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村人Aの異世界叙事詩  作者: ユッケ=ビビンバ
第五章 闘いの詩〜大統合武闘祭編〜
85/120

第85話 モンスター・ハンティング

 戦士たちが鎬を削りあった大統合武闘祭初日から一夜明け、興奮覚めやらぬ二日目。

 多くの観衆と選手たちが見守る中、次に選ばれた団体戦の内容は―――


「二日目の競技は……“魔物狩猟モンスター・ハンティング”!!」


 魔物狩猟モンスター・ハンティング

 ルールは単純。魔術によってある一定の範囲に閉じ込められた魔物を他の選手より早く、多く狩っていくだけ。

 魔物は五種類。強さごとにA〜Eランクに分けられ、弱い魔物ほど多く、強い魔物ほど少なく配置されている。

 Eランクは20匹で一匹あたり10点。Dランクはポイントが20点の10匹。Cランク50点が4体。Bランク100点2体。そしてAランクはたった1頭しかいない代わりにポイントは破格の200点。そのぶん、その強さは相応のものとなっている。

 EランクやDランクの魔物を多く狩って手堅く攻めるか、AランクやBランクの魔物を狩って一発逆転を狙うか、実力だけでなく戦略も求められる。


 出場選手は以下の通り。

 キャメロス代表。“明朗の勇者”ネロ。

 モーラ代表。“闘技場の新星”ランス・パーテム。

 アイゼンラント代表。“鬼女”イーナ。

 ケルティン代表。“森の射手”ロビン・フッド。

 リドニック代表。“兎面の女侍”イナバ。

 シュラーヴァ代表。“双剣使い”ドラガン。


 そしてフルーランスの代表は……


「我だッ!!!」


 フルーランスの正真正銘の王太子。ルイ=ジョルジュ・ド・フルーランスその人である。


「……なあ、エピーヌ。王子様をこんな泥臭い競技に出場させて良かったの?」

「ああ見えても休日の日は郊外の森へ狩りに出ることが多い人だ。多分大丈夫。多分」

「……多分かぁ……」


 若干の不安は抑えられないものの、出場受付を済ませた今となってはただ見守ることしかできない。


 闘技場の中央に集まった七人は、進行役である運営スタッフからあらかたのルールとこれからの説明を受ける。

 曰く、集まった選手はこれから転移魔術によって特設舞台に移動させられる。

 舞台は東シュラーヴァにある森林であり、半径1キロメートルを巨大な結界で囲んである。

 その中に配置された魔物を制限時間一時間の間で狩り、より多くのポイントを得た選手が勝者となる。


「それと、こちらの魔道具をお持ちください」


 そう言われ渡されたのは中に平板の水晶が埋め込まれたエンブレム型の魔道具だった。


「これは?」

「魔女の里からお越しいただいた大婆様が製作された転移用の魔道具です。水晶部分に討伐に応じた現在のポイントが表示されます。帰還の際にも使用しますので、決して失くされないようにお願いします。これ一つだけでもかなり高額ですし、捜索にも多額の費用がかかりますので」

「う、うむ。了承した」


 転移魔道具を全員に渡し終えると、速やかに円陣を組むよう促す。


「全選手の準備が完了いたしましたので、これから転移を開始します。観客の皆様は闘技場中央の大型魔水晶や付近のモニターから競技場の状況を観覧できるのでご安心ください。

 ……それでは、転移します!」


 運営スタッフがそう告げると、選手が持つ転移魔道具が空色の光を放ち始める。

 光は選手たちをぱっくり飲み込むと、空へと舞い上がり東の空へ消えていった。

 直後、闘技場の中央に巨大な水晶が出現し、その中に広大な森林の様子が映し出される。

 続いて闘技場の四方八方に舞台に降り立った選手や森に潜む魔物を映し出したディスプレイが出現する。


「転移は無事に済んだみたいだな」

「ヒロヒロー! 控室からなら多くの映像を選んで見れるみたいだよ。ほら、王子も映ってる!」


 ユーリが指差す先には備え付けの中型モニターがあり、そこにはルイ王子をはじめ多くの選手が映っていた。

 その他にも選手がどこにいるかを表したマップや現在の総得点も分かるようになっている。


 会場にいる全員がディスプレイに釘付けになる中、カウントダウンが始まる。

 ……3……2……1……0!


