第36話 魔女の目覚め
グハッツ洞窟 第十階層
ここに再び彼らは集う。
「……一体何があったんだ?」
「それは後程説明する。それよりもまず回復を頼みたいのだが」
「剣を使うのにも魔力は必要なんだがな。ま、そんなこと言ってられるようでもねえしな」
数十分ぶりに会うエピーヌとシャトンは酷い怪我を負っていた。
特にエピーヌにおぶさっているシャトンに至っては、寝息すら聞こえないほど衰弱している。
すぐさまジークが治癒剣で彼女たちの治療に当たる。
「……で、本当に何があった?」
「待ち伏せされていた。相手はウィザを撃った犯人、その手下たちだ」
ウィザを撃った犯人、そう聞いては黙っていられない。
「エピーヌ、一体そいつは誰だったんだ?」
「分からない。ヤツは蛇の使い魔を通して私達に語りかけていたからな。分かったのは相手が“慈愛”と名乗る女性だということ、そしてウィザと何らかの因縁がある者ということだ」
「ラヴぅ? 随分と気取った名前だな。オレは知らんが……ヒロ、オマエは何か知ってっか?」
当然、知るはずがない。
ダメ元だが紅蓮にも聞いてみるか。
(ということらしいけど、知っているか?)
〔……ああ、知っているとも。とはいえ、その人物を知っているわけではないがね。“慈愛”とは人間が最も尊ぶべき徳の一つ。すなわち“七つの美徳”の一つだ〕
(……ッ!)
“七つの美徳”、世界の裏側で暗躍する謎の集団。
頭のネジの外れた集団で、そのトップには七人の猛者がいること以外、その目的も構成人数も正体すらまともに把握できていない。
かつて、その幹部であろう一人“節制”と対面したことはあるが……
(七つの美徳の一つを冠する者。それって……)
〔ああ、間違いなく幹部だろう〕
(問題は何故、そんなヤツがウィザを狙ったのか、だな)
ウィザが何か重要な役割を持った人間とは思えない。
となると、やはり私怨によるものか? うぅむ……
「―――どうした、ヒロ君。何か思い当たる節でもあるのか?」
「え? あ、いや、えっと、別に……」
このまま黙っているのも不自然だ。と言っても何と言ったものか。
真実を伝えても余計な混乱を招くだけかもしれない。それにこの人達を巻き込みたくない。
とはいえ嘘をついたりはぐらかすのも気が引ける。
どうしたものか。
僕がだんまりを続けていると、エピーヌが口を開く。
「ヒロ君。かつて言ったと思うが、私は君を信じている。君が言いたくないのなら、それは相応の理由があるはずだ。無理に話さなくても構わない」
「コイツの言う通りだ。ヒロ、オマエは人一倍優しい。オマエのことを全て知っている訳じゃねえが、その辺に関しては自信をもって言える。言いたくねえなら追及はしねえ。って言っても、本当はそいつの仲間でした、なんてのは勘弁だぜ?」
……僕が優しい、か。それは逆だと思う。
こんな僕に対し、ここまで気をかけてくれる。そんな彼らこそ、本当に優しい人間なのだろう。
「……いや、話すよ。実は―――」
僕はその“慈愛”に関するであろう事を語り始める。
「―――竜をも手駒にしようとする謎の集団、“七つの美徳”。その幹部であるかもしれない、か」
「ああ。奴等が起こした事はさっき言った天帝竜の捕獲に加え、ポオクの集落の襲撃、宝石“悪魔の胎児”の強奪とドレミファの領主の暗殺。奴等は自分達の目的のためなら、人殺しだって厭わないイカれた集団だ」
思い出すだけでもむかっ腹が立ってくる。今でもあの節制の奴がのうのうと生きていると思うと、腹の奥が煮えくり返りそうだ。
いつか必ずポオクの人達への報いを受けさせねば。
「ポオク事件の黒幕とはな。しかし、帝国騎士団はその事実を知っているんだろ? 何故世間に公表しない?」
「多分、国民に不安を与えないためだと思う。騎士団中央本部も今まで存在を確認できていなかったらしい。そんな全貌も知らない集団の存在だけを公表しても、良い事が起きるわけがない」
「それもそうか」
僕がジークと話していると、エピーヌが黙っていることに気が付く。
口に手を当て、何か考え込んでいるようだ。
「エピーヌ、どうした?」
「ん? ああ、実はその慈愛に言われた言葉で、一つ引っかかることがあってな」
七つの美徳の幹部が漏らした言葉。もしかしたら、それには奴等の正体を暴く手掛かりがあるかもしれない。
「エピーヌ、そいつは一体何て言っていたの?」
「件の二人に襲われたとき、彼女は私のことを“選定済み”と言ったのだ。そうすると、その二人も私を殺さず撤退していった」
「“選定済み”……」
要は選ばれた人間とでも言いたいのか?
