第59話 日常の裏側
竜と人間の戦いは終わり、街は日常を取り戻していた。
しかし、裏では蠢く闇があった―――
巨巌竜との、七つの美徳との戦いから数日が過ぎた。
それでも世間は未だ件の戦いの熱を失っていなかった。
世間の話題は、どこから情報が漏洩したのか――もしかすると奴らが流したのかもしれないが――“七つの美徳”について持ちきりだった。
未だ実態の知れない謎の集団。その甘美な響きには都市伝説のような妖しい魅力があったのだろう。都市伝説は都市伝説を呼び、三日も経たないうちに帝国全土にその名が知れ渡った。奴らがしでかした事の重大さを人民など知ったことではなく、愚かにもファンクラブまで作られたと風の噂で聞く始末だ。
対岸の火事とでも言うのだろう。国民の多くはそのようなことに意を介さず、怯えることもなく、いつもと変わらない日常を過ごしていた。
奴らが影響を与えたのは、国の上層部、そして学者たち有識者とゴシップ好きなマスコミだけだった。とはいえその受け取り方はそれぞれだ。
有識者たち、特に生物学や神話学に熱心な者は巨巌竜が化けた孤峰に自ら赴き、戦いが終わったその翌日から調査を始めていた。
聞くところによると、例の孤峰は完全にただの土と岩の塊らしく、血や肉といった生物の証は得られなかったらしい。
これも眉唾だが、お偉い竜種研究科によると「彼ら伝説の五竜は通常の生物というより、精霊や神格存在に近い。本来はエネルギー体であるため、岩や炎などの媒体を用いて好きなように体を変化することができ、その魂――恐らく竜石のことだろう――が体から離れると媒体にした物質に戻る」とのことだ。
話は脱線したが、学者たちは今も何でもない孤峰相手に奮闘している。
対してマスコミもお気楽なものだった。
兎に角話題になりそうな物は徹底して追求してくる。僕が天帝竜の竜石保持者だと分かるや否や僕、泉田緋色の自宅に押しかけ、どうでもいいような下らない質問ばかりしてくる。僕は目立つのは嫌なのに……。特に僕がまだ未成年だからといって幼稚な話しかけ方をしてくる輩は本当に腹が立つ。
真面目に事の顛末を重大に考えているのはやはりユニオス連合帝国を構成する国のトップたちだった。
アルトリウス皇帝陛下は戦いの集結後すぐに事実上の元老院、人呼んで“七賢”を集め議会を開いたそうだ。
この七賢というのは皇帝の諮問機関であり、その名の通り七つの部署に分かれ、三権を取り持つ主要機関と四つの研究機関がある。その構成は民主的立場にあり最大の議員数を持つ人心院、法を基に物を見る司法院、財政を測り国の運用に重きを置く国政院、科学者集団の錬金院、元は観測所であり未来を見通す占星院、魔法を扱う者や祭司が集う神働院、生物を識り医学に貢献する生命院の七つ。彼らに意見を聞き、それを取りまとめ、そして決定するのが皇帝の仕事である。
この七賢の進言により、ユニオスを支える国々のトップが一堂に介する“緊急帝国首脳会議”が今度行われるらしい。
――――――――――
「ええい! 広い! 広すぎるわ!! いつなったら会議室に着くのだ!!?」
キャメロス城内の一角にそのような声が響く。
部屋と間違うほどの幅を持つ廊下の丁度中央にいるのは、フルーランス王国の王太子であるルイ=ジョルジュ・ド・フルーランスとそのお付のエピーヌであった。
二人は病に伏している現王の代わりに帝国首脳会議に出席すべく、この帝都に赴いていた。
