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村人Aの異世界叙事詩  作者: ユッケ=ビビンバ
第五章 闘いの詩〜大統合武闘祭編〜
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第79話 前日祭

 モーラの街に歓声にも近い喧騒が飛び交う。

 街はお祭りムード一色であり、大通りには屋台が立ち並び、食べ物や土産物などが売られている。

 往来の人々は老若男女問わず、屋台に足を伸ばしながら皆一つの方向へ進んでいく。


 彼らの行く先はモーラ最大の円形闘技場。

 今日その場で四年に一度の祭り“大統合武闘祭”が開かれるのだ。






「はぇ〜〜……」


 思わずマヌケな声が出る。

 旗やポスターで彩られた街の様相、行き交う人々の多さ。転生して以来、これほどのお祭り騒ぎを見るのは初めてだ。


 ヒロがいるのは闘技場すぐ近くの大通り。

 国の代表として王族専用の馬車に詰められ、ここモーラに着いたのが一刻前。

 開会セレモニーが始まるのが夜だと告げられたヒロたちは、時間まで各々自由行動を取ることにした。


「つっても、どこで時間を潰したらいいのやら」


 ヒロはボヤきながら頭を掻く。

 転生前は一人行動などなんとも思わなかった。しかし、それは暇を潰せる電子製品(おもちゃ)があった時のこと。そもそも、ヒロはそれにも飽きたら寝ていることが多かった。

 生来のインドア派であるヒロにとって、外で時間を潰す術など知りようもないのだ。


 こういう時、誰かと一緒にいればなんとかなるもんだと踏んでいた、のだが……。

 ユーリはモフを連れて一番に街へ飛び出していくし、リンは最後までトレーニングすると言って修練場にこもるし、エピーヌはこんな時までルイ王子の護衛に就くし、ルイ王子はいつも通り控室の椅子の上でふんぞり返ってるし……僕って人徳ないのかな?


