第61話 邂逅
久々に一人称視点で書くと、すっかり書き方を忘れてしまっていました。
―――歓声を受けながら、二人の男が闘っている。
一人は軽武装の男。右手には短剣を、左手には長盾、頭に派手な兜を被るその姿は彼が剣闘士であることを物語っている。
対するは、これといった武装をしていない筋骨隆々の半裸の巨漢。観覧席からではよく分からないが、その身長は二メートルに至るほどだろうか。剣闘士も中々に身長はあるが、彼と比べると見劣りしてしまう。兜の代わりに革製のマスクを被り拳を構える様はレスラー、グラップラー、いや拳闘士を彷彿とさせる。
二人の試合は実に肉薄としていた。どちらも達人並みの実力を持っているのは素人目で見ても容易に理解できる。剣闘士は素早く鋭い連撃を、拳闘士は地面を抉るかのような重い一撃を、相手の素肌に叩き付けようとしては躱されている。
しかし長くは続かなかった。試合が始まっておよそ三分、拳闘士の拳が長盾を捕らえる。強烈な一撃は盾を砕き、剣闘士の兜を砕き、宙に舞いあげた。
剣闘士が倒れるとともに一段大きな歓声が沸く。それさえも掻き消すようなマイクの音が闘技場に勝者の名を響かせる。
『勝者ーーーァアア!! タアァッッッカーーーァアアスゥゥーーーーウウ!!!!!』
――――――――――
ここはモーラの首都モラナスにある円形闘技場。全盛期のイタリアのコロッセオにも劣らない立派な建造物である。
長径百七十メートル、短径百四十メートルの楕円型。高さは五十メートルあるかないか。コロッセオと違う点と言えば、外壁の四方に巨像が立ち並んでいることだけだろうか。
その出入り口から大勢の人間が溢れ出す。今日一番の演目が終わり、皆満足そうな顔で闘技場を後にする。その群衆の中に僕たちはいた。
「いやー! すごかった! やっぱタッカス強えわ!!」
「だな! 僕も初めて見たけど、めっちゃ興奮した!!」
「史上最高の闘士タッカス!! その強さに偽り無し、だね!」
「キュ、キュキュイッ!」〔ま、俺のほうが強えがな!〕
僕とユーリ、ゴウラ、モフは未だ興奮冷めやらず、先程の試合について花を咲かせていた。
円形闘技場で最も人気の演目、それは戦士達の一対一の戦闘だ。装備は何でもあり。ルールは殺しなしのデスマッチ。実に物騒だが、だからこそスポーツにはない魅力がそこにはある。
その中でも一番人気で、長年チャンプとして君臨し続けているのがタッカスだ。五年前、彼は彗星の如く現れ、今までの猛者を連続で倒した事は今でも伝説として語り草だ。
それを観覧席からとはいえ、間近で見たとなっては興奮するのも致し方がないことだ。
ふと後ろを見やると、僕たちとは対象的につまらなそうに後をついてくる女性陣の姿がある。
そのことにほか二人も気付いたのか、声をかける。
「どうしたアリス、クリス? つまらなかったか?」
「まあ、確かにすごかったけど……私はちょっと面白くはなかった、かな」
「正直野蛮でした。ユーリ様が見たいと申すので已む無く観戦しましたが、聖職者としてあのような催しは頂けません」
ワオ、酷評。
とはいえ、かくいう僕も見るまではこんな態度だったけど。
「まあ、無理ねえか。少し刺激が強すぎるからな。だがこれでも大分まともになった方だぜ。百年も昔だと猛獣と人を戦わせたり、殺しも有りだったんだぞ」
「それでも野蛮なことには変わりありませんっ!」
「まあまあ」
プリプリと不満を垂れるクリスを宥めながら、僕は彼女の向こう側にいる少女に視線を移す。
「フローラちゃんは? 楽しかった?」
少女はいつもより大人しめな、しかしそれでも高貴さを忘れていない白を基調としたワンピースを身に纏っている。頭にはツバの広い帽子と暗いサングラス。履いている靴のヒールは少々高いにもかかわらず、慣れているのか流れるように足を進ませる。それは高貴な身分にある彼女を世間から隠す服装、所謂“お忍び”の衣装だ。
