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村人Aの異世界叙事詩  作者: ユッケ=ビビンバ
第五章 闘いの詩〜大統合武闘祭編〜
82/120

第82話 狂戦士バルザーク

 三つの剣戟の音が入り乱れる。そして、その音を上から塗り潰すように、歓声が会場に轟く。


 闘技場の様子は“熱狂”という言葉が適切だろう。

 何しろ、五人の英雄級が一堂に介し闘い合うドリームマッチが目の前で行われているのだから、その熱に浮かされないほうがおかしいくらいだ。

 その中でとりわけ注目を集めているのが、最強の英雄級マックスと最速の英雄級ゲオルゲの勝負であった。




 剣と槍が交わる。そのたびに、白と橙が混じった火花が散る。

 目で捉えきれぬ高速の連続攻撃、息もつかせぬ激しい技の応酬がそこでは繰り広げられていた。

 どちらも機動力の高さを自慢とする戦士。しかし、一歩速いのはゲオルゲの方であった。


 五竜の中で最も速いとされる(ドラゴン)、旋風竜エアロ。その竜石は、所持する者に旋風の鎧と無限の追い風を与えると言われる。

 マックスはそれがただの伝承ではないことを、身を持って理解する。


(風の魔力による加速(ブースト)。剣筋をそらせる不可視の鎧。流石は竜石保持者、厄介極まりない。しかし―――!)


 パルチザンの突きを体を屈ませることによって既のところで回避し、そのままゲオルゲの懐に潜り込む。大きく一呼吸をつき、前に出した右足に力を込め踏ん張り、一閃を放つ。

 マックスが放った一太刀は吹き荒れる旋風の鎧をいとも容易く切り裂き、刃がゲオルゲの胴にある的を捉えた。


 だが、剣がゲオルゲの体を両断するよりも早く、ゲオルゲは眼前に暴風の玉を作り出し、それを弾けさせる。

 その威力はさながら爆弾と等しく、嵐が産声を上げたかのような烈風を巻き起こし、二人を吹き飛ばす。


 宙を舞う二つの体。しかしながら、どちらも歴戦の戦士。錐揉み回転する体を捻らせて着地する。

 必然的に二人は距離を取ることとなる。

 どれほど打ち合ったのだろう。少なくとも十や二十そこらではない。

 その間、僅かな休息もなく、ただひたすらに技をぶつけあった。


 そうしてようやく訪れた小休止。数秒前の激闘と比べれば、この瞬間は酷く静かで、永く感じた。




「……一歩、届かなんだか」


 ゲオルゲが静寂を破った瞬間、彼の脇腹に付けられた的がパキリと音を立てて崩れ落ちた。


「やれやれ。ダメージを負ってまで躱したと思ったのに」

「しかし、先程の咄嗟の判断は良かった。もしこれがルールの無しの真剣勝負なら、どうなるかわからなかったよ?」


 ほざけ、と悪態をつくような嘲笑混じりの笑みを返す。

 表情を崩したのも束の間、ゲオルゲを覆う空気が強張り始める。


「やはり、手加減して勝てる相手ではないようだ。ならば、これからは貴殿を殺す心づもりで闘おう」


 竜石からさらに風の魔力が溢れ出す。その風はゲオルゲの身に吸い込まれ、彼の身体を変容させる。

 体の至るところが爬虫類のようにひび割れ、真白の羽毛が生え、瞳は猛禽類のそれに変化する。

 その様はまさに、旋風竜の化身であった。


竜気駆動(ドラゴンドライヴ)、第二段階完了」


 ヒロが過去にも見せた、竜の魔力を纏った状態。竜石保持者のみがなれるその姿を、人は古来より竜気駆動(ドラゴンドライヴ)と呼んだ。

 竜の魔力をその身に宿したこの状態では、身体能力の底上げのみならず、竜の魔法を行使することも可能。

 代償として、その真価を発揮すればするほど、その身は竜へと変貌する。


 ゲオルゲが使用したのは、その第二段階。竜へと片足を突っ込んだ歪な姿の代償として、より強大な力を引き出すことができる。


「こうも早く使うことになろうとはな……。お覚悟召されよ。今の私は先程の私とは別人である」

「そのようだ。……さて、私もそろそろ準備運動には飽きていたところだ。ほんの僅かばかりだが、本気を出させてもらおうか!」


 武器を構える。同時に二人が放出した魔素(マナ)がぶつかり合うことで、中間の空気がねじれ、空間が歪む。

 まるで今までの激闘がお遊びだったかのように、より剣呑とした雰囲気が辺りを包む。


 沈黙も早々、二人が飛び出し激突する―――!




