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村人Aの異世界叙事詩  作者: ユッケ=ビビンバ
第五章 闘いの詩〜大統合武闘祭編〜
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第75話 ケルティン王国

気付いたらまた一ヶ月経っていた……

 ケルティン王国。フルーランス王国の北方に位置する、二つの大きな島といくつかの小さな島からなる騎士道と魔法の国である。

 ユニオス建国当時は四つのカントリーであったが、近年になって一つに統合された。

 その内訳としては、二つの大きな島うちの一つ、東側の大きな島“アルビオン島”の南に中心国“アングラ国”、南西に騎士の国“ブリトン国”、北に魔術の国“アラパ国”の三ヶ国、西側の小さな島“エリン島”に戦士の国“エリン国”がある。

 歴史は長く、千国時代(キーリアーキ)から侵略被侵略を繰り返しつつも脈々とその文化を継承し続けている。

 各国それぞれに未だ王に値する首長が存在し、各々の国の統治を行っている。

 彼らは月一で集まり、ケルティンの行く末を決める会議を行う。




 ケルティン国、首都ミストシティ。そこにある宮殿では、その日も、定期集会を行っていた。



「―――それで、各国、代表選手の選定は決まりましたか?」


 集会と言うにはあまりにもお粗末な、というより緊張感のない光景がそこに広がっていた。


 そこは宮殿の一室、人が百人入ってもまだ余裕がある大きな部屋。

 シャンデリアが部屋を照らし、窓からは午後の陽光が射し込む。

 王室に相応しい高貴さを感じさせる一室ではあるものの、そのだだっ広い部屋にポツンとティータイム用の机と椅子しか置かれていないことはほとほと異様である。

 机の上にはティースタンドが置かれ、その中にはサンドイッチやケーキ、スコーンの類が供されている。

 四方に置かれた椅子の前には、香り漂う琥珀色の紅茶が湯気を起こしながら座っていた。

 その紅茶を一口飲み、女王はフッと優しい笑みを浮かばせる。


 アングラ国女王にしてケルティン王国女王、メアリー。

 金髪碧眼の美しい少女で、齢十八歳。彼女の人生は悲劇の連続であった。

 生まれつき足が悪く、人生の全てをを車椅子とともに過ごしてきた。

 十歳になる頃、最愛の母が事故で死去。

 それから四年後、当時の国王であった父が肺を患い、それが原因となって妻の後を追った。

 たった十四歳で女王となった彼女に、周りは女王としての重責や歩けないという枷から、憂いと憐れみの目で見つめ続けた。

 しかしながら、それらを感じさせない持ち前の明るさと慈愛をもって、彼女は今日までの四年間、この国を導いてきた。


 その彼女が今一番心配していること。それはケルティン代表の選抜であった。


「よく言いますね。私の国(アラパ)からは“あの子”しか出せないというのに」


 アラパ国王、リリアス。

 大きな三角帽子、炭のように真っ黒のローブ、色が抜けた灰色の髪、銀の片眼鏡(モノクル)の奥には鋭い緑の目が光っている。

 かつてはさぞ美しかったのだろうが、今では小うるさい皮肉屋の姑のイメージを与える。

 彼女は国王であると同時に、魔術の殿堂“ウォンゴミード魔術学院”の学院長。そして世界に数えるだけしか居ないとされる“魔法使い”の一人でもある。


「しかし学院長殿、そのための二人目を選ぶ権利を蹴ったのは貴殿であろう」


 ブリトン国王、リチャード。

 髪、もみあげ、口髭、顎髭に生えた赤茶のくせ毛が特徴的な男。

 体格はこの中で最も大きく、椅子に腰掛けた状態でもそれがよくわかる。

 まるで獅子を彷彿させる風貌だが、彼の瞳はどことなく慈しみを感じさせる。


「本当にもったいないことをしたな。私なら喜んで受け入れたというのに」


 エリン国王、フィン。

 銀の髪、白の肌が美しい美青年。髪と同じ色の胸当てと籠手(ガントレット)、傍らには槍を携えている。

