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村人Aの異世界叙事詩  作者: ユッケ=ビビンバ
第五章 闘いの詩〜大統合武闘祭編〜
86/120

第86話 ヒロVSルーク 前編

 ―――壮絶な魔力がぶつかり合う。


 大統合武闘祭、二日目、個人戦第二試合。アイゼンラント対リドニック。

 ドワーフ族の戦士ガザンとハイエルフの神使エゼリアとの戦いは白熱していた。


 戦鎚での接近戦と土魔導による遠距離戦をうまく使い分けるガザン。

 膨大な魔力に物を言わせ、得意の魔導攻撃で翻弄するエゼリア。

 両者とも一歩も引かず、鬼気迫る勢いで戦っていた。


 両種族はそれぞれ土の精霊と木の精霊を由来とする種族であり、古来より犬猿の仲として知られてきた。

 技術の発展を善しとし、森を切り拓くドワーフ族。

 一方、自然を尊び、森を守護するエルフ族。

 この相反する理念を抱く二種族が衝突するのは当然の帰結である。

 二人はその激情や種族の誇りを胸に試合に挑んでいる。


 問題は彼らを応援するドワーフとエルフたちだ。

 闘技場の一角、どこから集ったのか百を超えるエルフと百を超えるドワーフの集団が埋め尽くすように座っている。

 その上、闘技場の対角線上に向かい合うように座っていてくれれば良かったものの、なぜか隣り合って座っているのだ。


 その原因は、二つの集団のちょうど境目に座る二人にあった。

 ドワーフ族の顔役にして工房で一番の巨匠、そしてガザンの実兄であるガニム。

 数あるエルフの郷の中でも一、二を争うほど巨大な郷の長老。

 二つの種族のトップが広い観客席の中で近くに座っている。それに合わせて、百以上のドワーフとエルフが一箇所に集っているのだ。


 そこら一帯だけが闘技舞台より戦々恐々とした空気に包まれている。

 両種族ともいきなり相手に殴りかかるほど理性に欠けていないが、それでも何が発端で導火線に火がつくか分からない。

 だが、その空間の中で一番プレッシャーを感じているのは、ガニムと長老の間に挟まれているゴウラたちとバルカ、フェルであろう。


「……なあ、バルカさんたちよ。なんで俺たちドワーフとエルフに囲まれてんの?」

「スンマセン。止めはしたんですが……」

「ドワーフとハイエルフの試合は絶対に見るしかない、と二人とも聞いてくれなくて……」

「それにつられて他のドワーフやエルフたちがついてきてしまった、ということですか」

「キュゥ……」


 怒号にも近い応援が耳を貫く。

 両脇に座るドワーフの職人とエルフの長老も白い眼球に赤い筋を入れ、言葉にならない声を張り上げる。

 もはや人の形をしたモンスターのようだ。


 その声援を受け、闘技場の二人も更に勢いを増す。

 ドワーフでもエルフでもない人々からしたら、まるで二種族の代理戦争を見せつけられているように感じたであろう。


 二人の選手が白熱するほどに観客席の興奮は増す。観客席が盛り上がるほどに、選手はその期待に応えようと奮い立つ。

 このままヒートアップし続ければ、本当に戦争が起こりかねない。そんな予想が頭の中に浮かぶ。


「ねえ。もしここで乱闘とか始まったら、アタシたちどうすれば良いのかしら」

「止めるか、無理そうなら全力で逃げるしかねぇだろ」

「大丈夫です。あまりに試合が長引くようでしたら、審判の方が止めに入ってジャッジを下すでしょうから」


 まあそれでも納得しなかったら暴動は起きるでしょうけど、とクリスは付け加えて乾いた笑いを漏らす。

 彼女の目はとっくに光を失っている。周りの熱気に押され、完全に萎縮してしまったのだ。

 同情はできる。だが、そんな彼女にしてやれることは、哀れみの視線を送るのみだ。


「ま、俺は長引いたほうが良いとは思うがな」


