ。あの白い体毛、優しげな表情、どこか上品くさい立ち振る舞い、そしてやつが醸す風の魔力(マナ)。間違いなくエアロだ」


 唾を呑む。疑念は確証を得て確信に変わる。

 やはりあの場にいるのは旋風竜エアロ。伝説の五竜の内、大空を支配し、風を呼び嵐を生む最速の竜があの場に存在するのだ。


「旋風竜エアロ……叙事詩に語られる『雲を運び恵みの雨を与える優しき竜』か」

「優しき竜、だと? あれはただ人間に特段興味がないだけだ。雨雲を運ぶのもただの気紛れ。フラフラと世界を巡っては、時折嵐で人間を滅ぼす。基本的には我らと中身は同じよ」

「……強いのか? 旋風竜(あいつ)は」

「我ほどではないにしろ、簡単に人間の手に負えるものではなかろうよ。なにせ、かつては真なる天空の支配者をかけ幾度と我と争い、我を手こずらせた女だからな。まあ、やつはいつも最後には有耶無耶にして逃げておったわ! クハハハ!」

(それはただあしらわれていただけでは?)


 真偽はともかく、旋風竜も天帝竜と並ぶ五竜の一角。一筋縄でいかないのは事実だろう。

 そんな怪物がユーリの目前にいる。まだ試合すら始まっていないというのに、すでに劣勢に立たされることになった。






 全身が粟立つ。

 この感覚……天帝竜や巨巌竜と初めて対峙したときと同じ感覚だ。


 勇気の勇者たるユーリはその名に相応しく恐怖という感情が乏しい。滅多なことでは怖いとも恐ろしいとも感じない。しかし、本能まで欠如したわけではない。

 生命の危機に瀕すれば、否が応でも身体が警鐘を鳴らす。恐怖という()()はないが、恐怖という()()は知っているのだ。


「まあまあ。未来の勇者様ともあろうものが、妾一人にそのように身構えないでくださいませ。怯えずとも妾は貴女とは戦いません。戦うのは妾の主人。妾はそのほんの手助けをするに過ぎません故、安心してください」


