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村人Aの異世界叙事詩  作者: ユッケ=ビビンバ
第三章 災いの詩〜双竜覚醒編〜
45/120

第45話 動乱の予感

今日で夏休み終わりか……。

 昼の最も暑い時間帯を超え、徐々に肌寒くなってきた初冬の午後。冷たい風が走り抜ける草原に急ぐ馬車の群れがあった。

 車体の側面にある紋章から、それは帝国騎士団の物であるとわかる。馬車の数は六台。その周りに護衛として騎馬兵が取り囲んでいる。

 その騎馬隊の中心となる一台の馬車に僕達はいた。



 馬車の中は暗く、頼りない一つのランプが薄く照らしているのみだった。その明かりに映し出された彼らの顔も暗く、誰も一言も話そうとしない。しかし、こうなるのも当然だろう。


 巨巌竜の探索を行っていたケイロンさん達の部隊の壊滅。そして、その巨巌竜の覚醒。

 その二つの事実が指し示す意味は、歴史に刻まれるであろう未曾有の大動乱の兆しである、という事だ。

 皆もその事を予見してか、まだ見ぬ動乱に恐怖し顔を曇らせている。


 かくいう僕もそうだ。

 壊滅した部隊に配属されていたリンや指揮を取っていたケイロンさんの安否は当然気になる。

 だが、それ以上に巨巌竜と会敵するかもしれないと考えると、恐怖で震えが起きる。



 獄炎竜ヴァニファールと並ぶ災竜、“巨巌竜グラン・ガイアス”。

 その巨体は正に山の如し。その背中には嘗て村があったなどという伝承が残るほど、その体は“巨大”の一言に尽きるらしい。

 天災伝説において、大地の化身たる彼は歩くだけで地震を起こし、切り立った山々があれば踏み潰し平野に変えたと残されている。

 それほどまでに規格外の化物がこちらに向かって来ているという。それだけで、どうしようもない緊張が身を強張らせる。

 その上、ヤツは衰弱していた天帝竜や加減していた獄炎竜と違い、全力で襲いに来るだろう。そうなれば、想像を絶する激戦となるのは必至だ。



「……ケイロンさん達、大丈夫かな」


 声を漏らしてしまう。直後、僕はその発言が失言であったことに気付かされる。

 全員の顔が更に曇る。そうだ、少し気を遣えば分かることだった。彼らの安否を気に掛けるのは僕だけではない。皆はそれを承知で敢えて黙っていたのだ。

 それは静寂に耐え切れなくなった僕の弱さが招いたことだった。だが、後悔は先に立たない。重くなった空気を甘んじて受けるしかないのだ。




 すると、その空気を断ち切るかのように馬車が急に停止した。

 何事かと混乱する中、ディカプラさんは落ち着いて馬車の小窓から御者に話しかける。


「どうした?」

「賊です。どうしますか、隊長?」

「……態々騎士団の馬車を狙うっつー事は相当の馬鹿か、それとも何か持っているか、だな」

「はい。あれをご覧下さい」


 ディカプラさんが身を乗り出し、小窓を塞いで外を眺める。僕らも気になり車の窓からコッソリと顔を出す。

 馬車の百メートルほど先、そこにいたのは五十余りの見るからに盗賊らしい格好をした集団が道を塞いでいた。

 更にその後ろには牛だかカバだかよく分からない巨大な生き物が十弱、ブフーッと息を荒げながら立っている。

 一面を見渡せるような草原のどこにこんな大勢が隠れていたんだ?