 しかしそれは、謎の物体が二人に衝突することで阻止されてしまった。


「グェッ!?」「ヌァッ!?」


 あまりに突然のことだったため、高速の判断力を持つマックスも、神速のスピードを持つゲオルゲも、為す術なくその物体の下敷きになり、カエルが潰されたような声を出す。

 彼らに降り掛かった謎の物体の正体。それは意気揚々とバルザークの相手を買って出たはずのリンだった。


「ツツツ……お二人とも、ナイスキャッチ」

「シャオ・リン!? なぜ君が空から降ってくる!?」

「その前にまずどいてくれないか? 初日で圧死なんて洒落にもならん」


 折り重なった状況ではまともに話もできないと判断し、リンが最初に立ち、その次にマックスとゲオルゲも土埃を払いながら立ち上がる。

 幸運なことに、三人とも的の損傷はない。残り一つの的が無傷であったことに安堵しながら、ゲオルゲは話を続行する。


「それで、なぜ貴殿が我々にぶつかってくるのだ? 貴殿は確かバルザーク殿と戦っていたと記憶しているが?」

「そうなんだけどね、予想以上に苦戦しちゃって……」


 リンの言葉は、ドズン、という軽い地響きによって中断される。

 音のした方へ目を向けると、野獣のように荒い鼻息を繰り返し、低い唸り声を上げ、巨大な大剣の先端を地に摩すり、拘束具に縛られた肉体をギチギチと音を立てて動かすバルザークの姿があった。

