第73話 大統合武闘祭
紅蓮との戦いから二ヶ月以上経った。
戦いの傷は完全に癒え、僕は以前までと変わらない生活へと戻っていた。
……いや、完全に元の生活に戻ったわけではない。
まず一つ目に、僕は御者を辞めた。
今までは御者と冒険者の二足のわらじだったが、今では冒険者一筋だ。
そうした理由は僕の仲間、ゴウラにある。
彼は先の戦いでもう二度とハンター業を続けられないほどの大怪我を負った。
そのため、ゴウラはハンターを引退し、パーティの空いた穴を僕が塞ぐ形で引き継いだ。
「怪我自体は大したことはないんだが、親が『これを機に良い相手でも見つけて家を継げ』ってうるさくてな。まあ適当に宥めたら戻ってくるぜ」
と、言ってはいたが、これは僕に気負わせないための口実にすぎない。
現在、彼は実家の魔導研究所の手伝いに行っている。
今更ながら、あの筋肉ゴリラの実家が魔導士の家系であったことには驚きを隠せない。
彼の姓“ウォーロック”は本来魔導士などを指す語だ。彼の家も昔、魔導研究で大成して低級貴族並みの権威を持っている。ゴウラはそんな家で生まれ、先祖同様魔導士となるはずだった。
けれど、ゴウラには魔導の才能がなかった上に、戦士に強い憧れを抱いていたために家を飛び出したらしい。
話は逸れたが、二つ目だ。
ゴウラの跡を継ぎ冒険者業に専念した僕だが、彼の穴を埋めるには昔のままでは不十分だ。
そこで僕は英雄級の一人、リンに教えを乞うことにした。
正直僕は剣術なんかより、徒手格闘の方が合っていると思う。リンはその道の達人だ。彼女ほどの腕前にはなるのは無理だろうが、明確なレベルアップはできるはずだ。
彼女もすんなりと了承してくれて、週に三回、都合のつく日に稽古をしてもらっている。
そして、三つ目。
紅蓮との決着をつけ、僕たちは今、半ば“共生状態”にある。
そのことを利用して、リンとの稽古がない日は紅蓮に魔導の修行に付き合ってもらっていた。
影魔導や黒炎、それに神通力。彼の使うスキル・アビリティは高位のものであったが、肉体がその使い方を覚えている。
まだ完璧とは言えないものの、ちょっとした応用くらいはできるようになった。
それに、ちょっとしたとっておきも訓練中だ。
こうして修行とハンター生活を繰り返していたある日、それは来た。
―――――――――
「大統合武闘祭! 開催決定だ!!」
それは普段と変わらない日常の一片、ギルドの酒屋で駄弁っていたときに訪れた。
ギルドの端まで聞こえるような、よく通る大きな声を轟かせた人物はこの国の第一王子、ルイ王子であった。
彼は突然入り口の扉を開けると、先程の台詞を間髪入れずに宣わった。
あまりのことにギルドの時間が止まる。
誰もが口と目をポカンと開けて呆然としていた。
数秒の後、ようやく受付嬢さんがルイ王子のもとに赴いたことで時は流れ出す。
「あの……ルイ殿下? 今日はどのようなご用件で―――」
「どういったもこういったもない! 大統合武闘祭! 開催だ!!」
「いえ、それはわかりましたから……」
一向に進まない二人のやり取りを目の端に留めながら、近くに座っていたユーリを捕まえる。
「なあなあなあ、ユーリ。さっきから王子が言ってる大とーごーなんとか祭ってなんなの?」
「大統合武闘祭ね。四年に一度行われる各国対抗のお祭りのこと。各国の代表五人が個人戦で戦ったり、団体戦で競ったりする、ユニオスの一大イベントだよ」
「ふーん。オリンピックとかみたいなもんか」
「おりん……? まあ多分そんなものだと思う」
そのような会話を交わしていると、受付嬢さんと王子の間に、王子のお付として同行していたエピーヌが割って入る姿を目にする。
そしてジェスチャーを交えながら受付嬢さんと少し話した後、くるりと受付嬢さんがこちらを向いた。
肺にいくらかの空気を取り込み、王子に負けじ劣らじの通る声を発する。
「えー、忙しい中申し訳ありません。この場にいる全員にこちらの女性から話がございます」
エピーヌがそう紹介されると数歩だけ前へと歩み出て、お辞儀をした後に口を開いた。
「私はフルーランス王国近衛師団“紅薔薇の騎士”の団長、エピーヌと申します。この度は大統合武闘祭に際して、連絡に参った次第です。
