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村人Aの異世界叙事詩  作者: ユッケ=ビビンバ
第四章 勇気の詩〜悪鬼決闘編〜
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第63話 二人の思惑

今回はちょっと軽めの、幕間や小話のような回です。

 勇気と邂逅を果たし、早数日。奴は未だ行動を起こしてこない。

 奴の表の顔、剣闘士タッカスの様子を探らせているマシューからも、特にこれといった情報は送られてきていない。

 僕は心に不安の影を落としながらも、いつもと変わらない日常を送っていた。



 ――――――――――



 砂利で整備された道によって両断された森の中。そこに多くの人影があった。

 その大多数が人間ではない。小柄な体格、醜悪な見た目、肌色ではない皮膚。一般的にゴブリンと呼ばれる種族だ。

 その数、およそ五十。中には遠距離攻撃を仕掛ける弓兵アーチャーや回復をこなす司祭クレリックまでいる。

 そのゴブリン共が取り囲んでいるのは、たった五人の人間。彼らはハンターと呼ばれる役職の者であり、通りかかる一般人を襲うゴブリンの集団を討伐するためにこの地に赴いていた。

 しかし、戦況は良いものとは言えなかった。




「―――りゃぁあッ!!」


 ユーリが一体のゴブリンに鋭い斬撃を放つ。

 獣の革でできた鎧は軽々と裂かれ、そこに隠された皮膚は両断され鮮血が迸る。間違いなく致命傷だ。

 しかし、滝のように流れ出ていた血はピタリと止み、傷口は見る間に塞がっていく。

 負傷したゴブリンの向こう側を見ると、同族の司祭(クレリック)が治癒魔導を施していた。

 司祭ゴブリンは二体。その周りには弓兵のゴブリンと通常のゴブリンがさらに二体ずつ、守るかのようにして立っている。

 ゴブリンの軍勢はかなり練度が高く、それでいてモンスターとは思えないほどの連携を発揮していた。弓兵の遠距離攻撃による錯乱、数による連続攻撃、リーダーと思しき多少強いゴブリンの重い一撃、そして何より司祭(クレリック)の回復がユーリたちを苦しませていた。