魔物狩猟モンスター・ハンティング、開始ッ!!」



 ―――――――――



 森ではそれぞれの選手がそれぞれの動きを見せていた。

 その大半がより多くの魔物を仕留めようと闇雲に動く中、フルーランス代表であるルイ王子は一歩も動かず、何かを待つかのように腕を組みじっと立ち尽くしている。


 森の動物や魔物というものは人間より遥かに感覚が優れている。無闇矢鱈に動けば、標的から警戒される恐れがある。

 それ故王子は今は動かず、感覚を研ぎ澄ませ、獲物が近づく好機を待っている―――



 ()()()()()()



 この男、『自分が動かずとも魔物の方から近寄ってくるだろう。我王子だし』としか考えていないのだ。その根拠も無限に溢れ出る自信のみ。

 そう、この駄王子は野生動物がわざわざ狩られに来ると信じてやまないのだ! 普段の狩りですらこの調子なのである! 最初から狩りの醍醐味すら理解していない! 傍若無人とか唯我独尊とか通り越して、ただの馬鹿!!


 この所業には同じ陣営であるヒロたちも閉口せざるを得ない。

 ふと視線をエピーヌに向けるが、彼女も申し訳無さげに目を逸らすことしかできない。


「……エピーヌさん?」

「う、嘘は言ってないぞ? ただ、狩りの結果は大体の場合あまりよろしくはなくて、だな。ほとんど森林でピクニックしてるだけというのがいつものセオリーで……」

「それで? 誠実の勇者様?」

「……ごめんなさい」


 彼女には分かっていた、こうなる結末を。だが止めることはできなかった。

 ルイという男は一度言い出したら簡単には止まらない。それは自分に絶対の自信を持っているからだ。


 とにかく、このままではフルーランスが最下位になるのは必然。

 何でもいいから彼の前に魔物が通りがかるのを祈るしかない。


 その祈りが通じたのか、ルイ王子の前方から森をかき分け四つの影が姿を現す。


「む……!」


 苔むしたかのような深緑の体皮。全体的に痩躯でありながら醜く出っ張った腹部。尖った耳に鴉のように突き出た鼻を持つ醜悪な顔面。小柄な肉体には申し訳程度の腰布が巻かれてある。

 Eランク相当の邪悪な精霊、ゴブリンが現れた。


 ゴブリンの一匹がルイ王子を見つけると、先手必勝と言わんばかりに一直線に飛び出し、彼に飛びかかる。

 とはいえ、相手はEランクモンスター。その動きは隙だらけで、素早いと言えど見切れぬほどではない。


 ルイ王子は冷静に腰に差した黄金の剣を振り抜き、飛びかかってきたゴブリンを一刀両断する。

 二つに断たれた緑の胴体から鮮血が迸り、剣とルイの頬を赤く塗り潰す。

 ゴブリンの肉体がドサリと地面に落ちると、他のゴブリン共は醜い顔を更に醜く歪ませ、闘技場のフルーランス国民の瞳には僅かな希望の光が宿った。


 しかし、ルイ王子だけは喜ぶでもなく、慢心するでもなく、頬についた血飛沫を拭いながら鬼神がごとき様相を小鬼どもに向けていた。


「ゴブリン風情が……よくも我にこの“黄金の死(クロケア・モルス)”を抜かせたな!」


 理不尽な怒りを全面にぶつけられたゴブリンは思わず困惑する。

 同胞を討たれ気が立っているのはこちらのはずだ。なのに何故こんなにも怒っているのだこの人間は?


「貴様ら下衆には解らんだろう! 宝剣と謳われるこの(宝物庫から勝手に持ち出した)剣は強者にこそ振るうに能うもの! それこそAランクの魔物にこそ振るわれるべきものだ! 決して貴様らのような低俗な種族の血に濡れるべき代物ではないと知れ!!」


