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村人Aの異世界叙事詩  作者: ユッケ=ビビンバ
第三章 災いの詩〜双竜覚醒編〜
47/120

第47話 巨巌震動

初めての方、はじめまして。

久々の方、お久しぶりです。

二週間ぶりの更新です。二週間分の内容です。

途中で分ければ良かったと後悔してます。

なんか変なテンションですが、構わずどうぞ。

「―――――撃てぇえーーーッッ!!!」


 掛け声とともに轟音が重なって響く。放たれた砲弾やバリスタの矢、燃え盛る炎の球が空を駆け、巨巌竜に降り注ぐ。

 一個中隊の騎馬兵どもなら余裕で殲滅しうる鉄と炎の雨。しかし、超弩級戦艦並みの巨躯を有する巨巌竜にはこんな攻撃、毛ほども効いていない。

 巨巌竜は依然涼しい顔をして行進を続ける。


「……想定はしていたが、ここまでとはな」


 城の塔の最上階に佇む男がそう呟く。その男、ケイロンは双眼鏡を目から離し、隣の初老の男に話しかける。


「どうですか? キッドさん。あのデカブツの弱点は見つかりそうですか?」

「いや、まだもう少しだけかかりそうだ。なんせあんだけ距離がある。それに双眼鏡越しじゃヤツの機微な動きなんて分かりづらい」


 そうキッドことディカプラが答える。彼はまっすぐと双眼鏡の中の巨巌竜を睨んでいる。


 ここでこの作戦の鍵を握る彼の能力アビリティ、磨羯宮カルロ・ディカプラの固有能力ユニークアビリティを説明しておいた方が良いだろう。

 彼の能力、それは“異常な程の洞察力と観察力”である。彼にかかれば、物事の表面も隠された裏側も全て見透かされてしまうのだ。

 この能力は戦闘でも活かされる。彼が能力を用いれば、相手の些細な動作、行動、言動から弱点ウィークポイントを導き出せる。

 この世のどのような生物であろうと、弱点なるものは存在し、そのサインは否が応でも顕れる。それは竜とて同じことだ。


(つっても、ヤツからは全くと言っていいほど弱点のサインが見当たらねえ。まるで完璧な機械だ。こりゃあ手こずりそうだな……)


 再び大砲の音が鳴り響く。砲弾は見事巨巌竜に当たり爆炎を発生させる。

 しかし、巨巌竜はこれをものともせず、また一歩足を踏み出す。



 ――――――――――



 所変わって、巨巌竜の足元。そこにはレイシャ・ディカプラが率いる白兵部隊が居た。


「動くぞぉぉおーーー!! 離れろぉおーーーッッ!!」


 誰かがそう叫ぶ。その掛け声に合わせ、巨巌竜の前脚に群がっていた人間共は蜘蛛の子を散らすかのように巨巌竜から距離を取る。

 すると大地から生えた巨大樹のような脚がどんどんと空中へ持ち上がっていく。

 持ち上げられた巨脚は数十メートル先まで動き、再び地へと降りる。同時に地面が揺らぐ。

 地震と間違えるかのような縦揺れ。付近にいた者はただ立つことすら許されず、その体に土をつける。


 まるで象と蟻のような圧倒的な体格差。誰の目から見ても勝ち目など無いも同然。

 しかし、人間達は諦めず巨巌竜へと向かっていく。勇気こそ人間の矜持、そう言わんばかりに。



「ゥゥウウオオォォオルァァアアア!!!!!」


 雄叫びを上げながらゴウラは持ち前の馬鹿力で大剣を振り回し、渾身の力で巨巌竜の脚にぶつける。

 だが、その一撃も岩盤のような鱗の前にあっさりと跳ね返される。


「「合成魔導“灼焔螺旋槍クリメイティングランス”!!」」


 ユーリの風魔導とアリスの炎魔術が合わさり混ざり合い、巨大な炎の突撃槍へと姿を変え、脚を突く。

 だがこれも、表面を軽く炙るのみで大したダメージとはならなかった。


「いくら何でも硬すぎんだろ!? 鋼鉄でできてんのか!!?」

「まあ、当然といえば当然ね。これほどまでの巨体を支えるには並大抵の硬度じゃ実現できないわ。鋼鉄以上の硬度を誇る外骨格を持っていてもおかしくない」

「冷静に分析してる場合じゃないでしょ!! それってまともな攻撃じゃろくに通じないってことじゃん!?」

「それにこの巨躯、軽く動くだけでもワタクシ達にとっては恐るべき攻撃になります。皆様、出来うる限りの支援は致しますが、どうか十分に気を付けてください!」


 クリスの補助バフを受け、三人は再び巨巌竜に立ち向かう。



 群がる騎士やハンターに混じり、黒い影が巨巌竜の脚に攻撃する。

 だが、言わずもがな、このようなチャチな攻撃など効くはずもなかった。


(予想はしてたけど……かってえ!!)