 エアロはそう言い優しげな笑みを向けるが、依然発するオーラは勢いを緩めない。

 そのオーラというのは純粋な殺意でもなければ敵意や闘志でもない。ただ在る、それだけで漏れ出る圧倒的な“存在感”。

 小動物程度なら簡単に押し潰してしまいそうなほどの存在感は、重圧となってユーリの上にのしかかる。


 だがユーリは重圧によって筋肉が石のように強ばろうとも、その瞳に灯る勇気と闘志だけは未だ健在であり、それらを視線に乗せエアロにぶつけていた。


「……良い目です。どのような強者を前にしても、決して折れることのない鋼の精神を表したかのような、真っ直ぐな瞳……。ああ、なんと……生意気なんでしょうね」


 気迫が一段と強くなる。今までの重力を単純に強めただけのような空気とはまた次元が違う、無数の空気の針が直接肌を刺すかのような雰囲気。

 どよめいていた会場もこの気配を察知してか、一斉に口を噤む。

 これはもう無意識による覇気ではなく、意識的に向けられた威嚇。意思の弱いものなら白目を剥き失禁するような精神攻撃だ。

 だが、それでもまだユーリの瞳から光は消えない。


 覇気を向けられるほど奮い立つユーリと、その様に触発されて興が乗るエアロ。

 一触即発。放っておけばこの二人でぶつかり合うのは自明の理であった。



「そこまでだ」



 その一言で、その場の空気は崩壊する。

 無風の嵐のようであった二人の間には、春前の冷たく穏やかな風だけが通り過ぎた。


「これは私とユーリ殿との試合。貴殿といえど邪魔は許さんぞ、エアロ」

「……これは、失礼を。妾はほんのご挨拶にと伺ったのですが、久しく見ない勇気あるその姿につい昂ぶってしまいました。お恥ずかしい限りです」

「ならば用は済んだであろう。早々にこの竜石に還り給え」

「イケズですね。奥方様の前ですと逢引を疑われると仰っていたので、こうして奥方様のいない場で久方振りに現れたというのに」

「それはいつも貴殿が誤解させるようなことを妻に言うからであろう! もういい! 早く戻れ!」

「はあ……畏まりましたわ。ユーリ様との顔合わせは済みましたし、それにもう一人、懐かしい顔も見れましたしね」


 チラリとフルーランスの特観席に目をやると、エアロの体は糸が解れるように風の流れへと変わっていく。


「ま、待って! まだゲオルゲをこの試合に出した理由を聞いてない!」

「おや、これは再度失礼を。でも……その理由は貴女が一番ご存知では?」

「!……」


 少し意地の悪そうな微笑みを見せると、エアロは透明な空気の流れとなり、竜石に吸い込まれ消えてしまった。


「なんだったんだ……」

「すまない、彼女の代わりに謝ろう。彼女はあの通り、風のように気ままな気性なのでね」

「あー、うん……それについてはもういいや」

「そうか。ならば―――」


 槍の穂先が視界に現れる。

 柄に沿って視線を動かすと、槍を突き出し、瞳に明確な敵意を宿すゲオルゲの姿があった。


「問答も十分だろう。あとは存分に仕合おうか」


 ゲオルゲの言葉に応じ、ユーリは再度奮い立ち、剣を鞘から抜き銀の刀身を日の下に晒す。




「両者、準備はよろしいですね?」

「できている」

「同じく!」

「それでは……構え!!」


 それぞれ、剣と槍を構える。

 太陽の光を反射し鋭く輝くバスタードソード。微量な風の魔力を纏うパルチザン。

 二つの武器が重なり、小さく音を鳴らした。


「「―――ッ!」」


 ゲオルゲの一閃。横一文字に振るった槍の切っ先がユーリの胸を掠める。

 開始と同時に飛び退いたことで難を逃れたが、そうでなければこの一撃で試合は終わっていたことだろう。


「「スキル“疾風加速(エアロブースト)”!」」


 間髪入れずに二人同時に風を纏い、まさに疾風の如く加速する。

 目にも留まらぬ高速の戦い。息もつかせぬ激しい攻防。闘技場狭しと二人は縦横無尽に駆け巡り、会場には剣戟の音が早鐘のように鳴り響く。


 勝負の天秤はゲオルゲに傾いていた。

 膂力、速力、魔力、そのどれもがユーリを上回る。ユーリも負けじと反撃に転じようとしているが、どう足掻いても防戦一方を強いられる。


(足を、止めるな! 立ち止まったらそこで袋叩きにされる! 避けられない攻撃は受け流せ! チャンスが来るその時まで喰らいつくんだ!)


 事実、ユーリは懸命にしがみついていた。

 普通ならば数段も格上相手にここまで耐えられる人間はいない。

 ここまで粘り続けられた要因としては、一つに同じ機動力(スピード)重視タイプであったこと。そしてもう一つは、ユーリ自身の執念によるものだろう。


 粘り続けた恩恵からか、ゲオルゲのスピードに目が徐々に慣れ始めてきた。攻撃を避けられる数も増えている。

 驚くことに、強敵との衝突によって、ユーリはこの短時間の間に劇的に成長していたのだ。


 そしてついに、その実が結び、ゲオルゲが致命的な隙きを見せた。


(ッ! ここ―――)