少女の後ろには、同様に私服らしきに変装した双子のメイドが連れ添って歩いている。だが、いくら変装したとはいえ、フローラちゃんを先頭にキビキビと歩いていれば、嫌でも目に付いてしまう。
少女は僕に名を呼ばれると、幼さの抜けない可愛らしい笑顔を見せて応えてくれた。
「ええ。大変興味深い催しでしたわ。もし、また別の機会があったのなら、もう一度観戦したいです」
良かった。フローラちゃんには好評のようだ。
と言っても、彼女にしてみれば興奮したというより、新しいものに触れた好奇心の方が強いのだろう。僕としては、彼女にはあまりこういう事には興味を持ってほしくないものなんだけどな。
何故、このような場所に、そしてこのような顔ぶれの中にフルーランスの王女であるフローラちゃんがいるのか。他人がいればそのような疑問が浮かぶだろう。
逆だ。僕たちの方が彼女に連れられ、モーラへとやってきたのだ。
先の獄炎竜、巨巌竜との戦いの功績を讃えられた僕たちはフルーランス第一王子であるルイ殿下の厚意により、三泊四日モーラの旅を贈呈された。
だが、これには条件があった。フローラちゃんの身辺警護である。
現在、“七つの美徳”の出現により帝国内は不安定となっている。そのため、国家間の結び付きが重要となっているらしい。
そこでフルーランスはモーラとの国交をより親密なものとするために、使者として自身の妹であるフローラ王女を遣わしたのだ。とはいえ、まだ若い彼女を一人で送るには心許ない。そこで僕たちを派遣したという訳だ。
しかし、使者として役目はあくまで文書の受け渡しのみ。実際は、フローラちゃんと僕たちの旅行に過ぎないのが現状である。これも、兄として、そして未来の王としての彼の優しさなのだろう。
「ヒロ様! 私、パニーニというものを食べてみたいです!」
ぼうっとしていると、不意に横から声をかけられる。
見ると、フローラちゃんが僕の腕にひっついて、上目遣いで僕の顔を見上げていた。
こうしてみると、本物の妹のようだ。
「うん、いいよ。おーい、皆はどうするー?」
「俺とユーリはここでタッカスを出待ちするぜ。情報ではこの出入り口から出てくるらしいんだ」
「ワタクシはユーリ様とご一緒します」
「アタシは……そうね、コイツラの面倒を見るわ。アナタたちだけで行ってきなさい」
皆はそう言って手を振って送り出す。
僕にはそれが催促しているように見えた。……まあ、気のせいだろう。
「そっか。じゃ、行こうかフローラちゃん」
「はい!」
能力“地理理解”を発動させてパニーニ屋の位置を探る。……よし。少し歩くが近場の屋台を見つけたぞ。
位置が分かったのなら後は早い。そこへ行くために歩けばいいだけだ。
僕はフローラちゃんの小さな手を握りながら、そのパニーニ屋へと歩き出す。
「……まったく、先が思いやられます」
最初に口を開いたのはクリスだった。
それを引き金に、アリスとゴウラも続けて口を開く。
「そうね。あの娘の気持ちに全く気付いてないもの」
「とんだ鈍感ヤロウだな」
「ゴウラ。貴方にだけは言われたくないと思います」
「あ? なんで俺が出てくんだよ」
「ま、まあそれはいいじゃないの。ね?」
遠くなっていくヒロの背中を眺めながら、三人は自分が思ったことを好き勝手に言い合う。
唯一、ユーリだけは三人の話の内容が分からず、首を傾げながらタッカスの登場を待ちわびていた。
そして、その時は意外と早く訪れた。
「出てきたぞ!!」
同じくタッカスを出待ちしていた熱烈なファンの一人が声を上げる。すると一瞬でどよめきが起こる。
出入り口に群がる人の群れは押しては返す波のようであり、蠢く蟲のようでもあった。その群衆がモーセの起こした奇跡よろしく、切り拓かれるように道を開ける。