〔天帝竜、獄炎竜ともに壮絶な固さを誇っていたが、この巨巌竜は別格だな〕

黒漆甲クロウルシノカブトの補助ありでも全く効果無し。これは鬼人モードを使っても意味ないだろうな)

〔君にしては賢明な判断だな、ヒロ。さて、通常攻撃はほぼ無効。このような相手に君はどうする?〕

(………何もしない(・・・・・)

〔然り。それが最善の一手だ。仮令いくら敵が強大であろうと、機を伺い力を蓄え、そして敵が作る僅かな隙きを突けば崩せぬものなど無い〕


 その時、戦場にいる全ての戦士達の頭の中に男の声が響く。


〔総員に告ぐ! 巨巌竜の弱点は“左前脚肘部”である! 砲撃部隊、及び魔術・魔導を扱う者は肘部に集中せよ!!〕

(〔来た!!)〕



 ――――――――――



「―――繰り返す! 左前脚肘部を狙えッ! 白兵部隊は予定通り配置につけ! 遠慮はいらん! 持ちうる全てを動員させろッ!!」


 塔の上ではケイロンが左手の中にあるトランシーバのような魔道具マジックアイテムに向かって叫び続けていた。

 一通り命令を下すと、ケイロンは魔道具を口元から離し隣のディカプラに目を向ける。


「一応確認しますが、これでいいんですね? キッドさん」

「ああ。奴は僅かにだが、体の軸が左にブレている。加え、奴は四足歩行の割に後脚と比べ前脚が細く短い。微妙に前傾姿勢になってんだ。つまり左前脚には他の脚より体重が掛かっている」