と言っても、何に選ばれたのだ?全く見当がつかない。
こういう時にはやはり……
(紅蓮)
〔悪いが、こっちも皆目見当がつかない。私も彼らについて全て知っているわけではないからね〕
(……そうか)
紅蓮でも分からないとなると、そろそろ本当に手掛かりが皆無だ。
一体どうしたものか……
深く考え込んでいると、その空気に耐えかねたジークが大声を出す。
「ああもう! こんなとこでグダグダ考えてても埒が明かねえ! 先ずは一旦地上に出るぞ!」
「待て。地上に出たところで外は既に暗い。そのデュランダルがあったとしても、野獣まで相手にはできないだろう。それより、この第十階層のこの狭い通路で一晩明かした方が懸命だと思う」
「じゃあメシはどうすんだ? コッチにはまずいレーションしかねえぞ」
「その点に関しては心配するな。ここには……」
そこまで言うと、エピーヌは突然辺りを見回しだした。
そして、何かを見つけたのか、素早く手を伸ばして何かを捕らえる。
「ここにはコイツらがいる」
そう言って捕まえた物を手の上に乗せ、見せてくる。
それはどう見ても小型の蜘蛛だった。
「……確かに、どっかでは素揚げにしたりして食べている国もあると聞く。とはいえ、まさか、なあ? ……冗談だろ」
「いや、冗談ではないぞ。コイツは腹が美味いんだよ」
彼女の目を見れば分かる。この人、マジで虫を食べようとしている。
「断固反対ッ!! オレは脊椎動物しか食べないの!!」
「僕も反対ッ!! 何が悲しくて大嫌いな虫なんか食べなきゃいけないんだ!?」
「えぇ〜、美味しいのに……」
「「絶対ヤダッッ!!!!」」
僕達の必死の反対を聞いてか、エピーヌも諦めてくれたようだ。
「それで、どうするのだ? そのまずいレーションとやらで一夜過ごすのか?」
「いや、その必要はねえ。オレに良い考えがある。まだ完全に日は沈んじゃいない。モンスターが月光で凶暴化する前に外に出ようぜ」
そう言ってジークは未だ意識を醒まさないシャトンを背負う。
「ヒロ、ソイツに肩を貸してやんな。治癒させたとはいえ、完全に動けるようになった訳じゃないからな」
「了解。さ、エピーヌ、ボクの肩に掴まって」
「ああ、失礼する」
肩で支えるとようやく分かる。
彼女の足には全くと言っていいほど力が入っていない。
それほどに強敵だったということか、その双子というのは。
「ところで、その“良い考え”とは何だ?」
「ま、それは後のお楽しみ、と言うやつだ」
何故だろう、すごく嫌な予感がする。
エピーヌもそれを察知しているのか、ジト目で彼を睨みつける。
デュランダルのお陰か、出口に着くまで全くモンスターは現れなかった。
だが、出てしまえば聖剣の加護も関係ない。
外の巨蟲はモンスターなどの魔物というより、野生の獣に近い。
聖剣の後光など関係無しに襲い掛かってくることだろう。
外は星が出ているほどの暗さだ。既に奴等の活動時間に足を突っ込んでいる。
「それで、これからどうすんだ?」
「まあ、ちょっと待ってな。少しの間、シャトンを頼むぜ」
そう言われて眠りについたままのシャトンを預けられる。
すると、ジークは道端の小枝を拾い、地面に何やら円を描いていく。
暫くそれを眺めていると、エピーヌが何かに気付き彼に質問を投げ掛ける。
「……ちょっと待て。ジーク、もしかしてそれは転移魔導の術式か!?」
「おお、ご名答! よく分かったな」
「よく分かったな、じゃない! 転移魔導といえば公位魔導ではないか! 並大抵の魔導士さえ扱えない代物だぞ!? 失敗したなら私達の体は異空間に飛ばされるか、四散して各地に飛ばされる危険な魔導なのだぞ!!?」
彼女の説明を聞き、仰天する。
そんな危なっかしい魔導を使おうとしていたのか、この男は。魔導士ですらないのに。
「だからこうやってまどろっこしい魔法陣を描いてんだろうが。心配すんな、絶対成功するから」
「……何故そう思える?」
「勘!」
親指を立ててまで、意気揚々と言い切るジーク。
そんな彼にエピーヌはありえないものを見るような視線を送る。
彼女の気持ちは分かる。というより、誰もが彼女と同じ心境に至るだろう。
そんなリスクの高すぎる魔導を使うなんて正気の沙汰ではない。
そうこうしているうちに、ジークは術式を描き終えてしまった。
「っし、完成! 全員この魔法陣の中には入れ」
「拒否する! こんなことなら私はここでの野宿を推奨する!」
「我儘言うなっての……っしょっと」
「キャアッ!」
ジークに軽々と持ち上げられるエピーヌ。その際に可愛らしい声が聞こえたことは、彼女の尊厳のために聞かなかったことにしておこう。
エピーヌは精一杯反抗するが、衰弱した彼女の抵抗などジークにとっては無意味だ。
「おのれ! 失敗したら末代まで祟るからな!」
「へーへーそうですかい。ほら、ヒロ! さっさと来いよ!」
「……なあ、やっぱ止めとかない? コレめっちゃ危険そうじゃん」
「大丈夫だって! オレを信じろ!」
いや、信じたいのは山々なんだけどさ……
でも、こんな蟲だらけの所に置いていかれるのも嫌だしなぁ。
どうする? どっちを選ぶ?
