第62話 策謀
久しぶりにゾイドジェネシスを見たら、家にいる間ずっと見てしまっていました。
今のアニメも悪くはないんですが、あの頃みたいな王道なアニメも増えてほしいです。
―――ここはどこだろう? 今は夜か。見たところ墓地のようだが……。
周りを見渡す。視界に映るのは夜の闇と規則正しく立ち並んだ西洋風の墓石群のみだ。
僕がしばらく立ち尽くしていると、ふと目の端で赤く淡い光が放たれていることに気付く。
そちらに目をやると同時に光は消えてしまったが、代わりに人影が見える。暗くてよく見えないが一人は横になり、もう一人はそれを覗き込むように屈んでいる。覗き込んでいる彼は何やら声を張り上げて叫んでいる。いや、激昂しているのか……?
彼らとの距離はそこまで遠くはない。だというのに彼の声は耳元を手で抑えられているかのように、しっかりと聞こえてこない。
彼の声を聞くために近付こうとすると―――動かない。足どころか手も、うめき声一つも上げられない。否、動けないのではなく、感覚がまるで無い。動かせるのは視点のみ。僕はこの光景を無理やり見せつけられている。
自身が置かれた状況を理解し、少しばかり焦っているうちに屈んでいた人物は言いたいことを言い終えたようだ。ただ黙って横になった人物をじっと見つめている。
瞬間、彼らを照らし出すように光が発生する。その光に映された彼らは―――
「紅蓮―――――?」
――――――――――
再び目を開くと、“白い世界”が広がっていた。いや、もう白一色の世界ではない。ただ、今までこの名で呼び続けていたから、便宜上“白い世界”と呼んでいるだけに過ぎない。
上を見上げれば青い空と白い薄雲。地を見下げれば色とりどりの花々。
純粋に白いのは僕が座る椅子と目の前の机、そしてもう一脚の椅子くらいだ。
そのもう一脚に見知らぬ女性が座っていた。
幽霊のように白いワンピースを着ており、髪の色は赤。それ以外は特筆することもないような平凡な見た目をしている。
呆気に取られ、僕が何も言わずにいると、女性が口を開いた。
「こんにちは。いえ、はじめましての方がいいかな。私はアルル、アルル・サヴァン」
その声は、いつかどこかで聞いたことのある優しい声をしていた。
「あ、えっと……どうも。僕は―――」
「知ってる。泉田緋色君でしょ? あなたのことは彼と一緒によく見ていたもの」
彼? 彼とは一体誰だ? それに見ていた、って一体どこから?
彼女の意味深な言動に困惑していると、期待のこもったアルルの視線がこちらに向いていることに気付く。
「えっと……何か?」
「……私、アルルだよ?」
「それは存じておりますが……」
「……え? 驚かないの? アルル・サヴァンだよ? ほら、あの有名な」
「いや、そんなこと言われても。あなたとは初対面の筈ですし……」
「……ええ、マジかぁ……」
何故か知らないが、彼女は酷く落胆していた。
もしかして僕が知らないだけで、この女性はめちゃくちゃ有名なのではないか? そう思うと、とても申し訳ないことをしたのでは、とやるせない気持ちになってきた。
「あ、あの、僕は異世界人で、こっちに来てからまだ半年も経ってませんし、それに僕は世間の情報にはあまり関心が無くて……だからあまり気を落とさないでください。多分僕が一方的に悪いんで」
「ううん、気にしないで。どうせ私はただの村人……勇者様についていっただけの凡骨よ」
アルルがいじけて自分を責め苛んでいる中、僕の耳は確かに彼女の口からとんでもない単語の羅列が紡がれたことを捉えた。
「ま、待ってください! 今、“勇者についていった”って……」
「え? ……ああ、そうか。私の名前も知らないんだから、私がしたことも知らないのよね。当然だわ」
気を取り直し、アルルはこちらをまっすぐと見つめる。
その瞳に込められた感情は真剣そのものだ。
「改めて、私はかつての勇者一行の一人にして、創世記叙事詩圏の編纂者アルル・サヴァン。あなたには少しお願いがあり、こうして姿を現しました」
そうだ。アルル・サヴァン、どこかで聞き覚えのある名だと何気なしに思っていたが、確か先代勇者の仲間であった吟遊詩人と同じ名だ。
だが、彼女は何百年、何千年も前の人物のはずだ。そんな人物が目の前にいるのは、何かおかしくないか?
