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村人Aの異世界叙事詩  作者: ユッケ=ビビンバ
第五章 闘いの詩〜大統合武闘祭編〜
88/120

第88話 デッドヒート!!

 続く大統合武闘祭三日目、団体戦の競技は―――戦車競走(チャリオットレース)


 モーラの街を舞台に、一周10kmの特設コースを完走し、そのタイムを競い合うタイムアタックレース。

 妨害行為が認められており、過去に何人も脱落者を出した非常に危険な競技であり、そのスリリングさから人気も高い。


 コースには四つのチェックポイントがあり、その間には五つのコースが用意されている。

 100mの超短距離直線の第一コース。

 川沿いをつたい、橋を渡り、教皇庁まで走る、5km弱の長距離戦の第二コース。

 狭く入り組んだ市街地を抜ける第三コース。

 自然公園の中にある幅の広い街道を走る第四コース。

 そして、再び市街を駆け闘技場に戻るおよそ3kmの最終コース。


 選手は総合順位が下の者から用意された戦車馬を二頭選び、これが牽く戦車を操縦してゴールを目指す。

 戦車の規格は統一されているため、決め手は馬の選び方と選手の技量と言える。

 瞬発力が高い馬。持久力が高い馬。パワーに優れた馬。終盤の追い上げが得意な馬。

 馬たちの様々な個性を読み取り、且つ二頭の相性も考慮に入れることが勝利への鍵だ。


 出場選手は以下。

 モーラ代表、謎の少年剣闘士、カルキ。

 キャメロス代表、聖十二騎士(ゾディアック)、“殲滅の獅子宮”のレナード・ライオンハート。

 アイゼンラント代表、“飛軍少将”エーリッヒ・ルーデル。

 リドニック代表、“木精聖人(ハイエルフ)”エゼリア。

 ケルティン代表、“勇気の勇者候補”ルーク。

 シュラーヴァ代表、“死神”グリム・リーパ。

 そして、我らがフルーランスからはヒロが出場する。


 早速、同率最下位の三国、ケルティン・シュラーヴァ・フルーランスの三人が戦車馬選びに入る。




「お、お怪我は、も、もうよろしいのですか? ヒロさん」


 暗く干し草の匂いが充満する馬小屋の中、馬選びに熱中していると不意に自身を気遣う声がかけられた。

 声の方に首を回すと、そこには昨日激闘を繰り広げたルークが複雑そうな表情でこちらを見つめていた。


「それはお互い様だろ? にしても、まさか昨日の今日でまた戦うことになるとはなー」

「ぼ、僕も想像してませんでしたよ。僕より馬の扱いが上手い人がいるんですが、ち、調子が上がらないとか言って、きゅ、急遽、僕にお鉢が回ってきたんですよ」

「そりゃ災難だ。その点で言ったら僕のほうが君より上手かもな。なんてったって―――」


「邪魔だ……」


 突然、真後ろからボソリと呟かれた一言にヒロの心臓は跳び上がる。まさに寝耳に水が入ったかのような感覚だった。

 驚いて振り向けば、髑髏の仮面を着けた黒衣の男がこちらを見下ろしていた。

 まるで生気のない声、佇まい。直前まで気配を感じ取れなかった存在感の薄さ。その二つ名の通り、まるで死神のように感じられた。


「あ、す、すみません……」

「ご、ごめんなさい……」

「…………」


 ヒロたちが馬と自身の間に人一人が余裕で通れる空間を開けると、男は礼の一言も発さずにその白い骸骨の面を馬の方に向けながら通り過ぎる。


 東シュラーヴァ共和国の代表、“死神”グリム・リーパ。

 ヒロと同じく影魔導の使い手であり、その練度はヒロをはるかに上回る。

 確かに戦士としては上級だが、人付き合いはどうも人並み以下のようだ。


「……不気味なやつ」

「か、陰口は駄目ですよ、ヒロさん」

「聞こえてないみたいだし、いいだろこのくらい。それよりあの陰気マスクに良い馬取られる前に、ちゃっちゃと馬を選んじゃおうぜ」

「もう、ヒロさんったら……」


 気を取り直し、馬の選別に戻る。

 どの馬も一流どころ。さすがは天下の大統合武闘祭とでも褒めるべきだろうか。

 種類は多種多様だが、毛並み、体格、筋肉、そして瞳から読み取れるその気概はどの馬も劣っていない。

 御者としての短い経験とアビリティ“言語通訳A”を駆使して、粒揃いの戦車馬の中からより優れた馬を選び取る。


