第37話 家族
毎度思いますが、前書きに何を書いていいか分からない。
あらすじも毎回同じようなことばっかだし。
だから今回は単行本の前書き風に愚痴ってみました。
昼時を過ぎ、誰もが満腹感と温かい日差しで睡魔に襲われる頃、その時分に一台の馬車がパリリーの門をくぐる。
その二人しか乗っていない馬車は真っ直ぐと都市の中央、フルーランス王宮へと向かう。
数日振りの街は変わらず明るく賑わっている。それは世間を知らぬ純真な子供のように。
街道に並ぶ店前は客引きのため大きな声を出し、それにつられ市民が店の中を覗き込んでいる。街道を行く者達は老若男女、その顔は千差万別の表情を見せている。
それを横目に御者は僅かに微笑む。愛する街の平和こそ真に幸福であるとでも言わんかのように。
「帰るべき場所がある事はやはり良いものだな」
「だな。どんな所へ行こうと、やっぱり一番落ち着くのはこの街だ」
どのような言葉をもってしても、この気持ちの全てを表すのはほぼ不可能だろう。
敢えて一言で表すならば、それは“安心感”と言える。
その安心感を謳歌していると、すぐに王宮の門が見えてくる。
そこに寄せると中から二人の近衛騎士が出てきた。
……ん? この人たちどこかで見かけたような?
「すみません、こちらは王族専用の出入り口となっております。王宮へ観光の方は東に回って正面ゲートから……って、あら、確かアンタは」
「お〜、君は確かフローラ様と一緒にいた……えっと、フィロ?」
「ヒロです、泉田緋色」
「そうそう~、ヒロ君だ~。久しぶり~」
「四日振りくらいかしら。元気にしてた?」
「まあ、はい。おかげさまで」
普通に話してはいるけど、正直この人達の名前を未だ思い出せない。
どっかで会ったとは思うんだけど……あー、もう少しで出てきそう。
しかし、僕の答え待たずして荷台から正解が発表される。
「エマ、シルヴィ、ただいま。二人とも元気そうで何よりだ」
「「だ、団長!!?」」
そうだそうだ、エマとシルヴィだ。確か負傷していたエピーヌを治療していた二人だったっけ。
「団長~! お戻りになっていたんですね~!」
「ああ、丁度先程な。私がいない間、異常はなかったか?」
「はいっ! パリリーはいつも通り平和でした! それより、お身体はもう宜しいのですか?」
「まあな。あちらで腕利きの者に治してもらった。心配をかけたな」
「いえ、団長が元気ならそれで良いんです。……そういえば、団長が帰ってきたという事は、宝物はっ!?」
「案ずるな、ここにある。それよりも、このことを早く国王にも知らせたい。通してくれるな?」
「勿論ですっ! シルヴィ、私は門を開けるから貴女は国王に報告を!」
「りょ~か~~い!!」
シルヴィが奥へと駆けていく。少しして門が開いた。
「どうぞ、お通り下さい!」
「ありがとう。手間をかけさせるな」
「いえっ! それより早く中へ。ルイ王子はじめ多くの者が団長の帰りを待っていました」
一瞬、『あのルイ王子がぁっ!!?』と叫びそうになった。しかし、よく考えてみれば彼がエピーヌを心配するのは至極当然のことだろう。
あの方は“意外にも”思いやりのある人だ。普段の言動と態度から他人からは勘違いされるが、まあ一種の“ツンデレ”というやつなのだろう。でも男のツンデレって需要無いよな。
馬車を王宮の入り口付近に停め、エピーヌを荷台から降ろす。
すると王宮内から一人の近衛騎士が待っていましたと言わんばかりに駆け寄ってきた。
「エピーヌ!!」
「おお! ロザ……」
彼女の名を呼ぼうとする。しかし、それは彼女の抱擁によって中断させられた。
エピーヌの顔はその騎士の豊満な胸部に埋もれて見えなくなってしまっている。あれでは呼吸もままならないだろう。
なんてうらやま……ゴホンッ、羨ましいッ!!