「……………」
「……あぁ、その目、信じてませんね。まあ無理もないっちゃ無理もないんだけどさぁ……ちょっと傷付くわぁ」
「すみません。けど、どうしても実感がわかなくて……」
「いいのいいの。それより、あなたに渡したいものがあるの」
そう言って彼女が目の前の机に置いたものは、ルービックキューブのような形と大きさのパズルだった。正六面体の真っ白な表面にはそれぞれ難解な円が描かれている。
手にとって見ると、ブロック部分は勿論、その円の部分も回転する仕組みとなっている。
「これは?」
「ちょっとした保険よ。最良の場合はあなたの力に、最悪の場合は彼の枷になる」
「……?」
「解らなくて十分よ。それに解かなくても大丈夫。その時が来れば、自然と開けることができるから」
ダメだ、彼女が何を言っているのか全く分からない。
疑問が頭の大部分を占める中、いきなり視界が大きく揺らぎ始めた。
床に咲き誇っていた花々は次々に萎み枯れていき、空にはあべこべに巨大な影が落とされる。その影からは、何かを探るように無数の黒い掌が伸びだしている。
「気付かれたか……。どうやらここまでみたいね。もう少し話していたかったけど、ちょっと残念」
「アルルさん! これは一体ッ!?」
「心配しないで、ただ目を覚ますだけよ。いつもとは様相がちょっち違うかもしれないけど。あとそれと、彼に何か聞かれたら『何でもない』とだけ言っておいてね」
アルルはそう言って人差し指を自身の口の前へ、そして残った手を僕に向けた。
瞬間、胸に押された感覚が伝わる。同時に歪んだ視界は更に混濁とし、意識は深淵へと沈んでいった。
――――――――――
はっと目が覚める。
頬には硬い感触、映る視界の殆どは僕の腕で覆い隠されている。
体を起こす。どうやら僕は寝てしまっていたらしい。
周囲を見渡す。数々の本をしまった本棚、机に雑多に置かれた本や新聞、人が多いにもかかわらず閑静とした空間。ここは図書館か。そして窓から差し込む茜色の光から、今が黄昏時に差し掛かっていることが理解できる。
……そうだ。僕は“七つの美徳”の一人、勇気の徳について調べるため、パリリーで一番大きな図書館に足を運んでいたんだっけ。
どこまで調べていたか思い出そうとすると、夕日に照らされた僕の長い影が奇妙に動き始める。
〔やあ。良い夢は見られたかい、ヒロ〕
「……紅蓮」
彼の名を呟く。
同時に、先程見ていた夢を鮮明に思い出した。それは確かな記憶のようにはっきりと。
紅蓮はそのタイミングを見計らっていたかのように、台本に書かれた台詞を読む感じで質問を投げかける。
〔良ければ、その夢の内容を教えてくれないか〕
その口ぶりは先程の夢を理解しているかのようであった。
寝起きであったため、つい普通に話しそうになるが、僕は夢で会った女性アルルに言われた通りに口を動かす。
「……何でもないよ」
〔そう〕
紅蓮の返事は実に素っ気ないものだった。僕の返答さえも見越していたかのように。
彼に嘘をついてしまった罪悪感と彼の言動についての懐疑心が胸の奥で燻る。
紅蓮は意識を別の方向へ向けさせようとでもしたのか、再び口を開いた。
〔ヒロ、ところでこの後はどうするつもりだ?〕
「この後って?」
〔勇気のことだ。ヤツの正体は分かった。だが、分かったところでどう対応するつもりだと聞いている。恐らくだがヤツもこちらに気付いている。何もしてこないはずがないぞ〕
それは理解しているつもりだ。
ヤツと紅蓮は何かしらの因縁があると聞いた。生憎と、僕は紅蓮の容姿と酷似している。勇気がこのまま僕、いや、僕たちを見逃すとは考えにくい。
ならばその前に手を打てば良い、と結論付けるのは至極当然のことだ。
紅蓮としては、過去の因縁を晴らすために僕たちで倒したいようだが……
