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村人Aの異世界叙事詩  作者: ユッケ=ビビンバ
第二章 誉れの詩〜騎士と魔女編〜
25/120

第25話 黒猫との再会

 まさか、まさかこんな所で会うなんて。


 僕とエピーヌさんはこれからブォワホレの森に突入しようとしていた。

 その理由は王宮を襲った怪盗団“宵闇の怪盗団”を捕まえるためだ。

 その準備のために町の薬屋に入ったら、件の怪盗団の一人、シャトンが居るなんて。




 余りの事で僕らとシャトン、双方は動けずにいる。

 時が止まったかのような空間の中、最初に動いたのは事情を知らない店主であった。


「何だいお客さん。買ってくの? 買わないのなら―――」


 店主の言葉は二人のぶつかり合いによって搔き消された。

 激しくぶつかり合う剣と爪、目にも留まらぬ連撃の衝突は閑静だった空間を街の喧噪のように変える。

 突如として始まった自分の店での戦いに店主も呆気に取られている。


 三十秒ほどして二人が一旦距離を取る。


「テメエ、ニャんで此処に居る!?」

「此方の台詞だ! 貴様、ここで一体何をしている!?」

「教える義理はニャイ!! そもそもお前らのせいでリーダーが……」


 リーダー? ウィザの事か。

 そういえば先程から“呪い”やら“死んでしまう”やら言っていた気がする。

 これはどうやら事情があるようだ。


 そんな事を考えていると、漸く事態を把握した店主が二人の間に割って入る。


「ちょっとちょっとお客さん! 店の中で喧嘩は止してくれ。大事な品物に傷が―――」

「「五月蝿いっ!!!」」

「はい」


 二人の気迫に負けた店主はすっかり委縮してすごすごとカウンターに戻っていく。

 店の主ならもっとしっかりして欲しいものだな、と思いつつ、今度は僕が二人の間に入る。


「エピーヌさん、少しの間だけ剣を収めてください」

「悪いがそれはできん。折角の機会だ、ここで仕留めておかなければ」

「彼女たちにも何か事情があるようです。それを聞いてからでも遅くはないと思います。それに出口はこっち側、逃げようとしたならエピーヌさんが捕らえて下さい」

「……分かった。君が危険な目に遭いそうになったらすぐにでも助けよう」

「感謝します」


 了承はしてくれたようだが、剣先を少し下げただけで未だ臨戦態勢を解いてはいない。

 これは早めに済ませた方が賢明だな。

 そう思った僕はシャトンに近づいていく。


「お前は確か……そうだ! 悪魔の胎児(デビル・エンブリオ)の時に邪魔してきたクソガキ!」

「久しぶりだな。ウィザは元気にしているか?」


 その何気ない質問にシャトンはあからさまに怒りの態度を見せる。


「しらばっくれるニャ!! お前らのせいでリーダーは命の危機なのニャ!」


 シャトンの話から推測はしていたが、やはりウィザは何かしら危険な状態に陥っていると見える。

 更に歩みを進ませる。


「さっき呪いがなんたらって聞こえてきたけどそれは―――」

「動くニャッ!!!」


 突然の大声に反射的に足を止めてしまう。


「それ以上近付いてきたらこの爪で切り裂く」


 そう言って長く鋭い爪をギラリと光らせながら見せる。

 あれで引っ搔かれたら只じゃ済みそうにない。



 前からの殺気もそうだが、後ろからも殺気を感じる。

 ちらりと後ろを見てみると、エピーヌさんが完全に戦闘態勢に入っている。

 これはヤバイと感じ、何とか目線で彼女を宥めて、シャトンの方に向き直る。


「わ、分かった。これ以上近付かない」

「その腰の剣を置いて、頭の後ろに手を回せ」


 まるで強盗みたいなことを言う。まあ怪盗も大差ないとは思うが。

 刺激しないように彼女の言うことを素直に聞く。


「……これで良いか?」

「……ふん、まあいい。それで、何の為にこんなのこのこと私の前に出てきた?」

「えぇと、ちょっと話がしたくて……」

「話? リーダーをあんな目に合わせたやつらと話すことはニャい!」


 どうやらまともに掛け合ってくれる気はないようだ。困った、どうしたものか。

