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村人Aの異世界叙事詩  作者: ユッケ=ビビンバ
第二章 誉れの詩〜騎士と魔女編〜
31/120

第31話 花園の双子

 グハッツ洞窟 第一階層

 ここは洞窟の最も浅い場所。天井を見上げれば所々に穴が開き、そこから午後の斜光が入り込んでいる。

 日の当たる箇所には小さな雑草が懸命に生きようとあがいている。

 壁や床、天井には翡翠色に淡く光り輝く苔が辺り一面に群生している。


 この幻想的なトンネルの中を二人の女性が歩いていた。

 そのうちの一人、シャトンが声を上げる。


「エピーヌ〜、疲れたニャ〜、腹減ったニャ〜。一休みしようニャ〜〜〜」


 彼女がこういうのも仕方ない。

 朝から歩き続けて既に半日が過ぎている。その間に何度か戦闘もしている。

 その上まだ昼食も取っていない。体力の限界が近いのだ。


「もう少し頑張ってくれ……と言っても流石にもうキツいか。そうだな、ここならモンスターも出現しないだろう。一度休憩を挟むか」

「さっすがエピーヌ! 話が分かるぅ!」


 そう言うと、早速シャトンはその場で腰を下ろす。


「で? ランチはニャんだニャ? 昨日の猪肉の残りかニャ!?」

「これだ」


 差し出されたのは今そこで捕まえてきたような、虫モンスターの幼体だった。


「……え? ナニコレ?」

「何って、虫だろ。それ以外にどう見えるんだ?」


 互いに『相手が言っている意味がわからない』と訴えるように首を傾げる。


「いや、そうじゃなくて……え? 私たちは今からご飯にしようとしてたんだよニャ?」

「ああ、そうだな」

「うん。んでもって、出てきたのが」

「「コレ」」

「…………」「……?」


 怪訝そうな顔をするエピーヌに対し、シャトンは何かを悟ったような表情を見せる。


「……なあ、今日のご飯って、もしかしてコレ?」

「だから、さっきからそういう風に言っているだろう」

「……マジか……」


 なんとなく予想していたことだが、やはり落胆の色は隠しきれない。

 そのあからさまな態度を見て漸く気付いたのか、エピーヌがシャトンに虫肉の素晴らしきを説きにかかる。


「もしや、嫌なのか? 昆虫食」

「あったりまえニャ!! ニャんで虫を食べニャいといけないのニャ!!」

「馬鹿め。お前は昆虫食の素晴らしさ、凄さ、偉大さを理解していない。昆虫の体は他の肉より遥かに高タンパク低脂肪かつミネラルにも富んでいるので、食料が無い時には重宝するんだぞ。モンスター肉となれば滋養強壮や魔力回復にも効果がある。それに寒冷地域以外なら殆どどこにでもいるから入手しやすい。人を媒体とする寄生虫もかなり少ないため魚より安全だ。衛生状態に難があるだろうが、私の炎魔導で殺菌すれば問題ない。まずは騙されたと思って、この蜘蛛を食べてみろ。腹の部分だけならそこまで嫌悪感も無いだろう」


 昆虫食について熱弁をふるう彼女に対し、シャトンはありえないようなものを見る目で見つめる。


「一応聞くけど、ソレ以外に他に食べれそうな物は?」

「ん? 特にないが」

「マジか。いや、それ、マジか」


 余りの事でシャトンの語彙力が一気に下がってしまう。

 それほどまでに認めたくない現実なのだ。


「まあ、取り敢えず食え。腹が減っては何とやらだ。この幼虫なら生でもいけるぞ」


 そう言って無理やりまだ生きている何かの幼虫を手渡される。

 手の上でうねうねと蠢いている感触が伝わってきて気持ちが悪い。


 かつて路地裏に居た時は生きるためやむなく虫を食べていたこともあったが、それも十年ほど昔だ。美味かった不味かった等は覚えていない。


(うぅ……ええい! 南無三!)


