第49話 会議は踊らずして
深夜のバイトはキツイっすわ……
朝起きるのが辛い季節になってきました。
皆さんも寝坊で怒られるようなヘマだけしませんように。
―――野営地の一画、一つの見張り台に男が二人いた。
「……………なあ」
「なんだ?」
「俺ら、あと何分見張り続けりゃ良いんだ?」
「交代してから十分しか経ってないだろ。というか、お前は何もしてないだろうが」
「俺は新聞を読むのに忙しいんですー。それより見ろよ、どの新聞も巨巌竜のことばっかだぜ。今頃街は大騒ぎだろうなぁ」
「ハイハイ。お前が見るのは新聞より双眼鏡!」
「あ! 勝手にとんなよ! まだ読んでる最中だったんだぞ!」
「続き読みたきゃ次の交代まで外を見てろ。何時、何が来るか分からないんだぞ」
「どうせ巨巌竜が来るのは三日か四日後だろ? そんなに張り詰めなくてもいいのにさ、まったく」
渋々といった風に小太りの男は双眼鏡を覗き込む。
とはいえ、野営地の周りは広大な草原。遠くに山脈や森が見えるが、肉眼で軽く見回していても問題はない。
男は気怠げに周りを眺める。双眼鏡に写る景色は長閑そのもの。
余りの退屈さ故か、男がため息を吐いたその時、彼の目は何かを見つけたかのように大きく見開かれる。
「おい、ちょっと、あれ何だ?」
「あー? どれだ?」
「あれだよあれ。ほら、何かこっちに飛んできてる」
「んん〜?」
もう一人の頬骨の出た男が小太りの男が指差す方向へと双眼鏡を向ける。
そこには確かに白い飛来物が迫ってきていた。
「あー、ありゃあ斥候部隊の伝言鸚鵡だな」
「いや、伝言鸚鵡にしてはデカくねえか?」
「バーロー。斥候部隊のオウムは長距離を飛行するために鷲だか鷹だかのようにデカいんだよ。にしても、一体どうしたってんだ?」
二人が話している間に伝言鸚鵡は二人がいる見張り台の縁に着地する。
「ほいほい、山越えご苦労さん」
「やはり斥候部隊のもので間違いなさそうだな。再生してみるぞ」
頬骨が出た男がオウムの首をつまむ。するとオウムは録音した内容を話し始めた。
その内容を聞いた途端、二人の顔は青褪める。
「お……おい。マジかよ、この内容……。そんな、嘘だろ……?」
「嘘か真かの真偽はどうでもいいだろ! お前は今すぐ団長達が居るテントまでこの内容を報告しに行け!」
「く、クソゥッ! こんな任務受けるんじゃなかった!」
文句を垂らしつつ、小太りの男はその腹を揺らしながら見張り台を降り、中央のテントへと駆けていく。
頬骨が出た男も少し遅れて見張り台を降りていく。
残されたオウムは自身が録音した内容など一片も理解せず、呑気に落ちていた新聞で遊び始めた。彼が運んだ言葉が混乱を招くとも知らずに―――
―――時間は少し遡る。
野営地の中央、作戦司令本部となるテントには僕を始め、聖十二騎士の全員、天帝竜ライディン、そして現皇帝アルトリウス陛下の像が一堂に会していた。
『さて、作戦会議を始めようか!』
不敵な笑みを浮かべ、皇帝陛下が高らかに宣言する。
それを皮切りにその場の空気は密度を増し、僕らの両肩を強く押さえつけた。
そのような空気の中、一人の少年、ケイロンさんが立ち上がる。
「それでは、先ずはじめに巨巌竜グラン・ガイアスについての報告をします。奴の全長はおおよそ三百メートル。全身を鋼鉄以上の強度を誇る分厚い外骨格に覆われています。並の攻撃では効かないかと」
「ハンッ! 当然よな。たかが人間に操られた間抜けとは言え、我と同じ竜だ。有象無象の雑魚に倒されるくらいなら我がとうの昔に殺しておる」
そう言って横槍を入れるのは、僕の後ろに立つライディンだ。
いくら竜とは言え、話している最中に横槍を入れるのは不躾だ。ここは主としてちゃんと言わなくては。