 三人が馬を選び終えると、続々と他の選手たちも選別を開始する。

 選ばれた十四頭の馬は二頭一組となり、それぞれ戦車に繋がれていく。

 こうして準備の整った戦車はスタートの手前に一列で並び、レースの開幕を待つ。




 スタート地点には開幕の瞬間を目に焼き付けようと多くの観衆が集っている。

 彼らの声は渦を巻き、闘技場に負けず劣らずの歓声を奏でる。


 選手たちと彼らが乗る戦車はそれぞれバネ式のゲートに収まり、ゲートが開くその瞬間まで戦意を滾らせる。

 その中で、ヒロは周りの歓声と選手たちの熱、そしてそれらから来る緊張感で押し潰され、顔を真っ青にしていた。


(落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け人の目を気にしすぎるのはお前の悪い癖だぞ泉田緋色! 昨日は緊張せずに戦えたんだ今日もいけるだろ!? それに次こそは絶対勝つって皆の前で誓ったんだこの程度で弱音を吐いてどうす―――)

「……オイ……」

「ハイなんでしょうか!?」


 突然声をかけられたことに驚き、思わず強めの語勢で返してしまった。

 しまったと口を抑えるが、既に言葉は出終わった後。

 その上、不幸なことに話しかけてきたのは数刻前に不気味と評したあのグリムであった。


「………………」

「あ、あの、これは違くて……緊張しちゃってつい言葉が……」


 怒っているのか。いや、怒っているのだろう。

 白い髑髏の面によって表情は読めないが、隙間からこちらを見つめる瞳は馬小屋のときより幾分鋭くなっている気がする。

 なるべくなら競技前に問題を起こしたくない。弁明しようとするが、緊張とパニックが合わさって、もごもごと狼狽えるばかりだ。


「……深呼吸……」

「はへ?」

「……数回……大きく息を吸って、吐け……。落ち着く、はずだ……」


 混乱しながらも、グリムに言われるがまま二、三回深呼吸を繰り返す。


「馬は……ひどく敏感な、生き物だ……。乗り手が不安になれば……馬も不安になる……。それでは……最高の状態を、引き出せない……」


 彼の言うとおりだ。

 馬だって生き物。パートナーであるはずの乗り手が緊張していては、馬にだってその緊張は伝染する。それは御者を務めていたヒロ自身が一番良く知っているはずだった。


「……ありがとうございます。緊張のあまり、大切なことを見失っていました」

「……手助けは……ここまでだ。レースが始まれば……互いに敵同士……。……情けはかけん」

「望むところ!」


 もうかける言葉はないと言わんばかりに、グリムは顔を背ける。

 なぜ彼がヒロを助けるような言葉を投げかけたのか、ヒロには分からなかった。普通ならば、相手が不利になるほど好都合であるはず。

 ただのお節介か。それとも互いに全力でぶつかりたいという戦士の矜持からか。

 もしかすると、同じ影使いのよしみかもしれない。


「……いや、ないな」


 一笑に付し、頭をレースのことに切り替える。


 戦意は充分。緊張は抑え、不安を心の中から追い払う。

 厳選した二頭も手綱から伝わる感情に応え、鼻息を荒くする。


 今、際どい衣装に身を包んだレースクイーンが身長の1.5倍ほどはある旗を抱えながら登壇する。

 合わせて、魔術によるホログラムがカウントダウンを始めた。



 ……3。



 ……2。



 ……1。



 ……スタート!!




 ゲートの開放とともに、一両の戦車が飛び出す。


「この勝負、我がアイゼンラントが頂く!!」


 スタートと同時に最高速度まで一気に加速させたのは、アイゼンラント軍国の少将、エーリッヒ・ルーデル。

 彼はこの100mの直線で他の選手たちを引き離す腹だろう。


 続いてキャメロスのレナード、モーラのカルキが彼を追う。

 その後ろは集団が一つの塊となって直線を行軍する。


 僅か数秒後、続々と第一チェックポイントから戦車が通り抜けていく。

 十秒もしないうちに、ほぼすべての戦車が第二コースに突入する。


(分かっていたけど、第一コースは馬の加速力を競うだけで、潰し合いは無かったな。となると―――)


 轟音が前方から響く。

 ルーデルとレナードが一位をかけて争う音だ。


(やっぱり来た!)


