第84話 第一日目、個人戦!
太陽が西に傾き、その日の気温が最高点に差しかかった頃、闘技場に午後の部の始まりを告げるファンファーレが鳴り響いた。
大統合武闘祭、個人戦。
明確なルールは規定されておらず、一対一であること、倫理に反する戦いをしないこと、そして殺害しないこと以外何でもあり。
そのため最も実戦に近い演目であり、観衆からの人気が非常に高い。
本来ならば十数カ国が参加するためトーナメント式が採用されるが、此度は僅か七カ国のみの出場。
そのため異例として今回のみリーグ式が採用されることとなった。
個人戦は一日に三回行われる。
その一回戦目、シュラーヴァとリドニックの試合が始まろうとしていた。
「シュラーヴァの代表はグリム・リーパ。リドニックの代表はシヴャステャン……。どっちも聞いたことのない選手だなぁ」
「キュイキュイ(まあ俺様ほどじゃないだろうがな)」
「シヴァステャンって人のことはエピーヌから聞いたことがある。なんでも首相家族お抱えの執事だってさ」
「へえ。お嬢様が出るってんならその執事も出てくるってわけか。どこぞの王子のことも言えねぇが、好き勝手しやがる。……それはそうと、」
「なんでお前らココにいんの?」
ゴウラの指摘に、ユーリとヒロは揃って訝しげな表情を彼に向ける。
ゴウラの疑問はもっともだ。この二人はフルーランスの代表。そもそも控席にいるべき人間だ。
自分と一緒に観客席に存在するのはおかしい。……おかしいはずなのだ。
「なんでって、……ねえ?」
「ねー」
「キュー」
「ねー、じゃねえよ。お前ら控席にいなくていいのか?」
「どうせこのあと出番ないしー、別にいなきゃいけないってわけでもないしー、リンだって前半の傷を癒やしに公衆浴場へ湯治に行ったしー、王子も興味ないとか言って街へ出かけたしー、エピーヌはそのお守りに付いてっちゃったしー……別にいいんじゃない?」
フルーランス代表の奔放っぷりにゴウラは思わず眉をひそめる。
確かにいいのだろうが、それでも控室を留守にするのはいかがなものか。
ゴウラがモンモンと悩んでいると、クリスがやけに機嫌の良い声色で話しかける。
「まあ本人たちが問題ないと仰っているのです。問題ないのでしょう!」
「……クリス。お前はユーリの近くに居れるのが嬉しいだけだろ」
ギクリ。クリスの笑顔が僅かばかり歪んだ。
「ま、まさかぁ! そんな訳ありませんよオホホホ……。あ、ユーリ様! 闘技場限定で美味しい食べ物が売っているんです! ワタクシそちらを買いに行ってきますねー!」
クリスはそれだけを言い残し、修道服を着ているとは思えない足取りで、返事も待たずにスタコラとその限定の食べ物とやらを買いに行ってしまった。
「あの女、逃げやがったな」
「まあまあ、別にいいんじゃないの。最近こうして五人で集まることも少なかったじゃない。たまにはこういうのも悪くないでしょ?」
「ん……まあ、悪かねえけどよ」
アリスにまで諭されては、ゴウラも渋々折れるほかなかった。
そんな彼の行動をニヤニヤと見つめる二人と一匹の影があった。
「……なんだよ?」
「いやー?」
「仲がよろしいんだなーって」
「キュ、キュ〜?(煽り)」
「お前らなぁ―――」
ゴウラが文句の二つや三つ吐いてやろうとした瞬間、選手の入場を告げるラッパの音が彼の言葉を掻き消した。
皇帝たちが座る観覧席を正面に、左右にポッカリと開いた二つの入場ゲート。そこから二人の男がそれぞれ現れる。
一人は白のオールバックと白の髭を持つ初老の男性。黒い執事服を身に纏い、腰には一振りのサーバルを帯刀している。
物腰穏やかな雰囲気ではあるが、その屈強な肉体や蒼白な顔に刻まれた大きな十字傷、たるんだ瞼の奥に隠された剣のような白い眼光が見る者に重圧を感じさせる。
リドニック代表。首相専属執事。老練なる白き剣。名をシヴァステャン、愛称セバス。