「これ以上子女をいたぶる趣味はない。ギアを一つ上げるぞ」


 そこで初めて気付く。

 隙きを見せたのではない。隙きを()()()()()のだと。




疾風加速(エアロブースト) + 竜気駆動(ドラゴンドライヴ)第一段階」




 ―――突然、強風が吹いた。それがゲオルゲだったことに気付くのは一秒もかからない。

 彼はただ一直線に駆けただけ。それだけなのに、体は紙のように宙を舞う。

 痛みや、衝撃はない。まるで母が赤子を抱き上げるかのように、ユーリの体は優しく風に持ち上げられた。

 風は優しさを失わず、そっと彼女の体を場外まで運んでいく。


「く……! “突風徹甲槍(ブラストランス)”!!」


 場外に向かって竜巻の突きを放ち、その反動で体を強制的に舞台まで戻す。

 あまりに咄嗟の判断だったためか、受け身を取れず背中から舞台に着地する。

 背面の衝撃に耐えすぐさま身を起こすが、着地のダメージは大きいようで、剣を杖代わりに立つその姿は覚束ない。


「流石は……勇者候補の一人、機転の良さは褒めよう。しかし残念だ。抵抗しなければ傷付けずに終わらせられたというものを」

「へへっ……。悪いけど、地元じゃ昔からよく『じゃじゃ馬娘』って言われててね、簡単に負けを認めるほど潔くないのさ」

「そうか。ならば、加減はせん。敗北を認めるまで叩き潰すのみだ」


 ゲオルゲは腰を深く落とし、再び槍を構える。

 その姿勢から、先程の言葉が嘘偽りでないことを物語る。


(強がってみたものの、あのスピードは厄介だな。でも動きにさえ気をつければ―――)

 ―――ズドン。


 押し寄せる痛みと衝撃、そして嘔吐感。それらの源である自身の腹を覗けば、そこからまっすぐとゲオルゲの槍が伸びていた。

 速い。あまりにも高速(はや)い。残像を追うことすらできなかった。

 時間にしてゼロコンマの世界。ゲオルゲはその瞬きの合間に距離を詰め、石突でユーリの鳩尾に一撃を見舞ったのだ。


 遠のく意識を必死に掴み、眼前のゲオルゲを両断せんと剣を力いっぱい振るう。

 だが満身創痍の攻撃など、俊足の竜騎士の前では止まっているも同然。刃はゲオルゲの影だけを裂き、呆気なく避けられる。

 直後、喉から登ってくる熱いものに堪えきれず、砕かれた堰のように赤黒く濁った吐瀉物を床に吐き散らした。


「今の攻撃で理解しただろう、私と君との埋まることなき絶対的差を。さあ、いつまでも強情を張っていないで降参しろ」


 厳しい言葉ではあるが、これも彼なりの温情なのだろう。

 彼とユーリの差は埋まりようもない。ならばせめて苦しむことのないように、との考えてのこと。

 だがその温情を仇で返すように、ユーリは「ベー」と舌を出して突き返す。


「はあ……。まったく、強情すぎるお嬢さんだ―――」


 ゲオルゲの言葉を裂いて、ユーリが仕掛けてくる。


 彼のスピードは驚異的だ。目で追って対処しようなんて無理がある。後手に回れば確実に不利な状況となる。

 ならば先手を取れば良い。放たれた矢のような速さを持とうとも、矢が弓に番われる前に弓を折れば恐るるに足りず。彼が動き出すより前に、動き出そうと思う前に、攻撃すれば良いのだ。

 如何に俊敏であろうと、如何に迅速であろうと、先手を打たれればどうしようもあるまい


 ―――などと、到底甘い考えであった。




 ゲオルゲはユーリを格下に見ており、それ故に気を付けていても僅かな油断が生まれる。その一瞬の間隙を衝いて、ユーリは疾風加速を用い滑り込むようにゲオルゲの懐へ潜り込んだ。

 この上なく見事に成功する奇襲。ゲオルゲが持ち前の俊足で逃げようとしても、先に刃が届くだろう。

 そして、ユーリが無防備な腹をめがけて剣を振るう。



旋風よ(ヴァルテェジ)



