表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
村人Aの異世界叙事詩  作者: ユッケ=ビビンバ
第五章 闘いの詩〜大統合武闘祭編〜
87/120

第87話 ヒロVSルーク 後編

「…………“鬼龍モード”」


 少年は小さく呟いた。


 全身に張り巡らされた赤い紋様。取り憑くように纏わりつく赤黒い火炎と蒼白い雷電。額には噴き出す炎で形作られた鬼の角と迸る雷で模した竜の角が一本ずつ。

 背後には、あまりの気迫に幻覚でも見えているのだろうか、巨大な竜と鬼の顔がルークを睨んでいる。

 もはや人とも、鬼とも、竜とも呼べない、歪な姿。

 これこそヒロの()()()()()。名付けて“鬼龍モード”。


(なんだ……これは? 先程のヒロさんとは明らかに雰囲気が―――)


 警鐘。

 自身に備わった五感が音を立てて危険が迫っていることを知らせる。

 これはヤバい。危険だ。

 わけが分からぬまま本能に従い、回避行動を取るルーク。その眼前に変貌したヒロが現れる。


「ッ!?」


 回避行動が遅れた。防御、間に合わ―――


 衝撃。


 何をされたのか分からなかった。

 一瞬だけ肉体から離れていた意識が戻る頃には、自身の体が高速で場外に向かっていることしか理解できなかった。

 このままでは場外負けになってしまうと判断した脳は、すぐさま魔力を杖に集中し、準備していた植物魔術を起動させる。

 舞台の縁に用意されていた植物は、指令を受けるや急速に成長し、蔓を編み込ませた即席のクッションとなってルークの体を優しく受け止める。


 舞台に足をおろしたルークは腹部に強烈な痛みを覚える。

 同時に、拳を突き出したヒロの姿を見て、ようやく自分が腹を殴られたことに気付いた。


(なんて速さだ。素のスピードは“竜気駆動(ドラゴンドライヴ)”の半分程度だけど、筋肉の瞬発的な動きも合わさって途轍もないパンチを実現させている。しかもパワーは竜気駆動以上だ)


 次の一手が来る前に全神経を研ぎ澄まして構えるが、当のヒロ本人は拳を突き出した状態からピクリとも動かない。

 動かないのか、動けないのか。“絶対感覚(ゴッズセンス)”で次に取る行動をすべて読めても、その思考までは読み取れない。


 筋肉が収縮する音が聞こえ、僅かに皮膚が動くのが見えた。

 ……動く。


 動き始めは太極拳のようにゆっくりと。

 攻撃の態勢に移ることなく、一番楽な姿勢、棒立ちの状態まで手足を動かす。


 次は蜻蛉のように素早く。スイッチが切り替わったかのように動き回る。

 飛び跳ね、拳を何度も突き出し、何もないところに蹴りを見舞う。そのシャドーボクシングや演舞に似た動きは、まるで自身の動きを確認しているかのようだった。


 ヒロの一連の動きの真意が全く理解できないまま、ルークは呆然と眺めている。

 一見隙だらけだが、弾ける拳撃や蹴撃、空気を伝導する振動からその威力は凄まじいものと分かる。下手に刺激して喰らったらたまったものではない。

 それに、あの朱い模様……。なぜだか理解(わか)らないが、とても()()


「……よし、動ける」


 ヒロの動きが止まる。

 彼の意識ははっきりと残されており、鬼人モード(紅蓮の魔力)による暴走の兆しもない。


「感謝するぜ。この状態(鬼龍モード)になるには一回止まって、すげえ集中しなくちゃいけなかったからな。拘束してくれたおかげで手間が省けた」

「……それがあなたの持てる全力、というわけですか」

「ああ、これが全力。俺の奥の手だ。これ以上逃げ回っても無意味なのは、さっきの一撃で分かっただろう」

「痛いほど十分に。ですから……」


 ルークは腰に付けた袋から、いくつかの植物の種が入った小瓶を取り出す。


「僕も、僕の奥の手を出します」


 その種を全て、地に落とす。

 硬い地面に弾かれ、跳ねる種子。


「“偽りなる小世界樹フェイク・ユグドラシル”」


 瞬間、種子の殻が割れ、芽が、根が、葉が、枝が、幹が、爆発するように成長する。

 力強い根が舞台に覆いかぶさり大地に食い込む。鬱蒼とした葉が天空からの光を遮る。複数の幹が縒り合わさり天と地を支える巨大な柱となる。

 北欧の神話の中で語り継がれる伝説の巨木、世界樹“ユグドラシル”。その盆栽が闘技場を鉢植えと見立て、モーラの地に顕現する。


 その場にいる誰もが興奮を忘れ、口をあんぐりと開ける。

 これはもう、植物()()とは言えない。極位魔術―――否、これは精霊による()()()()

