第69話 私は君を
知らん間に前回から三週間が過ぎていた恐怖……。回を重ねる毎に、どんどん筆が遅くなっているッ!
ジャイローーォオッ!! これはスタンド攻げ(ry
空が割れ、地が砕け、そこは崩れた世界というには十分すぎる空間だった。
その空間の中心に白いワンピースを身に纏った一人の赤毛の女性――アルルが、瞳に哀しみを宿しながら、淋しく立っていた。
まるでその空間―――“白い世界”を憂うようなアルルはふと静かに瞼を閉じ、ゆっくりと言葉を紡ぎだす。
「よく、ここまで辿り着けましたね」
崩壊した世界に投げ込まれた美しい声。
海に落とした一滴のインクのようにただ消えていくだけのその言葉を、背後の男性が掬い上げる。
「正直、かなり苦労したけどね。まさか、こんな意識の深層に隠れているとは」
返されたのは、アルルとはまた違った美しさを持つ男の声。
赤毛の女性が振り返ると、十数メートル先の、まるで海原から突き出した小岩のように取り残された大地の上に、紅蓮が薄い笑顔を浮かべて立っていた。
憂いを帯びた眼から一転、アルルはさも汚物を見るかのような冷酷な視線で朱い和装の男を睨みつける。
「わざわざこのような所にまで来て頂けるとは。鬼神様は相当の暇人とお見受けいたします」
「『このような』とは随分な物言いだな。この空間は元は全てヒロのもの―――彼自身の心象風景だ。今では所々私によって侵食されているがね」
「その心象風景をこのようにしたあなたが、今更彼を尊ぶというつもりですか」
「当然だ。ヒロは私の友だ。だからこそ彼の代わりとなれるのは私をおいて他に居まい」
「……なんと傲慢な……」
さらに視線を鋭くさせ、悪態をつく。
その視線を避けるかのように、紅蓮は飛び跳ね、点々と浮かぶ大地の残滓を渡る。
「傲慢、か。私からすれば君の方がよっぽど傲慢だ。外野のくせにヒロと接触し、あまつさえ今度は私を批判するつもりか」
「あなたが彼を唆し、身体を奪ったことは覆しようのない事実。あなたの所業は悪魔と何ら変わらない」
「かもしれないな。だけどね―――」
アルルの目の前に降り立ち、ぐいと顔を寄せる。
真紅の円とそれを縦に割く黒で織りなされた瞳。耳まで裂けた口に並ぶ鋭い牙。アルルの瞳に写った紅蓮の面は、怪物そのものだった。
「こう願ったのはヒロ自身だ。彼の心を真に理解できるのは私しかいないんだよ」
思わず呼吸を忘れ、唾を飲み込む。それでもなおアルルの眼には恐怖の色は微塵もなかった。
臆することなく、勇ましい目つきで紅蓮を睨み返す。紅蓮はこれを心底面白がり、口角を更に吊り上げる。
「彼が望んだのは一時の力です。こうなることは本人も善しとしていないはず」
「変わらないことさ。ヒロはこのリスクを承知で力を求めた。それこそ疑いようのない事実だろう」
「それは…………」
否定の言葉を吐きたかった。しかし、できなかった。紅蓮の言うことももっともだったからだ。
勇気との決闘を行ったあの時、確かにヒロは願った。自身の意識の消滅を代償に、強大な力を得ることを。
その時の彼の答えがはっきりと、迷いのないものだったことはアルルもどこかで見ていたのだろう。
だからこそ声を大にして『違う』とは言えなかったのだ。
ただ黙りこくって睨むだけとなったアルルに、紅蓮は勝ち誇ったようにほくそ笑む。
そしてアルルから顔を離し、二、三歩ほど距離を開けると、いつもの調子で話しかける。
「話が逸れてしまったね。私が君程度のために足を運んだのは、二つ、質問があるからだ」
「質問……?」
「なに。難しいことを訊くわけではない。君が知っているであろう情報だ」
よっこいせ、と年寄り臭い台詞とともに紅蓮はその場に座り込んだ。
一息つくと、指を一本立たせそれをアルルに見せつける。
「まずは一つ目。君はいつから“ヒロの中”にいた?」
紅蓮の質問にアルルは沈黙を返す。
それは黙秘というより、どう答えればよいか決めあぐねているかのようだった。
僅かばかりの静寂が過ぎた頃、ようやく整理がついたのか、ふっと笑うとアルルはゆっくりとした口調で話し始める。
「……そうですね。それではまず、ちょっとした思い出話から致しましょうか」