もう一人は髑髏の面を被り、端のほつれた黒いローブで身を覆った、まるで死神のような男。ローブの隙間から見える白い具足は白骨を想起させ、より彼岸の存在を印象づける。
東シュラーヴァ代表。隠密部隊隊長。死を運ぶ者。名をグリム・リーパ。
二人は闘技場の中央に設置された正方形の舞台へと歩いていき、互いに手の届く距離まで近づくと足を止める。
「お初にお目にかかる。此度の試合、悔いの残らない良いものにしましょう」
「…………」
二人は握手を交わし、互いの距離をわずかに開ける。
彼らが立ち止まったことを確認すると、審判が声を上げた。
「両者、準備はよろしいでしょうか?」
「いつでも」
「……構わん」
「それでは……構え!!」
一声とともに審判が手を上へと掲げる。応じて二人は己の武器を取り出す。
セバスは腰のサーベルを。そしてグリムは自身の影から両刃の大鎌を取り出した。
「影魔導!!」
「しかも無詠唱で実体化の維持までさせるなんて……。ヒロより上かも」
突然の影魔導にヒロたちは反応せざるを得なかった。
それもそのはず。影魔導は魔術・魔導の中でもとりわけ高位のもの。ヒロのようなチート習得でもない限り、会得するのは至難の業だ。
その上、影のような“実体のないもの”を実体化し、物体として維持させるのは秘技中の秘技。簡単に見られるようなものではない。
会場全体から送られる驚嘆の視線を尻目に、グリムは大鎌を相手の喉元に向ける。
セバスも同様にサーベルを突き出し、戦いの構えを取る。
互いの獲物がジリジリと合間を狭める。
―――個人戦の起源は十回目の大統合武闘祭に遡る。
当時は各国から一人の代表を出し、様々な競技で競い合わせた。
しかし、ある戦士がその競技の一つで下された裁定に納得がいかず、もう一人の代表に決闘を申し込んだ。
各国の首相や多くの大衆が見守った決闘は大盛り上がりとなり、その後決闘の興奮を忘れられない者たちが次々と決闘を行うようになった。
これでは武闘祭が成り立たないと判断した当時の皇帝は、団体戦とは別にルールを明確に規定した決闘の場を設ける。それが個人戦の由来である。
そのため、個人戦のルールはその当時の決闘法に則する。
曰く、一つ、相手が戦闘不能になる又は場外となる又は降参するまで続けること。二つ、互いの武器(拳闘士であるならば自身の拳)が触れ合った瞬間に試合を開始すること。三つ、必要以上の追撃が認められた場合即座に試合を終了し追撃をかけた者を敗者とする。
この三つが個人戦における絶対のルールなのである。
鎌とサーベルが小さな金属音を奏でて重なり合う。個人戦の始まりだ。
初めに攻勢に出たのはセバスであった。
冴えたサーベルの連続攻撃。素早い銀の斬撃がグリムに襲いかかる。
剣はグリムの形を捉え、林檎の皮を剥くかのようにローブの端を切り裂いていく。
しかし、肉を削ぐまでには能わない。
グリムは炎で写し出された影のように、ユラリユラリと不規則な動きでサーベルを躱す。
大得物を持ち、地面に届くほどのローブを纏うというのに、それらを感じさせない動きで次々と斬撃を避けていく。
流れは完全にセバスに向いていた。
一分の隙も見せない攻撃にグリムは反撃に転じることができない。
このままではグリムが舞台の端に追い込まれるのは時間の問題だ。
そのとき、グリムがバランスを崩し大きくよろめいた。
躓いたか、服の裾でも踏んだのか。ともかく、この出来事はセバスにとって千載一遇の好機であった。
「隙ありッ!!」
渾身の力とともに剣を横一文字に振り払う。体勢を崩した人間に攻撃を当てることなど容易い。
白銀に輝く剣の切っ先はグリムの脇腹を確実に捉える。
剣はグリムのローブを裂き、胸当てを裂き、右の脇腹から左の脇下まで一刀両断する。
上下に断たれたグリムの姿に、観客の顔から血の気が引いていく。まさか一日目から殺傷沙汰になるとは。
誰かがあまりの凄惨さに叫びをあげようとしたそのとき、グリムの体が煙のように霧散する。
(手応えがない……分身か!)