 第二コースは全コースのおよそ半分もある長距離走。

 教皇庁手前の橋を渡るまで、コース中で特に目立つ障害は存在しない。

 ならば障害となるのは、選手同士による妨害のみ。

 このコースが荒れるのは必然であった。


 二人の激突に触発されてか、後続の集団も次第に密集していく。

 戦車と戦車の隙間は猫の通る幅もなく、時折車体同士が擦れ合う音がする。

 下手をすれば馬がもつれ合い、車体が衝突(クラッシュ)して大事故を引き起こしかけない。


 戦車の接近に伴って、戦車馬の興奮が手綱から伝わってくる。

 僅かにだが、速度も上がっている。


(まだだ。まだ抑えろ。焦るなよ、僕の馬よ。ここで先走ったら後半確実に体力が底をつく)


 手綱を繰り、馬の速度を低下させ、集団の最後尾につける。


 ()()()()()()()()()

 ヒロが狙ったのは、多くのレース競技でも用いられるその技術だ。

 高速で移動する物体の後方には空気の渦、無風の空間が発生する。

 そこへ車体を滑り込ませることで、少ない空気抵抗での走行を可能にする。

 主に追い抜きを目的としたテクニックだが、ヒロの場合は馬の体力温存のために用いたのだ。


 しかし、この技術には当然デメリットも存在する。

 前方の戦車と接近する必要があるため、常に衝突の危険を孕んでいる。

 高等な操馬テクニックが求められる危険な技なのだ。


(よし、これでいい。順位は下がるが、今はこれがいい!)


 スリップストリームと戦闘の離脱により、馬の体力は保たれる。

 順位こそは下位に近いが、ヒロには逆転の策がある。それまでは馬の体力の方を優先すべきだ。




 後方でヒロが逆転の機会を伺っている頃、先頭ではレナードとルーデルが戦車上で激しい戦いを繰り広げていた。


「ガーッハハハハ!! やはり強者との戦いは血湧き肉躍るなァ!!」

「然り!! 此度の大統合武闘祭、よもや二度も聖十二騎士(ゾディアック)と相見えるとは、実に僥倖ッ!!」


 高笑いを上げながら疾走する騎士と軍人。

 二人にとってはレースの順位など些事であり、こうやって戦うことにこそ意義があるのだろう。


 戦車の上という不安定な足場。手綱によって片手を塞がれた状況。

 だというのに、この二人はそのような事実など存在しないかのように振る舞う。

 獅子の爪のごとき大剣の一撃。大鷲の鋭い眼光のような魔導騎兵銃(カービン)の砲撃。

 揺れる戦車での攻防は全くの互角。拮抗しているかに見えた。


 だが、僅かにだがルーデルが押され始める。

 やはり流石は帝国に名を轟かす最強の騎士団“聖十二騎士(ゾディアック)”の一角。一国の将といえど、彼らの前では霞んで見える。

 ルーデルが湖の主と喩えるならば、レナードは荒れる大海の鯱とでも言おうか。それほどまでに絶対的な差が彼らにはある。


(ムゥゥ……! やはり、先に戦ったネロ殿と比べると、強さの質が格段に違う! あのハン族の侵攻から生き残った古参というだけはある。ならば……()()を使うしかなるまいッ!!)


 ルーデルは大剣を弾き、一度レナードから距離を取る。

 大剣の射程から十分離れると、彼は戦車に足をかけ、青い大空へ跳び上がった。


「刮目せよッ!! 我が“鋼の翼スタール・フリューゲル”をッ!!」


 軍服を突き破り、銀の翼と鎧が顕になる。

 背中にある魔導推進機(ジェットブースター)は蒼い炎を吐きながら、ルーデルを重力の枷から解き放つ。

 天空を高速で翔けるその雄姿は、まさに空の支配者たる鉄の大鷲。


「これは、ネロのとき(個人戦)で見せたトンデモメカか!?」

「そのとおり! これぞ我がアイゼンラントの最新鋭科学が生み出した最新・最速・最強の装備! 名を鋼の翼スタール・フリューゲル!! 天下無敵の空中殺法、その身で味わうがいいッ!!」