例年、大統合武闘祭の代表の選抜はトーナメント形式でありましたが、此度はユニオス建国百年を祝う特別なもの。そこで各国の首脳陣は、トーナメントに参加しない強き者、運悪く序盤に敗退し代表に選ばれなかった者、そういった者たちを減らすために今回のみ代表を推薦で選抜することとなりました。
それにあたり、今日この場で殿下が決めた代表の発表及び招集に来ました」
エピーヌの言葉にギルドの中が僅かにどよめいた。かくいう僕も、興味に心が惹かれている。
ユニオス連合帝国一の大イベント。その代表に選ばれるということは想像を絶する強さを誇る者たちに違いない。
「ユーリ、誰が選ばれると思う?」
「そりゃリンちゃんでしょ。前回の出場者だし、何より英雄級だよ? 選ばれるに決まってるよ」
「それもそうか。アイツ滅茶苦茶強いもんな」
確かな予想を胸に、そのリンの方に視線を向ける。
普段の巨体では座りにくかったのか、彼女は本来の少女の姿で席に座り、我関せずといった顔で食事を続けている。
やはり自分が選ばれることを理解しているのか、その姿は小さいながらも威風堂々としていた。
静かになるのを待って、エピーヌは小さな咳払いとともに再び声を響かせる。
「それでは、ルイ殿下から代表者の発表を行います。どうか静粛に」
それだけ告げると、彼女は一歩退き、王子に対して頭を下げる。
ルイ王子はズンズンと、いつもと変わらぬ自信に満ちた態度で衆目へと躍り出る。
彼は右手に握った巻物を高々と掲げ、こう言った。
「盛り上げ御苦労。さて、件の代表の名だが、我が持つこのスクロールに記してある。皆も気にしてよう。それに応え、我手ずから読み上げよう。心して聴け」
早速スクロールを開き、その一番上に記された名を宣う。
「一人目! シャオ・リン!!」
瞬間、歓声が上がる。予想していたとはいえ、やはり高揚してしまう。
彼女の名が、鼓膜が破れるまでに何度もコールされる。
それに応え、リンは腕輪を装着しいつもの筋骨隆々な姿になると、立ち上がり拳を天井に向けた。
その姿にさらなる歓声が上がった。
「二人目! エピーヌ!!」
またもや歓声が上がる。
彼女は王国近衛騎士のトップであり、勇者候補の一人。彼女の固有能力“完全透写”はあらゆるスキルを自分のものとする。
その実力は折り紙付きだ。
二人共、確かな実力を持った強者だ。選ばれることになんの疑問もない。
彼女たちに並ぶ実力者は一体誰なのか。僕の心はさらに高ぶり、まだかまだかと待ち兼ねる。
そしてまた、ルイ王子の口が開いた。
「三人目! センダ・ヒイロ!!」
………………ん?
「やったじゃんヒロ!! 代表だって!!」
ユーリを始めとして、周りのハンターたちが僕の周りに群がる。
当の本人である僕はと言うと、あまりのことに脳の理解が追いつかず若干放心状態にあった。
マネキンのように心がどこかに行った僕の体を胴上げし、皆して喜びを分かち合う。
そのさまを放置して、ルイ王子が次の代表の名を呼ぼうとした瞬間、ようやく意識を取り戻し疑問をぶつける。
「ちょ、ちょちょっと待って! え、なんで!? なんで僕なの!?」
「なんだ? 我の推薦にケチをつけるつもりか貴様」
「え、いや、そういうつもりはなくて……。どうして僕なんかが選ばれたのか、それが疑問でして」
「そう己を卑下するな。許そう、自覚していない貴様の代わりに説明してやる。
まず初めに、先の双竜大戦における貴様の功績は実に素晴らしいものであった。それはこのフルーランスだけではなく、ユニオス全土において認められるものだろうよ。加え、天帝竜を御するその力も要素の一つだ。代表に選ばれるには十分すぎる理由であろう?」
彼の説明に僕はぐうの音も出せず、押し黙るしかなかった。
確かに、天帝竜を呼び出し、双竜大戦で貢献したことは事実だし認めはする。
とはいえ僕はまだまだ弱い。一国の代表として出場するのはプレッシャーだし、何より出場することで目立つのがすごく嫌だ。
これ以上文句を言うつもりはないが、不満ではある。
「不満そうだね」
「……名誉なこととは分かっちゃいるんだけど、それでも僕には荷が重すぎるよ」