 ゲオルゲを中心に猛烈な旋風が発生する。旋風はユーリの剣を、そしてユーリ自身をも吹き飛ばす。

 失念していた。彼の能力はスピードだけではない。

 彼は風自体を操り、自身の周りに烈風の膜―――所謂“不可視の鎧”を身に着けている。この目に見えない鎧がある限り、半端な攻撃はゲオルゲには届かない。


 渾身の不意打ちが失敗し体勢を崩したユーリに、ゲオルゲはここぞばかりに追撃を仕掛ける。

 反撃の余地すら残さないほどに徹底的に、槍の柄を用いて何度も何度も殴打する。

 刃を振るわないのはやはり彼の恩情からか。もしくは刃を振るに値しないと判断されたからか。どちらにせよ、ユーリを叩きのめすには柄だけで十分だった。


 鈍い音が響く。耳にするだけで痛みを感じるような嫌な音が何度も闘技場に響く。

 少女の肌は所々青紫色に腫れ上がり、口の端や鼻から暗い赤色の血が垂れている。両腕は力なくだらんと下がっており、なんとか剣だけは握れているような状況。胴体を支える両脚も支えることに精一杯で、まるで生まれたての子羊みたく小刻みに震え頼りない。

 ただ棒立ちで耐えるしかない少女を、英雄級は遠慮なく、慈悲もなく、問答無用に殴り続ける。

 人は彼を何と言おうか。冷徹な戦闘マシーン、血も涙もない非人間、人でなしのロクデナシ。

 そう言われても仕方ない。否、彼はそう言われてでも少女を傷付け続けるだろう。これが目指すべき高みの世界であると理解させるために。


 これより先の展望は誰もが予想できた。それは審判も同じようで、目の前で死者を出さないためにも試合を止めようと声を上げる。


「それまで! フルーランス代表ユーリ選手を戦闘不能とみなし、この試合、ゲオルゲ選手の勝―――」

「まだだッ!!!」


 審判の判定を遮り、広大な闘技場の隅々にまで届くような声を発したのは、まさかのユーリだった。


「まだ……まだ、戦える……。まだ、立てる。まだ……降参してない!!」


 あまりに気迫に審判は威圧され、まるで蛇に睨まれた蛙ように縮み上がる。

 今にも倒れそうな満身創痍の肉体。立っているのもやっとという限界の状態。

 だと言うのに、ユーリはそのことを感じさせない鬼気迫る形相で正面の相手を睨みつけている。

 試合前の若い少女の姿はない。試合中の勇ましい剣士の姿もない。そこにはまるで野犬のような眼光を持った手負いの獣がいた。


「……審判。私の方からも頼む。私も彼女と本気で手合わせしたくなった」

「ゲオルゲ選手……。ですがこれ以上は……」

「君の言いたいことは理解しているつもりだ。だがここは私を信用してほしい。大丈夫、次の一撃で方を付けよう」


 ゲオルゲが再び槍を構える。その雄姿に一切の慢心はなく、穂先は愚直なほど真っ直ぐに敵意をぶつける相手へと向けられている。

 ぶつかり合う闘志は渦を巻き、静かな嵐となって二人の間に吹き荒れる。

 その様に審判は怯み、試合の続行を黙認してしまう。


「……ありがとう」

「礼は止せ。今この時のみは互いに物言わぬ戦士。言葉は試合が終わった後に存分に紡ごうぞ」


 一定の距離を保ったまま睨み合う二人。

 恐らくは、次の一撃で決着が付く。謎の確信がそこにはあった。


 おもむろにユーリは自身の剣を鞘に収める。右足を大きく踏み出し、腰を深く深く落とし、静かに、大きく、深く、呼吸を繰り返しながら、風の魔力を練り上げる。

 その行為の意図に一番に気付いたのはフルーランス代表の面々であった。


「ユーリのやつ……もしかしなくても()()をやるつもりね」

「みたいだな。けどアレはまだ未完成なはずだ。この土壇場で使えるのだろうか?」

「使えるさ……いや、使うしかない。そうでもしなきゃ勝てる相手じゃない。それはあいつも理解(わか)っているから、この局面で使うんだ」



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 思い返すのは武闘祭が始まる数週間前の出来事。武闘祭に向けて各自がレベルアップのため研鑽と特訓をしていた時のこと。

