第18話 決闘の幕開け
フルーランス王宮、その広大な敷地の一角に剣術指南用・決闘用のそこそこ広いスペースがある。
そこに二人の男女が向かい合う形で立っている。
僕とエピーヌさんだ。
何故こうなっているかと言うと、ルイ王子の我儘により真剣での決闘を行うよう命令されたからである。
あの王子には拒否権という言葉は通用せず、あれよあれよという間にここまで来てしまった。
相手のエピーヌさんも乗り気ではないながらもウォーミングアップを始めている。
ここに連れてこられる途中、フローラちゃんからエピーヌさんのことを聞いた。
何でも、若くしてフルーランス王国近衛師団“紅薔薇の騎士”の団長に抜擢された実力者であるとのこと。
驚異的な身体能力を有し、また数多の技能を数回見ただけで覚え、完璧に模倣する能力“完全透写”の使い手としても知られている。
そして、ユーリと同じ勇者候補の一人でもある。
(さて、そんな相手にどう戦うか……)
〔私の力を使えばいい〕
影が変化し紅蓮が現れる。
紅蓮の力、天帝竜や岩石兵とも渡り合った力なら優位にことを運べるだろう。
しかし……
(……いや、今回は“鬼人モード”は使わない)
〔鬼人モード……?〕
(お前の力を借りた強化状態の事。鬼みたいに強くなるからこう名付けてみた)
鬼人モードと名付けたこの力は、モンスター等の自分より強力且つ倒すべき相手にしか使えない。
人間なら勢い余って命を奪いかねないからだ。
〔なら、どうするんだ?〕
(お前がサポートで僕が攻撃、いつも通りで行く。細かい指示は戦いながら伝える)
作戦をあらかた練り終わった頃、準備運動を終えたエピーヌさんが話し掛けてきた。
「ヒロ君、で良いかな」
「あ、はい、構いませんよ」
「それは助かる。……ヒロ君、今回の決闘、君の安全は保証するが、私は誇りを掛け手を抜かずに相手をする。だから君も全力で挑んできてほしい」
これが騎士の誇りというものだろうか、真っ直ぐと僕を見つめる。
鬼人モード無しで全力、と言っていいのか分からないが、やれるだけの事はやろう。
「はい! お願いしますエピーヌさん!」
「ほう、両者準備は宜しいようだな」
観客席からルイ王子の声が響く。
見るとフルーランスの王子王女とその従者、その他野次馬の貴族達や召使達が勢揃いしていた。
その中の一人、フローラちゃんが心配そうな顔をして見つめているのに気が付いた。
安心させようと軽く手を振る。彼女はそれに応えて笑みと共に小さく手を振り返す。
「此度の決闘は真剣で行うと言っていたが、魔法及び体術の使用も許可する。時間は無制限、何方かが戦闘続行不可となるまで続けてもらう。降参は許さぬ、分かったな!?」
「「はい!!」」
「良い。ならば向かい合え!!」
その一声で僕とエピーヌさん、互いが向かい合う。
彼女の気迫が僕に押し寄せる。闘志が皮膚にピリピリと伝わってくる。
「構え!!」
ほぼ同時に剣を抜き、構える。
細長い剣身、特徴的な鍔や護拳から彼女の武器がレイピアだと判る。
その剣先は真っ直ぐと僕の方を向いている。
「これよりこの我の立会の元、決闘を行う。決闘―――」
ルイ王子はゆっくりと右手を真上に挙げる。
今まさに決闘が行われる。
緊張からか剣を握る手が汗ばんでくる。
ほんの数秒が酷く永く感じる。
「―――開始ィッ!!!」
王子が挙げていた手を振り下ろす。
満を持して決闘の幕は開いた。
開始の合図とともにヒロは自身の影を伸ばす、同時に解析も起動させる。
その一連に驚いたのは観客席の王族達だ。
「な!? 影魔導だと!? しかも詠唱無しで、何なのだあの少年は!?」
「ほう、中々に面白い……」
(正々堂々と戦っていたら、コチラの分が悪い。悪いですけど動けない間に色々させてもらいますよ)
スルスルと影がエピーヌの足元に近づいていく。
影が彼女に触れる。
―――だが、紅蓮が彼女を捉えることはできなかった。
跳躍することで間一髪捕まることを避けたのだ。
エピーヌはそのままヒロの方に突撃を開始する。
(くっ、紅蓮!)
〔分かってるての!〕
伸ばしていた影を折り返す、同時に新しい影をもう一本伸ばす。
前方と後方、二つの影がエピーヌを挟み撃ちにする。
それだけでは終わらない、二本の影は幾つにも枝分かれする。
半分はそのまま彼女を囲うように、もう半分は立体化しまた跳んで逃げないように襲いかかる。
(これならどうだ!?)