 技術のみでは決して成し得ない偉業。それが今、目の前にある。


 世界樹の降臨により、舞台はその下敷きとなり視界のうちから完全に消え去ってしまった。

 これでは場外もなにもない。強いて言えば、この小さな世界樹が新しい舞台と言えるだろう。運営側もこれをどう判断すべきか、混乱しながらも懸命に検討している。

 だが、場外の判定を下す必要は無さそうだ。


「……規格外すぎんだろ……」


 ヒロは生い茂る緑の葉を仰望し、舞台を飲み込んだ力強い根を俯瞰し、ぼやいた。

 彼は今、地上から数メートルだけ離れた空中に()()()()()

 スキル“神足通”。あらゆる場所に瞬間移動し、あらゆる場所に立てる、紅蓮のスキル。

 地獄の鍛錬により、鬼人モードのときのみ、紅蓮の使うスキルの一部―――神足通・天眼通・天耳通の初歩と黒炎、影魔導を扱えるようにはなった。

 場外の判定となるのは地面に体が触れた時のみ。空中に浮遊している分には、審判が場外を与えたくとも与えられないこととなる。


 とはいえ、初歩は初歩。神足通の効果時間はもって三秒が限度。

 すぐに巨木に乗り移り、表面の窪みに指をかけぶら下がる。


「確かに、奥の手というだけはある。でも、木は木だろ!」


 右腕から黒い炎が噴き出し、蛇が絡みつくように右手に集まっていく。

 黒く燃え盛る拳を勢いよく世界樹の樹皮に叩きつける。

 衝撃と同時に炎が弾け飛び、拳が爆ぜる。高熱を放つ黒炎はヒロごと世界樹の表面を飲み込み、亡者を焼く地獄の炎のごとく燃す。


 だが、あまりに大きさが違う。

 本来ならば、植物はもちろん、岩だろうが鉄だろうが、黒炎は燃やし尽くす。しかし、今回ばかりは相手が悪い。

 黒炎は世界樹の分厚い皮とその内に隠れた中身を僅かに炭化させるのみで、全焼させるどころか焼き切ることすらできない。

 小さな残火も燃え広がることなく、世界樹の生命力の前に消え失せてしまう。

 地獄の業火といえど、世界までは燃やし尽くせないということか。


「ちっ、大樹くらい簡単に燃やせると思ったんだけど……っ!」


 一瞬、立ち眩みが起こる。

 それに合わせて、ヒロを包む炎と雷にノイズが入る。


『ヒロ。あまりスキルを多用するな。私の魔力と竜の魔力、その均衡が崩れれば、この状態を維持できなくなる』

(わかってる。鬼龍モード(これ)はあくまで身体強化。このどっかに隠れているルークを見つけて追い込めばこっちに勝機がある)

『それもだが、その状態は強力なぶんリスクも多い。そして何より、五分という制限時間がある。一度奥の手を見せたからには、ここで決着をつけるつもりでいけ』

「了解っ!!」


 垂直の足場を蹴り、硬い樹皮に爪を食い込ませ、ヒロは世界樹の幹を駆け上がる。

 無数の枝と葉が生い茂る上部に至ると、強化された目と耳で隠れたルークの姿を捜し始める。


(……どこだ……ルークは……)


 張り巡らされた枝が視界を妨げる。木の葉がそよぐ音で聴覚に雑音が混ざる。

 加えて所々に咲く極彩色の花が鼻を惑わせ、世界樹自身が発する強力な魔力がジャミング効果を引き起こし魔力感知もままならない。


 感覚を研ぎ澄ませルークの影を追う。

 限界にまで神経を張り詰めたおかげか、感覚のレーダーが自身の背後に動く何かを察知する。


(ルーク、―――いや違う!)


