第19話 紅薔薇の女騎士
僕の目の前には赤く長い髪を後ろでまとめた女騎士が立っている。
彼女はその手に持つレイピアの剣先を僕に突きつけている。
僕にはその光景が、自分の見ている光景がどうも理解できなかった。理解したくなかった。
―――影魔導。これは僕が操る訳ではなく、紅蓮に指示を出して動かしている。
応用が効き、立体化ができる。
平面時の最大伸長は大体二十メートル、立体時では五メートル程だ。
薄く立体化させることで鋭い刃物にもなり、肉や骨までならなんとか切ることができる。
主に使用するのは相手を拘束するときだ。
猛獣なら少し怪しいが、鍛えられた成人男性までなら縛りつけることは可能だ。
況して女性なら決して解けるはずもない。
なら何故拘束していた筈の彼女がこうして目の前に立っているのだ?
(くっ……。何故拘束が解けたんだ? 紅蓮! ちゃんと縛っておけよ!!)
〔縛っていたさ。けど無理だった。彼女の方が一枚、いや三枚ほど上手だね〕
(説明になっていない!!)
相手がゴーレムや異常な力を持つ人間ならまだしも、女性に解かれたことに頭がついていけていない。
能力“怪力”か何かの類か?
いや、先程解析をかけたがそんなアビリティは持っていなかった。
なら、技能か。それもまた違う。
彼女のスキルは粗方見たが、主に物理攻撃系か火炎魔導、回復系のスキルしかなかった筈だ。
強化系のスキルは無かった。
ならば尚更どのようにしてエピーヌは影の拘束から脱出したというのか。
その答えはエピーヌ本人の口から明かされた。
「さっき三つ注意したけど、加えてもう一つ。
四つ、一度相手のステータスを確認したら全て目を通すこと。君は私のスキルの細かい所まで読まずに、途中で閉じてしまった。君の魔導を打開するスキルがあるとも知らずに。
スキル“マジックドレイン”。これは相手の魔法を吸い取り、自身の魔力にする回復魔導の一種よ。これで貴方の影魔導を弱めたって訳」
なるほど、マジックドレインで影魔導の魔力を吸い取り、拘束が緩んだ瞬間を狙って攻撃してきた訳か。
(理屈は解った。なら次はこの絶望的な状況からどう脱出するかだ)
依然僕はレイピアを突きつけられたままでいる。
レイピアを自分の剣で払おうにも、そうするには少々無理な体勢で座り込んでしまっている。
ならもう一度影で……
「言っておくが、影魔導で縛ろうとしても無駄だ。同じ手を二度食う私ではない。君の影の速さは大体分かった。君が影を動かすよりも速く、私の剣が君を貫く事になるだろう」
……ホントに絶体絶命だな。
もう諦めからか少し笑えてきた。
観客席ではエピーヌの反撃に人々が賞賛を述べている。
「流石は紅薔薇の騎士隊の団長だ」「只の平民の子供に遅れを取ることはありますまい」「影魔導を使った時は驚きましたが、エピーヌ嬢には及びませんな」
「……ルイ兄様はこうなると分かっておいでで?」
「無論。エピーヌは今までありとあらゆる猛者と戦い、その技を吸収してきた。その数、百以上。勿論、我はその全てを把握している。
加えて天性の戦闘センスのお陰で、あらゆる状況下でも的確な戦い方を選んできた。彼奴が負けたことなど一度として無い」
王子の顔には満足な笑みが浮かんでいる。
それほどまでに彼女に絶対の信頼を置いているのだ。
対象的にフローラの顔は不安で塗り潰されている。
目に涙を溜め込んで今にも泣き出しそうだ。
「ならばルイ兄様、決着は付いたでしょう。早々に終わらせては?」
「焦るな、弟よ。貴様はちと気が短すぎるのではないか?それでは王として未熟であるぞ」
その言葉にアンリ王子は苛立ちを見せる。
「……今それは関係ない話でしょう」
「それもそうか。で、何を話していたか……あぁ、決着の話か。まだ終わるに早かろう。なにせ、あの小僧はまだ元気だ。奴が倒れ伏すまで終わらせる気は毛頭ない」
そこには暴君がいた。
人を人とも思わぬその不遜な態度、王としての権力を人を虐げる為に使うその考え、王子の全てが暴君たる素質を秘めていた。
