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村人Aの異世界叙事詩  作者: ユッケ=ビビンバ
第三章 災いの詩〜双竜覚醒編〜
58/120

第58話 最後の抵抗

モンハンが楽しすぎてヤバイ(語彙力低下)

 巨巌竜グラン・ガイアスとの戦いもついに終局を迎えようとしていた。

 陥穽かんせいに落ちた巨巌竜は積み重なったダメージにより衰弱している。対し、人間達は更に勢いを増す。

 この一大騒動は誰がどう見ても人間側の勝利に終わると考えたことだろう。


 しかし、勝負というものは結末を誰も予想できないから面白い。

 また、『窮鼠猫を噛む』ということわざから分かるとおり、真に追い詰められたものはどのような逆襲を引き起こすか知れたものではない。


 この戦い、勝つのは人間か、はたまた竜か。

 最後の波乱が巻き起ころうとしていた。






 戦場を土煙が覆う。その中を光る翼が二つ、巨巌竜の周りを飛び回る。

 彼らは他者にはない飛行能力を使って翻弄し、圧倒していた。

 その内の一つ、光耀の翼を持つ騎士マックスがあることを疑問に感じる。


「……おかしい。何故だ? どうして巨巌竜は()()()()()()()?」


 彼の言う通り、巨巌竜は反撃することなく、ただじっと黙りこくったまま人間達に浴びせられる攻撃を耐えていた。

 諦めたのかと思われたが、その瞳を見るにまだ闘争心を失った訳では無さそうだ。


「どうしたんですか、マックスさん?」


 不意に横から声をかけられる。

 反射的にそちらを見ると、黄金色に輝く翼を広げた天帝竜とその背中にしがみついている彼女の主ヒロが十メートル前後の距離を開けて宙を浮遊していた。彼らは巨巌竜の上空を陣取ったまま、考え耽るマックスを心配にでも思ったのだろう。

 若干の不安の色を見せるヒロの顔に、マックスは自身が持っていた疑問をぶつける。


「ヒイロ君、君は不思議に思わないのかい?」

「不思議、って……何をです?」

「巨巌竜の動向についてだよ。先程まであれだけ抵抗していたと言うのに、今ではされるがままだ。私はこの事にどうしようもなく不安になってね」


 マックスのこの言葉に反応を見せたのは、ヒロではなく、珍しいことに天帝竜ライディンの方であった。


「ほう、貴様もか優男。実を言うと、我もその事が気になっておってな」


 天帝竜ライディンは巨巌竜を鋭い眼差しで見つめながら、自身の胸中を話す。

 普段は人間を見下し、何を言っても最初に罵ってから話している彼女が、その人間と意見を同じくすることにヒロは驚きながらもその話題について触れる。


「ライディンもか。でも抵抗しなくなったってことは、抵抗する気も無いくらいに弱っているということじゃないのか?」

「たわけが。いくら弱ったとはいえ、少しの抵抗もしない生物がおるか」

「っ……。な、なら巨巌竜もついに覚悟を決めて―――」

「そんなことはあり得ない。それは君も理解しているだろう。彼の竜に既に理性などなく、言うなれば災害が形を成した存在だ。覚悟なんてもの、最も遠い境地にある」


 ヒロは言葉に詰まる。彼の凡愚な脳みそでは、これ以上何も理解できないからだ。

 疑念と不安の混じり合った瞳で、砂煙のベールを纏った巨巌竜を見つめる。

 竜は緻密に彫られ生命を宿した石像のようにじっと動かず、人間共の攻撃を受け続けている。


「じゃあ、一体何で……」

「分からない。だが、とにかく嫌な予感がする。特にあの異常な量の砂煙にはただならない何かを感じる。取り敢えず、地上の兵には一度、あの砂煙の外側に移動するよう指示しよう」