「クヤタバイソンか……。奴らの中に手練の魔獣使い(ビーストテイマー)がいるな」

「賊の風貌から、最近ここらで被害が出している野盗かと思われます。熟練のハンターも返り討ちにしたとか」

「そりゃかなりの実力なこって。まあアレがいりゃあ当然だろうがな」


 ディカプラさんが話していると、盗賊の頭領らしき大柄の人物がこちらに向かって話しかけてきた。


「これはこれは、騎士様ではありませんか! 護衛の最中でしょうか? ご苦労なされたでしょう、あとは我々がその任を引き継ぎますぞ?」


 明らかに嘗めてかかっている。その証拠に頭領をはじめ周りのチンピラや傭兵、果てはクヤタバイソンまで嫌な笑みを浮かべているように見える。

 しかし裏を返せば、そこまでの自信を持てるほどの実力はあるのだろう。


「ここは他の騎士が注意を引きます。その間に我々は安全な場所まで突破しましょう」

「いや、突破したところでこの馬車馬じゃクヤタに追い付かれる。面倒だが、俺とエラがクヤタと頭領格をやる。テメエ等は他の雑魚を片付けろ」

「ハッ、了解しま―――」


 御者の騎士が言い終える直前、彼の横を一人の少女が通り抜ける。

 黒い髪を揺らしながら彼女、ユーリは真っ直ぐと盗賊の首領へと歩みを進める。


「あ〜? 何だ小娘?」

「……僕たちは急いでんだ。どいてくれ」


 ユーリはそう言いながら自身の剣をスラリと抜く。


「なんだぁ? やろうってのか?」

「どかないのならそうする」

「ハッ! やってみな! おい、クヤタを一匹相手させろ!!」

「アイアイ、お頭!」


 返事をした盗賊が鞭を振るう。するとクヤタの一体が前へと躍り出る。

 流石に危険だと判断した騎士達がユーリを止めようとする。しかし、止めるよりも早くクヤタバイソンが猪突猛進の勢いで突進してきた。

 唸りながら迫ってくるクヤタ。対しユーリは驚くほど静かな足取りで巨牛に向かっていく。

 今、両者が激突する―――!