 人間ではない。だが、明確な敵意がある。

 咄嗟に避けた瞬間、それが何なのか理解する。

 正体は()()()。まるで槍のような巨大な棘がヒロを穿たんと伸びていたのだ。


 驚愕する間もなく、次の棘が串刺しにしようとヒロを狙ってくる。

 棘だけではない。刃のような切れ味の葉が雨霰と降りかかり、触手のように蔦が体に巻き付き、爆散する果実が落ちてくる。

 ヒロはそれらを必死に避け、逃げ惑う。


 その様子を樹上から眺める人影があった。


(かかりましたね、ヒロさん。この偽りなる小世界樹フェイク・ユグドラシルはいくつもの植物魔術が撚り合わさった、謂わば植物魔術の宝庫。この舞台に上がった時点で、あなたは僕の手中に収まったようなものです!)


 傍らに控える妖精がすぐ近くの枝に触れる。

 すると、そこから魔力が流れ、ヒロの周りの植物が牙を向いて動き出す。


 ルークは世界樹の上であれば、どこからでも標的を捉え攻撃することができる。

 一方、その標的であるヒロは世界樹の妨害によってルークの姿は捉えられず、防戦一方を強いられる。

 形勢は確実にルークに傾いていた。




「…………フッ、」


 絶対感覚(ゴッズセンス)によって澄まされたルークの耳が、追い詰められたはずの少年の微かな笑い声を掴む。

 なぜ、この状況で笑った……? 圧倒的に不利なこの土壇場で、なぜ、不敵な微笑みを浮かべる?


「これが、()()()()()()()

「っ!」


 攻撃の手が止んだ。


「随分とまあ、ご立派な戦法だ。俺を植物で撹乱し消耗させて、自分は影でコソコソ。確かに戦場では有効な手段だな!」

「…………」


 安易な挑発だ。どうせ、僕を引き摺り出すための罠だ。

 それは裏を返せば、これ以上の手はないと公言したようなもの。

 耳を塞ぎ、放っておけばいつしか倒れる。

 そんな単純なこと、理解しているはずなのに―――



「……正義の勇者の名が泣くぜ。この卑怯者」



 自身の中で何かが切れる音がした。


 ―――“正義の勇者”。自身に与えられた、勇者の名。

 その名を冠したとき、不思議と妙にしっくりした感覚に陥った。

 昔から僕は人一倍正義感が強いと言われた。間違ったことが許せなかった。そのせいで何度も損な目に遭った。

 それでも、後悔はなかった。それが正しいと自分は信じていたからだ。

 だが、今回はどうか? これは、本当に僕のしたかった戦いだろうか?

 後悔は、ないのか……?



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 思い返すは数刻前。まだ第二試合の最中の頃だ。


「次の試合、俺の言うとおりに動け」


 そう言ってきたのはモーラの代表、ヘルメス=ソフィア・ホエナイム。

 眼鏡を掛けた白衣の男は突然、控室に押し入ると、そのようなことをほざいた。


「な、何なんですかあなた! き、急に入ってきて!」

「……チッ。凡人は理解が遅いから困る」

「凡じっ!?」

「面倒だが説明してやる。俺の名はホエナイム! 神の如き天才だ! 天才だからこそわかる! 次に控える第三試合、普通に戦えば貴様は確実に負ける! だからこの天才たる俺が貴様に必勝の策を授けてやるというのだ!」