「勇気は……騎士団に任せる。そのために僕はヤツの――タッカスの情報を洗いざらい調べているんだ。ヤツが七つの美徳である以上、何かしらの犯罪、もしくは違法な行為を犯しているはずなんだ。それを騎士団に提示すれば、彼らも動いてくれる」
これが無い頭を必死に使った上での策だった。
他の七つの美徳の幹部、節制とイリスの経験から、勇気も二人と同等の実力を持っているに違いない。それ相手に単騎で迎え撃つのは愚の骨頂と言える。
だから一人で相手するより、大勢で――なるべく対人戦闘に特化した集団で押さえるほうが賢明だ。
しかし、この案に紅蓮は反対の意を示した。
〔それは承服しかねる。ヤツは狡猾だ。その上、自身の姿形を変形させる固有能力を兼ね備えている。七つの美徳である証拠を掴むのは困難を極めるだろう。現に、こうして君が調べ漁っているにもかかわらず、手がかりどころかその片鱗すら見つけられていない。君が足取りを掴むよりも早く、ヤツの手が君の喉を掴むぞ〕
紅蓮の言うことも分からなくはない。
しかし、何の対策もなしに挑む愚行は犯せない。
それに―――
「一人、当てがある。人の素性を探ることに適した人間が、一人」
――――――――――
「―――それで、俺に頼ってきたと」
「はい。あなたの腕を見込んでのお願いです。マシューさん」
とある喫茶店のテラス席、その一席。洒落た小さな机を挟んで、僕の目の前に青年が足を組んでコーヒーをすすっていた。
この男――マシューは性格・素行ともに褒められたものではないフリーライターだが、それでも情報を集めることに関しては天才的ではある。
彼にかかれば勇気の情報を何か掴めるかも知れない。
「……まず、取材対象は一体誰なんだ? それが分からないと取材しようにもできないぞ」
「それはあなたの同意がない限りお教えできません。理由は……あまり聞かないでください。それで、報酬の件についてなんですけど……」
懐から通貨がぎっしりと詰まった麻袋を取り出そうとする。今までのハンター業や御者の仕事で少しずつ貯めた全財産だ。
だが、それよりも早くマシューが指を二本だけ立てて僕に突きつけた。
「二日だ」
「は?」
「二日間、君の密着取材をさせてほしい。お代は結構。君が用意したお金より、君の情報の方が高いと思うからね」
彼の言動は『君のはしたカネじゃ大した額にならないだろ』と言われている気がしてならない。
机の下で拳を強く握りしめながら、渋々彼の条件をのむ。
「……分かりました」
「そうこなくちゃ。それじゃ早速、ターゲットの話なんだけど」
「はい。調べてほしいのはモーラの剣闘士タッカス。彼の身辺調査と、可能ならば過去の経歴もお願いします。なるべく悟られないよう慎重に」
依頼の内容を聞いた途端、マシューはサングラスの上からでも分かるほど目を大きく見開き、飲みかけのコーヒーが入ったカップを口に付けたまま硬直する。
あまりにも動かないものだから、心配して声をかけようとする。その瞬間、彼は静から動に転換し、襲い掛かるような勢いで僕に迫る。
「タッカス!? タッカスって、あのコロシアムの英雄タッカスか!?」
「え、ええ。そうです、けど……なにか問題でも?」
「タッカスと言えば俺らの業界じゃ正体不明で有名なんだ。マスコミ嫌いで会見インタビューすらさせてもらえない。そのせいで経歴どころか私生活すら闇の中。そのうえ、噂なんだけど密着取材を強行した記者は尽く謎の失踪や不審死を遂げているらしいぜ」
まあ都市伝説だろうけどね、と続ける。マシューは『それほどまでに調査は難しい』とでも言いたかったのであろうが、僕にはその都市伝説が真実に思えて仕方がなかった。
胸に不安の影が渦巻く。それは勇気に対してではなく、この依頼をマシューが了承しないかもしれないことに対してだった。
もし彼がこの依頼を蹴れば、僕が勇気の情報を掴む方法はほとんどなくなってしまう。不本意だが、彼が唯一の希望なのだ。