「仕方ない。ブラブラするか」


 王子から貰ったお小遣いが入った袋を握りしめ、ヒロは行く宛もなくトコトコと歩き出した。




 しばらく歩いていると、肉の焼ける香ばしい匂いが鼻を刺激する。

 匂いのする方を向くと、パニーニのような食べ物を売ってる屋台が出処だと気付く。


「そういや、お腹空いたな」


 遅れて腹の虫が暴れ出す。

 ヒロたちが到着したのは昼を少し回った頃。その間、まともなものを口にしていない。

 会場にはビュッフェ形式の料理が用意されていたが、他の選手に気を遣って一口も手を付けていない。

 腹が減るのも致し方ないことだった。


「……ちょっと食べてみるか」


 値段は少し高い気もするが、それは祭りの影響だろう。

 丁度昼も過ぎて、客入りもまばらだ。今ならすぐにありつける。

 そう考えると、ヒロは早速財布の紐を緩めて屋台へ進む。


「すいません、このジューシービーフサンド一個と……オレンジジュースのLをください」

「毎度ォ! 二点で720ユニだニャ!」

「……にゃ?」


 聞き覚えのある声に聞き覚えのある語尾。

 まさかと思いながら店員の顔を覗くと、そこには見覚えのある怪盗がいた。


「……シャトンさん、ナニシテンノ?」

「……し、シャトン? 知らない名前だニャー? 私の名前はシャ()ンであって、宵闇の怪盗団キュートな仔猫担当とはなんの関係も……」

「いや、そういうのいいから」


 あくまでもシラを切るつもりなのか、シャトンはとぼけたり下手な口笛を吹いたりしている。

 料理場を見れば、バロンとゴエモンがマスクを外さずに一心不乱に肉を焼いている。

 少しもしないうちに、バロンのほうがヒロの視線に気づき手を止めた。


「おや? やあ、ヒロ君じゃないか。久しぶりだね」

「お前ら揃いも揃ってこんなとこで何してんだよ?」

「見て分からないかい? バイトだよ。何をするにも元手は必要だからね」


 何をするための元手なのか、それは聞かないことにしよう。というか、聞かずとも分かる。


「そういやウィザはいないのか?」


 狭い屋台の中を見渡して、彼らのリーダーである魔女ウィザがいないことに疑問を抱く。

 ヒロの脳裏にはウィザが呪いで倒れたあの日のことが巡っていた。

 もしかして、まだ苦しんでいるのではないだろうか。そのような不安が胸のうちに湧く。


「リーダーならもう全快したニャ。今は私たちに店を任せて、モーラ観光に行ってるのニャ」

「……ふーん、そう。それは、良かったな」


 まあ、無事であるなら悪いことじゃない。

 しかし、相手が相手。犯罪者の健康を心から喜ぶことなどできず、ヒロは言い表しようのない感情に困惑する。


「そうそう、注文だね。ちょっと待ってておくれよ。ゴエモン! スペシャル一つ!」

「委細承知!!」


 注文を受けたゴエモンは慣れた手付きで肉を焼いていく。

 十分に火が通った肉に赤黒いソースがかけられると、より香ばしい匂いが充満し、空腹に拍車をかける。

 そして切れ目が入ったバゲットに肉と野菜、卵、再び赤黒いソースを挟む。

 そうして出来上がったバゲットサンドが飲み物と一緒にヒロの前に出された。


「スペシャルサンドとオレンジのL、お待たせニャ!!」

「スペシャルサンドなんて頼んでないけど?」

「まあまあサービスサービス! 値段はそのままでいいニャ!」


 サービスしてくれるのなら悪い気はしない。

 ヒロは指定された金額丁度をシャトンに手渡し、サンドを受け取る。


「……まさか、毒とか入ってないだろうな」

「失敬な。とりあえず食べてみなよ。美味(Delicious)だからさ」


 あまりに都合が良すぎることに、なにか裏があるのではと訝しむヒロ。

 目の前のサンドをしばらく睨むが、食欲に負け恐る恐る一口だけ口に含む。


「……うまい」

「だろう? そこで、サービスの代わりといっちゃなんだけど、僕たちと会ったことは内緒にしてくれないかい? こっちも商売の邪魔をされちゃ敵わないからさ」


 ね? とバロンは更に念を押す。

 サービスをされた上にこんな美味しいものを提供されたのだ。そこまでされて裏切るほど、ヒロは腐ってはいない。

 バロンのやり口にヒロは心の中で「上手いなぁ」と感心してしまう。


「仕方ない。今日はこのサンドに免じて黙っといてやるよ」

「Thanks」