かたや気色の悪い巨大蟲と一緒におねんね。しかも寝ている間に襲われる可能性極大。
かたや一瞬でそんな森から脱出。しかし、四散する可能性がある。
うぅ〜〜〜〜〜ん……
「どうすんだ? 行くのか? 行かねえのか?」
「……ああもう!! 行くよ! 行けばいいんでしょ!! その代わり絶対失敗すんなよ!!」
「当たり前だ! オレは勇者であり英雄級だぞ。大船に乗ったつもりでいな!」
こんな森にいても朝日を見ずにおっ死ぬのは分かりきっている。
なら、僅かでも生き残れる可能性にかけるのは当然だろう。
それにもう蟲は見たくない。
僕が魔法陣の中に入ったのを確認して、ジークは術式を発動させるために魔力を流す。
すると、魔法陣が青白く発光し始めた。
「ヒロ、魔法陣の中心に立て。そして行きたい場所を頭の中で強くイメージしろ」
「行きたい場所って?」
「どこでもいい。なるべくこの魔法陣が入れる屋外ならどこでもな。あと、近い方が良い」
この魔法陣が入るほど開けた屋外で、なるべく近く。そして僕達が行くべき場所とするなら……
「イメージできたか?」
「ああ! いつでもオッケー!」
「そんなら行くぞ! 3……2……1……発射ッ!!」
ジークの合図で魔法陣は僕らを乗せて浮き上がった。
と思った瞬間、魔法陣は流星のように一気に加速する。
急発進したジェットコースターのように僕達の体には強力なGがかかる。
「ジィィイイイクゥゥウウウ!!!!!」
「ワッハッハーーーー!!! どうだーー!!? すごい疾走感だろーー!!? このスピードが良いんだよーー、このスピードがーーーー!!!」
「だから私は嫌だったんだーーーー!!!! キャアアアアアーーーーー!!!!!」
三人の声が重なった騒がしい彗星は、ブォワホレの森の上を通過していった。
―――ここはブォワホレの森にあるウィザの邸宅。
そのレンガ積みの白い壁には月光が降り注いでいる。
屋根の方を見れば一人の男性が黄昏を背に、森の中心を睨んでいる。
そんな彼を呼ぶ声が家の玄関の方から聞こえる。
「ゴエモン、そろそろ夕食の時間だ。降りてきて手伝ってくれないか?」
忍者装束の彼、ゴエモンは声がした方を見る。
そこには派手な羽帽子と仮面をつけながらも、薄いピンクの可愛らしいエプロンに見を包んだ男がいた。
片手にフライパンを持っていることから、既に料理の準備は進めてあるのだろう。
「……もう暫く待ってみるでゴザル」
そう言って、ゴエモンは再び森の中心を睨む。
その様子にエプロンの男、バロンはやれやれと言った風に首を振る。
「そこまで心配しなくても大丈夫だよ。シャトンは強いし、それに狡猾だ。ちょっとやそっとのモンスターに遅れは取らないよ。それに、勇者もついてる。彼女達を待つ気持ちはわかるが、そこにいたって―――」
「……話の途中で悪いが、コッチまで来てくれぬか?」
バロンの話に割り込み、ゴエモンが手で招きながら屋根に登るように指示する。
何かと思い、その姿のまま壁を駆け上がる。
「それで、どうしたんだい? UFOでも見つけた?」
「かもしれないでゴザルな。アレを見てくれ」
ゴエモンが指差した先、そこには青白く発光する謎の飛行物体があった。
定義から言えば、それは間違いなく未確認飛行物体であった。
「……驚いた。まさか本当に存在していたとは」
「やはり見間違いではないか。拙者もこれには驚きでゴザル」
「……ていうか、アレ、さっきより大きくなってない?」
「やはりそう思うでゴザルか? 拙者もでゴザル」
「というより、コッチに近付いてきてない?」
「ああ、確実にコチラに来ているでゴザルな」
「…………」
「…………」
「「……ヤバくね?」」
青白い発光体は猛烈な速さでウィザの邸宅へ向かっていた。
ソレは二人の頭の上をかすって通り過ぎ、一度上昇してから玄関前に墜落した。
「お、おい! 墜落したでゴザルぞ!?」
「おおお落ち着け、えええ笑顔で出迎えようではなかろうか!」
「落ち着くのはバロンの方でゴザル! キャラがおかしくなっているぞ!?」
屋根の上で二人が慌てふためいている。
すると光球が墜ちた場所から何やら人の声が聞こえてきた。
「いっててて……着陸のこと忘れてた」
「怪我人がいるんだぞ!? 気を付けろ!!」
