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村人Aの異世界叙事詩  作者: ユッケ=ビビンバ
第三章 災いの詩〜双竜覚醒編〜
38/120

第38話 騎士の休息

新章開幕です!遅れてすいません!!

今回はどちらかというと番外編よりの内容になっています。

勇者ユーリの幼馴染である騎士ケイロンに焦点を当てた作品です。

注)主人公は全く出ません

 広大な世界、その中で最も広い面積を持つ大陸マザーズ。その西端に三大国の一つ、ユニオス連合帝国がある。

 ユニオスは大小二十程度の国々が集まり形成された“多国籍国家”である。その帝国を構成する国の一つ一つに自治権が存在し、今も二十人の国王や主導者が自らの国のまつりごとを執っている。


 そのユニオスにおいて地理的にも役割的にも中心に位置するのが帝都キャメロスだ。

 この都市一つで一つの国であり、連合帝国の根幹ともなる。まさにユニオスの“心臓”なのだ。

 帝国最大の都市と認定されたその都市は四方を難攻不落の白亜の壁で覆われ、更に北方を険しい山脈で囲まれた自然と人工の城塞都市である。

 国旗および国章は皇帝の持つ聖剣を模した十字架と、月桂樹の葉と茨が絡まってできた冠。

 都市の中心には国会議事堂、帝国騎士団本部、皇帝の牙城兼自宅の役割を内包した巨大な城が建っている。

 今、その城中で一つの会議がなされていた。





 キャメロス城内 円卓の間

 ここに十三の人影がある。そのうちの立っている一人、赤い鎧姿の男が話を締めにかかっていた。


「―――以上より、件の組織の目的は竜、もしくは“竜石”保持者かと思われます」

「うん、わかった。東方部隊は引き続き旋風竜の竜石保持者の護衛に当たってくれ」

「御意」


 ここに集まっているのは帝国騎士団でも選りすぐりの実力を持つ騎士達、人呼んで“聖十二騎士ゾディアック”とその主君である皇帝だ。彼らは皇帝を春分点に置き、時計回りに彼らの冠する星座の並びで座っている。