赴いていたのだが……絶賛迷子中であった。
「まったく……だから最初から城内の者の案内に従っていればよかったものを」
「馬鹿め!! 民の手を煩わせるまでもないわ! それに民を労い、一時の休息を許すのが王としての勤めでもあるからな」
「それで迷子になっていたら世話ないですよ」
「違うなエピーヌ。我が迷子になっているのではない。城が我を迷わせているのだ!」
「ハイハイ。取り敢えず一度引き返して、城の案内を頼みましょう」
「ふん。貴様がそこまで言うのならば致し方ないか。王とは民の意見を聞くもの。よい、許す、今回は貴様の具申を取り入れてやろう」
高々と笑うルイを見て、エピーヌは呆れからのため息のみを返した。
気を取り直し、引き返すために踵を返す。すると彼女の瞳に奥から歩いてくる人影が写った。
人影は三つ。一つはこの城の近衛兵。一つは直剣を思わせる屈強な佇まいで歩き白い頭髪と白い髭、白い虹彩、そして大きく付けられた十字の古傷が特徴的な老年の執事。そしてもう一つが残忍さを感じさせる鋭い眼光を秘めた目と黒いチョビ髭を持った男性だ。
エピーヌはそのチョビ髭の男に見覚えがあった。それもそのはず。彼はリドニック国の現首相“革命家イヴァン・アレクサンドロフ”なのだから。
(革命家アレクサンドロフ……! 若くして首相となり、王国から民主国となってから長い暗黒期のリドニックを事実上立て直し改革を起こした男ではないか。英雄的な側面ばかり当てられるが、裏では腐っていた政界を稲妻のような苛烈さと氷のような残忍非道のやり方で正したと聞く。彼が未だ首相の座から降りていないのは民衆の支持のほか、その悪どい手を使ったのではないかとも噂されている。そのような奴がなぜこの廊下に……?)
エピーヌは思わず警戒し左手で腰に帯刀する鞘を強く握る。
彼女の纏う空気が張り詰めたことに気付くと、執事がズイと前に踊り出る。厳つい顔面をより強張らせ、「貴様が抜けば相手をしよう」とでも言わんばかりであった。
しかしこれをアレクサンドロフは諌めるように軽く手を上げる。主人の意を解したのか、執事は一歩下がり改めて小さく会釈した。
アレクサンドロフもこれに続き、ナイフのような目を薄く閉じて優しげな笑顔を見せる。
「これはこれは。フルーランスの王太子、ルイ殿下ではありませんか。このような所でお会いできて光栄です」
相手は暴君の気質があろうと王族。アレクサンドロフは物腰を柔らかくしてルイに挨拶をする。
これに対しルイの返答は―――
「む? 誰だ貴様は?」
「殿下ぁ!?」
まったくもって不遜であった。
「殿下! 彼はリドニックの首相、アレクサンドロフ氏です! これから共に会議を行う重要な相手なのですよ!? というか逆に何で知らないのですか!?」
「知らぬものは知らぬ。それで、アレクサンドロフといったな。一国を束ねる者とあれば我と対等に話す資格はある。よいぞ、我とはそのような畏まった物言いではなく、普通に話すことを許そう」
「いい加減にしてください殿下ァ!!」
あいも変わらず我が道を突っ走るルイ王子とそれに振り回されるエピーヌ。二人のコントじみたやり取りに他の三人は取り残されポカンとしている。
そのような光景が一分ほど続く。そこへ終止符を打ったのはアレクサンドロフの抑えられた笑い声だった。