今まで相手にしていたのが影で作られた分身だと気づくが早いか、セバスは己の死角に僅かな殺気を感じ取る。
「隙あり……だ」
大鎌を大きく振り上げ、一息に振り下ろす。命を刈り取る凶刃がセバスに迫る。
セバスは咄嗟に体を大きく捻らせ、白銀のサーベルで黒より暗い大鎌を弾く。
当然、踏ん張りもない咄嗟の一撃など、重量のある大鎌は物ともしない。
しかし、回避するための時間を稼ぐには十分だ。
刃同士の衝突によって刹那に大鎌の動きが止まる。その一瞬のうちにセバスは地を蹴り、死神から距離を取る。
少し間を開けて、黒い執事服の胸元がパックリと大口を開ける。切り裂かれた服の間から真白の肉体と白を侵略するかのように広がる赤い線が顔を覗かせる。
見るだけでも痛々しいが、倒れるほどの傷でもない。
「……浅いか」
「いやはや。私も腕に自身はありますが、あなたも相当の手練ですな。一本取られてしまいました」
「戯言を……。本当に悔いの残らない勝負をしたいのなら……真の力を隠すべきではない」
「……何が言いたいのですかな?」
セバスの周りの空気が変わる。
柔和だった笑顔は失せ、真剣のような眼差しをグリムに向ける。
「貴様らの一族はこの程度のものではない……そうだろう?」
「何を言っているのか、私にはさっぱり―――」
「とぼけるな……ハン族」
言葉に反応して白い眉がピクリと動く。
セバスを纏う空気に一切の柔らかさはない。静かな怒りと気迫が重く、冷たく、彼を包み込む。
「白の髪……白の肌……白の瞳……。そしてその身体能力と顔の傷による身体装飾……。どれもハン族の身体的・文化的特徴だ……」
「……」
「貴様もハン族ならば……使えるはずだ。あの決戦スキル……“紅艶血相”を……!」
「黙れ」
鬼神の如き威迫にグリムは思わず萎縮する。
白い瞳の奥に宿るは明確な怒り。憤怒の重圧がグリムを押し潰さんとする。
幸い、と言うべきか。グリムの声は小さく、セバス以外にその声は届いていない。
観客からしたら、何らかの挑発をかけられ、それに乗ってしまっただけにしか見えていないことだろう。
「……フゥ」
感情を露わにしたのもほんの数秒。息を一つ吐き出すと、セバスは今までどおりの優しく紳士的な表情に戻る。
「私に過去はありません。今はイヴァン様とその御家族に仕えるだけのしがない執事。それ以外の何者でもありません」
「過去の栄光を示すより……弱い今のままが良いというのか……?」
「ですから、過去の栄光なぞ私には存在しないのです。それに、今のままでも私は強いですぞ?」
「……ならば……証明してみろ……!」
戦況が静から動へと移り変わる。
影による多彩かつ濃密な攻撃。しかし見事な剣技によってこれを退く。
隙をつき、セバスが攻めに転じる。だが陽炎のように動くグリムに決定打は与えられない。
二転三転と攻守が変わる。盤面が変わるごとに闘技場の熱は増していく。
そして、局面は終局を迎える。
影から作り出したダガーを五、六本。セバスの足元へ投げつける。
機動力を落とすために足を狙ったのか。しかし、下を狙いすぎた。
セバスが僅かに後退することにより、ダガーは全て彼の影へと吸い込まれる。
グリムの攻撃は外れた。その後に残るのは一秒にも満たないほんの僅かな隙。
即座にセバスは反撃に出る。―――いや、出ようとした。
(!? 体が……!!?)