「その左前脚、特に関節部を集中して攻撃すれば、巨巌竜のバランスを崩せる、という訳ですか」

「その通りだ。つっても大砲や魔法だけでは心許無いがな。だからその後は頼むぜ、ケイロン」

「承知しています。既にこちらの準備は整っていますので」


 そう言って後ろに目をやると、彼の部下である二人の騎士、ジャンとライアが白銀に輝く突撃槍ランスと大盾を携えていた。


「ほう、かねがね噂で聞いていたが、本物は初めて見るな。それが例の“帝国最強の一撃”か」

「そう言われるのもおこがましいものですけれどね。威力だけは保証しますよ」

「十分だ。お前は俺が合図するその時まで待機してろ」

「了解しました」


 ケイロンの返答に満足げな顔で応えると、ディカプラは『さて、と』と小さく零し、外套の内ポケットからまた別の通信魔道具を取り出す。


「あーあー。聞こえるか、エラ。応答せよ」

『こちらエラ。聞こえているのですよー』

「さっきの念話は届いているな? お前が率いる砲撃部隊はヤツの左肘を狙え。砲撃部隊の指揮なんざ、つまんねえだろうが重要な仕事だ。しっかりやれよ」

『ハイハイ、了解なのです。そんなに言わなくとも分かっているのですよ。それに、仕事はキッチリこなすタイプなのですよ、私は』

「そうだったな。そんじゃ、あとは任せた」

『任されたのです』



 ――――――――――



 巨巌竜前方、約二百メートル。そこには攻城砲シージカノン大型弩砲バリスタ投石機カタパルトなど多くの攻城兵器が弧を描くように配置されていた。

 その中央付近に彼女の小さな背中はあった。


「まったく、キッドちゃんは心配性なのですね。それはまあいいとして………テメエ等ァッ!! さっさとこけおどし用の榴弾から徹甲弾へ換えやがれッ!!」

「「「ハイ!」」」

「それと温めておいた他の火砲も全て出せッ! バリスタにも徹甲用の鏃を装填しとけッ! あとはカタパルトだが……まあ、うん、そのまま攻撃し続けろッ!」

「「「ハイィッ!!」」」


 現場はエラの指示に従う騎士達が忙しなく砲撃の準備をしている。

 彼らは数百キロにも及ぶ砲弾や巨大な鏃を運んでは、用意してある大砲やバリスタに装填していく。

 しかし、ケイロンの指示から二分もしない内に、その喧騒は収まりを見せ始めた。


「アンジェラ南方部隊長! 攻城砲及びバリスタの装填が完了しました!」

「よぉし。なら次は目標に向け仰角を合わせな! 外した奴らは俺がケツの穴に鉛玉をぶち込んでやるッ!!」

「は、ハッ!!」


 エラの指示に合わせ、砲口が巨巌竜の肘に向けられる。

 攻城砲四十八門。バリスタ二十七基。投石機十一台。計八十六の攻城兵器全ての矛先が巨巌竜へと向き、火を吹くのをまだかまだかと待ち構えている。

 そして今、その火蓋が切られる。


「……第一砲撃部隊、斉射! 撃てぇええーーーッッ!!!」


 エラの一声によって砲弾が一気に射出される。

 飛び出した砲弾の弾幕は巨巌竜の肘の一点へと収束しながら、目にも留まらぬ速さで迫っていく。

 そして、弾着。地鳴りような重く低い音を立てながら、土煙が肘を覆う。


 しかし………巨巌竜の行進は止まらない。


「ダメです!! 全く効いていません!!」

「見たら解る!! それより次弾装填しておけ!! 第二砲撃部隊、てぇぇえーーーッ!!」


 再び砲撃。だがこれも効果が薄い。


「隊長!!」

「くどい!! 第三砲撃部隊、撃てッ!!」


 三度目の砲撃、そして弾着。依然巨巌竜は涼しい顔をしていた。

 砲撃部隊に絶望の色が滲み始める。現時点で集められるだけの火力をもってしても、巨巌竜にダメージを与えることはできないのか。

 その場に居る者の脳裏に諦念の二文字が浮かぶ。

 巨巌竜は彼らの気の持ちようなど露知らず、一歩踏み出した。その時―――



「――――――ォォ―――――」


 沈黙を守っていた巨巌竜が呻く。心なしか、ほんの少しだけ傾いているようにも見える。


「キッドちゃん!」

『ああ、お前の思っている通りだよ。奴にダメージは通っている。だから……』

「テメエ等!! 撃ちまくれッッ!!」


 エラの合図により、堰き止められていた打ち水のように、砲弾が雨霰と打ち出されていく。

 圧倒的な物量と質量の弾幕が巨巌竜の肘へ集まっていく。

 これには岩盤が如し皮膚を持つ巨巌竜も、先程より大きな呻き声を上げる他無かった。


「っシャアァ!! 効いてるぞ! もっとだ! もっと撃ち込めッ!!」

「「「イエス、マムッッ!!!」」」


 先程の雰囲気はどこへやら。まるで水を得た魚のように勢いづき始める。

 実質、風は騎士団の方に向き始めた。



 ――――――――――



「おーおー、エラのやつ派手にやりやがるな」

「まあ良いではないですか。彼女は役割をよく果たしています」

「そうだな。んじゃ、お前にもしっかり役目を果たしてもらおうか、ケイロン」

「はい、お任せください」


 馬を模した鎧を着込み、左手に突撃槍、右手に大盾を装備したケイロンが応える。

 彼はガシャガシャと音を立てながら塔の端へと歩んでいく。


「良いか? 合図は俺が出す。お前はそれに合わせて撃て」

「分かっています。我が名にかけて、必ずや成功させてみせます」

「その言葉を聞けりゃ十分だ。さ、今のうちに準備してな」

「了解」


 ケイロンはハンドルを回すかのように、大盾の持ち手を縦から横へ変える。

 すると、大盾は子供向けの変形玩具よろしく身の丈を超す大弓へと変形する。

 彼はその弓に左手の突撃槍をつがえる。



 ケイロン・エイジャックスが放つ帝国最強の一撃のスキル “一角一閃サーロスモノケロース

 これは突撃槍と大弓という超弩級の弓矢によって放たれる正に必殺の奥義である。

 限界まで張り詰めた弦から放たれる大質量の矢は、人間相手ならば当たれば絶殺、掠っても重傷は必至。帝国最強の一撃の名に相応しい威力を誇る。


 だが、絶大な威力の技には当然相応の代償や制限がつきものだ。

 この奥義が何故ケイロンにしか使えないのか。それは弦が堅すぎるが故である。

 馬上で構えるはずの突撃槍を打ち出すため、そして何より絶大な威力を発揮するため、この大弓の弦の堅さは鉄線に等しい。

 そんな化物じみた大弓を引けるのは、聖十二騎士ゾディアックの中でもケイロンを含め三人。その中でも弓術に秀でているのはケイロンのみ。

 故に、この大技は彼にしか扱えないのだ。

 加え、この弓矢は特注品。一度打ち出せば二度はない。正に奥の手なのだ。



 キリキリと音を立てて弓が引かれていく。

 可能な限り引き絞ったその姿はまるで完璧な彫像のように非の打ち所など無く、一ミリたりとも揺るがない。


 遠くから砲撃音と地響きが聞こえる。地響きの原因、巨巌竜は砲撃を一身に受けながらも歩みを止めようとはしない。

 しかし流石の巨巌竜と言えど、ここまで砲撃を受けて平然としていられるほど我慢強くも無いだろう。

 いつか必ず耐えかねる時が来る。その時が好機だ。


 そして、その時は意外にも早く来た。



 巨巌竜が左腕を地に降ろす。その瞬間、奴はあからさまに苦しむような呻き声を上げ、体勢を大きく崩す。

 この機会、当然彼らにとって逃す手はない。


「ケイロンッ!!」

「分かっていますッ!!」


 ケイロンは弓に更に力を込め、弦を引く。集中に集中を重ね、これに挑む。

 狙うは一点、巨巌竜の肘。外せば後はない。作戦遂行のためには、失敗は絶対に許されない。

 さて、準備は十分。今、帝国最強の一撃が光る時。


「喰らえ。スキル“一角サーロス………」

「させませんよ。人馬宮の騎士」


 突如、誰も居なかったはずのケイロンとディカプラの間から聞き覚えのない女性の声が響く。

 そのことに気付くが早いか、声の主であるピエロの仮面を付けた女がケイロンを襲う。

 いや、明確には襲ったわけではない。彼女はケイロンが構える大弓を軽く蹴っただけである。しかし、それでも“妨害”としては十分である。


 狙いのズレた矢はそのまま打ち出され、巨巌竜に掠ることなく、遥か後方の地面に大穴を穿つ。

 開けられた大穴。未だ歩みを止めぬ巨巌竜。これらは暗に“作戦の失敗”を指し示していた。


「流石“帝国最強の一撃”と謳われるだけはありますね。あんなものを受けてはグラン・ガイアスもどうなっていたことやら」

「テメエッ! 何者だッ!?」

「これは、紹介が遅れましたね。でもご心配無く。これから我らが座長から直々に紹介なさいますので、少々お待ちを」


 ふざけるな、と憤慨ともに抗議しようとディカプラが口を開いたその瞬間、突然大きな声が周辺に轟き響く。


『レッディィイイイーーーーセンッ! ジェントルメェェエエエンッッッ!!! ボォゥイズ、エン、ガァールズッッ!! ようこソ、一世一代の大殺戮ショーヘッッ!!』



 ――――――――――



 巨巌竜の足元の大草原にもその声は響く。

 当然その場にいるヒロ達の耳にもそれは届いている。


(この声は……!?)