「ほう、それはいい。かの有名な吟遊詩人の“おはなし”だ。今生でまたとない機会。大人しく聞かせてもらおう」
「相手があなたとはいえ、そうも期待されては嬉しい限り。さて、どこからお話しましょうか―――」
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あれは三ヶ月ほど前。あなたもよく記憶しているでしょう。あなたと勇気があの墓地で闘った夜のことです。
生前、強い魔力を持っていた私は、死してなお魂が天に召されることなく、浮遊霊として長い年月その墓地を彷徨っていました。
その日も私はなんの目的もなく、広大な墓地を彷徨っていました。
いつもと変わらない日常。永遠にも続く現状。そのことに若干嫌気が差しつつも散歩をしていたとき、微かに重く低く響く音が私の鼓膜を揺らしました。
閑静な墓地に似つかわしくない、大砲が撃ち鳴らされたかのような激しい衝突音。その音を頼りに駆けつけてみれば、そこでは二人の男性が闘っていました。
一人は身体を自在に変形させる大男――勇気。
そしてもう一人は、赤い服をはためかせながら、軽快な立ち回りを見せる青年――そう、紅蓮、あなたです。
あなた達二人の闘いは実に苛烈なものでした。一撃一撃がぶつかり合うごとに、大気は振動し、大地は大きく揺らぐ。それほどまでに。
亡霊の私ではあなた達を止められるはずもなく、嵐を過ぎ去るのを待つが如く、ただただ傍観しておりました。
その時でした。夜の闇を――いえ、空間ごと裂くかのような強烈な一閃が、暗黒の空の彼方からあなたの心臓めがけて貫いたのは。
まるで時が止まったかのような衝撃。神の裁きが顕現したかのような光景に、私は恥ずかしながら自失してしまいました。
あまりの事態に唖然としていた私が辛うじて覚えていること。それは、胸の中心に小銭ほどの風穴を開けて地面に膝をつけるあなたの姿と、高笑いを上げながらあなたにトドメの一太刀を加える勇気の姿でした。
なぜ常人離れした二人がこの墓地で戦っていたのか。二人の間にどのような因縁があったのか。あの一筋の光は何だったのか。
数分にも満たない僅かな時間に尋常ならざる情報を次々と送り込まれた私の頭は、今にも破裂しそうでした。
直後、恐らく何らかの奇術を用いたのでしょう、あなたの姿は忽然と消え去りました。
突然の出来事に私も、そして勇気も、何が起きたか分からず狼狽えるだけでした。
しかし、あなたがその場に残した大量の血溜まりを見たとき、私の中に再び正義の光が差したのです。何者であろうと、苦しんでいるのなら、死の危機に瀕しているのなら、見捨てるわけにはいかないと。
その後、正義感に突き動かされた私は、墓地のみならずその周辺まで駆け回りました。
そして、意外にも早くあなたを見つけることができました。
そこは墓地から少し離れた森。普段から人が通らないような荒れた道、その側に生えた巨木に寄りかかるようにあなたは居ました。
遠目で見たあなたは、傷口からドクドクと血を流し、顔からは血の気が引き、まさに息も絶え絶えといった様子でした。
―――もう助からない。それは誰が見ても明白な事実でした。
あまりにも血を流しすぎている。傷も内臓に達するほど深い。何より心臓に風穴が開いている。
今更どんな回復魔術を行使しようが、彼を死神から逃がすことはできない。
ならせめて、苦しみを紛らわすだけでも。そう思い、一歩、二歩、近付いた。
その時でした―――
―――あなたに魔王の素質がある事に気付いたのは。
~~~~~~~~~〜
「……ほう。魔王、ときたか」
大人しく聞いていただけの紅蓮がその単語を聞いて、ようやく反応を見せる。
その顔に余裕の笑みはなく、真剣な眼差しでアルルを見ている。
「かつて勇者とともに世界を渡り、魔王と相対した私だから分かります。あなたにはあのときの魔王と同じ、全身が粟立つかのような悪の波動を、僅かにですが確かに感じ取ったのです」
「先代勇者一行の一人、吟遊詩人アルル・サヴァン。さすがはかの英雄豪傑と肩を並べたことだけはある。その感知能力は目を見張るものがあるな。
