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村人Aの異世界叙事詩  作者: ユッケ=ビビンバ
第三章 災いの詩〜双竜覚醒編〜
54/120

第54話 人間の力

久々に一週間以内に投稿できました。

これが今年最後の投稿になるでしょうね。

皆さん、良いお年を!

 おにとは、遙か東方に浮かぶ島国にのみ生息する“異形の怪物”だ。

 見た目はオーガに近いものの、人間らしい姿の者から如何にも化物といった姿の者と千差万別。共通の特徴といえば、頭部に角を生やし、牙を有し、民族の衣装なのか虎の腰布を好んで身に着けることくらいか。

 オーガのように生物としての側面も持ちつつ、語源ともなった()怨霊(ゴースト)などといった霊体としての側面も有する稀有な存在だ。

 怪力無双の力を持ち、変化といった妖術までも操る。生命力はずば抜けて高く、首だけになっても数日生き残れる。

 知性はピンからキリまで。性格は良く言えば嘘を嫌う豪傑、悪く言えば喧嘩好きの荒くれ者。

 食性は肉食であり、時には人をも喰らうと聞く。因みに全ての鬼が酒豪にして酒乱という大酒喰らい。

 地元の伝承によれば、元は人間であった鬼も居るらしく、その者は自身の“陰の気”により変質したとの事。

 そして、そのような鬼は更に強力かつ凶悪な魔物“鬼神”になるそうだ。



 これは余談だが、かつて私が彼の地に渡った際、ある鬼の集落に迷い込んだことがあった。

 生きては帰れぬ郷と覚悟していたが、幸運にも私はこうして生きて筆を執っている。

 話は脱線したが、そこで会った鬼の頭領はまさしく噂に聴く“鬼神”だったのだろう。

 その座した姿は一国の王のような威厳を放ち、その顔は男でありながら傾国の美女のような妖艶さを醸し出し、静かに話すその様は尊い聖人のような印象を与えた。

 赤い衣を纏った彼の名は――。その地に住む全ての化物、妖、怪異を束ねる三人の王の一人だという。


 〜とある生物学者の手記より〜






 瘴気とも殺気ともつかない何かが渦巻いている。ただただ不気味な空気の渦だ。

 その中心に彼はいた。


 既に人の形は捨てた。その貌は恐ろしい怪物のそれだ。

 大きく開かれた口からは獣の唸り声のような低い声を漏らしている。

 ギラギラと輝くその赤い眼はある人物をまっすぐと捉えている。


「……フ、フフフ、ンフフフフ。いヤ、失敬失敬。余りにも迫真の演技だったたメ、一度は騙されましたヨ。やはりアナタでしたカ、鬼神(オニガミ)ッ!!」


 節制はまるで旧友と久方ぶりに会うかの様子で声を高ぶらせる。

 対して鬼と化したヒロは動じない。


「またアナタと会えるとハ、“運命”というものは真に複雑怪奇なものですネェ。サア、それデ、どうしまス? その“鬼”の力で私を殺して―――ン?」


 節制が何かに気付く。ヒロの様子がおかしいのだ。

 悶えるように身を捩り、低い唸り声を出し、顔を破らんばかりに頭を引っ掻いている。その様は狂った野獣そのものだ。



 暫くするとそんな彼に変化が起こる。

 耳まで裂けていた口が元の大きさに戻り、そこから覗いていた牙は平坦な歯になる。目元の朱い隈取は血の気が引くように消えていき、ギョロギョロととび出ていた黒い目玉はややつり目の白い目に戻り、そこに灯された赤い瞳も本来の黒に戻る。そして何より異形の印でもあった額の角は小さく萎んで、何事も無かったかのように消え去った。

 そこに残ったのは、ただの少年だった。

 少年は今まさに死地から生還したかのように大きく速く呼吸をし、自らの心臓が正しく動いているか確かめるように胸を掴む。


「ハアーハアーハアー……」

〔……まったく、無茶をしたものだな君。まさか、()()()鬼人モードになることで腹の傷を塞ごうとは。一歩間違えば人間に戻れなくなっていたぞ〕

(ああしなきゃどの道死んでいた。一か八かの賭けだったけど、無事に戻れたから万事オッケーだ)