 彼らが今話している議題、それは“七つの美徳”についてだった。


「竜の魔力がこもり、自在に竜を呼び出すことのできる“竜石”。その保持者を狙うとなると、やはり奴らの目的は竜の力……」

「そう決めつけるのは早計だと思うのだがな。たしか落石による暗殺だったんだろ? ただの事故じゃあなかったのか?」

「確かに一見事故に装っていたが、僅かに魔力による細工が仕込まれていた。まず間違いないだろう」

「人為的であろうとその犯人が例の集団とは限らない。それが“七つの美徳”によるものと証明できるのか?」

「それは難しいでしょう。何せ今まで存在すら確認できなかった者達です。ですからこうやって地道に調査をしているのです」

「んなことは分かってる。それよりまず知るべきは奴ら自身についてだ」


 騎士達は自らの言いたい事を言いたいように言っていく。それはもう千鳥の鳴き声のように一斉に。

 一人一人が騒ぎ立て収拾がつかないかと思われたその時、皇帝の一声が響く。


「静粛に」


 そのたった一言でやいのやいのと騒いでいた騎士たちは一斉に口を閉じる。これが皇帝の、人の上に立つ者の威光とでもいうのだろうか。

 皇帝は外見から推測するに五十路から六十路ほどか。白髪交じりのくすんだ金髪、蓄えた白い口髭と顎髭、刻み込まれたかのような皺からそれは窺える。

 しかしマントやら服やらで隠されていてもわかる鍛え抜かれた屈強な肉体、そして今なお廃ることのないその眼光から現役の戦士であると分かる。


「シーザー、記者達には勘付かれてはいないな?」

「はい、ただの事故と処理されています」

「そうか。国民に余計な不安を与える訳にはいかないからな。キッド、捜査部隊は残りの竜の居所を突き止めたのか?」

「ああ。つっても二体だけだがな」


 草臥くたびれたトレンチコートを制服の上に着込み、無精髭を生やしたこれまた五十代の男が立ち、魔道具を使って円卓にユニオス全土の地図を映す。

 地図には二点、フルーランスとラトニアの国境辺りとモーラに赤い円が描かれていた。


「過去の文献、地質的調査から推測される二頭の居場所はココとココ。モーラのヴォルビオ火山に獄炎竜ヴァニファール、フルーランスと西ラトニアの国境に広がるニリペオス山脈に巨巌竜グラン・ガイアスが居る可能性が高い。天帝竜、旋風竜、大海竜はまだ調査中だが、恐らくユニオスにはいないな。あとそれと……」


 キッドはトレンチコートから一枚の写真を取り出し、皇帝の方まで卓の上を滑らせて渡す。

 その写真に写っていたのは岩山。そして、その岩の影に隠れるように写り込んだ謎のピエロの姿だった。


「貴重なカメラで撮影した。件のニリペオスでの写真だ。見てわかるようにピエロが写っている。このピエロ野郎とホシとの関連に確証はないが……」

「芸を見せに来た訳では無さそうだな」

「ハイキングに来たようでもな。まず間違いなくホシの関係者だろう」


 話を聞いた皇帝は眉間に皺を寄せ険しい表情を見せる。そしてゆっくりと瞼を閉じ、右手の親指の腹を顎の輪郭に宛てがう。これは皇帝が熟考するときの癖だ。

 暫くして瞼が開けられる。


「マックス、これをどう思う?」

「すぐに連隊、できれば旅団を組みニリペオスへ大規模な調査をした方が宜しいかと。広大な山脈での調査、そして七つの美徳がいる可能性を考慮するとこれくらいが妥当でしょう。

 逆にヴォルビオは少数精鋭で行きましょう。市街地にも近く観光名所であるヴォルビオ火山に騎士が大人数で行った場合、市民に不安を与えます。表向きは火山活動の調査とでも銘打って一時的に封鎖しましょう。できることならハンターでも雇った方が都合がいいのですけれど」


 迷うことなく、かつ的確に騎士団が為すべきことを述べるマックス騎士団長。流石は“裁定の天秤宮”といった所か。


 ユニオス連合帝国騎士団長、裁定の天秤宮、聖騎士パラディンマックス・フォン・ラインハルトの名はこのユニオスの地において知らぬ者なしと言っても過言ではないだろう。最強無敗の英雄級、最強の体現者、もうこいつ一人でいいんじゃないかな、と言われる通り彼は戦闘において無双の実力を誇る。人間が成し遂げられないLV99に辿り着いた者の一人であり、帝国唯一の聖騎士であることでも知られている。

 彼の武勇伝は数あれど、やはり一番に挙げられるのは“ハン族族長の討伐”だろう。


 十年前、帝国はハン族の侵攻により未曾有の大混乱に陥られた。常軌を逸した身体能力を持つ彼らに多くの騎士やハンターによる義勇軍は為す術もなく殺されるばかりであった。特にその首領であるエイリッタ・ハンは実に強大で、名立たる英雄が彼によってその伝説の幕を閉じることとなった。

 そんな彼に単騎で立ち向かい見事その首を取って見せた者、それこそが当時まだ十二歳の少年であったマックスだった。彼には生まれながらに未来予知にも近い正確な判断力と反射的な即断力があった。それにより最適な攻撃、最適な防御を導き出し、エイリッタを圧倒したという。人工知能のように超正確かつ迅速な選択こそ彼の強みなのだ。


 そんな彼の下した判断。それは他の聖十二騎士は勿論、皇帝でさえその判断に異論を吐くことはない。


「よし、わかった。ケイロン含める西方部隊はすぐさま連隊を編成しニリペオスに向かえ。レイシャたち、第一部隊解析班もついていき、調査のサポートに回れ。あくまで目的は巨巌竜がいるかどうかだ。仮に七つの美徳と思しき輩と遭遇しても無理に確保する必要はない。やむを得ない状況でのみ、その剣を取れ」