 そう言って彼は懐から通信魔具を取り出し、そこへ声を吹き込んだ。



 ――――――――――



 マックスの通達はすぐに戦場を駆け抜けた。

 彼に絶対の信頼を置く大多数の人間はその指示に些かの疑問を示しながらも、素直に砂煙が無いところまで後退した。

 しかし、マックスをそれほど信頼していない者や野心の強い者は『我こそが巨巌竜を討ち取らん』と宣い、彼の命令を無視し土煙渦巻く戦場に残っていた。

 そして、ここにも同じような光景があった。



「こっちだ! 皆ひとまず砂煙の外まで撤退するんだ!」


 正義感の強い中年の騎士が声を張り上げて他の者たちの避難を促している。

 彼の前を最後の兵士が通り過ぎると、その中年の騎士は逃げ遅れた者はいないかと周りを見回し、声をかけ、耳を澄ます。

 静寂のみが返事をし、砂煙だけの光景を確認すると、彼も皆が撤退した方向へ爪先を向ける。

 その時、僅かにだが硬いものがぶつかり合う音がした。

 中年の騎士はまさかと思い、再び聴覚を研ぎ澄ませる。

 すると、確かに何かがぶつかる高い音を捉えた。彼はすぐさまその音がした方向へ踵を返し、走り出した。


 巨巌竜へ少し近付くと、先程の音を奏でる影が見えてきた。

 それはまだ年若く、覗く横顔は野心と自信に満ち溢れており、まだ世界の厳しさも酸いも甘いも知らないような青年のハンターであった。

 中年の騎士はその青年に対して憤怒の感情を顕にして、足音をわざと聞こえるように踏み鳴らしながら近付いていく。

 あと二、三歩という所まで歩み寄ったときに、漸くその音に気付いた青年が振り返った。その間抜けな顔に騎士は怒声を吐きかける。


「貴様ッ!! 何故避難していない!? 団長の通信は聞こえていただろう!」


 怒り心頭で言葉を投げ掛ける騎士に対して、青年は更に間抜けな表情で返す。


「はぁ? なんで折角ここまでやっといて、今更逃げ出さなきゃいけねえんだよ? オッサン」

「それが団長の指示だからだ」

「いやそーゆーんじゃなくて、その理由を聞いてんの。オッサン頭大丈夫?」

「私にもその理由は分からん。だが団長がそうしろと言ったのだ。彼の決定が間違ったことなどない。だから従うのだ」

「団長が団長がってうっさいんだよ。自分の意志がねえのかよ、オッサン!」

「団長の決定に従うのが私の意思だ。それと、あまり人を馬鹿にした発言はよせ!」


 ただの注意から始まった口論は次第に熱を持ち始めていく。双方とも徐々に語勢が強まり、荒っぽくなっていく。

 その間に彼らを包む砂の霧はその濃度を増していった。

 そして、一陣の風が二人に吹き付けた。極細の砂粒をまとったその風は青年の右の目に入り込み、彼の視力を奪った。


「うわっ! くそ……目に砂が」


 目に入った砂を取り出そうと右手でこすりながら、青年は残った左目で再び周りを確認する。すると彼はすぐにある異変に気付いた。

 先程まで口論をしていた騎士が見当たらないのだ。

 おかしいと思い、彼は目を動かす。左を見て、右を見て、それから下を見て、漸くその騎士を見つける。

 瞬間、青年は硬直した。


 地面に仰向けで倒れ込んだ騎士の姿は異様であった。

 具体的に言うのであれば、()()()()()()()()()()()()のだ。

 その顔は精巧な彫刻のように無機質でありながらリアルである。目は軽く開かれ、口はヘの字に結ばれており、皮膚との境目は驚くほど自然であった。

 騎士は呼吸ができずに、石像のようになった顔を必死に掻き毟り、足をバタバタと動かしてもがく。それもすぐに終わり、ピクピクと痙攣を起こし、脱糞し、一分を過ぎたあたりで騎士は壊れた人形のように動きを止めた。

 これに青年は顔を恐怖に歪ませ、傍観することしかできなかった。


 騎士が完全に動かなくなった頃にやっと理解が追いつく。それによって自身の身にもその魔の手が忍び寄っていたことに気付く。

 彼の右目も石化していたのだ。

 右目だけではない。そこに触れていた右手も、自身が着ていた衣服も、動かなくなった騎士の体も、どんどんと石に変わっていく。


「い、嫌だ……こんなの、嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だッ!! 死にたくない! こんな死に方、あんまりだッ!!」