 それは前置きもなく、突然にユーリの口から発せられた。


「皆ってさ、自分より速い相手にはどう戦ってるの?」


 突然投げかけられた質問に、共に特訓していたエピーヌ、リン、そしてヒロは鳩が豆鉄砲を食ったような顔を見せる。


「どうしたんだ? 急に」

「僕はスピード重視の戦闘スタイルでしょ? もし仮に自分より速い敵が現れたらどう戦ったらいいんだろう、って思ってさ」

「なるほど。言われてみればそれもそうだ。で、どうなんだ戦闘の熟練者(エキスパート)のお二人さん?」


 聞いたは良いが、自分の解決できる問題ではないと知るや、ヒロはすぐさま他の二人に丸投げする。


「そうだな……スピードタイプの多い風属性のユーリより速いとなると、格上の相手と見て間違いないな。私の場合なら、有利属性である火属性の広範囲殲滅技で動きを封じるか、相対属性の土属性の技で防御して耐えるかのどちらかだな」

「リンセンセー、エピーヌのいっていることがわかりませーん」

「要は戦い方にも相性があって、弱点をつく技を覚えようって話よ。ハンターなら基本でしょこんなこと」


 魔法に属性があるように、この世界の住民にも大きく四つの属性が備わっており、個々人が持つその属性によって得意な魔法と戦闘スタイルがあらかた定まる。

 火属性の者なら攻撃特化のパワー型に、水属性なら変幻自在のテクニック型、風属性ならば軽く素早いスピード型、土属性なら重く堅牢なディフェンス型にそれぞれ決まる。


 そしてこの個人の属性にも相性が存在する。

 攻撃力が高い火属性は軽く脆い風属性には優位をとれ、神速の風属性は水属性が技を出す前に攻撃を仕掛けることができ、多彩な水属性は鈍重な土属性を得意の技術で翻弄し、鉄壁の土属性は火属性の攻撃を耐え無力化できる。これがエピーヌの言う有利属性である。

 また、風属性はスピードの面で土属性を圧倒できるが防御では劣るため互いに不利となり、同様に火属性は水属性に対して一撃必殺の攻撃力を誇るが多彩な技の応酬に競り負けることもあるので互いに不利の関係となる。エピーヌの言うところの相対属性がこれに当たる。

 これらの属性と属性による戦法の違いを理解し対策を練ることが、この世界における戦闘の基本となる。


「う~ん……やっぱそこに行き着くよねぇ。でもなー……」

「大統合武闘祭まであと数週間。“完全透写(パーフェクトトレース)”を持っているエピーヌならともかく、新しい技を覚えるとしたら一つでもギリギリよ。どうするのよユーリ?」

「どうしようもないから聞いてんじゃんかよー。ねえ、リンちゃんならどうする? もし自分より力が強い魔物とか現れたらさ」

「私に腕力で敵う存在なんて滅多にいないとは思うけど、そうね……」


 リンはそう言ったきり、黙って考え込んでしまった。

 うんうんと唸りながら暫くすると、すっとモヤが晴れたような表情となりユーリに再び顔を向ける。


「限界を超える。自分が、その一瞬だけでも、そいつよりも力を強くしてぶっ倒す! それが私なりの答えかしら」

「限界を……超える……」


 その時、ユーリの中に天啓が舞い降りる。


「リンってさー、時たま脳筋まっしぐらだよね」

「う、うるさいわね! これしか思い付かなかったのだもの、しょうがないじゃない」

「いやでも、『一瞬だけでも相手を超える』とか簡単に言うけど、それって結構難しいんじゃないの?」

「ううん、そうでもないよヒロ。僕、いいこと思いついちゃった」


 そう言ったユーリの目には確かに何かを閃いたかのような自信に満ち溢れた輝きが宿っていた。


「ずっと勘違いしてた。足が速い相手には自分も足を速くしなきゃいけないって。でも違ったんだ。()は速くなくてもいい。()()()()()()()()()()んだ!」