 突然現れ、お前は勝てないから言うことを聞けと言う。ありがた迷惑甚だしい。

 当然、ルークは彼の言葉を二つ返事で請け負うつもりはない。

 彼の親切心には悪いが、丁重に断ろうとする。


「も、申し訳ないですけど、いらないお世話です。そ、それに、これは国の対抗戦。他の国の代表から助言を貰ったとなると、この大会の目的に反します」

「……なるほど! 流石、正義の勇者候補。曲がったことは嫌いと」

「そういうことです。わ、分かったら帰って―――」

「しかし、国の対抗であれば、全てを利用してでも勝利を勝ち取るべき。それこそ、他国の助言でも、だ」


 道理ではあった。彼の言うとおり、これは国の威信をかけた催し。ならば、勝利することが何より国に貢献することにつながる。

 そのためには、多少仁義から外れた行動をとってもおかしくはない。助言を受けることなど、大した問題にもならないだろう。


「だとしても、僕はあなたの協力を必要としません。仮に僕がどんな不利であろうと、あなたから助力を得ることは僕の“正義”に反します」


 少年は澄んだ瞳でそう言い切った。

 穏やかな口調の中には、どこか芯のある意志が感じ取れる。その意志を目の当たりにし、ホエナイムも思わず言葉が詰まる。


 だがすぐにホエナイムは考え込むような素振りを見せ、慎重そうに口を開いた。


「……すまない、言葉の選び方が悪かったようだ」

「と、言いますと?」

「人ならざるものばかりと相手しているばかりに、どうも俺はコミュニケーションが下手なようでな。俺が言いたかったのは“助言”ではなく親切心からの“忠告”だ」


 それも同じではないかと言いかけるが、ホエナイムは遮るように言葉を重ねる。


「少し調べさせてもらったが、貴様の植物魔術と相手方の能力は相性が悪い。加えて、相手はここぞという時の爆発力がある。普通に戦うぶんには問題ないだろうが、もしものために()()()()()()()()()()()()()。俺が言いたかったのはそれだけだ。じゃあな」


 喋るだけ喋って、ホエナイムは早々に控室から退場する。

 残されたルークは嵐のような男の行動に呆気に取られながらも、無理矢理押し付けられた忠告を何度も胸の内で繰り返す。

 そして一つの結論に行き着く。


「……まあ、これくらいなら―――」




 〜〜〜〜〜〜〜〜〜




 ―――失態だ。なにが「これくらいなら」だ。

 誉れある大統合武闘祭に、誇りあるケルティンの代表として選ばれた。

 それなのにこの戦いはなんだ? これで勝てたとして、そこに本当の勝利はあるのか? 本当に正しき義はあるのか?


 胸のうちに悔しさが込み上げる。

 ホエナイムの口車に乗せられた悔しさ。自分が卑怯な手を使ったことへの後悔。

 それもあるが、何よりも他者(ヒロさん)に正義の勇者である自分がその在り方を説かれたことのほうが遥かに悔しい!




 猛然たる勢いを見せていた植物たちはヒロに攻撃することを止め、蛇のようなゆっくりと滑らかな動きで彼を取り囲み始める。

 足元から突出していた棘は引っ込み、蔦や蔓は新円を描くように周りを縁取り、気付けばヒロを中心として広く平坦な空間が形成されていた。


「……訂正してください」


 声とともに、瞳に明確な怒りの感情を宿したルークが頭上から舞い降りてくる。

 その怒りをさらに助長させるように、ヒロは不敵に笑い言葉を返す。


「俺は俺の感じた事実を述べたまでだが?」

「卑怯であったことは認めましょう。ですが、それはこの後の戦いで挽回してみせます」


 ルークの持つ杖に植物が集まり、一本の木剣へと姿を変える。さらには複数の身体強化系の魔術を自身に付与し、身体能力の大幅な上昇を図る。

 ヒロもこれに対抗して、紅蓮や影使いのグリムがやっていたように、見様見真似で自身の影から黒鉄くろがねの金砕棒を創造する。


 武器を構える二人の少年。しばしの静寂が訪れる。

 二人の目には激情が宿る。ハーフ・ハーフリングの少年には誇りと侮辱に対する怒り。黒髪の少年には勝利への渇望。

 感情の高ぶりに応じて、木々はざわめき、炎雷は激しさを増す。




 ―――動き出す。


「「うおおおおおおおおおおおおッッ!!!」」


 雄叫びを上げ、激突する。

 鬼龍モードのスピードとパワーを持つヒロ。ルークは絶対感覚(ゴッズセンス)と事前にかけておいたバフによってそれに喰らいつく。

 影魔導による搦手には植物魔術を。木の葉の刃による遠距離攻撃には炎と雷を。

 互いが、互いの持てる全てを投じてぶつかり合う。


 次第に戦局は平面から立体へ。三次元的に張り巡らされた枝から枝へ飛び移り、次から次へと戦況が変化する。

 上へ、下へ。右へ、左へ。奥に、手前に。ルークが植物の陰から奇襲をかけ、ヒロが邪魔な枝や葉を薙ぎ払って突き進む。二人は巨大なアスレチックを舞台に縦横無尽に駆け回る。

 既に闘技場内でこの戦いを完全に目で追えている者は一割にも満たないことだろう。それほどまでに疾く、奇抜な戦いだった。




 局面は終盤へ。

 二人の戦いはいつしか世界樹の最上部へと場を移していた。


『ヒロ、時間だ! 残り一分を切った。もう()()を使っても構わない。ここで決着を付けろ!!』

()()か。……よし! いっちょやってやるか!!)