「ライディン。人が話している途中に割って入るな。いくらなんでも失礼だぞ」
「いや、構わないヒロ。それより彼女の話を聞こう。私の報告より同種である彼女の方が知りうる情報は多いだろう」
「ケイロンさん……」
「ほう、人間の割には佳い心構えだ。ならば我もその期待に添えねば竜の名折れというもの。存分に語ってやる故、清聴せよ人間共」
流石はプライドの高い竜種だ。
皇帝陛下が居るのにこの度胸。主である僕の胃の方が先に潰れそうだ。
「そも、あの爺は呆れるほど堅牢なのだ。我の“雷霆”や火力しか取り柄のない筋肉馬鹿ことヴァニファールの“劫火”を持ってしても、一撃のうちに沈めるのは容易でない。数千年前、彼奴とちょいとした諍いを起こしたが、結局は勝負つかずのなあなあに終わった始末だ。
加え、彼奴は地面の化身でもある故な、土塊を集め岩石にしてぶつけるやら地形ごと変えるやら造作もない。矮小な人間ならば喧嘩にもならず雌雄は決するだろうよ」
彼女が吐く一言一句は僕達を不安にするには十分過ぎるものだった。
あの雷霆すら凌ぐ金城鉄壁の鎧、天変地異を起こせる程の能力。彼女の言った通り、僕らのようなちっぽけな人間なんか足元にも及ばないのか。
そのような考えが脳裏を過ぎったとき、マックスさんが口を開いた。
「しかし、倒せる方法はある……でしょう?」
その言葉を聞いた途端、僕の目は悪戯そうな笑みを浮かべる彼女の顔を捉え、「バレたか」と小さく呟く彼女の声を確かに聞いた。
「そこな優男の言う通り、何もできない訳ではない。そも、人間が竜に勝てないなんてことはない。というより、竜を始めとした魔物は人間に対して相性が悪いのだ」
「それは、一体どういう……?」
「解らんか? まあ、当然であろうな。人間は世界で有数の“神に愛された生物”。貴様等の言うところの“神の加護”と言うやつだ。その加護故に、いくら強力な魔物であろうと人間には敵わない。とはいえ、その加護に目覚めておらぬ人間なら一捻りであろうがな」
なるほど分からん。要するに、ライディンの言う“神の加護”とやらがあれば巨巌竜に対して優位に立てるのか?
しかし、“加護に目覚める”とは……? 目覚める条件とかあるのか?
『………そうか、光背か』
「は?」「ろ?」
皇帝陛下の不意の一言に僕とネロが疑問符を付けて返す。
他の人達の反応を見るに、どうやら彼らは理解しているようだ。呆れたような表情でこちらを見つめている。
『レイシャ、二人に説明してやりなさい』
「了解しました。……さて、異世界人であるヒイロくんはともかくとして、ネロ、貴方は理解していなければ駄目でしょう」
「え、これって常識的な話なんですか……?」
「当然でしょう。まったく……光背というのは、その者が持つオーラが可視化、実体化されたもの。伝承によれば、人間の極地に至った者や神の寵愛を受けた者、そして神や天使に準じるものがそれを発現できると云われています。光背はどの方向から見てもその人の反対側に現れます。人によって形や大きさが変わり、大きさはその人の強さ、形はその人の特徴が現れる。特に形はバリエーションが多く、後光から光の輪や白い翼、燃え盛る火焔と様々。中には光背を活用して戦う者もいたとか」
「ええっと……」「つまり……どういうことっすか?」
「…………とても強い人には後光が見える。それが光背です」
「「なるほど〜〜」」
ハモりながら感嘆の声を漏らす。対し、レイシャさんは小さな溜息を漏らしていた。
「……それで、主よ、話を戻して良いのか?」
「ああ、悪い。続けてくれ」
「ったく……。話の腰は折られたが、そこな人間の王の言う通りだ。光背を持つ者には我ら竜を倒す資格がある。我の見立てでは……人間の王と優男が発現済みと見たが、相違ないか?」
