第2話 ようこそ異世界へ
「―――ん、ぅう……」
目が覚める。今は朝なのだろうか。窓から朝日が入ってくる。
「今のは……夢?」
記憶を確認する。屋上から飛び降り自殺をして、そして白い世界にいて……
「それにしてもリアルな夢だったな―――」
「あ、気がつかれました?」
不意に、枕元から若い女性の声がした。
母親ではない声。ならいったい誰だ?
確認すべく、すぐに声のした方にグインと首を曲げる。
「良かった、元気そうですね」
そこには金髪碧眼の可愛らしい少女が木製の椅子に腰かけていた。
服装から、彼女が何かしらの聖職者であるということがありありとわかる。
「え、あ、その……あ、アイムオッケー、ハッハー」
急に話しかけられたことや相手が恐らく外国の人であろうこと、そして何より自身が同年代ほどの少女への耐性がなかったことで、自分でも何言ってんのかワケわからんほどパニックに陥る。
「フフッ。大丈夫ですよ、落ち着いてください。ほら、深呼吸」
彼女に促されるまま、一、二度深く息を吸い吐いた。
「落ち着きましたか?」
「あ、はい」
「良かったです。それでは皆さんをお呼びしますから、待っていてくださいね」
そう言って、彼女は部屋に一つしかないドアから出ていった。
……よし、まず状況を整理しよう。
今いるのは木組みの簡素な部屋。彼女が出ていったドアがあり、その反対側には今僕が横たわっているベッドがある。その近くには窓とタンスがあり、他には何もない。
少なくとも、ここが自分の家ではないことだけは理解できた。
次に、何故このような場所にいるのかを考えてみる。
自分の最近の記憶を辿ってみても、やはりあの自殺の記憶しかない。しかしここはどう見ても病院には見えない。
いや待て。自殺が夢じゃないのなら、これは……?
ふと、目のすみで鏡が置いてあることに気付く。
同時に目を疑った。鏡に写る自分の姿が、普段の自分とは全く違っていたのだ。
日本人特有の黄色い肌は変わらないが、長い黒髪、鋭い目、整った顔立ち。それは全くの他人だった。
「誰だ……こいつ?」
鏡に映るおそらく自分であろうその姿に困惑していると、突然ノックの音が部屋に飛び込んだ。
「お連れしましたよ」
ドアが開き、先ほどの少女が現れる。
その後ろには二十代ほどの二人の男女がいた。
「おう! 目ぇ覚めたか!」
大柄の男性がズカズカと近づきながら、手を差し伸べてくる。
僕は戸惑いながらもその手をとり、握手した。
「あ、どうも」
「お、なかなか強く握ってくるじゃねぇか。うん、元気元気!」
ガハハハと笑いながら、背中をバンバン叩いてくる。痛い。やめてほしい。
「ゴリラ止めたげなさい。痛がってるでしょ」
痛がっている僕の様子を察してか、もう一人の女性の方が男性を止める。
「誰がゴリラだ!! 俺はゴウラだ!!」
「ハイハイ。ごめんなさいね、うちの筋肉バカが。あたしはアリス、アリス・ヴァイオレット。魔術師をやっているわ。貴方、名前は?」
三角帽子をかぶり、ケープを羽織った、いかにもな女性が話しかけてくる。
魔術師という単語が気になったが、ひとまず自己紹介だけでもしておこう。
「あの、えっと、泉田緋色です」
「アノ=エット・センダヒロ?」
「あ、いえ違います。泉田緋色です」
「センダ・ヒロね。わかったわ」
だから緋色だって……まぁいいか。ヒロと呼ばれるのも、悪い気はしない。
むしろ派手すぎるこの名前でバカにされ続けた身としては、愛称で呼ばれるのはどこか心地よく感じる。
「俺はゴウラ・ウォーロック。戦士だ! 悪いな、さっきは叩きすぎて」
「いえ、大丈夫です。すみません、気を遣わせて」
筋肉質で少し日焼けした肌に所々傷が見える男はそう名乗った。
「わたくしはクリスティーナ・フォン・ラインハルトと申します。役職は僧侶です。以後お見知り置きを」
全員外国人のようだが、ずいぶん流暢な日本語で話しかけてくる。
しかし、さっきから魔術師やら戦士やらまるでゲームの中みたいな……。どことなく服装も現代のものとは違うように感じる。
これじゃあまるで異世界転生みたいだ……。
