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村人Aの異世界叙事詩  作者: ユッケ=ビビンバ
第二章 誉れの詩〜騎士と魔女編〜
34/120

第34話 裏切り

〜あらすじ〜

伝説の名剣“デュランダル”を求め、洞窟の最奥へと辿り着いたヒロとジーク。

彼らはデュランダルを持つに相応しい者かどうか試す為、三つの試練を課される。

主人公ヒロはその試練の一つ目“迷わずの迷路”を攻略していた。

 第一の試練 迷わずの迷路


 これは不滅の刃“デュランダル”を手に入れんとする者達の“意志の強さ”を総合的に量る試練である。

 迷路と言うものの、到底迷えるような構造はしていない。

 ほぼ直線の道が永遠と続き、たまに人一人がようやく通れる隙間のような小道が顔を覗かせる。

 道の端には時に金銀財宝、打ち捨てられた武器、大量のアイテムが落ちている。

 しかし、それを手にすることはできない。それ自体がトリモチのように触れた者に引っ付き、挑戦者の枷となるからだ。

 そう、この試練はただ歩かねばいけないのだ。


 しかし、“ただ歩くだけ”と侮ってはいけない。

 考えてみてほしい。何もない一本道の洞窟をたった一人で長時間歩く事を。

 最初に“疲労する”と言うかもしれないが、この試練の恐ろしさはそこではない。

 長時間、なにか単純な作業のみをしていると、次第にそのことに対してゲシュタルト崩壊を起こす。何故自分がこの道を歩いているか分からなくなってしまうのだ。

 とはいえ、歩く以外の選択肢はない訳なのだから、結局は常に歩き続けることとなる。

 最終的に、本来の目的を忘れ果て、その生命が尽き果てるまで歩き続ける動く死体(ウォーキング・デッド)となる。

 これが半端な意志で名剣に挑んだ愚か者の末路である。


 そして、ここにその者等と同じ結末を辿ろうとする少年がいた。





 彼は一体どのくらいの時間歩き続けていたのだろうか。

 既にその顔に生気はなく、虚ろな表情で足を動かしている。

 何も語ろうとせず、何も意思を見せない。既に彼の精神は満身創痍一歩手前まで至っていた。


 そんな彼の耳に気付け薬のような一言が飛び込んでくる。


〔……おかしいな〕

「え!? あ、何が?」

〔気付いてなかったと思うが、さっきからずっと同じ場所を通っている。あそこの壁の傷は既に三回は見た〕


 そういって紅蓮が言っていた壁の傷に目をやる。確かに何回か見た気はする。

 しかし、他にも同じような傷は無数にある。

 ヒロはいまいち納得できないようだ。


「そうか? 気のせいだと思うけど」

〔いや、気のせいや見間違いなどでは断じてない。確実に何度かこの道を通っている。時空間系の魔術、それも随分と細かく設定してあるな。この私を持ってしてもループの切れ目がわからないなんて。だが、どこかに必ず隙間はあるはずだ。それさえ分かれば脱出の糸口くらいは……〕