 折角取り戻した冷静さも、この現実の前には消え失せる他なかった。

 パニックに陥った青年はどこへともなく逃げようとした。だが、それさえも許してはくれなかった。

 青年が足を動かそうとするが足は動かず、彼は勢い良く顔面からコケてしまった。怒りと焦りが彼を急かす中、ふと動かない足に目をやる。

 足も石化していた。


「ひ、ヒイイイイィィィィ!!!!!」


 逃げることもできず、ゆっくりと石になることを待つしかできない青年は狂ったかのように声を張り上げる。

 時に嘆き、時に罵声を吐き散らし、時に怒号を放ち、時に高々と嗤った。

 だが、その喧騒も僅か数分で閑静へと変わった。



 ――――――――――



 時を同じくして、砂煙から離れた者達もこの異変に気付いたようだ。

 既に多くの人間がこの石化の呪いの被害に遭い、体の一部分を石と化している。

 石化した人々が肩を貸すなり背負われるなりして後方へ運ばれる中、ユーリとリンは歩いていた。


「なんて酷い……」

「間違いなく、これも巨巌竜の仕業ね。まったく、反吐が出そうだわ」

「キュイィ……」


 ユーリの肩に乗るモフもこの惨状には直視できないようだ。

 彼らは石化した人々に憂いを、そして砂煙で覆われた巨巌竜に怒りを込めた瞳で見つめる。

 そんな二人と一匹を呼び止める声がした。


「おーい! ユーリ! リン! お前たちも無事だったか!!」


 その声の方向に顔を向けると、そこには見知った三人がこちらに駆け寄っている姿があった。

 その姿を確認すると、ユーリは顔を明るくさせて、三人の名を呼び返す。


「ゴウラ! アリス! クリス! 三人も無事だったんだね!」

「ええ。モフも元気そうね」

「キュイ!」

「ああ、ユーリ様! 姿がお見えにならなかったのでワタクシ心配でした。ユーリ様はお強く決して負けることはないと知っていても、それでもワタクシは、クリスティーナは……!」

「貴女も元気そうね、クリス」


 久方ぶりの再開に一同は歓喜の色を示す。

 そこへ更に人が加わる。


「ユーリ! 無事か!?」


 突如かけられた自身のみを案じる声に、ユーリは振り向いて応える。

 視線を向けた先には、彼女の竹馬の友であるケイロンとその上司のディカプラがこちらに近付いている姿があった。

 旧友の無傷な姿を見ると、ユーリは更に喜びに満ちた表情を見せ、手を振り大声で自身の無事を知らせる。


「あ、ケイちゃーん! 良かった。ケイちゃんも無事そうだね」

「ああ。そっちも何ともなさそうだな。……良かった」


 互いが互いの安否を確認し合う。

 傷はないか、無理はしてないか、などと訊きあうさまは兄妹のようにも恋人のようにも見える。


「……ナー。イチャイチャすんのは構わねえけどよ、時と場所と状況(TPO)を考えてくんないカナ?」

「す、すみませんキッドさん」

「ご、ごめんなさい」


 細められた眼から送られる視線と明らかに怒気の籠もった声に、二人は飛び退るように離れる。


「ったく、最近の若え奴等は……」

「あの……キッドおじ様。少しお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「ん? ああ、いいぜ。聞きてえのはどうせ件の石化についてだろ?」


 ディカプラは口角を上げ、彼女の質問の内容を見事当ててみせる。

 そのことにクリスは驚きもせず、逆に当然といった風に言葉を返す。


「ええ、その通りです。流石は慧眼の磨羯宮ですね」

「褒めんなよ、照れちまう。それはそれとして、石化についてだったな。あれは伝説の石化の怪物(ゴルゴーン)によるものと違って、どっちかっつーと()()()()()()()()に近い。てかそのまんまだな」

「コーティング……ですか」

「ああ、俺のこの“能力”で見たんだ。間違いねえ。石化した部分を診たんだが、ありゃ皮膚の上に薄い石の膜が張ってある状態だ。薄いとはいえ、簡単に壊せるほどの代物でもねえがな。しかも、石化した部分は皮膚と完全に癒着している。取るとしたら皮ごと剥がなきゃ無理だな」

「どうしてそんなことに……?」

「別に突然って訳じゃないらしい。さっきから巨巌竜を覆っている砂煙があるだろ。あれが原因だ。あの砂煙の砂一つ一つに微量な竜の魔力が込めてあることがわかった。多分、巨巌竜の外殻から崩れたものだ。微量な上にあの砂煙自体がジャミングのような効果を及ぼし、今まで気付けなかったんだろう。

 こっからはあくまで俺の予想だが、その砂粒は人間の魔力を吸って他の砂粒とひっつく性質があると思われる。それで空中では固まることなく、人間を石化しているって訳だ」

「現時点で石化の完全な解除方法は」

「無い。魔法にも石化の術はあるが、それとは根本的に違うしな。今スコールとメイリィが必死こいて解除方法を見つけ出そうとはしているが、すぐには無理だろう。可能性があるとすれば―――」

