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村人Aの異世界叙事詩  作者: ユッケ=ビビンバ
第五章 闘いの詩〜大統合武闘祭編〜
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第77話 東シュラーヴァ共和国

 東シュラーヴァ共和国。ユニオス連合帝国の東を占める国。

 成立したのは近年で、数多の小国がまとまり一つの大国を成している。

 複数の民族・宗教・文字・言語・文化が混在しており、また各領主が独立を画策しているため、ユニオスの中で最も不安定な国である。


 それでも、独立どころか内紛の一つすら起こらないのは、大統領のカリスマによるところが大きいだろう。





 ―――東シュラーヴァ共和国官邸、応接室。

 そこに二人の男が机を挟んで座っていた。


 一人はこの国の大統領。名をヴラディウス・ドラクリア。

 艶のある黒髪をオールバックで固め、口髭も同様にワックスで整えられている。

 一見、中年ほどのように見えるが、その立ち振る舞いは老人にも若者にも見える。

 公爵然とした出で立ちと纏う妖しい雰囲気は、どことなく吸血鬼を彷彿させた。


 もう一人は聖竜騎士団の団長であり、英雄級“竜騎士(ドラゴナイト)”と知られる人物―――ゲオルゲ・バラウレスク。

 ウェーブがかかった群青の髪。ブラウンの瞳。痩せこけた顔はどこか哀愁を感じさせる。

 竜を模した蒼銀の鎧を身に纏い、腰には護身用の剣を携えている。


 入室してから十分強。二人は真剣な面持ちで、対面したまま黙りこくっている。

 その様は剣呑と言う他ない。


 そして今、静寂が打ち破られる。


「―――私の髭、どう思う?」

「―――とても、ドラキュラっぽいです」



 ―――――――――



「いやー、今日も私はドラキュラしてるネー」


 そう言いながら、ヴラディウスは手鏡に写る自身の姿に酔い痴れていた。


(まったく……ヴラディウス首相のドラキュラ()()()には呆れる)


 自分の姿に夢中になっているヴラディウスを遠い目で眺め、ゲオルゲは気付かれないようそっとため息を吐く。


(というか、ヴラディウス・ドラクリアという名前も偽名だろう。完全にあのヴラド・ドラキュラのもじりだし)




