第46話 決戦前日
前から10日以上経つと、流石に初見で読んでくれる人が激減するんですよねー。
まあ、泊もついていないド素人なんで仕方ないですが。
城郭都市 アンミュー
それは千国時代に作られた数ある城郭都市の一つだ。
歴史上において、この難攻不落の都市は絶対の護りを誇り、如何なる軍隊、英雄、兵器を用いても攻め落とすことは叶わなかったという。
都市の四方八方を囲む城壁は正に金城鉄壁。外から見れば不動の岩の如し。中から見れば安寧なる大地が如し。
住む人々は感謝の念を持って、攻める兵は畏敬の念を持って、この都市を“壁”と呼んだ。
蛇足だが、圧倒的な防御力を持ったこの都市は兵糧攻めによって呆気なく降伏したらしい。
長く鉄壁の城として語り継がれたこの都市に、また新たな歴史が刻まれることになるだろう。“巨巌竜と戦った都市”として。
巨大な城門を抜けると、そこには騎士が一堂に会していた。彼らは打倒巨巌竜を掲げ、広いフルーランスの各所からこの都市に集まってくれたのだろう。
その内の一人、紅毛を生やした体格の良い中年の男性が敬礼をしながら僕達に話しかけてきた。
「カルロ・ディカプラ捜査部隊長、アンジェラ・ツウィン南方部隊長、及びその一行とお見受けします。自分は西方部隊フルーランス地区所属エデュア支部隊長リオネル・アダンです。遠方より遥々ご足労感謝します」
アダンの言葉に応じて、ディカプラさんが馬車から降りる。
彼は短く敬礼し話し始めた。
「捜査部隊長のディカプラだ。挨拶はいい。状況を説明してくれ」
「ハッ。巨巌竜は帝都に向けて邁進中。その直線上にあるこの城郭都市へは翌日の朝九時には接触するものと思われます」
「時間は残されてない、か……。まあ、予想はできていたがな。それで、現在のこちらの戦力と巨巌竜の情報は?」
「それは―――」
「それは俺達から話そう」
突如聞き覚えのある声が飛び込んでくる。声のした方を振り返ると、そこには二人の男女が立っていた。
一人は長い黒髪の女性。歳は二十代前半くらいか。長身でスラッとした、所謂スレンダー美人と言うやつだ。ナイロールと呼ばれる縁の下半分がない眼鏡の奥に映る瞳は凛々しさと知性を感じさせる。仕事のできる女性然とした人だ。
そしてもう一人は―――
「ケイ…ちゃん……?」
ユーリがそこに立つ者の愛称を口にする。
愛称を呼ばれたその男は少し不満げに、だがどこか優しそうな顔で応える。
「何度も言っているだろう、勇者候補ユーリ。俺のことはケイロンと呼べ、と」
そう、そこに居たのは安否が不明だったケイロン・エイジャックス本人だった。彼は怪我一つなくピンピンとしている。
突然現れた彼に緊張の糸が切れたのか、ユーリは自身の目から一つ、また一つと大粒の涙を頬に伝わらせる。
「………ゥ……ウゥ……よがっだ〜〜〜! ゲイぢゃん生ぎでだ〜〜〜!!」
「勝手に殺すな。それに泣くなよユーリ。ひどい顔になってんぞ?」
「ゔああぁぁあ〜〜〜〜〜んん!!」
まるで子供のように泣きじゃくるユーリ。だがそれも仕方のないことだろう。
幼少の頃から顔馴染みである親友の生命が無事だと分かったのだ。嬉しくない筈がない。
彼女は涙と鼻水で端正な顔をグチャグチャにさせて、彼がそこに居るのを確認するようにケイロンさんの胸に飛び込む。彼はそれをなんとも言えない渋い顔で受け入れている。
「感動の再会のとこ悪いが、状況の説明を頼みたいんだが?」
「あ、はい。コラ、ユーリ。いい加減離れろ!」
「ばだ〜〜〜〜!! ゲイぢゃんぼいっぢょびいぶ〜〜〜!!」
「一緒にいるつったって、ずっとこのままじゃ何もできないだろ! 放せ!!」
力の限り引き剥がそうとするケイロンさん。しかし、ユーリの力は彼を上回っているのか、彼女は抱き付いたまま一向に離そうとしない。
このまま放っておけば、一日は話が進まないな。そう思っていた時、沈黙を守っていたもう一人の女性が声を上げる。
「まあまあ、折角会えたんですからもう少し彼女のしたいようにすればいいじゃないですか。説明は私がしておきますから」
「ああ、なら申し訳ないですけどお言葉に甘えさせて貰います。すみません、レイシャさん」
「構いませんよ。さあ皆さん、こちらへ。奥に作戦立案用のスペースを作ってあります。リンさんもそこに居ますよ」
レイシャと呼ばれた女性の不意の言葉に僕達は再び歓喜する。
“リンがいる”。それは彼女もまた無事であったことを示す。