 理不尽ここに極まれり。あまりに下らない理由に、闘技場にいるほぼ全員が口をあんぐりと開けて固まっている。

 しかし、その気迫だけは本物であり、対敵しているゴブリン共は後退りしている。


「理解したならば疾く往ねぃ!! それ以上その醜悪な面を見せるでないわ!!」


 あまりの気迫にゴブリン共は無様に背を向け、我先にと森の奥へと去ってしまった。

 三匹のゴブリンが逃げたことを見届けると、先程仕留めたゴブリンの死体を一蹴してから、剣についた血糊を血振りにて落とし鞘に戻す。

 そして再び仁王立ちの状態に戻り、新たなモンスターが来るのを待ち続ける。


「さあ、早く来い。Aランクモンスターよ……!」




「来るか馬鹿!」

「何やってんだあのバカ王子!?」


 控室のヒロとユーリは声が届かないことをいいことに、罵詈雑言をモニターに浴びせかける。

 エピーヌもリンもそれを止めようとはしない。言葉にこそしないが彼女たちも二人と同じ意見だからだ。

 エピーヌに関しては事前に止められなかった不甲斐なさもあるのだろうが。


 観客席においても、ルイに対してブーイングの嵐が巻き起こっていた。

 特別観覧席に座るフルーランス王に至っては、持病に加えストレスによる胃痛で今にもぶっ倒れそうだ。

 闘技場にいるほぼ全員のヘイトを買っているとはつゆ知らず、ルイは不敵な薄笑いを浮かべながら、Aランクモンスターが訪れるのを今か今かと待っていた。



 ―――――――――



 ―――会場となる森の奥、ルイ王子がいる地点とはまた別の場所。

 一つの人影が地面に何やら模様のようなものを描いている。描き終えたとき、その模様が大きな魔法陣の一部だと分かる。

 魔法陣は完成したと同時に、命が吹き込まれたかのように鈍い赤が灯っていく。

 怪しい光が空間を支配する中、魔法陣から恐ろしい魔物が這い出てきた。


「さア、行きなさイ。()()()()()!」


 魔物の咆哮が森に木霊する。

 しかし、その波乱の前触れは他の魔物のものだと勘違いされ、誰も気づかないまま魔物犇めく森へと消えていった。



 ―――――――――



 試合開始から三十分が経過した。

 選手たちの多くは順調に魔物を狩り点数を稼いでいた。中でもアイゼンラントの選手は既にBランクモンスターであるトロールを倒している。

 その中で、未だフルーランス代表であるルイは10点しか獲得していない。

 この現状には流石の王子も焦燥を感じざるを得なかった。


「ええい! 何故先程からAランクどころか雑魚すら通りかからぬのだ!? ……チッ、不本意だがやむを得んか」


 ようやくルイ王子がその重い腰を上げる。


 だが、今から巻き返すとなると、それこそAランクやBランクの魔物を狩らねばならない。それも残り三十分を切った短時間でだ。

 上位ランクの魔物を討伐するには、当然それ相応の時間を要する。加えてその魔物を捜索する時間も考慮せねばなるまい。

 巻き返すにはルイの実力と時の運、その両方が不可欠となる。


 兎にも角にも、動かねば始まらない。

 心底面倒くさそうな表情を隠そうともせずに、ルイは眼の前の森へと突き進んでいく。


 鬱蒼とした森の中は人の感覚を狂わせ、魔物たちの姿を隠すにはうってつけの条件だった。

 対して、ルイ王子は森の狩りとは無縁そうなギンギラギンで金ピカな鎧姿。目が痛くなるほど眩い姿に加え、一歩踏み出すごとにガシャガシャと鎧がこすれる耳障りな音が森に木霊する。

 これで近寄ってくるのはゴブリンなどの中途半端に知能をつけた魔物か、それこそAランクモンスターなどの気性が荒い魔物だけだろう。




 しばらく森を歩いていると、不思議な物体を目にする。それは三体の石像であった。

 ゴブリンたちが恐れ、逃げ惑う様子を精巧に表した石の像。まるで生きているかのような迫力に、思わずルイも息を呑む。


「ほほう、これは中々。ゴブリンを題材にするのは些か気に入らんが、この精密さ……。さては名のある名工が彫ったものに違いない! しかし、なぜこんな所に石像が?」


 ルイの疑問は当然だ。ここは広大な森林のど真ん中。

 彫刻家の気まぐれと言えばそれまでだが、だとしてもこの石像を完成させるのに相当な時間がかかるだろう。

 気まぐれで長期間森の中で石を彫り続ける変わり者などいるのだろうか?