「邪魔」


 普段のユーリとは似つかぬ冷たく無慈悲な一言とともに、クヤタバイソンは肩から脇腹にかけて両断される。

 クヤタは勢いそのまま真っ二つになりながら地面へと倒れる。

 その光景に盗賊も騎士も絶句を余儀なくされる。


「……ゥ、ヌウゥ! 何をやっている!? 全てのクヤタを使ってあのガキを捻り潰せッ!!」

「ハ、ハイィ!!」


 自慢の武器クヤタがアッサリと倒され、盗賊共は明らかに動揺している。

 慌てて再び鞭を振るう。すると残り九体の牡牛が一斉に襲い掛かってきた。

 だが、今日のユーリは一味違った。


「スキル“疾風連斬”」


 正に疾風が如き速さを持って、忽ちの内に九体全ての喉笛を切り裂く。これには僕も流石に舌を巻くしかなかった。

 大きな音を九つ重ねてクヤタバイソン達は倒れ伏す。その後はピクリとも動かず、真紅の血液で地を染め上げるのみであった。


「クゥッ……! クソゥッ! テメエ等ぁ、やっちまえ!!」

「「「オオーーッ!!」」」


 完全に引き際を間違えた盗賊達が玉になってユーリに襲い掛かる。

 だが、彼女はそれに臆することなく、次々と盗賊共を峰で伸していく。峰打ちとは言え、全力で殴られる盗賊には少々可哀想に思ってしまう。



「あっちゃ〜。タイミングが悪かったな、あの盗賊共」


 と、僕と同じく窓からその惨状を目の当たりにしていたゴウラが言う。


「ああなったユーリは簡単には止まらないからね。自業自得とは言え、同情するわ」

「まあこれに懲りて盗みなどから手を引くことでしょう。それにしても、黙々と敵を薙ぎ倒していくユーリ様も凛々しい事この上ないですね」

「キュイ!キュキュイキュイ!〔せやろせやろ! やっぱユーリちゃん最強やで!〕」


 と残りの二人、アリスとクリス(あとモフ)も続けて発言する。

 この三人プラス一匹はまるでいつものことのように目の前の目も当てられぬ光景を受け流す。

 こっちはユーリの圧倒的な力量と別人のような冷酷さに開いた口が塞がらないというのに。


「ユーリ様の余りの変貌に驚いているようですね。憐れなる村人よ」

「……お前も急にどうしたの、クリス?」

「お黙りなさい。貴方はワタクシの話を聞いていれば良いのです。……コホン、それで、貴方が訊きたいのは何故ユーリ様があそこまで勇ましく戦っているか、ですね?」


 “勇ましい”というか、あそこまでいったら逆に恐ろしく感じるんだけど……。


「ユーリ様には先代勇者から引き継いだ固有能力ユニークアビリティの他に、二つの能力アビリティを持っています。その能力こそ“逆境”と“気分屋”です。

 “逆境”とは、自分が置かれた身体的及び精神的状況が悪いほど更なる力を発揮する能力。ピンチをチャンスにする、正に勇者であるユーリ様にとって最適な能力です。

 そして“気分屋”は自身の心の動きによりその本領が変化する能力。気分が良い時ならプラスに、気分が落ち込んでいる時ならマイナスになります。恐怖や陰鬱とは縁のないユーリ様にはプラスにしか働かない能力なのです」


 なるほど……。ユーリの能力アビリティについてはよく分かった。

 そして何故ユーリがあそこまで強くなっていたかも判明した。恐らくその二つの能力の相乗効果で今まで以上の力を引き出しているのだろう。

 しかし、それでも分からないことがある。


「なあ、聞いていて思ったんだけどさ、それって矛盾してないか? 今、ユーリは僕達同様、来たる巨巌竜への不安やケイロンさん達の安否で気が滅入っているはずだろ? それなら、その“逆境”とやらはともかく、“気分屋”でマイナス補正がかかるんじゃないのか?」

「まったく、これだからヒロは村人風情なんですよ」


 クリスはヤレヤレと言った風に首を横に振る。その仕草に僕は軽く苛立ちを覚えた。


「いいですか? 先程も言ったように、ユーリ様に陰鬱の二文字は存在しません。どんな時であれ、あの方が下を向くことはないのです」

「じゃあ何であっこまで暴れまわってんだよ?」

「ユーリ様とはいえ気分は落ち込まなくても、苛立つことならあります。“気分屋”の発動はその苛立ちが原因でしょう。馬車内ではずっとイライラしていましたから」


 僕から見たら全く判らなかったが、そうか、彼女はそこまで焦燥に駆られていたのか。

 それなら彼女がああなったのは僕が発端かもしれない。僕が不用意な発言をしなければ、まだあそこまでならずに済んだだろう。

 そう思いながら、半分ほどになった盗賊達を無言でボコボコにし続ける彼女を眺める。


「それに、丁度時期も悪かったですしね」

「時期? そういえばゴウラも『タイミングが〜』みたいなこと言ってたけど……。何かあるのか?」

「……ユーリ様は“あの日”が近いんです」

「………えー………」


 そのような理由を突きつけられては何も言えない。

 確かに女性はあの日が近くなるとイライラするとは聞いたことはある。が、あんな修羅道に落ちるほど苛立つものなのか……?


「普段はあそこまでお怒りになることは滅多に無いのですが……ケイロンさんやリンに対する心配、ヒロの失言による焦燥感の上昇、そして邪魔をされた盗賊への怒りであのようになってしまわれたのでしょう。ああ…お労しや」