 にらめっこを続けても意味はない。

 それよりもこのまま飢えに苦しむことを憂えたシャトンは思い切って口の中に放り込む。


 口の中に入った幼虫は食われることに抵抗し、より一層蠢いてみせる。

 その事に不快感を覚えながらも、意を決して幼虫を噛み砕く。



「…………あれ? 美味しい……?」


 何という事だろうか、食べてみれば以外にもいける、いや、十二分に美味である。

 磨り潰した歯の間から甘くミルキーな風味が口全体に広がる。

 これならおやつに幾らでも食べられそうだ。


「気に入ってくれたようだな。おかわりはまだある。こっちの焼いたのは白身の焼き魚のようにジューシーだぞ。こっちは素揚げすると旨い、すぐに用意してやろう」


 そんな話をするエピーヌを放っておいて、シャトンはとても気に入ったのか夢中になってつまんでいる。

 ここにまた一人、昆虫食の虜が生まれた。





 休息と栄養補給を終えた二人は再び洞窟の中を進む。

 道中で出会う生物といえば物言わぬ植物と先程頂いた小さな虫くらい。静かなものだ。



 二人が様々な事を駄弁りながら道を進むと、遠くに出口らしき光が見える。

 そこへ歩みを進ませていくと、点だった光は次第に輪郭を持ち始める。

 同時に甘い蜜の様な匂いが鼻の奥を刺激していることを感じ始めた。


 そこへ着くころには、白かった光の点は様々な色彩を取り込み、匂いは香水店のようにあたりを充満している。

 そこは探し求めていた天寿草の花園であった。


 縦穴の底に紅桜みたく濃い桃色の花が咲き乱れているさまは王宮の庭園を彷彿させた。

 ポッカリと開いた天井を見ると、空は既に茜色に薄く染まり始めている。

 その日の光はこの情景を彩るには最適な演出だろう。




「素敵な光景だろう、紅薔薇の騎士。君のその赤い髪にピッタリだ」


 自然の庭園の壮観に目を奪われていた二人は突如として聞こえてきたその声で意識を取り戻す。


 花園のインパクトで気付かなかったが、空間の中央に二人の男が立っている。

 一人は透き通るような白銀の髪を七三に分け眼鏡をかけた知的な青年だ。

 もう一人は輝く金髪を気の赴くままにはねさせた、泣き黒子とタレ目が特徴的な青年。

 二人とも世の女性を虜にできるような美男子であり、そして何故か二人とも半裸であった。


「天寿草は効能から“天寿を延ばす霊薬”として名付けられたけど、他にもこの幻想的な、天国のような風景から“天寿を全うした後の光景を見せる花”として名付けられたとも言われている。こういう僕も最初来たときは『あれ? 僕、いつの間にか死んだのかな?』と間違うほどだったよ」