 狂戦士の姿を見た二人は一瞬でリンが言わんとしていたことを悟る。確かにあれは一人では手に余るものだ。


「ぶつかったついでに相談なんだけど、ここは一時休戦して先にあの狂戦士を倒さない? 誰が相手にするにしても、一対一じゃ苦労するでしょ?」

「共闘戦線か、面白そうだ。面白そうだが……ゲオルゲ、君はどうする?」

「……降りかかる火の粉は払うまでだ。せいぜい背後から刺されないよう気をつけておけ」


 話は決まった。三人の英雄は一時的に手を組み、暴力と狂気の化身たる狂戦士(ベルセルク)の討伐を開始する。

 三人の敵意に当てられたか、バルザークはさらに戦意を昂ぶらせ、拘束具によってまともに開かない口から絶叫のような咆哮を轟かした。


「GグゥuuooOオオオオォォooOOO!!!!」



 ―――――――――



 時間はほんの少し遡る。マックスとゲオルゲ、リンとバルザークがそれぞれ激闘を繰り広げていた頃、同じくソテルとジークも剣を交わしていた。


 雷電プラズマの刃が空気を焦がしながら振るわれる。

 しかし、その刃は防いだ剣に触れると、たちまちに吸い込まれ消え去ってしまった。


「お返しだッ!!」


 電撃を吸収した剣から、再び稲妻が迸る。

 のたうち回る蛇のような雷は剣の切っ先が指す方向―――ソテルのもとに向かって突き進む。

 しかし、ソテルはこれを間一髪で躱す。避けられた電撃は勢いを無くし、地面に落ちるとその地点を黒く焦がした。


「雷撃を吸収・放出する剣か。実に厄介だ」

「110番、充電剣“ウィス・エレクトリカ”。お前の自慢の武器は効かねぇぜ」


 充電剣と呼ばれた機巧剣を自慢気に振り回すジーク。

 相手の苦手とする属性の武器を“万剣の鞘(オールイズマイン)”の中から瞬時に選び取り、能力(アビリティ)“剣聖”により万全に使いこなす。

 すなわち、如何な相手だろうと常に優位に立つ剣士。それが“剣聖”ジークである。

 それ故、彼は最強の一角である英雄級に数えられるのだ。


「テメエのキンピカ武器は魔力を込めて、剣先から雷として放出する仕組みだ。刃の本体がないぶん、長さや形は変えられるだろうが、吸収してしまえばそんなことは関係ない」

「いい洞察力だ。流石は英雄級―――いや、勇者だと褒めるべきか」

「どっちでも構わねえぜ。どうせお前はここで終わるんだからよッ!!」


 距離を詰め、特攻を仕掛ける。

 もし仮に再び電撃の刃を出現させようと、こちらには無効化する手段(ウィス・エレクトリカ)がある。

 胸につけた的を狙いを定め、渾身の突きを見舞おうと剣を垂直に突き立てる。


「それはどうかな?」


 顔の真横をそのような声が通り過ぎた。次に聞こえてきたのは陶器が割れるような音だった。


「ジーク選手の的の破壊を確認!」


 そのようなアナウンスが耳に飛び込む。

 虚空に突き刺さったままの剣先を見つめながら、何度もその言葉を頭の中で反芻する。


 的が破壊? 誰の? 誰が、誰の的が破壊されたって?

 何度も何度も繰り返してみても、返ってくるのは唯一つの真実だけ。

 ()()()()()()()()()()()()


 何をされたのか理解できないまま、自身の横を通り過ぎた存在に注意を向ける。

 その正体はジークの予想通り、ソテルであった。彼はジークに背を向けたまま、自信の表れか、悠々と佇んでいる。


「……今、何をしやがった?」


 一瞥もくれない背中に率直な疑問を投げる。

 直後、それが自身にとって屈辱の言葉であることに気付き、ジークは悔しさに歯を食いしばる。


 返ってきたのは、微笑のみだった。そんなことも分からないのか、とでも言うような嘲りを含んだ笑み。

 その嘲笑を目にしたジークは、沸々と怒りが沸き上がる。

 口の端を引き攣らせ、額に青筋を立てながらも、ジークは事態を冷静に見極めにかかる。


(恐らくは身体強化型のスキルか。ありえない話でもねぇ。マックスがさっき使った“迅雷走法”やエピーヌの“神速”も、まともな人間の動体視力では追いつけないだろうしな。なら……!)


 剣を持っていない左手を真横に伸ばし、万剣の鞘(オールオブマイン)から武器を取り出す。

 取り出したるは、迅速剣“チェレリタス”。目には目を、歯には歯を、スピードならスピードを、という考えだろう。


 瞬間、ジークの姿が消え、須臾の合間にソテルの目の前に出現する。


(これでどうだ!?)

「無駄だよ」


 振り抜かれる神速の剣。しかし、その攻撃はなにか硬いものにぶつかり防がれる。

 次の瞬間、ジークは目を疑った。


 彼の攻撃を防いだ物体、それはソテルの持つ武器でも何かしらの鉄器でもなく、ソテルの()()だった。

 剣の刃は彼の皮膚によって止められ、薄皮すら切り裂いてはいない。


 ジークが目を丸くして驚嘆していると、突如足元の地面が蠢き始める。

 地面が僅かに隆起したことに気付くやいなや、地中からゴシック調の柱が飛び出し、ジークを空中へと放り投げる。


(身体強化に加え、無詠唱の土属性魔導まで……! コイツ、エピーヌと同じ多重スキル持ちか……!?)

「惜しいが、正確には違う」


 再びジークは驚愕する。

 今、たしかに自身は声に出さず、心の中だけで話したはずだ。だが、あの男はそれに応えるように言葉を返した。

 いや、今回だけではない。迅速剣の攻撃を放つ一瞬前も、心を読んだかのように言葉を放った。

 ()()()()。間違いない、やつは人の心を読めるのだ!