〔とはいえ、先程の変貌ぶりから鬼人モードになれるのは、あと一回有るか無いかだ。次また同じような行動に出たら戻れない可能性は極めて高い。そこの所を肝に銘じておけよ〕

(分かってるよ。……それで、アイツをどうするかだ)


 ヒロは再び節制を睨みつける。

 節制の表情は仮面に阻まれて確認できないが、残念そうに鞭を弄んでいる。


(アイツはあの鞭で巨巌竜を操ることで、どこからでも攻撃を仕掛けることができる。またさっきみたいに後ろから突き刺されたらたまったもんじゃない)

〔とはいえ現状これを事前に回避できる術はない。どうするつもりだ?〕

(……ライディンに教えてもらった()()が役立つときが来たな)



 息を整え胸を掴んだままヒロは立ち上がる。

 それに気付き、節制は鞭を弄ぶことを止めヒロに話しかける。


「苦しそうでしたガ、もうよろしいのデ?」

「……わざわざ待ってくれるなんて、意外にも優しいんだな」

「我々は我々の信ずるところの“正義”ヲ世に知らしめるために活動を行っていまス。その中には弱者の庇護もありまス。我々の障害となる者であろうト、苦しむ者に追い打ちをかけるほど非道ではありませんヨ」

「あ、そう。まさに偽善的なテロリストの主張だな。それで、こうやって無事でいる僕にはどう対応するんだ?」

「ムロン、このようニ!!」


 節制が鞭をしならせ足元の巨巌竜に叩き付ける。

 それを合図にヒロの周りから幾つかの岩の杭が飛び出す。

 同時に、全方向から、矢のような速さで突き出る岩の杭。

 常人なら認識した次の瞬間には串刺しになっているだろう。

 そして今、杭が一点に重なり合った。




「……ほほウ。意外と足が速いのですネ」


 杭が重なった場所には無残な死体などなく、血の一滴すら残っていなかった。

 節制はその場所から視点を動かし、左へ十メートルほど離れた地点を見る。

 そこには瞬間移動でもしたかのように、ヒロが立っていた。


 彼の周りには弾けるような音と共に蒼白い閃光が纏う。

 バチバチと鳴り響き、刹那の間に強烈な光を放つそれは、紛うことなき天帝の裁きの権化、雷電だ。


「それは天帝竜の雷ですカ。竜石を持つ者はその竜の力を自在に操れると聞きましタ。先程のアナタのスピードモ、天帝竜の恩恵という訳ですネ」

「よく調べているな。ああ、その通りだ。それと、気を付けろよ。僕も使うのは初めてだ。加減間違えて焼き殺しても許せよ……なッ!!」


 手の平を節制に向ける。すると蒼白い稲妻が手から放電される。

 稲妻は無数に枝分かれしながら、節制の元に向かっていく。

 これには節制も流石に危険だと判断したのか、飛び退いて回避する。

 しかし、知っての通り電気というものは実に速い。人間が回避しきれるものではない。

 為す術なくその体は電撃に捉えられた。


「アババババババババババババ!!!!!」


 細かい痙攣とともに、そのような一見巫山戯た声を出す。

 電撃は一瞬と言うには長く、一秒と言うには短い時間だけ流れた。

 それが終わった後、気を失うだろうというヒロの予想に反して、節制は倒れることなく立っていた。

 節制はダメージを受けるどころか、ピンピンとしている。


「中々に痺れましたネェ。心なしカ、体が軽く感じますヨ。体のコリをとるのがアナタの本気というわけですカ」

「……結構全力で撃ったつもりなんだけどな。どうなってんだ、お前の体」

「違いまス。逆ですヨ。アナタが加減したのでしょウ。おおかタ、人を殺すことに些かの抵抗が心の隅にでもあったのでしょウ。まったク、どこまでも平々凡々な精神をしてますネェ」