「エピーヌ、よく無事で」
「く、苦しい……。ロザリー、苦しい。む、胸が……」
「あら、ごめんあそばせ」
命辛々おっぱいでの窒息死、略して“おっぱい死”を免れたエピーヌ。目を充血させて湿った咳を吐いている。
対しおっぱい殺人未遂者ことロザリーはその凶器をブルンと震わせながら、彼女に謝罪する。
「ごめんなさいエピーヌ。久々に会えたものでしたので、つい……」
「いや、逆に懐かしいよ。昔はよくこうやって死にかけていたからな」
「まあ、言いましたわね」
楽しげに話してはいるが、話の内容がおかしいと思うのは僕だけなのだろうか?
なに? よくおっぱいで死にかけていたって何なの? これが女の子の普通の会話なの? それとも紅薔薇の騎士ジョーク?
「それよりも、国王陛下のことなのですけれど……」
「ああ、今すぐにでも玉座に向かおう」
「いえ、違うのです。実は……」
フルーランス王宮内 国王の寝室
個人の部屋としては些か大きすぎるその部屋は、国王の部屋にしては質素な雰囲気を感じさせた。
部屋には国王の名に相応しいキングサイズベッドと国家に関わる重要な書類が乱雑に山積みされた木製の机しかない。
そこに二人の男女がいた。
一人は女騎士。彼女は扉を背に直立不動の姿勢でいる。
もう一人はベッドに腰掛けている。服装が寝間着であることから先程まで寝ていたのだろう。
―――長い静寂が二人を包む。二人とも話そうとしない。それどころか目さえ合わそうとしない。
しかし、このままでは埒が明かない。意を決して女騎士エピーヌが切り出す。
「あの、国王陛―――」
「此度の宝物の奪取、大儀であったの」
「……お褒めの言葉、大変恐縮でございます」
再び静寂が彼らを包む。
互いに話すのを拒んでいるのか。それとも相手に何を言って良いのか分からないのか。
恐らく後者だろう。二人の関係を考えると当然だ。
二人はただの主君と従者ではない。国王と妾の子。権威と血縁が深く複雑に絡まり合い、どう接すれば良いのか分からなくなってしまっているのだ。
「……国王。お体の方は……」
「聞いているだろう。貴君が居らぬ間に私の病状は悪化。今やこの部屋から一歩も出られぬ身となってしもうたの」
「ッ……」
この男は散々私を虐げてきた。武勲は認められず、手柄は与えられず、功績は讃えられなかった。
だというのになぜだろう、この男を憎いとは思えない。むしろかわいそうと哀れみさえ感じる。
それは自身が勇者であるためか。国王であれ、父親であれ、この男のこのような姿にエピーヌは心配せずにはいられない。
たとえ罵られてもいい。私はこの人の為に全てを尽くさなければ……ッ!
「シャルル国王! しばしお待ちを! ウィザが潜んでいた彼の森に天寿草と呼ばれる霊薬がございます! それを煎じて飲めば国王のご病気も必ずや治るものかと! 今すぐ騎士達を招集し、ブォワホレの森に―――!」
「よい、もうよい。貴君……お前の気持ちはよく解ったの。しかし、私はこのことを天罰と受け止めた。お前を冷遇してきた報いだとの。このまま死ぬのなら、それでよいのだ」
その言葉にエピーヌは憤慨する。
彼女が何より嫌うこと、それは不当や不平ではない。それよりも許せぬのは“生きることを諦めること”だ。
「滅多なことを仰らないでくださいッ!! 何が天罰ですかッ!! 私を冷遇してきた報い!? そんな程度で一国の王が死ぬのなら、この世の全ての人間はとっくに死に絶えています!! それに私は一度も憎しみを持ったことはありません! 確かに、今までの扱いは苦しいものでした。しかし、私はこの国に、国王に忠誠を誓った身です!! 陛下に反感など持つはずもありません!!」
言いたいことを、頭に浮かんだことを、ありのまま国王にぶつける。無礼は承知だ、それでも言わせてもらう。
喉は大声を出し続けたため今にも潰れそうだ。頭は血が上りすぎて破裂寸前。肺は出した空気を取り戻そうと、伸縮を繰り返している。
