第76話 リドニック国
やりたいことが多すぎる(言い訳)
リドニック国。ユニオス連合帝国の北東を占める酷寒の国。
その広大な土地の殆どが一年を通して雪と氷に覆われており、冬にもなれば想像を絶する猛吹雪が住民を襲う。
また、革命家イヴァンによって、いち早く王政を廃した国としても知られている。
―――その隣国スカンザ。その国の北方の海に一つの島がある。
島の周りは常に鈍色の曇天が空を覆い、凍てつくような強い寒風が吹き荒れ、来るものを拒み、逃げるものを捕らえる。
その孤島には、巨大な長方形の人工物が建っていた。
その表面は窓どころか継ぎ目の一つすらないほど真っ平らであった。
建物の通称は“ニブルヘル”。
ユニオス中の凶悪犯を収容するための施設―――すなわち監獄である。
地上に出ている部分は職員の生活スペースや監視室、自給自足用の屋内農園が備えられている。
監房は地下に広がり、九つの階層に分かれる。
その階層を下に行けば行くほど、凶悪な囚人が囚えられているのだ。
たった一つの出入り口以外、蟻すらも入り込めない外壁。
徹底的な監視の目。
そして、出る者を瞬時に凍りつかせる地獄の風。
このため、ニブルヘルは数ある監獄の中でも、最も難攻不落だと謳われる。
その監獄島に一隻の船が、流氷を砕きながら近づいてくる。
強風を防ぐために厚い鉄板で覆われたその船は、船というよりも黒鉄の棺桶。
今にも沈没してしまわないか、不思議なくらいだ。
その鉄板の表面には、リドニック国の国旗が描かれていた。
―――――――――
「さっっっっっぶい!!」
ニブルヘルの船渠に酷寒を訴える声が響く。
ここは島の洞窟を利用した施設であり、凍える風は入ってこない。
とはいえ、暖房設備があるわけではないので、非常に寒いことには変わりない。
「ですから言ったではありませんか、お嬢様。ささ、早くこの防寒コートをお召に―――」
「い・や・よ! そんなダサいコート、この私には似合わない。この私を誰だと思って?」
ハイヒールをカツンと鳴らし、振り向くと同時にその金糸の髪を掻き上げる。
その磨き抜かれた身体は無意識のうちに、最も“映える”ポージングを取っていた。
「リドニックの現首相“革命家”イヴァン・アレクサンドロフの一人娘にして、ユニオスを股にかけるスーパーモデル。それが私、エレーナ・イヴァノヴナ・アレクサンドロヴァ! 私の肌に触れるものはコート一枚であろうと、降り落ちる雪の一欠片だろうと、私に見合うと判断したものだけ―――へぷしっ!」
かっこよかったのも束の間。
たとえ首相の娘だろうと、スーパーモデルだろうと、この寒さには耐えられまい。
体は正直なもので、強情な彼女の心境をくしゃみで代弁する。
「鼻を垂らしながら言われてはそのお美しさも半減しましょうぞ。無理をせずお召になってくださいませ」
「うっさいわねセバス! 着ないって言ったら着ないの! どうせすぐに中には入れるでしょうし」
コートを突き返された白髪の執事―――シヴァステャンは話を聞かない彼女に眉をひそめる。
「……私は貴女のお父様、イヴァン様に拾われてから十九年、お嬢様の世話役を任されてきました。私にとってお嬢様は娘同然……いえ、それ以上に大切な存在なのです。どうか、この老いぼれの気持ちも汲んでくださいませ」
「くどい。貴方はいつも心配し過ぎなのよ。私だってもう子供じゃない。それに……ほら、来たみたいよ」
エレーナがシヴァステャンに背を向ける。
彼女の視線の先には、鉄とはまた違う、重く堅そうな金属の扉があった。
一拍おいて、その扉が引き戸の要領でするりと音もなく横へ開く。
戸と戸の間の白い空間から現れたのは聖十二騎士が一人、“天蠍宮”スコール・ピアーズと防護服を着た数人の騎士たちであった。
「ようこそ。お待ちしておりました、リドニックの皆様。ここは寒いでしょう。立ち話もなんです。どうぞ、中にお入り下さいませ」
―――――――――
ニブルヘルのちょうど中央には最上階から最下階までの各階直通の昇降機がある。
それはまるで、世界樹をつなぐ幹のように。
昇降機の広さは一辺十メートルはある巨大なもの。