 別れの挨拶を済ませると、ヒロは両手にサンドとジュースを持ちながら祭り囃子の中へ消えていった。



 ―――――――――



 サンドを完食し、カップのそこに残ったジュースをすすりながら、ヒロはまたもや暇を持て余していた。

 食べながら散策でもしたら夜の開会セレモニーなんてすぐだ、などという考えが甘かった。


 街には武闘祭の開催にあたって、コンサートなど様々な催しが出されていたが、いかんせん人が多い。

 人混みが苦手なヒロはその混み具合を見るや否や「あ、メンドクセ」と吐き捨て、逃げるようにその場から離れる始末だ。


 何をするでもなくのらりくらりと通りを歩いていると、突然目の前が闇に覆われ、


「だーれだ?」


 と女性の声が後頭部から飛び込んだ。


 ……どこか、聞いたことのある声だ。とはいえ、声だけでは誰かわからない。

 いきなり目を覆われたことに若干パニックになっていると、ふと瞳に光が戻った。


「ウフフ、いきなりでビックリしちゃいました?」


 そう言った彼女の正体を知るため、ヒロは振り返る。

 その途端、頭の鍵が開かれたように記憶が蘇る。


 ああ、そうだ。彼女とは会ったことがある。

 こことは違う国、アイゼンラントのテッセンという街で。彼女は炭鉱の奥にいたゴーレムに捕まっていた。

 彼女の名は―――


「フェルさん!」

「よかった。覚えていてくれたんですね」


 名前を呼ばれたエルフの女性は嬉しそうに優しい笑顔を見せる。


「お久しぶりです。あの後、体は良くなったんですか?」

「おかげさまで。後遺症も無いみたいですし、今ではこの通り、元気いっぱいです!」


 そう言ってフェルは力こぶを作るポーズをしてみせる。

 ゴーレムに襲われた上に、長時間淀んだ炭鉱の空気を吸っていたため、健康に支障が出ると思われていたが、それは杞憂に終わったようだ。


「そうだ。せっかく久しぶりに会えたんですから、私たちの出店に寄っていってください」

「出店? てことは……」

「はい! オヤッサンとバルカに会いに行きましょう!」


 そう言われるがまま、ヒロはフェルの言う出店に連れて行かれる。

 その途中、彼女たちがここにいる経緯を聞くこととなった。




 オヤッサンことガニム率いるテッセンのドワーフ鍛冶師たちは大統合武闘祭になると四年に一度の書き入れ時として、わざわざ遠いこのモーラの地まで出稼ぎに来ているそうだ。

 今年も例に漏れず、一級品の武具を揃え出店を構えている。

 その一行に弟子であるバルカと、その付き添いのフェルも同行したとのことだ。


 ただ、今回は少し問題があるようで……


「だ、か、ら! なーんでテメェらエルフがウチの横で出店開いてんだ!?」

「仕方ないだろう! 出店の場所は我らではなく本部が決めていることだ! 我々としてもドワーフの横で商品を売るのは嫌なのだがね!!」

「あんだと!?」

「なんだ!?」


 この通り、犬猿の仲であるドワーフとエルフの出店が隣同士なのである。


「おじいちゃん! オヤッサン! 喧嘩しないでって言いましたよね!」

「フェル! こ、これは、違うんだ! 先にふっかけてきたのはこのドワーフ共で……」

「人聞き悪いこと言うんじゃねぇ! そもそもテメェが若いエルフで誘惑して客を取るのが悪いんだろうが! 汚い手を使いやがって!」

「汚い? 賢い商業戦略と言ってほしいな。まず、人が来ないのは我らのせいではなく、普通に人気がないせいでは?」

「いい加減にしなさい!」


 聞くところによると、今年はフェルの故郷であるエルフの郷からも希少な植物や秘薬を始めとした様々な薬を売りに、モーラに来ていたらしい。

 そしたら、偶然ガニムの隣に店を配置されたとのことだ。


 二人の喧嘩は顔を合わせた頃から続いてるらしく、周りの人は怒号を避けて遠ざかるか、来るとしても野次馬で来るような輩ばかりだ。

 フェルがいるときは幾分か落ち着いているが、彼女も常に宥められるわけではない。彼女が離れると、ものの数分ですぐに諍いが勃発する。


「二人とも、今日はお客さんが来てるんだから大人しくしてください!」

「客!? そりゃ丁度いい。今ならテッセン産の鋼剣が大特価だ! 今ならさらにもう一本サービスしてやる! 買うなら今しかねぇぞ?」

「いいや、ドワーフの作ったものより、我らエルフが作り上げた100%自然由来の回復薬などいかがだろうか? 効果抜群、無添加、更に美容効果まで! ハンターならまずは薬から!」