「「はっ!!」」


 栗色の髪で目つきの鋭い男“人馬宮”ケイロンと艶のある長く黒い髪を持った眼鏡の似合う女“双魚宮”レイシャが皇帝の命に応える。

 策を立て大人数を率いることに関しては、マックスに次いで双璧を成す二人だ。きっと皇帝の期待に応える結果を見せてくれる事だろう。


 次に皇帝はまた別の二人の名を述べる。


「エラ、キッド。お前達はモーラのヴォルビオを調査せよ。双方の人員合わせて分隊程度にするように」

「あいよ」

「了解なのです!」


 先程の中年の男性“磨羯宮”キッドと見るからに幼女である“双児宮”エラと呼ばれた二人が、まるで友人と話すかのように返事をする。

 皇帝はその事が日常の一片であるように咎めることなく平然としている。



 方針が決まり、後は解散するだけかと思われた。

 その時、一人の少年が手を挙げる。


「あの〜、すんません。ちょっと気になったんですけど、なんでハンターを呼ばないんですか?」


 手を挙げた少年の名はネロ。彼は聖十二騎士の中で最も若手で、歳はケイロンと同じ十六歳。第一印象は爽やか、次に来るのが超ポジティブだろう。輝く金髪、碧い瞳、そして曇りの無い純粋な笑顔が素敵な好少年だ。騎士団の制服を少し着崩していることから年相応のヤンチャさが垣間見える。彼が冠する名は“宝瓶宮”、そして“明朗の勇者”でもある。


「そういえば、君は聖十二騎士入りしてからは日が浅かったね」

「はい、マックスさん! 一年と二ヶ月になります!」

「それじゃあ知らないのも無理ないね。本来ハンターは野獣や魔物を専門に、騎士団は対人に重きを置いているが、国家を揺るがすような重要案件については協力してきたのが定石。しかし、機密案件になると少しでも情報の漏洩を防ぐために外部の人間には勿論、騎士達にも一部の者にしか内容を伝えられないんだ」

「ふ〜ん、そうだったんすね。納得です! ……にしても、そうなるとハンターの協力は望み薄ですね」


 その場にいる誰もがわかりきっていることをぼやくネロ。それは全員にその事実を再確認させているように思えた。


「そうなんだよなぁ…。騎士だけでもいけるが、やはり餅は餅屋、探索にはハンターだからなぁ」

「ま、なんとかなるっしょ! 自分たち騎士もハンターに負けず劣らずなんですから!」

「相変わらず前向きだね、ネロ君は」


 ネロの持ち前の明るさでその場の空気は多少和らいだが、依然ハンターの協力を仰げないという事実は覆せない。

 やはり騎士のみで調査するしかないと誰もが思っていたその時、またもや一人の少年が手を挙げる。


「すみません。ちょっとよろしいですか?」

「む? 何だ、ケイロン。申してみよ」

「恐れながら、皇帝陛下。自分に数名、協力可能なハンターの心当たりがあります」


 ケイロンの言葉を聞き、騎士達が僅かに騒然とした。

 協力可能なハンターがいる。それは彼らに希望と、そしてほんの少しの疑念を抱かせた。


「それで、そのハンター達はどういった者達なのだ?」

「はい。彼らは先のポオク事件の関係者達です。既に竜と七つの美徳について知っています。彼らの名は戦士ゴウラ・ウォーロック、魔術使アリス・ヴァイオレット、僧侶クリスティーナ・フォン・ラインハルト、勇者候補ユーリ、そして異世界人センダ・ヒイロ」

「なに!? それは本当かい、ケイロン君!?」


 その場にいる誰よりも驚愕してみせたのはマックスであった。

 彼の驚きように全員が目を丸くしている。


「え、ええ。確かに団長の妹さんもいますが心配には及ばないかと……」

「あぁ、いや違う違う。そうじゃないんだ。…いやぁ、彼らがねぇ。通りで……」

「……その者達を知っているのか?」

「ええ。彼らとは一度会ったことがあるのですよ。実力については私の方から保証します。彼らの内の三人、ユーリ、アリス、ゴウラは地竜ワームを討ち取り、異世界人であるヒロ君は岩石兵ゴーレムを圧倒しています。助っ人には充分かと」