体が動かない。まるで体が杭で打ち付けられたかのように、ピンで留められた標本の昆虫のように、自由に身動きが取れない。
ふと影の方に視線を落とす。肩、腰、胸、そして両手足。自身の影には、空間に貼り付けられた部位と同じところに漆黒のダガーが突き刺さっていた。
「こ、これは……!?」
「影魔導……“影縫”。……これで……貴様の動きは封じた」
ゆっくりとグリムが近づいてくる。
セバスは術中から抜け出そうと必死にもがくが、体は言うことを聞かない。
そしてついにグリムがセバスの眼前にまで迫る。
グリムは大鎌の刃を彼の首にかける。一息に引けば、老いた執事の首なんぞ簡単に刎ねられる状況だ。
「……“詰み”……だ!」
セバスは一瞬だけ険しい表情を見せるが、すぐに諦めを表す顔へと変わった。
「……降参です。お見事でした」
―――――――――
試合と試合の合間には十五分間の休憩が設けられる。
その間に選手はウォーミングアップや治療を、観客は飲み物の用意やトイレを済ませる。
そしてある者は直前の試合についての感想を吐露しあったりもする。
「いやー! すごかったねさっきの試合!」
少女は胸からあふれる感情を包み隠さず口に出す。
「流石一国の代表同士だけあるね。レベルが全然違うや!」
「そうですねユーリ様。どちらも素晴らしい技を持った戦士だと思います。それでは戦闘解説のゴウラさん、魔法解説のアリスさん、今回の試合をどう思われますか?」
「クリスさんの仰るとおり、両選手どちらも引けの取らない選手だと感じましたね。二人の実力は同等かと、しかしセバス選手は少し力をセーブしていたようにも見えました。次の試合に期待ですね」
「アタシとしてはグリム選手の影魔法に興味が惹かれますね。高位である影魔導をあそこまで使いこなすとなると、相応の修練が必要となります。そこが勝敗の分け目になったのではないでしょうか」
「お前らどうした?」
いつの間にか用意した伊達メガネをかけ、先程の試合を解説者視点から語り合う三人に、ヒロは「アホかコイツラ」とでも言わんばかりの視線を送る。
それはさておき、先程の試合は確かに素晴らしいものであった。特にグリムの影魔導については学ぶべき箇所がいくつもあった。
直接攻撃のみならず、搦め手や応用、影ならではの特性を活かした技の数々。教わることは数多ある。
同じ影使いであるヒロとしては、実に有意義な時間となったことだろう。
「―――で、ヒロはどうなの?」
「え?」
急に話題を振られ、キョトンとした顔をユーリに向ける。
「さっきの試合。影使いとしてなんか感想の一つでもないの?」
「あー、まあ、無いわけじゃないよ。色々と学べるところも多かったし。でもま、僕は僕で影の使い方があるしね」
「へえ、余裕じゃん」
「まあな。明日の試合を期待してろ。鍛えた僕の力、見せてやるよ」
ニッカリと笑い、力こぶを作った腕を軽く叩く。
ヒロを含め、フルーランスの選手全員は一ヶ月ほどの訓練をしてきた。その成果は充分に身に付いているはずだ。
それに、ヒロにはこの大会のために編み出したとっておきがある。
それがある限り、ヒロの自信は揺らぐことはない。
「それより、次はどこの誰?」
「えーっと、ね……次はケルティンのロビン・フッドとモーラのカルキって人だね」
「! モーラ……」
モーラ代表。今日の休みの枠をフルーランスが取っているのならば、当然出てくるだろう。
午前の団体戦では、同じモーラ代表のソテルが圧倒的な実力を見せつけていたが、このカルキという選手はどうなのだろう……?
