第26話 魔女と呪い
鬱蒼とした森の中を進む。周りに見えるのは木、木、木しかない。
亭々とそびえる巨木の葉により、昼間だというのに森の中は夜中のように暗い。
道らしい道はなく、あるのは獣道とすら言えない、ただ木の生えていないだけの難路のみだ。
生き物の気配も殆ど無く、時折聞こえる潰れた鴉の様な鳴き声と襲われた野獣の最期の断末魔、そして襲った側の野獣の勝利の雄叫びにより、漸く自分達以外の動物の存在に気が付くほどだ。
ここはまるで森という恐怖を凝縮し、具現化させたような場所だと僕は感じた。
ここはブォワホレの森。フルーランス王国の中でも特に瘴気の高い森の一つである。
また、森の瘴気により狂暴化した野獣や、深部には強力なモンスターの存在も確認されている為、ギルドでは探索地であることでも知られている。
今まで多くの冒険者が探索を繰り返したが、未だ森の全容は解明されていない。
その奥地は人類未踏の地、何があるかは森の住人しか知らない。
「そんな所にまさか人間が住み着いているとはなぁ」
「私も最初はここに暮らすことに反対してたんだけど、住んでみると意外と快適ニャ。食べられる野草は多いし、薬草なんてそこらにあるし、この辺の野獣はそこまで強くニャいうえ旨いし。ニャによりも人間が全く寄り付かないからビクビク暮らす必要もないから安心ニャ」
それ僕たち呼んだら意味ないんじゃ? という言葉を喉の奥で押し止める。
その事に気が付いたのなら、シャトンは必ずウィザのアジトの案内をしなくなる。
それは絶対に避けなくてはいけない事態だ。
「それ私達を呼んだら意味な―――」
「それよりアジトにはまだ着かないのかなぁぁあ!!???」
「お、おう。あともう少しニャ」
あぶねぇぇえええ!!!
馬鹿真面目なこの人の事を完全に忘れていた。
だから今ここでシャトンに悟られたら、今までの苦労がパーになるんだよ!
その事分かってないのかこの人は!?
そんなことを思っていると、シャトンが振り返り僕達に話しかけてくる。
「二人とも、見えてきたニャ! あれが私たちのアジトニャ!」
そう言って彼女の指さした方向には、白いレンガで造られた二階建ての立派な民家があった。
そこの一帯にだけ木漏れ日が射し、森の暗さと対比されて美しく見える。
その家は周りの光景と非常にマッチしていたが、常識的に考えるとこんな所にレンガの家があるのはミスマッチだと思える。
その事を考えると、確かにウィザらしい家だな、と妙に納得してしまう自分がいる。
一足先にシャトンが民家に駆けていく。
その後を僕たちが歩いて追う。
シャトンは律儀にも民家の扉の前に立ち、僕たちを待っている。
ようやく僕たちが扉に着くと、待っていましたと扉を開け放ち、帰還を告げる挨拶をする。
「たっだい―――」
扉を開けた瞬間、それは勢い良く飛び出てきた。
シャトンの頬を掠めながら、はるか後方へ飛んでいく。
コォンとそれが木に当たった音がする。
後ろを向き確認すると、十字型の手裏剣が木に刺さっていた。
「シャトン貴様ッ! 何故そいつ等をここに連れてきたッ!?」
開けられた扉の中から誰かがそう言い放つ。
声のした方を見ると、そこには手裏剣を構えた忍装束の男、ゴエモンが立っていた。
その姿はあからさまに怒気を纏っている。
「もしや我らを裏切ったのではあるまいな!?」
「そ、そんなことないニャ! こいつ等はリーダーを助けてくれると約束して……」
「そのような根無し言をむざむざと信じて、ここまで連れてきたと言うのか!?」
「そ、それは……」
それきり彼女は押し黙ってしまった。
それもそうだろう。客観的に見て、僕たちがここに来る条件、ウィザを助けるというのは、その場でついた嘘としか思われないだろう。
“敵に塩を送る”という言葉があるが、そんなもの長年争いあった好敵手でもない限り、敵方の策略か何かだと思われて当然なのだ。
だからシャトンはゴエモンに説明も弁明もできずにいる。
「……まあいい。事情は後で聞かせてもらうでゴザル」
忍び装束の奥にある瞳がこちらに向く。
その視線が怒気から殺気に変わっていく様が感じ取れる。
「先ずは邪魔者を排除するッ!!」
ゴエモンが動く。
奴の指の間にはそれぞれ手裏剣が一個ずつ、計八個の手裏剣が挟まれている。
それが今まさに投げられんとしていた。
先程シャトンの頬を切った手裏剣の速さは、まるで弾丸のようだった。
それが同時に八つ、僕には到底避けきれない数だ。
エピーヌなら自身に向かってくる手裏剣だけなら弾き返せよう。
しかし僕まで守って全て弾き返せるなどという保証はない。
直感的に危険を感じた。
“逃げなければ”と脳が判断を下すが、足にまでその命令が届いていない。
駄目だ、やられる―――!