「ほう……」


 皇帝はその話を自身の顎髭を触りながら静かに聞き入る。

 聞き終えた後、数秒の間だけ親指を顎に添えたかと思うと、ケイロンに向き直り告げる。


「うむ、良いだろう。ケイロン、その者達をヴォルビオ火山探索に参加するよう協力を仰いでくれ」

「了解しました」

「うむ。他に申したい者はおらぬか?…おらぬのならこれにて此度の円卓会議を終了とする」


 皇帝の言葉で各自が好きなように席を立つ。

 今は丁度お昼時だ。多くの騎士たちの顔から、彼らの思考は会議の内容から“今日のランチは何にするか”ということに切り替わっていることが窺える。






 城内 西の通路

 名前の通り城の西に面するこの通路からはキャメロスの西方を一望することができる。

 太い柱の間からは少し西へ傾いた日の光が差し込んでいる。


 その光に片足を晒しながら歩く男が一人。

 栗色の逆立った髪。壮年の馬のように強く鋭い目。年の割に愛想の一つもない仏頂面。背筋を張り肩を微妙に前後させながら歩く姿は一人前の雄々しさを見せる。胸にある三つの勲章から彼の実力と忠誠心が窺える。

 そんな彼の名を呼ぶ者が一人、後方から彼を追いかけてくる。


「先輩! ケイロンせんぱ〜〜い!!」


 不意に呼ばれた当の本人は立ち止まり、眉間にほんの少し不快感を表しながら呼んだ者の方へ振り返る。

 後ろから手を振りながら走ってくるのは彼と同年代の若い騎士だ。


「…はぁ。ネロ、俺達は同い年なんだから“先輩”って言うのは止めろ」

「え〜、いいじゃないッスか。騎士歴で言ったら先輩のが上なんですし。…あっ、じゃあ“ケイロンさん”ってのはどうすか!? これならいいっしょ!?」


 ケイロンはまだ若干の不満が残る表情でネロの顔を見つめる。だが、本人はそのことに気付いていないのか、はたまた了承してくれると思い込んでいるのか、満面の笑みでそれに返す。

 これには流石のケイロンの方が折れるしかなかった。


「…ったく。勝手にしろ」

「は〜い、勝手にしま〜す!」


 二人は止めていた歩みを再び進ませる。


「ケイロンさんはこん後どうするつもりですか?」

「食堂で飯済ませる」

「昼飯にするんなら自分良い店知ってますよ! 一緒にどうですか!?」

「いや、俺は……」

「そこのパフェが美味しいって話題なんですよ。とびきり大きくてとびきり甘いって。何層も重ねられたフルーツやムースの上にこれでもかと生クリームを乗せているらしいです」

「………ほう」


 ケイロンの目の色が明らかに変わる。その瞳はまるで獲物を見つけた狩人のものだ。

 あまりにも強い眼光のため誘ったネロも一瞬尻込みしてしまっている。


(甘い物に目がないって噂、マジだったんだな……)

「城下町の南区にあるらしいですよ。行きませんか?」

「……まあ、たまには、良いかもな。もし食べ足りなかったら、パフェでも食べてみるか。もし食べ足りなかったら、な」


 本人は必死に隠しているつもりだろうが、あからさまにその魅惑的なパフェに心を奪われている。

 憧れの先輩の意外な一面を知って、嬉しいような虚を衝かれたような微妙な表情を見せるネロ。

 彼は気を取り直して仕切り直すように自らの先輩に話しかける。


「そんじゃ、早速行きましょうか! 急いで下さい、そのパフェ個数限定なんですよ!」

「なんだと? それを早く言え!」


 歩いていた足を小走りほどにまで速度を上げ、二人の騎士が通路の奥へと消えていった。





 そこはきれいで小さなカフェだった。赤い屋根の昔ながらの木組みの小さな店。屋根からは巨木の幹が伸びている。見た目より年季の入った店なのか、それとも木が生えていた所に新しく建てたのか、そこは推し量れない。

