第60話 とある異世界人の物語
幕間です。物語の導入のようなものなので読み飛ばしても構わないかと。
そんなことよりモンハン楽しい。
ここはとある街のとある夜の公園。昼間であったのなら老若男女問わず多くの人が行き交うが、夜ともなれば人気は完全に無くなる。
その公園の中心に突如空間の歪のようなものが生まれる。それはこの世界に住む者ならば知っていることだが、“異世界”の物や動物、あるいは人が現れる兆しなのである。
その歪から一つの影が出てくる。影は着地するとともに「いてっ」と声を漏らす。
「っつー……。なんやねん急に。それに……ここどこや?」
歪から現れたのは決して美形とは言えない――というより醜悪な顔の――二十歳前後の男だった。彼は脂ぎった顔に眼鏡をかけ、肥満気味の体に少女の絵が描かれたTシャツとスウェットを身に着けている。頭髪はまともに手入れされておらず所々自由に跳ねており、口元には薄く髭が生えている。右手にはビニール袋が握られており、そこから太い雑誌が端を覗かせていた。
男は尻についた土を払いながら立ち上がり、周りを見渡す。彼の眼鏡に映る風景はどれも彼がいた場所とはかけ離れていた。
「なんやねんここ……。てか、何で俺こんなとこおんの?」
男は今までの経緯を思い返す。
彼の名は高田勇気。大学受験に失敗し、いつしか何事にもやる気を見いだせなくなった憐れなニートである。趣味は日がなネットの掲示板にアクセスすること。外に出るのは新作のゲームが発売された時か、夜食を買いにコンビニに立ち寄る時くらいだ。
その日もちょうどコンビニで雑誌と夜食を買いに出かけていた。その矢先、謎の白い光に包まれ、気付けばこの場にいたのだ。
「……思い……出した! そうや、俺はなんか変な光に包まれたと思ったらこんなとこにおったんや。これってもしかして……異世界転生ってやつやん!!」
謎の場所に飛ばされたというのに、彼の思考回路は実に単純でお気楽なものであった。
「うっわマジか! マジで異世界か! てことは今から俺の異世界チートハーレム物語が始まるんやな!!」
誰もいない公園で、素性の知らない男が笑い叫んでいる姿を見ればどう思われるのだろう。だが、そんなことを彼は気にしない。
彼の頭の中は自分には特別な力が備わり、無条件で可愛らしい女の子にモテるという根拠のない妄想しかなかった。
彼が良い心地で妄想に耽っていると、突然背中に衝撃が走る。まるで何かがぶつかってきたかのような感覚だ。
振り返れば、そこには齢十八程の女性がしりもちをついていた。状況から察するにこの女性が彼にぶつかり、体重差ゆえに逆に吹き飛ばされたのだろう。
(なんやこの女。ぶつかってきたのに謝罪も無しか)
そんなことを思っていても、それを口にする勇気はない。ただ不機嫌な顔で女性を睨むだけだ。
女性の方はというと、男の顔を見るや否や立ち上がり、彼の肩を掴んで潤んだ瞳で助けを乞い始めた。
「助けて下さい!! 今変な男の人に追われているんです!!」
女性は必死だった。誰でも良い。自分が助かるのなら、誰であろうと構わない。そのような気持ちがひしひしと伝わってくる。
突然助けを求められ、男は困惑している。というより、これほどまでに若い女性を近くで見たことがないので、そのことでドギマギしていた。
(な、なんやねんこの女……。ぶつかってきといて急に助けてって……。にしてもよく見たら可愛えな。おっぱいも結構でかいし……もしかしてこの娘がヒロインなんか?)
男は依然として現実味のない妄想を続けている。
女性の言葉には耳を傾けず、胸元ばかりを見ていると、女性が来たであろう方向から大男がのしのしと現れる。この男こそ女性が言っていた“変な男”だろう。女性はその姿を捉えるとより一層恐怖に顔を歪ませる。
「ここに居やがったか。全く手間かけさせやがって」
「い……や、来ないで……来ないでぇ!!」
「恐怖するか。それこそ弱者の証。勇気無きものは“悪”。生きる価値も無い」
恐れおののく女性に大男がゆっくりと近付く。女性は余りの恐怖に腰が抜けてその場に座り込んでしまった。
男の手が女性に触れようとする。その瞬間、今まで沈黙を貫いていた異世界の男がその間に身を滑り込ませる。
「あぁん? なんだぁテメエ?」
「……ぁ………ぅ……」
「聞こえねぇよ。はっきり言え」
「そ、その……ど、どきな。怪我したくなかったら、この女を諦めろ……下さい」
意気揚々と身を前に出したはいいものの、どうにも締まりの悪い言葉しか出てこない。想像の中ではもっとかっこよく決められたはずなのだが、いざ目の前にすると大男の威圧感にビビってしまう。
大男はというと、この不格好な異世界人に対して怒りを抱くどころか、面白そうに笑ってみせる。
「ほう? お前は“勇気ある者”か。それは良い。ならばお前の勇気、見せてみろ!!」
男が拳を構える。これに異世界人もおずおずとだが同じように拳を構える。
両者の構えはそれこそ天と地の差だ。大男は普段から喧嘩にでも明け暮れているのだろうか、しっかりと基礎ができている。対して異世界人の方はどうみても素人のそれだ。取り敢えず構えたチグハグさが見るに堪えない。
だというのに異世界人の顔は無駄に自身に満ちていた。