「……えーと、こういう時って何かしてあげた方がいいのかな? タオルを渡したりとか……」

「家族でも恋仲でもない男性に心配されることほど屈辱的なことはありません。フォローはワタクシとアリスがやります。貴方は何も知らなかったふりをするのが懸命でしょう」

「……分かった」


 今回の件で改めて思った。女性ってホント大変なんだなぁ。

 そう思っていると不意にポンッと肩に手を置かれる。振り返ると、そこには悟ったような表情しているゴウラがいた。

 僕達の間に言葉は無かった。しかし、何となく心が通じ合った気がした。



 気がつけば、ユーリは盗賊共を一騎残らず制圧していた。というより、放っておけば死体蹴りを始めんかという勢いだ。

 しかし、その前にディカプラさんが止めに入る。


「その辺にしておけ。それ以上は俺たち騎士が黙っちゃいねえぞ」

「…………うん。ごめん、やり過ぎた」

「フゥ、反省はしてるみてえだな。一度馬車に戻ってろ。今日はここで野宿だ」

「……! ちょっと待ってよ!! こんなとこで野宿するより、早くケイちゃん達のとこに向かわなきゃ……!!」

「焦る気持ちは分かるが落ち着け。今の内に魔物避けの結界を張らなきゃ間に合わねえんだよ。それに、コイツ等にちっと訊きてえ事もあるしな」


 そう言って地面に伸びている盗賊の一人を指差す。その盗賊の手には、先程クヤタバイソンを操ったとみられる鞭が握られている。

 ユーリはその言葉に合点がいかないような表情を見せるが、一暴れして頭が冷えたのだろう、大人しくディカプラさんの指示に従う。


「分かった、今日は一先ず休むことにする。僕のせいで皆に迷惑は掛けられないからね」

「よし、決まったな。テメエ等、野営の準備をしろ! 今日はここでキャンプだ!!」


 彼の一言で騎士は素早く野営の準備に移る。

 流石訓練されているだけのことはある。各々の役割をしっかりと弁え、手際良くキャンプができていく。

 そして、逢魔が時を迎える頃にはすっかりキャンプは完成されていた。






 キャンプの様子は僕が予想より喧騒に満ち溢れたものだった。幾つかのテントからは、酒盛りでもやっているのだろうか、陽気に笑い合う声が響く。

 それは巨巌竜との戦闘の恐怖を払拭する為なのか、それともその事に備え英気を養っているのか、僕には計り知れない。しかし、気分転換としての役割は果たしているようだ。


 その酒盛りの場から少し離れた所に僕はいた。

 酒に酔った騎士のオッサン達に絡まれたくないというのもあったが、ただ何となく一人で夜風を浴びたい、そんな気分だった。

 僕から三十メートル前方には結界の端が淡く光っている。その向こうには何やら蠢く人型の影が見える。


「……あれは……?」

〔夜行性の魔物だろう。見たところによると、屍人ゾンビー悪霊ゴーストといった下級のアンデッドモンスターのようだ〕


 紅蓮が説明する。よく見れば彼が言った通り、血の通っていない人間が結界に近付くでもなくウロウロと徘徊していた。

 ゾンビなど初めて見たが、映画のように腐っているわけでもない。少々の気持ち悪さはあるが恐怖するものでもなかった。


「ふーん。……これをスマホで撮ったら心霊番組に売れるのになぁ……」

〔スマ……? ああ、前の世界の話か。それはともかく、近付くことはオススメしないよ。上級のアンデット系の怪異はたとえ目の前にいても気が付くことはないからね。不用意に結界から出て命を落としたら君も困るだろう?〕

「それはゾッとしないな。触らぬ神になんとやら。もう少しマシな場所に移動するか」

〔……いや、その必要はないと思うぞ〕


 紅蓮の言葉に疑問符を浮かべたその時、後方から自身の名を呼ばれた。


「あ、いたいた。おーい、ヒロー!」

「……アリス? どうかしたのか?」

「ええ、ちょっとね。アンジェラさんが昼間の盗賊から事情聴取をしていたでしょ? そのことで気になる情報が手に入ったかもしれないから、アタシ達全員呼んできてって」


 昼間にユーリによって完膚なきまでにボッコボコにされた盗賊の首領はアンジェラさん達とともにキャンプ中央のテントへと連れて行かれた。彼から何らかの情報を引き出すためらしい。