 そんな店の前に二人の騎士が立っていた。


「ここがそうなのか?」

「そうですよ。ここのカフェのランチは結構豪華ですからね、男女問わず人気なんですよ」

「そうか」


 確かに店内を覗けば、老若男女が入り乱れてサンドウィッチやカレーライスなどと言ったものを口に運んでいる。それに先程からコーヒーやパンの焼ける匂いによって鼻がくすぐられ、腹は荒れる獅子が如く唸りを上げている。

 空腹に耐えかねた二人は自ずと足を店の入り口の方に進ませる。


 扉を開けると前々から感じ取っていた香りが勢いを増す。店内は外装と合うようにウッド調で統一されている。入って右側にはカウンター兼キッチン、奥にテーブルが並んでいるという間取りになっている。

 二人が入ると早速黒いエプロンをまとった若い女性店員が彼らに近付いてくる。


「お客様、何名でしょうか?」

「二人。禁煙席を頼みたい」

「分かりました。奥へどうぞ」


 彼女に案内されるまま歩く騎士二人。彼らが通されたのは表の通りがよく見える二人席だった。


「ご注文がお決まりになった頃に伺います」

「ありがとうございます」


 メニューを開く。流石若者向けに作られた店だけあって載っているメニューは豊富だ。どれもこれも目を引かれるものばかりだ。


「う〜〜〜ん……。特製パスタも美味しそうだし、オムライスも美味そう…。でもやっぱ自分はカレーっすね! ケイロンさんは?」

「……チキンサンドのランチセット。飲み物はホットコーヒー」

「了承です! すんませ〜ん、注文いいですか?」


 注文を済ませ、ランチが運ばれてくるその時まで二人は表を眺めながら談話にふける。


「そういえば、ケイロンさんはなんで騎士に?」

「……随分といきなりだな」

「ちょっと気になっただけですよ。ちなみに自分は勇者に選ばれたこともそうですけど、何より騎士になりたかったからですね。だから今あの聖十二騎士と一緒にいれること自体、自分にとっては発狂もんなんですよ」

「そ、そうか」


 ケイロンは思い返すような瞳で表を眺める。視線の先には二人の子供が楽しそうに走っているのが見える。彼らの手には新聞を丸めただけの簡易な棒を握っている。それを振り回してチャンバラごっこでもやっているのだろうか。

 そんな子どもたちを見つめるケイロンの頬が僅かに緩む。


「俺は、あんな若い子どもたちを、未来の希望を守りたくて騎士になったんだ」

「…守りましょう。自分たちの力の限り」

「ああ」


 外を眺める二人。外には守るべき市民がいる。外には守るべき街がある。彼らの視界に入るもの全てが彼らが守るべきかけがえのない宝なのだ。

 彼らの瞳は再び決意したかのように強い意志が灯っている。七つの美徳に決して傷付けさせまいという意志が。




「ホットコーヒー、お二つお持ち致しました」


 不意に視線とは逆の方向からそう話しかけられる。

 振り向くと席を案内してくれた店員が笑顔でコーヒーを持ってきてくれていた。


「ああ、ありがとう」

「お料理はもうすぐお運びします。もう少しだけ待ってくださいね、騎士様」


 店員は気さくにそう言うと、すぐに次の給仕のためキッチンの奥へと消えていった。


「……騎士様、か。……へへ……」

「“騎士様”には似合わない間抜け面だな」

「ちょっ!? いや、これは――!」

「恥ずかしがる必要ないじゃないか。人に注目されたくて入団する者もいると聞くぞ」

「いや、自分はそんなつもりじゃ……!」


 言い返そうとするが、これ以上何を言っても聞いてくれないと悟ったのか、ネロは大人しく引き下がることにしたようだ。

 その時、ネロはありえない光景に出くわした。


 ケイロンがコーヒーに角砂糖を入れる。ここまでは至って普通のことだ。

 一個、二個。これくらいはまだ普通だ。三個、四個。まあ、甘党の彼なら納得できる。五個、六個。これはもう流石に擁護できない。結局ケイロンは七個もの角砂糖を自身のコーヒーにぶち込んだ。