 体をひねり、着地する。追撃はない。十分に距離を取り、武器を構え警戒に警戒を重ねる。

 ソテルは相変わらず余裕綽々といった態度を崩さずに、微笑みながらジークを凝視していた。

 すると、おもむろにソテルが口を開く。


「誠実の勇者と私は似て非なる存在。彼女が多くのスキルを持つのに対して、私は多くのアビリティを備えているんだよ」

「……心を読むのも、そのアビリティの一つってか?」

「そのとおり」

「到底信じられねぇな。たしかにアビリティの複数持ちはいるにはいるが、多くてもせいぜい三〜四個ほどだ。さっきの足の速さや体の頑強さもアビリティってんなら、そりゃ固有能力(ユニークアビリティ)並だぜ? それに心を読むアビリティなんて聞いたことがねぇ。スキルと間違ってんじゃねぇか?」


 ジークがこう言うのも仕方あるまい。


 センスや時間があれば多重習得も可能な技能(スキル)と違い、能力(アビリティ)はその人が生まれ持って備えている資質、謂わば特性だ。

 鳥が空を飛び、魚が水の中で呼吸をするように、後から付け加えることも変えることもできないものだ。

 そのアビリティを複数持つということは、空を飛び、海を泳ぎ、地を駆け抜け、歌を歌うキメラも同然。存在するはずがない。


「君が疑うのも無理はない。なら、実際に見てもらったほうが早いな」

「……テメエ、一体なにもんだ?」

「正義の徒さ。それ以下でもそれ以上でもない」


 ソテルが黄金の独鈷杵を構え、戦闘の態勢を取る。呼応するように、ジークも両手の剣を握り直す。

 緊張が走る中、またもやポツリと独り言をこぼすように問いかける。


「君にとって、正義とはなんだい?」

「あ? なに急に?」


 ジークは当然疑問を呈するが、ソテルはそんなことを気にすることなく微笑み続けている。

 いい加減ソテルの胡散臭い笑顔に飽き飽きしながら、ジークは舌打ちとともに反射的に頭の中に浮かんだ答えをそのままぶつける。


「正義が何だなんて知らねぇが、気に入らねぇやつはいる。強者としての矜持を忘れ、弱者を無意味に虐げるようなやつだ! 俺はそんなやつが許せねぇ!」


 返ってきた答えにソテルは満足そうな笑みを見せる。


「強者は誇り高く、弱者は庇護すべき。流石、勝利の勇者。やはり君たちは善なる存在だ」

「何言ってんだお前」

「単なる戯言だ、気にしないでくれ。……さて、」


 ソテルを纏う空気がガラリと変わる。氷のように冷たい殺気と思わず屈服しそうになる覇気が周囲を侵食するようにゆっくりと充満する。

 まるで別人が現れたかのような変貌だ。

 これに思わずジークは唾を飲み込み、冷や汗をタラリと流す。

 ジークの心の中にあるのは戦闘の緊張感や高揚感ではない。あるのは、目を逸らすこともままならないほどに強烈な恐怖心だ。


「試合を続けようか」



 ―――――――――



 ―――彼は何も考えない。彼は何も感じない。ただ、暴れられる限りに暴れるのみだ。

 誰に命令されたのか、忘れた。狂化(この呪い)を誰に与えられたのか、忘れた。

 過去はない。今には不必要だから。

 感情はない。戦士には不必要だから。


 ただ、胸の奥底から湧き出る何かを自分の肉体を使って発散する。

 抑え込む術すら、もう奪われた(忘れた)