〔ああ、間違いない。奴だ〕


『ワタシは七つの美徳の一人にしテ、この狂気的で享楽的なサーカス団の座長! 名を“節制の徳(テンパランス)”と申しまス! 以後お見知り置きヲ』


 声の主、節制テンパランスは高々と名乗りを上げる。まるで我に敵無しと言わんばかりに。


「おい、ヒロ。節制って……」

「アイツしかいないだろ。あんにゃろう、裏で手を引いていたのは知っていたけど、まさか先頭に立っていたとはな」

「これで全てつながるわね。予想はできていたけど、節制が作っていた竜をも操れる鞭(グレイプニール)の存在も巨巌竜の突然の覚醒も、全てはこのため……!」


 彼らの心の中で渦巻く感情などに構わず、姿の見えない節制はお客を楽しませるピエロの調子で話を続ける。


『まず一つ目の演目ハ、我らが期待の新人ニューフェース……巨巌竜グラン・ガイアスによる“城崩し”で御座いまス!!』

「「「「「!!!!!」」」」」


 巨巌竜がその大きな口を開く。開いた口の前に塵が集まっていく。

 塵積もりて山となるという諺を体現するかのように、塵は形を成し大岩へと変化する。

 塵を集めながら岩は更に大きさを増していく。

 遂には巨巌竜の巨大な頭部の三分の二程の大岩になった。


『さア、見せてやりなさイ。超位魔導“巨人殺しの大岩(ジャイアントキリング)”』


 今、大岩が撃ち出される。大質量の岩の塊は一筋の流星のように空を駆ける。

 次の瞬間、背後から轟音が響く。それが何を意味するかは見ずともわかる。

 しかし、彼は振り返ってしまった。振り返らずを得なかった。そこに惨劇がある事は理解していたのに。


 大岩を撃ち込まれた城郭都市は半壊していた。丁度町の南半分がミサイルでも落ちたかのように、跡形も無く吹き飛んでいたのだ。

 岩の大きさに対する被害の大きさから、それがどれほど高速で撃ち出されたかは想像に難くない。

 混乱する人々の声が雑音となる中、一人の声が響く。


『いやはヤ、これは凄まじいですネ。普段はこれほどまでの過剰な力は毛嫌いしていますガ、此度ばかりは興奮を抑えきれそうにありませン。……過ぎたるは猶悪が如シ。これを何発も撃てバ、我々の勝利は間違いないのですガ、それではアチラが可哀想というもノ。そういう訳デ、あとはお任せしますヨ、皆さン』


 節制がそう言ったかと思うと、次は砲撃部隊の方が騒がしさをみせる。

 白兵部隊が何事かと慌てふためく中、通信が入ってきた。


『……ザ…ザザ………こ…ら……撃部隊! 現在謎のピエロの集団に攻撃されている! 応援を求む! 繰り返す! こちら砲撃部た……グアァッ!!』


 パニック系の映画さながらの通信。これを聞いて呑気でいられる間抜けはこの世にいないだろう。


『白兵部隊三班、五班、六班は砲撃部隊の支援に向かって下さい! 残りの人達は待機です! まだ作戦は完全に終わった訳ではありません! 引き続き警戒を怠らないで!』


 白兵部隊を指揮するレイシャから連絡が入る。

 これによりパニックに陥っていた白兵部隊はほんの少しだけ落ち着きを取り戻した。


 しかし、戦場は未だ混沌めいている。

 巨巌竜が投じた一石は、その名の通り番狂わせ(ジャイアントキリング)を引き起こした。



 ――――――――――



 半壊した町の中、本拠地である城本体は辛うじて形を保っていた。

 その塔の上で銃声が響いた。


「チッ! チョロチョロと動き回りやがってウザってえ!!」

「それは女性に対してどうかと思いますよ、磨羯宮の騎士」

「ならさっきから急所を切りつけようとすんのは止めてくんねえかな!?」


 そこでは愛用の拳銃リボルバーを片手にディカプラが謎のピエロ女と戦闘を行っていた。


 女は女豹が如き身のこなしでグングンとディカプラとの距離を縮める。

 遠距離武器を得意とする彼にとって懐に潜り込まれるのはなんとしてでも避けたいところ。ディカプラは二発の銃弾を発射する。

 しかし、女は尋常ならざる身のこなしでこれを避ける。

 咄嗟の攻撃を避けられたディカプラは敢えなく懐に潜り込まれ、その喉元に短剣を突き立てられる。


「クッ………!」

「……貴方、意外と紳士なのですね。先程から急所とならない肩や脚ばかり狙っているでしょう?」

「生憎と、情報を得られる相手をうっかり殺しちまうようなボンクラではないんでね」

「雄弁ですね。しかし、これで詰み(チェック)です、磨羯宮の騎士」

「ああ、そうかい。ならそう勝手に思ってな!」


 ディカプラは元より仰け反っていた体を更に仰け反らせる。その勢いを利用し、女の顎に鋭いサマーソルトを喰らわせた。


「ウグゥッ!!」

「銃だけが攻撃手段と侮ったな、マヌケがッ!!」

「女性の顔に蹴りを入れるなんて……! 先程の発言を撤回させて頂きます。貴方は男の風上にも置けない!」

「残念だが、シリアルキラーに対する騎士道なんざ持ち合わせてないんでね。……で、どうする? 降参するなら今のうちだぜ?」


 形勢逆転だ。今度は女が銃口を向けられ行動を牽制されている。


「面白げもねえ決まり文句だが言わせてもらうぜ。武器を捨て、手を頭の後ろで交差させて腹這いになれ」

「……口惜しいですが、従うしかないようですね。まずは武器の放棄からでよかったですか?」

「嫌に従順じゃねえか。そうだ、俺に見えるように持ち上げて、ゆっくりとその手を放せ。妙な気は起こすなよ。俺はテメエの筋肉の機微な動きすら見逃さねえ。テメエが余計なことをしようとした瞬間、眉間に風穴が開くと思いな」