壁や床、天井には目に見えないが、特殊な結界術式が組み込まれてある。
そんな昇降機の中に彼らはいた。
「このニブルヘルは地上の研究・開発施設と地下の監獄で分かれていましてね。その中で監獄は大きく九階層に区分されています。彼は一番下の第九層にいます。着くには数十分かかりますので、気長にお待ちください」
「なんで九階ごときでそんな待たされないといけないわけ?」
「あくまで区分ですので。実際はもっと多くの階に分かれています。それに、階層と階層の間には対脱獄用に分厚い鉄板が挟んでありますから」
「ふーん。まあいいわ。なんせ伝説の英雄級の一人に会えるのだもの。そのくらい待っていたほうが楽しみも増えるってものだわ」
そう言うと、エレーナは鼻歌を歌いながら背中を壁に預けた。
その奔放さに呆れながら、シヴァステャンは主の代わりに頭を下げる。
「申し訳ありません。うちのお嬢様が……」
「いいえ、構いませんよ。―――それより、彼を呼び出すということは、やはり大統合武闘祭の?」
「はい。スコール殿も知っての通り、今回の武闘祭は特別なもの。より強い猛者を集めるために、隣国から引き抜きや投獄者の一時保釈も認める、とアルトリウス皇帝陛下から直々にお許しをもらっています」
「そう、ですか……」
予想していた通りの答えを受け取ると、スコールは自身の足元を見つめる。
その恐怖で滲んだ眼差しははるか地下深く、彼らが向かう先を見ているようであった。
「そ、それはそうと、そこにいらっしゃるお二人も選手なんですか?」
スコールの注意は先程から一言も話さない二人の女性へと向く。
一人は金の長髪に翡翠の瞳、長い耳を持ち、新緑の若葉を思わせるドレスを身に纏った、おそらくはエルフの上位種であるハイエルフと思しき女性。
もう一人は雪のように白い髪を後ろで束ね、兎の面を着け、腰に太刀を携えた和装の女侍。
ニブルヘル上陸より常にエレーナの後ろを付き従っていた彼女らであったが、一言も発さない。
やかましいエレーナとは対象的に怖いほど物静かであった。
「ええ、そうよ。彼女たちはパパが連れてきた戦士。名だたる剣士・魔導士・格闘家などなどを差し置いて選ばれた、ロクデナシよ」
散々な言われようであったが、二人は反論の一つどころか舌打ちすらしない。
それは彼女たち自身がそう思っているからであろう。
事実、スコールにとって彼女たちの存在は今初めて知るものであった。
腕の立つ戦士ならば、その名前や容姿などは―――多少の尾ひれは付いていようが―――風の噂で聞こえてくるものだ。
それすらもないということは、正真正銘、無名の者たちということだ。
「折角だから紹介してあげるわ。そっちの陰気そうなハイエルフがエゼリア、そっちの変なお面を付けてるサムライ女がイナーヴァよ」
「イナバでありんす。エレーナ殿」
スコールは数ミリだけ肩を跳ねさせる。
仮面で表情や口の動きがわからない上、先程から微動だにしなかった―――まるでマネキンのように無機質な女の方から突然乙女の声が聞こえたのだ。
多少驚くのも無理はなかろう。
女侍は小川を流れる水のように流暢な、そしてどこか貴婦人を思わせる高貴で妖艶な足取りでスコールに近づくと、すっと右手を差し出した。
「挨拶が遅れんした。お初にお目にかかります。私、名をイナバと申しまする。遥か極東の島国より、この足と刀のみで武者修行の旅をしてきた風来坊。此度は奇妙な縁に結ばれ、傭兵としてお国に雇われた次第でありんす。一期一会、合縁奇縁、袖振り合うのもなんとやら。よろしくして頂けると嬉しい限りでござなんし」
スコールは、差し出された右手の手の平が上を向いていることから、これは握手と異なる挨拶なのだと瞬時に見抜く。
とはいえどう返礼すべきか。呆然としたまま迷いつつ、胸の奥にしこりのような違和感を覚えた。
「……三回」
「はい?」
「主殿の首を落とした回数でありんす」
そう言ってサムライは仮面の孔から覗く瞳に殺意を潜ませながら、三日月のように歪ませる。
瞬間、スコールの感じた違和感は悪寒になって背骨を凍り付かせた。
