第51話 ピエロの狂騒
森の中を小さな規模の騎馬隊が走り抜ける。
森は鬱蒼としており暗く、道は先人によって踏み固められたとは言え整備が行き届いていない。
「……見通しは悪く、足場も最悪。襲撃にはもってこいの状況だな。その上、道も狭いと来た。こんな中、大勢が通って襲われたのなら為す術もないだろう。森に入る前に大多数を残してきたのは僥倖だったか。まったく、団長の判断には舌を巻くよ」
周囲の警戒を行いながらケイロンがそう呟く。
彼の言う通り、この場所は襲撃にピッタリの場だ。
光源は幾重にも重なった葉を避けて漸く届いた木漏れ日のみ。周囲には身を隠すにはもってこいの巨木が乱雑に並んでいる。
隠れ場所が多く、且つ逃げ場が少ない。故に警戒は必須だ。
なのだが―――
「……おかしいのです」
アンジェラがふとそのような言葉を零す。
普段なら聴き逃してしまいそうな小さな声であったが、気を張っていた彼らの耳には届いたようだ。
そしてその誰もが同じような疑問を浮かべた。その疑問をユーリが代表して彼女に尋ねる。
「? エラちゃん、“おかしい”って何が?」
「何も起こらないのがおかしいのです」
「???」
「さっきケイちゃんが言ったように、この場所なら闇討ちがあってもおかしくはないのです。なのに何もしてこない。森に入る直前はあんなに雑魚を投入したというのに、森に入ってからは敵に一度も遭遇していないのです」
それを聞いた瞬間、その場にいた全員が天啓を受けたかのような表情になる。
「言われてみればそうだ。もうそろそろ森を抜ける頃だ。なのに攻撃してこないのは確かにおかしい」
「でもケイロンさん、それがどうかしたんです? 確かに変だとは思いますけど、ただのまぐれかもしれないし、単純に相手がそこまで考えてなかっただけじゃないですか? それに会わない分には結構だと思うんですけどね、自分」
「希望的な予測は控えろ、ネロ。まぐれにしては出来すぎているし、相手はそこまでの馬鹿じゃない。それを考慮すると、導き出される結果は―――」
「キュー! キュキュー!!」
ケイロンの話に割って入るように、隠れていたモフがユーリの肩へと飛び出し吠える。
小さなその顔に皺を寄せ、警戒するようなその声はどこか主を守る番犬のもののように聞こえた。
「モフ!? 危ないからついてきちゃ駄目って言ったでしょ!」
「ユーリ、何だその生き物……生き物なのか? 兎に角何だその毛玉は!?」
「モフって言って、うちで世話をしてるんだけど……。おかしいな。強い魔力には反応することはあったけど、ここまで暴れるのは初めてだ」
ユーリはそう言いながら、モフを必死に落ち着かせようとする。
しかし、その毛玉は落ち着くどころか、馬を走らせる度にその毛を逆立たせる。
そのさまを見て、ケイロンは確信を得たかのように目の色を変えた。
「獣の勘、所謂本能と言う奴か。やはり俺が思った通り、この先には罠があると見て間違いなさそうだな」
「罠……!?」
「そう考えた方が順当だろう。改めて思い返せば、あの雑魚の大群も俺達を敢えて先に通すかのような動きをしていた。それにそのモフとかいう毛玉は強い魔力に反応する。ならこの先になんらか厄介なものでも居るのだろう」
彼の言い分は一理ある。それ故に皆が唾を飲む。
甘く見ていた訳ではないのだろうが、それでもこれから未知の強敵と命の奪い合いを行うと考えれば無意識に手綱を持つ手に力が入ってしまう。
森の遠くに光が見える。出口だ。
森を抜ければ、何が待ち構えているか分からない。だが森を抜けるより他はない。