「待った」
そのような言葉が聞こえてきた。目を瞑ってしまっていた為、その声の主は分からない。
避けようとしていた足にストップをかける。
しかし僕の足は命令を対処できずに絡まり、僕は後ろに倒れてしまう。
鈍い衝撃が頭皮から頭蓋骨の内側に入り込み、頭の中で反響しまくる。
軽い脳震盪が起こったため、少しばかり気持ち悪い。
そんな痛みと気持ち悪さに耐えながら、声の主を確認すべく起き上がった。
上半身を起こすと、ある人がゴエモンの腕を掴んでいる光景が待ち構えていた。
全身を赤、白、金で彩ったド派手な格好。その素顔は舞踏会で用いられる仮面で隠されている。
そこには宵闇の怪盗団のメンバー、バロンが居た。
「何故止めるバロン!? 奴らは我々の敵! ここで仕留めなければならん!!」
「そうだ、彼らは僕たちの敵。だが同時にシャトンが招いた“客人”だよ」
「っ!? 貴様正気か!?」
「ああ、勿論。まあ君はそこで見ていなよ、OK?」
暫くゴエモンは武器を降ろさずに睨み合っていたが、納得してくれたのか、手裏剣を床に落とす。
それを確認してから胡散臭いマスク怪盗はこれまた胡散臭い営業用の笑顔でこちらに接してきた。
「仲間が失礼を致しました。心からお詫び申し上げます」
態々他人行儀な話し方で、腰を直角に曲げ、過ぎた礼をする。
一挙一動が癇に障る奴だな。
「……それで、今日はどういったご用件で?」
さて、何と言ったものか。
ウィザを助けに来た、なんて言っても到底信じてくれやしないだろう。
かといって、本来の目的、奪われた宝物の奪取など言える筈もない。
ここはもう一度感情論で押し通してみるか?等と考えている内に、隣のエピーヌが発言する。
「私たちはウィザの救助の為、そして“奪われた宝物を取り戻すため”に来た」
…………………………。
ばかぁぁぁああああああああ!!!!!!
何のために僕がここまで頑張ってきたと思ってんだこの勇者はぁぁぁああ!!!
ほら見ろ! 怪盗たちも余りの事でフリーズしてんじゃねえか!!
こ、ここは取り敢えず何か言っとかないと……
「な、何言ってるんだエピーヌ。僕たちはウィザを救う、それだけのために……」
「お、お前ら。さっき言っていたことは本当ニャのか?」
「ち、ちが―――」
「ああ、そうだ」
お前少し黙ってろッッッ!!!