「ッ……! なら、今度こそ全力の全開だ!!」


 彼を纏う雷が更に増す。蒼白い閃光はより輝きを強め、弾ける音はその周期を早める。

 体の至る所から放電が生じ、それはまるで彼自身が雷の球と成り果てたかのような光景だった。

 そこから一筋の閃光が節制に再び迸る。今度は反応すらできなかったのか、彼は動こうとしない。


 ピシャアン、と鼓膜を突き破るかのような雷の音が轟く。雷撃によって暖められた熱風が頬を撫でる。

 間違いない。確かに直撃だ。

 電気抵抗値の高い空中を電気が通り抜けるには、相応の高電圧が必要。そのような電圧を受けたのだ。決着はついたはずだ。


「や、やった……のか?」

「いいエ、まだですヨ」


 嫌な予感は当たるもの、と言うが甚だそうであろう。

 ヒロの視線の先には雷撃どころか土埃の一つすら付いていない節制の姿があった。

 そして彼の前方四メートル程には鈍色に輝く“ポール”のようなものが立っていた。


「避雷針……!」

「ご名答。巨巌竜は大地の竜。謂わバ、その大地に含まれる岩石や鉱石を司る竜でス。体を構成する様々な鉱石ヲこのように出現させることなド、訳はありませン。ここに立つハ、導電性の高い金属の合金。電気というものハ、抵抗の小さいものの方に流れやすいといウ単純な性質を持ちまス。それはすなわチ、アナタの雷撃はこの避雷針に流レ、より抵抗の高い私の体にハ流れないというこト。これでアナタの雷撃は封じられましたガ、サア、どうしまス?」


 ヒロの持てる最大の必殺技はこれにより使用不可となった。高威力・回避不能・遠距離対応の恩恵もここに絶えた。

 戦況は振り出しに、ヒロの劣勢へと戻った。


 だというのに、彼は笑っていた。


「……ナゼ、笑っているのでス?」

「笑ってちゃ悪いのかよ。確かに、ライディンの雷を防がれたことには驚きだが、それでも手がないわけじゃないんだよ」


 再三、青白い閃光がヒロを包む。


「何をやろうとモ、無駄なんですヨォ!!」


 節制が鞭を使い、無数のポールを針山の如く出現させる。針の波は怒涛のようにヒロに迫り来る。

 そして今、一本の針が彼を貫こうとした。その時だ。


 “閃光”が走る。針の間を縫い、針を砕き、『あっ』と言う間もなく節制の目の前まで駆け抜ける。

 既に手が十分に届く距離まで迫る。そしてヒロは横に一閃、剣を振り抜いた。



 ―――ガキンッ! と音が響く。

 あと一歩及ばなかったのか。それとも、このナリで節制はかなりの手練であったのか。

 到底捌き切れぬと思われたその一撃は、敢え無く鞭で防がれた。


「なるほド。アナタが竜石の恩恵デ、電光石火の如き速さを得ていたことを失念していましタ。しかシ、残念でしたネェ。アナタの速さモ、対応の範疇でス」

「……あわよくば、と思ってたんだけどな。そう簡単にはやらせてくれないか。けど、この距離なら()()だ」


 不敵に口角を上げる。その口の端からはパチパチと電気が飛び散っていた。

 同時に彼の持つ剣からも蒼白い閃光が飛び出る。


「何ッ!?」

建雷之剣フツノミタマッ!!」


 剣に込められた雷の魔力が放出されていく。

 ヒロの持つ剣は魔力伝導率が極めて高いマルドルト製。流し込まれた魔力の性質により、特性を変える剣である。

 雷の魔力を流されたそれは、言うなれば剣型のスタンガン。触れた者に電流を流し、麻痺状態にするのだ。

 雷は鞭を通り、節制の体に流れ込む。これには避雷針による防御も、回避すら不可能だ。


「ガァッ……!!」


 意識とは裏腹に、当然の反射として節制は鞭を手放し後ろへと吹き飛んだ。

 使い手を失った鞭は重力に従い落ちていく。


(紅蓮ッ!!)