 ヴラディウス・ドラクリア。またの名を“ドラキュラ大好き人間”。

 ドラキュラに傾倒し、モデルとなったヴラド三世を敬愛する、ただのファンである。

 ドラキュラ好きが高じて、執務室をそれっぽい雰囲気に改築したり、都度都度プチ整形を行っていたりするほどの狂信者。

 彼自身、吸血鬼の子孫だと言い張っているが、ただの人間であることには変わりない。




「―――さて、ゲオルゲくん。今日君を呼んだのは、私のドラキュラ談義を聞かせるためではない」

「違うのですか!?」

「違う。ただし、どうしてもというのなら聞かせてやっても―――」

「あ、結構です」


 誘いを断られたことに対して、ヴラディウスしょんぼりとした顔を見せる。

 しかし、すぐさま元の調子に戻り、咳払いを一つして話を戻す。


「今日呼んだのは他でもない。大統合武闘祭、君には今年もこれに出場してもらう」


 ゲオルゲはさも当然のことのように、表情を一切動かさない。

 それもそのはず。シュラーヴァにおいて、彼の右に並び立つ人間など()()()()()のだから。

 彼は左手を胸の前に置き、意気揚々と宣ってみせる。


「承知しました。“竜騎士(ドラゴナイト)”の誇りにかけて―――そして、この()()()()()()にかけて、シュラーヴァに栄光ある勝利を」


 ゲオルゲの左手薬指に嵌められた指輪が輝く。

 その指輪はウロボロスの如く竜が巻き付いた形になっており、竜の口には白玉の宝石が嵌め込まれていた。


 これこそ、風を操り天候を司る風の竜、“旋風竜”エアロの竜石であった。


「ほう……。これがあの、旋風竜を討ち取ったときに得たという竜石か」

「“討ち取った”と言うには語弊があります。任務の途中で偶然かの旋風竜と出くわし、成り行きで戦闘となり、そして力を認められたに過ぎません」

「だとしても、だ。旋風竜と渡り合ったことは事実。君が操る旋風竜の力、今年も拝見させてもらうよ」

「勿体なきお言葉」


 謙遜こそすれど、その実力は本物。

 彼自身、己の持つ力を重々に承知している。


 竜石保持者は一国の軍事力と比肩する。それこそ、英雄と呼ぶに相応しき竜の力だ。

 大統合武闘祭において、見事な闘いを繰り広げてくれるに違いない。



「それはそうと、今回は“勇者は必ず出場すべし”と皇帝から仰せつかっている」

「聞き及んでいます。しかし、我が国には勇者候補はいないはず。なぜそのようなことを?」

「いや? 確か君の姪っ子は“勇気の勇者”だったナー、と思ってね。伯父と姪が闘うことについて、意気込みを聞かせてもらおうかな?」

「……ああ、ユーリのことですか。」




 英雄級ゲオルゲと勇者候補ユーリ。この二人は伯父と姪という奇妙な関係がある。

 ユーリの父は勇者の血を引く名家バラウレスクの六男坊。長兄のゲオルゲとは血の繋がった兄弟である。


 貴族などの大きな家ではよく家督争いなるものが起こる。バラウレスク家でもそれは起こった。

 しかし、ユーリの父は末っ子であり、家督相続の優先度が一番低い。その上、彼はまだ若く、自由を愛する性分であった。

 そのため、彼は争いと規則の多い家を出て、ハンター業傍らにユニオス中を旅した。


 その途中、フルーランスにてユーリの母となる女性と出会い、二人は愛を誓う。

 時が経ちユーリが生まれると、父はフルーランスに拠点を置き、熟練ハンターとして活躍しながらユーリに剣術の基礎を教えた。

 そして、ユーリがまだ幼いときに彼はクエストの最中に命を落としてしまう。一度も故郷に戻ることなく。




「……そうですね。正直なところ、特になんの感慨もありません。風の噂であいつに娘が生まれ、その娘が勇者になったと聞きましたが、一度も顔を合わせたことがないもので。それに、誰が相手であろうと、立ち塞がるのなら打倒するだけです」

「なーんか冷たいナー。そんなだから奥さんと娘さんに冷たくされるんだヨ?」

「つ、妻たちは関係ないでしょう! ……ゴホン、勘当された弟の娘より祖国を優先する。それまでです」


 ゲオルゲは紅茶を一口含み、一拍おくと再び口を開く。


「それよりも話を戻しましょう。私を呼んだということは、残るシュラーヴァ代表について意見がほしい……と、愚考いたしますが」

「話が早くて助かるよ。それじゃ、早速これを見てくれたまえ」


 ヴラディウスが取り出したのは一つの封筒。

 そこから数枚の資料を出し、机に並べる。


「議会や代表選抜委員会の意見を聞き、絞り込んだ人々の資料だ。最後は戦場に立つ君に決めてほしくてね」


 そこには名だたる戦士の名前が記されていた。

 誰も彼も一度は聞いたことがある実力者揃いだ。


 ゲオルゲは資料を机に並べたまま、黙々と読み始める。

 その全てに目を通すと、彼は一枚の資料を手に取った。


「まずは、彼女でしょうね」

「ほう。“アマゾネス”の戦士かね」


 アマゾネス。シュラーヴァの東にある内海沿岸に住まう、女性のみで構築された狩猟部族である。

 ハン族と共通の祖先から分かたれたとされ、高い騎馬技術やしなやかかつ剛健な筋肉を持ち、美しい顔立ちをしているという。

 強さと戦いを好む気質であり、古くから数多の戦争に参加したと歴史には記されている。


「歳はまだうら若いですが、その実力は資料だけでもわかります。恐らくは、この中で最も強いかと」

「本名アバシン、年齢十六歳。弓術・槍術に優れ、成人のアマゾネス相手に圧勝したと言う天才少女……か。……ウン、彼女なら代表に適任だネ」

「次に……この方―――アリーナ・ブルジトルでしょうか」


 次に取った資料には、魔法の里の魔女のことが記されていた。


「“武闘祭”と銘打っていても、実際はただの殴り合いなどではなく実戦形式の()()であり、心技体に加え知略も求められる()()。ならば、こちらも武芸にのみ秀でた者だけではなく、知性と魔法を兼ね備えた戦士が必要かと思いまして」

「なるほど、それで魔女を選んだと。確かに、彼女たちは強力な魔導を使いこなし、それを制御するための知能も備えている。それに、彼女はあの大婆の血族であり、里随一の魔導士だ。申し分なかろう」

「それと、他には……彼ですね」


 若干の迷いはありつつも、ゲオルゲはヴラディウスの前に一枚の資料をおいた。


「双剣使いのドラガンか」

「彼は私と同じ聖竜騎士団の一員であり、前回の武闘祭でともに戦った実績もあります。……まあ、少々図に乗りやすい性格は目を瞑るを得ませんが」

「気心の知れた友がいれば戦いやすい、ということか。うむ、文句はあるまい」


 三人の承認を得たところで、ゲオルゲは眉をひそめる。

 残る最後の一人を考えに考え抜き、妥協に等しい決定をし、資料に手を伸ばす。


 しかし、ヴラディウスがそれに待ったをかけた。


「ああ、もう十分だよ」

「……? しかし、それでは残りの一人が……」

「残りの一人はもう決まっている。いや、()()()()()と言ったほうが適切かな?」




 疑問を口にしようとした瞬間、ゲオルゲは背後に何者かの気配を感じ取る。

 刹那、彼は腰の剣を抜き、距離を取りつつその何者かの方に向き直る。


 そこには黒いフードを被り、むくろの面を付けた男が立っていた。


(直前まで気付けなかった。この男、一体何者……!?)