 疑念と感心を交互に繰り返しながら、ルイは石像の前で立ち止まる。その様子を木々の間から観察する存在があった。

 その存在はルイが油断していると判断するや否や、猪突猛進の勢いで王子の元へと突っ込む。


 殺意むき出しの気配に気づかぬほどルイ王子も間抜けではない。

 振り向きざまに抜剣し、襲い来る存在をその目に捉える。


 見上げるほどの巨体。緑の鱗と極彩色の羽。頭部には真っ赤な鶏冠と肉垂。猛禽が如き脚部。胴体と翼はおどろおどろしい竜のそれ。尾は大蛇。

 軍鶏と毒蛇を組み合わせたかのような姿の亜竜。毒の吐息と石化の邪視を持つ魔物。

 名をコカトリス。一流のハンターのパーティですら全滅させうる魔物である。


コカトリス(コカドリーユ)か! 面白い……!」


 これで合点がいった。ここにある石像は紛れもなく本物のゴブリン。恐らくはルイの前に出てきた三匹だろう。

 ルイから逃れる最中にこのコカトリスと出会い、吟遊詩人が語り継ぐ歌の中でも歌われる石化によって石となったものだ。


 コカトリスは大きな翼を羽ばたかせ、飛び上がりつつ鋭い爪をルイに向け、飛び蹴りを放つ。

 ルイはなんとか間一髪で攻撃を避けるが、代わりに直撃した石像たちは跡形も残さず木端微塵に砕け散った。


「蹴りだけでこの威力……! この迫力! 間違いない、このコカドリーユこそ待ち望んでいたAランクモンスターッ!!」


 コカトリスはけたたましく鳴き叫ぶと、嘴の狭間から奇妙な色の痰を吐きかける。

 しかし即座に回避され、痰はルイの後ろにあった巨木に当たる。

 すると巨木は見る間に生気を失い、葉は色を失くしながら枯れ落ち、太い幹は腐っていった。

 数十年は生きたであろう大樹。その溢れる生命力を持ってしても、コカトリスの毒には敵わない。


 その毒気は留まることを知らず、巨木の周りに生えていた草木を次々に枯らしていく。

 ようやく毒の侵攻が収まった頃には、直径十メートルほどが数年は雑草すら生えない死の土地と化していた。


(伝承に違わぬなんと毒の凶悪さよ。下手に受ければ必死か)


 コカトリスの毒は非常に強力で、吐息だけでも周りの森は冬の様相に変わり、虫や小鳥などの小動物はひっくり返って息絶える。

 大気に混ざったその毒はルイの呼吸器にも入り、着実に彼の体力を蝕んでいた。

 長期戦は得策ではない。それならば―――


「……なんと卑劣な猛毒か。しかし、許そう。早々に我に討たれるがよいッ!!」


 早期決着を着ければ良いだけのこと。

 猛毒も鋭利な爪も恐れることなく、ルイは全身に纏った鎧の重量を感じさせない動きでコカトリスへと迫る。

 コカトリスとて、そう易々と近付けさせるほどお人好しではない。再び猛毒の痰を三度、ルイに向けて吐きかける。


 触れればたちまちに命を奪う猛毒。だが、触れなければどうということはない。

 所詮、畜生が咄嗟に放った毒弾。その軌道はルイを直接狙ったものではない。

 ルイは放物線を描く毒の落ちる先を即座に割り出すと、次々と華麗に避けていく。毒の痰は王子のマントにすら触れることなく地面に染み込んでいった。


 舌を巻くべきはルイのその身のこなし。

 コカトリスの毒が狙ったものではないといえ、その全てを避けることは簡単ではない。

 ルイが攻撃を回避できたのは偶然か? 否、必然である!


 彼は幼少より、王としての素質を持ち、それに甘んじることなく研鑽し続けてきた。

 その結果、チェスの名人すら打ち負かす頭脳と並の拳闘士すら凌駕する肉体、そして剣を握れば王宮で右に立つ者なしと謳われるほどの武技を身に着けた。

 王であることの慢心を除けば、近衛騎士団長であるエピーヌに比肩する戦闘センスを持つ、一流の戦士であるのだ。

 そんな彼がモンスターごときに遅れを取るわけがない。


 雨霰と降りかかる毒を躱し、鋭爪を伴った蹴りや嘴による啄み攻撃を回避し、ついにコカトリスの眼前へ躍り出る。

 コカトリスが毒を吐いたわずか一瞬の隙。その一瞬を狙って、コカトリスの顔の位置まで跳び上がると、渾身の一撃を振るう。


「取ったッ!!」


 その刹那、コカトリスの二つの瞳孔がルイに向けられ、眼光が鋭く光り輝いた―――!




 ―――かと思った次の瞬間、ルイとコカトリスの間に突如不透明な壁が出現する。

 ルイの渾身の力を込め振るった黄金の剣は金属音を立て、その壁に弾き飛ばされた。


 謎の壁に面食らったルイは一度距離を取る。

 壁は縦十メートル、横は五十メートルはあろうかという巨大な長方形。それがルイとコカトリスを隔てるかのように森を分断していた。

 壁の向こうからは何かがぶつかる音がしきりに聞こえてくる。恐らくはコカトリスが壁を叩いている音だろう。

 反応を見るに、この壁はコカトリスが作ったものではない。では、一体誰が……?