彼らは眉間に皺を寄せ、口をへの字に結び、歯を食いしばる。各々覚悟を決め、一斉に森を抜けた。
森から出た先は少し開けた地となっていた。
彼らの眼前に広がるのは、十人余りのピエロの面の集団と異形の獣たちが立ち並ぶ様だった。
遠く、五百メートル程先にはゆっくりと邁進する巨巌竜とそれに対して攻撃を浴びせ続ける天帝竜の姿が見える。
「遂に、目と鼻の先だな」
「ええ。しかしその前に邪魔者を排除しないといけませんね」
「そうだな。全員、馬から降りろ。戦闘だ」
ケイロン達は馬から降り、それぞれの武器を手に戦闘態勢に移る。
その邪魔者達、ピエロ面の集団はその仮面と同じく嘲笑っているのか、それとも緊張しているのか、沈黙を貫いていた。
ピエロの面をした者達は大きい者から小さい者、細い者から太った者、筋骨隆々な者からふくよかな者まで十人十色。
しかし、その誰もが常人とはかけ離れた異様な見た目であった。
その内でも比較的まとも、いやただの人間にしか見えない銀の髪と褐色の肌を持った女性が前に出てくる。
「お久しぶりですね、人馬宮の騎士。こうしてまた会えること、心待ちにしておりました」
「……誰かと思えば、アンミューの塔で出てきた女ピエロか」
「そう言えば自己紹介がまだでしたね。不肖、私はイルザと申します。以後お見知りおきを」
「紹介、感謝する。これで貴様を捕まえたときに訊く手間が減った。それより、その後ろの奴らは人造人間と合成獣か」
そう言ってケイロンは槍の穂先をイルザの後ろに並ぶ獣達に向ける。
獣はその名の通り、様々な動物の部位が組み合わさっている。
その姿はキマイラや鵺のように動物の写真を切り貼りしたかのような、歪で奇怪な怪物の姿であった。
「ええ、その通りです。彼らは我々が作り出した人工生命体達。鋳型で作られた無尽蔵の兵士と魔獣達です」
「分かっているとは思うが、人造人間や合成獣の作成は御法度だ。それを踏まえた上での行動とお見受けするが、相違ないか?」
「はい、違いありません」
「そうか。なら話は早い。“七つの美徳”構成員イルザ、貴様を国家転覆罪及び違法生物製作幇助の罪で逮捕する。抵抗するならば我々はその生死を問わない」
「そうですか。殺されるのは困りますが、これも命令です。忠告痛み入りますが、抵抗させていただきますよ」
イルザがその右手を前へ突き出す。それが襲撃の合図となる。
沈黙を続けていた人造人間や合成獣らが一息に襲い来る。
“箍”の外れた彼らは通常の生物とは違い、加減もなければ慈悲もない。それは感情を待たない兵器と同義だ。
だが―――
「ぬるいな」
一蹴。槍でのたったの一払いでホムンクルス共は吹き飛ばされる。
宙を舞う敵の影は十から二十へ三十へ。肉塊と化した異形の生物は力無く地に落ちた。
「……想定以上ですね。人造人間も合成獣も、そのどれもが一流ハンターと渡り合える力を有していた筈なのですが」
「嘗めるなよ。我ら聖十二騎士は優秀な騎士の中でも最強の十二人。一流ハンター程度と一緒にされては困るな」
「左様ですか。ならば少々面倒ですが、私も本気で当たるしかないようですね」
イルザが短剣を構える。同時に何やら異様な空気が辺りに充満する。
決して強者のそれとは違う。しかし不思議と総毛立つような妖しい空気だ。
例えるなら、奥深い森や沼地のような湿気を孕んだ瘴気。
この空気にあてられたケイロン達は無意識の内に体に力を入れていく。
(モフが感じ取っていたのはこの女の人の魔力……! なんて不気味なオーラなんだ……!)