 ゴウラがふと零した言葉に、四人は理解できないといった表情を向ける。


「だってそうだろ。少しでも長引いてくれたほうが、()()()()も多少落ち着けられるだろ」


 続く弁明により、四人の顔は怪訝から納得へと変わる。

 この試合の後にはフルーランスとケルティンの試合が控えている。それはすなわち、フルーランスの代表選手であるヒロが控室で自身の出番を待っているということ。

 人の目が苦手なヒロのことだ。個人戦の一番手ということも相まって、緊張しているに違いない。


「今頃、何してるのかしらね?」

「彼のことです。どうせ、緊張でお腹でも痛めていることでしょう」

「ハハ、ありえそうだな。腹抱えて『腹イテェ〜』とか言ってそう」






「うごごごぉ……腹いてぇ……」


 奇しくも、クリスたちの予想は的中していた。

 個人戦出場選手控室。誰もいないその空間の中、ヒロは蹲りストレスから来るキリキリとした腹痛に苦しみ悶えていた。


「くそ……なんでこんな目に……」


 涙目になりながら、不満とともにこれまでの経緯を振り返る。

 しかしいくら責任転嫁や後悔を繰り返したところで、現状を変えられるわけではない。

 そのことはヒロも理解している。理解しているつもりだが、それでもやはり何かのせいにしないと気が済まない。


 緊張が次第に苛立ちに変わり始めた頃、選手控室の扉がノックもなしに開いた。

 開け放たれた扉の隙間から三角帽子を被った、いかにもな魔女が身を乗り出す。


「あら、」


 突然人が入ってきたことに多少の驚きを隠せないヒロであったが、想定外なのはあちらも同じようだ。

 丸く開いた口を細く長い指で覆い隠して、驚きの表情をヒロに向ける。


 ブルジトル・アリーナ―――シュラーヴァの代表選手であり、魔法の郷の魔女。

 二つに結われた長い三編み。知性を感じさせる丸眼鏡。古風でありながらも古臭さを感じさせないドレス。要所要所が老婆のようで、全体で見ればなぜか若い女性に見える立ち居振る舞い。

 その顔も染みや皺が一つもない若々しい顔立ちなのに、不思議と老女の面影が写る。


(確か第一試合に出てた……名前はアリーナ、だったか)


 思い出すのは、魔術合戦となった第一試合のこと。

 シュラーヴァ代表のアリーナに対するは、モーラ代表、若き天才にして錬金院院長ヘルメス=ソフィア・ホエナイム。


 魔法のプロフェッショナルである魔女と錬金術の伝導者。

 占星魔術と錬金術による激しいぶつかり合いはそう簡単に忘れられるものではない。

 惜しくも彼女は負けてしまったが、占星魔術による先読みには恐ろしいものがある。

 ヒロはこの人と当たらなくて良かったと、回顧するとともに安堵した。


「あなたは……ヒイロ。そう、センダ・ヒイロというのね」

「え、ああ、はい。そうです」


 アリーナの不思議な言い回しに違和感を覚える。

 まるで、今この場で初めて自身の名前を知ったかのような……。

 不思議がるヒロをよそに、アリーナは控室へとその身を滑り込ませ、ヒロの真隣に腰を下ろす。


「え、ちょ―――」

「安心なさい。取って食べるわけでもないのだから」


 そう言われても、食い入るように見られては安心しようにもできるはずない。

 至近距離で瞳を覗き込まれる。鼻の頭が触れ合いそうな距離に、ヒロは思わず呼吸を抑える。

 体中の酸素が尽きかけようとしたとき、黙っていたアリーナがふと口を開いた。


「不思議ね」

「へ?」


 不思議ちゃんなのはお前だ、と頭の中で言い放つ。

 アリーナは脳内の言葉に気付くわけもなく、つらつらと話し始めた。


「一つの肉体、一つの器に複数の魂が宿っている。力強い金の光。かすれた優しい光。そして暗く妖しくもすべてを裂くかのような、赤い光。それらの光があなたを取り囲んで、守護し、力を与えている」