 女は言われるがまま両手の短剣を頭の横まで掲げ、小指からゆっくりと放していく。

 そして今、短剣は手から離れ、重力に任せ地に落ちていく。


 ―――だが、彼女はそこまで素直ではなかったようだ。

 短剣が地につく瞬間、女は大きく屈み回し蹴りで短剣を蹴り上げた。

 この不意打ちにディカプラは自前の拳銃で短剣の一本を弾くが、もう一本が彼の肩に刺さった。


「クソッ! 手こずらせんな!」


 拳銃に残った銃弾を全て撃ち尽くす。しかし、体勢を立て直したピエロの面の女には当たるはずもなかった。

 彼女はどこからか取り出した新たな短剣を手に再び距離を縮めようと駆ける。対しディカプラはリロードのため弾倉から薬莢を排出していた。

 近接戦に持ち込まれる。女の素早いナイフ捌きにディカプラは硬化で強化した足技で対応する。

 短剣の刺突を紙一重で躱しつつ的確に一個ずつ丁寧に弾を装填していく。恐ろしいまでの集中力に感嘆している間に装填は完了する。

 目で追うのもやっとな高速の応酬が繰り広げられる。



 その場から少し離れた所に三人の騎士はいた。


「……すげぇ。これが聖十二騎士ゾディアックの実力……! じゃなくて、俺らもディカプラ隊長の手助けをしなければ!」

「よせ、ジャン。お前があの中に入ったところで、差し出した手がキッドさんの足を掴むことになる。それよりジャン、ライア、二人共“アレ”を持ってきてくれ」

「アレって……まさか、まだ続けるおつもりで!?」

「当然だ。我々の目的は遂行されていない。騎士たるもの一度心に誓いを立てたなら、決して違えることなかれ、だ。お前たちも騎士であるならば、後は言わなくても分かるな?」

「「………了解!!」」


 ケイロンの命令を承った二人は階段から下層へ通りていく。

 残された彼は助太刀もできず、ただ成り行きを見守るほかなかった。


 ふと、巨巌竜が佇む西の大地に目をやる。

 巨巌竜は歩行のスピードを緩めることなく、まっすぐとこちらに向かっている。奴に降りかかっていた砲撃の雨霰は既に止み、砲撃部隊の方では大混乱が起こっていた。


(通信では砲撃部隊が襲撃され、その支援のために白兵部隊の半分が応援に向かったと言っていたな。戦況はどうなっている? 被害は? 作戦は本当に続行できるのか? ……いや、ここで考えていても何も変わらんか。今はただ自身にできることだけ考えよう)


 決心を新たに、ケイロンは倒すべきもの(グラン・ガイアス)を睨む。



 ――――――――――



 一方その頃、巨巌竜の足元に広がる大平原では、ヒロを含めた残りの白兵部隊がどうして良いか分からず、散り散りになって狼狽えていた。


「クソッ! 一体どうなっているんだ!? あれから一向に音沙汰はないし、そのせいで状況がどうなってんのか分かんないし、七つの美徳が現れたし……ああ、もう! 僕たちゃどうすりゃいいんだよーー!!」

「落ち着いてください、ヒロ。急いては事を仕損じる、と言います。先程の一条の光、あれが恐らくケイロンの奥義“一角一閃サーロスモノケロース”に違いありません。それが外れたというのに未だ撤退の指示はない。それはつまり、まだ手はあるということです」


 クリスの言うことは、どちらかというと言い訳に近かった。

 まだ手はある、なんて保証は完全にあるわけではない。だが、そんな子供の言い分でも縋り付くほか無かった。


「あ、ああ……。そうだな。きっと何か手が―――」

「困りますねエ。我々としてハ、早急に諦めてほしいものなのですガ」


 ヒロの背後からあの独特の話し方をする声が飛び込む。

 彼らが振り向くと、二人の大柄のピエロを連れ突然のように奴はそこに立っていた。

 派手目なタキシード、漆黒のシルクハット、そして不気味に嗤う仮面。間違いなく“節制”であった。

 彼の左手には巨巌竜を操っている要因であろう鞭“貪食の紐(グレイプニール)”が握られていた。


「て、テメエ! なんでここに……!?」

「なぜっテ、いつか見た懐かしい背中が目に入ったものデ。来てみれバ、“なんと”というか“やはり”というカ、アナタがいた次第でございまス。お久しぶりですネ、鬼神……いエ、センダ・ヒイロさン」

「おにがみ……? 何訳の分からないことを言っている!?」


 ヒロが憤慨の念の籠もった叫びを発する。

 その叫びに節制は首を傾げ、疑問を唱える。


「……? はテ? まさカ、まさかではありますガ、本当に別人? いヤ、そんなはずハ……」

「だからッ! 変なことぬかしてんじゃねえッッ!!」


 節制が二人から目を離した一瞬、その隙をつきヒロは黒漆甲を纏い襲い掛かる。

 節制が気付いたときにはもう遅い。ヒロの剣が振り下ろされる。


 ―――しかし、あともう少しのところで、そばに控えていた二人のピエロによって阻まれる。

 身を盾にし、深々と剣で斬り付けられてもなお主君を護るその姿は、忠義とはまた違った別の感情、狂気を感じさせる。


「チィ………!」

「おっト、怖い怖イ。いきなり襲うとハ、野蛮の極みですねェ。とはいエ、こちらには優秀な使い捨ての盾(ボディガード)がいるのデ、特に恐れることはないのですガ」

「ならこれならどうだッ!!?」


 突如、横から女の子の声が響く。

 節制がそちらを向くより早いか、ユーリが風の魔導で加速しながら突っ込んでいった。


 だが、僅か一瞬、節制の判断の方が速かった。

 彼の空いていた右手にはいつの間にか鎌のように湾曲した刃を持つ短剣が握られており、その峰でユーリの刃を受け止めていた。

 キリキリと金属音が鳴る。歯を食いしばり両手で剣に力を込めるユーリに対し、節制はお子様を相手取るように片手でそれに応える。見た目とは裏腹にかなりの膂力の持ち主のようだ。