“勇気の勇者”の二つ名を持つユーリでさえ、このオーラには二の足を踏む。
その時だった。
ユーリの目の前の空間が裂け、闇の回廊の奥にイルザが写った。
「まずは貴女からです。勇気の勇者候補」
闇の中から短剣を握ったその細い腕が伸びる。
これに驚愕したユーリは咄嗟に仰け反る。
先手を取られた。この体勢では回避はできない。この距離では防御もままならない。
このような考えが刹那の内にユーリの頭を巡ったことだろう。
そして導き出された結論は一つ。
(こりゃダメだ)
諦めであった―――。
―――ドスン。地面に何か落ちた音がした。
臀部から伝わってくる痛みから、それは自身が尻餅をついた音だと分かる。
いたた、と声を零しながら閉じられた瞼を開く。
そこには自身を突き刺そうとした短剣が六角形のバリアによって阻まれている光景があった。
「ッ……! なるほど、明朗の勇者候補の固有能力ですか」
「よくご存知で。なら知ってんだろ、自分の“盾”は絶対無敵ってことをよ!」
明朗の勇者ネロの固有能力、“天王の盾”
先代勇者が有していた五つの固有能力の一つであり、決して破ることのできないと謳われる無敵の楯である。
打撃、斬撃、刺突、あらゆる物理攻撃を無効化。その上、熱、電気、強力な光線や魔力をも遮断する。
さらに使用者の意志により、任意で受けた攻撃を倍以上にして返すことも可能。
まさに絶対無敵の盾である。
「ネロちゃん! しっかり捕まえておくですよ!」
アンジェラがそう言うや否や、二発の銃声が響く。
彼女が撃った弾丸はイルザの肩と脇腹に命中した。
これには流石のイルザであろうと、腕を引っ込め数歩後退する。
「つっ……。やってくれましたね、双児宮の騎士!」
「無理に痛がる必要はないのです。これはあくまでこけおどし用の空気弾。多少の痛みはあるでしょうが、動けなくなるほどではないのです。しかし……」
アンジェラは両手に持つ二挺の遠近両用自動式剣銃からカードリッジを抜き取り、新しいカードリッジを装填する。
「こっちは“実弾”。人を“殺す”ための弾だ。本来は使用を禁じられてるが、こんな状況だ、うだうだ言ってられねえだろ」
銃口をイルザに向ける。アンジェラの目つきはいつもの可愛らしいものとは違い、人を殺すことを躊躇しない殺し屋のものだった。
この気迫受けイルザも危機を覚えたのか、空いたもう片方の手にも短剣を握り構える。
アンジェラは彼女から視線を外さず、口を開く。
「ケイロン、お前は他の奴らを連れて先に巨巌竜へ向かえ」
「! しかしアンジェラさん、ここは全員で迎え撃った方が―――」
「なめんなよ青二才。こう見えても修羅場は飽きるくらい通ってんだ。ここは先輩にドーンと任せとけって。それともなんだ? オレじゃ役不足って言いてえのか?」
「……いえ、失礼しました。それではここは任せます」
「おうよ! さっさと行きな!!」
ケイロン達はアンジェラを残し馬で奥へと駆ける。
途中、イルザとすれ違うことになるが、彼女はまるで案山子のように彼らに見向きもせずに棒立ちのままでいた。
無事ケイロン達が通り抜け、その場に残るのはアンジェラとイルザのみとなった。
「……意外なのです。まさかこう簡単に通してくれるとは思わなかったのです」
「私は足止めを命じられましたが、誰のとは言われておりませんので。それに私としてはどちらが勝とうと些細な事なのです」
「わけわからんのです。では何故“七つの美徳”に加担し、私達の邪魔をするのです?」
「命令されたので」
「……狂人め……」
イルザの話の内容は一貫して支離滅裂であり、それ故に言い知れない狂気を感じさせる。
字面通り、彼女は道化だ。話なんて到底通じるとは思えない。
「何かしら聴き取りたいと思っていたのですけど、こうも通じないとなると仕方ないのです。……テメエをぶっ倒して先に進ませてもらうぜッ!!」