「取り敢えず、上からどいてくれません? さっきから下敷きになってるんだけど」
そこを見ると、四人の人間が山積みになっていた。
その中には見覚えのある人間もいた。
長身の男性に怒りをぶつける赤髪の女、三人全員の下敷きとなっている黒髪の少年。
そして少年とは逆に全員の上に横たわっている亜人二世の女性、彼女は―――
「「シャトン!!」」
屋根にいた二人はその動かない仲間の元へ駆け寄る。
「シャトン! 無事か!? しっかりするんだ!」
抱き起こし、声をかける。しかし、返答は無い。
まるで童話の眠り姫のような微かな吐息が聞こえるのみで、目を開ける兆しも見えない。
「貴様等ッ!! シャトンに何をしたッ!!?」
「まあ落ち着けよ。オマエら、このネコ娘の仲間か? 安心しな、ただ眠っているだけだ。ここに来る前にちょっとしたイザコザがあってな」
「そんな戯言を信用しろと!? そもそも貴様は一体何者なのでゴザル!?」
「その話は一旦後にさせてもらおう。とにかく今はウィザにこれを届けねばならないだろう?」
そう言ってエピーヌが取り出した物、それはウィザの呪いを解く為に不可欠の代物“天寿草”であった。
「……! 本当に取ってきたのか!」
「そうでなければ、わざわざここに戻ってきたりしないさ。さあ、奥に通してくれ」
「ぬ……むぅ……」
口をつぐむゴエモン。
言ってやりたいことはあるが、条件通り天寿草を持ってきたとなれば文句も言えないのだろう。
「どうぞお通り下さい。盗んだ宝は既に用意してあります」
「バロン!!」
「シャトンはそこの彼が言ったように眠っているだけだ。何やら大きな傷を負っていたようだが、きれいに治療された跡がある。それに、彼等は条件通り天寿草を取ってきた。そんな方たちを邪険に扱うのは、少し、頂けないな」
仮面の奥から鋭い眼光がゴエモンを睨みつける。
これには流石にゴエモンも閉口を余儀なくされた。
彼が渋々納得してくれたことを確認すると、バロンはこちらに振り向き、深く深く腰を曲げる。
「此度は我が主の為にご尽力をいただき深く感謝しております。さらには、我が仲間、シャトンの窮地を救って頂いたことも彼女の状態から察せます。重ねて感謝を申し上げます」
「……拙者からも感謝の意を述べたい。加え、貴殿等の気持ちをぞんざいに扱った事に詫びを入れる。誠に申し訳なかった」
頭が地につきそうなほど深い礼をする二人。
それほどまでにこの二人にとってウィザとシャトンは大切な仲間なのだろう。
「よしてくれ。奪われた宝物との交換条件で助けたまでだ。感謝される謂れはないよ。それより早くコレをウィザに飲ませるとしよう」
「そうですね。どうぞ、入ってください。処方の仕方はハッターが知っているはずです」
全員が家へと入っていく。魔女ウィザを助けるために。
天寿草の葉を、茎を、花を、まとめてすり鉢に入れ磨り潰す。
ペースト状になったらティーパックに入れ熱湯で煮る。
十分煮出したら天寿草を上げる。
これで呪いや万病に効く漢方のお茶、名付けて“天寿茶”が完成する。
それを十分に冷まし、昏睡するウィザの口へと注ぐ。
喉の動きからしっかりと飲んでいるようだ。
胸の呪印に目をやる。天寿茶が効いたのか、呪印が徐々に薄くなる。
暫くもすれば、その跡は完全に消え去った。
「これで……もう大丈夫なのか?」
「ああ、安心しな。もー魔力の放出が可能なはずだ。あとは俺様をウィザの頭に乗せて冷えた体を温めてやれば、すぐにでも目を覚ますと思うゼ」
確かに、ウィザの顔が少し和らいだ気がする。
部屋を覆っていた冷気もその勢いを収め始めている。
良かった。本当に大丈夫そうだ。
ハッターに言われた通り、彼をウィザの頭に乗せる。
後ろを振り返れば、奪われた宝物がバロンからエピーヌへ手渡されている最中だった。
銀の装飾に大きな青玉。間違いない。あの夜、盗まれた宝物だ。
「これが例の宝、“ブルーアイネックレス”です」
「確かに受け取った」
これで宝物の回収も無事完遂された。
あとはフルーランス王宮に戻り、この事を報告するだけなのだが……
僕は結露で曇った窓を開け、外の様子を伺う。
暗い。外は既に日の光が消え去り、夜の闇が空と森を覆っていた。
このまま帰ろうにも夜の森は危険が多すぎる。一度どこかで野宿しなければ……