「面白いッ!! 来い、天空の王たる大鷲よ! 百獣の王たるこの獅子がその翼を撃ち落としてくれようぞッ!!」


 睨み合う獅子と大鷲。陸の王者と空の王者。

 今から激戦となるのは、誰の目から見ても理解できた。

 そして、その幕が開ける。


「いざッ!!」

「尋常にッ!!」

「「勝b―――」」




 ピンポンパンポーン


『エーリッヒ・ルーデル選手。戦車から降車したため失格です』




「「………………」」

「なんとォーーーーーー!!??」


 アイゼンラント代表。エーリッヒ・ルーデル。

 戦車から降りたため、無念の脱落!


「……確かに、あんなもの(飛行デバイス)で一気にゴールしては戦車競走の意味を為さんからな」


 強者との激闘を思わぬ形で中断されたレナードは、ガックリとうなだれながらも、仕方なく納得する他なかった。


 くるりと体を反らし、後ろを確認する。

 一番先頭はモーラ代表のカルキ。一馬身ほどの距離を保ったまま、レナードの後ろに張り付いている。

 その後ろにはケルティンとシュラーヴァが並走しており、真後ろにフルーランスの選手が付いている。


「追ってくる者は四人。勝負を仕掛けてくる気配はなし……か」


 駆ける戦車はどれも付かず離れずの距離を保ちつつ、この第二コースを走り抜けようとしている。

 案外慎重派が多いことを残念に感じながら、レナードも無用な戦いを仕掛けず、一位を保守に専念する。


「……む? 四人?」


 レナードは自身の発言に疑問を持つ。

 出場選手は各国から一人ずつ。計七人。

 先程アイゼンラントのルーデルが脱落し、六人。

 そして今この場にいるのは、後ろの四人と自身を含めて五人。一人足りない。


「……あと一人はどこへ……?」



 ―――――――――



 ―――リドニック代表、ハイエルフのエゼリア。


 現在、スタートから約400m地点! 時速、およそ10km/h強!!

 順位…………最下位!!!



 ―――――――――



 第二コースではこれ以上の大きな展開はなく、ついに舞台は教皇庁を曲がり第三コースへ。

 順位の変動はないまま、次々と入り組んだ路地が織りなす市街地へと進入する。


 市街地には自然公園のチェックポイントまで複数のルートが存在する。

 公園までつながる大きな通りから、戦車がギリギリ通れるような裏路地まで実に様々。

 その中から最適なルートを見つけ出すことこそ、このコースの醍醐味。


 すなわち、ヒロ(地理理解持ち)の本領であった。




(すでにここの地理は理解している! ここでの最適解は―――ここだッ!!)


 馬を操り、通りから外れた細い路地へと戦車を進ませる。

 そこは馬二頭がなんとか走れるような道。本来、レースコースとして利用することを想定していない場であったため、いつ放置されたかもわからない木箱などの障害物が所々に落ちている。

 馬を走らせるには非常に困難なコースだ。


 だが、ヒロはそれを予想して、すでに対策を取っていた。


 ヒロの選んだ二頭の戦車馬、そのどちらも若く活力旺盛な雄馬。

 狭い道だろうが、多少の障害物だろうがなんのその。前半で残しておいた体力を活用し、最短の道を突き進む。




 一方その頃、他の選手達も各々の道を選び、馬を走らせる。


 一位のレナードと二位のカルキは大通りをそのまま真っすぐと突き進む。

 ショートカットなどの小細工を使わずとも、正攻法だけで勝てるという自身の表れなのだろう。


 遅れてグリムも彼らの後を追う。

 だがしかし、すでに二人との差は埋まりようもないほどに開いてしまっている。

 秘策もなしに正面から挑むにはあまりに無謀だ。


 その点ではルークはまだ賢い選択をしただろう。

 彼は誰も選ぶことのなかった狭い道に入り、妨害もなく万全の走りを見せていた。


 それぞれがそれぞれの道を突き進む。

 だが、それだけでは()()()()()