〔言われずともッ!!〕


 ヒロが落ちる鞭に手を伸ばす。

 同時に無数の影が節制と鞭の間を遮るように、その切っ先を節制に向ける。

 巨巌竜洗脳の原因となる鞭“貪食の紐(グレイプニール)”の回収と、その使用者にして動乱の首謀者である節制を始末する絶好の機会。これで今回の大事件の幕も下ろされるだろう。

 その希望を脳裏に、ヒロが鞭を掴む。


(取っ―――!)




 しかし、彼が掴んだものは虚空のみだった。

 ヒロの体は勢いそのまま地面に激突し、各所を擦らせて転がる。


「ツッ……。! 鞭は!? 貪食の紐(グレイプニール)はどこいった!!?」

「いヤァ、まったク。先程の一撃ハ実に驚きましたヨ。その剣はマルドルト鉱石製ですカ。そこに雷撃を込めるとハ。そこまで使えるとハ、まったク、驚きですヨ」


 ヒロの背後より節制の声が飛び込む。

 振り返ると、そこには何事も無かったかのように鞭を片手に立つ節制の姿があった。


(……紅蓮。これは……?)

〔さあ、ねえ? 私にも動きを捉えられなかった。奴め、まだ何か隠しているようだぞ〕

(そのようだな。紅蓮、気を引き締めてかかるぞ)

〔ああ〕



 ヒロは体を起こし、剣を構え、雷電を纏う。

 それに呼応し、節制は鞭を構え、妖気にも近いオーラを発する。


「先程は油断しましたガ、次は上手くいくと思わないことですネェ。ここから先ハ、ワタシも本気ですヨォ」

「くっちゃべってないでかかってこいよ。その仮面の奥の鼻っ柱、へし折ってやる!!」

「素晴らしき勇気でス。しかシ、それが蛮勇だというこト、身を持って味合わせて差し上げましょウ!!」


 同時に二人が走り出す。

 互いの距離は見る間に近付いていく。

 あと一歩踏み込めば完全に間合いに入る。

 そしてその一歩をヒロが踏み出そうとした。


 その時、彼の足元の地面が隆起する。密かに節制が鞭により仕向けていたのだ。

 隆起した岩は的確に彼の剣を捉え、天高く弾き飛ばした。


(これで武器は失っタ。さア、我が鞭の下僕とな―――)



 節制が見たものは、剣を失ってもなお闘志を宿したヒロの眼と、固く握りしめられた拳だった。

 ヒロは怯むことなく力強い一歩を踏み出し、淡く光る右の拳を節制の仮面に殴り付けた。


「ショック……」

「ぐおッ……!」


 仮面はひび割れ、節制は思わず苦悶の声を零す。しかしそれだけでは終わらない。

 ヒロの拳は更に光を強め、そしてガラス玉が割れるように破裂した。


「インパクトォオッッ!!」


 ヒロの渾身の一撃が炸裂する。

 底の見えない節制も、これには為す術もなく殴り飛ばされるしかなかった。

 数メートルは飛んだあたりで節制はただの凡人が如く地面に伏せた。同時に弾き飛ばされたヒロの剣も地面へと突き刺さった。


「どうだ!? これは竜の力でも、鬼の力でもない! 僕の……人間の力だバカヤロウ!!」


 声を荒げ、心の底から叫ぶ。


「クッ……。よくモ、よくもワタシの面ヲォ……!!」


 蹌踉めきつつも怒りを顕に節制が立ち上がる。

 その顔に張り付いたピエロの仮面は全体にヒビが入っており、今にも崩れ落ちそうであった。

 実際、ポロポロと欠片が地面に落ちていっている。


 そして、仮面を構成していた大部分がずり落ちる。

 その奥にあった節制の素顔は―――




 先に張り付いていた仮面と全く同じ、ピエロの仮面だった。


「なァンちゃっテェ〜〜。仮面の奥はまたもや“仮面”でしタァ」


 今にも目の下を引っ張り舌を出しそうな馬鹿にした調子でケラケラと嗤う。

 節制の嗤う声が響く中、ヒロは呆れているのか、それとも静かに怒っているのか、冷たい瞳で彼を睨み付けたまま動かない。

 暫くして、十分に笑い切ったのか、未だ余韻を残しつつ息を一つ吐く。


「……それはさておキ、ワタシの仮面を一度破壊したことハ、頂けませんネェ、頂けませんヨォ。そんな“オイタ”をする人ハ、手足を指先から輪切りにしテ、全身の皮を削いデ、性器をこそぎ落としテ……ブチ殺して差し上げませんとネェッ!!」