そこから現れたるは闘技場の英雄タッカスだった。黒い革製の覆面を被り、目と髪以外の素顔は解らないが、その強靭な巨体は彼であることを裏付けるには十分過ぎるほどだ。
「タッカス! サインしてくれー!」「握手してー!」「いつも応援してるぞー!」
彼が現れた途端、悲鳴にも似た歓声の集中砲火が彼を襲う。
ユーリたちも負けじと声を張り上げるが、歓声の奔流に呑み込まれ、その小さな一部になってしまった。
千鳥の囀りの如き、耳煩わしいまでの声援を一身に受け、タッカスが口を開く。
「うっせぇぞ雑魚共!! そんなにサインやら何やら欲しいなら、俺に勝ってみやがれってんだ!!」
「「うわぁ……!」」
「「うわぁ……」」
彼の放った一言に、ユーリとゴウラは少年のように目を輝かせ、反対にアリスとクリスはあまりの粗雑さにドン引きする。
集まった民衆、特に力自慢の男共はタッカスの「勝ってみろ」という台詞に乗り、我が我がと声を張り上げながらこぞって手を挙げる。例に漏れず、ユーリとゴウラも挑戦しようと手を挙げている。
闘技場の英雄は目の前に立ち並ぶ太い腕を選別するかのように眺めていると、奥でピョンピョンと跳ねる細い腕を見つける。見つけるや否や、タッカスは男共を掻き分けて、その腕の下へ近付き、その場にいた少女に声をかける。
「よぅ、嬢ちゃん。女のくせに俺を知ってんだな」
「うん! 僕は君のファンだもん!」
「そりゃぁ嬉しいねぇ。俺もお前のことを知ってるぜ。お前、勇気の勇者だろ? 勇者候補の一人の」
「僕のこと知ってるの!?」
「あぁ、勿論。それはそうと、お前、さっき手を挙げていたな」
空気が変わる。目つきは獲物を見つけた獣のようになり、闘志とも殺気とも言えるような圧力を放つ。
それは観客席でも感じていた、闘士としての彼だ。
「俺は相手が女だろうと子供だろうと気にしねぇ。戦う意思、闘争心、勇気をもって俺に挑むのなら、俺は敬意をもって全力でこれに応じよう」
「……うん、上等だ。僕も手加減されるのは納得できないしね」
瞳に闘志を灯し強気で応えるが、声は若干震え、冷や汗が頬を濡らす。
彼女の心には恐れはないにしろ、強敵に対する緊張は否めない。
緊迫した空気が漂う中、二人の間を遮る影があった。
「まぁまぁ、待ちなよお二人さん」
「ゴウラ……」
「あぁ? 何だぁお前?」
「俺はゴウラ・ウォーロック。ユーリとは同じパーティだ。コイツは確かに強えが、それでも女には変わらねえ。せっかく可愛らしい顔してんのに、もし力至らず殴られでもしたら可哀想だからな。代わりに俺が相手をしよう」
「ちょ、ゴウラ!」
ビシッと親指を自身に向け、キメ顔で宣うゴウラ。憧れのタッカスを目の前にしたせいか、いつもよりテンションが高い。
ユーリの方はと言うと、折角の勝負を邪魔され少し怒っていた。
文句の一つでも言ってやろうとするが、いつの間にか側に立っていたクリスに回収されていく。
「……別に構わねぇけどよ。お前は強いのか?」
「フッ……」
鼻で軽く笑うと、ゴウラは全身に力を込める。
鍛えらた大胸筋が肥大化し、着ていた服が悲鳴を上げる。そしてついに限界を迎え、ボタンが弾け飛び、前が大きく裂けた。覗く大胸筋を交互に動かしながら、ゴウラは自慢げな表情を浮かべる。
「これでも力のステータスには自信があってな」
「ほぅ、おもしれぇ。勇気のあるやつは好きだが、自信に満ち溢れているやつも大好きだ。良いだろう、お前と闘ってやる。終わったらサインでも何でもしてやらぁッ!!」
「そうこなくちゃ……!」
二人が構える。ゴングはない。リングもない。しかし周りの熱気はコロシアムに引けを取らない。
ユーリも横槍を入れられたことに憤慨するのも忘れ、声援を送っている。
アリスたちは止めても無駄だと承知しているのか、なるべく大きな怪我をしないことを祈るばかりだ。
ここにストリートファイトが始まった。
――――――――――
「ん〜、美味しいです!」
