第77話 東シュラーヴァ共和国
東シュラーヴァ共和国。ユニオス連合帝国の東を占める国。
成立したのは近年で、数多の小国がまとまり一つの大国を成している。
複数の民族・宗教・文字・言語・文化が混在しており、また各領主が独立を画策しているため、ユニオスの中で最も不安定な国である。
それでも、独立どころか内紛の一つすら起こらないのは、大統領のカリスマによるところが大きいだろう。
―――東シュラーヴァ共和国官邸、応接室。
そこに二人の男が机を挟んで座っていた。
一人はこの国の大統領。名をヴラディウス・ドラクリア。
艶のある黒髪をオールバックで固め、口髭も同様にワックスで整えられている。
一見、中年ほどのように見えるが、その立ち振る舞いは老人にも若者にも見える。
公爵然とした出で立ちと纏う妖しい雰囲気は、どことなく吸血鬼を彷彿させた。
もう一人は聖竜騎士団の団長であり、英雄級“竜騎士”と知られる人物―――ゲオルゲ・バラウレスク。
ウェーブがかかった群青の髪。ブラウンの瞳。痩せこけた顔はどこか哀愁を感じさせる。
竜を模した蒼銀の鎧を身に纏い、腰には護身用の剣を携えている。
入室してから十分強。二人は真剣な面持ちで、対面したまま黙りこくっている。
その様は剣呑と言う他ない。
そして今、静寂が打ち破られる。
「―――私の髭、どう思う?」
「―――とても、ドラキュラっぽいです」
―――――――――
「いやー、今日も私はドラキュラしてるネー」
そう言いながら、ヴラディウスは手鏡に写る自身の姿に酔い痴れていた。
(まったく……ヴラディウス首相のドラキュラかぶれには呆れる)
自分の姿に夢中になっているヴラディウスを遠い目で眺め、ゲオルゲは気付かれないようそっとため息を吐く。
(というか、ヴラディウス・ドラクリアという名前も偽名だろう。完全にあのヴラド・ドラキュラのもじりだし)
ヴラディウス・ドラクリア。またの名を“ドラキュラ大好き人間”。
ドラキュラに傾倒し、モデルとなったヴラド三世を敬愛する、ただのファンである。
ドラキュラ好きが高じて、執務室をそれっぽい雰囲気に改築したり、都度都度プチ整形を行っていたりするほどの狂信者。
彼自身、吸血鬼の子孫だと言い張っているが、ただの人間であることには変わりない。
「―――さて、ゲオルゲくん。今日君を呼んだのは、私のドラキュラ談義を聞かせるためではない」
「違うのですか!?」
「違う。ただし、どうしてもというのなら聞かせてやっても―――」
「あ、結構です」
誘いを断られたことに対して、ヴラディウスしょんぼりとした顔を見せる。
しかし、すぐさま元の調子に戻り、咳払いを一つして話を戻す。
「今日呼んだのは他でもない。大統合武闘祭、君には今年もこれに出場してもらう」
ゲオルゲはさも当然のことのように、表情を一切動かさない。
それもそのはず。シュラーヴァにおいて、彼の右に並び立つ人間など存在しないのだから。
彼は左手を胸の前に置き、意気揚々と宣ってみせる。
「承知しました。“竜騎士”の誇りにかけて―――そして、この旋風竜の竜石にかけて、シュラーヴァに栄光ある勝利を」
ゲオルゲの左手薬指に嵌められた指輪が輝く。
その指輪はウロボロスの如く竜が巻き付いた形になっており、竜の口には白玉の宝石が嵌め込まれていた。
これこそ、風を操り天候を司る風の竜、“旋風竜”エアロの竜石であった。
「ほう……。これがあの、旋風竜を討ち取ったときに得たという竜石か」
「“討ち取った”と言うには語弊があります。任務の途中で偶然かの旋風竜と出くわし、成り行きで戦闘となり、そして力を認められたに過ぎません」
「だとしても、だ。旋風竜と渡り合ったことは事実。君が操る旋風竜の力、今年も拝見させてもらうよ」
「勿体なきお言葉」
謙遜こそすれど、その実力は本物。
彼自身、己の持つ力を重々に承知している。
竜石保持者は一国の軍事力と比肩する。それこそ、英雄と呼ぶに相応しき竜の力だ。
大統合武闘祭において、見事な闘いを繰り広げてくれるに違いない。
「それはそうと、今回は“勇者は必ず出場すべし”と皇帝から仰せつかっている」
「聞き及んでいます。しかし、我が国には勇者候補はいないはず。なぜそのようなことを?」
「いや? 確か君の姪っ子は“勇気の勇者”だったナー、と思ってね。伯父と姪が闘うことについて、意気込みを聞かせてもらおうかな?」
「……ああ、ユーリのことですか。」