「うわっ。もう外は真っ暗だな」
「ジーク。ああ、丁度これからどうしようか考えていたところだ。森を抜けようにも野宿しようにも、どっちみち危険なことには変わりないからな」
「もう一回転移魔導使おうか?」
「絶対やめろッ!!」
本当にもう二度とゴメンだ。あんな速度超過ジェットコースターにはもう絶対に乗らない。
とはいえ、その手を使わないとなると、やはり危険を承知で行動を起こすしかないか。
そのような事を考えていると、話を聞いていたゴエモンが話しかけてくる。
「この時間には森に入らない方が良いでゴザル。森の入り口の方とは言え、夜になれば月の光にあてられた野獣がこの付近にも闊歩し始める。夜の野獣は昼の時より凶暴でゴザルぞ」
「やっぱりか……。でも、森に入らないことには何もできないしな……」
「その事なんだが、拙者に少し案がある」
案? 一体どんな案があるというのだ?
「生憎とこの家は拙者達が住むには些か大きすぎる。その為使っていない部屋が三つばかりあるのでゴザル。故に、もし貴様らが一晩の寝床が無いというのならば、その、なんだ、条件付きでなら、泊めてやってもやぶさかではない、でゴザル」
「……!」
それは嬉しい申し出だった。
森で野宿するより、この家で一晩明かす方が当然安全であろう。
喜んで了承したい。でも……
「しかし、本当に良いのか? 私たちは元々敵同士。お前達が眠っている間に寝首をかくかもしれんぞ?」
僕が言いたい事はエピーヌが代弁してくれたとおりだ。
かたや怪盗というアウトロー。かたや正道を行く勇者一行。同じ屋根の下で眠れば、どちらかが必ずその寝込みを襲うだろう。
「その心配はないでゴザル」
「何故そこまで……?」
「わざわざそのことを伝える誠実さ。それこそが信用の証でゴザル。それに、そもそもそのような気は無いのでござろう?」
「うっ……そう、だが。しかし―――!」
「その子たちは貴女達に恩返しがしたいのよ。厚意は素直に受け取っておきなさい」
ベッドの方からあの妖艶な声が聞こえる。『まさか』そう思いそちらに目をやる。そのまさかだ。
さっきまで昏睡の深淵に落ちていたウィザが目覚めていた。
「「リーダー!!」」
「心配かけたわね、貴方達。それと、迷惑をかけたようね、誠実の勇者、影使いの坊や、それに勝利の勇者様も、ね」
「気にするこたねえ。オレはただの付き添いみたいなもんだ。そんなことより、もう起き上がっても良いのか?」
「もう少し寝ていたかったのだけれど、貴方達が騒がしいものでつい起きてしまったのよ。それで、一晩泊める話よね。私は一向に構わないのだけれど……バロン、貴方は?」
「Leaderが良いというのならば僕に異論はありません。それに、ゴエモンが心を許した方々です。喜んでもてなしましょう」
「だそうよ。あと夜間の安全安眠は保証するわ。この子達は寝込みを襲うほど下衆な人間じゃないもの。それでも外で寝たいというのなら止めないわ」
ウィザの話を聞いても、エピーヌはまだ納得していないようだ。
というより悩んでいるのだろう。大方、相手の意思や厚意を汲んではやりたいが、怪盗から施しを受けるのはいかがなものかとでも思っているのか。本当に生真面目だな。
このままでは答えを出すより日が昇る方が早そうだ。ここは少し口添えしてやるか。
「エピーヌ、ここはウィザ達の言うことに甘えておこうよ。外で休むより、ここのが万倍安全だし」
「……そうだな、ヒロ君がそこまで言うのなら泊まることにするか。それに怪盗とはいえ善意は善意。善意を無碍にはできないしな」
「決まりね。ゴエモン、部屋の用意をして頂戴。バロンは夕餉の支度を。腕によりをかけて作りなさい」
かくして、僕達は一晩の宿と温かいご飯を手に入れることができた。
「―――ぅ……うーん……トイレ」
夕飯の時、飲み過ぎたのがいけなかったのか。下腹部の嫌な感覚で目が覚める。
確かトイレは一階だったか。
寝ぼけ眼をこすりながら、一階のトイレを目指す。
―――ジャアアア
ふう、スッキリ。にしても、やっぱ水洗トイレは偉大だな、うん。
こんなところにも上水下水設備があることに感心しながら、自身の部屋に戻る。
その途中、ふと覗いた窓から、バルコニーに誰かがいることに気付く。一体誰だ?
