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村人Aの異世界叙事詩  作者: ユッケ=ビビンバ
第四章 勇気の詩〜悪鬼決闘編〜
70/120

第70話 激突

テストやら自動車教習やらで気付いたら7月分の投稿がないという状況に……。

 ―――私は君を、殺しに来た。


 この何もない暗黒の中、天から降りてきた赤い和装の男はそう言った。

 その瞳からはなんの感情も見受けられず、ただ揺るぎない覚悟だけは感じ取れた。

 言葉を向けられた少年は何も言わず、じっと自身の生き写しのような男の顔を見ていた。


「……なん、で?」


 少しの間をおいて、少年が問いかける。その言葉に動揺の色はなく、なぜ空が青いのかと子どもが大人にきくかのような、ただ純粋な疑問であった。

 男はあくどい笑みを浮かべると、待っていましたと言わんばかりに声を張り上げ語り始めた。


「なぜか、だと? 私はね、ヒロ、最初からこうするつもりだったのだよ。君の体を乗っ取り、私が思うままに悪事を為すつもりだったのだ! だが、そのためには君は不要――いや、邪魔なんだ。気付いていないとは思うが、今君の魂には私のアビリティが封印されている。それは君が死なぬ限り、決して私のもとには帰らない。故に、私は君を殺し、精神の主導権を完全に我が物とし、取り戻した力で街を、国を、世界を混沌に陥れる! そのために、私は君を殺すのだ!! ハーハハハハ!!」


 男の高笑いが、永遠に続く暗闇に響く。

 今まで一度も見たことのないその男の姿に、少年は呆気にとられ口を開けていたが―――


「―――うん、いいよ」


 小さく笑うと、彼はそう言った。


 これには男の方が驚き呆れ、笑うことをやめ、丸くした目で少年を見やる。

 少年は視線を向けられると、再びその生気を失った顔で笑顔を作ってみせた。


「……今、なんと言った?」

「いいよ、って言ったんだ。僕は君に殺される」

「……死ぬんだぞ? 君は、私の良いように利用され、何もできず、何も残せず、無意味に死ぬんだぞ!? それでいいのか!?」

「いいんだって。……確かに、この世界に転生されてからは何もかも新鮮で、楽しかった。でも、僕の心は前の世界で飛び降りてから死んだままなんだ。なんというか、長い夢を見ているかのような、まるで誰かが作った物語を見せられているような、そんな感覚だったんだ。いつかは終わりが来るって。多分、それが今なんだと思う。それに、フローラちゃんがいないこの世界に未練なんてないし。なにより紅蓮が――親友が()()()()()()()、僕は()()()()()


 独白のように自身の心境を語り終えると、少年はまた笑ってみせた。その笑顔はどことなく弱々しく、儚いものであった。

 男は溢れ出る感情を押し殺すように歯を食いしばり、手のひらが血で滲むほど拳を強く握りしめる。


 ―――なぜ抵抗しない? なぜそこまで簡単に諦められる? なぜ、()()()()()()()()!?

 そのような言葉が聞こえてきそうなほどに、男はワナワナと震える。

 自身のために、自身の赴くままに生きてきた紅蓮にとって、ヒロのその言動は理解しがたいものだった。


「……そんな、一度死んだから死ねると言うのか。未練がないから死ねると言うのか。私が死ねと言ったから、君は死ねると言うのか!!」

「そうだよ」


 あまりにも簡潔な返答。しかし、その一言には絶対に揺るがぬ信念のようなものがあった。

 それを聞いた途端、男は愕然とした表情となるが、一拍おいて元の穏やかな顔へと戻る。


「……そうか。理解したよ。君の考えが理解でないことを理解した」


 男は右の手の平を少年に向ける。するとそこから黒い触手のような無数の影の糸が出現する。影は束なり、紡がれ、巨大な一本の金棒へと形を変えた。

 数歩近付き、金棒を少年の顔の横に添える。金棒のその無機質な感触はひどく殺気を帯びており、常人ならば見ただけで死の恐怖を感じ全身に鳥肌が立つことだろう。

 しかし少年はそれを首の薄い肌で直接感じてもなお、穏やかな表情を崩すことはなく、自ら差し出すように頭頂部を男に向けた。


「だが、君の気持ちを汲むことくらいはできる。……せめてもの情けだ。一撃をもってその命、冥土へと送ってやろう」


 ゆっくりと、頭上に金棒を振り上げる。両手に持ち替え、足を大きく開き、腰を落とす。その視線はまっすぐと少年の頭を捉えている。

 まさに刑を執行する直前のギロチン。降ろされれば確実に少年の命を奪い取るだろう。


「―――これが最後だ。ならせめて我が心の内を告白しておこう。私は君を友だと認めていた。これからの生で君以上の友には二度と会えないだろう。その友が私の前から消えるのは……やはり、淋しいよ、ヒロ」