「他にもう一人、仲間がいるんだ。もう少しで帰ってくると思うんだが」
「……! 来ました!」
クリスティーナと名乗った少女がそう言った直後、瞬く間に部屋から出ていった。
彼女の突拍子もない行動に、つい「へ?」と間抜けな声が漏れてしまった。
「いつも通り彼女に対しては敏感ねアノ子」
「アイツ、気配察知系の能力持ってたか?」
「いえ、持ってないはずよ」
そんな話を彼らがしていると、半開きのドアからまたもや同年代ほどの少女が顔を出した。
こちらは青い瞳と短い黒い髪の、ボーイッシュという言葉がよく似合う少女だった。
「あ、起きてたんだ。おっはよー」
彼女は元気いっぱいにニッコリと笑って、こちらに手を振ってくる。
「おう、ついさっきな。全員挨拶は済んでいるからお前もしな」
「うん、わかった!」
そう言うとわざわざこちらに歩み寄ってきて、目線まで合わせて名乗ってきた。
「僕、ユーリ。よろしくね」
近い。とにかく近い。なんだか良い匂いがするし、きれいな目がぱっちりしてるし唇は柔らかそうだし良い匂いがするしああー顔が熱くなってきてるどうしようつーか女の子とこれほど近くでしゃべったことないし早く自分の名前言わないとでも緊張して上手くしゃべれな―――殺気。
ユーリの後ろからとてつもない殺気を感じる。
見てみると、クリスティーナが先ほどまでの慈愛に満ちていた眼から一転、この世の全てを睨み殺せそうな目付きでこちらを睨んでいた。
「センダヒイロデス」
「うん、よろしくねヒロ君」
「ハイヨロシクデス」
怖い、本当に怖い。ちょっと漏れたかも。
「ユーリ様。お疲れでしょう。こちらにお掛けになってはいかがですか?」
「あ、ありがとークリス」
「〜〜〜! いえ、当然のことです!! わたくしにとって貴女様は我が神と等しく偉大なのですから!! 肩もお揉みいたしましょう!!」
えぇー何あれ……。さっきまでの僧侶の影も形もないじゃん。あと椅子はいつの間に持ってきたんだ?
「気にすんな、いつものことだ」
「気にしたら負けよ」
二人は呆れがちに声をかけてくる。
恐らく、本当にあれがいつもの光景なのだろう。
「そうだ! それよりヒロ君の事を聞かなくちゃ!」
金髪百合聖職者に肩を揉まれていたユーリが、思い出したように突然そう言った。
「僕の事……ですか?」
「うん。君ここの近くの森で倒れていたんだよ」
森? 何故森なんだ? 校庭ではなく?
「あの……僕は森で倒れていたんですか? 校庭ではなく」
「……? コウテイ? いや、森だったよ。覚えてない?」
「はい、全く……」
おかしい……。僕は確かに校舎の屋上から飛び降りたはずだ。
学校の近くは住宅街で、森と呼べるものは近くになかったはずだが……。
「服はぼろぼろだったけど、目立った外傷は無いみたいね。単なる行き倒れかしら? あなた何処から来たの? この辺りの出身ではないみたいだけど?」
「えっと……」
僕は自分の出身地、所属している学校、他にも自分に繋がりそうな事を全て伝える。
だが……
「……おい、知ってるか?」
「いえ、全く。そんな地名、聞いたこともないわ」
少しも知らないという。
「もしかしたら陳の国の人かも。そこにはこういう肌の人が多いらしいわ。それなら納得がいく」
「……でどうなんだ?」
「……いえ、僕がいた国は日本という国で……」
「だってよ。どうなんだブレイン?」
「お手上げね。その国は知らないわ」
「手がかりはゼロ……ですか」
皆本気で僕の事を心配してくれている。今までそんなことは殆んどなかった。僕が困っていても、全員見て見ぬふりをするだけだった。
だからこそ、この人たちの気持ちはとてもありがたく感じる。
それと同時に、胸の中がとても辛かった。こんな僕に気を割いてくれることが、心底申し訳なく思った。
「あの、もう構いません、結構です。皆さんのお気持ちだけで十分です」
「……結構て、どういうことだ?」
「えっと、ですから、僕の事を心配して色々話し合ってくれているんですよね。その気持ちで十分なんです。後は自分の事は自分で何とかしますから」