「巨巌竜を倒す、だね」


 二人の会話にユーリが割り込む。

 彼女の瞳には竜を倒さんとする気概がありありと見て取れる。


「ああ、それしかねえだろうな。それで? どうやって倒す?」

「それは―――」

「砂煙の中に飛び込む以外で」

「……………駄目かな?」


 彼女の返答に皆が呆れるようにため息をつく。その反応にユーリはバツの悪そうな顔をし、頬を軽く掻いた。

 そんな彼女にケイロンは語勢を強めた言い方で言葉を放つ。


「まったく……駄目に決まっているだろう。キッドさんの話を聞いていたのか。あの中に入れば途端に石化してしまう恐れがあるのだぞ」

「ううっ……。で、でもぉ……」

「まあまあ、そんな心配することでもねえよ。この石化もイタチの最後っ屁だろうよ。巨巌竜の方も動けねえ上に瀕死一歩手前だ。あとはこのうるせえ砲撃と、上の奴らが何とかする」


 そう言ってディカプラは真上を指差す。

 そちらに視線を移すと、二つの眩い物体が空中に停滞していた。ライディンとマックスだ。

 彼らは常人とは桁外れた力を持つ。そんな彼らならこの事態も収拾がつけられよう。


 皆がそのような希望を抱いている中、一人、ユーリだけは不安な顔を見せる。

 それは勇者ゆえの直感によるものか、その青い瞳は不吉な未来を見据えているかのようであった。


「……ヒロ……」



 ――――――――――



 上空では竜と二人の人間が砂煙のドームを静観していた。

 半径数百メートルの砂煙のドームは巨大な巨巌竜の体をすっぽりと覆い隠している。そのため、中の様子は全く解らない。

 ただ発射された砲弾が中へ消えていっては、轟音が返ってくるのみだ。それがどれほどのダメージを与えているかも外にいる者には知れない。


「―――そうか了解した。一応砂煙から距離を取るように全員に通達しろ。何が起こるか私にも分からないからな」


 マックスはそう命令すると、返事も待たずに通信を切り通信魔具を懐に戻す。

 そして顔を砂煙から横に並ぶ天帝竜の方に向けると、彼女たちに話しかけた。


「これをどう見ます、天帝竜殿?」

「知るか。我もこれを見るのは初めてだ。爺め、前は手加減しておったな」

「通信では『砂煙によって石化している』って言ってましたよね。なら遠距離からの攻撃で倒すのは? ライディンの“雷霆”ならあの程度の射程、わけないですよ?」

「阿呆が。主よ、我が言葉を聞いとらんかったのか? “雷霆を使えるのは日に五度まで”、そう伝えたはずだ。既に四度も使った。次を使えば我は魔力を完全に失い、現界することができず主の首にかかっている竜石に帰ることになる。それはしたくないだろう?」