「まあ頑張ってよ。僕たちも応援してるから―――」
「四人目! ユーリ!!」
ユーリの名が、本人の話を遮る。
まさか自分が選ばれるとは夢にも思ってもみなかったようで、ユーリは僕同様、笑顔のままフリーズした。
そんなことお構いなしに周りのハンターたちは祝福と激励の言葉を彼女にかけ、再び胴上げ騒ぎを起こす。
その中心で、クリスがいつもの三倍嬉しそうな奇声を発していたのは見なかったことにしよう。
「ちょ、ちょちょっと待って! え、なんで!? なんで僕なの!?」
「まったく同じ台詞を吐くでない! 我の判断だ! 以上!!」
「なんか僕のときだけ雑ッ!!?」
キャンキャンと仔犬みたいに騒ぐユーリを宥める。
王子はユーリの文句を歯牙にもかけず、くるくるとスクロールを収め、話を閉じにかかった。
「以上五名。開催は今日より一ヶ月後。舞台はモーラ神国の首都モラナス、大闘技場にて行う。各自調整を怠ることは許さん」
王子はスクロールをエピーヌに放り投げるように渡し、代表発表を終えようとする。
だがそれに待ったをかける。
「え、いやいや、待ってくださいよルイ王子!」
「なんだ!? 愚民風情がこの我を引き止めるなどと、身の程を知れ!!」
「えぇ、なんか怒られたし……。って、それより『以上五名』って、まだ四人しか呼ばれてませんけど……?」
「フ。分からんか、分からんだろうな。貴様のような愚民には我の高尚な考えなど理解できるはずもない、か」
うわぁぶん殴りてぇ、という言葉を飲み込む。
唯我独尊、というよりまるでガキ大将みたいな勝手ぶりだな。
そんな僕の腹など気づくはずもなく、王子は堪えきれない笑い声を漏らす。
「いいだろう、教えてやる。大統合武闘祭フルーランス代表、その最後の一人! それは―――」
ゴクリ。思わず唾を飲み込む。
遅れてギルド全体が静寂に包まれていることに気付く。
誰も彼もが王子の口から告げられるその者の名に興味を惹かれていた。
それもそうだ。満を持して発表されるフルーランス代表選手の最後の一人。それがどのような猛者か、興味がない方が少ないだろう。
そして今、肺一杯に空気を溜め込むと言葉になってそれが返ってきた―――!
「ルイ=ジョルジュ・ド・フルーランス!! すなわち、そう、この我だッ!!」
ギルドに王子の残響が広がる。それは静寂と相まって、なんとも奇妙な間を生み出した。
「フフ。あまりの衝撃にぐうの音も出んか。だが、よい、許そう。本来なら歓声を上げ誉め称えるべきところだが、我は聡明であり寛容である故な、貴様らの気持ちを汲み取り無礼を許そうではないか」
いや呆れてものも言えねーだけだよ、というツッコミを喉元で抑える。
王子の隣に立つエピーヌも羞恥と諦観の入り混じったような表情を浮かべている。
誰も、仮にも一国の王子に文句の一つでも言う度胸など持っておらず、勘違いで気分を良くした王子の高笑いが響く中いたずらに時が過ぎていった。
いたたまれない気持ちになりながらも、ただ耐えるしかないと悟ったその時、ユーリがぱっと手を上げた。
「あのぉ……ちょっと質問いいです?」
(いった!?)(さすが勇者候補!)
誰も物音一つあげようとしない中、さすがは勇気の勇者候補と言ったところか、物怖じなど一切せず未だ高笑いを続けるルイ王子に疑問をぶつける。
そのことが癇に障ったのか、王子は高笑いをやめ若干不機嫌気味に応えた。
「どうした? 勇気の勇者候補よ」
「王子が出ることは別にいいんですけど、王族って出てもいいもんなのですか? てっきりスポンサーは出られないもんだと思ってましたけど。あと戦えるの?」
「愚問だな。誰も“自身を推薦してはならない”とは言っておらぬのだから、何も問題はなかろう。それに、こう見えても幼少より剣の鍛練は積んである。この高貴なる身でも剣を取れば並みの剣士にも劣らん。戦力としては十分すぎるほどだ」
そこまで言うと、王子は再び一人悦に入る。
どうやらこの人本当に出場するようだ。
武闘祭には英雄級を始め多くの強者が集結する。
もし、もしも、万が一に王子が試合で重傷を負ったなら、それは国際問題に発展しないのか……?