パニーニを頬張りながら、少女は至福の表情を浮かばせる。
このパニーニという軽食はハンバーガーやサンドイッチのように、二つに切られたパンの間に様々な食材を挟んだものだ。その二つと違うところと言えば、ソースなどを入れないため少々味が薄いくらいだろう。
それを一口、僕も頬張る。
「……うん、美味しい。」
芳醇な小麦の香りと甘み、挟まれた肉の旨味と野菜の食感に舌鼓を打っていると―――パシャリ。一瞬の閃光とともにそのような音が聞こえた。
前方に視線を向けると、そこには古い型のカメラを構えた二十代の青年が立っていた。
カジュアルな服装にサングラス。首から金属製の気取ったネックレスを下げ、指にも金属製のリングが嵌められている。髪は染めているのか、根本が黒いのに対し毛先に行くに従って金に変わる。
前の世界でどうにも苦手だったタイプの人間だ。分かりやすく言えば“チャラい”。
「や、ヒロ君。デート中かい? 青春だねえ」
青年は気さくに話しかけてくる。
それに僕はうんざりといった表情を包み隠さず曝け出す。
「ヒロ様、この方はお知り合いなのですか?」
「知らないな。さっさと行こうか」
フローラちゃんの手を掴み、踵を返す。
人混みに紛れ足早に退散しようとすると、残念ながら回り込まれてしまった。
「ちょっとちょっとぉ。ひどいじゃないか。俺と君の仲だろう?」
「取材をする人とされる人ってだけの仲でしょ。てか、この世界じゃカメラって貴重じゃないんですか?」
「これは型落ち。カラーで写せないし、何しろ画質が悪い。それよりもさ、隣の女の子は誰なんだい? 随分と親しそうに話していたけど」
しまった。注意がフローラちゃんの方に向いてしまった。
この男の名はマシュー。典型的な下世話なマスコミであり、人のプライパシーにズケズケと踏み入っては精神を擦り減らしてくる輩なのだ。巨巌竜の戦いが終わり、僕が天帝竜の竜石保持者と世間知られて以来、ずっと付きまとわれている。
一度彼に気に入られたのなら最後、恥ずかしい所から骨の髄まで明かされるまで永遠に付きまとわれる。
その指先がフローラちゃんに触れることだけは避けなくては…!
「申し訳ありませんが」「これ以上お嬢様とそのご友人に付きまとうのはお止め頂けませんか」
後ろに控えていたメイドの二人、アンネさんとクライネさんが僕たちの壁となってくれる。
そのうちの一人、アンネさんが顔だけこちらに向け、小声で僕に話しかけてきた。
「今のうちです、ヒロ様。ここは私どもがこの御仁を引き留めておきますので、お嬢様を連れて逃げてくださいませ」
僕はそれに首を縦に振って応え、再びフローラちゃんの手を握って走り出す。
後ろからマシューの呼び止める声が聞こえるが、気にせずに足を動かし続ける。
マシューを引き留めている二人に感謝せざるを得ない。あとで礼を言っておかなくては。そのような考えを巡らせながら、僕は街中を駆ける。
人通りの多い街道から少しだけ外れた、路地裏の入り口。街中を駆け回り、息が上がり始めた時点で漸くその足を止める。
撒けたか、と後ろを振り向く。視線の先には僕より息を荒げるフローラちゃんの姿があった。
「あ、ごめん。大丈夫、フローラちゃん?」
「ハァ、ハァ。ええ、大丈夫ですわ。それに、こうして全力で走るのは楽しかったです」
王室育ちの彼女に気を遣わず全力疾走してしまったことに負い目を感じていたが、杞憂だったようだ。彼女は頬に汗を垂らしながら、快闊に笑ってみせる。その笑顔に僕の胸が温かくなったことを確かに感じた。
「そう、良かった。……さて、アンネさんたちとはぐれちゃったし、どうしよっか?」
「わ、私は別にどこへでも……ヒロ様と一緒なら……」
少し恥ずかしそうに小さく呟く。
王族としての誇り、そしてあの兄弟と暮らしてきたんだ。人を頼ることに多少の抵抗と羞恥心があるのだろう。