いの一番に反応したのはクリスだった。
「リンも生きているのですか!?」
「ええ。と言っても、命からがら、ですけどね。今でこそ歩き回れるようにまではなっていますが、ここに運び込まれた時は虫の息でした。現在もまだ戦闘は控えたほうが良いかと……」
「リンに会わせて下さいまし! 彼女のダメージはワタクシが必ずや治してみせます!」
レイシャさんの言葉を遮って、クリスが叫び気味にそう言う。
その瞳はリンへの心配からか、潤んでいる。
彼女の気持ちを察したのか、レイシャさんは眼差しをより真剣にさせる。
「……勿論です。すぐに案内しますので私についてきて下さい」
そう言うと彼女は僕達に背を向け歩き出す。
その爪先は町の反対側に聳える城の塔を目指していた。
城の内部、石造りの質素な廊下の奥へ通される。少し歩くと左手に古めかしい鉄枠の扉が見えてくる。
その重々しい扉を開けると、そこには十数人の男女が入り乱れて机上の地図を睨んでいた。
多くが重役であろう騎士であったが、その中に紛れて見覚えのある大きな背中があった。
「リン!」
クリスがその背中に声をかける。背中はその声に応じて振り返る。
間違いない、彼女だ。最強の英雄級の一人、シャオ・リンがそこに立っていた。
「クリス、それに皆も……道中無事だったかしら?」
「それはこちらの台詞です! 危険な状態で運び込まれたと聞き及んでいましたが、もう動いて大丈夫なのですか!?」
「平気よ、とは言い難いわね。今もこの腕輪を使って、無理矢理体を動かしているようなものよ」
「無理をしないで下さい! さあ、治癒魔導を使いますからそこを動かないで!」
「忝ないわね。お願いするわ」
クリスは小さな体で騎士達の間を掻き分け押し退けて、リンのもとに着くと直ぐ様治癒魔導を彼女にかけ始めた。
この嵐のような一連に周りの騎士は一瞬呆けるが、ディカプラさん達聖十二騎士がいることに気付くや否や彼らに向かって敬礼をする。ディカプラさんをはじめ、部屋に着いたばかりの騎士達もそれに応じて敬礼を返す。
部屋には僕らを含め、老若男女二十人余りが集っていた。
その中には騎士だけでなく、ハンターの風貌をした者や一般人のお爺さんまで紛れている。
彼ら全員がこちらを見ていることに若干の緊張を覚えていると、レイシャさんが声を上げた。
「さて、全員集まったようですね。それでは作戦会議に移る前に軽く自己紹介でもしておきましょう。私はユニオス帝国騎士団主力部隊所属、“双魚宮”レイシャ・ディカプラです。今後ともお見知り置きを」
そう言って、彼女はニッコリと微笑んでみせる。
その美しく優しい笑みは僕を含めその場に居る男共を虜にしてみせた。
ゴウラなんて特にひどい。鼻の下が伸び切ってますますゴリラに近い顔になっている。
「そっか〜、レイシャさんは聖十二騎士の一人なんですね〜。それに苗字はディカプラと言うんですか〜……て、あれ? ディカプラ?」
「気付くのが遅えんだよ、ゴリラ。お察しの通り、アイツは正真正銘、俺の一人娘だよ」
その一言によってその場が一瞬で凍り付く。
ディカプラさんがガンを飛ばすと、緩んでいた男衆の顔から段々と血の気が引いていった。
それもそうだ。目の前の美女の隣には強面のお父さんの顔が並んでいる。そんな中でデレデレした顔を晒す阿呆はこの場にはいないだろう。
「まったく、ヤロー共は本当に欲望に忠実なのですね。この場でキッドちゃん以外全員を去勢してやりたいのです。あ、私は南方部隊隊長“双児宮”アンジェラ・ツウィンなのです」
「……捜査部隊隊長“磨羯宮”カルロ・ディカプラ。この非常時に巫山戯ている奴、特に色ボケしている奴には容赦しないから、そこらへん肝に銘じておけ」
二人の物騒な自己紹介によって、この部屋一帯にまた別の緊張が流れる。
その後は周辺の支部長と副長、僕達とは別の狩猟協会の面々、そしてこの町の町長などが次々と自己紹介をしていった。
全員の挨拶が済んだ頃、漸くケイロンとユーリが部屋に姿を現した。
一頻り泣ききったのだろう。ユーリの目元には涙の跡が、ケイロンさんの制服には涙と鼻水が乾いたあとが残っていた。
「あら、随分遅かったわね、お二人さん」
「茶化すな、アリス・ヴァイオレット。それで、話はどこまで進んだのですか?」
「丁度挨拶を済ませたところだ。お前たちも軽く自己紹介しとけ」