 周囲に警戒をしながら思考を巡らせていると、ふとルイを呼ぶ声が後ろの森から飛び込んでくる。


「おーい! フルーランスの王子様ー! こっちですこっちーー!!」


 声のする方を振り向けば、一人の若い騎士が手を振りながらこちらに来るように呼びかけていた。


「その格好……キャメロスの聖十二騎士(ゾディアック)の一人か」

「そうでーす! 自分、ネロって言いまーす! それよりここは危ないですからー! 自分の“天王の盾(ジ・イージス)”があるうちにこっちに避難してくださーーーい!!」

「なに……?」


 片眉を上げ厳しい表情をしたかと思うと、ルイはズンズンと地面を踏みつけるようにネロの元へ向かう。


「ここはコカトリスが吐いた毒で汚染されていますし、周辺の空気にも毒が混入されてます。一度身を隠して態勢を立て直しましょう。あ、それと多少の毒を吸っているはずなので、この毒消しを食べておいて―――ゥブ!?」


 一時撤退の話を進めるネロを、ルイはその顔面を鷲掴みにすることで彼の話を遮る。

 ネロの顔を掴んだまま片手で彼を持ち上げると、怒りを抑えられない口調で話しかける。


「ネロ、とか言ったな貴様。貴様があの鬱陶しい壁を作ったのか?」

「ひょ、ひょうでふ……」

「そうか。そして貴様は、我の戦いに水を差した挙げ句に、背を向けろと、そう言いたいのだな?」

「ひ、ひがいまふ! ひぶんはただ、あなたをたしゅけようと……」

「身の程を弁えろ戯けがァッ!!」


 怒りを込め、ネロを森の大木の一つにぶん投げる。

 大木に背中から衝突したネロは痛みとぶん投げられたことに混乱してしばらく蹲ることとなった。


コカトリス(あれ)は我が獲物。我が最初に見つけ、我が倒さんとするAランクモンスター。神聖なる戦いを邪魔するなどと、如何なる理由であろうとも我が許さん!!」

「ちょ、ちょっと待って下さいよ! コカトリスに石化の邪視があるのは有名な話でしょ!? あの壁はさっきそれを使いそうになったから咄嗟に張ったもの! 要はアンタを助けようとしたんですよ! それに、あれは一人で倒せる代物ではないですって! ここは一時撤退したほうが―――」