その言葉を受け止めた国王は突然のことに目を丸くしている。まさかエピーヌがここまで自身を思っていたとは思ってもみなかったのだろう。
暫く放心状態となっていたが、少しすると病人とは思えないような大声で笑い始めた。これにはエピーヌが目を丸くする。
「ワッハハハハハハ! そうだの、その通りだの! 私は一体何を世迷い言言っていたのかの! ありがとうの、エピーヌ。お陰で目が覚めた」
彼が初めて向けてくれた笑顔。そして心からの感謝の言葉。それらはエピーヌにとって、かけがえのないものだ。
嬉しさのあまり、胸がはち切れるかと思うほどいっぱいになる。ふと自身の頬に暖かい液体が伝っていることに気付く。確認してみると、それはやはり自身の涙だった。
とめどもなく溢れ続ける涙を拭き、ようやく一言、王に、父に言葉を伝える。
「ッ……はいっ!!」
自身に縛り付けていた柵を断ち切れた二人は、並んで王のベッドに腰掛けていた。
「……もう、落ち着いたかの?」
「はい、もう大丈夫です」
顔を上げたエピーヌの目は充血し、その周りは腫れている。
それでも健気に笑顔を見せようとするさまは、誰もが心打たれることだろう。
「申し訳ありません。このような醜態を晒してしまって」
「構わん、構わんの。……それより、例の条件についてだが」
「条件、ですか?」
「フローラが申しておったことだ。お前を私の嫡子だと正式に認めるという条件だったはずだの」
「ああ、そういえば……」
エピーヌはウィザに奪われた宝物を取り戻す。その暁に国王は彼女を認知する。それが二人の間に交わされた約束だった。
とはいえ、それは現第一王女のフローラが勝手に国王に押し付けた条件であったのだが。
「……少し話をしようかの」
そう切り出す国王。その顔はいつになく真剣で、そして憂いを帯びていた。
ここに聞き手一人、語り手一人の王の独白が始まる。
「私は本当に情けない人間だ。不甲斐なく、臆病だ。そんな私には先代王から受け継いだ玉座は大きすぎた。そのような重圧から逃れられる唯一の物、それは女性の愛と人肌だった。そうして生まれたのがあの三人と、お前だった。
侍女の子であるお前が生まれた時、私はお前の誕生を喜ばず、愚かにも疎ましいと感じてしまった。私の王の名と地位によるプライドが不義の子であるお前を許しはしなかったのだ。あとは知っての通りだの」
俯きながら手を組み、黙々と自身が行ってきたことを恥じるように語っていく。
その様はまるで神に懺悔を行う咎人を思わせる。
「その後、妻は流行り病で倒れ二度と目覚めることはなかった。暫くして彼女が残した悲しみも癒え、新たな妻を娶ることとなった。
その時だ、そのタイミングでお前は私の前に現れた。エピーヌ、お前は何も知らない只の騎士志望の少女だったが、私にはお前の母が寄越してくれた忌まわしき過去の罪状のように思えた。“私は追い出したくせに、新たな妻を取るなんて”、お前の母譲りの赤髪がそう囁いているように感じたのだ。
そして、ああ、私は弱い王だ。お前を恐ろしく感じた私はつい辛く当たってしまった。全て私が悪いというのに! 私は何度悔やんだことか! 私が強ければ、昔もこのように横に座り語り合っていられたというのに! 自分の娘を死地に送ることはなかったというのに!」
王の語勢が次第に強くなっていく。懺悔が自身の断罪へと変貌していく。
それほどまでに自分の行いを恥じ、悔いているのだろう。
「最後に、これだけは言わせてほしい。お前にはただの言い訳にしか聞こえないだろうが、それでも聞いてほしい。
私はお前を愛していた。お前もお前の母も我が家族同様に愛していた。私が行ってきたことは私が死ぬまで茨となって私の胸を締め続けるだろう。だが、もし神が私の過ちを清算できる機会を与えてくれたのならば、一度は見捨てた我が子を再び受け入れる日が来たのならば、私は喜んでそれを受けようと決心していたのだ。それが今だ。
エピーヌ、この通り不甲斐ない男だが、そんな私を父と認めてくれないかの?」