あぁ、もう完全に戦闘ムードだ……。
ゴエモンは勿論、さっきまで仲良く話していたシャトンでさえ敵意を丸出しにしている。
僕の努力が水の泡だ……。
「やはり敵だったようでゴザルな、シャトン」
「……ああ、そのようだニャ。少しでも信じていた自分が馬鹿だったニャ」
「待ってくれ! 僕たちは本当に……」
「「問答無用ッ!!」」
戦闘は回避できないか。
相手は三人、こちらにはエピーヌがいるが勝てる確率は不明瞭だ。
紅蓮でもいればなんとかなりそうだが、さっき呼びかけても反応が無かったことから、協力は絶望的だ。
くそっ! やはり戦うしかないのか!?
「なるほど、よぉく分かりました。それでは我々が盗んだお宝を報酬に、leaderを助けてもらいましょう」
「「「……は?」」」
突然放たれたバロンの提案に、僕を含め、戦闘態勢に入っていた三人が疑問の声を漏らす。
僕達が何も言えずにいると、エピーヌがそれに応える。
「ああ、了承した」
「ちょ、ちょっと待つでゴザル! こいつら敵ぞ!? 敵に何を言っているのでゴザル!?」
それには激しく同意する。
態々自分から敵だと明言した相手に対して、交渉を持ちかけようなんて正気の沙汰ではない。
「まあまあ落ち着きなよ。確かにあのladyは“取られた宝を取り戻しに来た”とは言ったけど、“僕達を捕らえに来た”とは言っていない」
「むぅ……、確かに」
「つまりは僕達に危害を加える必要も意思もないってことだyo。そうでしょう? エピーヌ団長殿」
「その通りだ。国王から私に下された命令は“宝物の回収”のみ、貴殿等を逮捕せよなどといった命令は下されていない」
そういえばそうだった。
改めて思い返してみても、国王から一度も“怪盗を捕まえてこい”とは言われていなかった。
僕の頭の中ではすっかり『宝物の回収』=『ウィザ達の逮捕』だと関連付けていたが、最初から捕まえる必要なんてなかったのだ。
「そういう事だけど……シャトン、ゴエモン、二人とも分かってくれるね?」
「私は別にいいけど、ゴエモンは?」
「……未だ信用ならんが、良しとするでゴザル。その代わり武器の類は全てこちらで預からせてもらう」
「ああ、構わない。ヒロ君もそれで良いな?」
「え? ああ、大丈夫」
「それではleaderのもとへ案内しよう。入ってくれたまえ」
言われるがまま家の奥にあげられる。
入るときに入念なボディチェックは受けたが、案外すんなりとは入れてしまった。
ここまで簡単に入れてしまうと、逆に何か怪しい気もする。
取り敢えず今は民家の二階、ウィザの寝室へ向かうとしよう。
「Leader、お客様をお連れしました」
四回のノックと共にその言葉を言い放ち、寝室のドアを開ける。
物音一つさせずにドアが開くと、中から冷やされた空気が肌を刺しに来た。
(さむっ……)
一瞬遅れてそのことに疑問を感じる。
(部屋の中なのに、寒い……?)
そうだ、何故部屋の中が寒いのだ?
外はまだ秋の冷たい風が吹いているが、そこまで寒いわけでもない。
だというのに、何故この部屋の中だけが異様に寒いのか?