「……フ、フフフ、ハハハハハ。いや、これはすまない。殿下があまりにも私の娘に似ていてね。つい思い出し笑いをしてしまった」
「フン、我と他の者とを重ねるなど不敬にもほどがある。だが、よい、此度だけは許そう」
「面白い御仁だ。若さ故に野心と自信に満ち溢れている」
「であろう? 褒め言葉として受け取っておこう」
「フ、フフフ」
「ク、ククク」
「「ハーハッハッハッハ!!!」」
二人の高らかな笑い声が廊下に反響する。
彼らの従者はこれが皮肉なのか、それとも本当に互いを認め純粋に笑いあっているのか分からず戸惑っている。
「いや、愉快愉快。こんなにも笑ったのはいつ振りか」
「旦那様。そろそろお時間が……」
一区切りついたあたりで、執事がアレクサンドロフに話しかける。内容は聞こえてくる限り、会議の刻限が迫っていることについてだった。
それを聞いてエピーヌは懐中時計に視線を移す。確かに、遅刻しないにしても、礼儀として早めに着くには遅すぎるくらいの時間だ。
「うん? ああ、もうそんな時間か。ルイ殿下、貴方とはもう少し話していたかったが時間がない様子。良ければ共に会議室まで行かないか?」
「良いだろう。貴様なら我の横を共に歩くに値する。となれば善は急げだ。行くとしようか」
そう言うと、二人は仲睦まじく談笑しながら廊下の奥へと進んでいく。
エピーヌはその二人の背中を呆然と眺めている。そこへ老齢の執事が話しかけてきた。
「申し訳ありません。私めの主人がとんだ御無礼を」
「い、いえ。こちらこそ我が国の王子が不躾な態度をとってしまい、なんと謝罪したら……」
「構いません。私は従者です。主がそれ良しとするのなら、私が横から口を挟むなんてできようもございません。それに、先程も旦那様が申していたように、彼のお方はお嬢様と本当によく似ていらっしゃる。旦那様にとっては可愛らしいものですよ」
執事の優しげな笑顔とその言葉を受け取ると、エピーヌは胸をほっと撫で下ろす。
「申し遅れました。私はアレクサンドロフ家に仕える執事のシヴァステャンと申します。以後、お見知りおきを」
シヴァステャンと名乗った執事が自己紹介とともに完璧と言わんばかりの礼を披露する。
これに負けじとエピーヌも礼を返す。
「私はフルーランス王国近衛師団“紅薔薇の騎士”の団長、エピーヌ。今後ともよろしく頼みます、シヴァステア……」
「言いにくいようであれば、セバス、とお呼びくださいませ」
「すまない。改めて、よろしく頼みますセバス殿」
「はい。それでは、我が主達の後を追うと致しましょうか」
「ええ」
挨拶を済ますと、二人は先を行く主君の後を遅れながらついていく。
その主君はと言うと、従者が遅れてついてきていることを承知していたのか、一歩一歩をゆっくりと前に出していた。
従者がすぐに追いつくと、「遅い」だの「我を守護するのが貴様の役割であろう」だのと軽く叱責してから再び行進を続行した。
――――――――――
会議室の大きな扉を開くと、既に多くの王族や諸侯、首相、そして七賢の代表者が集っていた。
(壮観だな。ここまで大勢の国のトップが一堂に介する場に来ることなんて、この人生でそうそうないだろう。……む、あれはシュラーヴァの首相と英雄級の“竜騎士”ゲオルグではないか! あそこには錬金院の若き天才ホーエンハイム……あの車椅子の少女はもしやケルティンの女王ではないのか!?)
