第23話 最悪の家族面談
破壊された礼拝堂の壁から、これまた破壊された土壁へ、秋夜の冷たい風が吹き荒ぶ。
その風は怪盗も勇者も村人も騎士も、そして王子にさえ分け隔てなく平等に彼らの肌を刺す。
王子はその冷たい空気を目一杯肺に詰め込み、意味を持たせて吐き出す。
「各員、戦闘準備!! 目標、目の前!! 絶対に逃すな!!!」
「「「「はっ!!!」」」」
号令と共に十人程の近衛騎士がウィザを取り囲む。
その剣先をウィザに向けている騎士の内の二人、王子の近くにいた二人に加え、駆け付けていた僕にも王子は勅命を下す。
「エマ、シルヴィ、それとヒロと言ったか、貴様等はエピーヌの救護に当たれ」
「はいっ!」「は〜い」
エマとシルヴィと呼ばれた近衛騎士は座り込み動けないエピーヌさんのもとへ急ぐ。
僕はと言うと、救護に向かわず、ただ目の前の怪盗、ウィザに視線を向けたままでいた。
「……どうした、早く向かわぬか。この我の命であるぞ」
「御言葉ですがルイ殿下、僕もアイツを捕まえたいんです。ですから、僕も戦いま―――」
「その体でか? 多少傷は癒えたようだが、まだ十分に動かすのはままならぬのであろう?」
その言葉は未だ突っ張る僕の体に突き刺さる。
「そのような者がいても他の者の邪魔だ。動けぬ者は動けぬ者同士大人しく見ておれ」
「……分かりました」
多少言葉に棘があるが、やはりエピーヌさんが言った通りの人間だ。
彼は人をよく見て、そして気にかける事ができる人だ。
僕が戦えない事に気付き、戦闘から遠ざけようとしてくれたのが何となくだが理解できた。
僕は王子の気持ちを汲み取り、エピーヌさんのもとへ向かう。
そこには先程の二人が既に治療を開始していた。
「シルヴィ! もっと早く治せないの!?」
「そんなことを言ってもさぁ〜、これが最高だよ〜エマ。私が使えるのは応急処置程度の治療魔導だけだし〜、それに減った体力や魔力までは元に戻せないよ〜」
「それは私がやるからいいの! 貴女は団長の背中の傷を治して!」
「わかってますよ〜……と!」
シルヴィという名の騎士はエピーヌの背面にまわり、彼女の治療を行っている。
エピーヌの背中は服が破れ、焼け爛れた肉と抉れた一部分が顔を見せている。
「シル、ヴィ……。私の……怪我の…具合は……?」
「……背骨に損傷は無いので今後目立った後遺症は残らないと思います。しかし、背面の殆どが大火傷を負い、一部は数ミリ程肉が抉られています。それに骨の所々にヒビが入っており、腕と肩の関節が脱臼しています。早期の回復は不可能だと思って下さい」
先程ののんびりとした口調から一転して、エピーヌにしっかりと説明をする。
自身の身体が深刻な状態だと改めて告げられると、エピーヌは更に顔を曇らせる。
「そう……か……。や、はり……すぐには…動けないか。……全く、本当に……嘆かわ、しいな」
「余り喋らないで下さい! 今の貴女は体力も魔力も殆どゼロなんですよ! 意識を保っているのが奇跡な程です!」
そう言いながら、エマという騎士はエピーヌに“回復魔導”を施している。
“治癒魔導”には“回復魔導”と“治療魔導”がある。
“回復魔導”は主に体力を治す魔導である。
疲れた場合や外傷がなく動けない場合はこちらが使われる。
対する“治療魔導”は傷の回復、治療が目的である。
擦り傷、切り傷をはじめ、火傷、打ち身、捻挫、骨折等の外的要因による体の負傷に用いられる。
今のエピーヌにはどちらの治癒魔導も必要なのである。
二度の極位魔導を真っ向から相手にして、身体も体力も限界を迎えている。
すぐにでも意識を、更には命さえ放してもおかしくない有様であった。
「エピーヌさん! 大丈夫ですか!?」
「ヒ、ロ……? 何故……ここ、に………?」
「フローラちゃんならアンネさんとクライネさんに任せてきました。今頃は安全な所に避難しているはずです」
違う、そうじゃない。私が聞いているのはそんな事ではない。
何故、どうして、君はここにいるんだ? どうして来ることができたのだ?