銃声が森に響く。それが二人の戦いの開幕となったことは言うまでもない。
――――――――――
所変わって、西の森。ここに剣戟の音が鳴り響く。
狭い木々の隙間を縫い、枝から枝へいくつもの影が駆け抜ける。
その一つが地表で佇む人間の背中目掛けて急降下する。
「―――シッ!!」
赤い鎧を着込んだその人間は間一髪、降下してきた気配を感じ取り両手に持つ刀で弾き返した。
攻撃を防がれたピエロの面を付けたその影は猿のように再び木々の奥へと姿を消す。
「ククク……惜しい惜しい」「しかしどうやら返すのが精一杯のよう」「その体力、我らが空中殺法の前にいつまで保つかな?」
「「「「クククククククククククク!!!」」」」
四方八方上下左右から同じような声が聞こえてくる。
森の中の数も知れぬ見えざる敵。
彼らと対峙しているのは“獅子宮”レナード、“巨蟹宮”シーザー、そして“金牛宮”ブルーノの三人が率いる少数部隊だ。
「チッ! 撹乱して攻撃するなど卑劣な手を……!」
「とはいえ、こんな森の中じゃ一番有効な手だ。大人数で囲み、錯乱させた上で死角からブスリ。しかも奴らは武器の届かない木の上。全く厄介な相手だぜ」
「ムウゥ……。王者たる獅子とて空の鳥や木の上の住人にはその牙は届かぬ。して、どうする? シーザー、ブルーノ」
周りを見回すと、既に数人の騎士が負傷している。
乗っていた馬に関しては首を一裂き、瀕死の重症だ。これでは馬に乗って逃げることも叶わない。
奴らは突如として森を駆けていた騎士団を強襲し、彼らの移動手段を潰した上で取り囲み、今の状況へ至る。
先に言った通り、この“森の中”という状況では騎士側が圧倒的に不利。
敵は常に攻撃の範囲外におり、視覚の外から攻撃を仕掛けてくる。
この状況を打開策があるとすれば―――
「……これだけはしたくなかったがな。ブルーノ、森を吹き飛ばせ」
「了解ッ!!」
ブルーノが両の拳を地面に叩き付ける。
すると、そこから波紋が広がるように地面が掘り返されていく。
「官位土魔導“カルティベイション”!!」
掘り返された地面はそこに生える木を次々と薙ぎ倒していく。
数分もしないうちに森だった場所は、周囲数十メートルに渡り倒木が積み重なる荒れ地と成り果てた。
「オウオウ、こりゃあ壮観だな。ガハハハ!!」
「環境を破壊したくなかったからこれだけは避けたかったのだがな。四の五の言ってられる状況でもなったしな」
「我ながらちょいとやりすぎたかもな。それで、敵はどうなったのだ?」
見渡す限り、そこには無残に倒れた木々しか見当たらない。
先程の攻撃で一網打尽にできたかと思ったその時、木の隙間から数人のピエロがぞろぞろと現れた。
数にして四十程か。そのどれもが一様の面を被り、一様な姿形をとっている。
そのうちの数人が三人の騎士に向かって言葉を投げ捨てる。
「く、クソッ!」「噂以上に出鱈目だ!」
「これでも団長には劣ると思うのだがね。そちらこそ意外と少ないのだな。百はいると推測していたのだが?」
「ああ、いたさ」「半数以上がこの下に居るがな」「しかし、依然我らの方が数は上」「然り。さらに地の利を失ったとて、我らの妙技に曇りなし」「腕は立つようだが、勝敗というものは最後まで分からないぞ?」
「「「「クククククククククククククク」」」」
不気味な笑い声が響く。
ピエロの集団は騎士を取り囲み、片手に鋭利な短刀を構える。
その光景に多くの騎士が恐怖の表情を見せるが、当の聖十二騎士三人は呑気にジャンケンに興じていた。
「「「ジャン! ケン! ポン! ポン! ポン!!」」」
「何やってんですか隊長達!!?」
「何って、見りゃ分かんだろポン。ジャンケンだよポン」
「いえ、そうではなくて……! つーかブルーノ隊長、語尾が変になってますよ!?」
「ジャンケンの理由についてかポン? 誰があいつらを倒すか決めていたポン」
「「「……!?」」」(シーザー隊長にも移ってる……!)