王の独白が終わる。同時にエピーヌに一つの選択肢が追加された。
目の前にいる男を父と認め、王家の娘となるか。それとも、認めず国王と近衛騎士と割り切るか。
エピーヌの出した答えは―――
「私は―――」
「キャアアッ!!」「ウワァアッ!!」
彼女の答えは突然開かれた扉から飛び込んだ男女の声と彼らが倒れ込む音で中断された。
正面の扉に目をやると、そこには倒れているヒロとフローラ王女、それを“やってしまった”というような表情で眺めるルイ王子とアンリ王子がいた。
「……其の方ら、何をやっておるのかの?」
「えぇと、これは……」
「事情がありまして……」
倒れたまま何やら言い訳を考えるヒロとフローラ。
そんな二人に見かねて、ルイが口を開く。
「折角新たな家族が増えるのだ。挨拶に来るのが礼儀であろう」
「だそうです陛下。あ、僕はただの興味本位です」
「嘘をつけ。貴様もエピーヌが家族になることを喜んでいるのであろう?」
「まあ、それもあるかもしれないですね。6%くらい」
「それも嘘です! アンリ兄様はエピーヌ姉様が正式に家族になることを非常に喜んでいるに違いありません!」
「エピーヌ姉様って……まだ決まった訳じゃないんだから」
四人の来訪によって部屋は一気に騒がしくなる。その喧騒は二人が纏う重い空気を払わんとしているかのようだった。
楽しげな雰囲気に当てられたのか、二人の頬が僅かに緩む。
それに気付かずアンリとフローラは言い合いを続けている。そこへヒロが止めに入ったことで、ようやく話が進み始めた。
「まあまあ、二人とも。それよりエピーヌの答えを聞かないと」
「え、私か?」
「そうだな。先程はそこの愚妹と阿呆のせいで聞きそびれたのでな。許す、お前の答えを聞かせてみせよ。勿論、了承するよなぁ?」
「……私は……」
エピーヌは一瞬考え込み、顔を上げ兄妹となる王族の顔を見る。
彼らはそれぞれ意思を孕む笑顔を見せる。フローラは新たな家族が増えることを祝福するように爛漫と。アンリは新しく妹となる彼女を受け入れるように優しく。そして、ルイは彼女の選択を後押しするように快闊にその笑みをエピーヌに向ける。
彼らの顔に勇気をもらったエピーヌは立ち上がり、父に自分の意思を伝える。
「国王陛下。その申し出……」
「申し訳ありませんが、断らせていただきます」
彼女の導き出した答えに対する全員の対応は沈黙、否、絶句だった。
一分ほどの長い静寂。それを破ったのはヒロとフローラ姫、そして以外にもアンリ王子だった。
「「「…………ハアァッ!!??」」」
「君、今自分が一体何を言ったのか分かっているのか!?」
「そうだぞエピーヌ! 王族になれたんだぞ! 王族に!」
「一体何が嫌だったのです? 確かに父様の告白は若干引きましたが、それでも断る理由にはならない筈です!」
三人に詰め寄られ、流石のエピーヌもたじろいでいる。これでは紅薔薇の騎士団長という肩書も形無しだ。
「ちょ、ちょっと待ってください! 私は何も陛下の娘になるのが嫌なわけではないんです! むしろ娘と認めてくれて嬉しいくらいなんですから!」
「……それは、本当なのか?」
「勿論です!」
「じゃあ何故断ったのです?」
「それは……」
何故王女になろうとしなかったのか、その問にエピーヌは閉口してしまった。その顔は申し訳ないといった風なバツの悪そうな顔だ。
口をつぐみ理由を語ろうとしない彼女に見かね、今まで黙っていたルイ王子がやむなしといった表情で代弁する。
「ハッ! エピーヌの事だ。どうせ王女としてではなく、近衛騎士として国王の側に居たいとでも思ったのであろう。それとも一度立てた忠誠をこのような形でも破りたくないとでも思っているのか?」
「っ!? な、何故わかって……!?」
「馬鹿真面目もとい単純な貴様の浅はかな考えなぞ、この我が考えずとも分かる。それに、長年連れ添った従者の意思を汲み取れずして王を名乗るなぞ言語道断であるからな」
そう言うと予想が見事的中したのが心地良かったのか、短く笑い声を上げてみせる。