とはいえ、私が魔王か。突拍子も無さ過ぎて、逆に呆れてくる。……で、君は魔王の卵である私を葬り去るためにここに居るのか?」
「そうです」
冗談混じりで尋ねた質問に、冷酷なまでに簡潔な答えが返ってくる。
その答えは、二人が決して相容れない敵同士であることを決定づけるにあたうものであった。
剣呑な空気が流れる。アルルは優しげな顔立ちに似合わぬ氷の眼差しで、紅蓮は妖刀のように鋭い目つきで、互いを睨み合う。
「……まあいいや。それよりも話しの途中だったろ。教えてくれよ、どうやってヒロの心に入り込んだのか」
仕切り直して同じ調子で促すが、その顔に先程までの余裕はない。いつ襲いかかってもおかしくない殺気を放ち、アルルにこれでもかと圧をかける。
しかし、アルルは物怖じ一つせず、変わらずハキハキとした口調で話し始める。
「ええ、承知しています。それでは、あなたが瀕死の重傷を負ったところからでしたね。と言っても、それはあなたの方がよく知っていることでしょうが」
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あなたが魔王の素質を持つことに気付いた私は、少なからず動揺していました。
しかし、それも束の間。あなたが自身の血で足元に魔法陣を描いていることに気が付くまでのことでした。
どこで覚えたのか、それはとっくの昔に失われた古代の秘術。神位魔法に区分される禁忌の大魔法。世界線や次元を超越し、意図的に人間を呼び出す―――異世界人を召喚するための魔法陣でした。
そのことに気付いても、時既に遅し。
魔法陣は妖しい赤の光を放つ。それは召喚魔法が起動したことを意味していました。
魔素が大きく揺れ動き、空間に歪が形成されていく。そして、一瞬の眩い光がその場を包み込みました。
閃光が収まった後には、魔法陣の上に一人の少年が横たわっていました。
その少年こそ、ヒロだったことは言うまでもありません。
しかし、その少年もまた瀕死の状態でした。
恐らく高所から落下したのでしょう。全身の打撲、骨折、そして内臓も深く傷ついていたでしょう。当然動く気配は全くなく、生きていたとしても数分の命でした。
目の前の死にかけの少年を目にした瞬間、あなたは怒りを露わにして、罵詈雑言を吐き、ひどく悔しがっていた様子でした。
一体何のために召喚魔法など使ったのか。あなたの状況やあからさまな態度から鑑みるに、呼び出した人間を乗っ取る腹積もりだったのでしょう。
かつての旅の最中、偶然耳にした外法にこのようなものがあります。“特殊な魔力を持った魔物はその魂を自在に体から解き放ち、人間に憑いて新たな体とする術を持つ”と。
あなたが行おうとしていたのも恐らくはこれでしょう。
けれど、天はあなたに味方しなかった。呼び出したのは瀕死の少年。たとえ乗り移ったとしてもすぐに事切れることは明白。
その少年には悪いですが、その時の私は安心していました。どんな人物なのか、顔さえ知らないあなたでしたが、それでもこの世を蝕む魔王となる可能性がある者が消えるのであれば、勇者と共に戦った私としては喜ばしいことでした。
ひとしきり罵り終えると、怒る余力すら使い果たしたのか、あなたは荒い呼吸を繰り返し、項垂れていました。
もう寿命はあと僅か。私が何かしらの行動を起こさずとも、死にゆく定めは変えられない。
心苦しい気持ちがなかったと言えば嘘になります。それでも、あなたのような悪しき存在を見過ごすわけにはいきません。
残酷だと思われても結構。私は、見殺しにすることを決意しました。
小さくなっていく呼吸。流れ続ける二人分の血。決意したとはいえ、目の前で人が死んでいく様を見るのは、胸が締め付けられました。
その時、残された最後の力を振り絞り、あなたは少しずつ少年に近付こうとしました。
何をするつもりなのか、皆目検討もつきませんでした。しかし、良からぬことだろう。そう思い、麻痺の魔導の準備をしたとき、ふとあなたの口から零れた言葉が耳に入りました。
『まだ、死にたくない』
それは純粋な生への渇望でした。