 ルークを蹴り飛ばし、ヒロは世界樹を頂上へと駆け上がる。

 そのまま空中へ高く、高く飛び上がると、黒炎と白雷を全開まで放出する。


「喰らえよ! 俺の“陰陽鬼龍雷炎波”をッ!!」



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 ―――ドグォォオオオオオッッッ!!!


 ヒロの精神世界―――“白い世界”に轟音が響き渡る。

 少年の目の前には放射状に広がった破壊の跡。地面は抉れ、空気は焼き切れ、赤を残したままの焦げは黒い煙を吐き出す。

 その光景を見て、ヒロは自信満々にほくそ笑み、後ろで茶を飲んでいる三人に声をかける。


「どうだ! 紅蓮! ライディン! アルルさん! これが俺が考えた究極の必殺技! 鬼龍モードと陰陽鬼龍雷炎波だ!!」


 名を呼ばれた三人の亡霊は一口だけ紅茶を口に含み、一息ついた後、ヒロに一瞥もくれずに口を開く。


「全然ダメ♡」

「却下だ」

「論外、です」


 酷評。ヒロ自身、結構自身があったゆえに、彼らの評価にはかなりのダメージがあった。


「なんでだよぉっ! 紅蓮の鬼人モードのパワー。ライディンの竜気駆動(ドラゴンドライヴ)のスピード。その両方をかけ合わせた最強モード! それが鬼龍モード! そこにどんな不満があるんだって!」


 プリプリと文句を垂れるヒロに、三人は再び紅茶を飲み、続ける。


「発想自体は面白い。君が今出せる両方の最高出力を100として、その半々をかけることで2500の力が出せている。実に25倍の出力だ」

「じゃあどうして……」

「それと同じ数だけ負担や移行時の手間もかかる、ということだ。今はこの精神世界だからともかく、現実では発動までに相当な集中力を要する。その間、敵が律儀に待ってくれておるとでも思うのか? その上、持続するにしても双方のバランスを維持したまま戦わねばならぬ。仮に身体強化のみに使用したとしても、制限時間は五分が限度であろう」

「ぐっ……!」

「そして、その……なんと言いましたか。“陰陽鬼龍なにがし”とかいう技。確かに絶大な威力ではありますが、そのぶん反動もすごい。使うとなれば、数秒のチャージタイム。使った後は強制的な鬼龍モードの解除と短時間の極度の疲労感と倦怠感……つまりしばらく動けなくなることでしょう。実戦向き、とは言い難いですね」

「ぐ……ぐ・ぐ・ぐぅ……!」


 三人の台詞が矢のように体を貫く。

 これほどまでに論理立てで反論されれば、閉口せざるを得まい。

 だが、だとしても……


「いーや! 反動のある超・必殺技は男の浪漫だ! 必ず実戦でも使ってみせる! いや、使ってやる!!」


 意気揚々と吠えるヒロだが、三人は気にする様子もなく彼の言葉を右から左へ聞き流していた。


「ハイハイ。分かったから。その鬼龍モードの実現のためにも、鬼人モードの特訓をしような。君、まだ私の鬼脈紋―――鬼人モードのときに出る赤い模様やつ、まだ半分も使いこなせてないんだから。あれさえ使いこなせれば暴走の危険も無くなるし、色んなことができて便利なんだけどなぁ」

「そのような怪しい呪法の使い方を学ぶより、我が竜気駆動だぞ、我が主。そこな鬼の言う鬼脈紋などという怪しげな技より、我が雷のほうが何万倍も強く、役に立つのだからな」