 少年の顔は見えない。

 彼は今、どのような表情なのだろうか。来たる死に怖気づき、歯を食いしばっているのか。それとも、依然全てを諦めた穏やかな顔をしているのだろうか。

 どちらにせよ、少年は黙って殺されるのを待つのみだった。

 男は静かに瞼を閉じ、そして覚悟を決めた目で再び少年を睨む。


「……さらばだ。我が友よ―――――」






 ゴトン、と硬く重い物体が床に落ちる音がする。それは紅蓮が手に持っていた金棒が投げ捨てられ、地に落ちた際の音だった。

 彼の顔を見るに、その行為はヒロを見逃したためではなさそうだ。


「……チッ、間の悪い」


 眉間に皺を寄せ、上空を仰ぎ睨み、明らかに苛立った様子で小さく吐き捨てる。

 直前まで殺されかけていたヒロは一体何が起こったのか分からず、目をぱちくりとさせながら紅蓮に率直な疑問をぶつける。


「紅蓮……? これは……この()()は一体!?」

「……君にも見えているのか。ああ、そうだ。()()()()だ」



 ――――――――――



 太陽が西の地平を赤く焦がしながら消えていく。

 星がよく見える、寒く乾燥した夜空の下。鉄塔の上に一人、赤い和服の男―――紅蓮は腰を下ろしていた。

 彼は眼下に広がる景色を睨み、忌々しそうに目を細める。

 紅蓮の視線の先―――陽光の残り火が鉄塔を照らし、昼間なら様々な人間が憩うであろう広場に長く薄い影を落とす。その広場に彼女らはいた。


 数にして二十余り。男も女も、大柄な者も小柄な者も、老いも若いも、種族さえ問わず一堂に介する。

 彼らの手には様々な武具や魔道具が握られており、その瞳はまさに戦いに身を投じる戦士のものであった。

 彼らは以前ヒロが属していた狩人組合(ハンターズギルド)のメンバー。その先頭集団には、彼と馴染みの深い者たちが集っていた。

 そのうちの一人、一番先頭を歩いていた少女―――ユーリが紅蓮に届くように声を張り上げる。


「お前が!! 紅蓮だな!!?」


 塔の高さは凡そ三百メートル。当然声など届くはずもない。

 だが、紅蓮はまるで近くで聞き届けたかのように、僅かばかり眉をひそめる。

 仕方なしといった風にその重い腰を上げ、現在立っている足場を小さく蹴った。すると、彼の体は空間を飛び越えたかのように、ユーリたちの目の前に舞い降りる。

 突然姿を現した紅蓮に幾人かはどよめくが、すぐに正気となり武器を待つ手に力を加える。

 今すぐにでも戦闘となりそうな空気の中、紅蓮はそれを嘲笑うように普段と変わらない口調で話し始める。


「そう騒ぎ立てずとも聞こえているよ。……如何にも。私が紅蓮。こうして話すのは初めてだな、勇気の勇者ユーリ。して、この私に何用だ?」

「ヒロを取り戻しに来た。その体をヒロに返してほしい」

「断る、と言えば?」

「ここにいる全員で無理矢理にでも言うことを聞かせる」


 これを聞いて、紅蓮は口の端をグニャリと歪めた。


「……ク。クク、ク。フフフハハハハ。ハーハッハッハッハ! 私に、言うことを聞かせる!? 君達が!?」

「ああ、そうだ」

「ハハハハハ! ヒィー、腹が痛い! ハッハッハ、クククク……ふぅ、あー笑った笑った。……あまり嘗めた口をきくなよ、人間風情がッ!!」


 彼の名のように、紅蓮の炎が燃え盛るが如き怒り。これに当てられた多くの者は萎縮し、無意識に後退る。圧倒的な力量差を本能で理解してしまったのだ。

 しかし、ヒロを取り返すと覚悟した者たちにとって、そのようなものは恐怖の対象ではない。

 既にこうなることは予見していた。ならば何が何でもその目的を果たすのみ。

 彼らの瞳に宿る勇気を目の当たりにした紅蓮は、依然殺気を放ちつつも、その口角は大きく吊り上がっていた。


「豪胆結構。私もそういう人間は好きだ。君たちと拳を合わせるのもやぶさかではない。とはいえ、些か雑輩が多いな。……なら、軽い()()でもするか」



 そう言うと紅蓮は大きく飛び退って距離を取ると、右の掌を突き出し、力を溜めはじめた。

 先程まで周囲に放出していたオーラのようなものが、渦に飲み込まれるように掌へと収束していく。

 すると、そこから身の毛もよだつほど恐ろしい、静脈血のように赤黒く染まった火焔が吹き出し、意思を持つかのように彼の右腕に取り巻いた。


「ッ! まずい避けてッ!!」


 ユーリを始めとして何人かが黒炎の危険性にいち早く気付いたが、もう遅い。

 横一閃、紅蓮は右腕を振るう。その軌跡をなぞるように、黒炎がユーリたちに襲いかかる。

 それは猛る噴煙のように、荒れる怒涛のように、うねりを上げ、彼らを飲み込んだ。


 地獄の業火(インフェルノ)。その光景を見れば間違いなく誰もが口を揃えてそう言うだろう。

 この世ならざる赤黒の火焔は広場の半分ほどを覆い、亡者の嘆きのような音を立て、天に輝く月をも喰らわんと伸び上がる。

 生きとし生ける者の身も、骨も、魂さえも灼くような豪炎。これをまともに受けて無事いられるはずはない。


「―――確かに、多少威力は抑えた。だからってまさか()()()()とはね」


 魔法が解けるように、黒炎がフッと消える。

 炎に覆われた部分は焦土と化し、黒焦げた大地が広がっている。

 その中央に光り輝く半球(ドーム)がポツンと取り残されていた。

 半球の中、全員の最前線に立ち、紅蓮に向かって大盾を構える青年が口を開く。


「スキル“インヴァイラブルシールド”。そう簡単倒せると思うなよ、紅蓮とやら」

「“人馬宮”ケイロン・エイジャックス……その防御力、少々厄介だな」


 光のドームが解除される。同時に、二つの影が飛び出した。

 影は目にも止まらぬ速さでグングンとその距離を縮める。そして両翼に別れると、上空から強襲する鷹の如き素早さで紅蓮に襲いかかった。


「“大跳躍突き(バレストロワ)ッ!!”」

「“猪頭(シシトウ)”ッ!!」


 右からは音速の壁をも超えるレイピア。左からは猪の突進を彷彿させるような鋭い拳。

 目で追うことすら簡単には許さぬ高速の一撃。それが両横から同時に来るとなれば、どのような達人であろうと避けるのは至難の業。

 その二つが今、紅蓮を捉えた―――!



「―――速く、そして重い攻撃だ。流石の私も今のはちょっぴりヒヤッとしたぞ。だが、()()()