 メガネをかけた青年は自身の前髪をクリクリと弄りながら話しかけてくる。

 対しタレ目の青年は明後日の方向を向き、気怠げにくうを眺めている。


「貴様等は何者だ!? どうやってここまで来た!?」


 エピーヌが腰に携えたレイピアに手をかけながら、そんな質問を叫ぶように投げかける。

 半裸の男二人がこんなダンジョンの奥まで来れるはずがない。

 この二人は只者ではない。そう直感が騒いでいる。


「おっと、自己紹介がまだだったね。僕はカイン。そしてこっちが僕の双子の弟アベル。僕達似てないけど実は双子なんだ。ほら、アベル、皆さんに挨拶して」

「……チョリース」


 アベルと呼ばれた青年が気の抜けた挨拶をする。

 すると、カインと名乗った兄が彼を襲うように抱きついた。


「よぉーーーし! よく挨拶ができた! 偉いぞぉ、偉い偉い偉い偉い偉いぞぉぉーーー!! 流石僕の可愛い自慢の弟だ! よしよしよしよしよしよし」


 彼は弟に過度に頬ずりしたり、頭をなでたりと、ペットのように弟を愛でる。

 弟の方は気にも留めてないのか、再び空を見つめながらされるがままにされている。



「巫山戯ているのか? 質問に答えろ。貴様等はどうやってここまで来て、そしてその目的は何だ」


 エピーヌは静かに、されど警戒心を強めながら言う。


「ああ、ごめんごめん。僕は弟の事になるとつい我を忘れてしまうんだ。それで、えっと確か、ここに来た方法と目的だったね。

 どうやって来たか、なんて愚問だよ。正面から堂々と入ったに決まっているだろう?」

「……!」


 答えの内容は予想内だが、その事実は想定外だ。

 強敵のモンスターが蠢くこの洞窟に半裸という格好で突入し、傷ひとつ追うことなくここまで辿り着くことなど想像できない。


「そして目的だけど、君達を()()()()為にここまで来たんだ」

「……それは穏やかではないな」


 エピーヌは笑みを浮かべ強気で返すが、その額には冷や汗が流れている。

 相手の実力は未知数。少なくとも簡単に済む相手ではないだろう。

 そう考えると冷や汗の一つや二つ流そう。



「なぁ、兄ちゃん。もういいだろ。さっさとブッ殺して“あの方”のところに帰ろう」


 先程まで気だるげそうだった弟の視線が変化する。

 明らかに殺意や闘志といった感情が含まれた視線だ。


「まあ待て。別にもう少し話していても良いだろう?“あの方”に会いたい気持ちはよく分かるが、ここは暫し耐えてくれ」


 兄は彼の肩を抱き宥めにかかる。

 それに対し弟はそっぽを向き、小さく一言


「……兄ちゃんのそういうとこキライだ」


 その一言を聞き取ると兄はまるで世界が終わるかのような表情に変貌する。

 表情が変わったと思いきや、今度は急に人の目も気にせず、駄々をこねる子供のように泣き喚き始めた。


「ごめんよぉぉぉぉぉおおおおおお!!!! アベルごめぇぇぇぇぇええええんんんんんんん!!!! 今すぐ殺すからぁぁぁぁああああ!!! だから嫌いにならないでぇぇぇぇえええ!!!」


 先程までの知性的な雰囲気はどこへやら、年甲斐もなく喚き続ける。

 だがそれがコイツの恐ろしさでもある。この異常性が恐ろしい。

 人間の基本道徳や常識が通じないような外道の心が彼にはある。



「……すぐに殺してくれるなら、もう良い」

「っ! わかった! 今すぐ殺そう! もうお喋りはしない!」


 仕方なしといった風にアベルが彼を許すと、カインは顔を輝かして歓喜する。

 彼らは短い会話を済ますと、再びこちらに向き直る。


「さてと、アベルも帰りたがっているしさっさと済ませようか」

「……最後に一つ質問させてもらう。貴様らの言う“あの方”というのが命令しているのか?」


 ダメもとでもう一度質問を投げかける。

 その行動に対し、カインは苛立ちを感じさせるように片眉を上げて応える。


「話を聞いていなかったのか? お喋りは無しだ。早いとこ首を―――」

「うん、そうだよ」

「その通りだ! “あの方”がウィザを助ける者を排除しろと仰せられたのだ!!」


 わざとなのか、それとも天然なのだろうか。二人は素直に答えてくれる。

 エピーヌの頭にはある疑問が浮かぶ。

 “あの方”というのは一体誰なのか、ということは勿論だが、それよりも……


(私達自体ではなく()()()()()()()()()、だと?)


 つまりは相手はウィザが呪いにかかっていることを知っており、尚且つその対処法が天寿草であることを知っている者。

 そう考えると自然と答えは出てくる。

 恐らく敵が慕う“あの方”とやらがウィザに呪いをかけた張本人だ。



「“あの方”とは一体誰ニャ!? リーダーと何の関係がある!!?」

「それは教えられないね。“あの方”はやんごとなきお方だ。君たち下賤な人間には知る価値もない」

「じゃあ力尽くで聞かせてもらうニャッ!!」


 エピーヌが制止するよりも速くシャトンが兄弟に向かって飛び出す。

 それに対するはアベル。名乗りを上げるが如く一歩前に進み、なにやら格闘術の構えをとる。


 距離が縮まる度にシャトンの足元から天寿草の赤い花が空中に舞い上がる。


「喰らえッ!! 必殺!! “スーパーシャトンクロ―”!!!」


 今、シャトン必殺の爪撃がアベルを捉えるッッ!!




 ―――ガキィン!!