そこに居たのはエピーヌだった。普段まとめている赤髪を下ろし、風の趣くままに靡かせている。
……そうだ。丁度目も冴えて眠れそうになかったんだ。折角なら少し彼女と話でもしてから寝よう。
なら善は急げ。早速反対側へ回るとしよう。
―――――――――
バルコニー手前まで来る。すると誰かがバルコニーに入っていくのが見えた。あの影は……
壁に隠れ、バルコニーを覗く。やはり、あの影の正体はウィザか。
「横、いいかしら」
「ん? ああ、ウィザか。どうぞ、構わんよ」
「ありがとう」
二人並んで少し欠けた月と周りの星々を眺める。
そこには会話は無く、二人ともただ黙って夜風に当たっている。
僕はそこへ参加するでもなく様子を見続けている。
いや、参加したくない訳じゃないよ? でもなんか、二人だと話しかけづらいんだよ……
コミュ障全開でタジタジしていると、二人の間で進展があったようだ。
「……こうして並んで星空を眺めることになろうとはな。初めて会ったときは死力を尽くしてぶつかり合っていたというのに」
「そうね。本当に人生は何が起こるかわからないわ」
「同感」
「勝利の勇者から聞いたけど、貴女、シャトンと一緒に天寿草を探してくれたそうね」
「ああ、その話か。大変だったんだぞ。何しろ―――」
眠っている皆に気を遣ってか、静かに談笑する二人。
そんな二人をどこぞの家政婦のように壁から静かに見守る僕。
……そろそろ戻ろうか。そう思い踵を返す。
その時、聞き逃せない会話が耳に飛び込んだ。
「そういえば、お前は“慈愛”という女性に覚えはないか?」
“慈愛”、“七つの美徳”の幹部の一人と思われる人物。
もしウィザが彼女について何か知っているのなら、それは七つの美徳にも繋がる情報になるかもしれない。
となればこうしてはいられない。再び壁に添い、聞き耳をたてる。
「……その女がどうかしたのかしら?」
「今回の一連の首謀者かもしれない。少なくともお前の関係者らしい。知っている事があれば教えてほしいのだが」
「……はぁ、まったくあの女は。いいわ、教えてあげる。でも、その前に」
ウィザがそこまで言うと、突然こちらに視線を送ってくる。
しまった、目があってしまった。
「坊や、そこにいるんでしょう? 話が聞きたいなら出てきなさい」
「……アハ、ハ。バレちゃってた?」
出てこいだなんて言われたら、そうするしかあるまい。
僕が申し訳無さげに出てくると、エピーヌは僕の存在に気付いていなかったのか驚いた顔をする。
「ヒロ君!? 一体いつから!?」
「えー、と……ウィザがここに来たときから?」
「最初からではないか! 居るのなら話しかけてくれば良かったのに」
「いやぁ〜、二人の邪魔しちゃ悪いかなって思いまして」
「ハイハイそこまで。慈愛の話を聞きたいの、聞きたくないの?」
そうだ、彼女について聞かなければいけないのだ。
緩んでいた気持ちの帯を締め直し、再度問う。
「ウィザ、慈愛について何か知っているのか?」
「まあね。と言っても“慈愛”としての彼女は知らない。私が知っているのは“それ以前”の彼女よ」
それ以前、それはつまり慈愛となるより前の彼女のことか?