 二人の攻撃はいつの間にやら取り出した黒鉄の金砕棒によって阻まれていた。

 端に付いた鉄輪はレイピアを絡め取り、反対側の八角棒は大きな拳を受け止めている。

 軋むような音を立て、三人はそのまま膠着状態へと陥る。どちらかが押すこともなければ退くこともない。

 まるで“ヤジロベエ”のような危ういバランスの中、紅蓮は余裕を表示するかのように口を開く。


「“破壊僧(デストロイヤー)”シャオ・リンに“誠実の勇者”エピーヌ。お前たちの力量を既によく知っている。共に名声に違わぬ強者だが、それだけでは私には敵わないよ」

「ヒロ! いつまで寝ぼけたことを言っているつもりだ! いい加減目を覚ませ!!」

「目を覚ますのはお前たちの方だ。私はヒロではない。そしてヒロはもういない」

「それはあんたが決めることじゃない!」

「吠えるではないか。ならば実力で示してみよッ!!」


 金砕棒を振るう。紅蓮の力は超人じみた二人を遥かに超え、木っ端の如く彼女たちを軽く跳ね除ける。

 だが、二人も負けじと体勢を立て直し、再び紅蓮に挑みかかる。

 エピーヌの多彩な技の応酬。リンの強力無比な拳法の連撃。更にそこへ仲間のバフが乗算される。

 息もつかせぬ攻撃の数々は、伊達に大層な二つ名を持っていないと称賛すべきだ。

 しかし、更に称賛するべきなのは紅蓮の方だった。


 迫りくる必殺の剣と拳。だが、紅蓮はこれを戯れるかのようにいなし、受け止め、その場から一歩も動かずに捌き切る。

 まるでどこから、どのような角度で、どのような技が来るのか、完全に解っているかのように攻撃の雨霰を弾いている。

 エピーヌたちもただ闇雲に攻撃しているわけではない。死角や隙きを衝き、最適な攻撃を放っている。

 それでも通じないのだ。


「リン! エピーヌ! 準備ができたわ!」


 突如、そのような声が飛び込んでくる。

 これを聞くやいなや、二人は飛び退き、紅蓮から距離を取る。

 二人を捨て置き、声がした方に顔を向けると、アリスを筆頭に多くの魔導士・魔術使が紅蓮に照準を合わせていた。


「これは―――」

「撃てェーーーッ!!」


 掛け声とともに溜めに溜めた魔導が一斉に開放される。

 炎、水、風、土、氷に雷。様々な属性の魔導が紅蓮に向けて放射される。

 この飽和攻撃の弾幕に紅蓮は逃げることもできずに、その全てを喰らってしまった。

 着弾の衝撃がユーリたちの肌を打つ。彼が立っていた位置には、巨大な砂煙が立ち込める。

 瞬間的な火力では先の二人を軽く超えている。流石の紅蓮と言えど、これをまともに喰らえばただでは済まないだろう。

 もくもくとその場に留まり続ける砂煙を見て、全員の心に僅かな安堵が生まれる。そして誰かがそれを言葉にした。


「やった!」

「まだだ。油断するな。全員であの砂煙を取り囲め!」


 その者の言動――その場にいる全員の慢心を諌めるようにケイロンが指示を出す。

 奴はまだ動ける。その最悪の場合を想定して、あらかじめ伝えておいたハンドサインで次々と指示を出していく。

 これに応じぬ愚行を犯す莫迦者はおらず、ハンターたちは速やかに円陣を組む。

 砂煙が晴れていく。紅蓮は倒れているのか、それとも隙きを衝いてどこからか飛び出してくるのか。

 幕が開けていくとともに、各人の胸には焦燥と緊張が湧き上がり、手のひらにはポツポツと汗が滲み出る。


 巨大だった砂煙が人一人がすっぽりと入るほど小さくなり、その中に人影が映し出された。その時―――



「―――愚策を取ったな、ケイロン」



 果実を真横に切ったかのように、砂煙が両断される。

 その中から押し固められた空気の刃のような不可視の攻撃が展開される。

 弾丸が如き速さのそれに殆どの者は対応できず、そのまま後ろへ数メートル吹っ飛ばされた。

 知らずとはいえ、範囲攻撃に備えていなかったのは確かに愚策。大盾で攻撃を防ぎながら、ケイロンは後悔したに違いない。


 バタバタとハンターたちが倒れていく。

 その中でなんとか立っていた者たちは、ケイロンにリン、エピーヌ、ゴウラとその後ろにアリスとクリス、モフ。そしてユーリ。奇しくも、ヒロと縁深い者たちばかりであった。


「ひい、ふう、みい……残ったのは七人(と一匹)か。それも随分と見知った顔ばかりだ」

「ぐっ……防いだ手がまだ痺れやがる。一体何なんだ今のは?」

「ゴウラか。君ごときが私の()()()()、更には後ろのアリスとクリスまで庇って防ぎ切るとは思いもしなかったよ」

「神通、力……?」

「ん? ああ、説明がまだだったか。そう、私はね、神通力――厳密には六神通と呼ばれるスキルを所持している。あらゆる場所へ行け、あらゆる場に立てる“神足通”。あらゆる場を見通す千里眼である“天眼通”。あらゆる音、遠くの音をも聞き分ける“天耳通”。他者の心を読む“他心通”。少し先の未来を知る“宿命通”。そして強力な念動力を引き起こす“神腕通”。ヒロが持っていたアビリティも、私のこのスキルが変化したものだ

 このスキルがある限り、君たちが私に攻撃を当てることも、私の攻撃を避けることも不可能。加えて鬼特有の怪力。生来の戦闘センス。全てを焼き尽くす黒炎。変幻自在の影魔導。君たちが私に勝てる確率など万に一つも―――」

「“疾風加速(エアロブースト)”ッ!!」


 紅蓮の話は、スキルによって加速したユーリの剣によって阻まれる。

 まさに疾風の如き高速の一撃。しかし、これも紅蓮の前では無力。いとも簡単に受け止められてしまう。

 高い金属音を立ててぶつかり合うユーリの剣と紅蓮の金砕棒。火花が散りそうなほどに押し付けられる二つの得物。

 ユーリは歯を食いしばり、両手にさらに力を込める。だが、いくら力を入れども入れども、金砕棒は微動だにしない。

 それほどまでに二人の力の差は歴然であった。


「……話を聞いていたのか? 速いだけでは私には通じない」

「そうなの? ごめん。長いし何言ってんのか分かんないから聞いてなかったや」

「人の話はしっかり聞いておいた方が良い……ぞ!」


 金砕棒を振るい弾き飛ばそうとするが、ユーリはそれを察して大きく後ろに飛び下がる。

 一旦距離を取ると、ユーリは目玉だけを動かして情報の分析を図る。


 ―――残ったのは自身を入れて七人。ケイロン、ゴウラ、アリス、クリス、リン、エピーヌ。モフもいるけど、正直期待はできない。この内支援や援護射撃が行えるのはアリスとクリスだけ。