「……そろそろか」


 動いたのはグリムだった。


 彼は馬の鼻を街道の端に並ぶ建物の一つに向けさせる。

 鋭角に刺すように、戦車は猛スピードで突っ込んでいく。

 このままでは戦車は壁にぶつかって大破だ。


「フッ……!」


 だがそのような愚行、彼が行うはずは無い。


 グリムは右腕を車体から出し、大きく振るう。

 すると同時に、右腕の影は本体から離れ、投げ込まれた泥のように実体を持って建物へ向かっていく。

 押し寄せる影は地面と建物の屋根を繋ぎ、立ち並ぶ建物の屋上へと続く新たな道を作り出した。


 ()()()()()。それは単純に実体化させるより、更に難易度の高い技術である。

 実体化の場合、常に実体化させた影に魔力を送り、実体を維持させることで実現可能。維持し続けるための魔力量と細かな魔力制御を要するが、一流の魔導士ならばできて当然。

 ヒロが作り出す黒漆甲(クロウルシノカブト)や漆黒の金砕棒も常に皮膚に接触させ、そこから膨大な魔力を送り、微妙な制御は紅蓮が受け持つことで維持させている。


 一方で固定化の場合、一度形成した魔力のみで影の実体化を維持している。それはとてつもない集中力と魔力の練度が必要となる。

 その上、グリムは影自体に()()()()()()()影魔導を使役する。それがどれだけ難しいことか。

 馬を繰りながらのこれほどの芸当。見ていた者は舌を巻くしかなかった。


 グリムは黒い橋梁を駆け上り、屋根から屋根へ走り抜ける。

 屋根を伝う一直線の道。これこそが誰も考えることのなかった最短最速のコースだ。


 誰からの妨害もなく、頭上を駆ける。

 その姿を誰よりも関心の瞳で見上げるのは、ルークであった。


「へー、なるほど。そんな手があったんだ。それじゃ、僕も……!」


 ルークは懐から植物の種を取り出し、前方へ投げつける。

 種は路地の隙間に入り込み、すぐさま蔓を上空へ伸ばす。

 針金のように強靭な蔓は縒り合わさり、紡がれ、グリムの影と同様に戦車を天上へ導く階段となった。


 グリムの独壇場だった屋根の上に、ルークが合流する。

 二人の視線が交錯すると、それが引き金となったのか、交わす言葉すらなく二人は互いに攻撃を始め合う。

 落ちればひとたまりもない高さ。己の魔法で屋根同士をつなぎ渡る状況。たった一つの操作ミスが運命を左右する中、黒い影と緑の蔦が絡まり合う。




 戦いの火花は、その下を走るヒロのもとにも降り注ぐ。


「屋根の上か。その発想は無かったな」

『今からでも合流するかい?』

「冗談。確かに一直線の最短ルートだろうけど、瓦や影の橋なんて不安定すぎて馬が本気で走れない。実際のところ、戦闘も相まって二人のスピードが若干遅くなってるだろ?」


 それに僕の実力じゃ影の固定化なんてできないし、と自嘲気味に笑う。

 そうだ。今は他の相手に気を取られている暇はない。

 ここで少しでも引き離しておかねば、逆転は厳しくなる。

 ヒロは気合を入れ直すように、手綱を大きく振るう。




 大通りを征くレナードとカルキ。屋根の上を駆けるグリムとルーク。そして裏路地を独走するヒロ。

 すでに順位は不明。第三チェックポイントである市街地の出口を通過した者から、順位が決定する。

 市街地の出口、川を渡す橋梁に、今足を踏み込む者がいた。

 それは誰だ。誰だ? 誰だ―――!?




 ―――ヒロであった!


 一着はヒロ。続いて半馬身開けてレナード、カルキ、グリムとルークがなだれ込んでくる。

 エンジンに火がついた馬たちはスピードを一切緩めることなく橋を渡り切ると、自然公園へと突っ込んでいく。


 ヒロを先頭に、五台の戦車は固まって自然あふれる並木道を突き進む。

 一台も離れることのないこの状況、戦闘が始まるのは必至だった。


 ヒロの両隣に戦車が一台ずつ、ピタリと張り付く。レナードとカルキの戦車だ。

 その真後ろにはルークとグリムが互いに牽制し合いながら、ヒロに一撃を加える隙を見計らっている。

 4vs1。圧倒的に不利。


「ガハハハ! さあ天帝竜の力を持つ少年よ! 存分に仕合おうではないか!」

「センダ・ヒイロ……。倒す……!」


 左右から闘気を向けられる。一方に至っては、何故か殺気に近い威圧感も感じ取れる。

 後ろの二人からも背中を狙われ、ヒロは角に追い込まれたネズミの気分を理解した。


(こんなモテ方、願い下げなんだけどなぁ)