そう聞いてやりたかったが、もう虚ろな声すら紡ぐことができない。
彼は私がここに来る前、ほんの数刻前まで体を起こすだけでも一苦労していた程傷付いていた筈だ。
なのにどうして自分の足で立ってここに居るのだ。
そんな事を考えていると、突然視界がぼやけてきた。
自分の意思に反して瞼がゆっくりと下がってくる。
ヒロ君が何か言っているが聞こえない。
ああ、なんだか、とても、眠い……。
「エピーヌさん! エピーヌさん!!」
「大丈夫、気を失っただけよ。脈拍も呼吸も安定しているわ。それよりも、ヒロ君、ていったかしら? 貴方は団長や私達の護衛に回って! 団長を完全に治すにはまだ時間が掛かるから」
「……! はい、分かりました!」
僕はエマさんに言われた通り、剣を抜きエピーヌさん達の護衛に徹する。
その為にも敵に視線をやる。
するとウィザもこちらを見つめており、目があってしまう。
「……おい、貴様。この我を前にして、我以外を見るなどと許した覚えは無いが?」
「あら、ごめんなさいね。ちょっと見覚えのある坊やが居たものだから、つい、ね?」
魔女は表面上謝りはするが、当の王子には目もくれず、周りの様子を見るために首を回す。
四方には戦闘態勢に入った近衛騎士がその剣先を向けている。
ウィザが少しでも不穏な行動を取ったならば、すぐにでも動き出しそうな意気が伺える。
そんな今にも破裂しそうな風船の様な空気の中、魔女は円舞曲でも踊るかの様に辺りを見回し、長い一周を終えた後に王子を見つめる。
「流石にこの人数を相手にするのは厳しい所があるわね」
「ふん、ならば大人しく捕まえられる事を許そう。我としては多少抵抗しても良いのだがな」
「あらそう? なら少しだけ……抵抗しちゃいましょうか」
突如として強風が僕らの顔にぶつかってくる。
いや、違う。風などではない。これは、魔力だ!
魔女から漏れ出る膨大な魔力が形となって僕らの肌を打ってきている。
エピーヌさんとの戦闘の直後だというのにこの魔力量、間違いなく只者ではない。
これが魔法の郷の魔導士の恐ろしさか……!
僕を含め騎士の全員が帯を締め直す。
戦力だけならこちらに分がある。
しかし相手の実力の底は深淵のように深く奥が知れない。
緊張で手汗が止まらない。
一体この後どうなるのか……?