 彼女の言葉にヒロは目を丸くし胸を衝かれる。

 それはヒロの心を体現した言葉だった。


 金の光―――天帝竜ライディンの魂。

 優しい光―――吟遊詩人アルルの魂。

 赤い光―――紅蓮の魂。

 彼らの魂はヒロの精神内で生き続け、その魔力をもってヒロは様々な窮地を脱してきた。


「……あなたは、一体……?」

「魔女です。魔女は占いが得意と決まっているのです」


 得意気にそう言うと、アリーナは懐からタロットカードの束を出す。


「あなたに少し興味がわきました。特別に無料であなたの行く末を占ってあげましょう」


 戸惑いつつ断ろうとしたが、アリーナは聞く耳を持たず黙々とカードを切る。

 ありがた迷惑甚だしいが、そこは押しに弱い日本人。ヒロは流されるままアリーナの占いを受ける。


「あなたの年齢は?」

「……十五」

「誕生日は?」

「九月の五日」

「犬派? 猫派?」

「犬派……ってこの質問、占いに関係あります?」


 質問を繰り返しながら、規則正しくタロットが並べられる。

 十字に並べられた五枚のカード。それを手前から順にめくっていく。

 普通、ここらあたりで未来についてだとか過去だとか説明があるものだが、彼女はそれすらなく熱心に表を向いたカードを見つめている。


「フムフムなるほどなるほど……」

「……あの?」

「なに? どうしたの?」

「いやぁ、どういう結果が出たのかな〜、って……」

「え、知りたいの?」


 そりゃ知りたいよなんのための占いだよ、と軽く怒りを覚えたが、それを飲み込み首を縦に振る。


「そ。じゃあ教えてあげましょう」


 もったいぶる調子にまたもや苛立ちを感じるが、アリーナの表情が真剣なものに変わると、その苛立ちも瞬く間に消え去ってしまった。

 薄く開かれた眼や彫像のような凛とした振る舞いはまるで別の何かに取り憑かれたかのようだった。

 思わず唾を飲み込む。それを合図に、アリーナは静々と神託を述べ始めた。




 《―――緋き凶星、天を昇りて舟を討つ。凶星、八つの光とともに黒き渦へと飛び込み、渦をむ。暗黒と緋色の星は王となりて、世界を闇に誘い、蒼き光と対峙する》




 彼女の口から発せられたのは、不可解でいて、不思議と恐ろしくなる預言であった。

 抽象的な言葉の真意を問うため、ヒロは恐る恐る口を開く。


「……それが、占いの結果ですか……?」

「いいえ。今のは占いと関係ないやつ」


 彼女は涼しい顔で答えた。


「…………は!?」

「今のはあなたの顔を見てふっと湧いて出た言葉。占いとは全く関係ないから」


 おちょくっているのか、それとも天然なのか。少なくとも、まともに取り合ってはいけない類いの人間だということは理解した。


「何なんですかアンタ一体……」

「魔女」

「いやそれは知ってますから」


 はあ、と一つ溜息をついたとほぼ同時に個人戦の決着を告げるラッパの音が遠く聞こえた。

 控室内のモニターに目を移せば、両者引き分けの結果が映し出されていた。あまりにも長い戦いに、審判が終了の鐘を鳴らしたのだ。

 もちろんこの結果にエルフ、ドワーフ両方とも納得していない。観客席では今にも暴動が起きそうな雰囲気だ。


 だが、騒動を抑えるのにそう時間はかからないだろう。

 そうなれば次は自身の試合だ。残された時間は少ないだろうが、ウォーミングアップくらいの猶予は残されている。

 そうと決まればのんびりしている暇はない。不思議な魔女を置いて出口へと向かう。


「―――“知は力なり。衝動に身を任せすぎないこと”」


 背中に突然投げ込まれた言葉に、ヒロは思わず振り向いてしまう。

 視線の先には、変わらずベンチに腰掛け、こちらを見つめるアリーナの姿があった。


「占いの結果。頑張ってきなさい」