 四人の力量はすでに目にしている。全員が全員、一筋縄でいかない連中だ。

 そのような者たちから敵意を向けられたのなら、もう笑うしかない。

 だが笑っている場合ではない。


 逃げ場も失い、まさに袋の鼠。

 なにも自分一人を狙わなくてもいいじゃないか、と恨み節の一つでもぶつけてやろうとしたとき、レナードが仕掛けてくる。


「ハァッ!!」

「―――ッ!」


 危機一髪。影魔導で盾を作り、大剣の刃をなんとか防ぐ。

 一息ついたのも束の間。次はカルキが剣を突き立ててくる。

 影の盾を漆黒の金砕棒に変化させ、レナードの大剣を渾身の力で弾くと、勢いそのままカルキの攻撃を相殺する。

 その後も次々と襲い来る波状攻撃を、鬼人モードで強化してなんとか凌ぐ。


(二人とも片手が塞がってるおかげで、俺一人の身ならなんとかなる! けど! このままじゃ戦車のほうが先に潰れる!!)


 繰り広げられる攻防。その余波によってヒロの乗る戦車はじわじわとその身をすり減らしていく。

 この調子では第四コースを抜ける前に、車体が破壊され失格となるだろう。それはなんとしてでも避けたい。


(何かを変えなきゃジリ貧確定だ! ……ああクソ! 紅蓮、手を貸せ!)

『この祭りはなるべく自分の力でやりたい、って最初に言ったのは君じゃなかったかい?』

(俺の中にいるお前の力も、傍から見れば俺の力だろ! つべこべ言ってないで手伝え!!)

『ハイハイ。随分と面の皮が厚くなっちゃってもう』


 影が、洪水のように、爆発するかのように、二人に襲いかかる。

 攻防が逆転する。力量差は埋められないが、手数で圧倒する。


(紅蓮。攻撃に一々対応してたら効率が悪い。もっとこう……、鎧みたいに固定化したままってできないのか?)

『鎧、ね。ならばこんなのはどうかな?』


 影がヒロと戦車を飲み込む。

 黒い影は黒々とした鉄へと変化し、戦車は刺々しい重戦車へ、ヒロは戦車と下半身が一体となった姿となり、さらには二頭の馬にも影の装甲を与える。

 騎馬に特化した黒漆甲。名付けるならば―――黒漆甲(クロウルシノカブト)騎兵ノ装(ライダーフォーム)


(両手が空いた! いいなコレ!)

『喜んでくれて何より。あ、これはついでね』


 ヒロの目の前に二本の棒状の何かが生え出てくる。

 手に取ってみると、それは普段より幾分か小さいサイズの金砕棒だとわかる。

 まるで太鼓のバチのような二振りの金棒。紅蓮が気を利かせて、片手でも取り回しやすい大きさになっている。


『双槌“バチ”。手数で攻めるならこっちが良いだろう。ちなみにさっきまで使ってたのは、鬼棍“ツヒ”と言って―――』

「よっしゃあ! かかってこぉい!!」


 攻撃の手数が増えたことと戦車が破壊される心配がなくなったことで、戦況は完全にヒロ優位となった。

 虎の威を借りた狐のごとく調子づくヒロ。獅子奮迅の勢いを見せるその背中に、死神の視線が密かに向けられていることを、彼はまだ気付かない。


(あの少年……個人戦でも感じたが、あの影魔導の自在性は目をみはる……。まるで……()()()()()()()()()()()()かのよう……)


 二人の影魔導の使い方は似て非なるもの。

 グリムの場合は、影をあらゆる形に造形し固定。変幻自在なそれらを用い、自由自在な戦いを繰り広げる。

 対してヒロは、複雑な影の操作を紅蓮に一任し、絶妙なコンビネーションで敵を翻弄する戦法を好む。

 簡単に差別化すると、グリムは影魔導を主体、ヒロは影魔導を肉弾戦の補助として戦う。

 グリムからすれば、ヒロの戦い方は新鮮そのものだった。


(……面白い……。少し……手合わせしてみるか……!)