 湧き出る疑問が頭を駆け巡りながらも、ゲオルゲは主君を背に隠し、警戒を怠らない。

 対して、髑髏面の男は案山子のように突っ立ったまま動く気配を見せない。

 しかしながら、その立ち姿には一分の隙も存在しなかった。


 剣呑とした膠着状態。張り詰める空気。

 その中、最初に動いたのはヴラディウスであった。


「ハイハイストップストップ。とりあえず剣を収め給え。彼が件の一人目だよ」

「何ですって……?」


 戸惑いを隠しきれない様子で、それでも主の言葉を無碍にするわけにもいかず、剣を鞘に戻す。

 だが、その瞳には未だ疑念と警戒の色は褪せない。


 少し冷静になったお陰か、彼の心に観察するという余裕が生まれる。


 一つ。その男は確かに不気味ではあるが、敵意や殺意といった類のものを発していないこと。それは武器も持たず、丸腰であることからも見て取れる。

 しかし、格闘家(グラップラー)や魔道士の可能性も捨てきれない。警戒心は依然保たれたままだ。


 二つ。男の装備から察するに、恐らく暗殺者(アサシン)。もしくは斥候など隠密行動を得意とする職業(ジョブ)であろうということ。

 それなら音もなく背後を取ったことにも合点がいく。……まあ、英雄を名乗る自分が背中を取られたことは認めたくないが。


 三つ。それに伴って、彼が首相に呼ばれた人物、または親しい人物に違いないということ。

 暗殺者が姿を見られたときにする行動は主に二つ。逃走か抹殺だ。しかし、そのどちらもせずにただ突っ立っているということは、目的は()()()()()()()

 それに、首相も一寸たりとも警戒をしていないこともそう思った要因だ。


 それらを認識すると、ゲオルゲはようやく警戒を解いた。


「首相。この者は?」

「仲間だよ。大統合武闘祭でともに戦う、ね」


 答えになっていないと言いたかったが、それを奥歯で噛み潰す。

 ヴラディウスは彼の心境を読み取り、勿体つけるように説明を始める。


「ゲオルゲくん。君は聖竜騎士団と対を成す、もう一つの組織について知っているかい?」

「……死神部隊のことでしょうか?」


 死神部隊とは主に暗殺を任務とする、シュラーヴァの暗部である。

 聖竜騎士団が表の軍事組織であるならば、死神部隊は裏の軍事組織と言えるだろう。

 構成人数不明。部隊長不明。素性不明。不明だらけの部隊であるので、その存在すら幻とされている。

 騎士団長のゲオルゲですら直接の面識はなかった。


「それがどうしたと―――もしや」

「多分君の思っている通りサ。彼こそその死神部隊の隊長。名をグリム・リーパという」


 死神(グリム・リーパ)。その名も、その風貌も、まさに死神といったところか。

 死神は紹介とともにゆっくりと頭を下げる。会釈のつもりなのだろうか。終始無言のため、どうも不気味だ。

 とはいえ、礼には礼を。相手が会釈しているのに、それを無視することはできない。


「先程は失礼した、グリム・リーパ殿。私はゲオルゲ・バラウレスク。貴殿と共に戦えることを光栄に思う」


 当たり障りのない丁寧な挨拶とともに、手を差し伸べる。

 彼はそれに応え、以前無言のまま握手を返した。


 瞬間、ゲオルゲの背筋に―――否、体全体に氷の筋が走る。

 篭手に包まれた掌から伝わる、おぞましいまでの何か。

 殺気などではない。()()は本能が鳴らす警鐘であった。


 “この距離はいけない”


 無意識に彼はそう思った。

 この距離―――この領域はヤツが最も得意とする場だ。

 暗殺が可能な距離だ。


 ゲオルゲは恐怖する。同時に再び理解する。

 彼は紛うことなき暗殺者(死神)である、と。




「さて、顔合わせも済んだことだし次の話に移ろうか」


 ヴラディウスの言葉により、ゲオルゲは自我を取り戻す。

 振り払うかのようにさっと手を引くと、視線をヴラディウスへと向ける。

 その視線は今までとは違ったものだった。これまで通り敬意と忠誠に加え、深淵のように底の見えない恐怖が彼の瞳には宿っていた。


 ヴラディウスはそれを見抜いてか、はたまた気付いていないのか、無機質な笑みを浮かべた。


「君たちには我らがシュラーヴァの代表をまとめ上げてもらう。二人とも仮にも団長クラスなんだから、惨めな結果だけは残さないようにネ」

「「ハッ!」」


 激励に二人は敬礼で返す。

 そのときに聞こえたグリムの肉声に、ゲオルゲはようやく彼が人であることを実感し、少しだけ安心する。


 初めて肩を並べることのできる強者。

 そのことにゲオルゲは心強さと不安が混在する中、大統合武闘祭への決心を改める。

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