「惜しかったですねェ。不意を衝くのは良策ですガ、あと一歩、足りませんネ。マ、今度は頑張ってくださイ」

「クッ………突風ブラスト


 ユーリの剣に風が纏わり付き始める。

 風は剣の周りを旋回し、加速していく。それはまるで、小さな竜巻のように。


「ッ!! しまっ―――」

徹甲槍ランスッッッ!!!」


 剣に留まっていた風が一気に解放される。

 限界まで圧縮された風圧が嵐のような突風を引き起こし、目の前の節制を吹き飛ばした。

 乱回転する節制。そのまま地面に激突するかに思われたが、体操選手のように体を捻り見事足から着地し、ご丁寧にY字ポーズまで決める。


「今のは中々良かったですヨ、勇気の勇者」

「そりゃどーも」

「しかシ、やれっぱなしというのはどうも釈然としませン。ですのデ……」


 節制が指を鳴らす。すると、その乾いた音に反応し、大柄のピエロ共がユーリの背中に襲い掛かる。

 背後を取られた彼女は避けることもままならない。

 このままピエロの巨腕の餌食なるかと思われた、その時―――ピエロの顔面に大剣と火の玉が炸裂した。


「間一髪、だったな」

「ええ、危ないところだったわ。無事かしら、ユーリ?」

「おかげさまでー」


 ゴウラとアリスの助けにより、ユーリは命からがら難を逃れた。

 しかし、安息も束の間。頭部に手痛いダメージを負ったはずのピエロたちが何事も無かったかのように立ち上がる。

 その割れた面の奥からは見覚えのある顔が覗いていた。


「その顔……あん時の人造人間ホムンクルスとやらか」

「えエ、その通りでス。ホムンクルスに痛覚は無ク、欲望も無ク、自我さえ無イ。ある意味、完全なる“節制”を極めた人間、と言っても過言ではないでしょウ」

「……お前が求める節制とやらがこんな木偶の坊だと言うなら、やはりお前は狂っている! 節制!!」

「確かニ、欲に塗レ、ドブネズミのようにうじゃうじゃと繁殖シ、生き汚く醜態を晒シ、節制とは程遠い暮らしをするアナタたちにハ、彼らの無垢なる生き方を求めることは狂気に満ちているのでしょウ。

 しかシ、ワタシは敢えて言おウ。今の満ち“過ぎ”た世界よリ、節制された無垢なる世界の方が美しいト。誰かが富を得る代わりに誰かが代償を被る社会よリ、全ての人間が分相応の暮らしを営む社会こそ幸せであるト!!」


 彼が言う社会は、所謂共産主義の究極の形だ。

 遍く常世全ての人が相応の働きをし平等であるならば、飢えや貧しさは存在せず、全員が全員幸せとなるだろう。


 しかし、彼が求めるそれは違う。

 彼が求める世界とは、不要な人間は切り捨て、不相応な夢や希望を持つことすら許さず、ある意味人間らしさとも言える人の欲を全て排除した世界だ。

 欲を完全に排除した人間など人間ではない。それは仏にも至る高尚な解脱者か、またはホムンクルスのような心を失った廃人だ。


「今は何もかもがあり“過ぎ”ル。モノ、カネ、そしてヒト。特に人なぞ増え“過ぎ”テ、弱者や他の生物まで圧迫してしまう始末。悪人が闊歩シ、善良なる民が虐げられる世界などあって良いはずがなイ。なのデ、ワタシ達“七つの美徳”は無駄な人間を淘汰シ、正義と節制に満ちた世界を実現するために―――」

「黙れ」

「………はイ?」

「黙れ、と言ったんだ。お前の言っていることの本質は正しいのかもしれない。だけど、お前が望む世界に正しさなんてありはしない!!」

「……やはリ、理解してもらえないようですネ。大変悲しいことですガ、これも現実、受け止めることとしましょウ。それでハ、話し合いこの辺りで終わらセ、戦闘続行と行きましょうカ」


 節制が頭上高く手を上げる。そして攻撃の合図を送ろうと指を鳴らそうとする。

 その時―――


「そこまでよ」


 女性の一言とともに、どこからか伸びてきた紐が節制とホムンクルスを縛り上げた。

 束縛されたホムンクルス達は必死に抵抗するが、紐は千切れも伸びもしない。

 あまりの一瞬の出来事にヒロ達が呆然とする中、一人の女性、レイシャ・ディカプラが姿を現した。


「貴方が、例の七つの美徳という集団の幹部の一人、節制で間違いなかったでしょうか?」

「魔力で編み込まれた強靭な紐……。そういうアナタは“双魚宮”レイシャ・ディカプラとお見受けしまス」

「ええ、その通りです。そして、私の能力アビリティについて隠す必要は無いようですね。私の能力はその紐。名を“切れぬ絆(アルレシャ)”。細く強靭な魔力の糸を束ね、紡ぎ、編み込んだ強力な紐。力任せで切ろうとしてもまず不可能です」