 短い励ましの言葉をかけると、ひらひらと手を振ってヒロを送り出す。

 相変わらず何を考えているかわからないが、少なくとも応援はしてくれているようだ。

 気恥ずかしそうに戸惑いつつも、親指を立てこれに応えるとヒロは闘技場へと再び向かった。



 ―――――――――



 暗い廊下の先に四角い光が待ち構えている。歩を進めるごとに光は大きくなり、ともに歓声も増大していく。

 今、光を越えると広い闘技場と万を超す人々が彼を迎えた。


 今日最後の試合とあってか、彼に向けられる熱気は肌を焼くかのよう。

 肌を打つ歓声も昨日より大きく聞こえる。

 一歩、また一歩。砂利が敷き詰められた闘技場の大地を踏みしめながら、個人戦用の舞台へと進んでいく。


 不思議と、緊張感はない。

 先程の魔女とのやり取りで上手い具合に気が緩んだのか。はたまた歓声に紛れた声援のおかげなのか。

 どちらにせよ、身体は程よくほぐれ体調は最高だ。


 舞台へと足をかけたとき、反対の出入り口の闇の中に二人の人影がいることに気付く。

 二人は何やら短い会話を済ませると、一人は闇の奥に、そしてもう一人は闇の帳から姿を現す。


 “正義の勇者”ルーク。

 ケルティンはウォンゴミード魔術学院から訪れた半・小人族(ハーフハーフリング)の魔導士だ。


 灰色の髪。緑の目。身長は半・小人族(ハーフハーフリング)ということもあり背が低く、小学生高学年や中学一年くらいしかない。

 魔術学院生であることを示す大きめのローブ。その下には白のシャツとベストを着用し、赤のネクタイを首に締めている。

 ここまではまあ問題ない、一般的な学生の姿だ。問題は()()()だ。


 一番に目に付いたのは、膝上10センチまで上がったタータン柄のキルト(スカート)だった。

 民族衣装か。ヒロはすぐに悟る。

 だが、しかし、とはいえ。若々しさゆえの中性的な顔立ち、ムダ毛の一切ない白く透き通った肌、細い四肢、低い身長。それらが服装と合わさり、どこからどう見ても少女のようにしか見えない。


 いくら見た目が少女らしく、キルトが似合うからと言って、彼は正真正銘男だ。決して女ではない。

 それを理解しているからこそ、ヒロの脳裏には一つの属性の名が浮かんだ。


 “男の娘”


 そう、男の娘。男性の身でありながら、少女にしか見えない属性、それこそ男の娘。

 今から戦う相手は紛れもなく男の娘なのだ。


 幻聴だろうか。今までの歓声に混じって「ルークきゅんKAWAIIー!」という黄色い声と野太い声が聞こえてくる。

 特に首相観覧席のケルティン女王が座る位置から最も大きく聞こえてくる気がする。

 もしやすると、正義の勇者というのは“可愛いは正義”という意味では……。

 …………ヒロは深く考えるのをやめた。


「はじめまして。あなたが僕の対戦者さん……ヒロさんですね」


 自身の首の下から声変わり前の高い声が聞こえるかわいい。

 しかも対戦者にさん付けしてるかわいい。

 見下ろせばビー玉のように丸く大きな瞳が待ち受けてかわいい。


「あのっ、ぼ、僕はあなたと同じ歳ですが手を抜くつもりはありません! 精一杯戦わせてもらいますっ! きょ、今日はよろしくお願いします!」

「うん、こちらこそよろしくかわ……」

「……? かわ?」

「かわ……か、簡単に負けるつもり無いから」


 なんだこのツンデレみたいな無理な誤魔化し方は。

 しかし、ルークくんには気付かれずに済んだようで、細い眉をキリリと吊り上げた勇ましい顔を向けている。


(流石に本人の前で可愛いとは言えないよな。彼も民族衣装を着ているだけだし)

〔随分と浮ついているようだな、ヒロ。あの魔女も言っていただろう。“衝動に身を任せるな”ってさ〕

(紅蓮。わかっているよ。あと改めて言っとくけど、)