 僕の作戦では、シャトンと話し合ってウィザの情報を聞き出そうと思ったのだが、よくよく考えてみれば敵対している相手に態々自分たちの不利になるような事は言う筈もない。



 さて、本当にどうしよう? 馬鹿な行動してしまった。

 ここから引くにもそれより速くシャトンの爪が届くだろうし、それに勇敢にも出てきて何もできずに引き下がるのは癪だ。

 とはいえこれ以上何か出来る訳でもない。

 いやマジでどうすんのさ僕。


「……まさか本当に死ぬ為に出てきたんじゃニャイだろうニャ?」

「っ! ま、まさかぁ! そんな訳ないだろ!? ぼ、僕は……そう! 誤解を解くために来たんだよ!」

「……はぁ?」


 絵に描いたような“はあ?”という表情を満面に見せる。

 急にそんなことを言われて理解ができないのだろう。実を言うと僕も意味が解らない。


 咄嗟とはいえ“誤解を解く”って何だよ。そんなの聞いてくれる訳ないだろ。

 と、自分自身に突っ込みを入れていると、シャトンも同様の事を言ってきた。


「何ニャ、誤解を解くって? 馬鹿なのかニャ? そもそも何の誤解を解くというのニャ?」

「えっと、それは……」


 ええい! もうどうにでもなれ!!


「ウィザを撃ったのは僕達じゃないという事だ!」

「……ニャんだと?」


 未だ“何言ってんだコイツ”みたいな顔は解いていないが、僕の言葉を聞き少しそれが緩んだかのように思えた。

 僕はここぞとばかりに強気で掛け合ってみる。


「ウィザを撃ったのは僕達じゃない、況してや王宮にいた者でもない。彼女を撃ったのは別の誰かだ!」


 どうだ? 信じてくれるか?

 淡い期待に縋り、神に祈るように信じてくれることを祈る。

 後から振り返ればそんな可能性は十パーセントにも満たない、博打であったのだろう。

 だが、一信が通じたのか、彼女は僕に対して口を開く。


「良いだろう、話を聞いてやるニャ。その代わり、そこの女騎士と店主にはここから出て行ってもらうニャ。あと帝国騎士団を呼んだニャら、お前の首を切り裂くニャ」


 ……これは助かったと言えるのか?

 いや言えないか。さっき思いっきし“首を切り裂く”って言っていたしな。

 まあ、取り敢えずは話し合いを承諾してくれたようだ。

 エピーヌさんはこれに不満と不安が入り混じったような顔で僕に訴えるが、無理を言って外で待機してもらうことになった。






 さて、これでエピーヌさんの助けは無い。悪人と一対一の状況だ。

 言葉に気を付けなければ、僕の身に何が起こるか分からない。慎重に話さなければ。


「……で? さっき言っていたことは本当なのかニャ?」

「本当だ」

「証拠は?」

「ない」


 シャトンは目をまん丸とさせた後、ケラケラと子供のように笑う。


「ニャッハハハハハ! それで信じてもらえると思っているのかニャ?」

「ああ、そうだ」

「馬鹿ニャ。コイツ本物の馬鹿ニャ!」


 ツボに入ったのか、シャトンは腹を抱えながら笑い転げている。

 馬鹿な事だと自分でも分かってはいるが、流石にそこまで笑われたら腹が立ってくる。



 暫くしてシャトンは笑いを抑えるため数回大きく深呼吸をして、改めて僕を睨む。


「……お前、本当に死にに来たのニャ? これ以上巫山戯られると、間違って殺しそうにニャる」

「巫山戯てなんかいない。僕は本気だ」

「その“本気”とやらが巫山戯ているのニャ!!」


 シャトンは目を見開き、縦に割れた瞳孔を見せつける。

 その瞳の奥には間違いなく殺意があった。


 それでも臆してはならない。選択を間違ったと後悔してはならない。

 僕はただ前に向かって進まなければ―――


「もう良い、お前はこの場で殺す」


 あ、ダメかも。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

「いや、待たニャい。殺さんと気が済まニャい」

「そ、そんな事をしてもウィザが助かるわけじゃないだろ!?」


 それを聞くとピタリと動きを止める。


「……確かにそうかもしれないニャ」


 お、これは行けるんじゃないのか!?