「……と、言いますと?」

「なるほどな。言うなれば、投げた球と同じ速さで走るのは無理でもタイミングを合わせて打ち返す事はできる、ということだな」

「エピーヌの言う通り! 要はどんなに速い相手でも攻撃の瞬間に最速の技でカウンターをかければ打ち勝てるって寸法さ!」

「確かに良いアイデアだ。それで、どうやってその技を編み出すのだ?」

「あ……えっと……」


 エピーヌのもっともな指摘に、ユーリの目から先程の輝きが一瞬にして失われる。

 自分より速い相手に対してどう対処するかについての問題に答えは見出だせたが、そこに至るための過程が欠落してしまっている。

 最速のカウンター。文字にするのは簡単だが、それを形にするのは難題だ。しかもそれを習得するとなると更に何度は上がるだろう。


 これ以上何も思いつかず手詰まりかと思われたその瞬間、ヒロがすっと手を上に上げた。


「それだったら、最適な技知ってんだけど」

「え!? ホント!? もうこの際何でもいいや教えて教えて!」

「お、おう……。いや、前の世界で読んだ漫画でさ、『神速の抜刀術』『先手を取られても攻撃が決まる奥義』って触れ込みの技があるんだ。まあフィクションだから完全再現は無理かもだけど、基盤となる技ならもしかしたら……」

「それで、その技は?」

「ああ、それは……」



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 ()()()。極東の島国に伝わる、最速の抜刀術。

 納刀した状態から一瞬で抜刀し、その勢いによって一太刀を与える技。

 そもそもが短刀を抜いた相手に対して納刀した長刀で勝つための謂わばカウンター技であり、達人ともなれば鍔鳴りの音だけで抜刀の瞬間が見えなかったという、“最速のカウンター”に求める形の結晶とも言える技である。


「とはいえだ、今のユーリのイアイの腕は最速とは言い難い。これでは最速の英雄相手にカウンターなんて不可能だ」

「……信じるしかない。ユーリが限界を越える、それだけを」


 フルーランス代表全員の―――フルーランスに住む全国民の期待を全身に受け、ユーリは静かにゲオルゲが居合の間合いに入るその瞬間を待つ。

 限界まで練り上げられた魔力は嵐のような狂暴性を潜め、まるで穏やかな昼下がりのような無風の静けさを見せる。


 対する英雄ゲオルゲ。ユーリの真意に気づいた上で、これを正面から突破せんと槍を掲げる。

 同じく風の魔力を具する槍に集め練り上げる。ユーリが静かに練成するのに対し、ゲオルゲはその真逆。荒れる大嵐のように、うねりを上げる竜巻のように、轟々と唸りながら回転して槍の貫通力を上昇させる。


 静と動。相対する双極な二人。

 目に見える魔力の総量では、旋風竜の後押しがあるゲオルゲが圧倒的に勝っている。だが魔力の量など衝突の瞬間には、勝敗を分けるいくつもの些事の一つにしかなりえない。

 勝負を行方を決定する重要な要素は、()()()()()()()()()()()()