〔主体は君、私はあくまでサポート、だろう? 分かっているとも〕


 握手を交わし、それぞれ規定の位置へとつく。


「両者、準備はよろしいでしょうか?」

「「はい!」」

「それでは……構え!」


 審判の声に合わせ、示し合わせていた通りに紅蓮が影から鎧を作っていく。

 今回は徒手格闘に重きを置いた比較的軽装な鎧。名付けるのであれば、黒漆甲クロウルシノカブト拳闘ノ装ファイティングフォームと言ったところか。


「影の実体化! しかもそれを身体に装着することで筋力強化と防御の双方を実現してるのですか! こんな使い方は初めて見ました! ためになります!」


 目を輝かせながら感心するルーク。やはり魔術学院の生徒、珍しい魔法に目がないようだ。

 純真無垢な緑の瞳に見つめられ、ヒロは影の鎧の上から頬を掻いた。


「それでは、僕も……」


 ローブの内から、オークの木から切り出した質素なワンドを取り出す。

 杖を前方に突き出し、まるでフェンシングのような構えでジリジリと近付く。


 多くの実戦を経験してきたからか、ヒロも戦う相手が格上か格下か、多少の目利きはできるようになった。

 ルークは初心者だ。構えや足の運び方などなど、それらが戦いに慣れていないことを教えてくれる。

 エピーヌから聞いたところによると、彼は五人の勇者候補の中で唯一、実戦経験を持たない勇者。狩人組合(ハンターズギルド)などに属さず、魔術学院で知恵を修めた勇者である。

 多少の実技は経験したであろうが、本番は恐らくこれが初めて。当然、その動きは拙い。


 せめて一撃で場外、もしくは戦闘不能にしてやろう。そう思い、ヒロは左の拳を静かに突き出し、最速最大の正拳突きをいつでも放てる構えを取る。


 ゆっくりと間を詰める杖と拳。

 そして今、拳の甲と杖の先端が触れ合う―――




 ―――カチン。




「―――ッ!!」


 最速、渾身の正拳突き。リンから教わった(空子)を自分なりに昇華した拳。

 オリジナルのスピードには至らないが、それでも見てから避けることなど不可能なほどには速い。


 神速の拳。だが、それはルークの肌に触れる寸前で勢いを失った。

 後退(バックジャンプ)。ヒロの拳が放たれると同時に―――いや、放たれる()()にルークは地面を蹴り、後ろへ飛び退ったのだ。


 攻撃を読まれたのか。可能性はある。開始とともに攻撃を仕掛けるなど誰でも考えられる行為だ。

 しかし、次の一手までは読めないだろう。


 ヒロは体をぐるりと回転させながら、前進しつつ回し蹴りを繰り出す。


「ヒゃッ!」


 だが、ルークは体を屈ませることで避ける。

 二度も攻撃が当たらないことに、ヒロは少なからず驚きを隠せない。


 まぐれだろうか? ルークの動きは相変わらず素人のそれ。避けられたのもただ運が良かっただけだ。

 だが、果たしてそれは本当だろうか?


 ヒロの疑念は否定という形で確信に変わる。

 続くヒロの攻撃。しかしそのどれもがルークに触れる直前で躱される。

 ルークの動きは拙いままだが、風にそよぐ草のように次々と攻撃を避けていく。

 もうここまでくれば、まぐれだと思うほうが無理がある。


 一体どのような手段で攻撃を読んでいるのか。分からないが、接近戦は不利だ。

 そう判断するや距離を取り、影の刃を伸ばす。

 視界を埋めるほど濃密な影の幕。無数の槍が逃すまいと襲い来る。

 無差別に伸びる黒い針山。躱す隙など微塵しかあるまい。


「ほっ!」


 両手を広げ、後方へ跳び上がるルーク。影はその彼の体を避けるように、虚空を突き刺す。

 豪猪ヤマアラシの棘のように放射状に飛び出る影。その一つたりとも、ルークの服すら切り裂くことはなかった。


「な……っ!?」


 華麗に着地するルークを、ヒロはありえないものを見るような目で見届ける。

 接近攻撃も、範囲攻撃も、その全てが避けられる。やはり何かしらの感知スキル―――紅蓮が持つ、心を読む他心通や未来を知る宿命通に似たスキルを持っているに違いない。


(インファイト戦法もダメ。影による攻撃もダメ。それなら……)