 智慧と勇猛に満ちた戦士であり、エリン国が保有する“フィオナ騎士団”とともに数多の怪物を屠ってきた実績を持つ。


「そのことについては厳正な話し合いで、私どもアングラ国から代表を二名選出することに決まったはず。今更その決定に異を唱えるつもりですか? フィン王」

「まさか。私とてそこまで協調性がないわけではない。決定には従おう。我慢しているのは私だけではないようだからな」


 チラリと、フィン王はリチャード王に視線を向ける。


「……何が言いたい?」

「いや? 戦闘好きのリチャード王ならば、少しでも己の国の人間が活躍しているさまを見たいだろう、そう思っただけだ」

「私としては我が国(ブリトン)ではなく我らの国(ケルティン)の者が武勇を示せればそれでいい。そう思っているのは貴殿だけではないのかエリン王?」

「そこまでになさい。まったく、王だというのに茶会の席での作法すら学んでいないのですか?」


 三人の間で火花が散る。

 一触即発の様子に、メアリー女王は気付かれないように小さく息を吐き出す。


 女王が抱える不安の種。それは代表選抜を通して四ヶ国の均衡が崩れることであった。

 かつて経済不安や世界情勢などの理由から平和的話し合いで統一した四ヶ国であったが、その腹の中は“独立”という野望の火が灯ったままである。

 もしもケルティン王国が分離するようなことになれば、それぞれの国力は低下。下手すれば紛争状態にもなりかねない。

 四ヶ国をまとめる者としては、そのような状況は避けたい。そのためには、たとえ“代表選手の優遇”などという小さな要因でも最大限気を遣わねばならないのだ。


 抱えたい頭をしっかりと首で支え、メアリー女王は咳払いで彼らの会話を遮る。


「代表の優遇権は我がアングラ国です。その決定は揺るぎません。それよりも今日お呼びしたのは、先程も申したとおり、それぞれの代表選手の件です」


 剣呑な雰囲気から一転、先ほどとは別の緊張が走る。

 それぞれの王が選ぶ至高の戦士五人。それが今、開示されようとした。



 ―――――――――



「ぷはー、つ〜か〜れ〜た〜」


 なんとも緩い声が部屋に響く。その声の主は、三人の王を前にして威厳を崩さなかった、女王メアリーその人であった。

 数刻前とはうってかわり、年相応の奔放さを包み隠さず本音を漏らしまくる。

 自室のベッドで転がるその傍らに、黒服の男が立ち、戒めにかかる。


「陛下。女王としてそのような行動は慎むべきかと」

「うっさいわね、ジェームズ。別に誰が見てるってわけでもなし」

「私が見ておりますが?」

「アンタはいーのよ。私が赤ん坊の頃からの付き合いでしょ」


 そう言われると、ジェームズと呼ばれた男は困ったように眉をひそめた。


「まったく、女王としての自覚を持ち、お淑やかにすれば良いものを……」

「あーはいはい。お小言はまた今度の機会ね。小休止もここまで。愛しいベッドちゃんとはしばしのお別れよ」


 メアリーが手を差し伸べる。

 ジェームズはこれに応え、手を取り彼女を抱き抱える。

 嬰児を守る親のように慎重かつ円滑に運び、そして車椅子にふわりと乗せた。


「メアリー。今更だが、女王陛下自身が()()()()()出向くなどと、正気なのか?」

「正気も正気よ。今回の代表選手は曲者揃い。使者を遣わせるより、女王の私が行ったほうが断りづらいでしょ?」

「しかし―――」

「それに、」


 未だ納得しない男に、少女は人差し指を立てて黙らせる。


「これは国家間での問題でもあるの」


 一転、再び少女の背後に威光が輝く。

 その様にジェームズは息とともに出かけていた言葉を飲み込む。


「現在、我々ケルティン王国は不安定な状況にあります。小突かれたり、一瞬の隙きを見せれば即座に瓦解することでしょう。そのためにも、私は、女王としての“権威”を保たなければいけないのです。しかしそれは玉座でふんぞり返っているだけではいけません。民あっての国、民あっての王。そう、私は民を知り、民に寄り添い、そして民に私を知らしめる必要があるのです」