考え過ぎだとは思うが、そう考えると無性に胃がキリキリと痛みだす。
「……殿下。代表発表を終えたところで、そろそろ選手たちに今回の概要の説明をしておいたほうがよろしいかと」
「む、そうだな。名を呼ばれた者は我と来い。受付嬢、応接間をしばし借りるぞ。決して誰も入れるな」
エピーヌの具申を聞き届けた王子は、応接間の場所を聞くと有無を言わせずそこへと向かっていった。
少しの間呆然としていた僕たちも、遅れてその後を追う。
応接間はギルドの二階にある。
一階は受付やクエストボード、酒場、薬草などの日用品を売る雑貨屋などがあり、時たまに一般人も立ち寄るほどにオープンな空間だ。
対して二階は応接間、臨時の仮眠室、そしてギルド長の執務室と私室があり、気軽に立ち入れるようなところではない。
それはそうと、僕がギルドに入ってから何ヶ月か経ったが、一度もギルド長らしき人物にあったことがないな。
冒険者の登録も全てカウンターで済ませたから、顔を合わせる機会が全くなかった。
噂によれば、かつてフルーランス一の武勲を立てた元英雄級だとか、小山のような大男だとか、まあともかくすごい人であるとは聞いている。
話を戻すが、先程も言ったように、僕は冒険者登録も受付で済ませたため、二階には足を踏み入れたことがない。
若干の高揚と緊張が入り交じる中、カウンター横の階段を登る。
登った先には一直線の廊下が横たわっており、右手にいくつか扉が設置されてあった。扉の反対、左手には窓が陽光を取り込み、花瓶に入れられた草花に彩りを与えていた。
一番奥には“ギルド長室”と書かれた看板が扉にかけられてある。あの奥には例のギルド長がいるのかと思うと、緊張が色を強めた。
物珍しさにキョロキョロしていると、僕を置いてルイ王子がまっすぐとギルド長室のすぐ手前の応接間へと足を向かわせる。その後を付き従う形でエピーヌが、そしてその後ろを慣れた様子のリンがついていく。
少し遅れて、僕とユーリが急ぎつつもギクシャクとした足取りで後を追う。
応接間は思ったより簡素な造りで、中央に置かれた大きめなテーブルとソファが一台、椅子が数脚備えられている。
その他には特筆すべき物はない。ユニオスを描かれた地図や花の油絵が壁にかけられ、部屋の隅に花が飾られ、窓からは外の様子が見えるくらいだ。
ルイ王子はなんの躊躇いもなく上座へと座り、それに続けて各々早いもの勝ちで席に腰をかける。
全員が座ったことを確認すると、王子は「さて、」と一言おいて口を開いた。
「気付いているものもおるだろうが、此度の大統合武闘祭は異例でな。通常ユニオスを構成する二十二ヶ国すべての国がこの祭りに参加するのだが、今回は訳あって七ヶ国のみの参加となる」
「それはまた、随分と少ないわね」
「先の帝国首脳会議にて決まったことだ。本来ならば、開催すらもできぬはずであったがな」
「それはどういう……?」
率直な疑問をぶつける。
それに対して王子は何も言わず、エピーヌへ目配せをする。あのルイ王子が他人に意見を求めるとは、それほど言いづらいことなのだろうか。
エピーヌが小さく頷いたことでようやく意を決したのか、彼は一言だけ放った。
「七つの美徳」
「……!」
その短い単語は僕に衝撃を与えるには十分すぎるものだった。
「奴らの所業は既に看過できるものではない。奴らが燻っている間は呑気に祭りに興じている場合ではないのではないか、と議題に上がってな。多くの代表がこれに賛同したわけだ」
「それもそうだよね。あいつらの真の目的は不明だけど、テロリストであることには変わりない。ユニオス全土の大イベントともなれば、動かないわけがないもん」
「そう。だが、それを敢えて逆手に取る!」
「と、言いますと?」