英雄級ゲオルゲと勇者候補ユーリ。この二人は伯父と姪という奇妙な関係がある。
ユーリの父は勇者の血を引く名家バラウレスクの六男坊。長兄のゲオルゲとは血の繋がった兄弟である。
貴族などの大きな家ではよく家督争いなるものが起こる。バラウレスク家でもそれは起こった。
しかし、ユーリの父は末っ子であり、家督相続の優先度が一番低い。その上、彼はまだ若く、自由を愛する性分であった。
そのため、彼は争いと規則の多い家を出て、ハンター業傍らにユニオス中を旅した。
その途中、フルーランスにてユーリの母となる女性と出会い、二人は愛を誓う。
時が経ちユーリが生まれると、父はフルーランスに拠点を置き、熟練ハンターとして活躍しながらユーリに剣術の基礎を教えた。
そして、ユーリがまだ幼いときに彼はクエストの最中に命を落としてしまう。一度も故郷に戻ることなく。
「……そうですね。正直なところ、特になんの感慨もありません。風の噂であいつに娘が生まれ、その娘が勇者になったと聞きましたが、一度も顔を合わせたことがないもので。それに、誰が相手であろうと、立ち塞がるのなら打倒するだけです」
「なーんか冷たいナー。そんなだから奥さんと娘さんに冷たくされるんだヨ?」
「つ、妻たちは関係ないでしょう! ……ゴホン、勘当された弟の娘より祖国を優先する。それまでです」
ゲオルゲは紅茶を一口含み、一拍おくと再び口を開く。
「それよりも話を戻しましょう。私を呼んだということは、残るシュラーヴァ代表について意見がほしい……と、愚考いたしますが」
「話が早くて助かるよ。それじゃ、早速これを見てくれたまえ」
ヴラディウスが取り出したのは一つの封筒。
そこから数枚の資料を出し、机に並べる。
「議会や代表選抜委員会の意見を聞き、絞り込んだ人々の資料だ。最後は戦場に立つ君に決めてほしくてね」
そこには名だたる戦士の名前が記されていた。
誰も彼も一度は聞いたことがある実力者揃いだ。
ゲオルゲは資料を机に並べたまま、黙々と読み始める。
その全てに目を通すと、彼は一枚の資料を手に取った。
「まずは、彼女でしょうね」
「ほう。“アマゾネス”の戦士かね」
アマゾネス。シュラーヴァの東にある内海沿岸に住まう、女性のみで構築された狩猟部族である。
ハン族と共通の祖先から分かたれたとされ、高い騎馬技術やしなやかかつ剛健な筋肉を持ち、美しい顔立ちをしているという。
強さと戦いを好む気質であり、古くから数多の戦争に参加したと歴史には記されている。
「歳はまだうら若いですが、その実力は資料だけでもわかります。恐らくは、この中で最も強いかと」
「本名アバシン、年齢十六歳。弓術・槍術に優れ、成人のアマゾネス相手に圧勝したと言う天才少女……か。……ウン、彼女なら代表に適任だネ」
「次に……この方―――アリーナ・ブルジトルでしょうか」
次に取った資料には、魔法の里の魔女のことが記されていた。
「“武闘祭”と銘打っていても、実際はただの殴り合いなどではなく実戦形式の戦闘であり、心技体に加え知略も求められる競技。ならば、こちらも武芸にのみ秀でた者だけではなく、知性と魔法を兼ね備えた戦士が必要かと思いまして」
「なるほど、それで魔女を選んだと。確かに、彼女たちは強力な魔導を使いこなし、それを制御するための知能も備えている。それに、彼女はあの大婆の血族であり、里随一の魔導士だ。申し分なかろう」
「それと、他には……彼ですね」
若干の迷いはありつつも、ゲオルゲはヴラディウスの前に一枚の資料をおいた。
「双剣使いのドラガンか」
「彼は私と同じ聖竜騎士団の一員であり、前回の武闘祭でともに戦った実績もあります。……まあ、少々図に乗りやすい性格は目を瞑るを得ませんが」
「気心の知れた友がいれば戦いやすい、ということか。うむ、文句はあるまい」
三人の承認を得たところで、ゲオルゲは眉をひそめる。
残る最後の一人を考えに考え抜き、妥協に等しい決定をし、資料に手を伸ばす。
しかし、ヴラディウスがそれに待ったをかけた。
「ああ、もう十分だよ」
「……? しかし、それでは残りの一人が……」
「残りの一人はもう決まっている。いや、最初の一人と言ったほうが適切かな?」
疑問を口にしようとした瞬間、ゲオルゲは背後に何者かの気配を感じ取る。
刹那、彼は腰の剣を抜き、距離を取りつつその何者かの方に向き直る。
そこには黒いフードを被り、骸の面を付けた男が立っていた。
(直前まで気付けなかった。この男、一体何者……!?)