その中で僕を頼っているんだ。これほど光栄なことはない。
「殿下の隣を歩かせて貰えるとは光栄の至り。恐悦至極にございます王女様。……なんてね」
「……もう。ヒロ様ったら」
フローラちゃんはまた別の気恥ずかしそうな顔を覗かせる。緊張は解けたようだ。
「おい、コロシアム前でタッカスがストリートファイトをしているらしいぞ」「マジで!?」「マジマジ。相手も結構強いみたいで、まだやってるかもしれないぞ。見に行こうぜ」
次はどこへ行こうかと決めあぐねていると、街道の方から複数人の青年の声が聞こえてきた。
タッカスといえばあの闘士だよな。それが喧嘩か……。ちょっと気になるな。
人間生来の、本能とでも言えるようなものが僕に興味という波を引き起こす。要は、野次馬しにいきたい。
「フローラちゃん。ちょっと見に行ってみようか」
「見に行くって、先程のお話のことですか? 私、試合ならともかく、喧嘩の類は……」
「大丈夫だって。ちょっと見るだけ。見たらすぐに別のところ行くから」
「……それならよろしいのですけれど」
少々強引に彼女から同意を得て、僕たちは再びコロシアムへと足を向けた。
コロシアムまでの道のりは二分もかからない。僕の頭の中は、どうか着くまでに決着がついていないことを願うばかりだった。
――――――――――
コロシアム前は既に僕と同じような野次馬が群がっていた。
そのことを不快に思いながら、なんとか野次馬の頭の間からストリートファイトを覗こうと必死に跳ねる。こんなときもっと身長があればなぁ、と思ってやまない。
野次馬に沿って歩き、僕の身長でもギリギリで見えそうな人の群れに着くと、つま先で立ち、前の人の頭を越してその舞台を眺める。
そこには最前線の人間がリングの代わりとなった小さな闘技場があった。
そこで闘っているのは闘士タッカスと―――
「ゴウラッ!??」
思わず対戦相手である知り合いの名を叫ぶ。だが、その声は歓声に掻き消され、ゴウラの下まで届かない。
両者は上半身を曝け出し、大量の汗で体を濡らしながら拳をぶつけ合っている。
今、タッカスの拳がゴウラの頬を殴った。鈍い音が響く。これは絶対に痛い。
ゴウラはそのまま後ろに吹き飛ばされ、野次馬の目の前で倒れた。一秒だけ昏倒とすると、すぐに意識を取り戻し、両手の掌をタッカスに向けて降参のポーズを取る。
「ま、参った……。降参だ。やっぱ強えわアンタ」
勝者を称える歓声が湧く。それとともに、ゴウラの側に三人の女性が駆け寄る。ユーリたちだ。
群衆の声で聞こえないが、いつものように罵倒なり心配なりしているのだろう。僕も何か言ってやろうと、野次馬を掻き分けようとした。
その時、歓声を掻き消す大きな声が轟いた。
「まだだッ!!」
場が静まり返る。あまりの衝撃に誰も声を上げるどころか、指先一つ動かさない。
そのお陰で、タッカスの声がよく聞こえてきた。
「まだだ。まだ闘れるだろ?」
「い、いや。もう限界だって。そっちの勝ちでいいじゃ―――」
「これじゃぁ足んねぇんだよ!! もっと血沸き肉踊る闘いを、“最期”の最後までやる戦いを、勇気ある死闘ってやつをしねぇと気が済まねぇッッ!!!」
まるで修羅、いや、駄々をこねる餓鬼。既にゴウラは顔を腫れさせ、満身創痍だというのに、まだ闘おうという気なのか。
驚愕や呆然で未だ誰も動かない。その中で彼の前に立つ女性がいた。
ユーリだ。彼女は黒い短髪を風に靡かせ、青い瞳でタッカスを睨んでいる。
「もう止めなよ。ゴウラはもう闘う気はないって言っている。それに、最初に闘いたいって言ったのは僕の方だろ」
「……もう、どっちでも良い。勇気ある闘い……それができればなぁッ!!」
タッカスが大きな腕を振り上げ、その拳をユーリに向ける。
彼女は腰に差した剣を抜く隙もない。避けることもできない。否、彼を睨みつけたまま動こうともしていなかった。
拳が振り下ろされる―――!