「そ、そうだ! 今ここで僕を殺してもウィザが危険な事には事には変わりない! だから―――」

「それでも、お前を殺せば私の気分が晴れることには変わりニャい」


 ダメだこりゃ、積んだわ。


「最後に念仏やら祈りを言う時間くらいはやる。言い遺すことはニャいか?」

「…………」


 これが残された最後のチャンスだ。

 ここでミスれば僕の命は無い。


「……僕はウィザを助けようと思っている」

「……まだふざける気か? 敵であるお前がリーダーを助ける道理が何処にある?」

「そんなものは無い。だけど死にそうなやつが、困っている人が居るのなら、僕は出来る限り助けたい」


 これが本心なのか出任せなのか、言った本人である僕でさえ分からない。

 ただウィザを救う事は今決めた、間違いない真実だ。




 ―――沈黙。沈黙が店内を包む。

 シャトンが何を考えているのか、僕には分からない。

 何か思う節でもあるのだろうか、殺意でもなく信用でもない眼差しでこちらを見つめている。

 その沈黙がただ恐ろしい。


「……そう言って逃げる気ニャ」

「逃げない。逃げようとしたなら僕を殺してくれても構わない」

「お前が良くてもあの女騎士が許さニャいだろ」

「僕から何とか説得する。大丈夫、あの人は一度した約束は破らない人だ」

「お前に何ができる?」

「僕の能力アビリティは“地理理解A”と“言語通訳A”だ。例はすぐに上げられないけど、何か役には立つ、と思う」

「……もう一度だけ聞く。それは本気ニャのか?」

「ああ、本気だ」


 そのたった四回の質疑応答を終えるとシャトンは再び黙ってしまった。

 未だその瞳は僕の方に向いているが、考え込んでいるのか、何かを回顧しているのか、その焦点は僕ではなく空を捉えている。


 暫くしてシャトンは口を開く。


「……気が変わった。お前をリーダーの所へ連れて行く。それまでは殺さニャいでやる」

「ああ、それでいい」


 話は決まった。そう思い僕は自然と手を出す。


「……ニャんだこれは?」

「え? あぁ、まあ、取り敢えず一時の協力の証、として?」


 シャトンは苦虫を噛み潰したような顔で『ニャんで疑問系ニャんだよ』とかぶつくさ言いながら、渋々と手を握る。

 それに応えるように、また嫌味のようにこちらも強く握り返す。

 これで一先ずはシャトンと共にウィザを救う事が決まった。



 さて、これによって無駄な血を流さずに済んだが、また新たなる問題ができた。


(エピーヌさんになんて言い訳しよう……)


 これはある意味、怪盗と交渉するより難しいかもしれないな、と後悔する。






「ハアァ!? ウィザを助けに行くぅ!!?」

「はい、そういう事になりました……」


 予想はしていたが、エピーヌさんは顔全体で怪訝な表情を見せている。

 それもそうだろう。捕まえるべき相手を助けに行くなど、成り行きとはいえ納得し得ないことだ。


「私は反対だ! 何が悲しくて怪盗を助けるなどと……」

「別にお前は来なくていいニャ。私達とこいつだけでリーダーを助けるには十分ニャ。ネ~、ヒロきゅん♪」


 字の如く猫撫で声を発しながら、シャトンは僕の腕にヒシと抱き着いてくる。

 その際に彼女の柔らかくて丸い二つの膨らみが、僕の腕に密着してきた。


「あ、あの!? シャトンさん!? 腕に、その、当たってるんですが……」

「当ててんのニャ」


 リアル『あててんのよ』頂きましたーーーーーーー!!!!!!!