 ヒロは黒漆甲を解く。同時に胸に輝く銀の十字架を握りしめ、魔力を流し始めた。

 十字架に埋め込まれた黒曜石から眩い電光が迸る。蒼白い光はヒロを包み込み、彼に竜の力を与える。


(スピードで勝負だッ!!)

竜気駆動(ドラゴンドライヴ)ッ!!」


 音を立て、ヒロにまとわりつく蒼白い雷電。天帝竜ライディンの力。

 その力はヒロに電撃と、超高速のスピードをもたらす。



 ―――バチッ



 一瞬だった。乾いた音が弾けたと思ったその瞬間、ヒロの姿が土煙だけ残して消え去った。

 次にヒロが現れたのは、ルークの背後だった。貫き手を槍のように突き出し、ルークの頭があった部分を貫いていた。

 まさに神速の一撃。彼の動きを見切れたのは、万を超える会場の中でもごく僅か。


 だがそれもルークには通じない。

 ヒロの目に写ったのは自身の手と、その横で傾いた無傷の後頭部。

 竜気駆動によって高められた動体視力で、ようやくルークが持つ力の片鱗が見えた。

 ただ避けただけではない。()()()()()()()()()()()()

 信じがたいが、この男はヒロが攻撃を放つよりも前にその動きを読み、回避しているのだ。


「それが噂の天帝竜の力。雷の竜気駆動(ドラゴンドライヴ)。確かに速く、強力ですが、僕の固有能力(ユニークアビリティ)の敵じゃありません!」

「ク、この……ッ!」


 再び連撃を仕掛ける。

 流石にこのスピードにはついてこれないのか、回避に加え防御も織り交ぜてきたが、それでもルークに攻撃は当たらない。

 それどころか、攻撃の合間に放つ電撃すら彼に明確なダメージを与えていない。


(おかしい。電撃が効いていない。まるで薄い膜に遮られて掻き消されているみたいだ)


 ヒロが疑問を抱えていると、ふとルークの手から黒く小さな物体が落ちていることに気付く。

 よく見たら床の上に点々と同じような粒が落ちている。まるで何かの種のような―――


「気付いてももう遅いです! 植物魔術“バンブークレイモア”!!」


 ルークの掛け声とともに、ヒロの足元から無数の竹槍が飛び出してくる。

 突然の罠。回避する間もなく、ヒロの肉体は竹槍に貫かれる。


 ルークが撒いていたのは間違いなく植物の種。避けるついでに舞台全体に数種類の種を撒いていたのだ。

 そしてそれを君主級魔術である植物魔術によって急速成長、ブービートラップとして利用したのだ。


 竹槍は全て急所から外れているが、地面から伸びる竹が杭や檻の役割を果たし自由に動けない。

 その上、太い幹のようなものが生えてきて、ヒロの体を多重に拘束する。


(クソッ! 一歩も動けない!)


 抜け出そうともがくが、体に絡まる植物は微動だにしない。

 その姿を嘲笑うかのように、ルークの方から彼とは違う可愛らしい少女のような笑い声が聞こえてきた。

 声の方向に目をやると、ルークの肩に新緑の葉のような髪を持った小人がクスクスと笑っていた。


「小人……いや、妖精か?」

「はい。僕の友達、樹木精(ドライアド)のナーラです。普段はこの杖の中に暮らしてて、戦闘のときはこのように僕に力を貸してくれるんです」


 ナーラと呼ばれた妖精が指先を少し動かすと、ヒロの体に巻き付く樹木がさらにヒロを縛り上げる。声は抑えたが、これ以上締め付けられるのは流石に苦しい。

 なるほど。高位魔術であるはずの植物魔術が使えるのは、この妖精と契約した恩恵か。

 それだけではない。このルークという男、他の勇者候補より遥かに賢しく、強靭つよい。




 正義の勇者ルーク。魔術学院の生徒たちは彼を“最弱無敗の勇者”と呼ぶ。

 戦闘能力は他の勇者候補より劣るが、彼の真価は決してそこではない。


 彼を無敗たらしめる理由は三つ。

 その一つは彼の持つ固有能力(ユニークアビリティ)。“絶対感覚(ゴッズセンス)