 倒れている人たちはまだ息がある。けどすぐに立ち上がれそうな人はいない。今立っているメンツで紅蓮を倒さなきゃいけない。

 紅蓮の方はというと、あっちからは仕掛けてこない。余裕のつもりか。ムカつく。

 それにしても、さっきの()()……もしかして―――


「クリス! “解析(アナライズ)”!!」


 ユーリが下した短い指示に、その場にいたものは驚愕とともに異を唱える。


「正気ですかユーリ様!? 今更そんなことをしても無駄です! 後手に回ることになりますよ!」

「分かってる。それでも確かめたいことがあるんだ。ケイちゃんとゴウラはクリスの護衛を。他は僕と一緒に紅蓮を押し止めるよ」


 一通り命令を出すと、ユーリは前へと躍り出る。

 クリスはその後ろ姿を未だ困惑した瞳で眺めていると、彼女の前に二人の男が並び立つ。


「何をしてんだ? 早く“解析(アナライズ)”しろ!」

「ゴウラ……ですが……」

「クリスティーナ、躊躇している暇はないぞ。今はとにかくユーリの命令に従うしかない。安心しろ。お前は俺とゴウラが守ってみせる」

「そういうこった。分かったなら頼むぜ!」

「……ああもう! 承りましたわ! これもユーリ様のため!!」


 頬をペシペシと叩き、余計な考えを払拭する。

 四の五の考えていても仕方ない。なら、自分はただ従うのみ。覚悟の意志が込もった瞳がそう物語る。

 クリスが解析(アナライズ)を開始する。同時に各々は戦闘態勢を取る。

 明確な敵意を向けられながら、紅蓮は嘲るように静かに笑った。


「……クク。なるほど、そういうことか。ユーリ、君の考えていることは理解したよ。ならば私は敢えてそれに乗ってやろう」


 金砕棒を両手に持ち替え、構えを取る。それは今までとは違う、初めて紅蓮が示した戦闘の意志であった。

 ユーリたちに緊張が走る。言いようのない不安が背中に張り付く。

 そして誰かが唾を飲み込んだ。その瞬間、紅蓮が動き出した。


「来るぞッ!!」


 紅蓮が地面を蹴る。そのたった一蹴りで彼の体は宙に浮き、ユーリたちの目の前まで飛んでいく。

 飛んでいった先、紅蓮が最初に選んだ標的はユーリだった。


 生み出したスピードを運動量に換え、その全てを金砕棒に乗せ、彼女の脳天めがけて振り下ろす。

 ユーリはそれを剣を盾にして受け止める。

 再び重なり合う剣と金砕棒。だがその衝撃は先程の比ではない。

 ズン、と下腹部に響く重たい音が轟く。受け止めたユーリの足が地面にめり込む。剣は僅かにしなり、剣を受け止める手から血が滲み出る。

 速さと紅蓮の全体重、それがユーリの華奢な身体にのしかかる。彼女の負担は馬鹿にならないだろう。

 だが歯を食いしばり、全身の筋肉に喝を入れ、踏ん張って、踏ん張って、必死に耐える。


「ユーリ!」


 紅蓮の右斜め上空からエピーヌが跳びながら突きを繰り出す。

 しかし、紅蓮はユーリを蹴ってこれを避ける。

 だがエピーヌもこれで終わるほど甘くはない。紅蓮が着地したところを狙い、剣技の応酬を掛ける。

 突き、斬り、払い、薙ぎ、隙など見せない流れるような連撃が放たれる。

 けれどエピーヌの攻撃は尽く虚空に吸い込まれるばかりであった。


「クッ……! スキル“五月雨突き”!!」


 先に痺れを切らしたのはエピーヌであった。

 スキルによる突きの雨霰が紅蓮に降り注ぐ。まさに五月雨が如く、高速で打ち出される剣先は紅蓮に逃げ場など与えない。

 しかし、紅蓮はこれを凌駕する。迫りくる突きの一つ一つ、それと全く同じ軌跡で()()()()()のだ。

 それは攻撃全てを見切る動体視力とエピーヌを超える反射神経があって、初めてなせる荒業。紅蓮の技量はエピーヌと同等……否、それ以上だ。

 激しい衝突音が重なり合う。それはもう大瀑布の轟音のように。

 全く同じ速さ、位置、角度でぶつかり合う突き。速度や技術が同等であるのならば、優劣を左右するのは“膂力”であった。


 天秤が僅かに紅蓮に振れる。そこからエピーヌの攻撃は瓦解していった。

 エピーヌが押され始める。紅蓮は調子付いたのか、突きの速さや数が増えたようにも思える。対して、エピーヌは防戦一方だ。

 そして今、紅蓮がエピーヌを上回った。

 金砕棒の鋭い突きが彼女の胴にめり込む。内臓が傷付いたのか、口から血を吐き出しながら後ろへ吹き飛んでいった。


「まずは一人」


 金砕棒を肩に担ぎ、一息つく。

 その瞬間、紅蓮の周りがパッと明るくなる。

 空を仰ぎ見ると、無数の火球が彼の上空を覆っていた。


「炎魔術“火球の雨(ファイアシャワー)”!!」


 火球の主であるアリスがそう叫ぶと、赤赤とした小さな太陽たちは紅蓮に向かって急速に降下を開始する。

 逃げる場を与えないほど広域に、防ぐ隙を与えないほど濃密に、火球は降り注ぐ。

 その様は凄まじく、戦闘機の空爆や、ソドムとゴモラを焼いた炎と硫黄の雨を連想させる。