 ライディンが放った事実にヒロは閉口を余儀なくされる。

 彼女が言ったとおり、完全な勝利を掴むまで天帝竜が居ないのは戦力的に大いに困る。

 雷霆は使えない。ならば次の策を講じなければならない。


「むぅ……そうだな。じゃあどうしよ―――」



 瞬間、咆哮が轟く。大気と大地を震わせる、幾度と耳にしたその重低音の叫びは、巨巌竜のものであった。

 余りの轟音ゆえ、近くにいた者は本能的に自身の聴力を保護するため耳を塞ぐ。

 咆哮はたっぷり数分続き、そして止んだ。


「ッ……一体何だったんだよ。突然叫びやがって」

「分からない。声の感じから断末魔の悲鳴とも―――」


 マックスは何かに気付いたのか、ギョッと目を見開いた。

 驚愕したかのような、動揺したかのような表情を須臾の間だけ見せると、彼は急いで再び懐から通信魔具を取り出しそこへ次のような命令を下した。


「総員ッ!! 直ちに撤退せよッ!! 巨巌竜から離れるんだッ!!」


 マックスの行動に、次はヒロが目を丸くして驚いた。


「ま、マックスさん……? 一体どうしたんで―――」

「悪いが今は話している間も惜しい! 君だけでも早くこの場から逃げろ!! 私は逃げ遅れた者を避難させてから離れる!」

「ど、どうし―――」

「悪いな主。今はこの優男に従った方が懸命だ。しっかり捕まっておれ」


 ライディンはヒロの了承も得ずに、巨巌竜に背を見せ全速力で離脱しようとする。

 訳が分からないヒロは挙動不審気味に狼狽える事しかできない。

 不意に背後を、巨巌竜がいる方向に目をやる。それが功を奏した。


「ッ! ライディン! ()()()()()ッ!!」

「!?」


 主君からの命令を咄嗟の反射神経で遂行する。

 直後、ありとあらゆる生物を石に変える死の砂嵐が彼女のすぐ左を吹き抜ける。

 完全に避けきれたと思ったが、僅かに遅かったか、ライディンの左足は砂嵐に食われ無機質な石と化してしまった。


「ライディンッ!!」

「案ずるな! 足を失っただけだ! それよりも……」


 砂煙に視線を移す。ドーム状だった砂煙は形を変え、腕を伸ばすかのように砂嵐が至るところから飛び出していた。

 砂嵐はのたうち回る大蛇のように地を這い、空を薙ぎ、逃げ回る人々を呑み込む。

 そして、その歯牙が宙に佇む二人にも襲いかかる。


「天帝竜殿!!」

「分かっておるわ!!」


 翼を羽ばたかせ、目にも止まらぬ機動力をもって砂嵐を避ける。

 だが砂嵐は逃さまいとでも言うかのように所狭しと襲い来る。上に、下に、右に、左に、前に、後ろに、四方八方を砂嵐が取り巻く。

 彼らはその小さな合間を縫い、徐々にだが砂煙から距離を取る。


「マックスさん! これが撤退する理由ですか!?」

「そうだけどそうじゃない! どちらにせよ離れるんだ!」

「分かりまし……。……?」


 突如、砂嵐が止む。そのことに二人と一頭は懐疑の表情を見せる。

 砂煙はどこへやら、自らを覆うものを無くした巨巌竜が姿を現す。その姿は依然、落とし穴に嵌った無様な状態だ。

 これにはマックスも呆ける。だがそれも一瞬のことだ。


「……ッ! まさか!?」


 勘が囁く。マックスはその囁きに驚愕し、後ろを振り向いた。

 それにつられ、ヒロとライディンも後ろを見やる。


 そこには高さ五十メートル弱の巨大な砂煙の壁が一キロ先に聳え立っていた。

 巨巌竜に注目して見落としていたが、周りをぐるっと見渡せば囲うように壁が覆っている。

 罠に捕らえられたのは巨巌竜ではない。人間たちの方だったのだ。


「不覚!! この私としたことが、皆を逃がすことができなかったとは……!」

「否、これは仕方のないことだ。貴様一人でこれだけの人間を救うなど、傲慢も甚だしい。悔いるよりも、先に()()をどう始末するかだ」

「……その通りですね。アレが()()()()何もかもお終いだ」


 二人の視線は巨巌竜の方ではなく、遥か天を睨んでいた。

 ヒロも続き天を仰ぐと、そこには輝く青空の中、太陽の光にも掻き消されない赤い光がポツンと孤独に輝いていた。

 何かと思い、目を凝らす。すると、その赤い光が段々と大きくなっていることが分かった。

 その時、ヒロの脳裏にある災害が想起される。


「マックスさん! あれって……!」

「ああ。君も直感的に理解できるだろう。あれは“隕石”だ」



 天上からの来訪者 “隕石”

 超高高度から落下する岩石や金属の塊であるそれは莫大なエネルギーを有し、大きいものともなると地表に直径一キロ強の穴を穿ち、衝撃で周囲を数十キロに渡り更地にすることもできる、自然の超質量爆弾である。太古の昔、地上に君臨していた古代竜さえ絶滅に至らしめた一因であることから、それは理解できるだろう。