その真実は部屋の中、ベッドの上のウィザにあった。
「せめて確認を取ってから入りなさい、バロン」
「いやー、あわよくば着替えているleaderの姿を見れると思いまして」
「死ね」
日和った会話をしているが、僕が見ている光景はそんな会話に合うほど穏やかなものでは無かった。
部屋中が凍り付いていたのだ。
壁も床も、机も棚も、ベッドも服も全て凍っていた。
窓の外には結露も付いている。
そこはまるで御伽噺に出てきそうな氷の部屋と成り果てている。
その光景を一言で言うのなら、正に“異常”だった。
「あら? アンタ達は……」
ウィザも僕達に気付いたようだ。
異常の中にあるというのに、いつもと変わらない妖艶な笑みを浮かべる。
苦しんでいたりとか、呪いにかかっていたりとか、そんな事は到底思えない笑みだった。
「もしかして、私を捕らえに来たのかしら?」
「バロン達にも説明したが、そんなつもりは毛頭ない。それにそのつもりなら、こいつ等がここまで通す訳がない」
「それもそうね、誠実の勇者様。それと、影魔導の坊やもね」
影魔導の、って変な覚え方をされたものだな。
その呼び方にあからさまな嫌な顔で抗議している僕をよそ目に、ウィザはゆっくりと体を起こす。
彼女の服装はいつもの黒いドレスではなく、ゆったりとした白い寝間着だ。
その事が彼女が苦しんでいるということを確認させる。
「それで、何しに来たの? この無様な姿を笑いに来たのかしら?」
「まさか。ウィザ、私達はお前の呪いを解きに来たんだ」
「……ふーん」
まるで他人事のような返事だ。
彼女はそのまま自分の体を重力に任せ、再び枕の上に頭を乗せる。
「勝手になさい」
「勝手に、ってお前なぁ」
「どうでも良いわ。私は寝るから」
そう言い残すと目を瞑ってしまった。
その様は死体のようだと感じさせる。
「お、おい! 話はまだ終わって―――」
「もう無理ですよ。丁度気を失いましたから」
は? 何を言っているんだ?
バロンの言葉を不思議に思いながら、再び横たわるウィザに目をやる。
もう寝てしまったのか、ベッドからは微かな呼吸音しか聞こえない。
「気を失ったって、ただ寝ているだけじゃないか。それに、というかそれよりも何なんだこの部屋は? こんな氷漬けの部屋に居たら、ウィザの体に悪いだろう」
「僕達も彼女をここから移動させて差し上げたいのだけれどもね。やっても無駄なんだ」
「それはどういうことだ……?」
「追々説明する。それよりも君達にはまず見て欲しいものがあるんだよ」
バロンはスケートリンクの様な床を、慣れた足つきでウィザの元まで滑っていく。
彼の後を追おうにも、凍結した床に足を取られ思うように進まないだろう。
部屋もさして広くもないので、入り口から話を聞かせてもらおう。
「見て欲しいものって何だ?」
「ああ、これだよ」
そう言うと彼はウィザの寝間着を徐ろに脱がせ始めた。
ボタンを一つ外す度、彼女の肌が露わになっていく。
二つ目のボタンを外すと、その大きな膨らみの一片が主張し始める。
肩紐が無いことから、下着は着けていないのだろう。
「―――て、待て待て待て待て待て!!! 何急に脱がせ始めてるんだよ!?」
「どうしたんだニャ、顔を真っ赤にさせて? ……あ、もしかしてお前童貞?」
「か、関係無いだろ!? それよりもアイツを止めろよ!!」
「五月蝿いよ、君たち。それに脱がさないと見せられないじゃないか」
見せるって何をだよ!!?
そんなツッコミも届かず、バロンはウィザを抱き起こす。
そのお陰で、はだけた衣服からふくよかな膨らみがよく見える。
一瞬だけ目を奪われたが、なんとか理性を取り戻し両目を手のひらで覆い隠す。
そして、周りに気付かれないように指の隙間から男の夢を吟味する。
でかい……。今までも服の上から分かってはいたが、やはり大きい。確実にE、いやF以上はあるぞ。
こんな機会滅多にない。よく目に焼き付けて……
そこで僕の邪な感想は一度区切られる。
目にはウィザの膨らみではなく、他のものが写っている。
膨らみの付け根、左鎖骨の少し下、そこには濃い紫で描かれた直径五センチ程の魔法陣があった。
「何だ、ソレは……?」
「これが呪いの元凶さ。そして、さっき聞いてきたこの部屋の事もコレの仕業だよ」
僕が何も言えずにいると、バロンは静かに語り出す。
「僕達もこの呪いが何か、なんという名前なのか、全く分からない。分かっていることは“魔力の放出を阻害する”という能力だけだ」
「魔力の放出を……」
つまりは魔術・魔導の類や魔力を伴ったスキルが使えなくなるのか。
しかし、それのどこがウィザを苦しめているというのか?