(相変わらずルイ兄様は悪趣味だな。まあ、こんなものを見ている僕が言えることでもないけどね)
アンリ王子は再び決闘場の様子を観る。
そこには変わらない構図があった。
決闘中の二人は動かない。
いや、一方は動かず、また一方は動けないでいた。
動かない方が口を開く。
「どうした、ヒロ君。もう既に策が尽きたか? それとも私が動くのを待っているのか?」
その問いに動けない方は黙秘で答える。
俯き、その顔は見えない。それは諦観しているようでもあり、策略を巡らせているようでもある。
「……まあ良い。これから君を痛めつける。相当痛いだろうが、耐えてくれ」
その顔には自然と憂いの色が浮かび上がる。
一瞬、躊躇したが、剣を持つ手に力を込める。
剣先を少しずらし、狙いを肩に定める。
そして、突―――
「勝ったと思うには早計過ぎないか」
ヒロが片手を素早くエピーヌに向ける。
同時に手の平から小さな光球を発射する。
(これは―――)
「ショック!!!」
エピーヌはつい突き出した腕を引っ込め、防御の体勢を取る。
それより早いか遅いか、ショックが炸裂する。
決闘場が眩い光とけたたましい轟音に包まれた。
その場にいた全ての者の視界はちかちかと眩み、耳には未だキィィンという音が響いている。
その中でルイ王子が言葉を漏らす。
「なるほど。自身も聴覚と視覚を失う代わりに、相手の目と耳を奪い、強制的に仕切り直したという訳か。……ククッ」
王子は再三笑みを浮かべる。
今は誰もその表情を見ていない。今は誰もその言葉を聞いていない。
「クククハハハハッ! 面白い! 面白いぞ!! さあっ! 我をより一層楽しませよ」
誰も聞こえないその空間で、王子の高らかな笑い声が木霊する。
―――暫くして、人々の目には光が映り、耳には正しい音が飛び込んでくる。
「クッ。ようやく感覚が戻ってきたか。……! ヒロ君はどこへ行った!?」
目の前にいた筈のヒロの姿が消えている。
辺りを見渡す。その姿はすぐに見つかった。
……いや、それは本当に彼なのだろうか?
その者は自身に背を向ける形で立っている。
髪や背丈はヒロと同じ程であった。手には彼の剣を握っている。
しかしその姿は以前の彼とは違ったものだった。
全身が黒ずくめであったのだ。
その身体に纏っている物は衣服のようであり、鎧のようでもあり、インナーのようでもあった。
その者もようやく視界が戻ったのか、辺りを見回している。
そしてこちらに気付き、ゆっくりと顔を向ける。
「ヒロ君……なのか?」
その顔はヒロの物だ。しかし包んでいる雰囲気がどことなく違う。
その瞳は深紅に染まり、目元には朱い模様がついている。
その者は自分の正体を告げる。
「はい、俺はヒロですよ」
余りにも変貌した姿ではあったが、やはり彼はヒロ本人であった。
「その姿は一体……?」
「ああ、これですか。スキル“シャドウスーツ”と“鬼人モード”です。これが俺の本気です!」
“シャドウスーツ”
ゴーレム戦で一度使用したスキルである。
全身に影を纏わせることで、相手の攻撃から身を守る鎧となる。
また、紅蓮と息を合わせることにより相乗効果で、パワードスーツとしての役割をも果たす。
それに加え身体能力を著しく強化させる“鬼人モード”も発動してある。
正に出し惜しみ無し。正真正銘の本気である。
〔鬼人モードは使わないって言っていたのに、随分早く解禁するのだね〕
(五月蝿いな。出し惜しんでいたら負ける、そう思っただけだよ)
決闘開始から僅か数分、その短い間にヒロは全力を出さざるを得なかった。
それはエピーヌがそれ程までに強力な相手だということでもある。
「……ほう? なら今までは本気ではなかったと?」
エピーヌは皮肉を込めヒロに言い放つ。
彼女の頭の中で「あ、すいません」と謝るヒロの姿を想像していたのだが―――
「まあ、そうなりますね。その借りは戦闘で返しますよ」
ヒロの言葉は彼女の想像と相反するものであった。
やはりどこかが違う。一体彼に何があったのか?