 だから、ただ、暴れ、叫ぶ。


「Wooooおおおおおォォォオオーーーーーーー!!!!!」






 狂戦士(バルザーク)が叫ぶ。狂戦士(バルザーク)が大剣を振るう。狂戦士(バルザーク)が暴威と破壊の限りを尽くす。

 観客はそれを見て、まるで檻の隙間から猛獣を覗く子供のように純粋に、そして大いに興奮していた。

 その中でも特に興奮していたのはバルザークのスポンサー、リドニックのエレーナであった。


「いいわ! もっと暴れなさい! もっと戦いなさい! 貴方の狂気の赴くまま、戦い続けなさい!!」


 高笑いとともにそんな台詞を吐くその様は、傍から見ると完全に悪役令嬢か何かのようである。

 キャイキャイと年甲斐もなく騒ぎ立て、さらにバルザークの活躍を望む。

 その姿に他のリドニック代表も引き気味に呆れていた。


「お嬢様。仮にもお嬢様はリドニック首相の子女であらせられるのですから、もう少し品位を持って謹んでもらわないと……」

「―――まだよ」

「……なんですと?」

「まだ、物足りないわ。セバス、バルザークの左腕の拘束も外しなさい」


 エレーナの指示に、セバスは信じれないものを見るような目を彼女に向ける。

 動揺したのも束の間。セバスは考えを改めるよう説得を始める。


「お言葉ですがお嬢様、これ以上の拘束具の解除は危険かと。左腕まで解放されるとなると、バルザークの四肢は自由となり、最悪市民にも被害出るかと」

「うっさいわね。なにも感覚器官部や第一拘束まで外せなんて言ってないわよ。それに、あそこにいるのは()()の英雄達なんでしょう? いざとなったら彼らが命を賭してもバルザークを抑えてくれるわよ」


 エレーナの瞳にはほんの少しの迷いも躊躇いもなかった。

 彼女は本気だ。本気でバルザークから枷を外そうとしている。


 確かに、衣服の代わりに体を覆う第一拘束を外さない限り、バルザークはいつでも凍結可能。

 仮にその第一拘束が剥がされようとも、あの場にいるのは彼と同等の強さを持つ英雄級たち。

 エレーナの言うとおり、いざとなれば命を奪ってでもあの狂戦士を制止できるだろう。


 だが、しかし、とセバスは手元にある解除装置を見ては何度も躊躇する。

 主の望むがままバルザークの拘束を外せば、リドニックの勝利はより確実になる。

 しかし、その代償は計り知れない。安易に拘束を解除してしまってもいいのだろうか……。


「セバス、私の命令よ。従いなさい」


 悩むセバスを気にも介さないかのように、一瞥もくれずに冷たい言葉を吐きかける。

 本来ならば、冷血女と軽蔑すべきところなのだろう。

 しかし、セバスはこの言葉に僅かながら安堵した。


 長年連れ添った主だから分かる。『責任は私が持つ。だから貴方は気負わなくていい』そう言っていると。

 なんとも不器用で、なんとも心優しき方か。

 セバスは小さく微笑むと、「はい、お嬢様」の一言とともにバルザークの拘束を解除した。




 バツン、と太いゴムが千切れる音がした。それに続けて、次々とバルザークの左腕を縛り付けていた拘束が外されていく。

 そして最後の一つ、右肩に縫い付けられていた左手が解放されると、腕は弧を描いて垂れ下がる。


 バルザークは左腕が解放されたことを実感するように、数回手を結び、開く。

 そしてダメ押しにもう一度左手を強く握りしめると、四肢が自由になった歓喜を表すかのように大きな咆哮を上げた。

 猿轡をはめられ、顎を僅かにも動かせないはずの彼の咆哮は、そんな事実を吹き飛ばすようにビリビリと空気を振動させる。

 ついに狂戦士の四肢が自由となる。これには三人の英雄も緊張感の高まりを抑えきれずにいた。


 狂戦士は解放された両手で大剣を掴み、百キロ以上はある鉄の塊を高々と掲げる。

 大剣を持ち上げる腕に、そして大剣にどんどん力がみなぎっていく。尋常ではない力が溜まっていくことを否応にでも理解させられる。溢れ出る力が汗の蒸気と混ざり合い、まるでバルザークを中心に時空が歪んでいるかのようだ。

 そして今、剣が振り下ろされる。



 ―――スキル“斬界”