「……やって、くれますか?」
恐る恐る、問う。一拍おいて強気で、それこそ強制させるような口調で言えば良かったと軽く後悔する。
マシューはわざとらしく考え込むような素振りを見せる。それが僕の不安を煽ること知っていてやっているのなら、一発ぶん殴ってやりたいところだ。
苛立ちと不安で顔をしかめていると、マシューはふっと顔を上げ、いつもの胡散臭い笑みを浮かべる。
「ああ、引き受けよう。それにタッカスの取材なんて願ってもない機会だからね。断る理由なんてない」
彼の快諾に胸を撫で下ろす。
正直引き受けてくれなければ、後の策なんて無いに等しい。
今回ばかりは彼に感謝するしかない。
「それにしても、君は随分と熱烈なタッカスのファンなんだね」
「……? いえ、違いますよ?」
「あれ、そうなの? いや俺はてっきりタッカスがこのパリリーに来ているから、その追っかけかと―――」
「なにッ!!?」
僕が平静を取り戻したのは、自身の大声と机を強く叩きつけた音で周りの注目を集めていたことに気付いた後であった。
「……それは本当ですか?」
「あ、ああ。本当だとも。確かな筋の情報だ。泊まるホテルの場所やその日毎の行動、その他諸々も僕らのネットワークで掴んでいる。今までプライバシーが一切不明だった彼がここまで情報を開示しているのは珍しいね」
……罠だ。
ヤツがパリリーに来たのも、情報を流しているのも、全て罠。僕を誘き寄せ、嵌めるための罠に違いない。
だが、事前にこの情報を知れたのは僥倖だ。勇気が弄した策を回避でき、更にはヤツの動向を察しながら行動できる。
マシューはその分危険に身を晒す可能性があるが……まあ、いっか。
「マシューさん。気を付けてください。決して気付かれないように」
「承知している。これでも俺はプロだぜ。大船に乗ったつもりで任しときな」
よし。これで彼がタッカスが七つの美徳の一員、勇気であることを証明する何かを持ち帰れば、後は騎士団が何とかしてくれる。
決着をつけたがっていた紅蓮には悪いが、これが最善だろう。
これからのことに強い期待を抱き、にやけそうな顔を抑えていると、マシューが席を立った。
「それじゃ、俺は早速仕事に取り掛からせてもらうとするよ」
「ええ。よろしくお願いします」
「ああ。ゆっくりコーヒーでも飲んで待っててよ」
マシューはそう言って、店を出ていく。
小走りで街へと溶けていく彼の後姿をテラスから見送りながら、僕は言われた通りコーヒーを一杯だけ口に含む。深い苦みと独特の香りが口の中を支配し、その奥に隠された酸味が良いアクセントとなっている。コーヒーの良し悪しは判らないが、優雅な気分に浸るには十分だ。
カップを碗皿に戻し、そこで漸く彼の置き土産に気付く。
アイツ、コーヒー代払わずに帰りやがった。
「……やっぱアイツ嫌いだわ」
――――――――――
とある部屋の一室。部屋というにはあまりにも広く豪華絢爛であることから、そこが貴族以上の階級のものであることは見て取れる。
その部屋では少女が一目で分かるような高級な便箋にせっせと文字を羅列しては躊躇なく丸めて放り出している。くしゃくしゃとなった便箋には幾つもの愛を綴った美しい詩が書かれていた。
少女は幾つか便箋を丸めて捨てると、溜息を一つ吐き、机に伏してしまった。
やはり、この気持ちは文ではなく言葉にして伝えよう。そう彼女は潤んだ瞳で決意する。
体を伏したまま、顔を机に立てかけたカレンダーに向ける。師走のページを開いたカレンダーにはいくつかの赤い印が書き込まれてある。その日は彼女にとって大切な日、愛しいあの人に会える日だ。
彼女の瞳は今月最後に会う日付を見つめる。それは聖夜の前日。愛を告げるにはこれほど相応しい日はない。
告白する日を決めた少女、フローラは今再び好意を寄せる男性の顔を思い浮かべ、その名を口にする。
「―――ヒロ様」