彼の兄妹達+αは長兄の言葉に納得し、これ以上の追及を渋々ながら諦める。しかし、その顔から彼らにまだ言い足りないことがあるのはありありと見て取れる。
そんな彼らにエピーヌは何とも言えない表情を見せている。
だが、すぐに真面目な顔つきに変わり、国王に自身の正面を晒す。最後の承認を得るために。
「陛下、断った理由はルイ殿下が仰った通りです。私は王女であるローゼではなく、近衛騎士のエピーヌとして生きていきたいのです。我が忠誠、この身が尽きるその時まで、一介の騎士として仕えさせて頂きたい所存です。無礼と重々承知ですが、どうかお許しを」
深く頭を下げる。その様を眺める国王は何も言わず、ただじっと彼女を見つめる。
静かな緊張が辺りを支配する。まるで重力が強まったかのような緊張感がその場にいた全員を飲み込む。
間。クイズ番組の司会者が最後の大問の答えを発表するかのような間。
その僅かな時間が過ぎ、漸く王が口を開く。
「……わかったの。お前がそうしたいのなら私は止めはしない。だが、一つだけ頼みがある。このひと時で良い、私を父と呼んでもらえないかの?」
王という役割に翻弄され、我が子を捨てるなどという愚行を犯した憐れな男が唯一望むもの。それは一度は捨てた娘に父と認められることであった。
傲慢なのは承知の上だ。しかし、それでも、一度でいい。彼女に父と呼ばれたならば、それは何よりの救いとなるだろう。
エピーヌは少し驚いたような顔をする。
だがそれも束の間、すぐに優しい笑みを浮かべ、こう言った。
「はい。一度だけではなく、求めれば何度でも。“お父さん”」
“お父さん”
その言葉を聞いただけで目頭が熱くなるのを感じる。
涙が一粒、目からこぼれる。それを皮切りに一つ、また一つと雫が手の甲に落ちる。
ふと暖かいものに包まれていることに気付く。一瞬遅れてその暖かいものが何であるか理解した。
エピーヌが自分を優しく抱擁していたのだ。
―――暖かい。彼女の人肌もそうであるが、何より胸の内から暖かいものが溢れて止まらない。
ああ、これが―――
(“愛”……か)
王の重責、孤独から逃げようと求めたもの。それはこんなにも近くにあったのか。
「……ありが、とう……ありがとう」
「どういたしまして、父さん」
「ぅ……うぅ、あ、あぁぁ」
感情が溢れる。開放される。
その男は人の目も気にせず子供のように嗚咽を上げる。
今、そのものには何もない。王の風体も、父の威厳もなく、ただ一人の人間として、泣いた。
「さあ! 父様も落ち着いたことですし、座談会を再開しましょう!」
国王陛下が泣き尽くして落ち着きを見せ始めた頃、フローラちゃんが突然手を叩いてそのようなことを口走る。
余りに突然なこと、というかさっきとのノリの違いに僕は少し戸惑う。
「えっと……フローラちゃん? どうしてそんな急に座談会を?」
「先日は父様と姉様の不和で家族揃ってできませんでしたからね。父様と姉様が仲良くなった今が絶好の機会かと!」
いや、それはそうかもしれないけど……
そもそも国王陛下はどうなんだ? 体調を崩している上にさっきまで散々慟哭してたんだぞ。
流石にできる調子ではないと思うが……
「それは良い考えだの、フローラ。して、其の方らはどうかの?」
「我が妹ながら良い発案ではないか。許す、座談会を開こう!」
「僕も賛成です。今日は三回しか吐血しないくらい調子が良いので」
想像以上にノリがいいな、この王族達。
まあ、彼らだけの予定だ。僕には関係ない。さ、なんとかして抜け出すタイミングを見つけて、さっさと撤退しようか。
「エピーヌ、ヒロ、貴様らはどうなのだ? 勿論、嫌とは言わぬよな」
「「え?」」
帰るタイミング見計らっていると、ルイ王子がそのようなことを言ってきた。
当然僕は王族の座談会に誘われるなどと思ってもみなかった。
それもそうだろう。ただの一般民が国のトップとお茶会など想像することなど想像もしない。