「邪魔すんじゃねぇ! 薬なんぞウチの鎧があれば無駄だ!」

「鎧など戦いの場以外ではただの置物! 我らの薬は何時如何なる時・状況においても役に立つ代物だぞ!」


 この二人はそんなに喧嘩してよく飽きないな、とヒロはため息を吐く。

 放っておいても話は進まないし、フェルにストレスがかかる。

 心底面倒臭そうに、ヒロは二人の間に恐る恐る割って入る。


「あ、あの〜……。お久しぶり、です」

「む?」「あ?」


 そこでようやくヒロの存在に気が付いたのか、二人は顔色を変え喧嘩を中断した。


「おお〜! 久しぶりじゃねぇかボウズ! 見ねぇうちに逞しくなったんじゃねぇか?」

「久しぶりだの少年! 覚えているかね? 私だ、道の駅で君に荷物を託した老いぼれだ! あのときは助かったよ!」

「あ、アハハ……。お二人とも元気そうで」


 二人の喧嘩が収まったのは良いが、その熱量はそのままヒロにぶつけられる。

 怒涛のように押し寄せる質問や世間話に、ヒロは愛想笑いと適当な相槌で対応する。

 時折、喧嘩の火種が起きそうになるが、そこはヒロとフェルが話題を逸し鎮火する。

 これ全部フェルがやっていたと考えると、その心労は計り知れない。そう思うと、ヒロは自然と口の端から乾いた笑いが漏れた。


「―――と、そうだ。ボウズ、バルカにはまだ会ってねぇよな? 今なら店の奥に居るからちょっくら話でもしてこいや」

「え、でも……」


 チラリとフェルに視線を向ける。

 フェルは若干眉を細めながらも、「行ってきてください」とアイコンタクトを送る。


「……わかりました。それでは、失礼しますね」


 軽く会釈してから、ヒロはドワーフの出店に入る。

 一秒もしないうちに怒号が聞こえてきたが、ヒロは聞いていないことにした。




 中は鍛冶師たちが荷物をあちこちへ運んでいて忙しない。

 その中に一人の人間の青年が混じっていることに気付く。


「あ、バルカさん!」


 己の名を呼ばれ、バルカは声がした方に顔を向ける。

 鍛冶師の誰かに呼び止められたと勘違いしたのか、一緒に「はい!」と元気のいい返事もつけて。


「あ、ヒロ君! 久しぶりッス!」


 二人は熱い握手を交わし、互いに再開の喜びを分かち合う。


「どうしてこんなとこに?」

「街を歩いていたらフェルさんに会ったんです。それでついてきてほしいって」


 その後、二人は他愛ない世間話に耽る。

 その中でヒロは自身が武闘祭に出場する旨を話した。


「はー、ヒロ君が武闘祭に……。見ないうちに随分と立派になっちゃったもんスね。あ、そういえばあげた剣の調子はどうッスか?」


 瞬間、ヒロの息が詰まった。

 バルカにとっては何気ない質問だったのだろうが、ヒロにとっては答えにくいことこの上ない質問であった。


 バルカが作りヒロの手に渡ったその剣は、“七つの美徳”の一人である勇気との戦いの際、修復不可能なほどに破壊された。

 思い入れのある代物だったので回収していたのだが、どこの鍛冶屋によっても返ってくるのは“無理”の二文字だった。


 バルカにとってもその剣は特別な意味を持つものだろう。

 わざわざフェルの伝手を頼りに取り寄せた貴重な鉱石を使い、師匠のガニムに任された、初めて自分一人で作った剣。

 破壊されたと知れば、少なからずショックだろう。


 当然、ヒロもそう考えた。真実を話すべきか、否か。

 心の中で「はぐらかせてしまえ」と悪魔が囁く。

 しかし、やはり真実を話すべきだろう。ヒロは意を決し、辿々しくも事細かにその事実を伝える。


「……そんなことが……」

「ごめんなさい。せっかく作ってくれた剣なのに……」


 思わず目を背けてしまう。

 バルカの顔を見るのが怖い。見てしまえば、さらに苦しくなるだけだから。

 無視しようのない自責の念がヒロの胸をチクチクと突き刺す。

 向かうところのない感情が手の先に集まり、それを潰すように拳を握り締める。


 そんなヒロの頭に、ふわりとマメだらけの手のひらが置かれた。


「壊れたもんは仕方ないッスよ。そもそも、そんな簡単に折れるような剣を作っちまった俺が悪いッスし。ヒロ君が悔やむ必要はないッス!」


 見上げたバルカの顔は悲哀の感情は一切読み取れず、快活さだけが映り込む。

 ああ、この人は本当に全く気にしていないのか。それとも、ヒロを宥めるために感情を押し殺しているのか。まあ、どちらでも構わない。

 彼の顔を見て、ヒロの心は少し軽くなったように感じた。


「そうだ! せっかくならこの機会に新しい剣を使ってみないッスか?」


 バルカはそう言ったかと思えば、有無も言わせずいくつかの武器を持ち出し、ヒロにそれらを薦める。


「ヒロ君はどちらかと言うとレンジャーよりな気質っぽいスから、やっぱ軽量武器のが合うんじゃないスか? あ、でもここは王道のブロードソードの方が……。いやいや敢えて重量武器に手を伸ばしてみたりとかして? 遠距離武器も似合いそうッスよねぇ」

「ちょっ、待っ」


 すっかりバルカに饒舌をふるわれ、彼のペースに巻き込まれる。

 何を言おうとしても吃るばかりで、抜け出そうにも抜け出せない。

 堪忍してバルカの着せ替え人形になってやろうと思った、その矢先、バルカはネジの切れた人形のようにピタリと動きを止めた。


「……? どうしたんですかバルカさん?」

「んー……。やっぱ俺には無理ッスね」


 彼の言っている意味が分からず、怪訝そうな顔をする。

 ヒロの方に向き直ったバルカの顔は、少し残念そうだった。


「俺にはヒロ君に合う武器を見繕うことができないッスわ」

「それってどういう……?」

「一流の鍛冶師は使う者を見て、その人に最適な武器を作るらしいッス。俺にも少しはそんな審美眼的な何かがついてきたんスかね。今、この店にはヒロ君に見合う武器がない、その武器は今の俺じゃ作れない……いや、そもそも()()()()()()()()()。そんな気がしたッス」