「黙れ小童ッ!!」

「……えぇ……」


 あまりの剣幕に、ネロもそれ以上意見することができなかった。

 確かに、ネロの意見は正しい。コカトリスは周囲一体を死の土地に変えてしまうほどの猛毒と、睨まれれば即座に対象を石に変えてしまう邪眼を持っている。

 長く同じ場所で戦えば、大地は毒で塗れ、大気は毒に染まる。そんな中で戦うのは無謀すぎる。

 ここは一時撤退し、清浄な土地で戦うほうが賢明だ。


 それはルイ王子も承知のこと。コカトリスの伝承は有名だ。その生態も熟知している。

 ならば、撤退したほうが有利なのは自明の理。しかし、それは自身のプライドが許さないのだ。

 困難に立ち向かい、一人で打倒してこその英雄。誰の手も借りてはならぬ。背を向けるなど以ての外。

 この敵は、今、この場で、自身が斬り伏せる! そのような揺るがぬ覚悟が彼の中では着いているのだ。


 力強い足並みでコカトリスへ向かっていく王子を、ネロはただ見送るしかできなかった。

 少し話しただけでも分かる。この男を止めることは容易ではない。

 しかし、騎士としてこのまま死地に赴かせるわけにもいかない。


「あーもう!」


 ネロは地面に写し出された自身の影を殴って気合を入れ直すと、すぐさまルイの元へ駆けていく。

 今度は“止めるために”ではなく、“ともに戦うために”。


「……今度はなんだ?」

「自分はアンタをもう止めません。でもあの魔物は自分が倒します」

「ほう? 王たる我から獲物を掠め取るというのか?」

「そのとおりッス。元からこの競技は早いもの勝ち。せいぜい利用してもらいますから、そのつもりで」

「……ふん。いいだろう、許す。勝手にするがいい」

「言われずとも、勝手させてもらいますよーだ!」


 二人の戦士が黒い巨壁の前に並び立つ。そこに身分の上下などない。

 “コカトリスを仕留める”。その意志だけが二人に宿っていた。


「……解除し(あけ)ますよ」

「一々言わんでも良い。早々に開けよ」

「〜〜〜こん、の……っ! ……でも、そ・の・ま・え・に!」


 ルイの言い様に多少の苛立ちを感じつつも、それを抑え、ネロは彼が持つ抜き身の剣に右手を向ける。

 すると、黄金の剣の表面に天王の盾(ジ・イージス)が薄くコーティングされていく。


「これは……」

「コカトリスは馬上から槍で突いても、その槍を伝って突いた人間や馬でさえも殺す毒を持っています。下手に突っついて死んでもらっても目覚めが悪いんでね」

「ほう、なかなか良い心掛けだ。断りもなく我が黄金の死(クロケア・モルス)に手を加えたのは頂けんが、許す。褒めて遣わすぞ、ネロとやら」

「ハイハイ、アリガトーゴザイマス」


 適当に礼を述べ、ネロは己の双剣にも天王の盾(ジ・イージス)を貼り付けていく。

 武器の強化も終わったところで、次に光を飲み込む漆黒の壁に右手を向ける。


 この壁を解除すれば、身を守るものは何もなくなる。

 解除した途端にコカトリスが毒を吐きながら襲いかかってくるかもしれない。

 息を整え、意を決し、ネロは天王の盾(ジ・イージス)を解く。


「………………解除」


 ネロの細かな手の動きに合わせ、コカトリスと二人を隔てていた壁が消滅する。

 瞬間、壁に張り付いていた毒が支えを失い、音を立てて自由落下する。

 降ろされた毒の幕の向こうには、次の獲物を探し始めていたコカトリスが悠々と立っていた。


 吐瀉物が落ちた音に反応し、コカトリスはルイたちが忌々しい黒壁から出てきたことに気付く。

 嘴の先端を彼らに向け、正面に向いた眼球の照準を金色の鎧を纏う青年に合わせる。


「邪視が来ます!!」

「わかっておるわ!!」


 即座に石化の邪視が来ることを見極めると、ルイは稲妻の軌跡を描くように不規則に動きながらコカトリスへと迫る。

 コカトリスの邪視はその双眸が対象を捉え、強く集中する―――睨みつけることで初めて発動する。

 それはすなわち、コカトリスの焦点が合わない限り、石化させられることはないということだ。


 石化が効かないと判断するや、コカトリスは次の手に移る。

 ちょこまかと動くルイに向けて、蝿の潜り抜ける隙間もないほどに濃密な猛毒の弾幕を浴びせかける。

 右に避けても、左に避けても、前進しても、後退しても、この毒の幕から逃れることはできない。

 残された逃げ道は、上だけ。ルイは跳び上がり、猛毒攻撃を躱す。


 しかし、空中に逃げ場などない。動きを予測することなど容易。

 コカトリスは宙に舞うルイを視界に捉え、絶死の石化を放つ!


「足場だ! 早くしろ!」


 叫んだ直後、ルイの足元に半透明な足場が発生する。それは、後方で待機していたネロが発動させた天王の盾(ジ・イージス)であった。

 前日の個人戦、その中でネロが見せた新しい戦法。本来、防御のために使われる天王の盾(ジ・イージス)を足場に用い、三次元的な動きを可能とするその戦法をルイは事前に知り、今この場で再現させたのだ。

 ルイはその足場を蹴り、石化からなんとか逃げおおせる。


「反応が0.6秒遅い! それでも聖十二騎士(ゾディアック)の一員か!?」

「アンタが飛び出すからでしょうが! ほら、次の足場!」


 次々と天王の盾(ジ・イージス)で足場を作っていくネロ。

 ルイはその足場から足場へと飛び移り、毒の沼地もなんのその。気に留めることなく突き進んでいく。

 猛毒の吐息や石化の邪視を軽々と躱し、一気にコカトリスに迫ると、勢いそのままにコカトリスの左目を切り潰す。


 しかし、浅い。

 コカトリスは痛みに絶叫し暴れ回るが、致命傷に至るほどではない。

 とはいえ、片目を潰したことにより、厄介な石化を封印することに成功した。


 調子づいたルイはさらに追撃を加える。

 ネロが設置する足場を次々に飛び移り、前後左右に上下、縦横無尽に動き回る彼にコカトリスは翻弄され、反撃すらできずにダメージだけが蓄積していく。


 コカトリスは困惑する。

 これほどまでに傷を付けられたのはいつぶりか。否、産まれて初めてかもしれない。

 大抵の相手は自身の存在に気付くや逃げてしまうか、稀に立ち塞がってきたとしても嘴や爪、猛毒、そして邪視によって即座に命を落とす。

 だが、なんだ? なんなのだ、この人間どもは?