 どうやら自分の世界に入り込んでしまったようだ。誰に向けたものでもない独り言を延々と続けている。

 その独り言をBGMにヒロは歩く。


 ふと右の壁に視線をやると、何度目かの狭い小道。

 それに対してヒロは何の感情も持たず、前を向き通り過ぎる。

 直後


〔止まってくれ、ヒロ〕


 突如、紅蓮から立ち止まるよう言われる。


「どした?」

〔ああ、悪いが振り向いてくれないか〕

「……?」


 言われた通りに後ろを振り向く。そこには変わらず長い道が伸びている。


「……? 何かあるのか?」

〔……逆に聞くが、この光景を見て君は何も違和感を感じないのか?〕

「???」


 疑問に更に疑問を上乗せした表情をする。

 それに耐えかねた紅蓮が答え合わせをする。


〔小道だよ〕

「小道?」

〔ああ、さっき君も見ていたはずだろう。左側にあるはずの小道が消えているんだ〕

「あ! あぁ〜……あ!?」


 発見、納得、驚愕。それらを全て『あ』のみで表現してみせる。


〔この仕掛けを作った者に敬意を評したいな。ここに至るまで何度も見落とすほど精巧に作るなど、常人なら不可能だからね〕


 影が伸び、小道があったはずの場所を触れる。

 その付近を弄くり回していたと思っていたら、次はゆっくりと何かを探す手付きで影を壁に沿わせる。


〔……あった。ここだ〕


 そう言って、ある一点で影を止める。


〔ここが空間の切れ目だ。なるほど、壁の繋ぎ目だけでなく空間の繋ぎ目もしっかりと細工されてある。接合部を直接繋いでいるわけではなく、引き伸ばして希釈させ空間同士を混ぜ合わせているのか。しかも空間と空間の組み合わせはランダムか。通りで気づかないわけだ〕

「……? つまり、脱出はできそうなのか?」

〔いや、まだだ。……そうだな、君は取り敢えず道なりに進んでくれ。脱出のタイミングは私が指示する〕

「……? まあ構わないけど……」


 未だ疑問の色を拭えないまま、ヒロは言われたとおりに歩き出す。




〔ところで、君はデュランダルについてどのくらい知ってるいるのだ?〕


 長い道にウンザリしながら歩いていると、不意に紅蓮からそんな質問をされる。


「デュランダルについて? あー……いや、そこまで知らないな。ただ、めっちゃよく切れる剣、程度かな」

〔だと思った〕


 一言で切り捨てる紅蓮。

 そんな彼に軽い怒りを覚えたヒロは文句でも言ってやろうと口を開くが、それより先に紅蓮が語り始める。


〔デュランダルとは“ローランの歌”に出てくるロングソードだ。名前の意味は“不滅の刃”だとか。“切れ味において双璧を為すもの無し”と謳われるほどの切れ味を誇る。その黄金の柄には数々の聖遺物が秘められている、いわゆる聖剣だね。そのお陰で最下層にはモンスターが居なかったのだろう〕