「貴様ァッ!! ふしだらだ! 破廉恥だ!! 早くヒロ君から離れろッ!!」

「別にいいじゃニャい、このくらい。あんたたち付き合っている訳でもニャいんでしょ?」

「うっ……それはそうだが……。ええい! いいから離れろこの性悪猫めッ!」

「イヤだニャ~~~ン」


 僕が女の魅力によってショートしていた間に、いつの間にか二人はまた険悪モードに……いや、どちらかというと小学生の喧嘩みたいな小競り合いを起こしている。


「ちょ、ちょっと二人とも、ここは穏便に……」

「「お前は黙ってろッ!!」」


 わー息ぴったりー。この人達、本当は仲良いんじゃないか? 喧嘩する程なんとやらと言うし。


 っと、そんな呆けた事を思っている場合ではない。

 取り敢えず僕は自分の腕に引っ付いているシャトンの説得にかかる。


「シャトン、エピーヌさんの多彩なスキルは戦闘以外にも何かと役に立つ。それに人数が多い方が都合がいいと思うけど?」

「むう……それもそうニャ。よし! 特別にお前も連れて行ってやるニャ!変な真似したらこのガキの首を切るニャ」

「それでは脅迫ではないか! この外道がッ!」

「まあまあ、エピーヌさん」


 名残惜しいがシャトンから腕を振り払って、今度はエピーヌさんの説得に入る。


「シャトンの話を聞く限り、ウィザは何らかの“呪い”に苦しみ、その命は危険なようです。敵といえども困っている人は助けるべきでしょう?」

「……まあ、苦しんでいる者は助けるのが道理だが」


 やはり勇者候補の一人だ。シャトンより存外扱いやすい。

『それに』と付け加え、シャトンに聞こえないように声を潜める。


(それに、上手く事が運べば、シャトン自らウィザのアジトへ案内してくれる事になります。その方が自分達でゼロから探すよりもずっと効率がいい筈です。この機を逃す手はありません)

(なるほど……。君、意外にも狡賢いのだね)

(人を使うのが上手い、と言って下さい)


