第80話 開会セレモニー
早くしろと、扉の向こうで催促の声が聞こえる。
それに対して、少年は何度目かの少し待ってくれを扉の向こうに返した。
少しもたつきながらも紅の衣服に袖を通すと、鏡の前に立ち、髪が跳ねていないか、衣服に皺が寄っていないかなど身なりを確認する。
「……ん、完璧」
鏡の中の少年はそう言うと、満足そうな笑みを浮かべる。
身支度を済ませ、遅れを取り戻そうと急いで部屋を飛び出すと、四人の男女が不満を滲ませた顔で少年を睨みながら佇んでいた。
少年は小言の一つ二つを覚悟し、彼らに軽く謝罪する。
「ごめん。待たせた」
案の定、赤い髪の騎士がため息とともに少年を叱咤し始める。
「まだ時間に余裕があるとはいえ、常に早めの行動は心がけてくれ。一人の行動で国家の沽券に関わるのだからな」
「アハハ……。着付けにちょっと手間取っちゃってさ」
そう言って、片肌脱ぎにした紅色の着物を得意げにはためかせる。
すると、女性陣営の機嫌があからさまに悪くなった。
「……ヒロ。さっきから気になってたんだけど、その着物って……」
「紅蓮が着てたやつ。せっかくの晴れ舞台だし、勝負着でかっこつけたいなー、て」
指摘されてどこか嬉しそうなヒロとは対象的に、ユーリたちはげんなりした表情を見せる。
彼女たちにとって、この紅い服には良い思い出がない。
逆に、紅い服を着ているヒロを見ていると、あの厄介で恐ろしい鬼神を思い出してしまう。
ただ一人、戦いに参加していなかったルイ王子だけが、ヒロの姿を賛美している。
「言いたいことあるが、後にしよう。今は早く会場へ向かわなければ」
エピーヌの言葉を受け、フルーランスの代表選手は足早に大統合武闘祭の会場へ向かい始めた。
―――――――――
『レッディィィーーーース! エン! ジェントルメェェェーーーーーン!! お待たせ致しましたァ!! ユニオス連合帝国最大の戦いの祭典―――大統合武闘祭、開幕ですッ!!』
華やかなファンファーレとともに、けたたましいアナウンスが流れる。
同時に歓声が湧き、観客達の熱気は最高潮に達する。
空には紙吹雪が舞い、闘技場は不夜城が如く光に照らされている。
今まさに、大統合武闘祭が始まろうとしていた。
前置きも早々、各国の代表たちが入場してくる。
キャメロス代表を筆頭に、フルーランス、アイゼンラント、ケルティン、リドニック、シュラーヴァ、そしてモーラの七ヶ国の代表が姿を現す。
彼らの顔は自信と誇りに満ちており、誰もが一人前の戦士としてその場に立っていた。
ヒロはその中の一人、モーラ代表に見覚えがある人物を見つけた。
(……あれ? あの人って……)
厳密に言えば、よく知っているわけではない。街を歩いている最中に話しかけられた程度だ。
とはいえ、その顔を間違えるはずもない。
数刻前、会場に向かう最中に出会った金髪の吟遊詩人。その人に違いなかった。
(あの人も代表だったんだ)
胸の中の小さな違和感を感じたが、そう思うことで無理矢理抑え込む。
直後、再びファンファーレが鳴り響いたかと思うと、皇帝アルトリウスをはじめとした各国の首脳たちが次々と貴賓席に姿を見せる。
アルトリウスは一歩前に進み出ると、マイクに声を吹き込んだ。
「皆、よく集まってくれた。まずはユニオス建国百年を迎える今日という日に、無事大統合武闘祭を開催できることを、協力してくれた全てのものに感謝する。
さて、挨拶ばかりでは気が滅入ろう。私からの言葉はこれのみだ。戦士たちは己の力を存分に発揮し、全力の戦いに興じ給え! 観客達はその戦いに胸踊らせ給え! ここに第二十五回目の大統合武闘祭、開幕を宣言する!!」
宣言とともに大きな花火が夜空を彩り、今日一番の歓声がモーラの街に轟いた。
―――――――――
開会式を終えた各国の選手は、それぞれの国のために用意された宿泊先のコテージに戻っていた。
フルーランス代表のメンバーも同様コテージに戻り、ロビーに集まって本番のための作戦を練っていた。
「武闘祭は明日から七日間。午前は各国合同の団体戦、午後は代表による一対一の個人戦。ポイント制で、団体戦では上位から10pt、5pt、3pt。個人戦では勝利5pt、引き分け3pt、敗北0ptが与えられる……と、大まかなルールはこれくらいですね」
大会で説明されたルールを、エピーヌは掻い摘んで全員に確認させる。
「七ヶ国のうち三位までしかポイントがもらえない上に、一位は破格の10pt……。ということは、重視すべきは団体戦! ってわけだね」