 物は試し、とでも言うかのように節制は抵抗する素振りを見せる。

 しかし、当然紐が切れることはなかった。


「ほほウ。確かにこれは一筋縄ではいかないようですネ」

「そうでしょう。さあ、観念してお縄につきなさ―――」

「しかシ、手も足も出ないわけではありませン」


 節制がそう言うと、彼に巻き付いていた紐に一閃が走る。

 すると、なんということか、レイシャが自信たっぷりに説明していた紐はいとも容易く切り裂かれ、はらりと地面に落ちた。

 自由の身となった節制の手には先程の鎌状の短剣があった。


「なっ!!??」

「油断大敵、ですねェ。このナイフは特別製でしてネ、あらゆる物を切り裂いてしまうのですヨ。前々からアナタの決して切れない紐とどちらが上か比べてみたかったのですガ、どうやらこちらの方が品質は良かったようでス。いやア、正直なとこロ、心配だったのですガ、杞憂だったようですネ」

「ッ……! しかし、依然不利なのは貴方の方です、節制。貴方は既に包囲されています!」


 周りを見てみれば、彼女の言う通り、ヒロ達を含め多くの騎士やハンターが節制を取り囲んでいた。

 対し節制は手下のホムンクルスを抑えられ、たった一人。

 多勢に無勢。勝利の天秤は確実にヒロ達に傾いていた。

 だというのに、奴は、節制は仮面の奥から声を立てて笑っていた。


「ク、ククク、クク……」

「……何がおかしい?」

「おかしい? おかしいのはアナタ達でス。我々道化師(ピエロ)がどんな時でも笑顔であるのハ、至極当然のことでしょウ?」

「巫山戯ているのですか」

「えエ、まア。冗談はさておキ、アナタ達は重要なことを忘れていル。まズ、今ワタシの手には巨巌竜があるこト。そしテ、ワタシはその巨巌竜を意のままに操れるということヲ!!」


 節制が左手の鞭を振るう。すると頭上の巨巌竜が大きな咆哮を上げた。

 巨巌竜の雄叫びは天帝竜、獄炎竜の比ではない。

 響く重低音は大気を、腹の奥を、そして大地をも振動させる。その声は山を越した村々にも聞こえるだろう。

 改めて巨巌竜が節制の掌中にあることを認識したヒロ達は思わず戦慄く。


「前座はもう終わリ! さあ巨巌竜ヨ! この者達を踏み潰せッッ!!」


 高らかに言い放ち、鞭を大きく振るう。

 巨巌竜はそれに従い、巨大な前脚をヒロ達に向けて振り下ろす




 ―――ことはなかった。


 ドオオォォォオオオンンッッ!!! と特大の爆発音が突如響く。それとほぼ同時に巨巌竜が苦痛を訴えるような叫びを発する。

 これにはその場にいた全ての人が目を丸くして驚いた。


 轟音がした方に目をやると、巨巌竜の肘を丸ごと覆うような土煙が上がっていた。

 少し煙が晴れたところからは、痛々しく抉れた肘が覗いている。

 鉄壁の硬さを誇る巨巌竜にこれほどまでのダメージを与えられるのは一つしかない。しかし―――


「な、何故でス!? “あの技”は不発に終わったはズ! 二度はなイ!! なのニ、何故ダ!?? ケイロン・(・・・・・)エイジャックス(・・・・・・・)!!!」



 ――――――――――



「………ふう」


 一仕事を終え、青年が軽く息を吐く。右手に持つ大弓の弦は未だ余韻を残すかのように小さく振動している。

 巨巌竜へと見据えていた目を敵である女に移し、人差し指を突きつけ、彼は言い放つ。


「さっきはお前に邪魔されたからな、今言わせてもらう。スキル“一角一閃サーロスモノケロース”。これで俺達の任務は完了だ」

「レイシャ!!」

『分かっています!!』


 すかさずディカプラがレイシャへと指示を送る。

 すると巨巌竜の体格にあった特大の紐が奴を縛り上げた。

 更にそこへ砲撃も加わる。


「よお、エラ。生きていたのか」

『勝手に殺されては困るのです。手間取りましたけど、白兵部隊の応援のお陰でこちらはなんとか無事なのです!』

「そりゃ良かった。そのまま砲撃を続けてくれ!」

『アイアイサー!! なのです!!』


 利き足の負傷、紐による拘束、そして撃ち続けられる砲撃。

 これには流石の巨巌竜もバランスを崩し、その巨躯を遂に地面に付ける。

 その時の振動たるや、半壊した城が全て倒れそうになるほどの地震そのものだった。


「シャアッ!! 総員! 各自撤退せよ!! 我々の目的は果たされた!! 繰り返す、各自撤退せよ!!」


 すぐさま撤退を命令するディカプラ。その声は意気揚々としている。

 西の方からも歓声が上がるのが僅かだが聞こえてくる。


「さあ、こちらは目的を完遂したが、お前はどうする?」

「……私に与えられた使命は貴方達の作戦の阻止。しかし今となってはそれは失敗に終わりました。今ここでどちらかの息の根を止めたいところですが、少々分が悪そうです。ここはひとまず退くこととしましょう」

「そうか。去るのなら追わん。早々に往ね」


 強気で言い放つが、その実ケイロンは彼女の言葉に多少の安堵感を覚えていた。

 目的を成し遂げたとはいえ、戦力差は埋まった訳ではない。

 その上、ここで足止めされれば折角の努力も水泡と化す。

 七つの美徳が退いてくれるのならば、それは願ってもない好機なのだ。


「最後に一つ、聞いてもよろしいでしょうか?」

「……なんだ?」

「貴方の矢は外れて失ったはず。なのに何故、もう一度撃つことができたのです? 生半可な代用品ではまともに撃てないはずでは?」


 女の質問は至極真っ当なものだ。

 確かに、ケイロンの突撃槍は特注品であるはず。一度撃ち出せば戻ってこない一度きりの大技。それ故に奥の手であるのだ。

 だというのに、何故二度も撃てたのか?