 赤いゲリラ豪雨はすぐに止み、その場には火炎が立ち込め、黒い煙が空へと舞い上がっていく。

 これだけでも十分な威力。だが、まだ終わらない。


「大火炎魔術“焔の嵐(フレアストーム)”ッ!!」


 アリスが杖を燃え盛る炎に向ける。

 すると、ただ揺らめくだけだった火炎は意思を持って動き始め、渦を巻いていく。

 炎はすぐさま高さ十メートルほどの燃える竜巻となり、その周囲や中にあるもの一切合切を破壊していく。


「アリス! 流石にこれは―――」

「やりすぎだ、なんて言わないでよねユーリ。これでも効いているか分かんないんだから。それよりもアナタはエピーヌの回復を―――ッ!?」


 瞳に飛び込む映像にアリスは思わず言葉を飲み込む。

 それもそのはず。

 先に放った彼女の大技、“焔の嵐(フレアストーム)”が下から徐々に赤黒に染まっていたのだ。

 黒炎へとすり替わっていくその光景は、まさに―――


「炎が……黒炎ほのおに喰われてる……」


 数分もしないうちに炎の竜巻は黒炎の柱へと姿を変える。

 そして、幕が開けるように黒炎は上へ上へと浮上し、紅蓮が姿を現した。

 片手を真上に突き上げ、赤黒い炎球を形成する。残ったもう片方の手で服に付いたすすを払う。

 手にこびりついた黒い汚れを見て微かに眉を細めると、瞳を炎使いの魔術使に向ける。


「今のは、中々に焦ったぞ。アリス・ヴァイオレット」

「その割には随分と涼しい顔してんじゃない。さっきは()()言ったけど、内心結構自信あったのよ?」

「それはそれは、申し訳ないことをしたね。でもねぇ、この程度の炎じゃあ何も燃やせない。“本物の炎”ってやつを教えてやるよ」


 突き上げた手に魔力を込める。すると赤黒い炎の塊はさらにその大きさを増す。

 それは黒い太陽と言うにはあまりにも禍々しい。その熱は単純に高温であるうえに、魂さえも焼き焦がすかのような呪いの如き強力な魔力を感じる。

 その魔力の質たるや、竜の魔法に手が届くほどだ。

 ―――これは危険だ。誰にでも分かる結論だった。


「往ね」


 冷淡な言葉とともに、それがアリスに向かって投げられる。

 迫る赤黒の火炎。触れればもちろん、かすったとしても死は免れぬだろう。

 ―――逃げなければ。どこへ? この大きさ……それが及ぼす範囲は到底人の足では脱出不可能だ。そんな簡単なこと、解っていた。

 アリスが死を覚悟し、目をつむったその時―――咆哮が轟く。


「キュイーーーーー!!!」


 シリアスという言葉からかけ離れた、まぬけな声を上げながら、白い毛玉が猛ダッシュでアリスの前に飛び出る。


「モフ! ダメ―――!」


 アリスが静止の言葉をかけるも、モフはその言葉を聞かず黒炎にかじりついた。

 モフはその身を焦がしながらも懸命に食いつき、黒炎を構成する魔力をその腹に収めていく。

 “魔喰いの幻獣”。いつか、怪盗団の魔女がそう言っていたことを思い出す。

 モフは他者の魔力を喰らい、自身の栄養としている。いつも捕食対象にされているアリスにとっては、無意識のうちに気付いていた事実だ。

 だが、あまりにも体格が違いすぎる。いくらモフが大食いであろうと、容量が足りない。


「キュ……キュキューーーー!!」


 それでもなお、モフは引こうとはしない。

 次第に黒炎は小さくなっていく。だが、それでもまだ十分人を葬ることのできる大きさだ。

 その時、モフの白い毛先が黒に染まった。


「キュゥ……グゥウウッ!!」


 モフの体が徐々に黒に染まっていき、炎のように揺らめく。それに合わせて、その体も大きくなっていく。甲高い鳴き声は低く、獣のうめき声のそれとなり、その姿は小さな猛獣そのものになりつつあった。

 モフの変化と比例するかのように、黒炎の減衰は加速する。

 そして赤黒い炎は人間大にまで収縮してしまった。


「モフ……魔喰いの幻獣か。大した戦力にならないと捨て置いたが、これは些か厄介だな。しかし、愚かだ」


 紅蓮が黒炎に向けて手のひらを向け、そして握る。

 すると、黒炎は彼の意思に呼応して、爆ぜた。



 ―――ドオオオォォォオオンッ!!!



 爆音が耳をつんざき、熱風が肌を撫でる。

 その爆発の直撃にあったモフとアリスは吹き飛び、地に倒れ伏した。

 全身から血を流し見るからに痛ましい姿ではあったが、まだ微かに息は残っていた。

 九死に一生を得たとはいえ、二人の体は満身創痍。戦闘不能だ。


 モフの体から黒が失せ、二人が立ち上がらないと判ると、紅蓮は小さく言葉を漏らす。


「これで、二人と一匹―――」

「紅蓮ッ!!」


 爆風で舞い上げられた砂塵の幕からリンが強襲する。

 彼が気を抜いた絶妙なタイミング。今更行動を起こそうと対応不能な間合い。完璧な不意打ちだった。

 リンの豪腕が紅蓮を襲う―――!