僕がそのことに異を唱えようとする。
だが、それよりも早くエピーヌが口を挟んできた。
「お待ちくださいルイ殿下! 先程も申したように私は騎士として一生を果たすと決めた身。そのような者が共に語り合うなどとおこがましく……」
「あー固い固い。家族に対しそのような畏まった言い方は改めろ。耳が疲れてしまうわ」
「か、家族って……」
「そうだ! 家族だ! 確かにお前は近衛騎士として生きていく道を選んだ。しかし家族の縁が切られたわけではなかろう。何も常にドメスティックに接しろというわけではない。騎士の任に就いていない時は我らには常体で話せ。それくらいは許可してやる」
「ルイ、殿下……」
うんうん、美しき家族愛だネー。
でも僕のこと忘れてもらっちゃあ困るかナー。
「あのー……お取り込みのところ悪いんですが、僕にも質問があるんですけど……」
「まったく、兄妹間の話に水をさすなぞ不敬であるぞ。しかし幸運に思え。我は寛大だ。加え今は機嫌が良い。よい、許す、その質問とやらを申してみよ」
「アッハイ。えっと、エピーヌが座談会に参加するのは納得できるんですけど、何故僕まで誘われたのですか?」
「ハッ! 愚問よな。そんなもの、我が呼びたかったに他ならんだろうが」
「……単純明快なお答えに感謝します」
まあ、なんとなくそんな気はしてた。ルイ王子のことだ、自身の気の赴くままに他を巻き込むことに何ら抵抗はないのだろう。
これ以上とやかく言うのも気が引ける。なるべく粗相をしないように心掛けよう。
「話は決まりましたね! それでは母様にもお声掛けしてきます!」
「任せたぞ、フローラ。エピーヌ、貴様もついて行け」
「私も、ですか?」
「なんだ? 我の命に不満があるのか?」
「いえ! とんでもありません! それでは行ってきます!」
フローラちゃんとエピーヌが扉から出ていく。
足音は遠ざかり、次第に聞こえなくなっていく。
二人の足音が完全に聞こえなくなった頃、この機会を伺っていたかのようにルイ王子が話しかけてきた。
「……さて、と。ヒロ、貴様にちょいと聞きたいことがある」
「……? なんでしょうか?」
「なに、簡単な問だ。実直に答えればそれで良い」
「?」
ルイ殿下が僕に質問? 一体なんだというのか?
「貴様、エピーヌと一体何があった?」
「……えーと、質問の意図が掴めないのですが」
「とぼけるな。貴様はここに戻ってきてから随分と気安く彼奴と仲良く話しておるではないか。呼び捨てで話し合うほどにな」
「あー、それは……」
困った。いやマジで困った。
察するにルイ王子は兄として妹と僕の関係が気になっているのだろう。
別にそれくらい良いとは思うのだが、彼はそうはいかないようだ。
「その話、僕にも興味があります。エピーヌの件もそうですが、仮にも王族であるフローラにちゃん付けはどうかと」
「ア、アンリ王子。いや、そのことは……」
「率直に聞くが、娘と其の方はどういった関係なのだの?」
「こ、国王陛下まで……」
まるで圧迫面接、いや、初めて会う婚約相手の両親とでも話している気分だ。
こちらに一分の隙も与えず、質問とプレッシャーで押し潰そうとしてくる。
この苦行は女性陣が帰ってくるまで延々と続いた。
とある一室。ベージュの壁で囲まれ、高貴な雰囲気を感じさせる装飾で彩られたその部屋には二人の男女が小さなテーブルを挟んで座っていた。
男は紅茶を口に含み、女は水晶を用い誰かと話している。
『申し訳ありません。次こそは必ず貴方様の命令を遂行してみせます』
「その件はもういいのよ。それより体を休めておきなさい。私の可愛いカイン」
『〜〜〜ッ! はっ!! 身に余るお言葉、感謝します!!』
女はその言葉を聞き終えると、水晶に魔力を流すことを止め、通信を切る。
そのタイミングを見計らって男がその女に声をかける。
「自分の都合で部下を傷付けるとハ。アナタには特に命令を下されてませんガ、あまり身勝手な行動は避けて下さイ。“慈愛さン”」