「―――と思ったけど、今日の所は帰らせてもらうわ」
そう告げるとウィザは空中へ飛び上がる。
突然の事に誰もが反応が遅れてしまう。
ウィザが飛び去った先、礼拝堂の大穴まで目で追いかけると、そこには怪盗三人組の姿があった。
「リーダー! お目当ての獲物はしっかり奪ってきたニャ!」
「ありがとう、シャトン。それをこちらに寄越しなさい」
言われるがままにシャトンはある物を投げ渡す。
それは銀色に瞬く首飾りであった。
その中央には大きな青玉が煌めいている。
それが今、ウィザの手の内に入る。
「予告書通り、この首飾りは頂いていくわ。それでは御機嫌よう」
そう言うとウィザは少し欠けた満月へ飛び去っていく。
ルイ王子は怪盗達を追いかけるよう近衛騎士達に指示している。
僕はその指示を耳で感じ取りながら、小さくなっていく魔女の姿を見ることしかできなかった。
だが唐突に何処からか光線のようなものが目に映った。
その光線は真っ直ぐウィザに向かい、小さくなった背中に当たる。
その一瞬の事に理解が追いつかない。
撃たれた魔女は月明かりに照らされ、小さな影として月を割るように下に落ちていく。
ぼくはただただそれを見ることしかできなかった。
翌日の昼過ぎ、玉座の間には僕の他に三人の王子王女、今回の事件に関わった近衛騎士達、玉座にはシャルル王が鎮座しその前にはエピーヌさんがいる。
国王は怒りの表情を顕にしながら口を開く。
「此度の騒動、近衛師団団長である貴様が居ながらこの始末。世界を救う勇者候補が聞いて呆れる」
「……誠に申し訳ありません」
「謝罪など聞きとうない。私が聞きたいのはこの責任をどう取るつもりなのかだ」
エピーヌさんは国王の批難をただ受け止めることしかできない。
僕も同じだ。彼女を可哀想とは思うが、国王相手に言い返す事など畏れ多くてできたものではない。
こんな時、ユーリでも居れば物怖じせずに言い返していたのだろうが……。
そんな事を思っていると、黙っていたアンリ王子が喋りだす。
「恐れながら奏上させて頂きます、シャルル国王」
「……何だ、アンリ?」
「はい、今優先すべき事はエピーヌの責任追及ではなく、彼の怪盗、ウィザ率いる宵闇の怪盗団の捜索及び確保だと存じ上げます。
只今、近衛騎士の小隊相当を動員して怪盗達の行方を調査させています。早ければ今日の午後にでも報せは来るでしょう」
ナァイスと心の中でグッと親指を立てる。
上手いこと話題を変えてくれた。
彼の言う事には正当性がある。これならあの国王もこれ以上とやかく言わないだろう。
「むぅ……一理ある。し、しかしこの者のせいで財宝が奪われた事は違えようのない事実だ! 遅かれ早かれこの者には罰を与えねば―――」
「ならば国王、彼の者は一体何を奪ったのか、ご存知でしょうか?」
アンリ王子に続きルイ王子まで奏する。
「奪われた宝物が何かだと……? そんな物知る訳なかろう。奴等は突然押し入り、そして何かを奪い去っていった。今その宝物が何か、記録を持ち出して確認しておる所だと其の方も心得ておるはずだろうに」
「はい、承知しております。だからこそ不可解なのです」
その言葉に国王は『わからない』というような表情を浮かばせる。
それはこちらも同じこと。発言した本人以外、大なり小なり疑問の色を浮かべている。
「それは一体どういう……?」
「国王が知らぬのも無理はありません。宝物が魔女の手に渡ったあの場、礼拝堂にいた者ならば聞いている筈です。あの者が『予告通り首飾りを頂いてゆく』と言った事を」
それを聞いて数秒、頭の上に“ハテナ”が浮かんだが、漸く彼が言っている事が理解できた。
そうだった。僕達はその夜に彼等“宵闇の怪盗団”の襲撃がある事を知らなかった。
だというのにウィザ達はあたかも事前に知らせてあったかのように振舞っていた。
ここに僕等と怪盗達に大きな“食い違い”があったのだ。
「だからどういう事なのだ!?」