「ええ。皇帝陛下と英雄級である私は既に光背を顕現させることは可能です。ですが、陛下は国を束ねる身。この戦いに御尊来になることは叶いますまい。代わりに、私と同じ英雄級であるシャオ・リンはどうか? 彼女なら光背を出せるはずだ」
リンに視線を向ける。彼女は目を瞑り沈黙したまま何も話そうとしない。
マックスさんの言う通り、彼女ならその光背とやらを出していてもおかしくはない。
ユーリ達の話を聞く限り、彼女は亜竜とはいえ厄介な地竜を二体、一撃の下に沈めている。
実力は十分なはず。ならば―――
「申し訳無いけど、私はその光背というものは出せないわ」
彼女の一言によって、僕の予想は瓦解した。
「そのようだな。そこな筋肉女は中々に筋は悪くないが、如何せん経験が足りんようだ。今後に期待、とでも言っておこうか」
「…………どうしても、無理なのか?」
「くどい。主とはいえそう何度も同じ事を言わせるでない。それに、そう簡単に光背を持つ者が現れてたまるか。アレは言わば“人の究極”、真に英雄と呼ばれるべき者しか発現できぬもの。いくら武勇に秀でようと無理なものは無理なのだ」
そう強く言われてしまえば、こちらは閉口するしかない。
当のリンはと言うと、自身の実力は自身がよく知っているのか、その事実を受け入れるように口をへの字に結んでいる。
納得いかないが、彼女が容認するなら僕があれこれ考えるのも意味のないことだろう。
ただ、やはり、胸の辺りに凝りが残る。
「…………とはいえ、先程も言ったように筋は良いようだ。それなりに励めば、まあ、届かずとも真に迫ることはできよう。精進せよ」
背後から不意の一言が飛び込む。
ちらりと振り返ると、慣れぬ激励の言葉を発したライディンがむず痒そうな表情を浮かべていた。彼女なりに気を使ってのことだろう。
激励を受けたリンはというと、余りのことに一瞬呆けた後に、柔和な笑顔を見せる。
「その言葉だけで私には十分です。感謝します、天帝竜」
「ふん、人間に感謝される筋合いはない。我はただ陰鬱な空気を疎ましく思っただけだ」
「ふーん………」
「何だ? 主。そのニヤニヤとした締りのない顔は。何故か知らんが気に食わん。即刻やめよ。…………おい、やめろと言ったのだ。やめろ。おい、やめろ! やめろと……ああクソッ! やはり人間なぞに温情かけるべきではなかった! 優男! さっさと会議の続きを始めろ!!」
あの天帝竜が人間みたく恥ずかしがったり怒ったりする様は中々に愉快だが、このまま続けると本気で怒りかねない。
口惜しいが、作戦会議に戻るとしようか。
「―――さて、話は少し脱線しましたが、現状巨巌竜に真っ向から太刀打ちできる戦力としては私か陛下、そして同じ竜である貴女しかいない。それでいいのですね?」
「いかにも」
「それを考慮して、我々は巨巌竜を倒せますか?」
マックスさんのその一言を聞くと、ライディンは突如として口を噤んでしまった。
目の端で捉えた彼女の顔はひどく真剣であった。それは何か熟考しているようであり、同時に言い淀んでいるようでもあった。
二呼吸ほど置いて、漸く彼女は口を開く。
「そうだな。放っておいても何れは否が応でも知ること。ならばこの際はっきりと言わせてもらおう。光背持ちが一人、英雄級とやらが一人、腕に覚えのある者が十余り一人、有象無象が二万人、そしてこの我。この地に集まる総てを持ってしても、勝てる確率は五割四分がいいとこだな」
ライディンが示した確率はたったの五十四パーセント。彼女を含めてもこの数字だ。
僕達は想像以上に厳しい戦いに挑んでいたのかもしれない。