 自身の貌に恐れをなして逃げ出さず、それどころか一矢報い、必殺の邪視まで封じた。

 ()()()()()()()()。彼の本能が、痛みによって引き起こされた恐怖心が、警鐘を鳴らす。


 目の前の人間の強さや最大手である石化が使えなくなったことを理解すると、コカトリスはただの鶏のように逃げ出そうとする。

 しかし、その動きを先読みしていたルイが逃げ道に回り込み、その退路を断つかのように立ち塞がる。


腰抜け(チキン)が。逃走を許すとでも思ったか?」


 黄金の剣を両手でしっかと握り、体を大きく捻る。ルイの身体から溢れる魔力が次第に腕に、剣に集約されていく。

 間違いない、大技が来る……!

 身の危険を察したコカトリスは猛毒を吐きかけ、その動きを止めようとする。

 その瞬間、残った右目は彼の剣に反射した人影を写す。


 大きく映る影―――己の姿。その左後方に小さな影が近付いてくる。

 喉まで出かかった毒を思わず飲み込み、首を回しその姿を明確に捉える。

 黄金色の男と一緒にいた、金髪碧眼の騎士だ。

 己のスキルを使って毒の汚染された地面に触れることなく、潰れた左目の死角から音もなく忍び寄ってきていたのか!


 まさに前門の虎、後門の狼。片方を対処すれば、もう片方に斬りつけられる。二人同時に捌くなど到底不可能。

 ならば残された逃げ場―――青く塗られた空へ逃れようと翼を大きく広げる。

 だが、もう手遅れだ。


「斬り裂け! “黄金の死(クロケア・モルス)”ッ!!」

「スキル“ダブルスラッシュ”!!」


 刹那の断末魔の後に、コカトリスの首が鮮血を撒き散らしながら宙を舞う。

 首から大量の血と毒が噴水が如く噴き出し、雨となって辺りを濡らす。

 赤い水たまりに沈む巨体。遅れて頭が錐揉み回転しながら着水する。

 首を両断されたコカトリスは痙攣で暴れつつも、もう息を吹き返す気配はない。

 二人は見事、コカトリスを倒したのだ。




 しかし、当の二人に喜びで舞い上がる様子はない。

 天王の盾(ジ・イージス)を傘代わりに猛毒の雨が止むのを待つと、すぐさま二人は額が触れそうなほどに顔を近づけ合い、腹に抱えるものをぶつけ合う。


「キッッッサマ〜〜〜! 我の決め所を横から茶々を入れよって! 折角の見せ場が台無しではないか!!」

「はぁ〜〜〜!? 最初に早いもん勝ちだって言ったでしょうが! それにあのままだと毒ぶっかけられて死んでたんですが!? 感謝するべきなんじゃないですか!!?」

「その時は貴様がその自慢の盾で我が玉体を守れば良いだけの話であろうが! ……いや、それよりもだ。議論すべきは()()()()()()()()()()()()()()()()()だ」