騎士達が驚くのも無理はない。
彼らが意味するところは、単騎で四十もの敵と戦うということ。
相手も実力が不明とはいえ、恐らく精鋭。それが四十人。
いくら聖十二騎士が騎士の中でも最強と謳われていようとも、流石に無茶だ。
そう考えるのは敵も同じようだ。
「……我らも嘗められたものだな」「確かに一対一の決闘なら我らも勝てぬ」「しかし我らの強みは“数”」「己の力を過信しすぎると身を滅ぼすと、その身を持って知れッ!!」
ピエロ面のうち三人が彼らに向かって飛び出す。
周りの騎士達はそれぞれ聖十二騎士を守ろうと自ら前へ進み出るが、ピエロはその間を縫うように突き進む。
守っていた騎士は通り過ぎ様の攻撃から身を守る事で手一杯。易々とピエロを通してしまう。
聖十二騎士の三人は未だジャンケンを続けている。その無防備な首に凶刃が振り下ろされる―――!
「「「その首、貰ったッ!!」」」
誰もが彼らが倒れるさまを想像した。
しかし、現実は違った。
「「「ポンッッ!!」」」
三人の拳がピエロ共の鼻を、頬を、腹を穿つ。
その後は案の定、三人のピエロの身体は宙を舞い重力に従って地に落ちた。
その様にその場にいた全員が驚愕する。
「ば、莫迦な……!」「一撃、だと……」「有り得ぬ、我らが一太刀も浴びせずに倒れるなどと……決して有り得ぬッッ!!」
どうやら力を過信し過ぎていたのは彼らのようだ。
ピエロ達は驚嘆し、落胆し、否定し、憤慨する。
様々な色を見せるピエロ共を他所に、三人のジャンケンの決着はついたようだ。
「よしッ! この“殲滅の獅子宮”レナード・ライオンハートがお相手仕ろう!!」
「クッ……! 口惜しいが公平な勝負で負けたなら仕方ない。しかし……やはり口惜しい!」
「いや、シーザーお前さんほとんどチョキばっかだったじゃねえか。それじゃあ勝てねえよ」
「チョキは俺の最も好きな手なんだ!!」
「そう猛るな。その雪辱は巨巌竜にでもぶつけとけ。……それではレオ、あとは任せたぞ」
「ガハハハッ!! ウム、任されたッッ!!」
けたたましい程の笑い声を上げながら、レナードは獅子を模した大剣を振るう。
ただそれだけの行動で嵐のような突風が吹き荒れる。
それはピエロ達にとって向かい風となり、騎士達にとっては追い風となる。
その風に乗じてブルーノ達は包囲が一番薄い場所へ走りだした。
「そう簡単に逃げれると思って―――」
「そう簡単にこの獅子が見逃すと思うてかッ!!」
後を追おうとするピエロをレナードが蹴散らす。
暴風雨のような向かい風。野獣の如き力を持って阻む獅子宮。
これには自慢の妙技も戦線を離脱する背中に届くことはなかった。
「……フム、ブルーノらはもう行ったか。それでは……さあさ! この獅子が相手だ! 存分に貴様らの技を見せて貰おうッ!!」
「チッ……どうやら貴殿を倒さぬことには奴らの後は追えぬようだな」「しかし、間抜けめ」「この数の差、いくら貴殿が強者とて全てを捌ける訳はなしッ!」
「さあ、どうだろうな? 試しに一戦交えてみるか?」
「「「「上等ッッ!!!」」」」
散らばった約四十の影が一斉に一点に駆け出す。
その中心に立つ獅子は不敵な笑みを浮かべ、剣を再度構える。
殲滅の獅子宮とピエロ雑技団との戦いは今ここに始まりを告げた。
――――――――――
東と西、二つの方角での戦いが起こるほんの少し前。
行進する巨巌竜の直進上にある森。その森は炎々と燃え上がっていた。
半径五十メートルを焼き尽くす炎が木を喰い動物を喰い、黒い煙を吐き出す。
その中心には数人の人影が見える。
その多くが鎮火作業に奔走していたが、中でも三人ほど動かずにいる者がいた。
一人は英雄級の一角“天秤宮”マックス・フォン・ラインハルト。もう一人は同じく英雄級“破壊僧”シャオ・リン。