 巨巌竜は遥か天空に存在する宇宙ゴミ(スペースデブリ)を天隕石として呼び寄せたのだ。



「なんて無茶苦茶な……」

「その無茶苦茶を為すのが我ら“竜”だ。竜位魔法“墜星おちぼし”。我が“雷霆”や獄炎竜の“劫火”に並ぶ、奴めの大技よ」


 呼び寄せた流星はさほど大きくはない。

 だがしかし、それでも砂煙の牢獄に囚われた者たちを一掃するには十分な大きさだ。

 人々は逃げることも忘れ、迫り来る凶星にただ震えることしかできなかった。


 青で塗りつぶされた天井の中、落とされた赤い点は見る間に周りの青を塗り潰しその大きさを増していく。

 これには流石の英雄級であろうと、完全に破壊するのは容易ではない。更に他の者を助けるとなると、その確率はゼロに等しい。

 誰もがそのことを理解した。


 だが、諦めるにはまだ早い。


「……ライディン。“雷霆”を使ってアレを破壊できるか?」

「愚問だな。先程は『並ぶ』と称したが、それでもやはり我が雷霆が上に決まっておろう」

「なら十分だ。マックスさん!」

「分かっているとも。あの隕石を砕いた後の処理だろう? 任せておいてくれ」

「お願いします。必ず成功させましょう」

「ああ、勿論。天帝竜殿も」

「承知の上だ。それはそれとて優男よ。いい加減『天帝竜殿』と呼ぶのは止めよ。今のみは共に肩を並べて戦う仲間だ。ライディンと呼べ」

「……承知しました、ライディン」

「それで良い。マックスよ」


 二人が頷くと、ライディンはヒロを乗せたまま空中へ急上昇していく。

 隕石と距離を詰めるほどにその速さと、意外な小ささが浮かび上がった。

 ライディンは十分に上昇すると、その場で停滞し自らの口内に魔力を溜める。魔力はすぐさま雷に変換され、バチバチと耳煩わしい音が鳴り響く。

 だがそれだけでは終わらない。残った魔力の全てを更に口に溜める。更に電圧・電流・電力を高める。

 命の灯火すら雷に変えたかのような黄金の雷霆は墜星に負けない輝きを放っていた。

 そして今、竜位魔法“雷霆”が放たれる。


「―――カァッ!!!」


 ライディンの全力の雷霆は光と同等の速さで天を駆け上がり、そして墜星とぶつかった。

 太陽がもう一つ現れたのような閃光が瞬く。熱風と衝撃波が世界を揺らす。遅れて轟音が地面を叩く。

 竜位魔法の正面衝突はまさに神話の一片のような迫力と荘厳さがあった。


 墜星は破壊できた。しかし、その巨大な残骸が勢い良く地上に降りかかる。その数、十。

 当初の勢いからは弱まったとは言え、これが地上に落ちれば多大な被害が出るだろう。

 しかし、そうはならなかった。

 光が高速で宙を翔ける。ほぼ一瞬の合間に光は空を隈なく走り抜け、十の残骸を砕いた。

 地上に落ちるのは僅かな岩と塵芥のみ。人間たちは九死に一生を得たのだ。


「……良かった」


 危機一髪というところで生き延びた兵士たちは歓声を上げる。

 その光景を遥か上空で眺めながら、ヒロはほっと胸を撫で下ろした。


「……主よ。我ももう限界だ。一時だが、竜石に帰らせてもらうぞ」

「ああ、お疲れ様。無理させちゃってゴメンな」

「気にせずとも良い。主は主なのだからな。……彼奴を、グラン・ガイアスを頼むぞヒロ」

「……当然だ」


 ヒロの返事を聞くとライディンは満足そうに口角を上げた。

 すると突然、ライディンの体が輝きだす。輪郭は朧になり、徐々に透け始めた。


「さらばだ、我が主よ」

「……ごめんちょっと待って。とりあえず帰るのは地上に降ろしてからにしてくんない?」

「無理だな。我にはそんな気力すらももうない。『すかいだいびんぐ』とやらを楽しめ」

「お、おい! そんな無責任な―――」

「サラバダー」

「覚えてやがれコンニャローー!!」


 ライディンが完全に消え去ったことにより、ヒロは真っ逆さまに落ちていく。

 なんの抵抗もできず、見る間に地面が迫ってくる。

 彼が目を塞いだとき、誰かが優しく抱え込んだのを肌で感じとった。


「大儀だったね、ヒイロ君」


 目を開けてその声の主を確認すると、目の前には男でも惚れそうなイケメンが待っていた。


「マックスさん。い、いえ。マックスさんの方も後処理、ありがとうございます」

「君ほど難しい仕事ではなかったよ。それじゃあ、地上に降りようか」

「はい!」



 二人が地上に降りると、そこには未だ穴から抜け出せずにいる巨巌竜がいた。

 巨巌竜は動かず、最初からそこにあったかのような存在感を醸し出している。

 周りに存在した砂煙も今では鳴りを潜めている。


「……随分大人しくなりましたね、巨巌竜」