この女、表面では礼儀正しく挨拶をしていたが、その頭のうちでは何度も何度も殺害のシュミレーションを繰り返していたのか。
それも、殺意の断片すら見せずに。
「流石は天下に名を轟かす聖十二騎士のお一人。僅かな隙きもありんせん。私も腕に覚えがありんすが、十に満たぬのは久方ぶりでありんすえ」
兎面の剣士はカラコロと笑う。
その姿に、スコールの脳内に警鐘が響いた。
“この女は危険だ”
監獄長として、彼は多くの悪人を見てきた。
怨恨つのって罪を犯した者。生活の不自由から外道に歩まざるをえなくなった者。快楽目的の者。
その中で、その女からは最も危険な―――目指す第九層に封じなければならないような極悪人と同じ匂いがした。
「身構えなくて結構よ、スコール。確かにコイツは人斬りだけど、同時に仕事人でもある。一度持ちかけられた仕事を放棄して趣味に走るようなやつじゃないわ。
それに、この状況で愚行を犯すような馬鹿でもない」
スコールが自らの暗器に手をかけたことを知ってか知らずか、エレーナが双方を諫めるように口を開いた。
その言葉を聞いてスコールは冷静さを取り戻す。
彼女の言う通り、この場で事を起こせば他の者が黙ってはいないだろう。
見れば、エレーナお付きの執事が鋭い眼光と共に、イナバに闘気をぶつけ牽制していた。
さらに言えば、ここは大監獄のど真ん中。多くの看守が襲ってくるうえ、掻い潜った所で外は嵐。天然の壁が立ち塞がる。
そのような状況で殺人を起こすことは愚の極みだ。
「……このような類の冗談は苦手でしてね。こちらも一応は仕事ですので」
「それはそれは。相済みませぬ。これは私の悪い癖でありんして。改めて、お見知り置きを」
「ええ。このような場でもう二度とお会いしないことを願ってますよ」
剣呑とした空気は晴れず、二人は形式上だけの握手を交わした。
「さて、主殿は挨拶はよろしいのでありんすか?」
振り返り、声をかける。
その相手は、今までの一連の出来事に我関せずでいたハイエルフであった。
まるで人形のように虚空を眺め、まるで冬眠しているかのように静かに呼吸だけを繰り返す。
端正な顔立ちから、それはよくできた無機質な絡繰り人形を彷彿とさせる。
その人形の口が、今、滑らかに動き始める。
「自己紹介はリドニック首相の子女から聞いているはずです。我々の目的は狂戦士との面会。余計な接触は遠慮してもらいます」
紡がれた言葉は情の欠片もない、これまた無機質なものだった。
接触を拒否されたスコールは何も言えず立ち尽くす。
これにエレーナはクスクスと漏れ出る笑いと共に、いじわるそうな笑みをスコールに向ける。
「言ったでしょう? ロクデナシだって」
―――――――――
昇降機が最下層に到着する。
開かれた扉の隙間から、暖められた体を劈く冷気が入り込む。
ここは外とは違い、洞窟の奥深くのような薄気味悪い寒さが充満している。
それは奥に行くほど増していった。
「彼の解凍作業は既に行われています。我々が着く頃には、覚醒状態になっているはずです」
「解凍、とは。まるで冷凍保存しているかのような言い草でありんすな」
「事実、そうでしょうとも。普段は多くの封印を施した上で、凍結させて動きを封じていますから。……皆さんは彼の固有能力―――いえ、呪いについてはご存知で?」
「狂化の呪い―――“バーサク”のことですね。確か、北方に伝わる軍神から賜る、禁忌魔術の一つと聞いておりますが」
「はい、そのとおりです。そして彼はその禁忌を受け継ぐ最後の一人なのです。件の呪いは人間の限界を遥かに超えた力を与える代わりに、その理性を奪う―――まさに“狂戦士を作る魔術”です。
現在、先程も話したように彼には三十二の封印礼装を施してありますが、それもただの気休め。突発的な狂化を抑え、本来の力の十分の一まで抑え込めはすれども、完全なる闘争状態に入ればどこまで抑え込めるか……」
彼の言葉は誇張の一つもない、真実なのであろう。
それはここまで見かけたいくつもの隔壁を見れば判る。
隔壁の一つ一つが大砲でも持ち出さない限り破壊不能なほど分厚く、且つ、強力な凍結魔術の魔法陣が描かれていた。