言ってしまえば魔導が使えなくなるだけだろう?
それと苦しませる事、そしてこの部屋の事と何の関係があるというのか?
その疑問はエピーヌが代弁してくれた。
「こう言ってしまうのは気が引けるが、それのどこに大騒ぎする要因があるというのだ? 確かに魔導士が魔導を使えないのは痛手だが、ただそれだけだろう?」
「確かに、只の魔導士ならその程度で済むだろう。只の魔道士なら、ね」
“只の魔導士なら”ということは、ウィザは特別な魔導士だということか?
確かに彼女は“魔法の郷”の出身であり、凄腕の魔導士だと思う。他の魔導士とは格が違うのであろう。
だがそれがどうしたというのだ?
「分からないと思うから説明してあげるよ。Leaderは特異な体質を持っているんだ。“マナ過剰吸収症候群”って言ったら分かるかな?」
「マ、マナ……?」
「マナ過剰吸収症候群《Mana Excess Absorption Syndrome》、略してMEAS、なんだけど……もしかして知らない?」
隣のエピーヌと共に首を縦に振る。
この世界に来て、特有の症候群の名前を出されて、知っている訳がない。
知っている症候群といえば、メタボリックシンドロームくらいだ。
「困ったな。こっちは知っている体で話そうと思っていたのに……。仕方ない、“彼”に頼むか」
『それは俺のことじゃねーだろーな?』
突如として部屋の中に知らぬ男性の声が響く。
確実にこの場に居る人間の声ではない。
「誰だ!?」
『なんだよクソガキ、もう何回も会ったってーのに酷い言いようじゃねーか。ってか、話すのは初めてか。ギャハハハ!』
地に響くような低音、嗄れた声で話すその者は、地獄の使者、悪魔を連想させる。
声の出処を探すため、辺りを見回す。
窓の外、ベッドの下、クローゼットの中、いや、どれも違う。
『オイオイ、どーこ見てんだ!? こっちだよこっち!』
声のする方を向く。
そこには誰も隠れることのできないような机が置いてあった。
机の上には謎の液体や用途不明の魔道具、そしてウィザ愛用のとんがり帽が乱雑に置いてある。
部屋と同様に、そのどれもに霜が降りている。
(……? 一体どこに……?)
もう一度注意深く机を探してみる。
人の入れるようなスペースは無い。
何かしらの魔道具で話しかけてきているのかとも考えたが、そのような物は見当たらない。
残るは人の顔のように破けたとんがり帽だけだが・・・。
「……まさかコイツが喋ってるんじゃないだろうな」
「だぁいせぇいかーーーーい!!!」
「ぅおわっ!!」
霜に塗れていた帽子が、突然意思を持って動きだし、大声を発す。
驚かされたこともあるが、何より無生物が動き回っている光景に、僕の頭は理解が追い付かず思考を停止させる。
「ギャハハハハ! どーだ? ビックリしたか? ビックリしたろ? なー?」
「少しは静かにするでゴザル、ハッター」
「おー、これは失礼! ゴメンぬぇー、ゴエモンちゅぁん」
「はあぁーーー……」
二人、いや、一人と一個が会話しているうちに、大分頭が落ち着いてきた。
有り得ないことだが、やはりこの帽子は独りでに動いている。
僕がその帽子に問うよりも早く、エピーヌが問いかける。
「き、貴様は一体何者なのだ!?」
「ん? おお、またもや失礼! 自己紹介が遅れちまったな。
俺様の名前は“マッド・ハッター”。まー、“狂った帽子屋”ではなく“狂った帽子”なんだがな! ギャハハハハハハ!」
いちいち笑い声が煩い奴だ。確かに“マッド”だな。
というか本当に何物なんだ?なんで帽子が動いているんだ?