 まるで剣がぶつかり合うような音が響く。


 赤い紙吹雪が降り注ぐように花弁が舞い散っている空間の中、二人は全く動かない。

 アベルは腕を水平に並べ防御している。しかし、その皮膚には少したりとも傷の跡はない。

 逆に切りつけたはずのシャトンの爪の方が少し欠けている。

 そのことに彼女は動揺を隠せないでいた。


「馬……鹿、ニャ……」

「シャトン! 退け!!」


 エピーヌの声で漸く現状を把握する。と同時に敵のもう一人、カインが後ろ蹴り(ソバット)の体勢に入っていることに気付く。


「っ! くっ……!」


 急いで後ろに飛び退こうとする。だが間に合わない。

 カインの蹴りが彼女の胸の中心を穿つ。


「カッ、ハ……」


 湿った息を吐き出すと、そのままシャトンは後方へ、エピーヌのもとまで吹っ飛んでいく。


「シャトン!!」


 エピーヌが途中で受け止めてくれたお陰でなんとか地上に激突することは回避できた。

 だが彼女はぐったりと項垂れ動こうとしない。まるで糸の切れた人形だ。

 まさかと思い胸に手を当てる。


(脈は辛うじてあるが、呼吸が止まっている!!)

「しっかりしろ!! お前はこんなとこで倒れるような奴じゃないだろ!!」


 脇目も振らず大声でシャトンに呼びかける。

 元々敵対するはずだった相手に対してこう思うのは不思議だが、今はただ死んでほしくないと切に願う。


 すると思いが通じたのか、奇跡的に息を吹き返した。


「ゴハッ、ゲホッ、ハァーハァー……」

「シャトン!! 大丈夫か!!?」

「ん……ああ。おっぱいが小さかったニャら死んでたニャ」

「やっぱお前そのまま死んでろ」


 心配して損したとぶつぶつ言いながら兄弟の方に注意を向ける。

 二人は嘲笑うが如くその場から動こうとしない。

 これは“お前ら程度いつでも殺せるぞ”と暗に言っているようで癇に障る。


「シャトン、動けそうか?」

「まだ胸が痛むけど、回復薬ポーションを使えばイケるニャ」


 シャトンは親指を立てて答える。

 その事に対しエピーヌは安堵した表情をちらりと見せる。


(よかった、大事は無さそうだ。……それよりも、気にかけるべきは奴等の能力だな。推測するに弟は硬化、兄の方は強化、と言った所か)