「やはり、ですか……。そんな予感はしていたが、正面からのぶつかり合いは得策じゃないね。ここは一計二計ほど案じねばならないか。ケイロン、巨巌竜の動向は?」
「はい。それではまず地図をご覧になった方が早いかと」
そう言ってケイロンさんは中央に置かれた机に地図を広げる。
地図はこの野営地付近二百キロ四方を表しており、野営地がある地点には赤い点が打ってあった。
「斥候部隊の情報によると、現在巨巌竜は北西に広がるセルーパ山脈に入ったところだと思われます。奴等は山越えを行う為、会敵するのは早くとも四日前後かかるという計算結果が届いています」
会敵まで四日前後。その間に僕達はあれこれと策を練ることもできるし、特訓に励むこともできる。
そこまで長い期間ではないが何もできない訳ではない。
来る四日後、巨巌竜やそれを操る節制達の襲来に備えるには十分だ。
「……ん? 待て。おい、そこな三白眼」
何か気になることでもあるのか、ライディンは話を割ってケイロンさんに人差し指を突きつける。
「さ、三白眼って俺のことですか?」
「貴様しかおらんだろう。名は何と言ったか……そう、ケイロンだったな。貴様、今“山越えをして四日後”と申したな。それは真か?」
「はい。奴等が通るルートや行進スピードにもよって誤差は半日ほど変わりますが、凡そ四日という解釈で良いかと」
「否! 我が訊きたいのはそういうことではない! ……ああ、クソ。我としたことが失念していた」
一体どうしたんだ? あの天帝竜がこれほどまでに取り乱すなんて……。
『天帝竜殿よ。何か知っているのなら、包み隠さず教えて欲しい。それが巨巌竜に関することなら、特に』
「ええい! 言われずとも解っておるわ! 良いか、よく聴け。これが我の杞憂なら良いのだが、もしやすると―――」
「し、失礼します! だ、団長に、ご報告が!」
突如、部屋の入り口から声が飛び込む。
そちらを向くと、小太りの男が肩で大きく息をしながら立っていた。
「何だ貴様は!? 今は我が話をしていたであろう! 消し炭にでもなりたいのか!!」
「お、落ち着いて下さい天帝竜殿! 彼は見張り役の人間、何か巨巌竜に繋がるものを発見したのでしょう。先ずは彼の話だけでも……!」
バチバチと口から電撃を漏らすライディン。
マックスさんはそれを精一杯宥め、再び怒らない内に報告を、と視線で合図を送る。
その意を解した小太りの男は未だ息の上がる中、報告を行う。
「お、恐れながら。先程巨巌竜を監視していた斥候部隊から非常用の伝言鸚鵡が遣わされました。その内容によると、巨巌竜は山を割りながらこちら接近中! 予定より早い会敵が予想されます!」
その報告を聞いた途端、場が凍り付いたことを肌で感じた。そして少し遅れてどよめきが追いかけるように起こった。
それは残り時間が少なくなったことによるものなのか、それとも山を割るという巨巌竜の神話への感心によるものなのか。否、恐らくは両方だろう。
歴戦の戦士や大国の帝王でさえ戸惑う事態だ。そんな中、自称一般人である僕は既に考えることを放棄しかけていた。
しかし、お飾りとなろうとしていた僕の脳は自身の耳から送られてきた信号を確かに受け取った。
「ああ、やはりか………!」
「ら、ライディン。もしかして、お前が懸念していた事って……」
「このことだ。先程も言っただろう。彼奴は地形を変えるなぞ造作もない、と。彼奴にとって道を阻む大山脈など足止めにもなりはしない」
数万、数億の歴史を積み重ね漸く成った大地も、巨巌竜は一日もかけずにいとも容易く変えてみせるというのか。正に魔法だ。
いや、それよりもだ。このことによって決戦の日が大幅に早まったはずだ。そっちはどうなったんだ……!?