「簡単な話だ。ココには多くのバリスタの矢が保管されている。その一つを改造して俺の矢の代用品にしたまでだ。もしものためと用意しておいたのが功を奏したな」

「……なるほど。聞きたいことは以上です。それでは、またお会いしましょう」


 そう言うと、女の背後の空間が裂け、闇へと続く扉が現れた。

 彼女はゆっくりと後退しながらその扉へと姿を消していく。

 完全に闇に飲まれた頃、空間は閉じ、数秒もしないうちに元に戻った。


「……ああ、また会おう。その時は必ず捕らえてやるからな」



 ――――――――――



 大草原では巨巌竜が倒れ込んだ際の土煙が未だ立ち込めていた。

 その煙幕の中、ヒロと節制は対峙していた。


 どちらも動こうとしない。節制に至っては戦闘の構えすら取っていない。

 彼らの見える範囲に人はいない。まるで二人だけがこの世界に隔絶されたかのような錯覚に陥る。


「……お見事でス。まさか本当ニ、巨巌竜の顔に土を付けるなどとハ。その功績を讃エ、この場から逃げ出すことを許しましょウ」

「逃がすとでも思うのか?」

「分からない人ですねェ。見逃して差し上げル、と言っているんですヨ、コッチハ」


 二人の間に土煙が入り込む。そのせいで互いに相手の姿が見えづらくなる。


「ッ! 待てッ!!」

「断りまス。態々コチラから撤退しないト、永遠に追ってきそうですからネ。慌てなくとモ、またすぐにお会いするでしょウ。その時はお仲間もろとモ、全力で叩き潰して差し上げましょウ」


 突如、ヒロの前方から強い風が吹く。

 思わず彼は目を背ける。再び前方を睨んだときには土煙は晴れ、節制の姿も無かった。


「おーい、ヒロー。無事かー?」

「……皆」

「どこ行ってたの? それに、節制は?」

「悪い、逃げられた。僕の目の前にいたのに、目を離した一瞬のうちに消えていたんだ」

「そう……。まあ、過ぎたものはしょうがないわ。それより今はここから退却しましょう。レイシャさんの紐で巨巌竜の動きを封じているとはいえ、それがいつまで保つか分からないわ」

「そうですね。さあ、皆さん。撤退用の馬車があちらに用意されてあります。急いで乗りましょう」

「ああ、分かった」


 ヒロ達が馬車に乗り込むと、馬車はすぐさま動き出した。

 走る馬車は先程の戦闘の余韻を残しているかのように、速く荒々しく地を駆ける。

 後ろを振り返れば、見る間に巨大だった巨巌竜の姿は小さくなっていった。




 巨巌竜から数キロも離れると、馬車内の雰囲気は落ち着きを取り戻していた。


「にしても、俺ら竜相手によく奮戦したよな」

「安心するのはまだ早いわよ。このあとアタシ達は聖十二騎士ゾディアック全員と合流して、巨巌竜と最終決戦を行うんだから」

「それでも今だけは無事でいられたことに感謝しましょう。巨巌竜、そして七つの美徳と戦って一人も欠けることなくこの場にいられるのですから」

「ああ、そうだな。いつ死んでもおかしくなかった戦いだったのに、こうやってまた皆と…………ッ!!??」


 ヒロが何かに気付き、その顔を驚愕と戦慄で強張らせる。

 何かと思い、ユーリ達も彼が凝視している方角に目を向ける。

 それを見た瞬間、彼女達はヒロの表情の意味を理解し、同様に硬直する。


 彼らの視線の先には半壊したアンミュー城があった。そして、その向こう側に巨巌竜が頭をひょっこりと出していたのだ。

 奴は大口を開き、その前に巨大な岩を作っていた。アンミュー城を半壊させた技“巨人殺しの大岩(ジャイアントキリング)”だ。

 岩は留まることを知らず肥大化していく。遂には先程の倍近い大きさにまでなった。


「おいおい……まさかとは思うが、アレをこっちにぶつけようとしてんじゃねぇだろうな!!?」

「そのまさかだろうね。こっち向いてるし、他にぶつける相手もいないしね」


 今更気付いてももう遅い。あそこまで巨大な大岩を撃ち込まれたのならば、急いで回避したとしても間に合わない。

 いや、回避すらさせまいと巨巌竜は次の瞬間にはそれを撃ち放った。


 直径五十メートルを越す岩の塊が飛来する。

 ヒロ達にはそれを回避する術も防ぐ力もない。彼らに待ち受けていたのは、確実な死の未来だけだ。

 どうしようもない現実に何をとち狂ったのか、ヒロは立ち上がりその右足を一歩踏み出し、自身の首飾りを手に、叫ぶ。


「ライディンッッッ!!!!!」


 その時、目を刺すような激しい稲光が走り、耳をつんざく雷鳴が轟く。

 ヒロの胸から放たれたいかずちは閃光と轟音を放ちながら空を翔け、大岩を正面から打ち砕いた。

 雷は形を持ち始め、それは次第に黄金の竜の形を取った。

 黄金の竜は叫ぶ。我が存在を知らしめるように。


「キシャァァアアアァァアアアアッッ!!!!」


 誰もがその美しさ、力強さ、荘厳さに見惚れていた。

 その中、一人の少年は力なく倒れた。

竜の強さとしては、天帝竜>>>獄炎竜>大海竜≥巨巌竜>旋風竜てな感じです。

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