「流石に疲れたのでないのではないか? 先程から石化や竜位魔法を連続して使用しているからね」

「なるほどー」

「……すまない、冗談だ」


 気恥ずかしそうにマックスはヒロから視線を外す。その横顔をヒロはなんとも言えないような表情で見つめる。


「そ、それよりもだ、今は巨巌竜討伐が先だ。大人しくなったとはいえ、完全に倒し切ったわけではないからね」

「はい。そうとくればすぐに皆を呼んで攻撃を―――」


 その時、ヒロは酩酊でもしたかのような揺らぎを感じた。最初は気のせいかと感じていたが、徐々にその揺らぎは大きく、確かになっていく。

 地面の小石は跳ね、砂は微振動を起こす。揺らぎは揺れとなり、縦に横にと大きく速く揺れ動く。


「これは―――地震!?」

「いや違う! これは……!」


 突如、大きな音が響く。音は巨巌竜の方から轟いた。

 見れば、巨巌竜の躰がゆっくりとだが、リフトで上げられるように穴から浮き出てくる。

 数分もかからないうちに、巨巌竜は陥穽から完全に抜け出てしまった。


「あの野郎、折角苦労して落とした穴から出てきやがった」

「これで状況は振り出しだな。とはいえ奴も弱っている。私が光背(ハロ)で対処する。君は後方へ―――」


 そこまで言ったところで、マックスは突然話すのを止めた。否、驚愕のあまり絶句せざるを得なかった。それはヒロとて同じこと。

 二人の前にいた巨巌竜は前足で地面を押し出す。すると反作用で逆に巨巌竜の体が持ち上がった。竜はその勢いを用いて、自身の体を垂直に立て、巨大な後ろ足と太い尾でそれを支える。

 簡単に言えば、巨巌竜が()()()()()

 その頭部は天を衝くほどに高く、その有り様は伝説の“バベルの塔”を彷彿とさせた。


「た……立った………」


 ヒロが思わず当たり前の事実を呟く。それほどまでにこの現実は驚愕すべき事柄なのだ。

 山と見間違う巨体が立ち上がる、常識では到底信じられない出来事が起こったのだ。驚嘆もするだろう。

 天高く聳えた頭部に埋め込まれたその両目は眼下の人間たちには目もくれず、まっすぐと遠くを見つめていた。


「―――ッ! まさか!?」


 振り返り、巨巌竜の視線の先に自身の視線を重ねる。

 その場には遠く霞がかった白亜の城が悠々と鎮座していた。

 城はこの数十キロという距離においてもその頂きを見せるほど巨大であり、その様は一枚岩のようであった。

 その城こそが帝都キャメロスの王城であることをヒロは直感的に理解した。


 巨巌竜が大きく口を開く。そこへ膨大な魔力が溜められていく。魔力は塵を集め、固め、巨大な岩石に変換させていく。

 堅牢な城壁さえ一撃で砕く“巨人殺しの大岩(ジャイアントキリング)”だ。

 大質量の巨石が帝都を襲うとなれば、王城や城下町に多大な被害を与えることは想像に難くない。それは何としてでも避けなければならない。


「マックスさんッ!!」


 ヒロが頼った先は、当然のごとく近くにいる英雄級であった。

 天帝竜がいない今、巨人殺しの大岩(ジャイアントキリング)を未然に防ぐことができるのは彼を除いて誰もいない。

 ヒロは勿論マックスが二つ返事で了承すると思ってやまない。それは彼の瞳を見れば明らかだ。

 マックスは彼の瞳を見ると、すっと視線を上げた。彼はそのまま立ち尽くし、数秒した後に笑顔でヒロの視線に応える。ヒロはそれが了承の意だと思ったのか、嬉々とした笑みを零す。

 だが―――


「……いや。君が考えるようなその()()()()()


 彼が下した判断は“静観”だった。

 ヒロはその意味が理解できず、笑顔のまま数秒を過ごし、徐々に疑問の顔へと表情をシフトさせた。

 絶句したまま口をパクパクとさせて喋らないヒロの気持ちを汲み取り、マックスは諭すように自身の下した判断の理由を述べる。


「君の言いたいことも分かる。しかし、本当にその必要はないんだ」

「な、何でです!? 今マックスさんが止めないと、多くの人が犠牲に―――」

「ならないよ。だって、王城(あそこ)には私より頼れる御仁がいらっしゃるのだから」



 ――――――――――



 同時刻 王城内部 物見の間


 城下の様子を見るため、そして攻め入る軍勢の動向を監視する目的のために作られた、この塔のように突き出た部屋は王城のどの部屋の中でも簡素に作られていた。

 その石積みのまま舗装されていない空間に不釣り合いな衣服を纏った初老の男が立つ。男は壮年の男性に劣らない鍛え抜かれた肉体を輝かしい板金鎧フルプレートで覆い、その上に職人の意匠が端まで織り込まれたマントを羽織り、くすんだ金髪の頭には彼が王であることを証明するかのように王冠が添えられていた。