 明らかに様相が変わった。常に剽軽な態度を取っていた節制が、今では怒気と殺気をこれでもかと発している。

 ヒロは思わず後退り、防御の構えを取る。そして注意は節制に向けたまま、目の端で突き刺さった自身の剣の位置を確認する。


(剣は真横に大体五メートルくらいか……。帯電した状態で走ればすぐに手に入るけど、それをあいつが簡単に許してくれる気はしない。紅蓮の影で……それより電撃で陽動を行ってから……そう見せかけて特攻した方が……いや、どれも駄目だ。明確に上手くいくイメージが出来ない)


 様々な思考を巡らせる。しかし、そのどれもが今の節制の前では無意味に終わる未来しか想像できない。

 更に思考を巡らせようとしたその時、節制が予備動作もなく動き出した。


「シャァアッ!!」

(ッ!? クソッ! 一か八か()()をやってやる!!)


 刹那の合間に節制は鞭の届く範囲まで走り抜ける。そして空を切る音を奏でながら、鞭を振るった。

 鞭がヒロの皮膚に届く直前、影が飛び出し身を防ぐ。

 しかし、それだけでは済ませてくれない。

 節制の空いた片手には湾曲した短剣が握られていた。今それをヒロの腹に向けて突き立てる―――!



 次の瞬間、節制の体は地に伏せていた。

 背中は足で抑えられ、短剣を握っていた腕は背中に回されめられていた。


 これは竜討伐に出かける直前、英雄級シャオ・リンによってヒロ自身が受けた技、“合気道”の一種だ。

 彼はたった一度しか見ていないそれを、この土壇場で完全にモノにしてみせたのだ。


「よし! これで―――」


 電撃を浴びせ、麻痺したところを捕らえて終わり。

 そう思っていた。




「甘いですネェ!!」


 完璧に組み伏せたと油断したその一瞬の隙きをつき、鞭を持つ手が関節を無視した動きで襲い来る。

 予想の範疇から逸脱したこの状況に、ヒロはすぐさま判断を下せなかった。

 鞭がヒロの腕と胴に当たり、彼は吹き飛ばされる。

 倒れた彼の腕にはくっきりと鞭の跡が残っていた。それは“貪食の紐(グレイプニール)”の術中に嵌ったことを意味する。


「……ゥ…クッ……」

「どうでス? 身体が思う通りに動かせないでしょウ? それでハ、まず立たせてあげましょうカ」


 節制は折れた関節を戻しながらそう言う。

 そして鞭を振るった。するとヒロの体はマリオネットの如く立ち上がり、磔にでもされたかのように両手を広げ十字の形を取る。


「無様ですネェ。手も足も出なイ、とはこのことでしょウ」

「チッ……クショ………」

「まだ口を動かすだけの元気はありますカ。それはなお良イ!! アナタには苦痛の声を上げてもらわないト、私の怒りも収まらないと言うものでス」


 そう言って、節制は再び湾曲した短剣をギラつかせる。

 それはかつても見た、鎌のような刃を持った短剣だ。


「この短剣の名は“神斬りの鎌アダマンティンハルペー”。神話においテ偉大なる神や不死の怪物すら斬り裂ク、伝説の鉱石“アダマンタイト”で造られた剣でス。まア、これはそれを元にした贋作ですがネ。しかシ、切れ味は本物ですヨ。人間程度の体なラ、苦もなく斬り落とせまス」