「そういうことだ。しかし、団体戦の演目は当日になるまで不明。そのうえ、最初の五日間は一度出場した選手の再出場は不可。自陣や相手の得意分野と残りの人員をよく考慮して選ぶ必要があるな」
ユーリとエピーヌの言うとおり、出場する順番は最重要事項だ。
それに加え、他国との連携も鍵となる。
たとえ一つの国を集中して攻撃しても反則にはならない。どの国と組み、裏切るかも重要となってくる。
「一方で個人戦のスケジュールはもう決まってるみたいね」
フルーランスの日程は次の通り。
一日目は休みであり、二日目からケルティン王国、東シュラーヴァ共和国、アイゼンラント軍国、キャメロス、リドニック国、モーラ神国の順で対戦する。
最後の七日目は選手五人のうちの代表を選び、ともに戦い合う。
「通例として、後半になるほど強い選手が集中するわ。謂わば大将みたいなものね。だから、大取りには私が―――」
「大取りは我が出よう! 当然、七日目も我だ!」
リンが申し出るより早く、ルイが名乗りを上げる。
その様子に全員が呆れながらも、何を言っても無駄だと悟り、閉口を余儀なくされた。
「……まあいいわ。私もどっちかと言うと、五日目に出たかったしね」
「五日目って……あ、」
五日目の対戦相手。それは優勝候補筆頭であるキャメロスであった。
キャメロスの代表は全員が聖十二騎士。その中でも中央主力部隊に配属されている最強の五人。
英雄級を名乗るリンでなければ到底太刀打ちできないであろう。
「そ。たとえあの聖騎士様が相手でなくとも、キャメロスは全員が手練。なら私が出るしかないじゃない?」
「確かに、聖十二騎士は一人一人が強敵。ならば英雄級である貴様が最適だな。よし、許す。キャメロスの相手は貴様に任せよう」
「お任せを、王子殿下」
からかい気味に返答するリンに、ルイは快活な笑いで応える。
これで五日目と六日目、及び七日目の選手は決まった。
残る二日目、三日目、四日目は―――
「王子。ならば私は四日目―――アイゼンラント戦に出場させてください」
手を高々と上げ、エピーヌが申し出る。
「ふむ……。まあ良いが、理由を聞いておこう」
「はっ。アイゼンラントにはかの英雄級にして勝利の勇者、“剣聖”のジークがいます。彼とは浅からぬ因縁。この武闘祭で彼との決着をつけたくございます」
かつてブォワホレの森でジークと会ったヒロは、二人の関係をよく知っている。
顔を合わせればすぐに仲違いを始めるほどに二人の相性は最悪だ。
彼らの間に何があったのかは計り知れないが、恐らくエピーヌはこの機会で、その何かに終止符を打つつもりなのだろう。
「話には聞いている。貴様と奴めの仲が険悪であるとな。……よし、許そう。四日目のアイゼンラント戦では貴様を出してやろう、エピーヌ」
「感謝します」
深々と頭を下げ、感謝の意を示すエピーヌ。
すると、エピーヌの申し出に続き、ユーリまでも手を上げた。
「はい! 僕も三日目に出場したいです!」
口はへの字に結ばれ、眉は固い意志を表すようにキリリと釣り上がっている。
ヒロはまさか彼女がここまでやる気を見せるとは思ってもいなかったため、その姿に気圧されていた。
一方、ルイは王族としての風格を崩さず、冷静にその理由を問う。
「三日目……シュラーヴァとか。何故だ?」
「個人的なことですので答えかねます!」
「そうか! よい! 三日目はお前に任せよう!」
「ありがとうございます!」
いやいいんかい、と思わずヒロは心の中でツッコミを入れる。
……ん? ちょっと待て?
六日目と七日目はルイ王子が、五日目はリン、四日目がエピーヌで三日目がユーリ。そして残る二日目は……
「……もしかして、僕が初戦?」
「まあ、そうなるな」
いやだああああああああ!!! 一番最初ってめっちゃ緊張するやつじゃん!? プレッシャーとか周りの目とか一番気になる順番じゃん!! そんなの絶対ヤダ!!!
そんな心の叫びも虚しく、ヒロを残して一同は各々の部屋へ帰ろうとしていた。
「ち、ちょっと待ってくださいよ。一番最初はちょっと緊張するから、せめて二番目とか三番目くらいがいいなぁ〜って……」
「だめだ、許さん」
「即答!? ……ね、ねぇユーリ。僕と順番変わって―――」
「え、嫌。無理」
「そこまでハッキリ言われると流石に傷つく」
結局、順番はそのまま、彼らは部屋に帰ってしまった。
ヒロはこれからの武闘祭への不安とあまりにも冷たい仲間の反応に少し涙目になりながら、自分の部屋にトボトボと帰っていった。