 彼の者の名はアルトリウス二世。ユニオス連合帝国の頂点に立つ四代目皇帝である。

 皇帝は腕を組みながら物見の間から遠く霞みを纏った巨巌竜を目視で確認するや、頬を更に皺を作って笑ってみせる。


「ほほう。竜め、やはりこの城を墜としにかかるか。これは僥倖。マックスの忠言が功を奏したな」


 アルトリウスはそう言うと、ちらりと脇に控える従者に目をやる。その従者の手には一本の槍が携えられていた。

 槍はまるで全体が白骨のように白く、幅広で長い穂先の先端だけが血のような赤で染まっている。無骨な見た目とは裏腹に槍の放つオーラは神秘を秘めていた。

 従者はアルトリウスの視線にすぐに気付くと、その真白の槍を手渡す。アルトリウスは従者に労いの言葉をかけると共にその槍を受け取った。

 アルトリウスが槍を天高く掲げると、槍はその穂先を変化させる。薄く幅広であったそれは渦巻くように形を変え、突撃槍のようになる。


「さあ、征こうか。聖槍よ!」


 一方、巨巌竜も砲撃の用意ができたようで、遠く離れたこの場でも十分に観測できる大岩を構えている。

 アルトリウスはそれに応じるように自身も槍を構える。槍は気体中の膨大な魔素(マナ)を取り込み、回転を起こしてその純度を高める。空気は呼応して大きく揺らぎ、唸りを上げる。それはまるで槍に嵐が内包されているかのような荒々しさであった。


「……汝は風。何者にも囚われぬ自由なる流れ、生命の息吹、万物を舞い上げ吹き飛ばし破壊する嵐なり。聖槍よ、今こそ此処に―――

 “ロンゴミアント”ッ!!」


 アルトリウスの一突きと共に膨大な量の(エーテル)と衝撃波が柱の間から外へと飛び出していく。

 丁度同時に巨巌竜も“巨人殺しの大岩(ジャイアントキリング)”を撃ち出した。

 嵐の如き光の奔流と大質量の大岩は瞬きする間も与えぬ速さで距離を詰め、そして重なった。強烈な光が一瞬だけ輝き、地上を一掃するかのような一陣の暴風が吹き荒れる。そして拮抗は刹那の時間だけ続いた。

 大岩は光の一撃によって元の塵へと還元されていく。光と暴風の槍は岩を完全に砕き、そしてその直線上にある巨巌竜の頭さえ穿った。


 頭を打ち砕かれた竜は限界を迎え、断末魔すら上げずに身体を瓦解させていく。音を立て崩れていく巨巌竜は原型を留めることさえもできず、孤峰へと姿を変えたまま動きを止めた。

 大きな瓦礫が落ちたのを最後に、広大な戦場を静寂が支配する。誰も、孤峰を眺めたまま唖然として声を上げない。

 永遠にも続きそうな静寂。そこへ飛び込む声があった。


「総員、よく頑張ってくれた」


 声は通信魔具によって戦場にいる全ての者の耳に届く。

 声の主はマックスであった。彼は続けて声を発する。


「巨巌竜は、倒された」


 事実を確認させるように、ゆっくりと言う。それによって兵士たちの顔には喜びの色が染み出していく。

 そしてマックスはダメ押しとばかりにトドメの一言を発する。


「我々の、人間の勝利だ!」


 歓声が湧く。そこにいる誰もが強大な竜を倒したことに歓喜し、喜びを分かち合う。肩を叩き、涙を流し、抱き合い、生き残れたことを感謝し、勝利の輝きに酔い痴れる。

 巨巌竜だった孤峰は自身を打ち破った人間に賛美を送るかのように、厳かに聳え立つ。



 大国ユニオス連合帝国を揺るがしたこの一大事変“双竜大戦”は人間の勝利で幕を閉じたのであった。

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