有事の際はこれら全ての隔壁を降ろし、最下層ごと彼を氷漬けにするつもりなのだろう。
そうこうしているうちに、一行は最後の扉へと辿り着く。
扉は重厚なもので、いくつもの錠がかけられている。
スコールはその錠のすべてを丁寧に開け終えると、振り返り扉を開く。
「お待たせしました。彼が英雄級“狂戦士”バルザークです」
開かれた先には、二メートルを超える大男が黒い拘束具で縛られ、鎖で宙吊りにされた光景があった。
男はどこから連れて来られたのか、出口も通気口も見当たらない、一枚のガラスだけが張られた部屋に閉じ込められていた。
耐衝撃用に作られた厚いガラスを隔て、幾人のスタッフが計器やよく分からない魔術器具を弄っている。
そのスタッフの怯えた視線は宙吊りにされた男へと向けられていた。
まるで蓑虫のようなその男こそ、最狂の英雄級バルザーク。
戦いのみに生きる狂戦士である。
「これが……」
「……狂戦士……」
思わず声が漏れる。
そこにあったのは感動か、それとも呆然か。
少なくとも、エレーナにとっては肩透かしであったようだ。
「フン。どんな化物が出てくると思ったら、噂で聞いていたより呆気ないものね」
「油断されてはいけません、エレーナさん。彼の実力はあの最強の騎士に並ぶほど。更には理性を失っているため、扱いには慎重を期す必要があるのです」
スコールは真剣な面持ちでそう言うと、一人のスタッフに声をかける。
「今よりコンタクトを行います。右目、及び右耳の拘束を外してください」
「口もよ。話ができなければ来た意味ないじゃない」
エレーナが何気なく言葉をかける。
その言葉にスコールやそのスタッフだけでなく、その場にいた全職員がありえないものを見るかのような目を彼女へ向ける。
「えっ、なによ……?」
突然のことにエレーナがたじろいでいると、若干の怒りの表情を浮かべたスコールが説明する。
「エレーナさん。貴女は彼について分かっていなさすぎる。彼はその気になれば声帯だけで人を殺すことができるんですよ」
「それはすごいわね。それで? なにか問題でも?」
「なっ……!? 本当に理解しているんですか!? 彼は英雄級と同時に凶悪な獣! 一度暴れ始めたら、手のつけようが―――」
「知らないわよ、そんなこと。貴方達は檻の中の熊がそんなにも怖いの?」
「―――」
「彼の恐ろしさは貴方達の反応を見るに察せるわ。でもね、私はその恐ろしい怪物を求めてここまで来たの。顔だけ合わせて『はい、さようなら』なんて、まっぴらゴメンだわ。それに、暴れ始めたときのために、わざわざ三人も護衛を連れてきてるの。私としてはさっさとこのデカブツを連れて帰って、温かいシャワーを浴びたいのよ。分かったなら早く拘束を外しなさい」
スコールは絶句する。
しばらくポカンと口を開けたままであったが、口を一文字に閉じたと思うや、すぐさまスタッフに指示を出す。
「……口の、拘束具も外してください」
今度はスコールに驚きの視線が向けられる。
彼の胸中で何があったのか定かではない。
しかし、どのような考えがあろうとも、それは間違いなく直属の上司からの命令。
スタッフは迷いながらも手を動かす。
遠隔操作により右耳、右目、そして口の拘束具のロックが外される。
役割を失った三つの拘束具は、力無くボトリと床へ落ちる。
今、狂戦士バルザークの顔が半分だけ顕になる。
よく日に焼けた彫りの深いその顔は、凍結されていたためか、囚人とは思えぬほど小奇麗であった。
歳にして壮年であろうか。しかし、長らく手入れされていない口髭やいくつもの疵により、十歳ほど老けて見える。
ゆっくりと開く瞼の間から、狂気など微塵も感じさせない美しい褐色の瞳がエレーナ達に向けられる。
「―――ァ、」
顎が開かれ、その隙間から微かな声が漏れる。
瞬間、全員の背骨に緊張が走る。
『声だけで人を殺せる』
そのような戯言、と一笑に付すのは簡単だ。
しかし、この時ばかりは無意識にその戯言を信じるしかなかった。
顎が限界まで開かれる。大量の空気が肺に送られる。
咆哮が放たれるのなら、恐らく次の瞬間―――!
