第74話 アイゼンラント軍国
アイゼンラント軍国。フルーランス王国の東に位置する、その名の通り高い軍事力を保有する国だ。
武具などの製造が盛んで、そこで作られる精度の高い防具や最新型の武器は多くのハンターに重宝されている。
帝国騎士団が駐在しない唯一の国としても知られ、代わりに常備軍が国の守護に当たっている。
その軍のトップである総統は軍の運用だけではなく、立法や政治にも重要な立ち位置にあり、実質彼がこの国の首相なのである。
―――ヒロが招集を受けた時を同じくして、アイゼンラントの軍令部を歩く人影があった。
彼の名はジーク。英雄級と担ぎ上げられるほどの実力と勇者としての運命を持つ青年だ。
使い古された鉄の装備を身に着けた彼の姿は、軍服を纏った兵士が往来する中ではひどく目立っていた。
しかし兵士たちは明らかに一般人である彼を咎めるでもなく、逆に軽く会釈や敬礼をするものまでいる。
ジークは慣れた足取りで施設内を突き進むと、ふと、とある扉の前で立ち止まる。
その扉は、軍の中枢の中枢、このアイゼンラントを動かすための心臓部、国家首相でもある総統が鎮座する司令室へと続くものであった。
ジークは大きく一度深呼吸をすると、扉を数回叩く。
すると、すぐに威厳のある低い声で「入りたまえ」と言う言葉が返ってきた。
彼は一言、「失礼します」と言い、扉を開け中へと踏み込んだ。
開けた先には、当然のごとくアイゼンラント首相が待ち構えていた。
金の混じった茶髪。その髪と同色の蓄えられた口髭。加齢により垂れ下がった目尻。鈍色の眼光。主民族特有の彫りの深い顔に、ナイフで切りつけられたような深いシワが入っている。多くの勲章が飾られた軍服の奥には、屈強な兵士の肉体が秘められている。
名をオットー・フォン・ルートヴィヒ。“鉄血将軍”と畏れられた人物である。
「お久しぶりです! ルートヴィヒ総統閣下!」
元気の良い声とともに、ジークは総統に向かって敬礼する。総統は椅子から立ち上がると、答礼をもってこれに応えた。
「三年前以来か。元気にしていたか?」
「はっ! 閣下におかれましてもますますご健勝のほどとお慶び申し上げ―――」
「まあまあ、落ち着きなさい。文の使いどころを間違っているぞ」
「失礼致しましたッ!!」
敬礼の姿を崩さず直立不動のジークに、総統は呆れつつ再び腰を座っていた椅子に戻す。
「まあいい。今日、君を呼び寄せたのはほかでもない。“大統合武闘祭”、君にはこれに出場してもらう」
「もうそんな時期でしたか。当然、出場します。しかし出場枠は例年トーナメント形式だったはず。わざわざ招集した意味は?」
「今回のみ推薦形式となったのだ。その辺の説明は後にするとして……っと、全員揃ったようだな」
司令室の外から、複数人の足音が聞こえる。
その足音は司令室のすぐ手前まで来ると、ピタリと止んだ。
一瞬の間を開けて、扉がコンコンと音を鳴らす。
『総統。呼ばれた人員を集めて参りました』
「うむ、入れ」
『失礼します』
扉が開き、四人の軍装の男女が入ってくる。
性別、年齢、種族さえ違う四人は統率された動きで入室すると、横一列に並び、ジーク同様敬礼する。
「エーリッヒ・ルーデル、及び以下三人。参上しました」
百八十程はあるガタイのいいリーダー格の男が報告を行う。
年齢は三十〜四十代の壮年。金髪碧眼。年相応の顔立ちをしているが、若干の幼さが残っている。
彼はエーリッヒ・ルーデル。階級は少将。アイゼンラント軍国で多くの活躍を残し、国内では英雄的な人気を博する人物だ。
そして、徴兵時代の若きジークの上官であり、立場・年齢を超えた親友同士でもある。
「ルーデル大佐! 久しぶりだな!」
「よう、遅かったじゃないかジーク。あと今は少将だぜ」
「昇格したのか! そいつぁめでたいな!」
「お前の活躍もよく聞いている。まったく、初めて会ったときはケツの青いガキみてえだったのによ。よくここまで立派に―――」
二人の思い出話に花が咲き始めたその時、総統の咳払いが割り込む。
「……その話はあとでもいいか?」
「「はい!! 問題ありません!! 総統閣下!!」」
総統の顔は笑ってはいるが、その目は全く笑っていない。
その軍刀のような眼差しを向けられた二人は新兵のように固まってしまった。
「うん。話を戻すが……ジーク、我が国はある年齢になった青年を三年、軍に従事させる徴兵制は理解しているな?」
「はい。常備軍の人員不足に備えるため、また有事の際に戦闘に参加できる者を増やすため、我が国は徴兵制度を取り入れた、と座学で習いました」
「その後、軍に入るかどうかは任意。また、家庭の事情や身体能力が低い者、そもそも兵士になる気力すら無い者の徴兵は拒否してもらって構わないことになっている。逆に、女性や子供でも気力があり能力テストを通っていれば入隊は可能だ」