「ロビン・フッドはケルティンの有名な義賊だね。厳密に言えばその義賊の子孫らしいけど。ともかく弓の腕は超一流なんだって」
「……その、カルキって選手は?」
「カルキ? んー……聞いたことはないなぁ。もしかしてソテルと同じ無名の選手なのかもね」
やはりか。まさかと思っていたが、そんな稚拙な予想が当たるとは。
この選手も恐らくは相当の使い手。団体戦でぶつかった時に備えて、しっかりと観察する必要がある。
そうこうしているうちに、休憩の十五分が過ぎた。
闘技場に視線を下ろしたなら、いつの間にやら舞台に審判が立っている。
審判が声を張り上げ選手の入場を促すと、東西のゲートから選手が姿を見せる。
東から出てきたのはケルティンの青年。
全身を緑の衣で覆い隠し、背にはこれといった特徴のない普通の弓と矢を携えている。その風貌はまさに伝承で語られる中の“ロビンフッド”そのもの。
ケルティン代表。義賊首領。森を駆ける弓の名手。ロビン・フッド。
彼と対面して現れたのは、まだ若い白髪の少年。
左の頬から首筋に青い刺青が入っており、その色白の肌と生気のない瞳はまるで無機質な人形のよう。剣士然とした装備に、右手には短剣。色物が多い今大会の中では、最も戦士の印象を強く与える。
モーラ代表。無名の戦士。カルキ。
舞台に上がった二人は戦意を発しながら向かい合う。
「……なあ、審判のおっちゃん」
「どうかしましたか?」
「俺はこの通り弓使いでな。悪いけど、この試合だけアンタの掛け声で始めさせてくれないかい?」
「その程度のことなら構いません。ただし、開始前に攻撃すればペナルティが伴いますよ」
「重々承知の上さ。あんがとな」
ロビンはヘラヘラと笑いながら、審判にお礼の言葉を述べる。
その立ち振る舞いはおおよそ戦士とは思えない。威圧感もなければ緊張感もない。ただの剽軽者のように写った。
「んで、アンタが俺の相手かい」
「…………」
「おいおい。なんか言ってくれねぇと会話が成り立たないだろ。仲良くしようぜ?」
「……………………」
飄々とした態度のロビンに対して、カルキは寡黙だった。
無表情のまま言葉を一切発さず、ただ立ち尽くす様は本当に人形ではないかと怪しまれるほどだ。
「……義賊ロビン・フッド」
「おっ? やっと口を開いてくれたか。てっきり口が利けねえのかと―――」
「貴様は“悪”だ」
挑発なのかすら分からないその一言を残し、カルキは剣を構える。
「悪、って……。まあ確かに、義賊ってカッコつけてても盗賊だしなぁ。だからってそこまで言うかよ」
文句を垂れつつ、ロビンも弓を構え矢に手をかけ戦闘の態勢を取る。
両選手の準備が完了したことを確認し、審判は右手を上に掲げる。
「両者、準備はよろしいでしょうか?」
「完了している」
「いつでもどうぞ♪」
「双方構えは済んでいるようなので早速始めさせて頂きます。それでは……はじめッ!!」
開始の合図とともに審判の腕が振り下ろされる。
それとほぼ同時にロビンが動き出した。
カルキが動き始めるよりも早く、一矢を彼の足元めがけて射る。
矢が地面に着いた瞬間、矢の先端につけられた袋がボフンと紫の煙を散らしながら弾け飛ぶ。
「これは……毒霧か」
カルキを包み込むように広がる毒の幕。
軽い麻痺作用を引き起こす、ロビン特製ブレンドの麻痺毒だ。
その効用は一時的なものであり、特別強いものでもないので死に至ることはない。
しかし、動きを止めるにはもってこいだ。
「俺は現実主義なんでね。即効で決めさせてもらいますよ……っと!」
続いて放たれる二の矢。その鏃には火の属性を持つ鉱石が使われていた。
放たれた矢は空中で発火。燃え盛りながら毒霧へと空を裂いて突き進む。
毒“霧”と銘打ってはいても、実際は粉塵の集まり。塵のように微小な粒が舞い散っているに過ぎない。そこへ放たれる火矢。
火と粉塵。この組み合わせで起こる現象は一つ。
粉塵爆発だ。