「つまりは奴等は我々に予告状を送り付けていた、ということです。しかしながら我々はその事を知らなかった、いや、知らされていなかった。予告状を受け取った何者かがそれを隠蔽したのでしょう。だから対応が遅れた。罰するべきはエピーヌに非ず、その何者かだと思われます」
思わず感嘆の声を漏らしそうになる。
ウィザの一言を聞き逃さず、ここまで解き明かした洞察力には目を見張るものがあった。
国王も唸るだけで反論の一つも言い返せずにいる。
「むうぅ……。こ、この者は……怪盗を―――」
「怪盗を取り逃がしたと言うのならば、ここに居る近衛騎士を含め私めも同罪。何しろ、あの場に居ながら捕らえる事が出来なかったのですから」
ルイ王子は臆する事無く、玉座に近づきながら告げる。
それに同調して跪いていた他の騎士たちも彼の後を追い、玉座へ向かう。
王子がエピーヌさんの横で立ち止まると、騎士達も立ち止まる。
そして王子はいつもの調子で高らかに愚王に懇願する。
「さあ! 何なりと罰をお与え下さい!!」
その光景は革命のプロパガンダのように気高く雄々しく僕の目に映った。
彼らの意思には一欠けらの迷いも無いように見えた。
窓から入る斜光は彼らの意思を表すように、きらきらと眩いで彼らを照らしている。それは絵画のような美しさを映し出しているようにも思えた。
しかし、タイミングが良いのか悪いのか――いや、この場合だと悪いのだろう――一人の騎士がある報せと共に玉座の間に入り込んでくる。
「失礼します! ウィザの潜伏場所が判明した為、お伝えすべく馳せ参じました!」
その報せに一番に飛び付いたのは国王であった。
「っ! そ、そうか! それで彼奴等はどこに居るのだ!?」
「はっ! ウィザ率いる宵闇の怪盗団の潜伏先はここより南西へ三十キロにあるブォワホレの森、その奥地だと思われます!」
それを聞くや否や、国王は何らかの思惑を込めた笑みを一瞬浮かばせたと思うと、すぐに顔を整えてエピーヌに向かいある一つの提案を仰せられる。
「其の方等が言いたい事は実によく分かった。私もどうかしていたのだろう。其の方、フルーランス王国近衛師団団長エピーヌの罪を不問とする」
その宣告は僕達にとって嬉しい物の筈であった。
実際、フローラちゃんをはじめ集まっていた騎士の大多数がその喜びを分かち合っていた。
僕もその喜びを当のエピーヌさんと共に共有したかった。
しかし、王の前に立つ二人、ルイ王子とエピーヌさんの表情を見ると、そんな浮かれた気分も煙のように薄れて消えてしまった。
周りをよく見てみるとあの二人だけではない。
アンリ王子や一部の近衛騎士達も同様に鋭い面持ちをしていた。
彼らの表情を見ていくうちに喜び浮かれていた心は、不安の陰に覆いつくされてしまう。
周りもその異常に気付いたのだろう、鳴り止まないと思っていた歓声も徐々にその勢いを失わせていく。
そして一分程したら完全にお通夜モードに変わってしまった。
それを見計らってか、朝会で児童が黙るのを待っていた校長のように、満を持して国王が話し始める。
「エピーヌの罪は不問とする。だが、怪盗と対峙し取り逃がしたという“不名誉”はまだ残っている」
国王の言葉に皆黙るだけであったが、ルイ王子がその静寂を切り裂く。
「……何を仰りたいのですか国王?」
「いやなに、怪盗風情と対峙してなおこれを取り逃がし、更には痛手に遭うなどと、近衛師団団長として、そして何より勇者として恥ずべき結果だと思ってな。私に一つ、“名誉挽回”の機会を与えようと思ったのだ」
何を言っているんだ、この国王は。
エピーヌさんは正々堂々と戦い、そして負けたのだ。
礼拝堂の尋常ではない壊れ方、それに彼女とウィザ両方の戦いを見たことのある僕には分かる。
彼女たちは真剣勝負の果てにこの結果を得た。
エピーヌさんにとって、その敗北は悔しさこそありはすれども、不名誉とは思っていない筈だ!