 シャトンもそろそろ怪しんでいる頃だと思い、話を切り上げるため、僕は改めてエピーヌさんに確認する。


「それでは、同行してくれますね?」

「……ああ、良いだろう」


 よし、これでなんとか争わずに、且つ速やかにウィザのもとへ行ける。

 シャトンにも出発の報告をしようと声をかけようとするが、エピーヌさんの一言に遮られる。


「但し、条件と言ってはなんだが“お願い”がある」

「……? 何ですか?」

「短期間といえど、これから三人での旅になる。その間も君は私には敬語で、あの黒猫(シャトン)には普通に話し続けるだろう」


 急にどうした? 僕には彼女が何を言いたいのか全く分からない。


「……? まあ、そうなるでしょうね。アイツに敬語っていうのも変ですし」

「それもそうだろう。しかし、このまま私にだけ敬語だと、何と言うか、その、不平等というか、疎外感がというか……」


 その後はゴモゴモと何かを言い淀んでいる様に、言葉とならない声を漏らし続けている。

 珍しくあのエピーヌさんが頬を染め、モジモジとしている。

 その様子を見ていると、何故か写真か何かで記録してやりたいなという悪戯心が胸の内から湧き上がってきた。


 漸く決心したのか、赤い顔を口を向けて大きく声を張る。


「だ、だから! 私と話す時は普通に話してくれないか!?」


 余りに声を張るもので、往来を通る人達皆が一瞬だけ足を止め、こちらを見てくる。

 大勢の人間の注目が僕に集まる、僕にはそれが耐えられない。悪目立ちするのは嫌いなのだ。

 先程エピーヌさんに対して変な事を考えた罰でも当たったのか。


「わ、分かりましたから。ですからこんな変に注目になるような事は―――」

「だから私には普通に、そう、友人と会話するように話してくれと言ってるだろう!!」


 またもや大きな声を出す。

 通りの行き交いにより新しく来た人たちが、先程の人たち同様こちらに目を向けている。

 目の端でクスクスと笑っている二人の女性が見える。間違いなく僕たちの事を話している。

 ああ、もう勘弁してくれ……






 ブォワホレの森へ向かう一台の馬車。

 その中では一人の女騎士が御者に対して土下座していた。


「ほんっっとうに、申し訳なかったヒロ君」

「終わった事だからもう良いで……もう良いよエピーヌ。僕はもう気にしていない」


 実を言うと、まだほんのちょっぴり根に持っている。

 けれども、面と向かって知人に文句を言えるほど僕には度胸がない。

 彼女も反省していることだし、ここは僕が折れることで済ませよう。


「ニャハハハハ! 無様な格好だニャ。お前にはぴったりのいい様ニャ!」

「黙れっ! 私の謝罪はお前の為の見世物ではない!」

「知ったこっちゃニャいニャ。私は勝手に笑ってるから、お前も勝手に醜態を晒しておくニャ」

「何だと?」「やるのかニャ?」


 目を離した隙にまた小競り合いが始まっている。

 流石に馬車の中で暴れてもらっては困る。

 運転で忙しい体の代わりに、言葉を二人の間に割り込ませる。


「ところでぇ!! ウィザは何の“呪い”にかかってるんだぁ!!?」


 その一言で騒がしかった馬車内がシンと静まり返る。

 後ろから聞こえるのは馬車が悪路で軋む音だけだ。


 余りにも静かなもので、つい好奇心に負け中の様子を流し目で覗いてみる。

 そこにはいつもの威勢のいい顔とは正反対の、悄然としたシャトンの姿があった。


「……分からニャい」

「分からない、って何が?」

「呪いの治療策も、種類も、名前でさえも全てニャ。ただ、魔導が使えなくなって、苦しんでいること以外、何にも分かってニャいのニャ。リーダーは『これは呪いだ』って言っていたけど、呪いかどうかさえ知らニャいのニャ」


 どのような呪いなのかすら分からない。

 僅かどころかヒントなしの状態で、こいつらはウィザの為に必死に走り回っていたのだろう。

 そう思うと憐みの感情が芽生えてくる。


 目だけ動かしてエピーヌを見る。

 すぐにこちらに気が付き、首を横に振る。


(やっぱり情報はないか……)


 僕もこの世界にきて暫く経ったが、呪いなんてモノは聞いたのはこれが初めてだ。

 況してや皆が分からない呪いなど知る筈もない。

 ああ、こんな時にネット環境さえあれば……。そうでなくともこのパーティの誰かが“賢者”的な、物知りなキャラが居ればなぁ……




 ―――いや、一人いた。僕の中にもう一人いるじゃないか。

 “紅蓮”だ。最近見ないのですっかり忘れていた。

 もしかしたら知らないかもしれないが、ここは一か八か聞いてみるしかない。


(おい! 紅蓮! 今までの会話を聞いていたんだろ? 何か知らないか?)


 ―――返信はない。

 今までは呼んでもいない時に現れては、要らぬちょっかいを掛けてきたくせに、ここぞとばかりに無視をするとは。


(おーい。どうしたんだー? いつもなら『私にまで縋るとは、相当まいっているようだね』とかぬかして出てきたじゃんかよー)


 返ってくるのは沈黙ばかり。

 影も僕の動きを真似するばかりで、能動的に動く気配はない。

 というか、そもそも一日以上アイツと会っていない気がする。

 最後に会ったのは……ええと、何時だったか……


「ヒロ君! 前! 前ッ!!」


 え? 前?