死にたくない。まだ死ねない。そのようなことをうわ言のように、何度も何度も呟く。
何が彼をそこまで突き動かすのか。ズタボロになってまで、何故そこまで生に縋り付くのか。どうしてそこまで生き汚く足掻くのか。すべてを諦め、死を甘受してもおかしくないというのに。
―――私はかつて、多くの人を失いました。
それは感情を共有した友であり、死線を共にした仲間であり、護るべき無垢なる子どもたちであり、争いながらも研鑽しあった敵であり、そして深く愛した人達でした。
彼らのその結末を、私はあなたに重ねてしまったのです。
その瞬間、私は一歩も動けなくなりました。私の胸の奥で、なにかが「これ以上死を見たくない」と叫んだのです。
それは私の“甘さ”です。私は、あなたを見逃してしまいました。
重なるあなたと少年の体。二人の体は不思議なことに、溶け合い、混ざり合い、一つとなっていく。
私はその異様な光景を見ながら、もう一度、決意を心に深く刻みつけました。
『この場ではこの男を見逃そう。しかし、彼の心が悪に堕ちるのならば、その時は一身を賭しこの男から力を奪おう』と。
そして、私は一つとなりゆくあなた達の体と心に飛び込んだのです。
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「これが事の顛末です」
アルルは短く締める。
最後まで聞いていた紅蓮は少し黙った後、「そうか」と小さく返した。
そして追求するでなく、二本指を立てると、視線と言葉に圧をかけてアルルにぶつける。
「君がいる理由はよぅく分かった。なら二つ目の質問……いや、これは要求だ。その奪った力―――“夢現天制”を返してもらおうか。もし返さぬというのなら……分かっているだろうな?」
怒気と殺意を孕んだ要求。これまで以上に強烈な威圧はまるで暴風のようにアルルに襲い掛かる。
それを受けて、アルルは考えていたことが見事的中したかのような、微かな笑みを浮かべた。
「返せ、と言われてもそれは今私の手元にはありません。あなたの力なら、あなた自身がよく知っている人物が預かっていますよ。彼の行方も、既にご存じでしょう?」
「…………ヒロか」
「ご名答。彼はあなたの力を持ったまま、意識の深層へと沈んでいきました。取り戻したいのなら、あなたもまた意識の底へと赴くほかありません」
「姑息な……。だが、それなら話は早い。見ておけ、かつて勇者の仲間だった者よ。私が本来の力を取り戻した暁には、貴様への報復として、貴様が見てきたパリリーの街を破壊し尽くしてやろう」
すっくと立ち上がり、アルルに背を向け、奈落の縁につま先をかける。
見下ろした先には、果ての見えない深淵がポッカリと口を開けて紅蓮を待ち構えていた。
そして今、一歩踏み込もうとした、その瞬間―――
「力の代わりに、ヒロを失うことになってもですか?」
ピタリと紅蓮が動きを止める。そしてゆっくりと振り返り、その言葉を放った女を睨みつける。
「それはどういうことだ?」
「そのままの意味です。私はあなたから力を奪うときに、無理矢理奪い返されないように幾重にも封印を施しました。その無数の封印の一つに、対象と他の物質を決して離れぬように縫い付けるものがあります。それをヒロの魂に施しました。無理に引き剥がそうとすれば、あなたの力かヒロ、どちらかが引き裂かれ消滅します。つまり、力を取り戻したければ、ヒロを殺さねばならないということです」
アルルから告げられた真実に、意外にも紅蓮はこれまでと変わらない……いや、先程より平然とした態度で対応する。
燃え盛る焔のような激情に満ちた瞳とうってかわり、氷の刃のような瞳でアルルを睨みつけると、落ち着いた調子で淡々と言葉を紡ぎ始めた。
「……それが、なんだというのだ。私が今更そんなことで躊躇するとでも思ったのか。微塵にでもそう思ったのなら、貴様は私を嘗め過ぎだ」
「さて、それはどうでしょうか。私にはあなたがひどく動揺しているように見えますが」
「永い時を経て、魂まで耄碌したか。今すぐにでも貴様を消し去りたいところだが……今はその時間すら惜しい。だが、力を取り戻したのなら、貴様をいの一番に排除してやろう。それまで来たる死の覚悟でもしておくんだな」