 自身の影から黒い大鎌を創造する。

 標的は二人の戦士からの猛攻に気を取られ、気付いた様子はない。

 いつもと同じだ。影のように気付かれずに、影から仕留める。

 息を整え、標的の隙を伺い、会心の一撃を背中に加える。それだけだ。


「…………ッ!」


 鎌を振り下ろす。切っ先が無防備な背中に吸い込まれる。

 完璧で、普段と同じ出来の不意討ち。


(さあ、これをどういなす!?)


 迫る凶刃。その黒い輝きは、漆黒の甲冑をも紙のように引き裂くだろう。

 次の瞬間、影の刃は無情にもヒロを一刀両断する―――




 ―――ことはなかった。


「…………邪魔を……するな……」


 ヒロを切り裂く寸前で動きを止めた漆黒の大鎌。

 その細い持ち手には、幾重にも植物の蔦が巻き付いていた。


「しますよ、邪魔。一人に寄ってたかってなんて、僕が許しません。それに、僕との決着がついてないでしょう?」

「……お人好しが。先に……お前から消してやろう……!」


 影使いの死神と植物使いの魔術使は再び激突する。

 お互い、広いフィールドを駆使して戦う戦法を得意とする者同士。

 しかし、戦車の上という狭い空間でありながら、二人は前方の三人にも劣らない互角の激戦を繰り広げる。




 熱戦の第四コースは続く。

 荒れる剣戟の嵐。戦局は一秒ごとに変化し、入れ替わり立ち替わり、誰かが一位に躍り出ては誰かに抜き去られる状況が続く。

 レースは混戦に混戦を極めた。



 そして、自然公園を抜け最後のチェックポイントを通過すると、戦いの熱は自然と消失した。



 剣がぶつかり合う音が嘘だったかのように、蹄の鳴る音だけが空間を占拠する。

 残った選手たちの瞳には、先程までのギラギラとした眼光はない。

 ただまっすぐに、ゴールである懐かしの闘技場だけを見つめている。

 すでに戦意はない。如何に最速でゴールテープを破るか、頭にはそれだけしかない。


 馬の体力も限界が近い。

 馬たちは選手たちの気持ちに感化され、残った力の全てを振り絞る。


 最後のカーブを曲がる。待ち受けるは、彼らの帰りを待っていた観衆と残り一キロもない最後の直線。

 並ぶ。並ぶ。並ぶ。五台の戦車が横一列に並ぶ。

 手綱を繰る。雄叫びを上げる。十キロの道程をともにした二頭の相棒を奮い立たせる。


 駆け引きの必要はない。妨害の必要もない。

 全力で、無心で、馬を走らせる。


 そして、ついに、決着がつく―――!






『一着! ()()()()()()ッ!

 栄光の一位は、センダ・ヒイロォォオオオッッ!!!』






 勝利の雄叫びを上げる。昨日の敗北の悔しさを掻き消すかのように、歓喜の声を高らかに奏でる。

 そして、雄叫びをも塗り潰す喝采が闘技場を揺らす。誰もが彼の健闘を讃えた。


 ヒロの勝利はただの偶然ではなく、彼が用意していた秘策がもたらした必然であった。

 その秘策とは、馬の()()

 ヒロは最初の馬選びの際に、最後で接戦となったときのために、窮地に陥るほど真価を発揮する負けず嫌いな馬を選び取っていたのだ。これは言語通訳Aのアビリティを持つヒロでしかできない。

 本人にとってはただの保険だったのだろうが、最後の最後に運命を分ける重要なファクターとなった。


 ヒロの次にアタマ差でレナードが二着、続いてハナ差でグリムが三着に入り込む。

 直後、カルキとルークがほぼ同着でゴールラインを通過する。


 十キロの道程を完走した選手たちに、惜しみない拍手と大歓声が浴びせられる。

 喝采の中、三日目の団体戦競技“戦車競走(チャリオットレース)”は終わりを告げる。



(そういや、最後の一人は結局どこへ行ったんだ……?)



 ―――――――――



「あの……申し上げにくいのですが……順位が確定しましたので、今回の競技は終了となります」

「……そうですか」


 リドニック代表、エゼリア。

 第三コースの途中にて競技終了。完走ならず!

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