 彼から名剣の説明を受けたヒロは思わず感嘆の声を漏らす。


「へぇ〜。……ん? じゃあ、最下層ココに来たときの痺れるような感覚は……」

〔君にしては勘がいいじゃないか。君が考えている通り、聖剣のオーラとでも言えるような物に君の身体(鬼としての体質)が拒絶反応を示したのだろう〕

「どおりで」


 自身の不可解な感覚の原因に納得するとともに、自身の体が変化してしまっていることを再確認する。もうヒトではなく、それ以外の怪物としての体に成り代わっている。

 その事に不思議と嫌悪感はない。馴れ、というものだろうか。そちらの方が恐ろしく感じる。



〔話を戻すが、そのデュランダルを手にしていたのが聖騎士ローランだ。彼は勇敢で騎士道に忠実な人間だったそうだ〕

「ふーん。それでそれで?」

〔……そろそろ話の意図を汲み取ってほしいものだがね〕


 デュランダルにまつわる話に興味津々のヒロに対し、小さなため息で返す。

 それには彼への鈍感さに呆れる思いと、自身の回りくどく話す性格に対しての皮肉の意味が込められていた。


〔昔話はここでいったん打ち止めだ。本題に移ろう。まずこの三つの試練の意図だ〕

「デュランダルに見合う者を選定する、だっけ?」

〔そう、その通りだ。では、その選定基準を一つだけ挙げるとすれば何だと思う?〕

「え!? え、あ、んー……っと、強さ?」


 突然の質問に慌てて答える。しかし不正解のようだ。紅蓮は残念そうなため息を再度吐く。


〔私の回りくどい性格から直さないといけないか……〕

「何だよ、違うのならそう言えよ」

〔ああ、違うね。正解は“どれほど騎士道に準じているか”だよ〕


 正解を伝えられるが、どうもしっくりこないようでヒロは間抜けな顔をしている。


〔……なんか言いたい事でもありそうだな〕

「まあ、なんというか、『正解は騎士道!』とか言われても……。そもそも騎士道って何?」

〔簡単に言えば、『騎士らしくいろ』っていう掟みたいなものだよ。贅沢するなとか婦女には紳士的に振舞えとか、そんな感じのやつ〕



 そのような会話している間に、再び目の前には大きい道と小道の分かれ道が近づいてくる。


〔丁度いいな。ヒロ、一度そこの岐路の手前で止まってくれ〕

「あいあい」


 指示通り分かれ道の直前まで足を運ぶ。

 大きい道を見る。舗装されており危険とは縁のない道が永遠とまっすぐに伸びている。奥に潜む暗闇が進む者を喰らわんと大口を開けているのがいかにも不安感を煽る。

 次に小さい道を見る。壁がひび割れてできたようなその小道は自然本来の荒々しさを隠すことなく見せびらかしており、その奥がしっかり見えている。


〔さて、話の続きだが、これらは“騎士道を試す”試練だ。その騎士道の中には“困難から逃げるな”といった趣旨の決まりごとがある。当然、この試練にもその事に基づいた仕掛けがあるのだろう。それがこの岐路だ〕


 紅蓮は影を伸ばし小道を指さす。


〔この小道は狭く、岩肌もむき出しだ。通ろうと思えば服は汚れるし、何かの拍子で擦りむくかもしれない。何より、奥が覗けている訳なのだから、無理に入ろうとするわけがない〕


 影は次に大きい道を指さす。


〔比べてこちらは広く安全だ。無限に歩くことになろうと、人は必ずこの道を選ぶ。だが、その時点でその者は製作者の罠に引っかかっている。ヒロ、試しに小道に入ってくれ〕

「……わかった」


 そう言われたヒロは紅蓮を信じ、今まで立ち入ろうともしなかった隙間に足を運ぶ。

 体を横に向け小道に入っていく。

 時折突き出した岩が服をこすり体を突く。

 その事に多少の不快感を示しながらも、すぐに小道の一番奥まで辿り着いた。


「で、奥までついたけど?」

〔なら、その奥の壁に触れてくれ。私の予想が正しければ、これで長い散策も終わる〕


 壁へと手を伸ばす。奥はより狭くなっており、腕がようやく通るほどの隙間しかない。

 その狭い隙間に肩まで入れ、奥の壁に触れようとする。


(もう、少し……!)