 つまり()()が勝敗を分ける。


 闘技場の皆が固唾を飲んで見守る中、ゲオルゲが動き出した―――




「スキル―――“嵐竜の聖剣(バラウル・アスカロン)”ッ!!」






 ―――死んだ父さんがいつも言っていた。「僕の兄貴はすごいんだぞ」って、まるで自分のことみたいに、笑いながら□□□□のことを話していた。

 僕は、父さんのその自慢話が好きじゃなかった。


 僕にとって、父さんは憧れだった。

 その憧れが別の人に憧れていることに、正直嫉妬した。

 だからこそ、僕はその人を超えたいと思った。


 ―――ゲオルゲ・バラウレスク。ユニオス連合帝国が誇る最強の五人“英雄級”の一人にして、風を司るドラゴン“旋風竜エアロ”に見初められた竜石保持者。

 そして、父さんが家出した名家“バラウレスク家”の嫡子にして、父さんの実兄。僕の……伯父。


 かつて超えられず、そして超えることなく消え去った父さんの背中。

 父さんが認めた貴方を超えることで、僕は父さんを超える。

 貴方に勝って、幼心に父さんと約束した『父さんよりも強い最強のハンター』になってみせるっ!!




「スキル、居合―――“寂風”」






 暴風の螺旋が舞台を削りながら、ユーリを穿たんと襲い掛かる。

 螺旋は人の目を置き去りにし、音を置き去りにし、()()で突き進む。


 直後、ゲオルゲのスキルによる衝撃波が闘技場全体を揺らす。

 張り巡らされた魔術防護壁を貫通して客席にまでその余波が来たことから、その威力は凄まじいものであったことがありありと見て取れる。


 衝突の瞬間、暴風とそれに伴う砂煙が観客の視線から二人を隠す。

 果たしてゲオルゲの槍がユーリを貫いたのか、それともユーリの剣がゲオルゲの頸を捉えたのか。

 その結果は砂煙が晴れると共に明らかになる。




 ―――立っていたのは……




 ―――ゲオルゲだった。


 立っているのはゲオルゲただ一人。ユーリの姿は舞台のどこにも見当たらない。

 突き出された槍の穂先のその先、指し示すように向けられたその直線上へ視線を動かすと、壁に叩きつけられたユーリの姿を見つけることができた。

 彼女は力なくへたり込んでおり、立ち上がる気配は微塵もない。


「……っ、ゆ、ユーリ選手、場外! 勝者、東シュラーヴァ共和国代表、ゲオルゲ選手!!」


 同じくゲオルゲの技の衝撃で吹き飛ばされていた審判が数秒遅れで勝敗を宣言すると、ようやく闘技場全体の時間が動き始めた。

 多くの人間はゲオルゲの強さを称賛し、またある者はユーリの健闘に拍手し、そしてフルーランス代表の少年は傷ついた仲間を心配し闘技場の舞台へ降り立った。


「ユーリッ!!」


 急いで駆け寄り声をかけるも、彼女からの反応はない。

 脳裏に嫌な予感が駆け巡ったその瞬間、それを否定する言葉が背後から投げかけられた。


「心配いらない、ただ気絶しているだけだ。すぐに回復術師に見せれば大事にはなるまい」

「ゲオルゲ……」

「そう怖い顔で睨まないでほしい。これ以上君の大切な友人を攻撃する必要も理由も私にはないのだから」


 ゲオルゲはそう言って、攻撃の意思がないことを表すかのように両手を上げる。

 先程までの戦士然とした態度から一変、若干フランクな物言いにヒロは肩すかしを食う。

 そのお陰か、少し冷静になったことでゲオルゲの頬に血の直線が付いていることに気が付く。


「アンタ、その傷……少し前まで無かったよな……?」


 彼の視線を辿るようににゲオルゲは自身の頬に手を伸ばし、指に付いた血を見て初めて自分が傷を負っていることに気づいたような素振りを見せる。


「……やれやれ、完全に防いだつもりだったのだがな。中々侮れない相手だったというわけか」

「……?」


 ゲオルゲは追憶する。決着がつく直前のあの一瞬の出来事を。

 衝突の直前、ゲオルゲが放つ暴風の突進がユーリを穿つより前に、彼女の居合は確かにゲオルゲよりも速く放たれていた。

 神速を誇るゲオルゲでさえその瞳に写すことができなかった超神速の剣。その一ノ太刀はゲオルゲの槍を弾くことで僅かに逸らせ、続く二ノ太刀で暴風の結界を破り彼の頬を掠めた。