「―――ファああ〜〜〜〜ア」
緊張の欠片もない欠伸が閑静な空間に響く。
全身から緊張が抜け、全員が呆然とする中、エレーナだけが行動を起こす。
スタッフをかき分け、備え付けのマイクを手に取ると、そこに向かって声を吹き込む。
「あ、あー。聞こえるかしら? バルザーク」
『……ああ、聞こえる』
「そのようね。ついでに狂気に堕ちてないのも僥倖」
『私を目覚めさせたのは、お前か?』
「そうね、そう指示したのは私だわ。私の名前はエレーナ・イヴァノヴナ・アレクサンドロヴァ。単刀直入に要件だけ言うわ。私についてきなさい、狂戦士」
帰ってきたのはしばしの沈黙だった。
バルザークは一切表情を変化させず、じっとエレーナを睨んだまま口をへの字に閉じる。
その表情の奥では一体何を考えているのか。
そして、沈黙が終わりを告げる。
『……説明が、足りないな。私を連れていきたいなら、それ相応の目的が、あるはずだ。それも、聖十二騎士の許可が降りるような、大きな目的が』
「……狂戦士のくせに中々聡いじゃない」
エレーナは説明を始めた。
大統合武闘祭が開催されること。その裏で“七つの美徳”を迎え討つこと。そのために最強の戦士を集めていること。
その全てをバルザークに打ち明ける。
『……なる、ほど』
「これで納得してくれたかしら?」
『納得は、した。その“七つの美徳”とやらを倒すために、力を貸すのも、やぶさかではない』
「なら―――」
『だが、断る』
英雄バルザークが出した答え。それは拒否であった。
それに驚愕する者は多くはなかった。逆に安堵する者のほうが多かったであろう。
しかし、エレーナは驚きと憤りを曝け出した。
「はあ!? なんでよ!?」
『私を、解放するための目的が、“七つの美徳の打倒”ならば、喜んで力を貸そう。しかし、祭りのために力を振るうのは、できない』
「祭り……ですって? ただの祭りじゃないわ! 大統合武闘祭は国同士の威信と誇りをかけて行われる、栄誉ある闘いよ!」
『そのことは、重々承知している。しかし、栄誉だけでは、私を御することはできない』
バルザークは穏やかな眼差しで、諭すようにエレーナに語りかける。
『大統合武闘祭には、選手だけでなく多くの観衆も、集まるのだろう? その中で、もし私が暴れ始めたら、被害は軽微なもので、済むわけがない。そのとき、お前は全ての責任を、負えるのか?』
今は多少理性があるとしても、狂戦士は狂戦士。
一度戦いの狂気に堕ちれば、敵味方問わず襲いかかるに違いない。
もちろん、その狂気の矛先は無辜の民にも向けられる。
たった一人の少女の我儘で、多くの命が散らされるかもしれない。
そうなったときの責任を―――覚悟を、彼女は持ち合わしているのか?
「は? 責任? 負うわけないでしょそんなもの」
考える間もなく、彼女はあっさりとそう答えた。
「―――な、何を言っているんですかエレーナさん!? 責任も負えないのに釈放だなんて、監獄長として許すわけにはいけません!」
「だー! うっさいわね! サイコっぽい顔しといて案外器ちっさいわねぇ」
「サイ……!? ちっさ……!!?」
「暴れたときの責任なんて負わないわよ。だって、絶対そんなことさせないもの」
エレーナの言葉にその場に居た全員は目を丸くした。
ただ一人を除いては。
「―――、プッ。ハッハハハハハ! 私を、この狂戦士を、完全に躾けようと言うのか!」
「当然。私はエレーナ・イヴァノヴナ・アレクサンドロヴァ。私に見合わない存在は決して触れさせないけれど、見合うと判断したものは必ず手に入れる女。それがどんな狂犬であろうとも、ね」
「ハハハハ! 美しさに似合わず、豪胆な女だ! ……よし、いいだろう。今回は、お前の言葉に、賭けてみたくなった」
「それじゃあ……」
「ああ。大統合武闘祭、出てやろうとも」
二人は握手の代わりに不敵な笑みを交わす。
かくして、最狂の駒はリドニックへと渡った。
「―――何はともあれ、バルザークを味方につけたことは喜ばしいことです。武闘祭では、獅子奮迅の活躍を期待していますよ」
社交辞令な言葉とは裏腹に、スコールの顔は心労で塗り潰されていた。
「これでリドニックの選手は三人。残りの選手の当てはあるんですか? エレーナさん」
「は? 何言ってんのよアンタ。これで全員揃ったじゃない」
「?」
二人はお互いの顔を見て、疑問符を浮かばせる。
これでは二人が噛み合わないまま。セバスがそう判断すると、間に割り込んだ。
「失礼。そういえば、スコール殿にはまだ申し上げてませんでしたね」
「何を、ですか?」
「はい。不肖シヴァステャン、そしてエレーナお嬢様はリドニック国の代表選手として、此度の大統合武闘祭に出場することとなりました」
シヴァステャンの口から放たれた言葉に、スコールは驚きを隠せず、口をぽかんと開けたまま動かなくなってしまった。
呆然とする彼の顔を見て、エレーナは勝ち誇ったようにドヤ顔を向けた。
北の国より、チグハグな戦士が集まった。
彼らはダークホースとして、波乱を巻き起こす―――のだろうか?
今回の名付けはなんと言うかフィーリングで付けたものばかりですね。
ただ一つ、リドニックの隣国スカンザはスカンディナヴィア半島からとったくらいです。