 硬い岩盤に腕を擦り付けながらも必死に伸ばす。

 そして今、ヒロの中指が確かに壁に触れた。






 ―――気が付けば大広間に居た。

 無数のガーゴイルに二対の巨像。間違いない、試練に挑む前のあの大広間だ。


「……これは、脱出に成功した……のか?」

〔恐らくな。失敗した者はあの中に永久に閉じ込められるのだろう〕

「ここにいるという事は第一試練クリア、ていうわけか。……ぅしっ!」


 試練を乗り越えたものからだろうか、それとも無間地獄から抜け出せたものなのだろうか、ヒロは小さく喜びを顕にする。

 そんな彼にある人物の声が飛び込んできた。



「よう。随分と遅かったじゃねえか」


 その聞き覚えのある声は大広間の中央から聞こえる。

 見ると、そこにはヒロが予想した通りの人物が立っていた。

 久々の再開。ヒロは嬉しさのあまり、その男に駆け寄りながら彼の名を呼ぶ。


「ジーク!」


 細身で長身、されど覗かせる筋肉は彼が強者であることを物語る。

 彫刻のような顔にはいつもの輝かしい笑顔が浮かぶ。

 紛うことない。見間違えるはずもない。そこに居たのは勇者候補のジークであった。


「ジーク、お前もあの試練から脱出できたんだな!」

「バーロー、たりめえだろ。俺を誰だと思ってやがる、勇者様だぞ。あんな程度のモン試練でもなんでもねえよ」

「ハハ、違いない」


 先程までの試練の苦痛を忘れ、ただ語り笑いあう。

 その何でもないことがヒロにとってとてつもない幸福となった事だろう。




「んじゃ、そろそろ次の試練に向かおうか。えーと、どこに行けばいいんだ……?」

「……そうだな。でもその前に……」


 ジークに背を向け、次の試練への道を探す。

 次の瞬間、背筋が凍り付くかのような殺気と実際凍り付くかと思わせるような冷気に襲われる。


「悪いが、死んでくれ」


 咄嗟に躱す。が、遅かった。

 突如左腕に張り付くような痛みに襲われる。

 突然の激痛。肺の中の空気が喉で叫びに変わり、抑えられることなく放出される。


「ぐああああああああぁぁぁぁぁあぁあ!!!!」


 痛々しい絶叫が響き渡る。

 だがジークにはその叫びが聞こえていないのだろうか、無表情で口を開く。


「ちっ、間一髪で避けたか。無理に避けなきゃ早めに死ねたのによ」


 今までのジークではありえないような事を言う。

 ヒロは激痛やジークの変りようにパニックを起こしながら、それでも何とか状況を飲み込もうと必死に目を動かす。

 左腕はジークの元からのびる氷壁に掴まれている。

 ジークは殺気全開で自分の事を睨む。

 それらでわかった事は一つ。彼は自分を殺そうとしていることだ。


「ぐっ……うぅ。なんで、なんで僕達が戦わなくちゃいけないんだ! ジーク!!」

「何故かって? そりゃあデュランダルをお前に横取りされるのが惜しくなったからさ。誰かに何かを取られそうなとき、確実に手に入れられる方法って知ってっか?先に自分が取るんじゃない、競争相手をまず()()ことだ」


 ジークの口から紡ぎだされる一言一句、そのどれもがヒロにとっては信じられないものであった。

 ほんの短い間の付き合いだが、ヒロは彼の事を信頼していたからだ。


「……嘘だ」

「嘘なんかじゃねえよ。これがオレの本心だ」

「嘘だ嘘だ嘘だッ!!!」

「だから嘘じゃねえって。ああ、もういいや」


 ジークは右手に携える霜の剣を振り上げる。

 その剣はくしくもジークと初めて会った時に彼が持っていた剣、自身の命を救ってくれた剣であった。


「助けられた剣で殺されるなんて、なかなか乙なもんだろ? コイツ(ジェリダ)で引導を渡してやんよ」


 彼の言葉にヒロはただ俯いて黙りこくっている。

 その心中は絶望に満ちているのか。将又はたまた、怒りで煮えたぎっているのか。

 鎖につながれた奴隷のように床を眺める彼の表情は髪に隠れてよく見えない。


「……言い残すことも無いか。それじゃ、サヨナラだ」


 霜の剣(ジェリダ)が振り下ろされる。

 同時に極寒の冷気が吹き荒び、少し遅れて氷塊が形成されていく。

 荒れ狂う冷気は荒野を駆ける狼が如く、その牙をヒロに向ける。

 だが―――


「紅蓮ッ!!!」


 その一言と共に影が彼を包む。同時にもう一枚、包んだ影を更に包み込むように影が展開される。

 今、冷気の牙が影の外壁に襲い掛かる!


 嵐に等しい勢いで冷たい風が吹き付ける。

 数秒もしないうちに影のドームに霜が降り始める。勢いは止まることなく、霜は徐々に影を覆っていく。

 一分もすればドームは氷漬けにされた。



 凍て付いた空間。冷凍された影のオブジェ。それを見つめる一人の青年。

 彼は誰に言うでもなく、ぽつりと零す。


「……ふん、案外呆気なかったな」


 彼は剣を下ろし、踵を返そうとする。

 その時―――


「まだ、終わってねえぞ」

「―――ッ!!」


 雛が卵の殻を破るように、二本の影の槍が凍り付いたドームを突き破ってジークに襲い掛かる。

 だが、流石は英雄級と言った所か。ジークは恐ろしいほどの反射神経で、影の槍を二本とも軽く受け流し、折角の奇襲を水泡へと変えた。


 影のドームを睨む。

 ドームは槍で開けられた穴からヒビが広がっている最中であった。

 そのヒビが全体の半分まで達した辺りで、ドームは音を立てて崩れ去る。

 その中から現れたのは少年。彼は赤熱した剣を懐に入れながらも、寒さゆえかがくがくと震えていた。


「……なるほど。ドームを二重構造にして閉じ込めた空気を断熱材代わりにしたのか。それでもすり抜けてくる冷気はその剣で暖めて難を逃れた訳だな。そのグラディウス、マルドルト鉱石製か?良いもの持ってんじゃねえか」