 しかし、明確なダメージを加える前にゲオルゲが纏う突風が彼女を吹き飛ばし、結果としてゲオルゲの勝利となった。


 だが、あの極限の状況でゲオルゲの技を正面から破り、僅かにでも傷を負わせたのは事実。

 あの瞬間、もし仮に、あと少しでもユーリの剣速が速ければ、勝敗は覆っていたのかもしれない。

 そのもしもを想像し、ゲオルゲは目の前の少年に気づかれないように小さく笑った。


「フルーランスの少年よ。一つ言伝を頼まれてくれないか?」

「……聞いてやる」

「感謝する。……さて。その諦めない強き瞳と、額のゴーグルに覚えのある若き勇者よ。先程の一撃、見事であった。再び相見えることを楽しみにしておこう」


 声高にそう言い残すと、ゲオルゲは裾を翻し闘技場を後にする。

 彼が闘技場を去る直前、付け加えるかのように小さな一言を放つ。

 この場にいる誰に発したわけではないその言葉は誰の耳に残ることなく、歓声の中に溶けて消えた。


「……弟よ。お前の娘は強くなるぞ」



 ―――――――――



 第二試合を終え、治療を済ませ意識も回復したユーリは観覧席に戻ってくるや、付き添っていたヒロとともにルイ王子の叱責を受けていた。


「まったく、先日に引き続き連続で個人戦で敗退するとは……貴様らそれでもフルーランスの代表である自覚はあるのかッ!!?」

「うぅ……申し訳ない……」

「昨日は怒らなかったのに……団体戦では勝ったのに……なんで僕まで……」

「黙れヒロッ! 昨日の労いは昨日のこと。我が今日叱責すると決めれば、過去がどうであろうと問答無用に貴様を叱りつける!!」

「ひどい理不尽だ!!」


 抗議の声を張り上げるが、傍若無人なルイの耳には全く届かない。

 口論となっても独自の我様ルールを持つルイには常識は通用せず、それどころか反抗すれば彼の怒りに油を注ぐ羽目になる。

 それを理解しているからこそ、湧き上がる文句を喉元で抑え込む。

 ただ一つ安堵したこと言えば、彼と同じ性分のライディンが試合終了とともにさっさと帰ってくれたおかげで、説教が二倍にならずに済んだことだろうか。


「殿下、そのあたりで。もうそろそろ次の試合が始まりますよ」

「やれやれようやくか。舞台の補修だけでどれだけ待たせることやら」

「これでもかなり早いほうなのですが……あ、出てきましたよ」




 第二試合で破壊された舞台の修繕がようやく終わり、今、第三試合に出場する選手が登場する。

 最初に姿を現したのは、聖十二騎士(ゾディアック)の一角、“鉄血の処女宮”アスト・ヴィルギン。

 遅れて、英雄級“狂戦士(ベルセルク)”バルザークが黒い拘束具に覆われた異様の姿のまま運ばれてくる。


 今日一番の好カード。待望の聖十二騎士(ゾディアック)と英雄級の試合が始まろうとしていた。

【本日の裏設定】

ユーリの父は勇者の血を引く名家バラウレスク家の末子。後継者争いに興味はなく、自由を愛する性分であった彼は半ば勘当のような扱いで家を飛び出し、帝国中を旅する中でユーリの母となる女性と結婚、ユーリが誕生する。

そして幼いユーリの剣の師匠として彼女を育てるが、ユーリが勇者に選ばれる一年前にクエスト中の不慮の事故で亡くなる。

ゲオルゲとは家督を継ぐ長子と自由な末子ということで話す機会が少なかったが、仲は良好だったようである。

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