 前方へ顔を戻すと、十メートル先には大きめの木が迫ってきていた。


「ぉおおわああ!!! ストップ!! ストーーップ!!!」


 手綱を使い、全力で馬車馬に止まるよう指示する。

 同時に手元にあるブレーキのレバーに手を伸ばす。


 エピーヌさんの早めの忠告のお陰で、何とか直撃は免れた。

 馬車の中は急ブレーキの為に大惨事となっているが。


「ぅぅ……ニャーー!! 御者ー! しっかり運転するニャー!」

「ご、ごめん……」

「ごめんで済んだら騎士団いらニャいニャ!」


 騎士団から追われるようなヤツが何を言っているとは思ったが、今回は完全に僕に非がある。

 止めよう、よそ見運転。


 後ろから一人がギャーギャーと非難しているが、前からも二人、いや()()が文句を垂らしている。


〔まったく、私たちを扱うならもっと慎重にしてほしいわ〕

〔そーよそーよ。ちょっと顔は良いからって、運転が雑ならいつもの中年オヤジの方がまだマシだわ〕


 だからごめんって




「はあ。まあこれで取り敢えずはブォワホレに到着したな」


 そのエピーヌの発言で、漸く目の前の木が、広大な森を構築する木の一本だと気付いた。


 森は僕らを歓迎しているのか、逆に追い払おうとしているのか、風に揺れて大きなざわめきをたてている。

 木と木の隙間から、何ものをも飲み込むかの様な暗闇が見える。

 まだ入口だというのに、背中が凍り付くような嫌な瘴気が濃く滲み出ている。

 こんな所にウィザは住み着いているというのか。


 森からの得も言われぬ圧倒的なおぞましさに尻込みしていると、馬車から降りてきたシャトンが先陣を切ってきた。


「さあ、早く行くニャ。アジトはこの奥、歩いて二十分の辺りニャ」

「え? でも馬車は……」

「この木にでも繋いでおくニャ。この辺りは盗賊さえ慄いて近づいて来ニャいニャ。それに森の野獣共はここまで出てくることは滅多にニャいから、安心するニャ。

 ……あ、そうそう、これを渡しておくニャ」


 そう言って手渡されたのは団子みたいな、少し粘り気のある柔らかい食べ物らしきものであった。

 しかし、その色はとても食べ物とはいえない色をしている。

 まさか食べ物じゃないよね?食べ物“風”の何かだよね?


「それを食えば一日の間、森の瘴気には耐えられるニャ。もんの凄く不味いけど」


 パクッとシャトンは口の中にその団子を放り投げる。

 その瞬間、何かを食べたとは思えぬ顔でその不味さを表現する。

 その後すぐに飲み込んだのか、げんなりとした顔で舌を外に晒している。

 どんだけ不味いんだよ。


 再び団子に視線を合わせる。

 ちっとも美味しそうに見えない、というか青が基調の食べ物なんかこの世にあるものなんだな。



 どうも決心がつかず団子とにらめっこを続ける。

 それに耐えかね、横にいるエピーヌの方を見てみる。

 彼女も同様に食べれず、睨み合いに興じている。


 ふと、こちらに気付き顔を見合わせる。

 何も言わないが、僕にはなんとなく彼女が言いたいことが分かった。“食べるしかない”、そう言っている。

 コクリと小さく頷いて、団子に視線を戻す。



 意を決してその小さな団子を口に含む。

 瞬間、形容し難い“不味さ”が口の中に爆発的に広がる。


 嫌になるほどの甘ったるさが口の中に満ち、火を吹くような辛さが口内を攻撃する。

 鋭い酸味が舌を刺す、と同時にいつまでも残りそうな苦味が舌に纏わり付く。

 更に塩っ辛さが喉から水分を奪っていく。

 たまに顔を出す旨味がその不味さをより際立たせる。

 噛み砕く度、その奥から生臭さともスパイシーとも取れる匂いが出てくる。

 それでも吐き出すほど不味くもないので、余計辛い。


 味の暴力、不味さの嵐、いや、こんなもの言葉で表すことなんてできない!

 それ程に不味い。


 不味さに耐え、無理にでも飲み込む。

 何故か飲み込んだ後には、口の中が異様にスッキリしている。

 その爽快感で口をリセットするため、シャトンと同じく舌を出す。


「二人とも食べたみたいだニャ? じゃあ早速アジトへ行くニャ!」


 既に復活したシャトンが意気揚々と出発を促す。


 さあ、出発ぅえ、しよう!

 まずはウィザのぅップ、呪いがぅおぇ、何か調べ……あ、ダメだこれ。



 飲み込んでから数秒経ってから、唐突な嘔吐感に襲われる。

 僕は耐えれず胃の中の物を全て体外へ吐き出す。

 その中には先程の団子の残骸も含まれていた。


 その後、何回も団子を食っては吐くを繰り返す羽目となった。

 その体験を一言で言うなら、一種の“拷問”であった。

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