 兄弟は依然動こうとせず余裕を見せている。

 兄は髪を弄り、弟はボーっとしている。

 それでも何故かその油断をついて一撃加えるイメージさえ少しもできない。


 二人は今まさに気付いたように話しかけてくる。


「おや? もういいのかい? それならば……」


 カインがそう言ったかと思うと、直後、エピーヌの目の前にカインが現れる。


「っ!?」

「もう殺しちゃっても、いいよね?」


 空を切る音を鳴らしながら放たれる蹴り。

 間一髪、レイピアの刀身を鞘から半分だけ出し、防御の体勢をとる。


 再び、金属同士がぶつかり合う甲高い衝突音。

 レイピアは蹴りを刃で受け止めているにもかかわらず、弟同様、その皮膚が裂けることはなかった。


「へぇ、いい反応見せてくれるね」


 カインは蹴りの力を緩めることなく、魅力的な笑顔を見せつけながらそう言う。

 耳の真横で金属音を叫んでいるレイピアが煩い。


「くっ……。硬化に強化、それに速度強化の技能スキルを同時に……」

「スキル? やだなぁ、僕達はそんな大層なものを使ってないよ」


 飄々とした笑顔のまま、脚に力を更に加える。

 ゆっくりと後退する刃が主人の頬を傷つける。そこから一面に咲く花より赤い液体が流れ出る。


「エピーヌ!!」

「おっと。アンタの相手はこの俺だ」


 シャトンの後ろにはいつの間にか弟の方が爪を構えている。それが振り下ろされる。

 爪は彼女の服と皮を一部浅く切り裂くが、逃してしまった。

 だが、振り下ろされた爪はそこで止まらない。

 外した一撃は地を穿ち、亀裂を走らせ、草花の下に隠れていた大地を隆起させる。


「……ったく。あーあ、一発死んでくれてたなら楽だったのに。メンドクセ」


 空いた左手でポリポリと頭を掻きながらアベルはつぶやく。


「ニャハハ……、それニャら止めにしニャいか? その方が互いに良いと思うけどニャ」

「俺もそうしてえけど“あの方”のご命令には従いたい。だからさ、さっさと死ね」


 地面に埋まりこんでいた右手をあげ、もう一度構えをとる。


「さあ、お前の爪と俺の爪。どっちが強いか試そうじゃないか。といっても、俺だろうけどな」


 これに闘争心に火が付いたのか、シャトンも鋭い爪を立てて戦闘態勢に入る。


「ふん! ニャめんなよ、人間ヒューマン!!」


 シャトンの瞳は縦に割れギラギラとひかり、黒い毛並みは逆立ってゆく。

 その様は先程のか弱い猫耳少女とは全く違う。

 かつて“魔物”と恐れられた獣人の血を受け継ぐ者の姿がそこにはあった。






 ぶつかるような金属音が二重奏デュエットとなって濃桜の劇場に奏で響く。

 その一つ、慌ただしく速いテンポの旋律を奏でる二人組。

 彼らは奏でを綴りながら、一人は剣舞を、一人はバレエをしているかのように舞台の上を舞い踊る。


「へえ、流石勇者候補様。中々やるね」

「貴様も随分と余裕そうじゃないか。それでは舌を噛む……ぞっ!!」


 隙をついた一撃。だがこれも余裕綽々と避けられてしまう。


 一度距離を取る二人。さっきまでの激しい勢いとは正反対の静かな時間が流れていく。

 それは嵐の前の静けさ、サビ前の小休止と言った所か。


「……そうだ、思い出した」


 エピーヌの一言が、穏やかな水面に落ちる一粒の雫のように、ぽつりと発せられる。


「カインとアベル。どこかで聞いたことがあると思っていた。もしや貴様等、あの“イロー劇場双子失踪事件”のカインとアベルか?」




 イロー劇場双子失踪事件

 それはとある小さな劇場で起こった事件であった。


 その劇場には顔の良いことで有名な双子の少年達がいた。

 彼らはその美貌で連合帝国中の女性を虜にし、その小さな劇場には入り切らない観客を呼び寄せた。


 しかし、その劇場もある日を境にピタリと観客が来ることはなくなった。

 その原因は劇場の花形スターであった双子が突如失踪したからであった。


 謎の失踪。彼らは演劇に不満があった訳ではない。逆に誇りと喜びを持って出演していた。

 ならば誘拐か? その可能性もないわけでは無い。しかし、待てども暮せども身代金といった類の連絡はない。

 帝国騎士団の懸命の捜索も虚しく、双子は発見されることはなかった。

 こうして事件は“迷宮入り”という結末を迎えた。

 その失踪した双子の名は、カインとアベル。




「……そうだ、その通りだよ。僕達はイロー劇場のスターのカインとアベルさ。よく知っていたね、そんな昔の話」

「当の本人は知らなかったと思うが、結構な大事件でね。帝国中のマダムが嘆いていたよ」

「それは悪いことをしたね。でもね、僕にはもう弟と“あの方”以外はどうでもいいんだよ」


 彼は爽やかな笑顔を崩さずにそう言う。

 まるで他人事を聞いているかのような振舞い。

 彼をこうまでさせた“あの方”とは一体……?



「お喋りは十分だろう? ならそろそろ死んでくれ。僕も“あの方”に会いたくて仕方がないんだ」


 彼を取り巻く空気が変わる。先程はお遊びだったとでもいうかのような殺意が彼から発せられる。

 これには堪らずエピーヌが委縮する。


 だが委縮したのも束の間の事、彼女の瞳には再び闘志の炎が灯る。

 剣を前に出し、重心を下げ、カインを迎え撃とうとする。

 顔には『いつでも来い』という意思が込められた不敵な笑みを浮かべている。


「いい度胸ジャン。じゃあ、ぶっ殺されろよ」


 カインの脚に力が入っていくのがありありと分かる。

 今、土が踏みにじられる音と共に彼が動き始める。

 来る―――!




「うあああああぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!」


 突然な警告音のように何者かの悲鳴が鳴り響く。

 その声に思わず二人の動きは止まる。


「アベル!!?」


 いち早く動いたのはカイン。

 悲鳴の発生源であると思われる弟の名を叫ぶと、その場から突如として()()()

 比喩ではなく、本当に一瞬の内に姿を消したのだ。

 残るのは舞い上がった花弁のみ。


「っ!!? どこだ!?」


 辺りを見回す。

 代わり映えしない景色。その中、人を見つけ出すのは難しいことではない。

 彼等はすぐに見つけることができた。


 うずくまるアベル。それに寄り添うカイン。少し離れた所にはシャトンもいる。

 急いでシャトンのもとへ駆けつける。


「シャトン! 一体どうした!?」

「あ、ああ。私もよく分からニャいんだけど……」


 事態を聞かれたシャトンは自身に起こったことを話し始める。





 ―――――――――


 遡ること数分前。エピーヌとカインがぶつかり合う横で、重厚で力強い旋律を鳴り響かせる者達の姿があった。


「ああもう! ちょこまかちょこまか鬱陶しいなぁ!!」


 そう言いながら拳を振り下ろす。拳は何も捕らえず空を裂き、そのまま真っ直ぐと地面に下ろされ、大地を破壊する。

 荒れ狂う象のような彼のそばには、羽虫のように飛び回る影が一つ。

 影は彼の一撃必殺の攻撃をヒョイヒョイと躱し、大振りの拳の隙をつき、一般人なら吹っ飛ぶような攻撃を連続して放つ。

 だというのに彼は吹っ飛ぶどころか、よろめく素振りすら見せない。


「チッ! かってーニャ、コイツ!」


 互いに相手に対して文句と拳をぶつけ合う。

 激しい衝突音を響かせるのはシャトンとアベルであった。


 彼等はどちらとも相手に有効な一撃を与えることなく、ただただ自身の体力を減らすばかりであった。

 だが、そんな無駄な時間に終わりが来る。



「ぅおらっ!!」


 またもや大振りの攻撃。

 しかし、動物の動体視力を持つシャトンにとっては捉えられない攻撃ではない。

 紙一重の差でこれを避ける。


(ここニャ!!)