……いや、止めておこう。取り敢えず今は目の前の相手を組み伏せることを考えておこう。
ヒロも同様の事を考えていたのであろう、決闘の再開を申し出る。
「さあ、長々と話していても切りがありません。決闘を続けましょう!」
「……ああ、そうだな」
互いに剣を構える。
既に戦いの火蓋は切られている。だが二人は動かない。
どちらかが動けばそれが合図となる。
長く永い静寂が続いた。
ヒロは動けずにいる。
戦闘において先手必勝という言葉があるように、先手を取れればそれだけ優位に立てる。
だが、それにはリスクも付き物だ。
相手は多くのスキルを保持している。その中には当然カウンターも含まれているだろう。
無闇に突っ込み、反撃を喰らっては元も子もない。
とはいえ、後手に回れば為す術はない。
ヒロは今、“闘いのジレンマ”の中に立たされている。
(どうするか……。こうなったら影を陽動に使ってそのうちに……)
〔その事なんだがヒロ、これ以上協力するつもりは私には無い〕
紅蓮がそう告げる。
その事にヒロは少しばかり混乱してしまう。
(はぁ!? なんで今更―――)
〔これは君と彼女だけの決闘だ。私が介入すれば意味がないだろう。大丈夫だ、鬼神モードとこのアーマーは解くつもりはない〕
(ちょっと待てよ! そんな急に―――)
そこで思考が遮られる、遮るを得なかった。
いつの間にかエピーヌが間合いを詰めている。
既に彼女の攻撃圏内だ。
「クッ……!」
カァン、と金属がぶつかる音が響く。
間一髪、なんとか剣で防ぐことができた。
しかしエピーヌの攻めはやまない。
ガガキカカガキンカンガガカッ! 幾つも連続する金属音によってそんな音が決闘場に鳴り響く。
彼女の怒濤の猛攻は続く。
ヒロはその連撃を防ぐのに精一杯である。
(クソッ! 考える猶予も与えてくれないか!)
「どうした!? 防戦一方では私は倒せないぞ!」
そんな事は分かっている、と彼は心の中で呟く。
だがエピーヌの連撃には隙がない。
右を防げば次は左から、上を防げば下から、突きを防げば斬りが、次々とあらゆる方向からの攻撃の対処で、攻めに転じる隙がない。
(こうなったら一か八か……!)
ヒロは力任せに剣を横に払う。
ヤケクソの一撃ではあった、しかし天はヒロに味方する。
運がいいことにその一撃は丁度エピーヌのレイピアにぶつかる。
膂力の差では圧倒的にヒロが優位だ。
レイピアは弾かれ、エピーヌは大きく仰け反る。その際、無防備な胴が顕となる。
(っ! 今だ!!)
エピーヌが体勢を崩した一瞬、胴体が丸出しの一瞬、その一瞬を逃さない。
振り払ったグラディウスを戻し、地面と垂直に立たせ、剣先をその胴に向け、突く!