 ―――パシッ、と乾いた音とともに、いとも容易くその攻撃は素手で止められた。


「宿命通。言ったろう。私は少し先の未来が視える」


 掴んだ拳に力を加える。鋭く伸びた爪によって皮膚が突き破られ、ミシミシと骨が悲鳴を上げる。

 その激痛に、彼女は思わず口の端を歪め、声を漏らす。


「シャオ・リン。お前はこの中で最も危険視すべき人間だ。下手をしたら私が倒されかねんからな。だから―――」


 紅蓮の掌がリンの鳩尾に添えられる。


「一切容赦はしない」


 神腕通。突風のような念力が紅蓮の掌から放たれる。

 流石の英雄級と言えど、急所に大きな衝撃を加えられたとなればひとたまりもない。

 呼吸困難に陥いったリンは乾いた息を一つ吐くと、腹を抑えその場に蹲る。

 そうして近付いた彼女の顎に、紅蓮は全力の拳を放つ。

 顎を打たれたことにより、首を支点に頭が大きく揺れる。頑強な筋肉に覆われた彼女であっても、脳は無防備。脳震盪を起こし、最強は白目を向いて倒れた。


「三人……残りは、四人!」



 残された四人は戦慄する。彼の圧倒的なまでの強さに。三人を倒すその技量、速さ、魔力、そして力に、戦慄せざるを得なかった。

 これまでの、どの相手とも違う。絶対的な強者、立ちはだかる強大な壁、言うなれば“魔王”。

 そうだ、魔王だ。彼から放たれる無邪気で純粋な悪のオーラも、身の内からあふれる恐怖心も、魔王のそれだ。


 今、赤い衣の魔王が歩いてくる。その顔を歓喜の笑顔で歪ませながら、一歩、また一歩、迷いなく近付いてくる。

 ケイロンたちは今一度勇気を奮い立たせるが、それを凌駕するほどの恐怖が彼らを襲う。

 無理もない。最強と謳われる英雄級でさえも、ものの二撃で沈黙させた光景を見せつけられたのだ。怖気付かない方がおかしい。

 ただ一人を除いては。


「……君も、学ばないな。()()()!」


 ただ一人、勇気をもって彼に立ちはだかる者がいた。

 “勇気の勇者”ユーリ。彼女だけは紅蓮が放つ恐怖に屈しず、その瞳に戦意を灯していた。

 魔王と勇者。奇しくも伝承で語り継がれる光景が、今この場で再現されている。


「君もバカではないはずだ。君と私とでは力の差は歴然! 真っ向から挑んでも、君に勝機などはない」

「かもね。でも引くわけにもいかないんだ」

「何故だ」

「ヒロは、()()()()()()()()()!」


 友達が困っているのなら、手を差し伸べる。そんな当たり前で、たったそれだけの理由のために、ユーリは喜んで命を差し出すだろう。

 恐怖や絶望が伝染するのなら、勇気もまた伝染する。

 ユーリが放った言葉は勇気を乗せ、ケイロンたちの心にも伝える。もう彼らのうちに恐怖はない。


 答えを受け取った紅蓮は静かに微笑む。


「そうか。彼も、いい友人を持ったものだ。だからといって、そうやすやすと返すわけにはいかない。私にも私の目的がある。そのために、悪いがヒロには人柱になってもらう。どうしても返せと言うのなれば、私を倒してみせろッ!!」

「上等ッ!!」


 金砕棒を手に、紅蓮が駆け出す。それに応じて、剣を握る手に力を込める。

 そして今、二人が衝突する。



 ―――ブンッ!



 ユーリの剣が紅蓮の眼前を掠める。

 小さく舌打ちし、紅蓮は大きく距離を取る。


 ユーリが紅蓮を上回ったのか? 否、違う。僅か一瞬の出来事であったが、先に攻撃を仕掛けたのは紅蓮の方であった。

 しかし、金砕棒をユーリに振り下ろす刹那、紅蓮の動きが止まった。

 その隙きをつき、ユーリは攻撃を仕掛けたのだ。


 なぜ、紅蓮はあの一瞬躊躇したのか。

 彼の性分なら、敵に情けをかけたわけではないだろう。