 余裕からくるものだろうか。ジークは先程の真剣な顔持ちから一転して口角を上げるだけの軽い笑顔を見せる。

 ヒロはその事に対して何の反応も見せない。

 彼は影を使って、左腕を埋まった氷壁から取り出す。そのまま腕にこびりついたままの氷片を炎の魔力を込めた剣で溶かし始める。


「どうした、余りのショックで何も言えねえか?」

「……ジーク、待っていてくれ」

「あ?」


 ヒロの突然の独白にジークは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。

 そんなことはお構いなしにヒロは独白を続ける。


「お前は何かに操られているんだ。そうに違いない。だからぶっ飛ばして正気に戻してやる。だから、救ってやるまで待っててくれ」


 彼の独白を聞き終える。

 同時にジークの笑顔はより一層(あざけ)たものへと変わる。


「正気に戻す? 救って()()? 少し傲慢が過ぎるんじゃねえか? それに、正気に戻すも何も、オレは正気だぜ」

「いや、お前は正気じゃない。だから、僕がお前をぶっ倒して元に戻す!」

「……フ、ハハ、ハハハハハハッ!!」


 何が面白いのか、ジークは狂気に満ちた笑い声を高らかに上げる。


「おもしれぇッ! やってみろッ! たかが村人同然の新米冒険者がッ、英雄級であり勇者のオレをッ、倒せるもんならよぉッ!!」


 そう言うとともに彼は右手に持つ剣を他のものへと変える。

 その剣はどこかで見たことがある。細い剣身、短剣と呼べる大きさ、羽の意匠が凝らしてある柄。

 それらの情報と自身の持つ情報を照らし合わせ、剣の能力を導き出そうとする。


 だが、それよりも早くジークが目の前に迫る。


(しまった、これは―――)

「迅速剣“チェレリタス”!!」


 高速の剣撃がヒロを斬り裂かんと振り下ろされるッ!!




 ―――結果から言えば、ヒロは斬られることはなかった。

 まさに奇跡とでも言おうか。ヒロは間一髪のところで、何とかグラディウスでの防御に成功する。


「ヒュゥ、良い反応じゃん」

「調子乗っていられるのも今の内だ!」


 ヒロの意思に従い影が動き出す。

 影はたちまちジークの体を這い、縛り上げた。


「これで動けないだろ?」

「……調子に乗ってると、なんとやらだぜ?」


 影に縛られ指先一つでさえ動かせない状況だというのに、ジークは不敵な笑みを浮かべる。

 最初はただの負け惜しみと思われたが、一瞬後にその笑顔の理由に気付く。

 だがもう遅い。


「“ジェリダ”!!」


 いつの間にか替えていた凍結剣ジェリダから一気に冷気を放出する。

 冷気によって冷やされた空気中の水蒸気が真っ白な煙幕となってヒロの姿を覆い隠す。

 辺りを極地へと変える噴射はほんの二秒で終わる。

 だが、それを直接受けたヒロにとっては、地獄の最下層(コキュートス)に落とされたような二秒間だったろう。

 霧の煙幕が晴れる。


「……驚いた。まだ立ってられるとはな」


 煙幕の先には数メートル後退したヒロの姿があった。

 その姿は頭頂から爪先まで全身をくまなく影の鎧に包まれ、その上に霜がこびりついている。

 兜武者のような姿となったヒロは剣を構え直す。


「スキル“シャドウスーツ・鎧”。まだ終わっちゃあいないぞ」

「ああ、まだここでは終わらねえさ。何故なら……」


 ジークが言い終わる前に、突然体に衝撃が走る。

 遅れて脇腹から滲むように痛みがやってくる。

 自身の腹を見ると、そこから細く鋭い刺突剣レイピアの剣身が伸びていた。

 そこまで確認すると、後ろからジークの言葉を付け足すように、聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。