ウィザに聞こうとするが、それより先に彼女が話し始める。
「慈愛と呼ばれる女はとても自分勝手な奴よ。世界中の全てを平等に愛していると言いつつ、その実は自分以外の全てを聖人も極悪人もゴミムシも石ころも同じ価値で量る異常者。そのくせ全員から愛されていると思い込み、愛されてなければ気が済まない餓鬼。魔法の腕は今はどうか知らないけど、昔なら私と同等。
本名はディアナ、ブルジトル・ディアナ。魔法の郷の出身者であり、私の“姉”よ」
「「ッ!!」」
ウィザは慈愛との驚愕の関係を暴露する。
彼女達が姉妹。それってつまり……
「お前は、アイツ等、七つの美徳の仲間……なのか?」
「まさか。そんな訳無いでしょ。アイツとは十年近く会ってないし、その七つの美徳ていうのに属しているのも最近知ったのよ。それに、仲間を殺す意味がないわ」
「そ、それもそうだな。そうだよな」
何を焦っているんだ僕は。
彼女の言うとおり仲間を殺すわけがない。そんなこと少しでも考えたら分かることじゃないか。
ウィザはやれやれと言った風に肩をすくめる。
そして、遠くを眺め、ポツリと零す。
「ま、やりかねないけどね」
「え?」
ふと彼女のの方に顔を向ける。その横顔はどこか物悲しい。
まるで抗えない宿命を背負った悲劇のヒロインとでも言ったところか。そんな憂いと決意が溶け合ったような瞳をしている。
「なんで私が宝石を集めているのか、知ってる?」
不意にそんな質問を投げかけられる。
そんなこと急に聞かれたって分からない。何より知る由もないことなのだから。
しかしエピーヌはその問いに即答する。
「ただ欲しいからではないのか?」
「違うわ。まあ、それも一応あるのだけれど」
(一応あるのかよ)
心の中で小さくツッコむ。
その直後、ウィザの瞳が鋭くなったことに気付く。
今まで見たことのない表情だ。殺意、とも言えるのだろう。どんなときも余裕綽々な顔は跡形もなく消え失せ、残ったのは覚悟さえ捨て去る覚悟を持った両目だけだった。
「完結的に言えばディアナ、慈愛を殺すため。そのためにはより強い“力”がいる。だから私には魔素純度の高い鉱物やパワーストーン、要は世間一般に美しいとされる宝石が必要なのよ」
……こいつは今何と言ったのか。僕の聞き間違いでなければ、“殺す”と言ったのか? 慈愛を、実の姉を殺すと。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 慈愛を殺すって……お前、自分の姉をッ!!」
「当然そういう反応を取ると思っていたわよ。それを踏まえた上で言わせてもらうわ。自分の尺度で私達のことを語るな」
睨みつけられる。あの冷酷な瞳でだ。
“蛇に睨まれた蛙”という言葉があるが、僕の今の状況がそれだろう。
神経が断ち切られたかのように体が動かない。眼力だけでなんて威圧力だ。
「……ディアナはとんでもないサディストよ。愛情表現とぬかしながら平気で人を殺す。……私の親もアイツに“愛された”」
「…………」
「その後アイツはどこかに姿を眩ませた。郷の奴等はこれ以上関わるべきじゃないとは言ってたけど、それじゃあ私の気が収まらない。私は必ず捜し出して、あの女を殺す」
その言葉を最後に僕達の間には夜の静寂が流れる。
僕もエピーヌも彼女にかける言葉を見つけあぐねている。
そのことを察したのか、ウィザはいつもの調子に戻り静寂を破る。
「ごめんなさい、気を使わせてしまったようね。さあ、もう寝ましょう。夜風に当たり続けると体に障るしね」
踵を返しバルコニーから出ていこうとするウィザ。僕達はその背中に何も言うことができない。
すると、ふと何かを思い出したかのようにウィザは顔だけをこちらに向ける。
「そうそう、分かっているとは思うけど、次会うときはまた敵同士よ。見つけたら捕まえてご覧なさい」
その表情はいつもの人を馬鹿にしたような薄い笑みだ。その僅かにつり上がった口角は『できるものならね』とでも言っているかのようだった。
「……ふっ。言われずとも」
「上等だ。捕まったときの言葉でも考えとけよ」
「あら怖い怖い。これは早く部屋に戻ってベッドに隠れるとしましょうか」
微笑を浮かべながらウィザはバルコニーを後にする。その軽快な後ろ姿は、先程のシリアスな空気を取り払おうと努めているようにも見えた。
少し、シャトン達があの魔女に付いていく理由がわかった気がする。なんだかんだ言って人には優しいやつなのだろう。