発火した粉塵の粒が次々と隣の粒に引火していく。
連鎖する発火現象は次第に巨大な火の玉となり、そして爆炎へと変わる。
毒霧の二倍以上の爆発はカルキを覆い尽くし、闘技場の一部を粉々に破壊する。
結果など火を見るより明らか。
ロビンの宣言通り、勝負は即効で決まった
―――かに見えた。
もうもうと立ち上る黒煙。そこからカルキが弾丸のように飛び出してくる。
彼の身体は先程の爆発により火傷や怪我で覆われていた。
しかし、そのことなど気にも介さない様子で、カルキは一直線にロビンへ向かう。
ロビンは勝負はついたものだと気を抜いており、突然現れたカルキへの対応が遅れる。
咄嗟に弓を前に出し防御の態勢を取るが、すでに手遅れ。
カルキの剣が弓を弾き飛ばす。有無を言わせず、さらにロビンの腹部に追撃の蹴り。
ロビンはそのまま場外まで蹴り飛ばされた。
ザザザッ、と音とともに背中に土を付けるロビン。
蹴りは相当の威力を有していたのか、彼はその後もしばらく起き上がれずにいる。
勝敗は今度こそ決まった。
「場外! 勝者、モーラ代表! カルキ選手!!」
会場に何度目かの歓声が響く。
モーラの人々は歓喜の叫びを上げ、ケルティンの人々は落胆の声を漏らす。
あまりにも早い決着。僅か一分にも満たない試合であった。
にもかかわらず、観衆は興奮を隠せない。
その理由は、おそらくカルキだろう。
まだ若い身でありながらも必殺の矢を耐え、大の大人を一撃で伸すパワーを秘めている。
それが今の今まで無名であったことに誰もが驚かざるを得ない。
此度のモーラは何かが違う。それは会場にいる全員が感じ取った。
「強い……!」
「単純な攻撃力や防御力ならAランク冒険者並み……もしかすると英雄級に迫るかも知れんな」
「モーラ代表。油断ならない相手だね」
ユーリの言う通り、モーラは油断してはならない相手だ。
しかしそれはただ単純に力が強いというだけではなく、彼ら全員から底知れない何かを感じるためだ。
試合を終えたカルキが舞台を降り、悠々と闘技場から去ろうとする。
ヒロは無意識に彼の姿を目で追ってしまう。
すると、カルキがピタリと足を止めた。
どうかしたのかと疑問に思った瞬間、彼の瞳がヒロに向けられた。
ギョロリとした丸い眼球と目が合う。
人形から取り出したような無機質な瞳に魅入られると、不思議なことに体からどんどん熱が奪われていく感覚に陥る。
何らかの意志がこもっているような、それでいて空虚なような、そんな瞳を見ていると体中から嫌な汗が吹き出してきた。
「―――ヒロ?」
耳から飛び込んできた自身の名に、ハッと我に返る。
「どうしたの? 具合でも悪い?」
「い、いや別に……。なんともないよ」
「そう? 変なヒロ」
視線を自身の心配をしてくれるユーリからカルキへと戻す。カルキはトコトコと会場を後にする最中であった。
周りから察するに一瞬ほどの時間だったのだろうが、ヒロにはまるで一時間ほどの時間が経ったかのように錯覚した。
先程の視線は何だったのだろう? 何故ヒロのことを見つめてきたのだろう?
考えても答えは得られないが、あの不気味な瞳を思い出すたびに首筋にヒヤリとした感覚に襲われる。
続く第三試合では、アイゼンラントの大佐エーリッヒ・ルーデルとキャメロスの若き騎士“宝瓶宮”ネロの試合が行われた。
ルーデル大佐が操る飛行型デバイスの三次元的な撹乱に惑わされるネロであったが、固有能力“天王の盾”を足場にした戦法によりこれを突破。
見事、キャメロスに栄光が与えられた。
だが、ヒロには二人の激闘も勝利の決定的な瞬間もまともに覚えていない。
カルキの視線の意味について考えすぎるあまり、ろくに集中してみていなかったからだ。
拭えきれない疑問を抱えたまま、一日目が終わった。
第一日目 戦績
一位 キャメロス 15pt
二位 モーラ 10pt
三位 フルーランス 5pt
シュラーヴァ
五位 アイゼンラント 0pt
ケルティン
リドニック