 アンジェラさんは『仕事柄ごうも……んんっ、事情聴取は得意なのです。任せてほしいのです』とは言っていたが……。

 そう言えばアンジェラさんが率いる南方騎士隊はモーラのマフィアを相手にしていると聞いたが、まさかね。


「分かった。今いくよ」

「アタシは他の人を呼びに行くわ。アナタは先に行ってて」

「りょーかい」


 アリスはそう言うとユーリとクリスが休むテントへ足を向ける。

 ……さて、僕も向かうか。そう思い中央へと歩き始めた。




 僕が中央のテントに到着して数分後、ゴウラとアリスがテントに現れた。

 テントにはフルーランス周辺の地図が置かれた長方形の大きな卓がドンと置いてあるのみ。その周りに僕を含め、ユーリ、クリス、そして騎士が数人と彼らに囲まれて半ベソかいている盗賊の首領。上座にはディカプラさんとアンジェラさんが居る。


「これで全員到着だな」と簡易な椅子に腰掛けるディカプラさんが言う。

「ええ。ところで、その“気になる情報”とやらはなんですか?」とクリス。

「まずはこれを見てくれ」


 そう言ってディカプラさんが卓にある物を置く。それは盗賊が所持していた鞭だった。

 見た目は鉄線ワイヤーを束ね紡いだような金属光沢が見受けられるが、どことなく革製レザーのようにも見える。なんとも不思議な鞭だ。


「この鞭がどうかしたんですか?」

「ああ、ちょっとな。少し調べさせてもらったが、この鞭には極小の洗脳用のルーンがびっしりと刻まれていたんだ」

「ルーン?」

「古来からある文字を媒体とした魔術の一種なのです。それが約五億三千万文字、鞭の先から取っ手まで隙間なく彫られていたのです」


 そのルーン文字の多さに僕たちは驚愕する。

 試しにディカプラさんに許可を取り、その鞭を手に取りよく観察してみる。……確かに、何やら文字のようなものが刻まれている。それはもう、まるで耳なし芳一のように隈なくびっしりと。


「そんなもん振るわれちゃ、魔獣は疎か人間や高位の魔物、果てはドラゴンすら操れるかもな」

「ドラゴンまで………。……! もしかして!?」


 嫌な予感が突風のように脳の中を走り抜ける。最悪なことに、その予感は当たってしまった。


「そう。まだ仮説に過ぎないが、この鞭は()()()()()()に“七つの美徳”が制作した可能性が高い」


 不確かな予感は確かな戦慄に摩り替わっていく。

 それと同時に新たな不安がアスファルトを破る雑草のように這い出してきた。

 覚醒し帝都を目指す巨巌竜グラン・ガイアス。そして竜をも操りうるかもしれないこの鞭。二つが指し示したのは最もあってはならない事態であった。


七つの美徳(やつら)が作っていない可能性は無いわけではない。だが、一応確認のためお前らにこいつの話を聞いてもらいたい。……オイ、さっき話した内容をもう一度教えろ」


 そう話しかけたのは、騎士に拘束されている盗賊の首領だった。

 彼はゆっくりと話し始める。


「あれは、ちょうど一ヶ月ほど前だった――――」



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 俺達は悪運の強いことだけが取り柄のボンクラ盗賊ギルドだった。