そう憤慨している僕の気持ちを知ってか知らずか、アンリ王子が僕に話しかけてくる。
「君が今、怒りに身を任せても何の解決にもならない。取り敢えず父の“名誉挽回の機会”とやらを聞くしかないだろう」
その言葉に僕は冷静さを取り戻してく。
・・・いや、どちらかというとその王子の姿に冷静さを取り戻さざるを得なかった。
「あの……そう言って頂けるのは有り難いのですけれど……あの、血吐いてますが大丈夫ですか?」
「む? あぁ、済まない。自分でも気づかなかった」
彼の衣服の前の部分は吐血のために真っ赤に変色している。
顔は大量に血を吐いたためにより青白く、口には血の跡がびったりとくっついていた。
気づかなかったで済まされる量ではないように思えるのだが……。
後ろで弟が吐血しているのをよそに、ルイ王子は話を続ける。
「それで、その名誉挽回の機会とは一体?」
「ああ、それはだな、エピーヌ団長にはブォワホレの森に赴き、奪われた宝物を取り返してきてもらう。勿論、近衛騎士は連れずに、だ」
その言葉に玉座の間は一気に騒めき始めた。
そして一人の騎士が国王に意見をぶつけた。
「国王! 無礼を承知で進言させて頂きます」
「うん? なんだ、申してみよ」
「はっ! エピーヌ団長は先の戦闘による負傷が完治しておりません。それにブォワホレの森と言えば、フルーランスにある森の中でも瘴気が高い森の一つであります。更に当てられた猛獣も数多く棲息していると聞き及んでおります。その中に手負いの団長一人で赴かせるなど危険極まる命令かと思われます!」
その進言に国王はいかにも悩むような素振りを見せながら言う。
「確かにそうだ。ブォワホレの森はフルーランスでも特に危険な森の一つ。常人なら入ることさえ許可できないような所だな」
「ならば―――」
「しかしこの者は勇者候補の一人である。常人などではない。それにその森にはあの怪盗達も潜んでいるのであろう? 怪盗達が無事でこの者が無事でない筈がない」
進言してきた騎士もこれには言葉を失う。
再度進言しようとするが、国王の無言の圧力に屈し、その口を閉じてしまう。
これ以上の進言は自分の地位に響くと感じたのだろう。
しかしそれでも自分を奮い立たせて上申しようとするが―――
「もう宜しいのです、ロザリー。これ以上は貴女の立場にも影響が出るでしょう」
「フローラ……王女様……」
フローラちゃんがその騎士を止めに入る。
その騎士を落ち着かせた後に玉座の王に奏し上げる。
「国王、今この場を私共嫡子、それとエピーヌ、そしてヒロ様だけにすることをお許し下さい」
「……よかろう。勅命である! 今この場にいる近衛騎士及び使用人は退出し、私が良しと言うまで入室を固く禁ずる!」
そう宣言すると騎士たちはぞろぞろと玉座の間を後にする。
すぐに大勢の騎士達で埋まっていた空間は空き、僕と王族だけになる。
「……それで? 近衛騎士たちを退出させて私に何が言いたい」
「はい、その事ですが恐悦ながら申し上げます」
フローラちゃんは一礼し、再び父王に顔を向ける。
そして二、三度呼吸を整えて国王に言い放つ。
「此度の名誉挽回の申し出、エピーヌに代わり私、フローラ=カロル・ド・フルーランスが承諾いたします。その代わりと言えばなんですが、エピーヌもといローゼ=テレーズ・ド・フルーランス姉様を自らの子だと認知して下さい!!」
彼女の申し出は驚くべきものであった。
国王の提案に賛同したこともそうであるが、何よりフローラちゃんがエピーヌさんの事を“姉”と認知していた事がその場に居るものを酷く驚愕させた。
つい、彼女にその事を聞いてしまう。
「フ、フローラちゃん、いつの間にそれを……?」
「昨日の夜、お二人の話を寝たふりをしながら聞いていたのです。正直盗み聞きをしているようでばつが悪かったのですけれども……」
横では二人の王子が話しているのが聞こえてくる。
「アンリ、貴様もこの事を知っていたのか?」
「はい、今朝方フローラから事の顛末を聞きました。僕も聞いた時はいつもより血を大目に吐くほど驚きましたが、調べてみると確かにエピーヌが兄妹であるという資料が見つかりました」