 人間の感覚を司る五感―――視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚―――その全てが超人的に研ぎ澄まされた能力。それこそが絶対感覚ゴッズセンスなのだ。

 矢の動きを捉える動体視力と、微小なものから遙か先の物体まで見通す瞳。

 絶対音感を持ち、微かな物音すら捉える耳。

 犬や豚、象すら凌ぐ野性的な鼻。

 空気の僅かな動きで空間すべてを把握する肌。

 甘・酸・渋・苦・旨の味を精確に理解し、一流のソムリエ顔負けの舌。

 さらには霊的なものを感じ取る第六感まで揃えている。

 この能力によって、相手の動きを読み取ることが可能。物理的な攻撃は尽く躱されることになる。


 その二に、高い魔力耐性が挙げられる。

 元来、他の種族より高い魔力耐性を持つハーフリング。そのハーフであるルークも当然魔法攻撃に対して耐性を持っている。

 さらに魔術学院で習得した、皮膚に薄く張った魔力によって魔法攻撃を半減するジャミングスキル“マジックスキン”。

 マジックスキンによる半減、そして高い魔法耐性により魔法攻撃はたとえ当たったとしても大きなダメージにはならない。

 ルークと戦うには、必然的に不利な肉弾戦で挑まなければならなくなるのだ。


 そして最後に、精霊によってブーストされる植物魔術。

 膨大な魔力から繰り出される植物魔術はただ単純に強力。攻撃、防御、拘束と汎用性も高い。


 ルークが戦闘慣れしていないのは至極当然。

 この三つの要素すらあれば、戦闘技術を身につける前に敵は倒れていくのだから。




「さあ、ヒロさん。降参してください。もうこれ以上戦えないでしょう?」


 ……酷い言葉だ。彼にとっては無意識に放った言葉なのだろうが、ヒロにとっては相当な侮蔑だ。

 仲間の期待と応援を受けて意気揚々と参戦したというのに、できたのは踊らされ無様に捕まっただけ。

 ろくに活躍もできずに降参しろってのか。それこそ本当に無様なピエロだ。

 でもな……奥の手というのはいつも最後の最後にとってあるものなんだよ!


「……よかった」

「え?」

おまえ優しくて(甘くて)、本当によかった……!」


 瞬間、黒い柱が舞台に出現する。光を飲む漆黒はヒロを植物魔術ごと包み込み、天へと駆け登る。

 ()()。自然ではありえない黒い炎が豪々と燃え盛っていた。

 その様を見てユーリを始めとする数人の背骨が凍りついた。

 間違いない、奴だ。()()()()()だ!


「あのバカ! 負けられないからってこんなとこで……!」

「いや待てユーリ! 様子がおかしい」


 ゆっくりと螺旋を描く赤黒い焔。その隙間から蒼白い光がチロチロと漏れ出ている。

 黒炎の勢いが弱まると、炭化した植物の残骸とともにヒロが姿を表す。


 全身に血管を模した朱い模様。棘のようにまとわりついた白い稲妻。

 その姿は竜と鬼、どちらの特性を受け継ぐ。

 鬼の力、“鬼人モード”。竜の力、“竜気駆動(ドラゴンドライヴ)”。その両方を兼ね備えた新たな形態。

 名を―――


「…………“鬼龍モード“」

ルークの衣装、キルトはスコットランドの民族衣装なのですが、数百年前は下に何も履いていなかったそう……。

……いや、ルークくんがそうだとは言わないですけど。

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