 その日も襲撃が失敗に終わり、何とか騎士たちから逃げ切ってアジトでくすぶっていた。そんな時だった、ヤツは突然現れた。


「おやおヤ、随分と陰気なアジトですねェ」


 声がした味との入り口に目を向ければ、そこにパツパツのタキシードを着た小太りの仮面の男が立っていた。

 俺達は確かに閉じたはずのアジトに入られたことより、俺達を追ってきたものだと思い込み軽くパニックになった。


「て、テメエ! 騎士共の仲間か!?」

「騎士……? あア、違いますヨ。違う違ウ。ワタシはアナタ達を捕まえに来たのでありませン」


 到底そんなことを信じるほど俺らもバカじゃねえ。

 当然ひっ捕まえて口封じしようとした。その考えを行動に起こそうとした瞬間―――


「余計な事はしない方が身のためです」


 俺の背後に女が喉元に刃物を向けて立っていたんだ。

 いや、俺だけじゃない。仲間全員が俺と同じく、ピエロの面を付けた巫山戯た格好の奴等に背中を取られていた。

 その時初めて“得も言われぬ恐怖”ってやつを感じたよ。同時にこいつ等は逆らっちゃいけないヤベー奴だと漸く理解したんだ。


「ワタシ達は別にアナタ達と争いに来たわけではないのでス。少しばかり協力して頂けたなラ、と思い馳せ参じた次第ですヨ」

「……きょ、協力って、一体何をするつもりだ?」

「安心して下さイ。アナタ達にデメリットはありませン。アナタ達にはコレ(・・)の試験運用を頼みたいのでス」


 そう言って奴が出してきたのが、例の鞭だった。


「これは……?」

「我々の組織が開発した絶対服従の鞭。コレを一度振るえバ、如何なる生物であろうと所持者の言うことを聞ク……はずの代物でス。我々はこの鞭を“貪食の紐・偽造グレイプニール・レプリカ”と呼ばせてもらっていまス」


 一通りの説明を終えると奴はその鞭を乱雑に投げて寄越した。

 どんな生物でも操れる魔法の鞭。そんな話、そう易々と信じられる訳なかった。

 だからと言って、断ると何をされるか分からない。俺はただ黙って頷くしかなかった。


「ご協力感謝しまス。そうそウ、操るならなるべく巨体で力や知性が高い生物にして下さイ。そうでないト、テストプレイになりませんかラ」


 そう言い残すと、奴は踵を返し足早に帰ろうとする。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! テメエは……テメエ等は一体何なんだ!?」

「あア、私としたことガ……自己紹介を忘れていましたネ。失敬失敬」


 奴は再びこちらを振り向き、深いお辞儀とともに自身の名を言った。奴の名は―――


「ワタシは“七つの美徳”が一人。名を節制の徳(テンパランス)、と申しまス」


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「―――ここまでが、俺達がその鞭を手に入れた経緯だ。その後はクヤタバイソンの群れをまるまる操り、それを利用して強奪を繰り返した」


 ……まさか、まさかこんな所でその名を聞こうとは、思いもしなかった。

 七つの美徳、節制の徳(テンパランス)。つくづく因縁の深いやつだ。


「お前らをわざわざこんな辛気くせー所に呼んだのは他でもない。お前らは確か、このテンパランスって奴と一度会ったことがあるんだよな?」

「ああ。そん時は俺らだけじゃなく、ケイロンや他の騎士もいたがな」

「そこの盗賊の証言による口調や見た目から、アタシ達と邂逅した者と同一人物でしょう。彼はポオク集落の全滅やドレミファの領主暗殺を手引した張本人です」

「ああ、そこらへんは報告で上がっている。ということは、この鞭の製作者はやはり“七つの美徳”で間違いないな」


 予想はしていたことだが、やはりこの一連の騒動にも“七つの美徳”が絡んでいたか……。しかもまた懲りずに竜を操ろうとしている。

 この貪食の紐(グレイプニール)とやらがどこまで強力なものか判断できないが、もし巨巌竜が完全に奴らの手中に入ったとすれば……想像するのも恐ろしい。


「……話はここまでにしよう。お前らも夜遅くに呼んで悪かったな。明日はついに対巨巌竜用戦略拠点となる城塞都市アンミューに着く。そのためにゆっくり休んどけ」


 それはディカプラさんなりの優しさだったのだろう。

 僕たちは次々にその意を応え、テントを後にする。



 今日は驚くべき情報が一斉に入ってきた。その整理のためにも、取り敢えず今日はもう休もう。


 それに、明日はついに巨巌竜と対面するかもしれない。

 その事に形容し難い心のざわめきを感じながら、僕は一つの夜を過ごした。

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