 ガラ空きとなった顔面に爪を立て突きを放つ。

 鋭い爪の先にはアベルの輝く瞳がある。


 たとえ全身の皮膚を硬化させようと、体外に一部を曝け出している眼球までは硬化できまい。

 そう算段を付け自慢の爪を繰り出したのだ。



 爪の先がアベルの右の眼球、強膜と呼ばれる白目の部分に触れる。それと共に弾力のある感覚が頭に伝わる。

 ビンゴ、やはり硬化できるのは皮膚だけのようだ。


 そのまま爪は勢いに任せ、強膜を裂いていく。これで有効なダメージを与えられたとともに目潰しの役割を果たす。

 シャトンは思惑通り事が運び、口角をあげている。


 だが、その意気揚々とした気分も次の瞬間には冷めきっていた。



 本来、誰もが目を傷つけられたら、いや、痛みを感じたのなら、反射的にその痛みの元から逃げようと退くであろう。“脊椎反射”という言葉を知っている者なら当然の事だ。

 それはどんな人物、どんな生物でも同じことだ。


 シャトンはアベルもそうであると本能的に確信していた。

 だが、その確信はいとも容易く裏切られる。



 既に爪は一センチ程まで深々と眼球に突き刺さっている。

 だというのに、アベルは仰け反りも退きもしない。

 気づいていないかのように、逆に前進してくる。


 更に爪が深く刺さる。目玉が潰れる感覚が気持ち悪い。

 彼の目には既に指の第一関節と第二関節の中間までが入っている。


 明らかに異常な事態。指から伝わってくる生暖かい感触。

 堪らず退いたのはシャトンの方であった。


「……いってーなぁ。今のは中々痛かった」


 片目を失ったというのにそんなことを微塵も気にしていないのか、指先をほんの少し切ったように“痛い”とだけ言う。


「……お前、相当ヤバいやつのようだニャ」

「あ? なんだよ急に」

「片目潰されて平然としているヤツを普通とは流石に呼べニャいニャ」

「はぁ? 片目? テメエ何言って―――」


 アベルが失った右目に触れると、漸く自身に起きた悲劇に気付いたのか、左目を大きく見開いて絶句する。


「……え、あ……ぅあ……ああぁ……」


 感情が読み取れなかった表情が次第に絶望に満ちていく。

 顔が絶望の色に完全に染まったと同時に、慟哭。


「うあああああぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!」


 そして、現在へと至る。


 ―――――――――






「ぅぅぅ……ひでえよ、こんなこと、あんまりだ……」

「大丈夫だよ、アベル。まずは落ち着くんだ」


 目を抑え静かに涙と血を流す弟とそれを慰める兄。

 少し離れた所で構えているエピーヌとシャトンはその光景を見て僅かながら罪悪感を覚える。


 だがそれも場違いでお門違いな勘違いだと思い知らされる。



「どうしよう兄ちゃん……。お、俺の顔に、俺のきれいな顔に傷が付いちゃった……。こんな顔じゃあ、()()()()()()()()()()!!」


 なんということか、この男は自身の右目が二度と光を見れないことより“あの方”とやらに嫌われることを危惧し嘆いているのだ。

 どこまでも異常な兄弟だ。その様は熱心な狂信者とでも言った所か。

 これには流石に二人も驚愕と恐怖を隠せない。


 二人が戦慄し、アベルが年甲斐も無く号泣しているところに、兄であるカインの声が飛び込む。


「大丈夫だって。“あの方”はその程度で愛せてくれないほどの人間じゃない」

「ほんとぉ? 本当に愛してくれるかなぁ?」

「ああ、本当だともさ。それより、ずっと泣いている方が“あの方”は愛してくれないと思うよ」

「……! それはイヤだ! もう泣かない!!」

「よォーし、それでこそ我が弟だ。偉いなぁ」


 よしよしと頭を撫でるカイン。先までの泣き顔はどこへやら、満面の笑みでそれに応えるアベル。

 まるで十にも満たない子供の兄弟のやり取りを見ているようだ。


 エピーヌ達はそれを微笑ましいなどといった感情を持つことはなく、より一層警戒心を強めながら眺めている。

 絶好のチャンスといえばそうなのだろうが、どうしても奇襲のための一歩が踏み出せない。

 彼等の底しれない異常性がそうさせているのだろう。

 いつ爆発するか分からない爆弾に自ら近付く蛮勇さなど持ち合わせていないのだ。




 少しして頭を撫で続けていたカインの手が止まる。


「……“あの方”は慈悲深く慈愛に満ちたお方だ。君達の愚行も許していただけるだろう」


 彼の顔は後ろを向いているせいでよく見えない。


「でもね、僕はそこまで慈悲深くも、慈愛に満ちているわけでも無いんだ」


 ゆっくりと顔をこちらに向ける。


「誰かが罪を犯したならそれを許さないし、怒ったときは感情的にもなって暴力をふるうこともある」


 隠された表情が露見されていく。


「だから」


 その表情の名は憤怒。

 眉間にこれでもかと皺を作り、血走った眼を見開き、少し開いた唇の間から砕けそうなほど噛み締めた歯を覗かせ、顔全体で怒りを表現している。


「覚悟してろ。お前らは挽肉ミンチ確定だ」



 怒気と殺意で固められた威圧が砲弾のように襲い掛かってくる。


 次の瞬間、突風と轟音。

 エピーヌは真横から伝わってきたその情報を肌と耳でしっかりと感じ取る。

 正体を予想する前に顔がそちらの方向へと向く。


 そこには確実にシャトンが居るはずだった。

 だというのに、なぜ、なぜそこにお前が立っている? いつの間にそこに来ていた? お前は別のところに居ただろう


「カイン……!」


 直後、再び轟音。

 その音は後方から聞こえた。更に首を回す。


 その目が捉えた光景は、壁に磔にされた哀れなシャトンの姿であった。


「何驚いているんだ。言っただろう、お前らは蹴り殺(ミンチに)して、踏み潰(ミンチに)して、そして肉塊(ミンチ)にしてやる、とな」

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