「ほう? 随分と、口()()は立派なのだな天帝竜。私がヒロを乗っ取ったときは何もできずに指を咥えていただけなのになぁ?」

「主の身を気遣っただけと何故わからぬのか。このボンクラ鬼めが。そんなことだから人間ごときに遅れを取るのだ」

「七つの美徳に操られていたの誰だっけかなぁ?」

「七つの美徳に殺されかけたのは誰であったろうなぁ?」


 文字通り、火花を散らす紅蓮とライディン。

 その二人の姿に、ヒロは思わずジークとエピーヌの姿を重ねてしまう。

 それはさておいて、二人はヒロが望む鬼龍モードの要。仲良くしてほしいが、それは難しそうだ。


「おーい、二人ともー。喧嘩するのはいいけど、暴れないでよー。ここ、僕の心の中なんだからー」

「その心の中で大技をぶっ放した人の台詞ですか。……まあ、あの二人は放っおきましょう。それよりも、ヒロ。あなたはまず基礎を練習しなさい。リンに教わっている体術も、私達が教える魔導も、そしてその必殺技も、まずは基礎を押さえないことには始まりません」

「う、耳が痛い……」


 彼女の言うことはもっともだ。

 今は使えない必殺技に夢を描くより、名だたる英雄豪傑に劣らぬよう精進せねばなるまい。

 そんなこと、ヒロくらい理解している。だからこそ耳が痛いのだ。


 泣く泣く必殺技の夢を諦め、いつものトレーニングメニューを再開しようとする。

 それを引き止めるように、アルルの口からポロリと言葉がこぼれた。


「……しかし」

「……?」

「紅蓮も言っていたように、発想自体は面白く、その力も今まで以上です。ですから……いえ、だからこそ、今は基礎を修め、鬼龍モードを実用まで待っていきましょう。

 それと、その必殺技。条件次第ではありますが、仮に発動したとすると、それは―――」




 〜〜〜〜〜〜〜〜〜




 ―――極位魔導にも匹敵する威力となる!



 深く集中する。少しでも二つの魔力の配分を間違えれば、暴発して失敗に終わったまま鬼龍モードが解除されてしまう。

 右手には(ほむら)。左手には(いかずち)。慎重に、そして速やかに、魔力を両手に収束させる。


(膨大な魔力がヒロさんに集中している……! ヒロさん、ここで勝負を決めるつもりだ……!)


 アビリティを使わずとも判る、特濃の魔力。間違いなく大技が来る。


「なら! 大技には大技だッ!! ナーラ!!」


 ヒロに対抗し最大の技を放つため、木剣を足元に突き刺し、精霊の魔力と己の全魔力を世界樹に注ぎ込む。

 ルークの魔力と精霊の加護を受けた大樹は、さらに成長し、変化する。

 その姿は巨大な砲身のように直立に。頂部には少し乾いた血のような赤紫色の巨大な蕾がつく。


充填開始(チャージ)!」


 世界樹全体に満ちていた生命力や魔力が蕾へと一点に集中していく。その過程で世界樹の葉は枯れ落ち、枝は腐り落ちる。

 大樹の姿が次第にただの一本の著大な柱へと変貌する中、蕾は一枚、二枚とその花弁を開放していく。


 ヒロも着実に彼の必殺技、“陰陽鬼龍雷炎波”の準備を進める。

 神に祈るかのように胸の前で強く手を組み、燃え盛る黒炎と迸る白雷を混ぜ合わせ、練り上げる。

 太極図のように回転しながら調和を保つ黒と白。圧倒的エネルギーを秘める炎と雷の塊。

 相乗効果により破壊のエネルギーを増幅しつつ、ヒロは組んだ手を開き切らんとしている大樹の蕾へ向ける。


 蕾は七枚の花冠を開き、大輪の華が姿を現す。

 その中央には金色に輝く光が充填を終え、放出の時を待っていた。


 天を衝く巨砲。迎え撃つ陰陽の太陽。

 その二つが今、衝突する―――!