エピーヌは場の空気に圧倒され、挙動不審に陥る。
無理もない。ユニオスを形成する二十二ヶ国、その当主が全員揃っているのだ。ただの一介の兵士であるエピーヌにとっては人生に一回あるかないかの経験なのだ。
「キョロキョロするな。フルーランスの者として恥ずべき行為は控えろ。堂々としとれば良いのだ、堂々とな」
「は、はい! 申し訳ありません!」
完全に気圧されていたエピーヌにルイが喝を入れる。
しかし、逆にエピーヌは体に一本の針金でも埋め込まれたかのように体を硬直させ、ギクシャクと歩くさまは不出来なロボットのようだ。これにはルイも思わず溜息を禁じ得なかった。
そんな二人に気付く影があった。この国の皇帝アルトリウスだ。
彼は今しがた話していた司教風の風貌をした初老の男に軽い挨拶を済ませると、ルイ達の下へと歩き出した。
「ようこそお越し頂いた、イヴァン首相。そしてそちらのお方は……」
アルトリウスが名前を聞くより早くルイは頭を垂れ、自己紹介とここに来た理由を述べるために口を開いた。
「申し遅れたことを許せ、皇帝陛下よ。我はフルーランス王国王太子のルイ=ジョルジュ・ド・フルーランスと申す。此度は父王シャルルの体調が優れず、代わりに我が出向くことと相成った。我が父の無様な醜態を衆目に晒すのは些か憚られるのでな。彼の王の無礼を許してやってくれ」
これにアルトリウスは一瞬残念そうな顔を覗かせるが、すぐに取り戻しルイに労いの言葉をかける。
「そうであったか、残念ではあるが仕方がない。いち早い回復を願おう。それはそうと貴殿がルイ王子であるか。聴きしに違わぬ男だ。貴殿のことはシャルルから会うたびに聞いていたぞ」(ほとんど愚痴であったがのぉ)
「彼の皇帝陛下に名を覚えていられるとは嬉しい限り」
今一度深いお辞儀をし、皇帝に敬意を示す。
その一挙手一投足にエピーヌは目を大きく見開いて驚嘆する。
あのルイ王子が、天上天下唯我独尊とゴーイングマイウェイという言葉を体現したかのようなルイ王子が、言葉遣いこそ変わらないとはいえ、誰かに礼儀を尽くすなんてことを想像だにしていなかったからだ。
彼女の視線とその奥に潜んでいる真意に気付いたルイは、何か言いたいことでもあるのかと目を細くして睨み返す。王子の眼光を受け、エピーヌは再び無駄に緊張した姿勢を取る。
玩具の兵隊のように直立した彼女の横に男が並び立つ。彼は先程皇帝が話していた相手だった。
「横から失礼。話が聞こえてね。シャルルの容態はそこまで悪いのかい?」
「む? 貴様は……」
「ああ、挨拶がまだだったね。私はモーラの首長であり教皇のジューダスと言う。そちらの国王とは旧知でね」
彼は長身痩躯の男性で、全身を白の祭服で包み、頭にはカロッタと呼ばれる円形の帽子、首からは金で装飾された十字架が下げられている。年齢は皇帝と同じくらいか、五、六十歳ほどだ。吊り目気味の切れ長の細い目は不思議と恐怖を与えられず、所々に皺が入った顔はそこはかとなく安心させられる。祭服を着ていなかったのなら、近所の優しそうなおじさんと言うような印象を受けそうだ。しかし、見た目とは裏腹に彼の醸す雰囲気はどことなく神秘と威厳を感じさせる。
「我が父の顔馴染みであったか。それは失礼をした。……今は立ち上がることもままならん状態だ。熱に浮かされ、目覚めたと思っては苦しみぬいてすぐに深い眠りについてしまう。現在の医学でも原因が掴めていない」
「それは……すまない。そこまで酷いとは思ってもみなかった」
「よい。貴様が気にすることではない」
自身の一言が配慮に欠けていたことを気にしてか、ジューダスは暗然とした表情を浮かばせる。
それを目に入れてしまったルイもほんの少しばかし後悔の念に囚われた目つきに変わる。傲慢だからとはいえ気を使えないわけではない。