既にアンリ王子も知っているようだ。
つまり、エピーヌさんが実は王族であるという事実はこの場の全員が知っている事であったのだ。
「お父様、もうこれで分かったでしょう。この場に居る全員が彼女が王族であることは周知の事実。エピーヌがこの依頼を終え、無事に奪い去られた宝物を取り戻すことができたのならば、彼女を娘と認め、これ以上不当な扱いをしないと誓って下さい!エピーヌもそれで良いですね?」
「フローラ様……何故、私の為に……」
「自分を卑下することはありません。それに私と貴女は姉妹なんですから“様”なんて付けなくて結構ですのよ?」
国王はこれに対し、唸るでもなく、怒るでもなく、ただじっと何かを考え込むようにダンマリを続けている。
そして何かを決意したのか、漸くその口を開く。
「良いだろう。エピーヌが宝物を騎士の助けなしで取り戻してきてくれたのならば考えてやらんでもない」
その言葉は予想に反するものだったことは言うまでもない。
国王は僕らがその言葉を嚙み締め、喜びを呈する前に発言する。
「分かったならば早く征け!! 彼奴等がそのアジトから移動せんとも限らん。ぐずぐずしておれば折角の機会も無駄にするやもしれんぞ!!」
「は、はっ!!」
国王の圧力に気圧されたのか、エピーヌはすぐさま準備に取り掛かるため部屋から退出する。
それを見送っていると横からルイ王子が話しかけてくる。
「貴様にも二、三頼みがある。断る事は許さん」
それは頼みではなく命令というのですよ王子。
そう心で呟きながらその頼みを聞くこととなった。
馬車の準備は既にできており、あとはエピーヌが乗り込むことだけとなった。
当のエピーヌは見送りに来た大勢の騎士に囲まれている。
「本当に行くのですの、エピーヌ?」
「ああ、王の期待を裏切ることはできんしな。それに、取り逃がしたのは実際に私が弱かったせいでもある。これはケジメだと思って挑むことにするよ」
「……貴女は本当に生真面目ですわね」
「よく言われるよ。そろそろ行こうかと思う。……あの時はありがとうロザリー。嬉しかった」
「礼を言われるほどの事でもありませんことよ。親友の為なら何でもしますわ」
「……ありがとう。行ってくる」
別れを終えたエピーヌは馬車に乗り込む。
すぐに馬車は動き出し、ブォワホレの森へ向かい始める。
既に仲間の騎士が見えなくなった頃、馬車を操縦する御者が話しかけてくる。
「随分と悲しそうですが、本当に一人で良かったのですか?」
「……先程の会話を聞いていたのならわかるだろう。それにあいつ等は連れて行けないんだ」
「それは、国王のそう命令されたから……ですか」
「っ!? 貴様! 何故それを……!?」
御者は馬を操りながら頭にかぶっていたフードを取り、彼女に顔を見せる。
「何故って、その場で聞いていたからですよ、エピーヌさん」
その顔は何度も会った若い村人の顔であった。
「ヒロ君!? な、何故君がここに!?」
「ルイ王子に頼まれたからですよ、『エピーヌの手助けをすることを許そう』ってね」
そのことを告げるとエピーヌさんの顔には自然と笑みが浮かぶ。
「そうか、あの人らしい。……いや、でも待ってくれ。この依頼は私一人で遂行しなければ―――」
「騎士の助け無しで、でしょ? 僕は騎士じゃないのでカウントされませんよ。それを分かってルイ王子は僕に頼んできたのですよ」
思い返してみれば国王は“一人で”とは言わず“騎士の助けなしで”と言っていた。
要は騎士でなければ何人でも助けてもらって良いとも解釈できる。
ルイ王子はそのことにつけ込み、ヒロを助っ人としてエピーヌにつけたのである。
「……なるほど。全く本当にあの方らしい」
「違いありませんね。さて、それではブォワホレへ向かいましょうか」
話している内にパリリーの街の外壁の所まで来ている。
ここをくぐればあとはウィザ達の潜む森へ行くだけだ。
馬車が外壁を抜ける。そこには広い草原が僕等を出迎えていた。