 彼の言うことは恐らく本当だろう。

 錯覚かも知れないが、彼を取り巻く空気が短剣によって切り裂かれているように見える。

 その凶悪な剣をヒロの頬に当てる。すると、刃が掠った部分が切れ、中から赤い血が滴り落ちた。


「さア、どう致しましょうカ。宣言通リ、四肢を輪切りにしましょうカ。それとモ、その綺麗な顔を切り裂いてあげましょうカ」


 思わず冷や汗が垂れる。汗は頬を伝い、短剣によって切り裂かれる。


「……決めましタ。やはリ、その顔を裂きましょウ!!」


 振りかぶり、その短剣を真っ直ぐとヒロの顔に突き立てる。



 赤い真珠を散り撒いたように、血潮の粒が宙を舞う。

 その血を流したのは、節制の方であった。

 無数の黒き剣が地面から伸び、節制の身体を穿き裂いたのだ。


「影魔導……!? まだそのような抵抗ヲッ!!」

(紅蓮!? どうして……?)

〔君が支配されようと、私まで支配される筋合いはないからね。それに何度も言ったろう。君が殺されるのは私にとっても不都合だとね〕


 影はヒロを守護するように取り巻きつつ、さらに追い打ちをかけんと節制に襲い掛かる。

 節制はこれを躱し、いなし、切り裂きながら一度距離を取る。

 巨巌竜の頭の端まで追い込んだところで、影の猛攻は収まる。


〔……ヒロ。ちと痛むが我慢しろよ〕

(痛む? お、おい、何をする―――ツッ!)


 影がヒロの腕を、鞭の打たれた跡を上書きするように切り付ける。

 直後、十字を描いていた彼の体は糸を断たれたかのように自由となる。


(これは……?)

〔鞭の跡、すなわちは皮膚に刻まれた“ルーン文字”が体を操る原因なのだろう? ならばそのルーンを掻き消せば自由になれるのは当然の帰結だと思うのだけれど?〕

(なるほどな。とはいえ何度も同じ手は使いたかないな。痛いし)

〔なら喰らわないことだな。ほら、君の剣だ〕

(おっと、サンキュ)


 影は伸び、ヒロの剣を回収して戻って来る。

 ヒロはそれを受け取り、雷電を纏い剣を構える。


 切っ先を向けられた節制は動かない。

 仮面の奥からこちらを覗き、語りかける。


「ク、クク。なんということでしょウ。この節制ガ、先程からやられてばかりではないですカ」

「……単純にお前が弱いだけじゃないのか」

「黙りなさイ。……確かニ、ワタシは他の方と比べ()()()弱いのは認めましょウ。そしてアナタの実力もまタ素直に認めざるを得なイ。故ニ、アナタの“過ぎ”たる力モ、そのアナタにかける時間モ、全て“節制”でス」



 ―――瞬間、一筋の風が吹いたように思われた。

 その直後にヒロの体の至る所に切り傷が発生し、そこから鮮血が迸った。

 周囲に張り巡らされていた影はバラバラに寸断され、徐々に消えていっている。


「ぐあっ!!」

〔ヒロ!!?〕


 大量の傷を負ったヒロは耐えず蹲る。

 傷自体は浅く、急所には届いていない。ただ痛みを味わせるためだけに付けたような傷だ。


(クッ……。紅蓮、今のは一体?)

〔私にも解らん。風魔導の一種のようだったが、攻撃の瞬間が見えなかった上に魔力を一切感じなかった。それに私の影をほぼ一瞬で切り裂かれた。これは速さだけでは説明がつかない! かと言って幻術の類でもない! 一体何なんだ!!?〕


 珍しく紅蓮が狼狽する中、ヒロの頭は冴えていた。いや、経験から来る直感が働いたのだ。


(影を一瞬で……速さや、幻術ではない……。……まさか。いや、そんな、まさかだろ……?)