その疑問はバロンが解決してくれた。
「コイツは元は練りこんだ魔力を溜めこむ為の魔道具だったらしい。で、コイツは前の所有者の魔力を溜め込みすぎた結果、その所有者の精神まで吸い取ってしまったと聞いている。
それで呪いのアイテムとして長年封印されていたらしいんだが、それをまだ幼いleaderが封印を解いて、それからずっと一緒に過ごしてきた。要は怪盗団の最古参だよ」
「そのとーり! だからお前らは先輩である俺様を敬わなければならないのだ!」
「ハイハイ。それでは先輩殿、leaderに起こっていることを、この人たちに説明して頂けませんか?」
「イイヨ!」
いいのかよ。
っと、コイツの衝撃ですっかり忘れそうになっていたが、ウィザの容態を聞いておかなければ。
「確かウィザの体質についてだったな。MEAS、マナ過剰吸収症候群てーのは、生まれつき無意識的にマナを必要以上に吸収してしまう体質の事だ」
「マナを、吸収……?」
「そんなことも知らねーのかよ! マナてーのは呼吸で酸素を取り込むのと同じように、常に無意識のうちに吸収・放出してんだよ!
ったく、話を戻すが、ウィザは生まれつき過剰にマナを吸収し、放出が間に合ってない状態だった。つまりは常に膨大な魔力が体内に溜まり続けている状態だったって訳だ」
体内に膨大な魔力が溜まり続ける……か。
あれ? でもそれはそんなに悪いことなのか?
常に大量の魔力を持っている、それは逆に魔導士にとっては有り難いことではないのか。
「あの……思ったんだけど、それって良いことじゃないの?」
「はあぁ!? バーカじゃねーのお前!!」
たかが帽子にバカって言われた。
しょうがないじゃん、この世界の事なんてまだ余り分かってないんだから。
「魔力てーのは溜めすぎると、逆に体に悪影響を及ぼすんだよ! 普通人間には、許容量を超えた魔力を自動で排出する機能がある。だがウィザの場合は吸収が速すぎて、排出が間に合ってなかった。
溜めすぎた魔力ってのはどうにかして外に出ようとする。その際にその者の性質、属性を伴ってその者を苦しめる。炎の属性なら人体発火、土の属性なら全身が岩みてーに固まっていく、っていったふーにな! ウィザも同様に自身の魔力によって苦しんでいた。
そこで俺の出番だ! 排出しきれない分の魔力は一時的に俺様が預かる。そして魔導を使う際は預けていた分を返して威力増大! 更に俺様が詠唱することで魔導の高速使用も可能! ウィザの強さの秘訣は百割が俺様のお陰なんだよーン! ギャハハハハハハハハハ!!」
再び騒々しく笑い始める。
それを遮るかのように、エピーヌが笑い帽子に話しかける。
「じゃあウィザの言っていた“彼女だけの裏技”というのは……」
「俺様のことだな。前の持ち主は相当賢い魔導士だったからな、俺様もその分知力はたけーよ。因みに俺様はウィザの師匠でもあるからな! と言っても、今は呪いのせいで引っ付いていても意味ないんだがな!」
ウィザの師匠って言われると、なんだか凄く感じるな。
……ん? 待てよ。
魔力を溜め込みすぎる体質のウィザ、そして魔力の放出を阻害する呪い。
ということは……
「もしかして、ウィザとその呪いは……」
「よーやく分かったか? そう! ウィザとこの呪いの相性は最悪中の最悪、大最悪なのだ!!
この部屋の原因も呪いのせいだ。ウィザの性質は“冷気”。ウィザ自身がこの部屋を凍らせているんだよ」
やはりか。
魔力を過剰に吸収する彼女にとって、その放出を阻む呪いは致命的であるのは明白だ。
しかし、ウィザがそんな特異な体質というのは、この場にいるもの以外知りようがない。
知っているとなると、彼女の相当なファンか……
「犯人はウィザと親しい誰か……」
「そうなるな」
「ハッター、誰か心当たりは無いか?」
「無いね。ここにいるやつ以外となると、俺様の知る限りでは家族か“魔法の郷”の奴等だろうな。だがウィザの家族はもう居ねーし、そもそも郷の奴等は基本的に外に出ない。つーか恨みを買いそうな奴にそんな弱点は言わねーだろーが」
それもそうか。
クソッ、手掛かりは無しか。
折角、事件の黒幕の尻尾を掴めると思ったのに……!