「取った!!!」
―――グラディウスはエピーヌの体に深々と突き刺さり、その間からは鮮血がポタリポタリと滴っている。筈だった。
少なくともヒロは突きを繰り出した瞬間、その光景が目一杯に広がっていると覚悟していた。
そう、実際は違った。
グラディウスはエピーヌの体を――服を少し裂いたが――掠める程度に済んでいる。
そしてグラディウスの中央部、刃の付いてない部分に拳鍔、いや、厚い護拳の付いた短剣が彼女の左手と共に添えられている。
いつの間に抜いたのか、そう考えると同時に、ヒロは危険を感じ後ろへ飛び退く。
瞬間、ヒロの腕があった所をレイピアが突いた。
反応が遅れていたら、ヒロの二の腕は串刺しになっていただろう。
そのことを想像し身震いしながら、大きく飛び退き間合いを取る。
二人が距離を取ったことにより、エピーヌが左手に持つ短剣が衆目のもとに晒された。
それに反応したのはフローラ王女だ。
「あ! エピーヌが短剣を持っています! これは反則なのではありませんか!?」
「いや、“マン・ゴーシュ”は剣術としては一般的だ。それに元々この決闘は“何でもあり”だから反則なんてないしね」
彼女の訴えに兄であるアンリが答える。
「マン・ゴーシュ?」
「レイピアとセットで持たれる防御用の短剣のことだよ。頑丈なガードが付いていて、それで相手の攻撃を守ったり受け流したりするんだ」
「マン・ゴーシュだけではない。ヤツには受け流すことに特化した“パリーイング・ダガー”、剣の破壊を目的とした“ソード・ブレイカー”をも持たせてある。いかなる武器であろうと対応できるようにしてあるのだ」
フハハハハ、と長兄のルイが高らかに笑う。
対しフローラはまたも不安の表情を見せる。
「ヒロ様……」
先程から何とか食らいついてはいけているが、戦況では圧倒的にヒロの方が劣勢だ。
彼女の心には既に“勝ってほしい”という願いは消えている。
ただ、ヒロが無事であってほしい、彼女は切にその事を願う。
決闘場では再三睨み合いが始まる。
ヒロは先程、後手に回ったせいで散々な目にあった為、どうにか先手を取りたい、と考えている。
しかし間合いを開けすぎた為、突撃してもどうしても対応されてしまう。
またもや闘いのジレンマに立ってしまった。
エピーヌの方も同様にジレンマに陥っている。
先程はヒロの虚を衝いて接近できたが、二度はないだろう。
更に力では相手より劣っている、一撃でも入れば大ダメージは必至である。
となると残された道は“捨て身の突撃”か“逆転のカウンター”のみである。
しかし両方ともリスクは高い。
さて、どうしたものか……。
両者の睨み合いは続く。
睨み合いが始まって数十秒、ヒロは一つの案を思いつく。
(……紅蓮、ちょっといいか?)
〔何だ? 言っておくが手伝いはしないぞ〕
(分かってる。ただ、スーツを変形させてもいいか?)
〔……良いだろう。因みにどういうふうにする?〕
(ああ、それは―――)
長く続いた睨み合いの均衡を崩したのはヒロであった。
彼は構えを解き、両の手を地面につける。
更には片膝まで地面につける。それは正に跪いた姿勢である。
それを受け、観客席ではざわめきが起こっている。
王族も同様だ。
「降参でしょうか。彼に戦う気はもう無いようです。どうしますか、兄様?」
「ヒロ様……」
その場では既に決着は付いたとばかりに話している。
決闘を終わらせるかどうかは、ルイの匙加減のみだが―――
「……いや、続けさせよ。終了は許可しない」
その言葉に流石のフローラも怒りを顕にする。
「ルイ兄様!! もう終わらせて下さい!! ヒロ様は既に降参なさっています!!」
「そうか? 我にはそうは見えんがな」
「兄様っ!!!」
「ならば何故、奴は未だに敵を凝視しているのだ?」
その一言で観客全員が一斉に決闘場を見る。
確かにヒロはエピーヌから目を離していない。
「奴はまだ戦意を失ってはいない。ならば終わらせる訳にはいかんだろう。まあ、降伏を認めるつもりは毛頭ないのだが」
どちらかが戦意喪失していない限り決闘は続行される、それは至極当然のこと。
そしてこの場には戦意を失った者はいない。
ならばこの戦いは続く、どちらかが倒れるまで!!