(大丈夫。俺は異世界に選ばれた人間なんだ。きっとなんか魔法かなんかで倒せるはずや)
根拠のない自身だけを頼りに、異世界人が大男に殴りかかる。
次の瞬間、異世界人の目の前から大男が姿を消した。
(……ああ、やっぱな。やっぱ俺は最強なんや―――)
女性の顔は今までより更に恐怖を現したものとなる。その頬には鮮血がベットリと付いていた。
少し遅れて男性の上半身がどさりと地面に落ちる。それは先程まで自分が助けを求めていた異世界人のものであった。
「なんだ。口の割には弱っちいな。しかし、“勇気ある死”を得られたんだ、満足だろ」
語る男の右腕には自身の頬に付いているものと全く同じものが付いていた。異常なのは、その右腕が腕の形を成していなかったことである。
大男の腕は大剣のような形に変形していた。その腕をもって、異世界人の体を両断したのだ。
「さて、と。次はお前の番だな。精々楽しませてくれよ、この勇気様をよぉ」
――――――――――
夜が明け、公園は騒然としていた。凄惨な死体が二体も見つかったのだ。騒がないほうがおかしいだろう。
現在は入り口にバリケードが張られ、騎士以外は立ち入れないようになっている。
そのバリケードの下を潜り抜ける小さな姿があった。近くにいた騎士はそれを諌めるでもなく、敬礼で彼女を出迎える。
「ご足労おかけしました、アンジェラ隊長」
「うん。それより遺体はどこなのです?」
「こちらです。ご案内します」
ここはモーラ神国の首都モラナス。その公園ともなると、決して小さくない。
その公園を少し歩くと、花で彩られた石造りの噴水が目に入る。その近くに二つの布袋を中心に多くの騎士が集まっていた。
騎士達はアンジェラに気付くと、作業を止め敬礼する。これに軽い敬礼で返し、彼女は一目散に二つの布袋に早歩きで近付いていく。
「遺体の身元は?」
「被害者は男女二人で、女性は近くの花屋の娘です。普段から素行不良で、夜にはいつもフラフラと出かけていたそうです。男性の方は身元不明です。所持品や衣服から異世界人だと思われます」
「飛ばされて早速このザマなのですか。とことん運のないヤツなのです」
アンジェラがそう言いながら布袋の中身を覗く。
その瞬間、苦い顔をした。
「これは……酷いのです」
「男性は体を両断。女性はもっと酷いですね。凌辱された後に嬲り殺されています。所持品から身元は分かりましたが、顔どころかまともに人の形を保ってません。関節は全て逆方向に捻じ曲げられ、腹を無理やり開かれ内臓がグチャグチャに掻き混ぜられています」
「この子供のような純粋で残酷な殺し方。人間一人では不可能な怪力による犯行……。また“殺人坊や”の仕業なのですね」
「まず間違いなく」
殺人坊や。それはモーラを中心に世間を騒がしている連続殺人鬼の通称である。
そのやりくちはひどく残忍で、まるで子供が虫の躰で弄ぶような遠慮のない殺し方が特徴である。神出鬼没にして正体不明。今までの被害は五十強。主な活動地はモーラだが、時には遠くの国にも現れる。五年前よりこの猟奇的な犯行を続けており、一年間何もしなかったと思えば一ヶ月で数件の犯行に及ぶこともある。被害者に共通する点が全くと言っていいほど存在せず、人物像の特定でさえ困難を極めた。
この殺人鬼を騎士団は追い続けていたが、未だ捕まえるどころかその手掛かりさえ掴めずにいた。
「……巨巌竜の騒ぎが一段落ついたと思ったら、次は連続殺人鬼なのですか」
「今まで鳴りをひそめていたのにも拘わらず、まるで入れ替わるかのように現れましたからね。もしかしたら、件の集団と何か関係が―――」
「そう決めつけるには早計過ぎなのです。今は取り敢えずこっちに集中するのです」
「了解です」
話を終え、事件の真相を明かすことに専念し始める。
その光景をバリケードの外から眺める影があった。
その者は野次馬に紛れ、一人ほくそ笑んでいた。体型は細身、髪色は黒。顔はすっぽりとフードに覆われている。男である以外は例の犯人とは似ても似つかぬ姿の、至って普通の人間だ。
だがしかし、彼こそが今回の犯人、“七つの美徳”の一人、勇気の徳である。
彼は真犯人である自分がすぐ近くにいることに気付かない間抜けな騎士達を見て嘲笑っていた。
「勇気、何をしている。お前の殺人癖は見逃しているが、余計なことは控えてもらおうか」
不意に声をかけられる。振り向いて確認すると、同じく帽子を深く被って顔を隠した老人が背後に立っていた。
「信仰か。悪いな、待ちきれずつい殺っちまった。とはいえ俺がやったのは勇気無き“悪”だ。ならば問題はあるまい」
「……まあいい。それで、私への要件とはなんだね?」
「俺は他のメンツと違って、部下とか配下はいねぇからな。お前さんのところを少し借りようと思ったんだよ。それともう一つ、お前さん自身に頼みがある」
「良かろう。ならば先ずは場所を変えるとしようか。ここでは些か人目に付きすぎる」
「ああ、いいぜ。お前の“固有能力”は俺と違って変装に使えないからな。こんなとこにいると知られちゃ、面倒だ」
返事はない。再び振り返ると、老人は既に人込みを掻き分け歩き始めていた。
勇気は呆れたかのように頭を掻き、その後をついていく。
人込みを抜けると、二人はそのまま路地裏の闇へと消えていった。