「おい! この事は計測班に報告したのか!?」とディカプラさんが叫び気味に小太りの男に問いかける。
「い、いえ、まだです」
「バカヤロウッ!! それじゃあ何時巨巌竜が来るかわかんねえだろうが! 今すぐ報告行ってこい!!」
「は、ハイッッ!!」
小太りの男が踵を返し、部屋を出ようとする。
その時、丁度入室しようとしていた年若い男性の騎士と正面から衝突する。
圧倒的な質量差故に年若い青年は尻餅をついてしまった。
「ツツッ………痛ってーなぁ! しっかり前を見やがれってんだ!」
「す、すみません! しかし、マックス騎士団長に報告が!」
「今はそれどころの話じゃねえんだよ! こちとら巨巌竜が何時来るか分からなくて大変だってのに―――」
「その話で報告があるんです!!」
彼の一言を聞いたその瞬間、散り散りになっていた皆の意識が一点に集中する。
青年は小太りの男を押し退け、キレイな敬礼をして報告を行った。
「計測班からの報告です! 巨巌竜急速接近における再計算の結果、目標は今から約二十二時間後、翌日一○一五にセルーパ山脈を通過。その後に我が部隊と接触するものと思われます!!」
「……残り、二十二時間……」
誰かがそう呟いた。
二十二時間。一日弱。それが僕らに残された猶予だ。
余りに、余りにも短すぎるその猶予。その間に僕らは戦いの準備を万端にしておかなければならない。
そう思っていたのだが―――
「なんだ。まだ一日近く余裕があんのか」
「それなら問題ないですね」
「よくよく考えてみれば、山を割ってショートカットしたところで足が速くなったわけでもなし。心配するだけ無駄だったな」
聖十二騎士の面々は何食わぬ顔で会議に戻ろうとしていた。
彼ら以外の人物、僕と報告に来た二人はというとその状況に愕然として、少しの間放心していた。
「そこの二人。君達はこの事を野営地に集合している全ての兵に伝えてきてくれ。加えて、早急に戦闘の準備をせよとも言っておいてくれ」
「「は、ハイ!!」」
マックス団長の命令を受け、呆然としていた二人は足早に部屋から退出する。
その後に彼は漸く僕の目が点になっていることに気付いた。
「ん? どうしたんだい、ヒイロくん。そんな豆が鳩鉄砲を食べたような顔して」
「鳩が豆鉄砲を食らった、です。いやそんなことより、え? なんで皆さんそんな平常心を保っていられるんです? あと一日もせずに巨巌竜が来るんですよ? もっと、こう…焦るとかないんですか!?」
「そんなこと言われてもねぇ……。私達は野営地に着いた時から既に戦闘する気概は十分なんだ。私達はスポーツ選手なんかじゃなく、あくまで“騎士”だからね。何時如何なる時でも剣を抜けるようにしておかなければならない」
その台詞に僕は再び唖然とする。しかし、今度は驚愕から来るものではなく、感心から来る唖然だった。
そうだ、彼らは戦闘のプロ。温室と化した現代社会で育てられた僕とは違い、彼らは中世動乱の時代に生きた者達だ。
当然、常に戦える心構えくらいあるのだろう。
『さて……巨巌竜の接近が早まったとはいえ、我々のやることは変わらない。正攻法による制圧がほぼ不可能と考えると、どうやって止めるべきか……』
「アル。その事についてなんだが、一つ提案がある」
そう言って手を上げたのはディカプラさんだった。
『なんだキッド? 言ってみよ』
「そんなら遠慮なく。まず報告に上げた魔道具について覚えているか?」
「“貪食の紐”のことですかぁ? 確か、どのような生物でも支配下におけるとかぁ。巨巌竜もその術中に嵌っているんでしたよねぇ」
「ああ。それで提案というのは、俺等がその貪食の紐をぶん取っちまおうという話だ。騎士団が巨巌竜を食い止めている内に誰かが節制と対峙。奴を倒すまで行かなくとも、鞭さえ取り上げれば巨巌竜は正気に戻るはずだ」
「少し待ってください。まずそもそもの前提として、その鞭を奪取した所で巨巌竜が止まる保証はありません。それに、誰を節制とぶつけるかも問題です。下手な相手なら失敗する可能性も―――」
「私がやります」
誰かが名乗り出た。その声の主を探して辺りを見回す。
その場にいる誰もが一点を見つめる。皇帝陛下も騎士団長も天帝竜も、ある一人を見つめている。そのお陰で先程の声の主が判明した。
その人物とは―――
「……え? 僕?」
ほとほと理解し難い答えであったが、周りの反応を見るに間違ってはいないようだ。