「……なるほど、捨て身の突進、という訳か」
「あらら、バレちゃいましたか」
「当たり前だ。そんな闘志剥き出しの目で降参だと思うほうがおかしい」
「いやぁ、精一杯隠していたつもりでしたけどねぇ」
決闘場では纏う空気と裏腹に、そんな和やかな会話が交わされる。
だがこの後交わされる言葉はそう多くないだろう。
これが互いに最後、後に残るのは勝者と敗者のみ。
これでケリが付く。
「……行きます」
「ああ、来い」
ヒロが跪いた体勢から尻を上げる。
現代のクラウチングスタートの体勢だ。
それと同時に脚のスーツが変形し、バネのような形になる。
事前に紅蓮に頼んであった変形だ。
エピーヌも同様に構えを変える。
レイピアを後ろに下げ、重心を低く構える。
ヒロの影魔導を破った技、“大跳躍突き”が最大限に発揮できる構えだ。
互いに突撃のタイミングを見計らう。
勝負は恐らく一瞬、機を逃せば待つのは敗北のみ。
慎重に見定めなければならない。
両者とも最初は嫌々であったが、今では共に勝つことしか考えてない。
そこには戦士がいた。戦士の戦いがあった。
―――どちらが先に仕掛けたか、それさえ判別できぬ程ほぼ同時に飛び出す。
次の瞬間、切っ先と切っ先がぶつかる。
衝撃波が起こったかのようなぶつかり合い。
互いの切っ先は寸分違わず相手の切っ先を衝いている。
その為か、絶妙なバランスで互いを支え合うように釣り合っている。
だが、その均衡もまもなくして崩れる。
切っ先がずれ、勢いそのまま突進を再開する。
ずれあった剣先は互いの頬を軽く切り合う。
そのまますれ違う。
だが両者ともそれで終わらせるつもりはない。
最大限に生み出した突進のスピードを、次は脚全体で殺しにかかる。
踏ん張った際の摩擦熱で靴が燃える匂いがする。
生んだスピードを殺しきった二人は、振り向きざまに斬りあう。
パキンッという音と同時に剣の先端が空中に弧を描き、そして地に刺さる。―――レイピアであった。
グラディウスは淡く光り、そして細かく振動していた。
魔力伝導性が高いこの剣には“ショック”が込められている。
言ったところ“ショック・スラッシュ”辺りだろう。
ショックは振動数を最大にまで高め、超音波を発している。
その超音波によってグラディウスは細かい微振動を起こし、結果切れ味を恐ろしい程に上げていた。
そう、鉄をも切断できる程に。
剣とは則ち騎士の誇り、それが今折られた。
つまり、紅薔薇の女騎士の誇りは今ここに散った。
だからなんだというのだ。
まだ自分は戦える、まだ自分は地に伏していない、まだ自分は負けていない!
ならば―――!
エピーヌは左手に握っているマン・ゴーシュで殴り掛かる。
ヒロは“ショック・インパクト”を左手に込め、それに応える。
拳がぶつかった。
マン・ゴーシュのガードが砕ける。
共に左手の骨も砕けたのだろう、じんわりとした痛みが伝わってくる。
だがまだ戦える!
二人は突きの構えを取る。
これで決まる。誰しもがそう思う。
剣を知らぬ異世界人も、剣を知る女騎士も、異世界人を見守る少女も、女騎士を信頼する暴君も、その他の観衆も、その一撃で雌雄を決すると予感した。
今、突きが放たれた―――
決着はついた。
片方の剣は空を突き、片方の剣は胴を突いた。
負けた者の脇腹には細い剣身が突き刺さっている。
エピーヌの勝利だった。
「……スキル“プリーズドオフェール”」
ボソリと勝敗を分けた技の名前を呟く。
(相手の剣を払い、出来た一瞬の隙を突く最速のカウンター、“プリーズドオフェール”。これが無ければ危なかっただろうな)
ヒロに纏っていた影のスーツが解けていく。
それを見て戦闘不能だということを察したのであろう、彼の胴からレイピアを痛みを与えないよう抜き取る。
抜き取った瞬間、ヒロは片膝をつく。
「傷口は抑えておけ。急所ではないから止血すれば済むだろう」
「イテテ、はい、分かりました」
実に素晴らしい決闘であった。
互いに死力を尽くし、正々堂々と戦っていた。
なんと良き終わり方であろうか。
―――だが暴君はそれでは気が済まない。
「何をやっている、エピーヌ。“決闘”を続けよ」
その一言は正に魔王が如し非情なる一言であった。