「……それが、此度の目的ということですか?」


 恐る恐る口を開いたジェームズに、女王は少女に戻り、微笑みとともに答える。


「ええ、そういうことよ。勿論、選手を招くことが第一ですけど」


 見慣れた笑顔を見ると、男の緊張の線はほぐれた。


 軽く息を吐くと、ジェームズはメアリーの後ろに回り、車椅子を押し始める。


「それで、ジェームズ、これからの日程は?」

「代表選手は国内各地に点在している。まずはこの資料に目を通してくれ」


 そう言って手渡されたのは、ケルティン全土を描いた地図だった。

 その地図には四つの赤い丸印と、裏に個人情報が書き込まれた資料が留められていた。


「まずはブリトンに渡り、騎士シャーロット・フューリアスと面会。出場を取り付ける」

「えぇっと、なになに? シャーロット・フューリアス、年齢十九歳。五代続く騎士の家系の出で、剣術も知能も抜群の文武両道。顔は……あら、なかなかかっこいいじゃない」


 貼り付けられた簡素な人相書きには、凛々しい顔立ちをした少女が描かれていた。

 目尻や眉尻は勇ましく吊り上がり、口は自信を表すように微かに笑っている。女性が惚れるような顔つきだ。肩で切り揃えられた髪は暗い赤毛、瞳は海原のような灰の混ざった青、頬にはそばかすが散りばめられている。


「その剣の冴えもさることながら、彼女の頭脳はかの錬金院長に匹敵するとさえ言われている。まさに稀代の天才……なのだが……」

「素行が悪い、と」


 ジェームズが言い淀んだ言葉を、メアリーが嘲笑混じりに資料に書かれていることを読み上げて補完する。

 ジェームズは己の恥と言わんばかりに一瞬言葉が詰まる。


「……ええ、はい、そのとおりです。リチャード王によると、進んで秩序から外れたことはしないらしいが、自身の興味が惹かれること以外、テコでも動かないとのことだ。リチャード王ですら、彼女を動かすには骨が折れるという」

「見かけによらず結構頑固なのね。初めから苦戦しそうだわ」


 そう言うと、わざとらしくため息をついてみせる。

 その仕草には、どことなく『まあ私にかかれば余裕よね』と考えているようにも見えた。


「その次にアングラ国に戻り、アルビオン島中央に位置するシェアウッドの森にて義賊ロビン・フッドを勧誘する。……まったく、なぜ盗賊風情なんかを……」


 口の端から漏れ落ちた言葉に、メアリーが首をグインと勢いよく彼の方に向け、食いかかる。


「なによ。私の提案にケチつける気?」

「ああ、そうだとも! ケチもつけたくなる。義賊とはいえ賊は賊。それを誘おうなどと一国の女王が言うなんて……! 三ヶ国の王たちも呆れておられた!」

「別にいいじゃない! ファンなんだもの! それに最強の戦士を集めろって言ったのは皇帝よ! 皆もそれで納得してくれたわ!!」

「だとしてもだ! 大統合武闘祭はケルティン王国の威信をかけた大会なのだぞ!? それに無法者(アウトロー)を出場させてみろ! 今世紀最大の恥晒しだ!!」


 二人の口喧嘩が宮殿に響き渡る。本当に恥ずかしいのは、今この状況にある彼らだということを知らずに。


「もおー!! じゃあ()()!! ロビン・フッドを選抜メンバーに加え、大統合武闘祭に出場させなさい!! 以上!!」

「なッ……!?」

「ん〜? どうしたのかなぁ、ジェームズちゃん? 真面目なアンタなら女王わたしの勅命、聞けないなんて言わないわよねぇ〜?」

「く、このッ……! 子どもかお前は!!」


 ただの我儘わがままだろうが、相手が悪い。

 女王が命令だと言えば、どんな言葉でも国はそれに従わなければならない。もう謂わば呪いみたいなものだ。

 直接的な主従関係にあるジェームズは当然これに従うしかなかった。


 勝ち誇ったメアリーの顔に鉄拳を食らわしてやりたい気持ちを抑え、車椅子のグリップをねじ切りそうなほど強く握る。


「チッ……まあいい。次だ。義賊との取引の後、そのまま北上。アラパ国に入り、ウォンゴミード魔術学院にてリリアス王立ち会いのもと“正義の勇者”ルークと面会する」

「年齢十五歳。人間とハーフリングの亜人二世(デミセカンド)。へー、どおりで年の割に可愛い顔してるわけね。それにしても、勇者なのに魔術学院に通っているなんておかしな話よね」

「彼は他四人の勇者候補と違い、高い魔力耐性を持っている。元来ハーフリングは身体能力は人や他の亜人種に劣るものの、魔法を制御するための精神力はめっぽう強い。加え、彼の父親―――人間側の親は高名なドルイドの一族だ。回復魔法や自然系の魔法を得意とする」