 彼の見立ては正しかった。

 テッセンで剣を貰ってからほんの数ヶ月しか経っていないが、ヒロは多くの死闘を経験した。多くの仲間からその技術を吸収していった。

 その内で彼は彼なりの戦闘スタイルを確立したのだ。己の身体のみで闘う、格闘家(グラップラー)として。

 今はまだ荒削りかもしれないが、それは確かにダイヤモンドの原石が如き輝きを秘めている。


 それはヒロもなんとなくとだが、自覚していた。


「……武器が、必要ない……」

「なんか変なこと言っちゃったッスか?」

「いえ。逆に、おかげで迷いが吹っ切れた気がする……。ありがとうございますバルカさん!」


 正直、格闘術を選んだ自身の判断が正しかったのか、自信が無かった。

 剣技が得意ではなかったことと、紅蓮が徒手格闘で闘っている姿に憧れたことが数少ない動機だった。

 リンに教えを請うたものの、しっかりとした感触を掴めずにいたのだ。


 しかし、バルカの一言でその迷いは断たれた。


 修行でゴツくなった拳を見つめ、今一度これからの闘いに向け信を置く。



 ―――――――――



 バルカたちと別れを済ませたヒロは、最後に一回りしてから控室に戻ろうと思いたち、少し遠回り気味に闘技場へ向かっていた。


 通りから少し外れると、未だ人が多いとはいえ通りの喧騒と比べると随分寂しく感じられる。

 点々と並ぶ店の店主たちは新聞を読んだり、冷やかしに来た友人と談笑したりと閑静さを彼らなりに満喫していた。

 まあそれはそれでうるさくなくていいかもな。なんてことを考えながら道を歩いていると、どこからか美しい竪琴の音色が聞こえてきた。


 少しだけ道を進むと、その音色を奏でている青年の姿が見えてくる。

 青年はどうやら詩人のようだ。地面に敷かれた薄汚い布の上に腰を下ろし、家の壁に背を預け、日よけのために端が解れた布を頭から被っている。

 歌っているのは創世記叙事詩の一節か。

 その男とは思えない綺麗な歌声、布から覗く絹のような金髪とエメラルドの如き青みがかった緑の瞳、そして天使のような高潔さを感じさせる顔立ちに思わず見惚れてしまう。


 しばらくボーッと呆けながら歌に聞き入っていると、青年がヒロの方を向いていることに気づく。

 しまった、とヒロは心の中で悪態をつく。


 モーラのような観光地ではスリや詐欺まがいなことが白昼堂々と行われているとどこかで聞いたことがある。

 例えば、「絵を描いてあげるよ」と言って本人の許可なく肖像画を描いては、法外な値段を吹っかけてくるなどしばしばである。

 恐らく、この男も路上で歌を歌っては「聴いたんだからお金を払え」と言ってくるに違いない。


 すぐさまヒロは踵を返し、早足でその場を後にする。

 しかし、青年はそれを逃さまいと立ち上がり追いかけ始める。

 ヒロも無駄な金を搾り取られたくないために、スピードを上げる。

 そうすると青年もさらにスピードを上げる。


 このまま捕まったらかなわない。そう感じたヒロは大通りに出るとともに、自身の能力(アビリティ)“地理理解”を発動する。

 人混みに己の体を紛れ込ませながら、決して追いつかれない入り組んだ道へ忍び込んだ。

 充分な距離を走ると、ヒロは振り返り、青年の姿がないか注意深く観察する。


「……よかった。やっと撒けた」

「誰を撒けたのかな?」


 突然、真後ろから男の声が響く。

 驚いて振り向くと、そこには件の青年が息も切らさずに立っていた。


 咄嗟に逃げようとするが、肩を掴まれ捕らえられる。

 掴んできた左腕は包帯で覆われており、ゾッとするほど冷たかった。

 不気味な冷たさと捕まえられた事実が合わさり、恐怖が増長する。


「ギャアァーーー!! 助けてくださーーーい!!」

「ちょちょちょ!? 変なこと言わないでくれよ! 私は君に話がしたいだけなんだ!」


 半分パニックになっているヒロをなんとか宥めようと、青年は必死に弁明する。