混乱した頭をできうる限り正常に動かし、取り敢えず否定だけでもしようという判断に至った頃には時既に遅し。自身の口を動かすより早く副団長のアストさんに問い質される。
「君、それは本気で言っているのか!? そこそこの修羅場を潜ってきたようだが、流石に驕りすぎだ! この世界に来て二ヶ月足らずの一般人がどうにかできるほど世の中は甘くないんだぞ!」
僕を心配してのことだと理解できるが、この言われようはあまりにも酷い。僕の硝子の心に軽くヒビが入ってしまいそうだ。
そこまで乗り気でもなかったが、こうまで言われると『はい、そうですね』と引き下がるのも何だか癪だ。
「いいえ! やらせてもらいます! まず節制とは何かと因縁があります。それに鞭を奪うだけでいいんですよね? なら僕にもできます!」
「しかし……!」
「まあまあ、アスト。彼がここまで言っているんだ。やらせてあげよう。それに彼の爆発力は目を見張るものだ。必ずやってくれるよ」
「団長……。いや、でも……」
「私を信じてくれ。私が今まで一度でも判断を誤ったことがあったか?」
「……分かりました。それでは、貪食の紐奪取の任務をセンダ・ヒイロに任せます。……あまり無理はしないで下さいね」
…………うん。感情と勢いに任せて啖呵を切ったのは良いものの、後戻りできない状況に陥ってしまったな。
今更断ることなんて僕にはできない。……腹、括るか……。
「……はい、任せてください……」
後でライディンに聞いたが、その時の僕の表情は何とも言えない物だったらしい。
―――その後、会議は滞りなく進み、今出来る万全の準備は完了した。あとは英気を養うようにと、僕だけ一足先に返された次第だ。
今はライディンと連れ立って、僕が休む予定のテントへと足を進ませている。
流石は天帝竜という所か、すれ違う人々全員の視線がこちらに集まっくるのを感じる。
既に彼女が竜であることは周知の事実のようだ。加えて、人の姿のライディンは誰もが見惚れるほど造形が良い。それも注目を集める要因足り得るのだろう。どうでも良いが、目立つのは本当に嫌だ。
まあ、それよりも……
(紅蓮。さっきの声、お前がやったんだろう)
〔……いやいや。まさかぁ。ソンナワケナイジャナイカ〕
(棒読みになってんぞ)
〔……………バレたか……〕
自身の意識のうちに集中し、僕の中に潜む彼に問い掛ける。
まさかとは思ったが、本当にコイツが僕の口を動かしていたのか。
〔確かに勝手に喋ったのは悪かったが、君にとっても悪い話ではないだろう? 奴とは浅からぬ因縁だと自分でも言っていたじゃないか〕
(まあ、そうだけどさ……。副団長が言っていたように僕はただの一般人だ。今まで多くの強敵と戦って生き残ってきたけど、それはお前の力によるものだ。僕なんかが任務を果たせられるとは思えない)
〔なら私が再び助力しよう。心配することはない。それに私達は文字通り一心同体だ。困ったときはお互い様、だろ?〕
(……ああ。頼りにしてるよ、紅蓮)
〔存分に頼るが良い、我が友よ〕
とは言ったものの、今度の戦いは個人間の“戦闘”ではなく、言うなれば一つの“戦争”だ。影魔導を持ってしてもどうにもならないかもしれない。
やはり今回も鬼人モードを使うしかないのか………。
「―――おい、主。何を呆けておる。主のテントはこっちだ」
ライディンの呼び掛けにより僕は意識を取り戻す。
後ろを振り返ると腕を組み呆れた顔で僕を見つめる彼女の姿があった。
「え? ああ、ごめん。少し考え事をしていた」
「まったく、しっかりせよ。腐っても貴様は我の主だ。恥をかかせるような真似だけはするなよ」
「だからごめんってば」
「それは兎も角、疾くテントへと入れ。そこでずっと突っ立っている訳にもいかないであろう?」
「うん、そうだな」
数歩戻ってテントの前に立つ。
いざテントを開けようとすると、中から人の声が聞こえてきた。声が小さいため話の内容や話している人物、人数ははっきりと分からない。
いや、それよりも気にすべき事は僕のテントの中に何者かが侵入したという事実だ。
「ライディン、気を引き締めろ」
「んあ? 何か知らんが承った」
腰に携えているグラディウスに右手を掛け、左手を入り口の方に持っていく。
唾を飲み込む。息を吸い、吐く。そして入り口にかかった垂れ幕を掴み、バッと開いた―――!