「それが今更なんだって言うんです?」
「徴兵したすべての兵士の身体能力・学力・統率能力・その他は、軍のデータベースに事細かに保存されてある。それは仮に戦争などが起こった際に、すぐに編隊できるようにするためだ。
ここにいるのは、そのデータベースから各世代の首席上位五人までを選んだ選りすぐりの兵士たちだ」
英雄級である自身と肩を並べて共に戦う兵士たち。
その顔つきはこの平和な時代に不釣り合いなほど、勇ましく堂々としている。
一人をとってしても、並の兵士を十人相手取れるような気概を感じさせた。
「紹介をしておこう。私から見て左手から、第49期訓練兵首席卒業、ドワーフ族のガザン」
「よろしく頼む」
床まで着く長く蓄えられた白い髭を結い、一メートル前後のその体は、軍服とどうも相性が悪く不格好に見える。
顔は六十代ほどだが、十歳で老人の姿になり三百年生き続けるドワーフにとって、見た目と実年齢は完全に一致しない。
これでも身だしなみに気を付けてきたつもりなのだろうが、顔や髭には鉱山での土埃や煤がこびりついている。
ドワーフ族の祖先は大地の神から生まれた妖精の一種。鉱山仕事で鍛えられた肉体と一族が得意とする土魔導には期待できる。
「その隣が、第135期訓練兵首席卒業、女巨鬼のイーナ」
「よろしくな!」
快活な笑顔とともに、鋭く尖った牙を覗かせる二メートル前後の女性。浅黒い肌に、黒い眼球と金色の瞳、額には一対の角が生えている。
長くキレイな赤髪を後ろでまとめ、整った顔立ちは実に女性として魅力的だが、それを打ち消すがごとく鋼の筋肉と巨大な体が目に飛び込む。
巨鬼種は力が強く、大人五人でも敵わないほどだ。
しかしながら知力は低く、家族単位の小さなコミュニティしか持たないため社会性も低い。どちらかと言うと魔物よりの亜人種である。
それが首席を取れたということは、よほど才能に溢れているか、低い知力と社会性を持ってあまりある力の持ち主か。
どちらにせよ、味方となれば心強い。
「そして最後に、ルーデル少将を挟んでその隣、現役軍人のヒルデガルト・ヴァレンシュタイン准尉」
「貴殿の活躍についてはかねがね聞き及んでいます。ご鞭撻のほどよろしくお願いします」
ハン族と見間違うほどに美しく輝く銀髪と青い瞳が特徴的な少女。
軍帽を目深に被り、手には厚手の手袋、一回り大きい軍服を着ているため、ほぼ目と鼻しか見えないほど肌の露出が極端に少ない。
年はジークより一、二歳下か。若いながらも、その瞳には軍人としての揺るぎない矜持と信念が宿っている。
ジークはその少女と会って初めて思ったことは、冷たそうな女だ、ということだった。
その次に頭に浮かんだことは、疑問だった。
(見た目からして、俺と同期か一つ下くらいだよな? 訓練兵時代にこんな女兵士いたっけか?)
徴兵された訓練兵は三年間、軍に従事する。その際に一つ上や下の兵士たちとともに訓練に臨むこともある。
数千に及ぶ訓練兵の中から特定の誰かを覚えていることは難しいが、准尉にまで上れる実力や誰もが振り返るような美貌を持つ者を忘れるわけがない。
不思議がってジッと見つめ続けていると、気に障ったのか、ヒルデガルトと呼ばれた少女はほんの少しだけ眉をひそめた。
「なにか? 顔にゴミでも付いていますか?」
「いや、なんでもない。同じアイゼンラント軍人としてよろしく頼む」
紹介された三人に一言ほど挨拶を済ますと、ジークは彼らの横に並び総統の方に向き直る。
「さて、挨拶も済んだところで、これから君たち五人に命令する。大統合武闘祭で優勝を勝ち取れ。以上だ」
「「「「「はっ!!」」」」」
ジーク率いる鉄国アイゼンラントの精鋭たち。その肉体は金剛石の如く堅牢、その技は軍刀の如く鋭利、その精神は鋼の如く強靭。
護国の兵士たちは決して折れず揺るがない意思をもって武闘祭に挑む。
各国の代表選手紹介となる今回、全部をまとめようとしたらとんでもない量になりそうだったので、少ないながらも小分けしました。
さて、ここで登場人物のモデル・由来なども紹介しておきましょう。
ジーク……ドイツ語で“勝利”。また英雄ジークフリートからもとっています。
オットー・フォン・ルートヴィヒ……モデルは言わずもがな“鉄血宰相”オットー・フォン・ビスマルク。ルートヴィヒは適当につけました。
エーリッヒ・ルーデル……WW1、2時のドイツ軍人エーリヒ・ハルトマンとハンス・ウルリッヒ・ルーデル。
ガザン……語感で適当に。
イーナ……鬼→oni→ino→イノ→イーナ。困ったときはアナグラム。
ヒルデガルト・ヴァレンシュタイン……ヒルデはドイツ語で“戦い”。苗字はそもそもバレンタインにしたかったけれども英語なので、似た語感のヴァレンシュタインに。