互いになんと言葉をかけて良いものやら思案していると、アルトリウスが助け舟を出した。
「シャルルの容態については後々個人で聞かせてもらおう。今は急を要する事態だ。役者は揃ったようなので早々に始めるとしよう」
二人はそれに了解の意を含んだ相槌を返す。
そこからは実に速やかであった。
会議室に満ちていた和気藹々とした空気は即座に緊迫したものへと変わる。国々の首脳達は巨大な長方形の長机に添えられた各々の椅子へと腰を掛ける。腰を掛けた者は自身が身に着ける王冠や国章など権威を示す物品を外し、目の前に置く。今から始まる会議では王としてではなく、人として挑むことへの意思表示のしきたりだ。
全員がそのしきたりを済ませたことを確認すると、皇帝は息を一つ吸い、帝国会議の始まりを告げる。
「諸君、よく集まってくれた。それでは、これより緊急帝国首脳会議を始める」
二十二の首脳とその側近、そして七人の賢者が各々その顔に様々な感情を渦巻かせる。ある者は不安を包み隠さずに、ある者は真剣な眼差しで、ある者は我関せずといった態度で。
どのような思いが交錯しようと、帝国の未来を運命づける会議は既に始まったのだ。
――――――――――
―――コツリ、コツリ。薄暗い廊下に足音が響く。
足音を立てる男はまっすぐと廊下の先にある扉を目指す。扉は高さ五メートルはあろうかという巨大なものだ。
男がその大きな扉の前に立つと、扉は重々しい音を立てながら手も触れずに開いていく。
開いた先に待ち構えていたものは、無限に続くような闇の中に無数の神殿の柱が規則的に立ち並ぶ様とその奥に添えられた立派な玉座、そしてその玉座に座る青年と傍らに佇む見目麗しい女性の姿だ。
「……遅かったな。勇気の徳」
「急に呼び出したのはお前の方だろ正義。こっちの都合というものを少しは考えてほしいもんだがねぇ」
勇気と呼ばれた男は玉座の人物に悪態をつくと、周りをキョロキョロと見回し始めた。
「他の奴は?」
「信仰と知恵は帝国首脳会議に出席しているわ。二人とも重要な役職に就いてもらっているからね」
「ふぅん。なら節制の奴はどうした? まさか怖気付いて逃げたんじゃねえだろうな。ま、無理もねえか。あんだけ派手にやっといて、何の成果も得られなかったうえに俺らの存在を世間にあからさまにしてしまったんだしなぁ」
「それについては正義が既に“罰”を与えているわ。白日の下に晒されたことも問題ではない。私達は正義を行っている。隠していたのはあくまでそのほうが都合がいいからよ。
それに彼もただで帰ってくるほど仕事に不真面目なわけではない」
傍らの美女、慈愛がそう言うと、玉座の男は目の前の空を掴むように手を伸ばす。すると、彼の手は突如現れた闇に飲まれ、そのまま何かを探すかのように闇の中を弄り始めた。
数秒の間だけ闇の中を探すとすぐに手の動きが止まる。そして彼は闇の中から何かを引き抜き始めた。
闇から抜け出した手に握られていたのは、茶褐色の宝石が埋め込まれた太めのバングルだった。バングルは全体が銀でできており、鱗の様な意匠が施されている。
「!? そ、それはまさか……!?」
「巨巌竜の竜石だ。戦いが終わり、巨巌竜が孤峰へと姿を変えた後に節制が本体から抜き取った」
「……ハハッ。これでようやく竜石が一つ手に入ったんだなぁ!」
「いいえ。厳密には二つ」
嬉々とする勇気の後ろから少女特有の高く透き通った声が響く。
その声に反応して勇気が振り返ると、服、髪、瞳、肌さえも真っ白な少女がこちらに歩いてきていた。その少女の左耳にはバングルと同じオーラを放つ赤の宝玉が埋め込まれた銀のピアスが付けられていた。
「獄炎竜の竜石確保、大儀であった。希望よ」
「……これが正義に満ちた世界に繋がるのなら、いくらでも」