湧き出る疑問が頭を駆け巡りながらも、ゲオルゲは主君を背に隠し、警戒を怠らない。
対して、髑髏面の男は案山子のように突っ立ったまま動く気配を見せない。
しかしながら、その立ち姿には一分の隙も存在しなかった。
剣呑とした膠着状態。張り詰める空気。
その中、最初に動いたのはヴラディウスであった。
「ハイハイストップストップ。とりあえず剣を収め給え。彼が件の一人目だよ」
「何ですって……?」
戸惑いを隠しきれない様子で、それでも主の言葉を無碍にするわけにもいかず、剣を鞘に戻す。
だが、その瞳には未だ疑念と警戒の色は褪せない。
少し冷静になったお陰か、彼の心に観察するという余裕が生まれる。
一つ。その男は確かに不気味ではあるが、敵意や殺意といった類のものを発していないこと。それは武器も持たず、丸腰であることからも見て取れる。
しかし、格闘家や魔道士の可能性も捨てきれない。警戒心は依然保たれたままだ。
二つ。男の装備から察するに、恐らく暗殺者。もしくは斥候など隠密行動を得意とする職業であろうということ。
それなら音もなく背後を取ったことにも合点がいく。……まあ、英雄を名乗る自分が背中を取られたことは認めたくないが。
三つ。それに伴って、彼が首相に呼ばれた人物、または親しい人物に違いないということ。
暗殺者が姿を見られたときにする行動は主に二つ。逃走か抹殺だ。しかし、そのどちらもせずにただ突っ立っているということは、目的はここに来ること。
それに、首相も一寸たりとも警戒をしていないこともそう思った要因だ。
それらを認識すると、ゲオルゲはようやく警戒を解いた。
「首相。この者は?」
「仲間だよ。大統合武闘祭でともに戦う、ね」
答えになっていないと言いたかったが、それを奥歯で噛み潰す。
ヴラディウスは彼の心境を読み取り、勿体つけるように説明を始める。
「ゲオルゲくん。君は聖竜騎士団と対を成す、もう一つの組織について知っているかい?」
「……死神部隊のことでしょうか?」
死神部隊とは主に暗殺を任務とする、シュラーヴァの暗部である。
聖竜騎士団が表の軍事組織であるならば、死神部隊は裏の軍事組織と言えるだろう。
構成人数不明。部隊長不明。素性不明。不明だらけの部隊であるので、その存在すら幻とされている。
騎士団長のゲオルゲですら直接の面識はなかった。
「それがどうしたと―――もしや」
「多分君の思っている通りサ。彼こそその死神部隊の隊長。名をグリム・リーパという」
死神。その名も、その風貌も、まさに死神といったところか。
死神は紹介とともにゆっくりと頭を下げる。会釈のつもりなのだろうか。終始無言のため、どうも不気味だ。
とはいえ、礼には礼を。相手が会釈しているのに、それを無視することはできない。
「先程は失礼した、グリム・リーパ殿。私はゲオルゲ・バラウレスク。貴殿と共に戦えることを光栄に思う」
当たり障りのない丁寧な挨拶とともに、手を差し伸べる。
彼はそれに応え、以前無言のまま握手を返した。
瞬間、ゲオルゲの背筋に―――否、体全体に氷の筋が走る。
篭手に包まれた掌から伝わる、悍ましいまでの何か。
殺気などではない。それは本能が鳴らす警鐘であった。
“この距離はいけない”
無意識に彼はそう思った。
この距離―――この領域はヤツが最も得意とする場だ。
暗殺が可能な距離だ。
ゲオルゲは恐怖する。同時に再び理解する。
彼は紛うことなき暗殺者である、と。
「さて、顔合わせも済んだことだし次の話に移ろうか」
ヴラディウスの言葉により、ゲオルゲは自我を取り戻す。
振り払うかのようにさっと手を引くと、視線をヴラディウスへと向ける。
その視線は今までとは違ったものだった。これまで通り敬意と忠誠に加え、深淵のように底の見えない恐怖が彼の瞳には宿っていた。
ヴラディウスはそれを見抜いてか、はたまた気付いていないのか、無機質な笑みを浮かべた。
「君たちには我らがシュラーヴァの代表をまとめ上げてもらう。二人とも仮にも団長クラスなんだから、惨めな結果だけは残さないようにネ」
「「ハッ!」」
激励に二人は敬礼で返す。
そのときに聞こえたグリムの肉声に、ゲオルゲはようやく彼が人であることを実感し、少しだけ安心する。
初めて肩を並べることのできる強者。
そのことにゲオルゲは心強さと不安が混在する中、大統合武闘祭への決心を改める。