 導き出した結論に疑惑を持ちながら、その真偽を確かめるべく、痛む体を立ち上がらせ節制に問う。


「節制……お前、“時”を……時を止めるか、とばすかしてるな?」

「ム? おやおヤ、もう気が付いてしまいましたカ。いかにモ、ワタシは時を止める術を持っていまス」

「やっぱり……最悪の展開だな」


 悪態をついてみせるが、状況は変わらない。

 時を止める節制に、既にヒロの優位性は消え去っていた。


〔ヒロ。よくヤツの能力が“時を止めること”だと気付いたな〕

(昔漫画でそういうのをいくつか読んだことがある。そん中でも制限の無い時止めはラスボス級のチート技だ)

〔……ちなみに聞くが、そのラスボスに主人公はどう挑んだのだ?〕

(同じ“時止め”を会得して戦った)

〔なるほど。とんだご都合主義だな〕


 再び影の結界を張る。しかしこれも単なる気休めに過ぎない。

 予備動作なしでの時間停止。それはすなわち、いつ、どのようなタイミングでもヒロの喉笛を切り裂けるという事。

 それを自覚すると、嫌な汗が額にあふれてくる。

 これに対応する術はゼロだ。雷撃も怪力も止まった時間の中では意味をなさない。


「さア、諦めはつきましたカ?」

「…………」

「それは結構。それでハ、一思いに殺して差し上げましょウ。心配はいりませン、痛みは一瞬でス」




 ヒロの心の中に諦観が支配しかけたその時、彼の瞳は節制の後ろに突如出現した黒い二つの影を捉えた。

 節制もその存在に気付き、振り向く。


「アナタ達は―――!?」

「虎掌ッ!!」

「ホーリースラッシュッ!!」


 斬撃と掌底の衝撃波が節制を捉え、大きな轟音と共に土煙を立てる。

 二つの影はすぐさまヒロの元まで駆け付け、剣と拳を構える。

 その影の正体とは、最強と謳われる英雄級の二人、マックスとリンであった。


「マックスさん! リン!」

「遅れてすまないね、ヒイロ君。何分、ここまで駆け上がるのは骨が折れた」

「駆け上がったって……」

「酷い傷ね。あとでしっかり治療してあげるわ。でもその前に……」


 土煙が晴れる。そこには大してダメージを受けていない節制が立っていた。


「危ないですネェ。あと少しで死んでいましたヨ」


 英雄級二人を前にしても、節制はいつも通りおどけるばかりである。


「二人とも気を付けて!! あいつは時を止める! あとあの鞭に触れたら、体を操られるぞ! あとそれと……」

「君の言いたい事は十分分かった。要は油断するなという事だろう」

「にしても時を止めるとはね。中々に厄介な相手じゃない」


 ヒロの忠告を聞いたうえで、二人は更に警戒を強める。

 三人の間に渦巻く空気はそれぞれの気迫で圧迫され、あたかも歪んでいるように見える。

 それほどまでの激戦がヒロの目の前で始まろうとしていた。




「―――降参でス」


 節制が放った一言は三人を困惑させるのに十分だった。

 警戒を続けたまま怪訝そうな顔をする三人に対して、節制は両手に鞭と短剣を握ったまま上げる。


「……何の冗談だ?」

「いえいエ、冗談ではありませんヨ騎士団長殿。ワタシといえど、英雄級二人と戦うのハ気が引けまス。故ニ、撤退しようと思った訳なのでス」

「そう簡単に逃がすとでも思っているのかしら?」

「いいエ、まさカ。しかシ、ワタシより厄介な相手が出現したとあれバ、見逃すのもやむを得ないでしょウ?」

「……!? まさか、あいつ!!」


 節制が上げた鞭を地面に振り下ろす。

 バチィンと音が鳴り響き、一呼吸おいて地面が揺れだす。

 否、地面ではない。揺れ動いたのは足場としていた“巨巌竜の頭部”だ。


「節制!! テメエ!!」

「聡いアナタなら気付いたことでしょウ。そウ、ワタシは今この巨巌竜にある命令を下しましタ。目に映る全てを薙ぎ倒シ、帝都キャメロスを墜とせとネェ!! そして“コレ”はもう必要ないのデ、処分しましょうカ」


 そう言うと節制は持っていた鞭を天高く放り投げ、短剣によって跡形もなく細切れにした。

 これにより、巨巌竜を止める作戦が水泡に消えた。



 そして、巨巌竜の暴走がここに始まった。

節制は自分の中で強い設定なんですけど、話の都合上どうしてもやられてばかりになるんですよね。

話は変わりますが、作中に出てきた時間停止のくだりは知っての通り、ジョ○ョです。

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