「―――いい加減にしろよ」
咄嗟だった。怒りが込み上げ、自分を抑えきれなかった。
タッカスの拳が振り下ろされる刹那、竜石から天帝竜の力を引き出し、稲妻の如きスピードで二人の間に滑り込み、拳を片手で受け止めた。
大きな岩石のような彼の拳を握り潰さんとばかりに力を込める。荒ぶる感情をそのまま視線に乗せ、彼にぶつける。
このとき、目の周りに赤い隈取が浮かんでいたことを僕は知らなかった。
「俺の友達にこれ以上手を上げてみろ。絶対に許さないぞ」
「……テメエ」
タッカスの目が大きく見開かれ、驚愕の表情を見せる。そして、何が面白いのか、口角を恐ろしいばかりに上げる。
それは新たな標的が、恰好の獲物が現れたとでも言わんばかりであった。
戦闘になると身構えていると、掌に感じていた圧力がすっと消えた。
「いや、悪ぃ悪ぃ。つい興が乗ってしまった。俺は結構感情的な方でね。ほら、立てるか?」
タッカスはパッと笑うと、今までが嘘のように優しくゴウラに手を差し伸べる。
「あ、ああ。ありがとな」
「お前さん、中々強ぇじゃねぇか。……おっと、サインだったな。ちょっくら待ってろ」
指を鳴らすと、どこからともなくマネージャーらしき人物が現れてタッカスに色紙とペンを手渡す。そしてサラサラとサインを書き、それをゴウラに贈呈する。
「ほらよ、タッカス直筆だ。家宝にでもしな」
「……お、おおぉッ!!」
ゴウラは声にならない声で歓喜を表現している。その様にタッカスも満足そうだ。
その光景を肩透かしを食らった僕が眺めていると、袖をクイクイと引っ張られていることに気付く。
目を動かして確認する。そこには頬を膨らませ、少し怒った表情をしたフローラちゃんがいた。
「……ヒロ様、余り無茶をなさらないで下さいまし。私、あの一瞬、どれだけ心配したことやら」
「あ、ああ。ごめんねフローラちゃん」
謝罪を口にし、頭を撫でる。すると、すぐに彼女の機嫌は良くなり、思わず笑みが溢れる始末だ。
その様が何とも愛らしく、ずっとこうしていたいと思った。その時、後ろから声をかけられる。
「おぅ、坊主。さっきは済まなかったな」
声の主はタッカスだった。
まだ少し彼のことを許せずにいた僕は、振り返るとともに彼を睨みつける。タッカスはこれに飄々と手を上げて、“これ以上は何もしない”とジェスチャーをしてみせる。
「何か用?」
「いやねぇ。お前さんの友を思う気概と勇気に俺は感服したんだ。お前さんにもサインをあげたく、いや、是非貰ってほしいと思ったんだよ。ほら、遠慮はいらねぇ。ほら、ほら!」
「……え? え、えぇ?」
戸惑う僕にタッカスは無理矢理サインの書かれた色紙を渡して―――押し付けてきた。
未だ戸惑う僕を残し、彼はユーリにもサインを渡す。彼女もゴウラと同じく跳ねて喜びを顕にしている。
その後、彼は軽くファンサービスをして、そのまま現れた馬車に乗り込みその場を後にした。
「……何だったんだ?」
僕が未だ状況を理解できずに混乱していると、脳裏に聞き慣れた声が響いた。
〔ヒロ、少しいいか?〕
紅蓮だった。
気のせいか、声の雰囲気が少しシリアス染みているように感じる。
(紅蓮か。どうしたんだ急に)
〔ああ、君にどうしても伝えたいことがあってね〕
伝えたいこと? 一体何だ?
〔落ち着いて聞いてほしい。決して騒いだりするな。先程君と話していた男、タッカスと言ったな。奴は七つの美徳の一人、勇気の徳カーレッジだ〕
衝撃が走る。喉まで出かかった驚愕の言葉を無理にでも飲み込む。そうでもしないと、落ち着いていられなかった。
七つの美徳の一“勇気”。
彼の名は紅蓮の口から聞いたことがある。確か、紅蓮と因縁深い相手。そして、僕と紅蓮が一体となった要因でもある、と。
(……間違い、ないのか?)
〔ああ。素顔は隠れ、体型も相違点があったが、彼から溢れる魔力の質は全く同じだった。奴に違いない〕
(ッ……!)
タッカス―――否、勇気が歩いていった先を見つめる。
もう姿は見えないが、それでも睨みつける。
〔……ヒロ〕
(分かってる。約束だもんな。アイツは僕が倒す)
―――――――――
「……く、クックック、ハーハッハッハッハ!! ついに、ついについについにィッ!! 見つけたぞぉ、鬼神ィ!!! 間違いねぇ、間違わねぇ!! 節制の情報通り、ヤツは生きていた。生きてやがった、生きていてくれた!! 待っていろ。勇気を持つ者に褒美として、俺に恥を塗った報いとして、そして悪しき者への裁きとして! 次こそ必ずや“死”を齎してやろうッ!!!」
勇気の笑い声が響く。
「……にしても、ヤツの隣にいたあのガキ。ありゃぁフルーランスの王女じゃねぇか。……クク、これは使えるなぁ」
タッカスの由来は実在の剣闘士スパルタクスから“タクス”の部分から引き抜いて考えました。
ついに邂逅した二人。彼らは互いを殺すため、動き始める。