「大統合武闘祭を餌にする、ということだ。武闘祭は皇帝アルトリウスをはじめ、出場国の首脳、その他多くの重役が集まる。巨巌竜を使い帝都に侵攻した輩なら、これを逃す手はあるまい。ま、これには多くの首脳もそう易く首を縦を振らなかったがな。その中で手を挙げたのがフルーランスを含む七ヶ国、アイゼンラント、モーラ、ケルティン、リドニック、シュラーヴァ、そして主催国のキャメロスだ」
「自身を囮にして“七つの美徳”を誘い出すって算段ね。でも大丈夫なの? 下手すれば奴らの思い通り帝国が壊滅しかねないわ。それに、もし武闘祭ではなく他の場所で大きなテロ活動を行ったのならどうするつもり?」
「そのための推薦方式だ。奴らが如何に強大であろうと、こちらには選りすぐりの勇士が合わせて三十五人もいる。そのうち、貴様ら“英雄級”は当然のごとく出場してもらう。最強の戦士は最強の守護者たりうる。もちろん、必要最低限だが帝国騎士たちにも観客の警備をしてもらうつもりだ。たとえ奴らを打倒しても、民を守れなければ意味がないからな。貴様が危惧する地方のテロ対策の方だが、聖十二騎士をはじめとする多くの騎士は帝国の守護に尽くしてもらう。当日は警戒に警戒を重ねて仕事にあたるだろう」
王子の説明を受け、リンも納得したようだ。
以降、この事に質問をする者はいなかった。
話の三割も理解できたか不安だが、とりあえず武闘祭で七つの美徳を誘き寄せてこれを返り討ちにすることだけはわかった。
奴らも馬鹿じゃないが、この機会を見逃すほど消極的でもない。
何かしらの行動は起こす。そんな予感がした。
「それと、」と王子は話の転換に入る。
「此度、代表者の選抜を推薦式にしたのはもう一つ理由がある」
「理由?」
「そうだ。これは、ユーリ、貴様に関する理由だ」
そう言って、人差し指をまっすぐと彼女の方に向ける。
ユーリに関係する理由……? 一体何だ?
彼女自身も見当がつかない様子で、頭上に疑問符を浮かべ首を傾げている。
「僕に……?」
「ああ、そうだ。貴様……いや、貴様らに関することだ」
「貴様、“ら”? ……! もしかして!」
勇者候補。
声には出さないが、誰もが脳裏にその単語がよぎったことだろう。
そう、ユーリはいずれ世界を救うとされる勇者、その候補五人のうちの一人。近く目覚めると予言される魔王。それを打ち倒す運命を持つ者。
「気付いたようだな。……これは皇帝自らの勅命でな、『勇者どもも参加させよ』とのことだ。数年内に必ず訪れる厄災―――魔王とやらの出現に備え、早急な勇者のレベルアップが図られている」
「それで僕とエピーヌが代表選手に選ばれたわけか……」
「如何にも。あの場でこの事を話せば、贔屓だのなんだの一悶着あっただろうからな」
「勇者が絶対参加であること、七つの美徳を迎え討つこと。国としてはこの二つの事柄はなんとしても隠し通したいのです。特に後者は国民に不安を与えないためでもありますが、何より七つの美徳に事前に知られることを防ぐためです」
現在の問題と将来の不安。その両方を解決するための一手。今回の武闘祭には、そのような狙いがある。
そしてその戦いの場に、僕は駆り出される。僕の双肩には多大な重責がのしかかっている。
そう考えると、僕の手のひらには真珠の汗が吹き出る。
「気負う必要はない。最初から貴様ら個人にすべて任せるつもりなどないのだからな。そのために帝国中から猛者を集めておるのだ。それより、まずは勝て。フルーランスのために存分に力を振るえ。我からの激励は以上だ」
……彼の言うとおりだ、と思った。
僕が、十全に力を使いこなせない少年風情が、あれこれ考えても何もできるはずがない。
それに、武闘祭には最強の五人である英雄級をはじめ、多くの強者がいる。彼らに任せれば、七つの美徳も怖くない。
僕は僕のできること―――武闘祭で善戦できるように励むだけだ。
「―――さて、伝えるべきことは伝えた。それでは行くとするか」
「行く……って、どこにですか?」
「ほとほと馬鹿よな。決まっているであろう」
王子はニッと笑うと、こう続けた。
「特訓だ」