 その答えは彼の言葉の中にあった。


「……なぜ、なぜ今更邪魔する。()()



 ――――――――――



「……悪い、紅蓮……」


 振るえる腕で紅蓮の服の袖を弱弱しく握りしめながら、少年が小さく謝罪の言葉を口にする。

 だが、相手をまっすぐと見据えたその顔に後ろめたさなどはなく、何かを決心したかのような揺るぎないものであった。


「……今更未練でもできたか?」

「違……くはないか。ああ、そうだ。僕は勘違いしていた。僕がいなくなっても何も変わらないって、勘違いしていたんだ。

 でも、違った。僕がいなくなったら悲しんでくれる人がいた。僕のために、必死に戦ってくれる人がいた。僕を友達と呼んでくれる人がいた。

 だから僕は死ねない。その人たちのためにも、ここで消えるわけにはいかないんだ!」


 そこに死を受け入れるほどの潔さはない。みっともなく、未練がましい。

 だが、だからこそ、その瞳は力強い。


 彼の言葉を聞くと、紅蓮は大きく快活に笑ってみせた。


「ク、ククク、ハハハハハ! 嗚呼、それでこそだ。それでこそ人間だ! しかし、どうするね? 君の力はそのほとんどが私に起因する。影魔導も使えなければ、鬼人モードも不可能だ。さらに言えば天帝竜の恩恵もこの場では期待できない。その貧弱な体で、どう(わたし)に立ち向かうというのだ?」


 このままではヒロは勝てない。覆しようのない事実であった。

 肉体のみで言っても、人と鬼。そこには絶対的な差がある。

 加えて双方の戦闘技術の差も歴然。かたや戦いの素人、かたや戦闘の天才。

 その二人が戦うとなれば、その結果は火を見るよりも明らか。それはヒロも承知の筈。


 だというのに、彼の目から闘争の炎は消えていなかった。


「……なにも、紅蓮(それ)だけが攻撃の手段じゃない。僕にはこの世界で得た力がある。窮地を駆け抜けた経験がある。そして何よりも―――」


 袖を放し、己の手の平に視線を落とすと、祈るように静かに目を閉じる。

 そして再び目を開けた時、それはあった。


 ヒロの手には、勇気カーレッジとの戦いの最中に砕かれた、白銀のグラディウスが握られていた。

 自身の姿を反射するその刀身を慈しむような目で見つめ、優しく微笑む。

 ヒロは顔を上げると、剣を構え、再び勇ましい目線を紅蓮に向ける。


「―――僕には仲間がいる」


 異世界に訪れてから出会った多くの人々。ときに肩を並べ、ときに喜びを共有した大切な人たち。かけがえのない仲間たち。

 ヒロには彼らがいる。

 たったそれだけのことで、彼はどのような強敵相手だろうと立ち向かえると言うのだ。


「―――仲間。仲間、か……。フ、フフ。私ではなく、その仲間とやらを信頼するとはね。だが、()()()()()。君が必死に抵抗すればするほど、私も必死に奪おうとするだろう。そうなれば、我が心の中に孕んだ引け目も、その時ばかりは忘れられることだろうよ」

「ああ、それで構わない。依然、()()()()()()()()()。ただ今は、紅蓮、お前よりユーリ達の方が優先だ!」

「いいだろう! 仲間がなんだというのだ!? この鬼神、紅蓮の前では無意味だという事を思い知らしてくれるッ!」

「それはどうかなッ!?」


 剣の切先を天に向け、大きく肺に空気を溜め、そして叫ぶ。



 ――――――――――


『ユーリ!! ()()()は任せたッ!!』


 ――――――――――




 ヒロの声が轟く。その声は紅蓮の口を通し、外にいるユーリ達のもとにまで届いた。


(僅か一瞬だが、意識の支配権をヒロに盗られた……!? アイツ、この短時間で意識の昇降をものにしようとしているのか……?)