 それは、ただの振り下ろしであった。なんの変哲もない、言ってしまえば子どもにだってできる基本の型。

 しかし、バルザークのそれは一線を画する。

 ただ一点、破壊力だけを究極に突き詰めた一撃。それは絶大な威力を放つスキルへと昇華した。


 大剣から斬撃が放たれる。まるで爆風が斬撃の形をとったかのような衝撃波。技の名の通り、世界を断つかのような攻撃。

 その斬撃は大地と空間を引き裂きながら、まっすぐ対敵する相手へと向かっていく。

 防御すらも馬鹿らしく思えるような斬撃を、三人は間一髪のところで避ける。


 狂戦士が放った一撃の威力は凄まじく、闘技場の床をクレバスのごとく深く切り裂き、観客を護る堅牢な魔術の防護壁を徹底的に破壊した。

 幸い斬撃は防護壁を破壊したところで相殺され、観客に被害はなかった。だが、その脅威と恐怖は誰の目にも充分に理解された。


「なんちゅうパワーよ!? まともに受けたら体が木端微塵に弾け飛ぶわ」

「とはいえ、あの攻撃がもう一度防護壁に当たれば、今度こそは観客たちに被害が出る。リドニックの選手は何を考えているのだ」

「早急に対処する必要があるね。それではお二方、手はず通りに頼むよ」


 三人は強大な狂戦士の力に怯むことなく、疾風のごとく駆け抜ける。

 一番に仕掛けたのは、三人の中でも高い膂力を誇るリンだった。

 確かに彼女の拳法ならば、バルザークのパワーに匹敵できるだろう。事実、リンの息もつかせぬ連撃は決定打を与えないまでも、バルザークを引き止めておくには充分に役に立った。


 だがしかし、先ほどと違いバルザークは両腕を自由に使える状態だ。単純に考えても、攻撃の手は二倍となる。

 大振りながら強力な攻撃がリンを襲う。その攻撃をリンは紙一重で躱し、いなし、僅かな隙をついて反撃する。


 傍から見ればリンが優勢に思える。だが、その実追い込まれているのは彼女の方だった。

 一撃必殺の攻撃を寸前で躱すには、卓越した技術とかなりの集中力が要求される。武闘家として頂点の一つと認められるリンにとっても、肉体的にも精神的にも苦労を強いられる。

 加えて、バルザークの身体は強靭であり、咄嗟の反撃程度ではびくともしない。必殺技である十二の武技のどれかを使えば変わるのだろうが、生憎そんな余裕はない。

 リンはバルザークの足止めしかできない。


 だが、()()()()()


「Gaァahッ!!」


 巨大な拳がリンを襲う。

 今までで一番大振りで、威力が乗った正拳。まともに喰らえば骨すら容易く圧し折られるだろう。

 しかし、リンは動かない。ギリギリまで、バルザークの拳が掠る限界のところまで引き付ける。


 そして、リンの鼻頭に拳が触れるその瞬間、彼女は飛び上がると同時に腕輪(ターカタバル)の能力を解除する。

 元の少女の姿に戻ったリンはバルザークの攻撃を木の葉のようにひらりと躱すと、そのままバルザークの腕に飛び乗り駆け上がって、顔面に膝蹴りを喰らわせる。流石の狂戦士もこれには思わず体を逸らしてしまう。

 この一瞬の隙をつき、リンは腕をバルザークの首に回しながら背後に回りヘッドロックをかけると、再び腕輪の能力を発動させる。巨体に戻ったことにより首は締まり、重力によってさらに締まる。

 痛みを感じないと言えど、体を動かす脳に酸素が行き届かなければ、どんな屈強な戦士でも数分も持つまい。


 けれど、バルザークもそれを見過ごすほど甘くはない。振りほどこうと、その熊のような手を首にまとわりつく腕に伸ばす。

 怪腕を誇ればその握力も凄まじく、掴まれたリンの丸太のような腕は今にも握れ潰されそうなほどに歪んでいる。当然、その痛みは計り知れないだろう。


 だが、リンはどれだけ痛みに苛まれようが放そうとはしない。

 腕が握りつぶされても構わない。()()()()()()()()