「分かりました。それでは僭越ながら……自分は西方部隊隊長“人馬宮”ケイロン・エイジャックスです。此度の作戦で指揮を取らせてもらいます」
「僕はユーリ。勇者候補の一人で“勇気の勇者”だ……です。えっと……よろしくお願いいたしますです」
二人が簡単な自己紹介を終えると、早速巨巌竜討伐のための作戦会議が始まった。
「全員が承知の通り、巨巌竜グラン・ガイアスは奴と帝都の直線上にあるこの城郭都市へと近付いてきています。計算では巨巌竜が急ぎ足にでもならない限り、翌朝九時十二分に到着するはずです」
そう言いながらケイロンさんは地図の上に竜を模した駒を置く。
「それは聞いた。で? その巨巌竜に対して何か策はあるのか?」
「今のところ最も効果的な案としては、我々聖十二騎士全員での共闘が挙げられています」
次にアンミューがある位置に十二個の騎士の駒を並べる。
「既に他の者達には集結するよう呼びかけてあります。我ら聖十二騎士が結集すれば、竜といえど太刀打ちはできるはず。しかし……」
「俺らはユニオスに散らばっている。東方部隊や北方部隊はすぐに来れねえだろうし、特に監獄長でもあるスコールは『はいそうですか』と簡単に来れるわけじゃねえしな」
「……はい。この作戦の欠点は“竜の到着までに全員は必ず揃わないこと”です」
ユニオス帝国において力と平和の具現でもある聖十二騎士。帝国騎士団の中でも屈指の実力を持つ彼らが全員揃えば、最強種竜であれど五分まで持っていけるかもしれない。
とはいえ、それは一人も欠けず全員が揃ったときの話だ。もし一人でも欠ければ僕達の勝ちは遠く離れていってしまう。
「そこで次に考えた策は、この町で巨巌竜の足止めを行い、それによってできた隙に聖十二騎士を後方の平野に集結。ここに戦線を張り巨巌竜を迎え討つ、という案です」
……なるほど。僕の小さな脳でも分かる効率的な作戦だ。
戦力が揃わずに戦うより、先手を譲ることで戦力を揃え確実に叩くというわけか。
確かに効率的ではある。だけど―――
「それって、この町を捨て駒にする……てこと?」
疑問を発したのはユーリだった。正義感の強い彼女のことだ、二つ返事で了承するとは最初から思っていない。
彼女の問いかけに誰もが無言を返す。それは肯定の意味を孕んでいたことは言うまでもない。
「そんな……そんなことがあっていいはずがない! きっと何か他の策があるはずだよ! この町を見捨てずに巨巌竜を倒す策が、きっと……!」
「本当にそんな作戦があると思うの? ユーリ」
アリスが口を開き、その冷たい言葉を静かに発する。その顔は驚くほど無表情であった。
「ユーリ、アナタも分かっているでしょう。いえ、一度竜と戦っているのだもの、分からないはずはないわ。アタシ達が全力を賭して戦っても、竜には殆ど効かなかった。衰弱していたにも関わらずにも、なのによ。そんな怪物相手にアタシ達が今ここで束になって相手になっても、明確なダメージを与えられるかどうか……。それならこの町を犠牲にしてでも聖十二騎士に任せた方が賢明よ」
流石はうちの頭脳。現状をよく把握し、それが最適解だと導き出している。
だが、これでもユーリは納得いかない様子だった。
「もちろん、なんとかこの町で巨巌竜を止める案は講じるわ。だから―――」
「もういいっ!! アリスの分からず屋!!」
そう叫ぶとユーリは部屋から飛び出していった。誰もその背中を追おうとはしない。
「……………」
「追いかけようと思っているならやめておけ、ヒロ」
「……ケイロンさん」
「あいつは昔からそうなんだ。正義感から理想は追い求めるが、現実が無謀であると分からないほど蛮勇でもない。理想と現実が食い違った時、あいつは決まって混乱する。だが案ずるな。先も言ったように、あいつは馬鹿じゃない。時が経てば納得するさ。さあ、俺達は会議の続きをしよう」
「……はい、分かりました」
本当は今すぐにでも追いかけたかった。
しかし、追いかけて行ったところで僕に何もできないのは分かっている。彼が言った通り、時間に任せるしかないだろう。
僕の気持ちとは裏腹に会議は滞りなく進んでいった。
夕日が西に沈んでいく。その光を浴びる城壁の上に彼女はいた。
「よ、ここに居たのか、ユーリ」
「……ヒロ」
彼女は膝を抱え、落ちる夕日を眺めていた。夕日に照らされた彼女の頬には涙の伝った跡がある。
「……隣、座っていいかな?」
「……うん、どうぞ」
「それじゃあ失礼して」