「充填完了! 喰らえッ!! 太陽の稲妻(ブリューナク)ッッ!!!」

「陰陽鬼龍雷炎波ァーーー!!!」


 同時に放たれる、稲光や太陽より輝く黄金の光と漆黒より暗く純白より明るい白黒の光。

 一条と一条。二筋の光が重なり、天と地を繋ぐ一筋の極光へと変わる。

 光は光を裂き、砕き、灼き、破壊しあう。光が目を奪い、轟音が耳を潰し、漏れ出た熱が肌を灼き感覚を失わせる。

 絶大な威力と威力のぶつかり合い。だが、均衡はすぐに終わった。


 ルークの太陽の稲妻(ブリューナク)がヒロの陰陽鬼龍雷炎波をじわりじわりと引き裂く。

 世界樹の溢れる生命力を全て攻撃に転化したのだ。鬼と竜の魔力を借り受けているとはいえ、一人の人間が太刀打ちできる代物ではない。


 ゆっくり、ゆっくりと黒炎は消し飛ばされ、白雷が削り取られていく。

 このままでは勝てない。しかし、これが今の自分の全力……


「…………いや。まだ、いける」


 まだ、()()ではない。

 ヒロの身体に、さらに鬼脈紋が広がる。竜石から溢れる魔力が、さらに彼の身体を竜に近づける。

 半分ずつしか出力していなかった力を全て解き放つ。

 竜の翼と尾。体に刻まれた恐ろしい紋様。神に反逆するかの如き、二対の角。

 黄金の光から見透かしたその姿は、まさに悪魔。


「鬼人モード、鬼脈紋100%開放! 竜気駆動(ドラゴンドライヴ)、魔力供給率100%展開! 100%✕100%! 鬼龍モード10000%!!

 限・界・突・破! 陰陽鬼龍雷炎波ーーーァアッッ!!!」


 これが、本当の、全身全霊、全力全開。

 暴走の危険性も、自爆の可能性も度外視した、持ちうる全て。

 その一切合切全てを炎雷として撃ち放つ。


 先程の何倍にも膨れ上がった陰陽のエネルギーは、ルークの一撃を見る間に押し返し、ついには世界樹を丸々飲み込んだ。




 闘技場に立ち上がる炎と雷の二重螺旋。その威力は筆舌に尽くし難し。

 世界樹は見る影もなく破壊され、その下に押し潰されていた舞台、果てはそのまた下の闘技場の大地を穿ち、観客を守るための魔術防護壁も余波だけで半壊寸前にまで追い込まれている。


 全力を出し尽くしたヒロは暴走する間もなく、すぐさま鬼龍モードを強制解除され、力なく、ただ重力に身を任せ落下する。

 背中に衝撃が走る。感覚的には三十メートルの高さから落ちたのだろう。まだ鬼龍モードの恩恵が残っていたか、無抵抗で落下した割には体は無事そうだ。それとも痛覚を感じないほどに満身創痍なのだろうか。

 焼き焦げた樹木と土の匂いが鼻につく。耳に入る音が歓声なのかただの耳鳴りなのか判別がつかない。

 激しい倦怠感とまとまらない思考の中で、試合の行く末だけが唯一頭の中に残っている。


「ハァ……ハァ……僕は、勝った……のか?」


 最後に覚えているのは、自身の必殺技に飲まれる世界樹の姿。そして、今居るのは跡形もなく消し飛んだ大樹の跡地。

 間違いない。自分の勝利だ。記憶が、状況が、そして自信が、勝利を裏付ける。


 だが一人、それを否定する人物がいた。


「いいえ。僕の勝ち、です」


 声がした方向へなんとか首を向けると、そこには体中傷だらけになっていても立つルークの姿があった。


「“シールドシード”、硬い殻を持つ種の中に避難する植物魔術です。これに加えてナーラを僕の回復に回していなかったら、危なかった」


 満身創痍ではあるものの、その様子だとヒロにとどめを刺すだけの余力は残っているだろう。

 一方は倒れ、一方は立つ。勝負の結果は明らかだ。


「……“知は力なり。衝動に身を任せすぎないこと”……か。あの魔女の占いは当たるなぁ」

「……?」

「いや、君はあの土壇場で冷静に判断して、今この場に立っている。かたや僕は、衝動に任せたせいで、この通り身動きが取れない。もう少し、冷静に、賢く動くべきだったか……」