 しかし、それに飽き足らず次はカップから溢れ出さん限りのミルクを投入していく。もうこれではコーヒーの味なんてしないも同然だろう。

 ケイロンはコーヒーとは名ばかりのソレを溢さないように器用にかき混ぜ、口に運ぶ。


「……ん、うまい」

「あの、ケイロンさん…。いつもそんなに砂糖を入れるんすか?」

「? ああ、そうだが」

「…ソッスカ。あ、いや、そんだけっす。個人のやり方にとやかく言うのは野暮ですから……」


 そう言いながらネロは自分のコーヒーに角砂糖を一個、ミルクを適量だけ入れて口に含む。ケイロンはそんな彼を怪訝そうな顔で見つめ、コーヒーをもう一口だけ喉に通す。


「……そういや、協力を仰ぐハンターの一人にケイロンさんの幼馴染いましたよね?」

「ユーリのことか? 確かに幼少の頃からの馴染みだが」

「その娘のことなんですけど、心配じゃないんですか? ベテランの二人がいるとは言え、ヴォルビオ(あそこ)には竜がいるかもしれないんですよ」


 彼の口から発せられた懸念の言葉にケイロンは呆けた顔で応える。

 そしてすぐに軽い笑顔に戻り、皮肉でも言うような調子で口を開く。


「お前にしては随分と消極的な発言だな」

「自分だっていつまでも能天気でいられません。考えるときは考えて、最悪の状況を常に踏まえておくのも大切です」

「それは誰の忠告だ?」

「アスト副団長です」

「ああ、なるほど……」


 納得しながらケイロンは一度コーヒーを飲む。


「話を戻そうか。ユーリの事だが……まあ、そこまで心配はしてないよ」

「そこまで信頼しているんですか?」

「信頼、とはまた違う気がするな。アイツは既に一度竜と対峙している。それも最強の天帝竜とだ。その上で無事に帰ってきているわけだから、今回もケロッとした顔で戻ってくるだろうよ。それに……」

「それに?」


 ケイロンは今再びネロの顔を真剣に見つめ、彼自身に説くように話を続ける。


「アイツは勇者候補だ。そう簡単に死んでたまるか」


 ケイロンの目には絶対の自信とも取れるような輝きが宿っていた。ケイロンがユーリ、否、勇者に寄せるもの。それは信用でも信頼でもない。もはや信仰にも近い確信なのだ。


 彼の言葉を受けたネロの口角が次第に上がっていく。その顔は喜びに満ちたものへと変化していく。

 ケイロンが放った言葉はユーリだけでなく、自分にも言われている。そんな確証もない事実を、ネロは不思議と受け入れていた。

 仮にそうでなくとも、同じ勇者候補がよく思われていると感じると、また違った喜びが彼の内から湧いた。



「お待たせしました! チキンサンドとカレーライスになります!」


 そうこうしている内に頼んでいた料理が運ばれてくる。

 スパイスの香りが食欲を誘う黄金のカレーライス。ローストされた肉厚のチキンが新鮮な野菜とそれを引き立てるドレッシングとともに出来立てのパンで挟まれたボリューミーなチキンサンド。

 その二つが腹を空かせた二人の騎士の前に出される。


「うっひょー! 美味そう!! 早速頂きましょう、ケイロンさん!」


 目の前に出されたご馳走に興奮を隠せない様子のネロ。対しケイロンはあまり機嫌が良くなさそうだ。


「どうかしましたか?」

「……いや、何でもない」

(デザートのパフェ食べられるかな……)


 二人は食器を手に持ち、少し遅めのランチを開始する。

 午後の陽気はいつもと変わらず街を包んでいた。

主人公が登場どころか名前を少しだけしか言われない始末

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