許可を取ると僕はユーリの右側、少し離れたところに胡坐をかく。
……さて、隣に座ったまではいいが、一体何を話したら良いものか。
「……作戦」
「ん?」
「作戦、どうなったの?」
「ああ、結局変わらなかったよ。町を犠牲にするのは確実だってさ。この町の町長も納得してくれたよ。でも聞いてくれ! 昨日の盗賊が持っていた鞭があっただろ? それが巨巌竜を操っている原因らしいんだ。それを持っている奴さえ叩けばこの町を犠牲にせずに済むかもって……」
「でも、その鞭を持っている人が見つからなかったら?」
「そ、それは………」
痛い所を突いてくるな。しかし、彼女の危惧する通りだ。
これは“可能なら”というもしもの話。そう簡単に鞭の所有者が現れ、そいつを倒せるほど現実は甘くない。
「ごめん、気にしないで。困らせるつもりはなかったんだ」
「いや、いいよ。そっちこそあまり気にしないでくれ。……そうそう、作戦の概要なんだけど」
作戦会議を途中で抜け出したユーリを気遣い、僕はこの機に今作戦の粗方を説明することとした。
「巨巌竜は西からやってくる。そこで西の城壁であるこの場所と城壁前一面に大砲、投石機、バリスタを設置して迎え撃つ。僕達は騎士や南の狩人協会と一緒に馬に騎乗して巨巌竜本体に近付き、足を集中的に狙う。その他の詳しい内容は、本番の時に念話魔導で伝えるらしい。足止めのその後は、ケイロンさん達がタイミングを見計らって一斉に撤退する。これが今回の作戦だ」
「要するに僕達はケイちゃんの指示に従って足を殴り続ければいい。そう言う事だよね?」
「まあそれでいい……はずだ」
正直、完璧な作戦とは言い難い粗削りな策だ。しかし、現状これ以上の考えは思いつかない。
不安は拭い切れないが、やはりこれに懸けるしか他ならないだろう。
「よし! そうと決まればこんな所でうじうじしてられないか……っと」
ユーリが立ち上がる。下から見たその顔は、強すぎる正義感から駄々をこねる子供の雰囲気などとうに無くなっており、いつもの笑みが浮かんでいた。
「さ、行こうヒロ」
「行こうって、どこにだよ?」
「まあ、取り敢えずはケイちゃんのとこかな。その後は皆のとこへ行って全員に謝ってくるよ。迷惑かけてゴメンって」
「なら早くした方がいいぞ。リンが今日の夜には治療のために一度戻るらしい」
「マジ!? それ早く言ってよ! ほら、急ご急ご!」
リンの出立が近いと知るや否や、ユーリは僕の手を力強く引っ張る。
彼女に連れられ僕達はリンに別れの挨拶をしに城門まで向かった。
翌朝、日の光が東の地平線から顔を出す暁の頃、僕達は微かな地響きによって起こされる。
跳ね起き、身支度を簡単に済ませ、途中でユーリ達と合流しつつ西の城壁に向かうとそこには既に人溜まりが出来ていた。
人と人の間から彼らの視線が向かう先を眺める。
まだ夜の闇が支配する暗黒の西の大地が広がる。
その上に立つアンデッドモンスター達は迫り来る日光から逃げようと西へ西へと逃げている。
彼らが向かう先には一つの小さな山が聳え立っていた。
(……あれ? 昨日、あんな所に山なんてあったっけ?)
僅かな違和感を感じているうちに、日光は逃げ遅れたモンスター達を飲み込み、遂にはその山をも照らし始めた。
そこで漸く山の正体に気付く。
山は四つの太い柱によって支えられ、長い峰は山が通ってきた後に道を作っていた。高い高い崖の上には厳しい山頂が据えられ、そこから幾多の巌が伸びている。
間違えようもない。ここまで巨大な生物はこの世界においてただ一頭。
そこには巨巌竜グラン・ガイアスがいた。
姿は首を垂直に立てたゾウガメと山を背負ったブラキオサウルスとの中間と言ったところだろう。大きさは首、尾を含め三百メートル辺りか。
そんなやつがまた一歩、足を踏み出す。すると数秒遅れてその振動が十数キロ離れたこの町にまで届いた。
なんと巨大か。なんと強大か。我々はあの山と戦うのか。
周りを見渡せば、この場にいる全員が恐怖と緊張が混ざった色を浮かばせながらも、覚悟を決めた眼差しをしていた。
彼らの顔を見て、漸く慄く僕の心にもその覚悟の灯火が点く。
―――決戦まであと三時間。
前々から巨巌竜の大きさには迷っていました。
当初は“町を背負っていた”という伝説に基づいて一kmくらいにしようとしていたんですけど、流石に大きすぎるんでね。
迷いに迷って結局は三分の一ほどのサイズまでちっちゃくなりました。