「良い心構えだ。しかし今はその竜石の力を制御することが最優先だ。やってくれるな、希望よ」
「ええ、勿論」
希望の返答に玉座の男が小さく頷くと、次は勇気の方に視線を向ける。
「さて、本題だ。勇気よ、貴様をここへ呼んだのは他でもない。貴様にやってもらいたいことがある」
その言葉を聞いた途端、勇気は頬が裂けるかというほど口角を歪ませ、目を爛々と輝かせる。その溢れ出す感情を無理やり飲み込んで、一息ついてから口を開く。
「俺を頼るってこたぁ、“殺し”だな?」
「“天誅”、とでも言ってもらおうか。我らが殺めるのは悪のみ。人の法や天をもってしても裁けぬ悪の心を宿した人間を排除することこそ正義の道であり理なのだ」
「ハイハイ。それで、誰を殺りゃいいんだ?」
「貴様に因縁がある人物だ。“泉田緋色”。天帝竜の竜石保持者であり、貴様が取り逃がした鬼神だ」
玉座の男が放った言葉に三人は各々違った反応を見せる。
慈愛は興味がない風に妖艶な笑みを絶やさず、希望は体を小さく跳ねさせると気持ちを抑えるように左腕を押さえる。そして勇気は顔を更に笑みで歪ませる。それはその言葉を待ち望んでいたかのように、それはこの先のことを想像しているかのように。
「とはいえ、ヤツは強い。それは一度敗れた貴様なら承知のことだろう。加え天帝竜の力も扱うと聞き及ぶ。そこで貴様にはこの巨巌竜の竜石を授ける。竜石と我が与えた“固有能力”をもってあの鬼神めを討ち取れ」
「あぁ、了解した」
「……もし次もまた失敗したとなれば、その時こそ慈悲はないと知れ」
玉座の男はあからさまに威圧を声に乗せて、勇気に強く念を押す。
肌が痺れそうなほどの威圧を受け全身に嫌な脂汗を滲ませながら、勇気はその名の通り勇猛に語ってみせる。
「……一度目は恥ずかしながら油断していた。二度目は確実の殺したと慢心していた。だが三度はない。お前から賜った名と能力をもって、次こそ絶対に殺してやろう」
勇気の瞳には、黒黒と濁った、言葉で言い表すのなら復讐や怨恨に似た感情が宿っていた。邪悪でありながらも、何よりも強い決意が込められていた。
その眼差しを受け取ると、正義は圧を加えることを止め、瞼を静かに閉じる。
「ならば結構。目標の情報は希望から聞け。希望はヴォルビオで件の少年と邂逅を―――」
「いや、その必要はねぇ。代わりといっちゃなんだが、信仰のヤツと話がしたい。構わねぇだろ?」
「良かろう。話す機会は設けてやる。日程は追って連絡するとしよう」
「十分だ。それじゃあ……」
「「正義に満ちた世界の為に」」
玉座の男が勇気に巨巌竜の竜石を投げ渡す。竜石を受け取ると、それをじっくりと眺め、楽しげに笑みを浮かべた後に玉座の男に背を向ける。
すると当然、後から来た希望と対面する形となる。希望の顔はいつもの無表情とは少し様相を変え、睨むかのような目つきであった。
その視線に勇気は疑問と不愉快の感情を混ぜ合わせた表情を浮かべたかと思うと、すぐに合点がいったかのような顔に変わる。
そのまま彼女の横まで歩くと、わざわざ耳元に口を寄せる。
「ヴォルビオでヤロウと何があったか知らねぇが、ヤツは俺が殺す。そこだけは譲らねぇぜ」
「……そんなこと、私には関係ない」
「だろうな。けど念の為だ。邪魔する気ならテメエでも容赦しねぇぞ?」
肩を軽く叩き、勇気は入ってきた扉へと姿を消す。
希望はその背中を先程よりも鋭い視線で見送ると、そこで漸く自身が今まで感じたことのない感情が心の内に渦巻いていることに気付く。
「……ヒロ……」
再び扉へと視線を向ける。そこには既に勇気の姿はなかった。
だが、笑っているのだろうか、勇気の小さな笑い声が扉の奥から聞こえてきた気がした。
これにて“災いの詩〜双竜覚醒編〜”は終わりです。
次は主人公ヒロと紅蓮の謎に迫った物語を書いていこうと思います!