「さて、と。私もそろそろ寝ようと思う。ヒロ君は?」
「ん。もうちょっと風に当たっとくよ」
「そうか。あまり長居するなよ」
「りょーかい」
エピーヌも帰り、バルコニーには僕一人しかいない。
空を眺める。目に飛び込むのは名の通り満天の星空だ。
……綺麗だ。前の世界では到底お目にかかれない本来の星空に、僕は目を奪われてしまう。
こんな光景を見せられては、ついその先の世界に想いを馳せてしまうのも頷ける。
「この宇宙に比べれば、僕らはどれだけ小さいのだろう」
〔また随分と小っ恥ずかしい、もといロマンティックな事を考えているね〕
星空と月明かりに照らされた僕の影が動く。紅蓮だ。
〔やあ緋色〕
「よお紅蓮」
ブォワホレの森以降、コイツとも大分仲良くなったと感じる。最初は無視しまくっていたというのに。
〔宇宙と自分を比較するなんて、それこそ小さいことだ。自分の価値とは相対的に見るものではない。自身の尺度を持って絶対的に見ることだよ〕
「ハイハイ、くさい名言を頂きました。それで、そんなことを言うために来たのか?」
〔勿論違う。洞窟に入る前に君は『何でもする』って言っていたよね。今回はその“何でも”を頼みに来たんだ〕
「……アレレー? そんなこと言ってたっけナー?」
〔誤魔化しても無駄だよ。私には君の心が読めるのだから〕
チッ、バレたか。正直もう忘れかけていたのに。粘着質なヤローだ。
〔聞こえているぞ〕
「っ……。それでェ!? 何を頼みに来たんだよ?」
〔ああ、頼みというよりお願いなんだがな。君には三つのお願いがある〕
「一つだけにしてくんない?」
〔嫌だね。まあ取り敢えず聞くだけ聞いてくれ〕
「……ハイハイ、分かりましたよ」
まったく、あの時『何でもする』だなんて言わなければ良かった。
そう後悔していると紅蓮が一つ目のお願いを口にする。その口調は真剣そのものだった
〔まず一つ目。“七つの美徳”を倒してほしい〕
……驚いた。このタイミングで奴らの名前が出てきたのもそうだが、何より紅蓮が奴らを倒してほしいだなんて想像もしていなかった。
「……当然倒すつもりだ。でも、何でそんなことを?」
〔ちょっとした因縁でね。特に“勇気”と“正義”を名乗る二人は必ず倒してほしい。君と私がこうなった要因でもある二人だ〕
「……やっぱお前、記憶を取り戻しているだろ」
〔否定はしないよ。しかしその全てを話すのは憚られる。言うべき時が来たなら私から話すよ〕
釈然としないが、まあ良いだろう。
何故僕がこの世界に呼ばれ、そして紅蓮と融合したのか。それはその二人、勇気と正義に迫れば分かることだろう。
〔二つ目のお願いだ。私の故郷に帰ってほしい〕
「なんかいきなり現実的に」
〔案外そうでもないよ。私の故郷は遥か東方に浮かぶ島国。君が住んでいた日本に当たる所に鬼の郷がある。そこへ行ってもらいたい。それは今すぐでなくていい。行けるときに行ってくれ〕
遥か東方。日本に当たる所。ここがヨーロッパに相当する場所だと考えると、正に地球の裏側だ。
そう簡単には行くことはできないが……
「うん、良いよ」
〔感謝する〕
そこへ行こうとなると、そうとう長い旅になるだろう。
だが、紅蓮たっての願いだ。一心同体である僕としては叶えるべきだろう。
「にしても、自分の種族隠す気なくなったよな」
〔そういえばそうだな。いつの間にか、私が鬼だということも普通に知られているしな〕
「鬼の郷って、やっぱ鬼ヶ島みたいな感じ?」
〔まあ、私の故郷は島だな。本国の方には二つの山に大きな鬼の集落があった〕
鬼の島か。やっぱいかにもな鬼が住んでんのかな。桃太郎とかに出てくる感じの。
「それで、三つ目は?」
〔三つ目は……故郷に着いたら分かる〕
「はぁ? なんだよそれ?」
〔まあ良いじゃないか。それより早く寝たらどうだ? 明日も早いのだろう?〕
彼の言うとおりだ。明日は朝一で王宮に帰らなければならない。
居眠り運転をしないためにも早く寝ておこう。
「そうだな。もう寝るよ。おやすみ、紅蓮」
〔ああ、おやすみ。良い夢を〕
全員が寝静まった家に月明かりが当たる。その白い壁は光を反射し、淡く美しく輝いている。
周りを覆う森は一層その恐ろしさを際立たせる。しかし、不思議と森に住む生命全ての揺り籠となるような優しさもそこには含まれていた。
書きたいことを書きまくっていたら、過去最高に長く・・・