「あなた本来の力を取り戻した時点で私の存在意義はなくなります。私は既に世間から死んだと判断されていますし、ええ、消え去っても悔いはありません。心残りはありますけどね」
困ったように眉をひそめながらも、アルルは笑ってみせる。
そんな彼女に、完全に調子を崩されたのか、紅蓮は小さく舌打ちをすると何も言い残さず冥い深淵へと身を投じた。
一人残されたアルルは、今までの緊張を解きほぐすように大きく息を吐く。
そして、その場に力なく座り込み、弱々しい声でかつての仲間の名を呼んだ。
「……ねえ、アラン。私はこれで、本当に良かったの?」
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―――深い。あまりにも深い。無間地獄に叩き落とされたかのように、長い時間をかけて落ちていく。
はたして私は元の場所へ帰ることができるのだろうか。そのような疑問が浮かぶほどに、意識の深淵へと堕ちていく。
未だに地の底は見えない。それどころか、自身の輪郭さえ覚束ないほど真っ暗だ。
落ちていく最中、私は様々なことを懐古した。
家族や仲間を残し、遠く故郷を離れたこと。旅の中であったこと。この西の果ての国にて“七つの美徳”なる輩と邂逅したこと。その頭目である正義の徳とやらに不意を衝かれ、致命傷を負わされたこと。そして、“彼”と出会い、彼と共に生きたこれまでのこと。
……ああ、今思えば、彼と過ごした日々は短かったが、実に楽しかったなあ。
六十余の生の中でここまで人間と触れ合ったことはなかった。
私にとっての人間は弱く非力な畜生にしか過ぎず、人間にとっての私はただの驚異でしかなかった。それは大陸を横断する旅の中でも変わらなかった。
私は気が赴くままに人を襲い、人から奪い、人を犯し、人を喰らい、人を殺してきた。誰にも束縛されることなく、己が欲望のみに従う。それが我が本懐。鬼としての私が求める“純然にして燦爛たる悪の道”であった。
しかし、異世界から呼び寄せられた平凡な少年が、そんな私を変えたのだろう。
最初こそ彼をただの宿主として、いつかはその身体を奪い取ろうと気を伺っていた。そのために鬼化の術を多用させ、惰弱な人の体から屈強な鬼の体にする腹だった。
だが、彼と接触するうちに、私は彼を無二の友と認めてしまっていた。一体彼のどこに惹かれたのか――自身でも理解できないが、彼と話す何気ない時間がただただ心地良かったのだ。
―――終わりを告げるように、暗黒に白い点が現れる。
落ちていくにつれその点は広がり、それが地の底を意味していることに気付く。
音のない空間に、私が軽やかに着地する音が不気味なほどに響く。点だった白い円は半径二十五メートルほど巨大な舞台であり、そこだけ照明に当てられたようにやけに明るかった。朧気な円の端は焼き焦げるように、ジリジリと黒に侵食されている。
徐々に小さくなる円の中心に小さな人影が見える。それは罪人のように跪き、力なく項垂れていた。
私は少しずつ移動する円の端を踏み越え、その者に近付く。歩を進めるたびに、その者の輪郭が鮮明になっていく。そのたびに、私は足の動きが速くなるのを抑えられなくなっていった。
彼の目の前まで行くと、ようやく足を止めることができた。そして、目の前の少年の名を口にする。
「……ヒロ……」
私の声に反応して、ヒロは今頃私の存在に気がついたようにゆっくりと顔を上げる。
その顔は老人のように酷くやつれており、目の下の隈や若干痩せこけて見える頬がなんとも胸を苦しくさせる。
ヒロは私の顔を見ると安心したのか、頬を歪ませて笑みを作ると、今にも消えてしまいそうな声を出す。
「よぉ……紅蓮。久し……ぶりだ、な」
私はそのときどんな顔をしていたのだろう。恐らくだが、彼を忌避するような、渋い表情を浮かべていたと思う。
意識の深淵に落ちたことにより、彼は常に意識を溶かされ続け、ここまで衰弱していたのだ。
そのことに憐憫を感じながら、私は意を決して彼に告げる。
「……ヒロ。私は、君を———」
「殺しにきた」