「もう! いい加減にしてよ!!」

「先手を取られたのは痛手ね。加えて取り囲まれたこと、周りが動きにくい森であること、そして相手が長期戦に慣れていることもこちらが不利となる要因だわ」

「そこまで分かってんなら何か妙案を出してくれよ頭脳担当(ブレイン)ッ!!」

「承知しているわよ! ゴウラ、アンタはスキルで敵の注目を引いて! クリスはバフを! ユーリ、アタシが道を切り開くからあなたはその隙に司祭を倒して!」

「「「了解!!」」」


 アリスの指示を受け、彼らはすぐさま己が為すべき準備を始める。

 それを傍目に、アリスはもう一人の仲間にも指示を出す。


「ヒロ! あなたは―――」


 瞬間、蒼白い稲光が地上を駆け抜ける。稲光は直線上のゴブリン共を穿ちながら、二体の司祭のうちの一体を目指していく。

 読んで字の如く電光石火の雷はゴブリンの司祭に避けさせることも許さず、護衛共々閃光のうちに飲み込む。

 周囲に肉が焼き焦げる嫌な臭いと静寂が支配する。誰もが呆然として動かない中、一人の影が動く。

 ()()()()。喩えのように聞こえるが比喩ではない。事実、影のみがひとりでに動き出したのだ。

 影はゴブリンの足元を縫い、もう一体の司祭まで伸びていく。そして大蛇が獲物を絞め殺すかのように司祭の体に這っていく。

 司祭がそのことに気付いた時にはもう遅い。小気味の良い音を立て、司祭の首はへし折られた。

 僅か数秒にして要のとなる回復役が二体とも倒された。その事実に早くも気が付いたゴブリン共は慌てふためき、布陣を乱し始める。

 その間隙を衝いて、少年が韋駄天の如き素早さでゴブリン部隊に襲いかかる。

 グラディウスによる接近戦、変幻自在の影による翻弄、電撃。持ちうる全てを駆使して、少年はゴブリンを次々と屠っていく。

 獅子奮迅の戦いを演じる彼の様はまさに修羅――いや、逃げ惑うゴブリンの命を容赦なく奪う姿は悪魔そのもの。


 そして今、最後のゴブリンを追い詰める。生き残ったそのゴブリンはリーダーとして前に立っていた実力あるゴブリンだった。

 初めて対面したときこそ野心と慢心に満ちた笑顔を見せていたが、今では怯えきった顔で念仏のように命乞いをしている。

 悪かった、もう二度としない、だから命だけは。辛うじて聞き取れるカタコトのしわがれた声でそのような拙い言葉をひねり出す。

 しかし、必死の命乞いも彼の耳には届かない。

 非情に、躊躇なく、右手に持っていたグラディウスをゴブリンに突き立てる。一拍おいて、鮮血と絶叫が少年の体に浴びかけられる。

 煩わしい悲鳴は長くは続かなかった。

 バチンッ、と何かが破裂するかのような音が響く。と同時に、ゴブリンは焦げた臭いを上げながら手足をダランと放り出す。剣から流れた高電流に焼かれ、絶命したのだ。


 彼の仲間はその光景を声も上げずに眺めている。

 数分前まで不利であった状況が、嵐にでもあったかのように反転する。

 その中心にあったものは救いの英雄か、それとも災害の化身か。

 ただ分かることは、血に濡れたその少年は目の前の地獄にあって笑っていたことだけであった。



 ――――――――――



 ゴブリン討伐を終えたその日の夜。僕たちは近隣の村でクエスト完了の報告を終え、パリリーへの帰路の途中でキャンプを張っていた。

 火を焚き、そこへ適当に切った野菜を突っ込んだ鍋を置き、簡素なシチューを作る。今日の料理当番はクリス。彼女の料理は野菜中心で質素なものだが、腕が良く作る料理全てが美味の一言に尽きる。

 皆で火を囲んでそれを食べながら、談笑に耽っていた。


「―――にしても、今日はお手柄だったなヒロ!」


 ゴウラの一言と共に、背中に衝撃が走る。手にしていたシチューを零しそうになるが、何とか落とさずに済んだ。

 ゴウラのやつはそんなことお構いなしに、数度僕の背中をバシバシと叩いてくる。痛い、やめてほしい。


「そうね、ゴウラの言う通りだわ。影魔導の練度が上がっているうえに、天帝竜の雷魔法の扱い方も上達してる。もう一人前のハンターと言っても過言じゃないわね」

「キュイ、キュイキュ」〔オレ様と比べたらまだまだだけどな〕


 ゴウラに続けて、アリスとモフも発言する。こうももてはやされると、少しこそばゆい。

 そして、続けてクリスも―――。


「確かに、初めて会った時と比べるとヒロは随分と成長しました。だからといって、慢心してはいけません。驕りは油断を生み、油断は窮地を生み出します。初心を忘れることなく精進すること!」

「うっ……はい」


 流石にクリスからは高評価は頂けないか。多少分かっていたとは言え、ちょっぴり残念だ。

 ……それにしても、“初心”か。ここ最近、七つの美徳との戦いでそれを失いかけていた。

 ……僕は、どうして戦っているんだ?

 少しばかり自問自答を心の中で繰り返す。戦う理由。ハンターとなったきっかけ。この世界ですべき事。そのどれもに自分なりの答えを出しながら、今優先すべき事柄を明白にする。

 ()()()()()()。それが紅蓮との約束でもあり、僕の願いでもある。


 あまりにも考えすぎたために、顔が強張っているのが自分でもよく分かる。

 クリスはそれが自身の発言のせいと勘違いしたのか、少し申し訳なさげに口を開いた。


「とはいえ、ヒロの頑張りは認めています。そしてその結果は着実に付いてきている。これからも共に仲間として精進していきましょう。ねー、ユーリ様♡」


 僕のフォローに回ったかと思えば、すぐに愛しのユーリ様に猫なで声を上げる。こういうところは本当にブレないな、とつい感心してしまう。

 そう思いつつ、顔を話を振られたユーリの方に向ける。

 僕の目に写った彼女はいつになく真剣な面持ちで、まっすぐと僕のことを見つめていた。その顔を見た瞬間、思わず言葉を失う。

 いつもの朗らかな表情と違い、冷酷なまでの無表情。それは怒りを表しているのか、それとも他の感情か。いずれにしても、この神経を直接冷やされている感覚だけは確かだ。


 黙っていてもしょうがない。

 息を呑み、勇気を奮い立たせ、言葉を発する。


「ど、どうしたんだユーリ?」

「……ヒロ。何か隠していること、ない?」

「……!」


 再び言葉を失う。

 彼女のその言葉は僕の本心を見透かされているようであった。


「……どうして急に?」

「今日のクエストの時、ヒロ、なんか変だった。まるで焦っていたように見えた。いつもならあんな無茶な戦い方はしないし、それに命乞いをしていたゴブリンだって―――」

「あのゴブリンを見逃していたら、いつか力をつけてまた人々に被害をかける。そうならないうちに未然に対処したまでだ。そもそもゴブリンの討伐が今回の目的だろ。それに、僕の戦い方が無茶だって? 僕はただ僕が使える力を最大限に発揮したまでだよ。僕が強くなることに何ら問題はない、そうだろ?」