「…………」

「降参。僕の、負けだ」


 視界がぼやける。

 自分が思う最強の力を使ったのに。自分が持てる全力を出し切ったのに。それでも、届かない。

 ああ……敗北とは、これほどまでに悔しいものなのか……。


「……ヒロさん。あなたは、本当に強かった」

「…………あ"あ!」



 大統合武闘祭 二日目 個人戦第三試合

 ケルティン王国代表ルークVSフルーランス王国代表センダ・ヒイロ


 勝者、“正義の勇者候補”ルーク



 二日目 戦績

 一位 モーラ     18pt

 二位 キャメロス   15pt

 三位 アイゼンラント 13pt

 四位 リドニック   8pt

 五位 フルーランス  5pt

    シュラーヴァ

    ケルティン


 これにて二日目は閉幕する。




 ―――――――――




「完! 全! 復! 活!!」


 個人戦を終え、重症を負ったヒロとルークはすぐさま医務室に運ばれ、そこに控えていたメイリィの能力(アビリティ)金羊毛ゴールドフリース”の治癒を受ける羽目になった。

 まさか、人生で二度も金色のミノムシみたいな格好になるとはヒロ自身も思ってもみなかったが、お陰で全快といかずとも動けるまでには回復した。

 ルークはヒロより怪我の度合いが浅かったこともあり、先にケルティンの代表控室へ帰っていった。


「まだ完治はしていませんからねぇ。あまり無茶はしないでくださいよぉ」

「ありがとうございます、メイリィさん! これで残りの試合も頑張れます!」

「だから無茶はしないでってぇ……。そういえばぁ、先程からお客さんが入口にお見えになってますがぁ、あの方フルーランスの代表の方ではありませんかぁ?」


 そう言ってメイリィは医務室の入口の方向を指差す。

 部屋の構造的に、医務室のベッドからは入口の様子は確認できない。

 誰だろうかと彼女に導かれるまま医務室の扉の方向を覗いてみると、あからさまに不機嫌なルイ王子の姿が目に写った。


「不甲斐ない姿を晒し誠に申し訳ありませんでした」


 あまりにも早いスライディング土下座。王子を認識してから僅か二秒。流れるようなスムーズさで額を地面にこすりつける。


「何をしている。面を上げよ」

「いえ。必ず勝つと誓ったのに、結果はこの有様。これは完全に自分の甘さが引き起こした失態。ですからどうか御慈悲を―――」

「長い。それになんだ。我が貴様を処する前提で話を進めよって。我はただ代表して貴様を労いに来てやっただけだというのに」

「……えっ?」


 てっきりどんな叱咤を受けるのかと身構えていた体から、力が抜ける。

 思わぬ言葉にびっくりして頭を上げると、合わせたように髪が押し潰される感触が頭皮に伝う。


「よくやった。褒めて遣わす。団体戦も期待している」


 数度、頭をポンポンと優しく叩いた後、ルイは無表情のまますっくと立ち上がり、医務室の扉を開け出ていこうとする。

 一瞬何が起こったか理解できず呆然とするが、理解したあとも先程の行為(頭ポンポン)の意図が理解できずに再び呆然とする。

 唯一つ、理解できたのは、ルイ王子はまだ自分に失望していない。……そうか、なら―――


「次の団体戦! 次こそは、必ず! 必ず勝ってみせる!」


 医務室から廊下への境を半分越えた彼の背中に、もう一度誓いを立てる。

 ルイは振り向かないまま、立ち止まる。


「……()()()()。期待が高まるな」


 ルイの言葉の違和感の正体はすぐに解る。

 扉の隙間から数人の顔が覗く。ユーリたちフルーランスの代表、ゴウラたち一行三人組、そしてガニム工房の職人たちと長老率いるエルフ数人。

 彼らは狭い扉を押し分け、怒涛のごとく医務室になだれ込んできた。


「お前ら……!? なんでここに!?」

「今日のMVPを祝いに、だよ!」

「もう一人は間違ってもMVPとは言えないからね」

「不敬な。だが許す。此度の立役者はヒロだ。エピーヌ、貴様の料理で持て成してやれ」

「御意に。我が腕によりをかけて特上の料理を振る舞いましょう」

「見たぜヒロ! すげえ戦いだったな!」

「鬼龍モードでしたっけ? 鬼人モードみたくなったときは焦りましたが、竜気駆動(ドラゴンドライヴ)との組み合わせは驚きましたわ!」

「リンの武術の教えもしっかりと活かされていたわね! 今度から前衛は任せるわよ!」

「いやはや、年甲斐もなく興奮したぞ少年!」

「ガハハハ! テッセンで会った頃からさらに成長したなボウズ! よく頑張った!!」

「すごかったですヒロさん! 特に最後の技! えっと、その、とにかくすごかったです!!」

「体はもう大丈夫ッスか? このあとの試合も楽しみにしてるッスよ!」

「もぉ〜〜〜! 医務室で騒がないでくださ〜〜いぃ!!」




 大統合武闘祭の二日目が、夕陽と共に終わりを告げる。

 そして、第三日目が始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