「お待ち下さいルイ王子!! もう既にケリはつきました!! もうこれ以上戦う必要は―――」
「この決闘は何方かが倒れるまで続けると最初に告げた筈だ。現にその小僧は“戦える”」
「ルイ兄様!! ヒロ様はもう満身創痍です!! もう終了なさって―――」
「それを許すのは我だ。そして我は許可していない」
フローラはルイに必死に抗議する。
だが暴君にはそんな言葉には気にも止めない。
その言葉を聞いて何を思ったのか、エピーヌがヒロに近付く。
「……ヒロ君、済まない」
エピーヌはそう小さく謝ると、ヒロを仰向けになるように蹴りを入れ、左肩をレイピアで突き刺した。
「ぐっ……ぅあああ!!!」
刺された痛みで呻き声を上げる。
だがそれだけでは終わらない。
「本当に済まない、ヒロ君。どうか、なるべく早く気絶してくれ」
そう言うとエピーヌはヒロを加減無しで蹴り始めた。
彼の腹を、胸を、腕を、顔を、脚を、彼の意識が無くなるまで躊躇なく蹴り続ける。
その様は正に狂気と呼べるものであった。
ああ、身体中が痛い。
なんで俺はこんな目にあっているんだ。
なんでエピーヌさんはこんな哀しい顔で俺を蹴っているんだ。
なんでフローラちゃんはあんなに涙を流しているんだ。
―――ああ、俺が弱いからだ。
天帝竜の時と同じだ。弱いから悲しませてしまう。
―――力が欲しい。
ライディンを倒せる力を、七つの美徳を倒せる力を、ゴーレムを倒せる力を、ワームを倒せる力を、エピーヌを倒せる力を、ルイを倒せる力を
皆を殺せる力を寄越せ、紅蓮。
暫くしてエピーヌの蹴りは収まった。
それはつまりヒロが気絶した事を表す。
「……これでいいでしょう」
荒れた息を整えてエピーヌが暴君に尋ねる。
観客席では一人だけ愉快そうなルイ王子が見える。
「我は良いが……弟よ、貴様はどうだ?」
「僕ですか? まあ、もう良いかと」
そこでアンリは何かに気付く。
「もしや、あの者を不審がっていた僕の為に……」
「さあ、どうだかな。さて、エピーヌよ、許そう。これにて決闘を―――」
そこで言葉が詰まる。
王子の視線はエピーヌの後方、ある一点を凝視している。
「ルイ王子、もう宜しいでしょう。早く終わらせて……」
「…………け……るか……」
後ろから声がする。
そんな、まさか、そう思いながら振り返る。
そこには全身ズタボロのヒロが立っていた。
「まけ……たま…か。……ん、よこ…………」
その顔は俯いていてよく見えない。
何かボソボソと呟いている。
「ほう、まだ戦えるのか。エピーヌ、決闘は終わっていないぞ」
“決闘”という言葉にヒロがピクリと反応する。
そしてゆっくりと顔を上げ、今度は聞こえるくらいはっきりと話す。
「そうだ。まだ決闘中だ。勝たないと。フローラちゃんを喜ばせる為に勝たないと。負けてたまるか。負けてたまるか。紅蓮、力を貸せ。力を寄越せ。もっと強い力を。負けてたまるか」
はっきり聞こえたからこそ分かる。
彼は狂っている。
蹴られた衝撃でこうなってしまったのか、それは分からない。
ただ、正常ではない事は分かる。
よく見ると彼の目の模様が消えていない。
それどころか大きく邪悪に変化している。
すると突然彼が吼える。
「グゥレェェェエエエエンンンン!!! 力をぉ、よぉこぉせぇぇぇぇえええええええええええ!!!!!!!」
吼えると同時に、今までとは比べ物にならない速さでエピーヌとの距離を詰める。
これにはエピーヌも反応できなかった。
変貌したヒロはエピーヌに斬り掛かる。
結果から言うと、彼女は斬られることはなかった。
それは何故かというと、ヒロが斬る前に動きを止めたからである。自身の影によって。
「ウゥ、邪魔ァ、すルなぁア、ぐれぇェン!!」
〔悪いけどこれは看過できないからね〕
紅蓮がヒロの動きを封じているのだ。
傍から見れば、暴走した狂人が自身の影に抑え込まれている滑稽な絵面がそこにあった。
「グレんんん!! モッとぉ、もット力を寄越せぇェえ!!! ミンな、みンな、まもレる、殺せる力をぉぉおおおお!!」
〔ハイハイ、分かったから……ちと黙れ〕
「あっ…………」
紅蓮がそう言うと、ヒロの目元にあった模様がフッと消え、彼はそのまま地面に倒れた。
先程までの異様なヒロの様子は一体何だったのであったのか。