「貴方こそ、彼から承った仕事はどうしたのかしら?節制」
その場に居たのは“七つの美徳”の内の二人、節制と慈愛だった。
節制は肩を小さく上下させる。笑っているのだろうが、その顔は仮面に隠されて判らない。
「ご安心ヲ。今日ここに参ったのハ、その報告をしてもらう為でス。巨巖竜“グラン・ガイアス”を発見したという報告をネ」
「あら、遂に見つけたのね。それで? 回収はできそうなの?」
「巨巖竜は今は休眠期でス。些細なことでは到底起きませン。加エ、想像以上の大きさなのデ、持って運ぶことも儘なりませン。ですのデ、いっそ叩き起こそうかト」
節制の言葉を聞くと、もとより微笑を浮かべていた慈愛の顔がより嬉々としたものに変わる。
「あらあら、それは宜しいわね。起きない子には鬼になって起こすのが一番ですから。でも、無理矢理起こされたら機嫌を悪くしちゃうかもね。国を滅ぼすくらい」
「おオ、それは怖イ。それでハ、知恵さん特製の紐でも結んで大人しくさせましょうウ」
まるで街のおしゃれなカフェで話でもするかのように語り合う二人。
しかしその内容は子供でも分かるほど、狂気的で恐ろしい計画の一端であった。
「それじゃあ、正義に繋げるわね」
「はイ、お願いしまス」
慈愛が再び水晶に魔力を送り込もうとする。
その時―――
―――トントントントン。
小さく四回、ノックの音が飛び込んだ。
その後に小さく可愛らしい女の子の声が舞い込んでくる。
「母様、失礼します」
ドアが開く。その奥から声に見合うほど可愛らしい少女と彼女の姉に当たる赤髪の女が現れた。
彼女らの名はフローラとエピーヌ。彼女たちは自分たちの母を座談会に誘いに来たのだ。
「母様! 先日の座談会の続きを……あら、お客様がいらしてらしたのね。申し訳御座いません」
ペコリと小さくお辞儀をする。
そのお辞儀の先にいたのは、仮面をつけた男ではなかった。
中肉中背、顔も外を歩けば三回は見るような普通の顔。服装から身分が良い者と伺えるが、貴族というわけではなさそうだ。
その口から出る声も節制とは全く違い、低く少し掠れた声だった。
「構いません、フローラ王女。私も今帰ろうとしていたところです」
「それなら私が正門まで案内しましょう」
「いえ、結構です。貴女には何か予定があるご様子。そんな方に手間を取らせるわけにはいきません。王妃のお付のメイドにでも案内させてもらうことにします」
「ごめんなさいね、今すぐメイドを呼ばせるわ」
そう言って慈愛、もといマリア王妃は手元の魔道具を使い、メイドにすぐ来る旨を伝える。
その横顔をエピーヌはじっと見つめる。見るというより観察するように、じっと。
「―――ええ、お客様を門まで案内なさって。お願いするわ」
「…………」
「……? どうしたのかしら、エピーヌ団長。私の顔なんかじっと見つめて。もしかして、口元に何か……?」
「あ、いえ! 違います! なんでもありません!」
「そう? ならいいのですけれど。……ごめんなさい、先に行って待っててもらえる? 私はもう少し用事があるから」
「わかりました。フローラ、行きましょう」
「ええ、それでは後ほど、お母様」
二人はドアを閉め、もと来た廊下を戻っていく。
暫くして、王妃は椅子から立ち上がり、閉じられたドアをへ向かう。
ドアの前まで来ると振り返り、元の姿に戻っている節制に話しかける。
「報告は後ほど必ずするわ。また今度お会いしましょう」
「えエ。その日を楽しみにしていますヨ。それでハ……」
「「正義に満ちた世界の為に」」
七つの美徳は常に身近に潜んでいる。
それは暗闇に生きる小動物のように。それは足元に伸びる影のように。それは心の中にいる欲のように。
正義と宣い悪行を為す外道は、もしかしたら隣にいるかもしれない。
くぅ疲。これにて第二章完結です!
次はどうしようか。新章に突入しようか、番外編を書いてみようか。
どっちがいいか意見がある人はどしどし感想を!
(評価が付かないのは自分に文才がないからなのか?(今更))