 資料に目を通す。

 くすんだ灰色の髪、淡く輝く緑の目、とんがった耳。実年齢に反して、顔立ちはどう見ても十歳前後にしか見えない。

 冠する勇者の名は“正義の勇者”。与えられた固有能力(ユニークアビリティ)の名は“絶対感覚(ゴッズセンス)”。詳細は不明。

 それ以外は特筆することもない、一般的な魔術学院生だ。


「ふーん。それはさておき、ルーク君の父親が人間ということは、ハーフリングが母親なのよね? それはつまりルーク君のお父さんってもしかしてロリコ―――」

「黙れ」


 沈黙。


「……次に入っていいか?」

「ええ、構わないわよ。さっさと言って、さっさと」


 気まずい雰囲気に耐えられなくなったのか、メアリーは手を高速で仰ぎながら催促する。


「それでは。最後にエリン島に渡り、フィオナ騎士団随一の勇士セタンタに会う」


 髪は色は黒灰色、所々柿色のグラデーションがある。瞳の色は琥珀色。口の間からは八重歯が覗いている。

 凛々しい顔立ちではあるが、その中に獣のような野生を感じさせた。


「セタンタ……。確か、エリン島アルスター地方の英雄クーフーリンの幼名よね?」

「そのとおり。彼はその無双の強さから、フィン王直々にこの名が賜われたと聞いている。その槍の腕は英雄級に匹敵するとも」

エリン(あっち)の奴らって昔の人から名前つけんの好きよねホント。フィン王だってあのフィン・マックールから取ったんでしょ? 金髪(フィン)でもないくせに。

 でも、まあいいわ。その名を冠するということは、すなわちそれ相応の実力があるということ。戦力として大いに期待しましょう」


 選手たちの資料を一通り目を通すうちに、二人は外へ通じる扉の前まで来ていた。

 その扉を開け放ち、外へと出る。



 出た先は宮殿の裏に広がる大きな庭園であった。

 そこには大勢の近衛兵が待ってましたと言わんばかりに出迎えていた。

 近衛兵は二列に並び、その間には道ができている。二人はその道の中央を歩いていく。


 道の先には二角帽子を被り軍服を纏った大柄の軍人とともに、宙に浮かぶエイ型の小型艇が待ち構えていた。

 そしてその遥か上空には、鯨型巨大浮遊戦艦、通称“鯨艦”が浮かんでいる。


「お待ちしておりました、陛下」

「待たせてしまったようで申し訳ありません、オーキソン提督。それでは、参りましょうか」


 エイはヒレを地に付け、車椅子の女王が乗りやすいようスロープを作る。

 三人がエイの背に乗ると、エイはフワリと重力に逆らい上昇を始めた。

 向かう先は上空で待機する鯨艦のもとだ。


「……選手たちは仮にも猛者。一癖も二癖もある人たちでしょう」

「はい」

「各国の勇士に打ち勝つには、彼らを一つにまとめ上げねばなりません」

「はい、そのとおりです」


 メアリーは車輪のハンドルを握ると、器用に振り返ってみせる。

 彼女の視線の先には黒いスーツを着たオールバックの男。彼は直立不動で、彼女の口から発せられる言葉を待っていた。

 メアリーは一つ息を吸い、心を落ち着ける。そして右手を前に出し、告げる。


「ジェームズ・A・アーロン。今一度、貴方に任を与えます。選手たちをまとめ、我が祖国に勝利の栄光をもたらしなさい!!」


 ジェームズは迷うことなく跪き、彼女の右手を取る。


「しかと拝命致しました。このジェームズ、我が全てをもって女王の願い叶えると誓いましょう」


 誓いを立て、手の甲に接吻をする。


 吹き晒しのエイの背中に、一陣の風が吹く。

 それに煽られ、資料がめくられる。

 一番最後のページ、そこには一人の男の情報が記載されていた。


 本名ジェームズ・A・アーロン。職業、元秘密情報部工作員、現女王直轄のSP(セキュリティポリス)

 高い知能指数と運動神経を持ち、多数の言語を自在に操り、あらゆる剣術や格闘術を修めている。

 女王の懐刀であり、不動の盾である。




 以上五人。女王に仕える忠実なる騎士たち。

 彼らの忠義の剣は勝利の誉れを祖国に齎すため振るわれる。

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