「そう、だけど……」


 その後、沈黙が場を包む。沼地の泥に足を突っ込んだかのような嫌な空気が僕たちに纏わり付く。


 実際、彼女の言うことは正しかった。

 僕は焦っている。より力をつけるために無茶な戦法に出たのも事実だ。

 それは、いつ、どこで、勇気と再び相見えようと、ヤツを確実に倒すための準備。勇気を殺すために力を付けないといけない。そのことによる焦燥が僕を駆り立てる。

 しかし、そのことにユーリ達を巻き込むわけにはいかない。彼女たちは大切な仲間だ。僕のために危険を及ぼす必要はない。だから、僕の胸の内を悟らせることは避けなくては。




 険悪な空気の中、食器が鳴る音だけが耳をくすぐる。

 もう少し言い方ってもんがあったか。そう思っても、それは後の祭りというものだ。

 甘んじてそれを受け入れ、少し冷めたシチューを口に運ぶ。


「……俺も」


 重たい空気を断ち切るように、ゴウラがボソリと口を開く。


「俺もここ最近のヒロの様子には違和感を抱いていた。いや、俺やユーリだけじゃない。皆、お前の様子が違うことに気付いてんだよ」


 残りの二人にも視線を向ける。

 アリスも、クリスも、言葉にはしないにせよ、その瞳が全てを物語っている。


「……だ、大丈夫だよ。僕はなんともないから」

「ヒロ。何か抱え込んでんなら、相談くらい―――」

「だから大丈夫だって! ちょっと最近疲れてただけだよ。今日も疲れたし僕は先に寝るよ。ごちそうさま」


 無理に笑顔を作り、逃げるようにその場を後にする。こうやって誤魔化すことしかできない自分が実に憐れで、憤慨するとともに嫌気がさす。

 早足で離れる僕の後ろからボソリと、だがしっかりと呟きが聞こえた。


「……大丈夫って言うときほど、大丈夫じゃないんだよ……」


 その言葉の矢は、敗走する愚か者の背中に深く刺さり込んだ。



 ――――――――――



 カチャリ、カチャリと食器がぶつかり合う音が響く。

 薄暗い地下の空間をいくつかの淡い照明が映し出す。

 狭くも、されど広くもないちょうどよい間取りには、十足らずのテーブルがシルクの衣を纏い鎮座する。

 場は数多の料理の香りが重なり合い、さながら匂いの交響曲のようだ。

 うってかわり、厨房では紅蓮の炎が踊り、シェフが慌ただしく駆け回る。その熱気は戦場にも負けるとも劣らない。

 服と髪を正した給仕は狭い空間の中で安寧と激動を交互に視認しながら、芸術と呼称してもおかしくない美食を運ぶ。


 ここはフルーランスのどこかにある情緒ある高級レストラン。会員制であり、入るにはいくつかの厳しい査定があることでも有名だ。その分、味に非の打ち所がなく、王族貴族などの身分の者もお忍びで訪れる。

 そのレストランの一角に彼はいた。



 彼の目の前には、丁字の骨に肉がついたステーキ、所謂ティーボーンステーキが置かれている。

 そこへ金属光沢を放つナイフとフォークが刺し込まれる。

 見た目とは裏腹に繊細な手付きでステーキを一口大に切り分けると、滴り落ちる肉汁で首元のナプキンが汚れることも気にせず口に運ぶ。

 数回咀嚼し、胃に納める。そして再び肉を切り分ける。

 二口目を口に含もうとしたその時、彼の至福の時間は若年の給仕係に一度絶たれる。


「タッカス様。お耳に入れたい情報がございます」

「……手短に頼む」

「恐れながら。例の少年について新しい情報が届きました」


 食事の邪魔をされて不機嫌な表情をしていたタッカスだが、給仕の一言によってそれは大きく変わる。

 手に待っていた食器を皿の上に置き、体をその給仕に向ける。


「言ってみろ」

「少年自体に動きはありません。しかし、フリーのジャーナリストを雇い、タッカス様の周辺を探っています。どうやら騎士団を動かすためにタッカス様の過去の素性等を詮索しているようです」

「意外だな。てっきり俺は一目散に挑みかかってくるもんだと思っていたが。……まぁいい。そのジャーナリストとやらは捨て置け。万が一にも()()()の情報を掴んだときの処理は任せる」

「承りました」

「あぁ、あとそれと……」


 一言付け加えると、タッカスは人差し指を折り曲げ、給仕に近付くよう指示する。

 これに給仕は素直に応え、自身の耳をタッカスの口元まで寄せる。

 周りには察知されたくないのか、寄せられた耳と口を手で覆い、何やらボソボソと給仕に内容を告げる。


「……承りました。このことは他の幹部にも知らせた方が宜しいかと」

「いや、その必要はねぇ。知られると些か面倒だ。特に、慈愛のやつに知られると邪魔されかねないしな」

「それではそのように」


 軽く頭を垂れ、給仕は巣にでも帰るように厨房へと姿を消す。

 その後ろ姿をタッカスは頬杖をつきながら呆れた目で眺め、小さくぼやく。


「流石は信仰の配下だな。まるで狂信者だ。いくら俺の命令だからといって、()()には異論を示すだろフツー」


 素直に従ってくれるから別に良いが、と吐き捨てるように呟く。

 気を取り直すように鼻でため息をつくと、再び体をテーブルに向け食事を再開する。

 フォークに刺さったままの肉汁の滴るステーキを持ち上げ、愛でるように観賞する。その視線はどこか遠くを見ているようであった。

 彼はそのステーキに語りかけるように、子供や猫が興味半分で虫けらを潰すような無邪気で無慈悲な言葉を誰ともなく放つ。


「まぁ、これでとりあえずは良いだろう。せいぜいおびき寄せるための良い餌となってくれよ、()()()()()()()()






 ヒロとタッカス。両者の思惑は加速し、最悪の未来へと突き進む。

 運命の輪は着実に回り始めていた。

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