 自身の意識とは別に放たれた言葉に、紅蓮は思わず口を塞ぎ、動揺を露わにする。

 だが驚愕も束の間。すぐさま目の前の相手に注意を向ける。



 ユーリとその仲間たちに動きはない。ただ、彼らは笑っていた。

 戦慄、恐怖、恐慌。そのようなものは一切ない。

 ヒロの声を聞いて安心したかのような、穏やかな笑顔だった。


「……わかったよ、ヒロ……」


 ユーリが小さく呟く。それと同時に解析(アナライズ)が完了する。

 いち早くその結果を目にしたクリスは驚きの表情と共に、映し出した解析アナライズの結果をユーリに見せる。


「ユーリ様! これは……!?」

「うん、見せて。……やっぱりそうだ」


 合点の行った表情を覗かせると、彼女は子供のように楽しそうな微笑みを浮かべ、まっすぐと指をさし、意気揚々と紅蓮に向かって言葉を放つ。


「紅蓮! お前の弱点、突き止めたぞ!!」


 息巻いてそう宣ってみせるユーリを、紅蓮は眉間に皺を寄せ睨み返す。

 それはどこか焦っているかのようにも見えた。


「おかしいと思ったんだ。確かにお前は強い。六神通とかいうスキルや赤黒い炎を全力で使えば、僕たちなんてあっという間に倒せたはずだ。だけどお前はそうしなかった。そこで剣がぶつかったとき、ふと思ったんだ。それはしなかったんじゃなくて、()()()()()()んじゃないのか、ってね」

「…………」

「そこでクリスに調べてもらったんだ。そしたら案の定。紅蓮、お前のその体は()()()()()()()だ。鬼人モードで力や速さは強化されているが、レベルや魔力は以前のヒロとそう変わらない。加えてその六神通や黒炎は強力な反面、魔力の燃費は悪い。だから連続して使えない。そうでしょ?」


 紅蓮はしばらく黙っていた。その間も彼の赤い眼光は剣のような鋭さをもってユーリに向けられていた。

 そして、自身のうちに湧き上がる感情を崩すかのようにわざとらしく笑うと、ようやく口を開いた。


「……ハ。案外頭が回るようだな。如何にも、今の私は全盛期とは程遠い状態にある。大技を多用できないのもまた事実だ。だが状況は揺るがないぞ? 君の仲間の多くは倒れ、君たちも私を倒すには実力が足りない。ヒロも私の中で抵抗するようだが、大した問題ではない。この状況でまだ足掻くというのか?」

「当然だ。だって―――」


 瞬間、背後に大きな魔力の反応を三つ、感じ取る。

 本来であれば天眼通、天耳痛、宿命通を持ってして難なく躱せたのであろうが、魔力を消費を抑えるためにスキルを切っていたのが仇となった。完全な慢心、油断であった。

 振り返ると同時に飛び退る。その時、彼の瞳に飛び込んできたのは、巨大な炎球、虎の掌を模した衝撃波、そして空翔ける複数の斬撃が視界いっぱいに迫りくる光景だった。


(しまっ―――)


 神足通による回避も神腕通による防御も間に合わない。

 咄嗟に腕を交差し防御した、次の瞬間、大きな音を立てて三つの攻撃が炸裂した。


 突風が一刹那の間だけ吹き荒び、煙塵がその場を覆う。

 その煙の幕は紅蓮が金砕棒で払うことによって開かれる。

 紅蓮は立っていた。しかし、頭部から顎にかけて赤い筋が引かれ、所々その玉のような肌が擦り切れていた。

 彼にとって、ほんの僅かなダメージだろう。

 だが、初めて与えた、明確な傷だ。


「―――僕には仲間がいる」


 紅蓮の赤い瞳が妖しく輝く。その眼光の先には三人の影があった。

 その正体は先程彼に倒されたはずの三人であった。


「……なるほど。隠し持っていた回復薬ポーションでも使って傷を癒やしたか。しかし多少傷が癒えたとて、万全ではなかろう。ただのその場しのぎの悪あがき――イタチの最後っ屁とでも言うのだろうな、この場合は」


 紅蓮が顔の擦り傷に手を当て、ふっと払うような仕草を取る。

 するとそこにあったはずの傷は最初から何も無かったように消え去った。

 鬼の生命力、突出した治癒能力のなせる技だろう。その他の傷も次々に、まるで時が巻き戻るかのように治っていく。

 最後に顔に付いた血の線を拭えば元通り。女性のような整った顔立ちに戻る。


「だが、たとえ悪あがきであろうと、私に傷を負わせたことは素直に感心した。褒めるに値する。だからこそ、もう手加減はなしだ。私は本気で君たちを殺そう」


 今までとは比べようのないほどの殺気。まるでナイフを首元に押し付けられているかのような、明確な殺意が放たれる。

 その様はまさに鬼神と呼ぶに相応しい。

 紅蓮が金砕棒を静かに構える。それに応じてユーリたちも戦闘態勢を取る。


「やれるもんならやってみろ! 僕たちは―――」



『僕は―――』



『「必ず(ヒロ)を取り戻すッ!!」』

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