「何故なら、今終わるのだからな、ヒロ君」


 声がした方を振り返る。

 そこには馴染みのある赤毛の女性がいた。


「エピーヌ……なんで……?」


 自身の名前を呼ばれた彼女は妖しい笑みで応える。

 そして、なるべくヒロに苦痛を与えるように、レイピアを小刻みに揺らす。


「“なんでここに来たのか”と聞きたいのか? それとも“なんで僕の腹を貫いているんだ”か?」

「グッ、ゥウ……ァアアッ!」

「痛みで何も言えないか。なら私が丁寧に説明してやろう。私がなぜ最下層ココに来たか、なぜ君を刺したのか。その理由は単純明快だ。私は君を()()()()()のだよ」

「な、に……!?」


 ジークに続きエピーヌまでもがヒロに殺意を抱いていることを告白する。

 自身が信頼していた二人が自分を殺そうとしている。そのことはヒロにとってどれだけショッキングな出来事なのか計り知れない。


「不思議そうな顔をしているな。それほどまでに私が裏切るのが信じられなかったと見える」

「ッ……ッ!!」

「無理して話そうとしなくていい。大方、私の動機が聞きたいのだろう? なら聞かせてやる。

 私はそもそも君の事など少しも信用していなかった。フローラ様に近づく悪い虫程度にしか思っていなかった。加え、君の驚異的な力と“鬼”になりかけていること、それらの要因から君を殺そうと密かに画策していたのだよ」

「そこへオレが話を持ちかけた。殺すのなら手伝ってやる、ってな」


 右手にジェリダを携えたジークがそう言いながら、悠々と近づいてくる。

 彼がヒロのそばまで近づくと剣を彼の首にあてがう。

 ヒロは既に諦めの境地に至ったのか、抵抗しようとせず項垂れるように下を見つめる。


「とうとう抗う気力も失せたか」

「無理もない。せめてもの慈悲だ、なるべく苦しまないように殺してやる。だから」

「「死ね」」


 二人は各々ヒロを始末するため行動を起こす。

 ジークは死神よろしく剣を高く振り上げ、エピーヌは彼の腹を横一文字に斬り伏せんがため力を入れる。

 ヒロの命はここで終わった―――






 ―――かに思えた。


「ゥウオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」


 まるで地を鳴動させるような雄叫び。

 その様はまさに獅子、覇王を象徴する獅子の咆哮が如く轟く。

 獅子の咆哮を受けた二人は一瞬怯む。

 その隙をヒロは見逃さない。


 腹に力を入れレイピアをしっかりと捕らえ、身体を捻ってレイピアの剣身を根本から折ってしまう。

 振り向きざまに驚愕するエピーヌを掴み、回転の勢いそのままにジークへと投げつける。

 投げ飛ばされた二人は壁に激突するまで、まっすぐ吹っ飛んでいった。



「ッつー。一体何だっていうんだ」

「気をつけろジーク! 前に教えただろう! あれが……」


 二人の視線の先には異形へと化すヒロの姿がある。

 爪は猛獣を思わせるほど鋭く、歯は牙と言っても差し支えないほどに変化しており、髪は怒髪天の名に相応しく逆立つ。

 目の縁にはおどろおどろしい隈取が描かれ、そこから開かれた瞳は竜のように紅く瞳孔は縦に切り裂かれている。

 その姿、まさに―――


「“鬼”だ」


 鬼、異形の権化、荒れ狂う乱神、どれをとっても彼を形容するには十分だろう。

 人道から外れた三悪趣の怪物は腹に刺さった剣の残骸を取りながら、ゆっくりと、だが確かに二人の勇者に自身の意思を言い放つ。


「手前ら、覚悟しろよ……。二人とも、ぶっ殺してでも……元に戻してやるッ!!」


 その者、悪を持って善を為すか。

 怪物の恐ろしくも、彼らを思う優しき声が大広間に鳴り響いた。

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