 それが功を奏したのか、ヒロは怯えた小動物のように震えながらもどうにか話を聞くくらいまで落ち着いた。


「いきなり声をかけたのは悪かった。謝るよ、この通り」

「……話ってなんですか? お、お金は払いませんよ!?」


 大金(ヒロにとっては)が入った袋を我が子のごとく大事に握りしめ、機嫌の悪い猫みたく青年に対して威嚇する。

 しかし、青年はそんなこと意にも介さず笑い飛ばした。


「お金? いらないよ。私は君に会ってみたかったんだ、センダ・ヒイロ君」

「っ! ……どうして名前を?」

「君は有名人だ。天帝竜を従え、荒れる巨巌竜を倒すことに尽力した、謂わば帝国の英雄だ。知らないほうがおかしい」

「なんの要件だ?」

「聞いてみたいことがあったんだ。君はなぜ、戦うんだ?」


 突然の問いかけに、思わず「はぁ?」と声が漏れる。

 追いかけてまで聞きたかったことが“なぜ戦うか”だって?


「君は異世界で平和に暮らしてきたはずだ。突然飛ばされて、急に戦えと言われても無理な話だろう? 一体何が君をそこまで突き動かすのか、それが気になるんだ」


 変なやつだと思いながら、ヒロは問に対して真面目に考え始める。

 飛ばされて来てからこれまでの様々なことを回顧する。戦闘の記憶を呼び起こすたび、その理由を考える。

 それらをまとめ、拙い言葉に置き換えて説明をした。


「なんでって……憧れたから?」

「……ほう」

「僕の知り合いに勇者候補がいるんだ。まだ若い女の子なんだけど、誰にも負けない勇気を持ってる……そんな子なんだ。僕はそいつみたいになりたいって、そう思った。そいつみたいに誰かを助けて、そいつの横に立てるように強くなろうとして、そいつを助けたいと思ったんだ。多分、それが戦う理由なんだと思う」


 その時々によって戦う理由は様々だったが、根底には彼女(ユーリ)の影があった。

 卑屈で陰険だった自分が変われたのも、恐らく彼女がいたからだろう。

 前の世界では出会えなかった、心の美しい彼女。それはまるで、かつてテレビの向こうのヒーローのようだった。

 彼女の輝きに、ヒロは憧れたのであった。


 青年は顔を変えずにその答えを聞き届けると、少し間を開けて次の質問をする。


「それでは、正義とはなんだと思う?」

「正義?」

「ああ、正義だ。この世界には多くの悪人が闊歩し、多くの悪行がのさばっている。その中で、()()()()とはなんだと思う?」


 妙に熱を帯びた言い方で、青年はヒロに詰め寄る。

 ヒロは若干引きながらも、その問いにも真剣に取り組み、己なりの答えを出す。


「確かに性根から腐ったようなやつはいる。でも、そうじゃない人間もいっぱいいる。まあ月並みの意見だけど、悪いことをするやつを懲らしめて、良い人の幸せを守ることが正義、なんじゃないかな?」

「……そうか。引き止めて悪かったね、聞きたいことは以上だ」


 最後まで変な人間だななどと思いながら、ヒロはそそくさとその場を離れ、再び闘技場へ向かい始める。




 残された青年はしばらくその場に立ち尽くす。

 すると路地の奥からもう一人、青年が現れた。


「ここに居たのか。何をしている? お前が来ないと始まらないだろう」

「話をしていた。……やはり、彼は“悪”だ」

「彼? 彼って誰だ?」

「センダ・ヒイロ。……大した信念も持たず、悪戯に力を振るう。彼は我らの望む“正義に満ちた世界”にはそぐわない」


 既に青年の顔には、先程の優しさなど欠片すら残っていない。

 鋼鉄のような信念とそのために全てを捨てる冷徹さを瞳に宿し、包むオーラは神聖さと恐ろしいほどの野心に満ちていた。


 もう一人の青年はその姿を見て、僅かに口角を上げる。


「じゃあ、やるか。()()

「当然だ、()()よ。我らの最終計画は既に始まっている」

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