「何もわからねえやつほっといて見捨てろと?」
「いや、だからそういうことでは」
「そういうことだろお前が言いてぇことはよ」
「えっと、ですから……」
だからもう構わないでほしいのに……。なんなんだよ全く。
そんなこと思っていると、ユーリが立ちあがる。
「うん、わかった。もうほっといてあげようゴウラ」
「お前まで何言ってんだユーリ?」
「このままだといつまでも解決しないし、何より喧嘩になっちゃうよ。ダメだよ喧嘩」
「じゃあこいつはどうすんだ。放ってはおけないだろ」
「見たところお金を持ってないみたいだから、幾らか渡しておこう。街の外に行くことはないと思うし」
「……はぁ、わかったよ」
ユーリの言葉に、ゴウラさんも渋々了承してくれたようだ。
「でも、引き続き君の事は調べさせてもらうよ。心配だからね。二人も良いでしょ?」
「はい。わたくしはユーリ様が決めたことなら何でも」
「ダメって言っても聞かないでしょアンタ。その代わり、はいヒロ君」
アリスさんが手渡したのは、テニスボールほどの布で被われた玉だった。
「これは?」
「“ショック”の魔術を詰めている護身用の魔道具よ。その紐を引っ張ってすぐ投げたら、凄まじい閃光と轟音で相手の視覚、聴覚を一定時間奪うの。もしものために、ね?」
「ありがとうございます」
「礼には及ばないわ。これが仕事だもの」
アリスさんに感謝を述べていると、突然ゴウラさんから何やらコインのようなものが入った小さな袋を投げ渡される。
「おら、ヒロ持っていけ」
「ゴウラ、さん。これは?」
「餞別金だ。あまり多くねぇから大切に使えよ」
「っ! あ、ありがとうございます!」
そう言って、ゴウラさんはニカっと笑う。
気を損ねていないかヒヤヒヤしていたが、特段気にしていないみたいだ。
「ヒロさん。こちらを」
「クリスティーナさん、この荷物は?」
「クリスで良いですよ。これは貴方が着ていたお召し物と、私達の僅かばかりの気持ちです。受け取ってください」
「は、はい」
優しい笑みを浮かべ、生活に必要な最低限の荷物をまとめたリュックを手渡す。
女の子にここまで親切にされたのは初めてだ。少しドギマギしてしまう。
「うん、準備はいいみたいだね。ヒロ、もし困ったら僕たちの組合に来なよ。いつでも歓迎するよ」
「うん、ありがとうユーリさん」
「ユーリだけでいいよ。ぼくもヒロって呼ぶから」
「うん、じゃあ改めて、ありがとうユーリ」
「どういたしましてヒロ」
ユーリたちと宿屋で別れて一時間ほど経った頃、僕は道の端でうなだれていた。
今分かっている事はここは自分がいた世界と違うこと。そして、この世界の基本はゲームの中のファンタジーと同じようなこと。
街に出てすぐわかったが、この世界は僕がいた時代とは違う。街並みは中世ヨーロッパのようだし、見たこともない変な鳥は飛んでるし、耳が尖っている人間や獣人のような風貌の人間が普通に歩いているし……。
やはり、僕は異世界転生というものに巻き込まれてしまったようだ。
初めはそんなフィクションのような現実に戸惑っていたが、吹っ切れた途端ファンタジーの世界に胸が躍った。
そして、これからのことと現実を見た途端、頭を抱えこんだ。
とりあえず、今追求すべき事は何故ここに来たのか。自分のこの顔が一体誰のものか。
そして何よりも大切な事は、この世界でどうやって生きていくかだ。
「道くらい聞いておけば良かった……」
構わないでくれと言った手前、すぐ頼りたくはない。
かといって、見ず知らずの街で何かできるほどサバイバルスキルは高くもない。
しかも、この街大分大きい。
「とりあえず寝床と水が飲める場所を確保しなきゃなぁ」
と思っていたその時、横から声をかけられた。
「もしもし。申し訳無いのですけれど、道をお訪ねになってもよろしいかしら?」
そんなものこっちが聞きたいよ。
上品な言葉遣いだが、声色や目の片隅に写りこむ姿で小学校六年生ほどだと分かる。
ここは丁重に断ってやろうと思い、口を開いた。
「ここはパリリーの城下町だよ」
………………は? 今僕何て言った?