「マックス! ゲオルゲ! 今よ!!」


 リンが二人の名を呼んだその刹那、呼びかけに応えるように閃光と疾風がバルザークを掠めて通り過ぎた。


光背(ハロ)開放。スキル“極光彗星”」

竜気駆動(ドラゴンドライブ)第二段階。スキル“風竜斬舞(ゲイルスラッシャー)”」


 光の翼を持つ聖騎士と旋風を纏いし竜騎士の一撃が狂戦士を討つ。

 残った二つの的は、抵抗することなく無残に砕け散った。

 最凶の戦士と謳われたバルザークが敗れたのである。


「的の完全破壊を確認! リドニック、敗た―――」


 審判がリドニックの敗北を高らかに宣言しようとしたその時、それを糾弾するかのようにバルザークが雄叫びを上げる。

 そう。的がすべて破壊されようと、狂戦士がこのまま引き下がるはずないのだ。


 バルザークはリンが安堵し首の締め付けが僅かに緩まった一瞬を見抜き、拘束を振りほどきリンを前に投げ飛ばす。

 三人が態勢を立て直すよりも早く、大剣を掲げ“斬界”の用意をする。

 闘気が昂ぶる。大気が細かく振動する。

 再びそれが放たれたならば、確実に周囲にも被害が出る。

 生半可な攻撃ではバルザークは止められない。制止させるにはやはり抹殺するしか―――



「敗者が足掻いても醜いだけよ。大人しく戦場から去りなさい、狂戦士」



 突如、掲げていた大剣がバラリとその形を崩れさせ、蜘蛛の脚のように持ち主であるバルザークに絡みつく。

 動きを封じられるや否や、バルザークの体を覆っていた黒色の拘束具が意識を持つように蠢き、雁字搦めに縛っていく。

 あっという暇もなく、バルザークは有無も言わせず黒い卵のような拘束の中に封印されてしまった。


「……止まった、のか?」

「恐らく、そのようだね。緊急拘束用の大剣型封印礼装と、レイシャの“切れぬ絆(アルレシャ)”を参考に作った封印礼装。スコールが急遽完成させたと聞いていたが、うまく作動してよかった」

「アンタ、最初から知ってたわね」

「一応騎士団内の情報だからね」


 そう言って軽く笑い飛ばすマックスを、他の二人は若干の怒りを孕んだ瞳で睨む。


 兎にも角にも、厄介な狂戦士を打倒することができた。

 残る選手は、あと()()




「どうやら、君たちの方も一段落ついたようだな」


 一息つく三人の背後から声が飛び込む。

 振り向こうとしたその瞬間、黄金色に輝く稲妻がゲオルゲの背中を撃つ。

 雷を纏う金色の独鈷杵は背中に付けられた的を精確に射抜き、さらにゲオルゲの体に電流を流す。

 不意をつかれたゲオルゲは抵抗すらできず、電撃に身を焼かれ、無念にも倒れてしまった。


「ゲオルゲ!!」


 倒れゆくゲオルゲの背中から黄金の法具が飛び去る。

 そのあとを目で追っていくと、飛び去った法具がソテルの手中に収まる光景を目撃する。


 二人の目の前にソテルが立ち塞がる。彼の背後には、地面にうつ伏せで這いつくばるジークの姿があった。

 バルザークに目を逸らした僅か数分の間にあのジークを倒したというのか。


「ジークまでも……」

「気絶してるだけだ。安心したまえ」

「いきなり後ろから攻撃するなんて、卑怯な!」

「この試合は何でもありのデスマッチ。正々堂々真正面から、だけが戦略ではない」


 最初にあったときとあからさまに様子が違う。纏う雰囲気だけではなく、その口調や瞳に宿すものまでまるきり違う。

 聖職者を思わせる紳士的な姿から一転、今の彼は怒りの黒い炎に取り憑かれた復讐鬼のようだ。


 溢れ出る覇気。ジークを正面から倒した実力。想像していたより、この男は危険なのかもしれない。

 マックスとリンは言葉を交わすことなく、戦闘の構えを取る。ソテルもこれに応じて、独鈷杵から雷の刃を出現させる。




 激闘を極めたデスマッチ。勝ち残ったのはマックス、リン、そしてソテル。

 最後に勝つのは、一体誰なのだろうか。


「―――さあ、試合を続けようか」

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