「ヒロ君、焦ってもしょうがない。今は取り敢えずウィザを救う手段を探そう」
「……ああ、分かった」
エピーヌに諭されて、漸く頭が冷えてくる。
そうだ、こんな所で僕が憤っていてもどうしようもない。
それよりもウィザを救う方が先決だ。
「それで、マッド・ハッター殿……でいいのかな?」
「あぁ!? 水くせーな! ハッターでいいゼ!」
「……それでは、改めてハッター、貴方はウィザの呪いについて何か知っているのか?」
「知ってたらこの三馬鹿共に伝えてんだろーが! 俺様も長く生きてきたが、こんな呪いは初めて見る。コイツ等同様、効果しか知らねーよ!」
なんとなく予想はしていたが、やはり何も知らないか。
効果だけ分かっていても、その名前や解呪法が分からなければ意味がない。
どうしたものか……
「こうなったら再び五人で解呪法を探すしかないね」
「否、少なくとも一人はこの二人を監視せねばなるまい。実質三人でゴザル」
「そんな心配をせずとも、我々は裏切ったり途中で逃げ出したりなぞしないぞ」
「まあ一応保険という事で。私が付いて行ってやるニャ」
既にほかの四人は探しに出る方向で話を進めている。
僕もこうしてはいられない。自分にもできることをやらなくては!
「あのさー。今更こう言っちゃなんだけどさー。“呪いを解く方法”ならあるぜ?」
「「「「「……え?」」」」」
僕等は突然発せられたハッターの言葉に、口を合わせて聞き返す。
呪いを解く方法があるだって?
「“天寿草”てのがあってな、それを煎じて飲むと毒や病気があっちゅーまに治るんだ。その草には光属性のマナが蓄積されているから、呪いなどの闇属性の魔導にも効く筈だぜ。昔は秘薬として結構世間に出回っていたものだが、俺様が封印されている間にいつの間にか廃れていたんだな。といっても昔はポーションなんて物も無かったし―――」
呆然と開いた口が塞がらない僕等を無視して、ハッターはペラペラと得意げに話している。
暫くして、バロンが僕達が聞きたかった質問を口にする。
「ハッター、何でそれを始めから言ってくれなかったんだい?」
「あ? だって聞かれなかったし……。あ、もしかして言った方が良かった?」
「「「当たり前だろこのアホ帽子ッ!!!」」」
三人の奇抜な格好の怪盗達が、とんがり帽子に罵詈雑言を浴びせ、破れそうなほど引っ張っている。
この光景を第三者に見せたなら、シュールだと思われるんだろうなぁ、と達観した立場で見ている自分がいた。
このままでは埒が明かないと思ったのか、エピーヌが彼等の仲違いを割って入りながら、ハッターに重ねて質問する。
「それで、その天寿草というのはどこにあるんだ?」
「洞窟の奥などの暗くて湿った所に自生しているらしい。確かこの森の奥の洞窟にもあった筈だな」
「それは本当ニャのか……?」
「失礼なッ! 俺様がいつ虚偽の発言をしたというんだ!?」
してはいないけどしそうなんだよなぁ、という表情を全員でする。
まあ、取り敢えず次の目的地は決まった。
目指すはブォワホレの奥地の洞窟、そこに生えている“天寿草”を探しに行こう!
(あ、そういや洞窟にはヤバいのいたな。……ま、いっか)
基本的に説明パートになると、どうしても見辛くなってしまいますね。
それが最近のちょっとした悩みです。
あと大学での友達ができないこともですね。
話は変わりますが、ブクマが四人に増えてました。ヤッター