「そんなの自分に決まってるでしょ。自分の剣のほうが先にコカトリスの首を斬ってましたもんね」

「いいや! 我だ! 我の一撃のほうが先にコカトリスの首を寸断し、絶命に至らしめた!」

「いいや自分が! ……とか言ってても水掛け論ですね。なら渡された魔道具でポイントを見ましょう。それならアナタも文句はないでしょ?」

「ああ、良いだろうとも。貴様こそ後で吠え面をかくことになっても知らんぞ」


 二人は懐から運営から渡された魔道具を取り出し、獲得した点数を確認する。


 ルイ=ジョルジュ・ド・フルーランス、総合得点40pt

 ネロ、総合得点80pt


「「…………なぁあーーー!?」」


 ルイは石化されたゴブリン分の得点が加算されたとはいえ、コカトリス戦闘前と得点の変化はない。それはネロも同じこと。

 この現実に二人は呆然とし、遅れて納得のいかない感情を叫びに置き換える。


 直後、森全体にアナウンスが響いた。


『配置された魔物の全滅が確認されました。これにて競技は終了となります』

「「はぁぁあああーーーーーーーーー!!!!????」」


 彼らの叫びも虚しく、選手たちは魔道具によって半ば強制的に森から退去させられた。



 ―――――――――



 第二日目 魔物狩猟 最終結果


 1st アイゼンラント 240pt

 2nd リドニック   220pt

 3rd モーラ     200pt

 4th ケルティン   130pt

 5th シュラーヴァ   90pt

 6th キャメロス    80pt

 7th フルーランス   40pt



 ―――――――――



「解せん」


 帰ってきたルイ王子は苛立ちを少しも隠す様子もなく、貧乏ゆすりをしながらその一言だけを呟く。

 彼の怒りは尤もなものだ。あれほど苦労して倒したコカトリスが、まさか会場に乱入しただけの野生の魔物だとは夢にも思わないだろう。


「こればかりは仕方ありません、殿下。大会の規約上、そうなっているのですから」

「だがなエピーヌ、多少の加算くらい考えても良いものだろう」

「そうだとしてもどのみち元の点数が低いので順位は変わらないかと……」

「近衛騎士風情が我に意見するか?」

「いえ、滅相もない」


 腹の虫がおさまらないルイの相手はエピーヌに任し、残ったフルーランス代表の三人は先程の競技を踏まえ談話していた。


「一位はB〜Eランクのモンスターをバランス良く狩っていたアイゼンラントのイーナ。二位はDランク六体、Bランク一体を狩ったリドニックのイナバ。そして……」

「Aランクモンスター“ゲイザー”を瞬殺して一発逆転のモーラ。三位のランス・パーテム、ね」

「やっぱり勝利の分け目は高得点モンスターを倒せるかどうかだったな。と言っても、D、Eランクの存在もバカにはできないもんだ」

「モーラの選手も、他のモンスターと鉢合わせればもう少し点数稼げたのにねぇ。……とはいえ、なんだったろうね。あのコカトリス」

「そだなー。まず、いつから、そしてどっから入ってきたんだか」


 考えられるのは、結界の綻びからすり抜けてきた場合。そして結界を張る前に潜んでいた場合の二パターン。

 しかし、このような大きな大会でそのようなミスが起こるのか。起こったとして、なぜ誰も気が付かなかったのか。

 もしこれらの予想が外れていた場合、次に予想されるのは―――


「誰かが故意に侵入させた……かもしれないわね」


 もし仮にそうであるのならば、犯行に及べたのは部外者ではなく部内者―――運営か、もしくは大会参加国の選手である可能性が高い。

 この会場の中に裏切り者が潜んでいる。そのような嫌な考えが頭をよぎる。


「……マックスさんに話を聞いたんだけど、今、調査班を結成して何らかの不備がなかったか調べさせるって」

「なら事の真相は彼らに任せましょう。私達が考えたところでなんにもならないんだから。それよりも、私達にとって今最も重要なのは、現在の順位よ」


 先程の魔物狩猟によって、一位のアイゼンラントに10pt、二位のリドニックに5pt、そして三位のモーラには3ptが付与された。

 それによって、現在のフルーランスの順位はシュラーヴァと並び五位。下から数えたほうが早い結果となった。

 まだ二日目とはいえ、一位のキャメロスとの差は10pt。

 今回は無得点だが、強豪である彼らがこれからもそうであるとは考えにくい。詰めれるときに差は詰めておきたい、というのが人情というものだ。


「十点差かぁ……。次の個人戦も多分キャメロスが勝つだろうし、こっちも勝利して五点を取らないと後が厳しいかもね」

「そういうこと。だから、」

「「頑張ってね♡ ヒロ♡」」


 異様に生暖かい目と猫なで声でヒロを激励する二人。

 その瞳の奥にあるのは後に控える個人戦の応援などではなく、恐らく絶対勝利の強要。

 気色悪さと無言の圧力に、ヒロはついルイたちの方向に目を逸らすが、逸らした先にも愚痴を中断したルイと彼を宥めていたはずのエピーヌが作ったような笑顔を並べヒロを見つめていた。


「ヒロ。この我も貴様には多少なりとも期待している。とく励め」

「私は君の強さをよく理解しているつもりだ。君なら絶対に勝てる。だから、()()勝てよ」


 エピーヌに関しては本心なのだろう。が、だからこそ余計にプレッシャーがかかる。

 不気味な笑顔に囲まれ、既に胃に穴が開きそうなほどの精神的苦痛に苛まれながら、ヒロはなんとか声を絞り出す。


「……ハイ……ガンバラセテイタダキマス……」

作中でルイ王子が使っていた黄金の死クロケア・モルスですが、あれは宮廷の宝物庫でたまたま見つけたものを勝手に命名し勝手に持ち出したものであって、ユリウス・カエサルが使っていたと言われる本物であるか真偽がわからない、という裏設定があります。

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