「最終戦争“審判の日”を発動!! こっちの手札には救世主がいるから無条件に生存決定!! 全員手札を捨てダイスを振り、一の目以外が出た者はアウトとなる!!」
「キュキュイッ!!?〔ここでかッ!!?〕」
「クッソ!! 最後の最後でとんでもねえ隠し玉を持って来やがったコイツ!!」
「流石はユーリ様! この土壇場で最終戦争を発動させるとは……!! これでアリスが築き上げた無敵の千年王国も水の泡です!!」
「クッ……! でも一を出せば依然アタシが有利!! そしたらアナタは負け確よ!!!」
「ならダイスを振れ!! 僕は恐れない!! 最後に勝つのはこの僕……正義の味方だ!!」
「おおぉおのぉぉおぉれぇぇええええっっ!!!」
テントの中には仲良くボードゲームだかカードゲームだかどっちともつかない遊戯に興じているユーリ一行の姿があった。
……………え? なにこれ?
「あの……何をしてらっしゃるのですか皆さん?」
「あ! ヒロ! 会議やっと終わったんたんだね」
「何をって、見たら分かんだろ。ミソロジーキングダムだよ」
「折角ヒロが目を覚ましたと聞いて飛んできたのに、すぐに会議に行ってしまいましたからね。貴方が帰ってくるまでの間、暇潰しにと遊んでいたところです」
「ウウッ………アタシの千年王国………あとちょっとで勝てたのに……………」
「キュイキュイ〔お前はよくやったよ〕」
巨巌竜が迫ってきているのにこの緊張感のない雰囲気は一体何なのだ。
……とはいえ、この普段と変わらない空気は心地良い。自然と心の中から凝りが追い出されていく気さえする。
「ごめん、待たせた」
「本当にね。……何日待ったと思ってんのさ」
ユーリがボソリと呟く。その声は、その顔は憂いに満ちたものだった。
ああ……、そうか。彼女達は僕が五日も眠っている間、ずっと僕が目を覚ますのを待っていたんだ。その間、ずっと心配してくれていたんだ。僕なんかを心配してくれたんだ。
それは随分と申し訳ないことをした。
「……ごめん。そして、ありがとう」
「気にすんなよ。お前が厄介事に巻き込まれるなんていつもの事だろ?」
「うっ……確かに」
言われてみれば、この世界に来てから面倒な事ばかりに巻き込まれるな。
前の世界でも下らない奴と事に巻き込まれていたし、僕はそういう星の下に生まれてきたのかもしれない。そうであればもう受け入れるしかないか……。
「そういえば、話は変わるけど巨巌竜の接近が早まったって本当なの?」
「うん。間違いない。聞いたと思うけど奴は明日の十時過ぎに山脈を抜ける。マックスさんから詳細は伝えられるらしいけど、僕達の出発は朝の九時。馬に騎乗して山脈まで向かう手筈だ」
「出発まであと二十時間か……。よし! それまで特訓でもするか!」
「賛成さんせー!」
体育会系二人は既に特訓することを決めて行動しようとしている。残りの二人もいつもの事と割り切ってついていこうとしている。僕はと言うと、賛成という感情が半分、仕方ないと思う感情が半分と言った所か。
まあ、どのみち体を動かすことは決定だろう。
そう思いながらゴウラ達の後を追い部屋から出ようとする。
「ああ、そうだ主。特訓すると言うなら、一つ、教授させてやることがある」
「?」
天帝竜本人から僕に……? 一体何だ?
緊張で身体を強張らせながら、恐る恐る彼女に訊いてみる。
「教授って……何を?」
「そう身構えるな。なに、大したことでもない。ただ我が主として最低限の技術は体得してもらおうと思ってな」
「最低限の技術……?」
「うむ。竜石保持者としての最低限の技術、竜の力を扱う術だ」
作中に出てきた光背ですが、仏教、キリスト教、果てはイスラム教にも同じ概念があるようです。
やっぱすごい人には後光くらい見えるもんなんですねぇ。