そしてもう一人、彼らと対峙していた顔の上半分だけピエロ面の男。彼はほか二人と違い、動かないのではなく動けないでいた。
彼は喉の水分を全て持って行かれたかのような掠れた声で弱々しく言葉を紡ぐ。
「ば……ばか、な……。俺、様の……最強の“火吹き芸”をしょ、正面から喰らって……生きている者が……いるな、ど……」
「確かに、君の炎はとても強力だった。敵ながら賞賛に値するよ」
「でも、攻撃が直線過ぎるわね。余裕で回避できたわ。あと、もう少しアレンジを効かせるべきね。特に近距離に入られたときの対応策を考えておけば、もうちょっと善戦できた気がするわよ」
「ッ……! ……む、無念……」
まるで糸の切れたマリオネットのように彼は倒れる。
会敵してからここまで間、僅か二分半。
たったそれだけの時間で森を火の海に変えた敵も相当の強者であった。
しかし、その者を同じく短時間で倒した英雄級をやはり誉め称えるべきだろう。
焼け野原に佇む二人。そこにアストが小走り気味に近付いてきた。
「マックス、終わったのか?」
「ああ、今しがた」
「なら鎮火を手伝ってくれ。この人数じゃ人手が足りない。このまま山火事を見過ごす訳にはいかないだろ?」
「うん、そうだね」
マックスが軽くそう言うと、彼は手に持つ剣を真横に薙ぐ。
一瞬風が吹いたと思ったその時、全方位にぼうぼうと燃える炎が切られた。それは比喩などではなく、言葉そのまま両断されたのだ。
切られた炎はその勢いを弱めていき、最終的に完全に消え去ってしまった。
その様子を一番近くで見ていたアストは少し曇った目で団長を見つめ、心の中で呟く。
(……相変わらず、常識外れの強さだな。いや、常識なんて次元とっくに超えている。昔から近くで見てきたが、たまに本当に人間が疑わしくなるよ)
余りにも見つめすぎていた為か、マックスが彼の視線に気付き屈託のない笑顔を向ける。
「どうかしたか? アスト」
「……いや、何でもない。それより火が消えたのなら長居は無用だ。早く先へ進もう」
「ああ、丁度そう思っていたところだ。……総員! 馬に乗れ! 引き続き巨巌竜討伐に向かうぞッ!!」
彼の掛け声に多くの騎士が大きな声で応じる。
彼らは無事だった馬に跨り、遠く霞む巨巌竜に向かい再度鐙を踏む。
馬を走らせながらマックスはふと考えを巡らせる。
(先程の敵……あれは我々を巨巌竜に辿り着かせまいと用意した精鋭だろう。そう考えれば他二つの部隊や後方で戦っている者達にも同様の精鋭が当てられている可能性は高い。最悪、巨巌竜まで辿り着けるのはこの部隊だけやもしれない。それを考慮すると我らが勝てる確率は……いや、余計な事だ。既に後戻りはできない。ならば自分ができる事のみ考えるべきだ。それに………)
視線を今なお止まる気配を見せない巨巌竜に向ける。
そこには数多の雷撃を巨巌竜に浴びせ続ける天帝竜の姿もあった。
それは暗に作戦の中核、“貪食の紐奪取”が決行されていることを意味していた。
(あの場では既にヒイロ君が戦っているはずだ。まだ若い少年が勇気を奮い戦っているのだ。我らが何もせぬ訳にはいかないな……!)
再び眼に闘志の焔を点し、口角を上げ、決意を新たに鼓舞の咆哮を叫ぶ。
「総員! 今一度決死の覚悟を決めろッ!! これより我らは最強種である竜、その一角と交戦するッ!!」
「「「「ハッ!!!」」」」
覚悟を決め、馬を更に走らせる。
これより先はまさに地獄、否、神話の戦いが待っていることだろう。
だが、憶する者などこの場に一人たりとも居らず。ここにあるは修羅の如き戦士の魂なり―――!
西側三騎士の書き分けが難しかったですね。
全員同じような口調でしたし。
それはさておき、聖十二騎士にももう一つ二つ名を付けていきたいですね。
殲滅の獅子宮とか裁定の天秤宮みたいなの