四方八方から伸びる影の結界、まるで黒い異形の手が包むように彼女を追い詰める。正に袋のネズミだ。
捕らえた!
ヒロの頭の中にはエピーヌを捕らえた後の事しかなかった。
解析を元にどう立ち回るべきか、捕らえている隙に非情だが幾らかダメージを与えておこうか、などとそんな事を考えていた。
だが考えるべきはそこでは無い。
彼はこの数秒後、“エピーヌが結界を抜けてきた時どうするか”を考えていれば良かったと後悔するだろう。
エピーヌは結界に囲まれた一瞬、様々な考えが脳を巡った。
(まさか影を立体化させるとは、これでは跳んで避けることもできないな。ならバックステップで……駄目だ、後ろからも来ている。避ける事はできないか……。
ならば、私らしく正面突破だ!)
エピーヌは自身の脚に出来る限りの力を加え、大きく前に跳んだ。
しかし前方には影が迫っている。これでは捕まってしまう。
なら、吹き飛ばせばいいだけのこと。
彼女は跳んだ姿勢のまま、上半身の力だけで突きを放つ。
その突きは影を吹き飛ばし、人が通れるほどの風穴を開けた。
「スキル“大跳躍突き”」
彼女はそのままヒロの方に突っ込んでいく。
突然の事にヒロもすぐに反応できない。
鋒が眼前に迫る……!
―――レイピアの鋒はヒロの眼球三センチ程手前でピタリと止まっている。
更にその先、レイピアの鍔からグリップにかけて黒い腕がエピーヌの手をごと掴んでいる。
「……捕まえた」
瞬時に彼女の体を影が雁字搦めに縛り付ける。
仮にこの人が馬鹿力を持っていない限り、これで動くことはできまい。
「今のは本当に危なかったですよ。死ぬかと思いました」
「……あともう数ミリの所で止めようと手加減をした一瞬、その一瞬で影の腕を作り剣を止めるとはな。お見逸れした」
開始から一分もしないこの短い時間での攻防に、観客席では感嘆の声が漏れている。
「そんな一瞬を見極めたというのかあの子供は」
「ですから凄いのですよ、ヒロ様は! ゴーレム、それにドラゴンとも戦ったことがあるのですから!」
王女の言葉に周りの人々は驚きを隠せないでいる。
ただ一人除いては。
「ほう、ドラゴンと。それは嘘か真か、運か実力かは知らぬが、少なくともこの場ではエピーヌの方が上手だ」
「……? ルイ兄様、それは一体どのような意味ですか?」
「なに、見れば分かる」
ルイ王子は依然二人を眺めている。
その口角は薄っすらと上がり、彼の絶対の自信を密かに表していた。
決闘場の方ではヒロが解析を完了させている。
「LV48、ステータスは全体的にバランスが良く万能型……か。それに固有能力“完全透写A”、これはフローラちゃんから聞いたやつだな。他は“達人A”だけか。
で、肝心の技能だけど……うわっ、数え切れないほどある」
「そうやって自分の事を話されていると小恥ずかしいな」
「あ、すいません。いやだったのなら止めます」
「いや、気にしないでくれ」
二人の間には先程の戦いからは打って変わって少し落ち着いた空気が流れる。
ヒロは彼女のステータスの表示を消し、彼女に向き直る。
「これから貴女を可愛そうですが攻撃します。無抵抗の者を痛め付けるのは騎士道に反するでしょうが、容赦して下さい」
「ああ、構わんよ。これも君の実力、甘んじて受けよう。……だが、幾つか注意したい点がある」
その言葉で緩んでいた緊張の線がほんの少しだけ張り詰めた。
「一つ、影魔導は使い勝手は良いが使用魔力は多く、その性能は使用者に依る所が大きい事を念頭に置くこと。自分より強い相手には効きにくいし、使いまくっていたら魔力切れを起こすぞ。
二つ、解析についてだ。これも使い勝手は良いが使うと一手遅れることとなる。使うなら相手が気づいていないときにやるのがベストだ」
(……なんか急に説教が始まったんだけど)
〔因みに一つ目の注意なら心配しなくていい。君の少ない魔力の代わりに私が肩代わりしているからね〕
(いや、どうでもいいよ)
再び緊張感のない雰囲気に戻る。
注意というのは只のお節介だったようだ、そう思いヒロは警戒もせず彼女に近付く。
「そして三つ、戦闘の心得、これが大切だ。君は自分が有利になると慢心する癖があるようだ。それでは駄目だ。
相手がどんな能力を持っているかわかっていても細心の注意は払うべきだ。
さもないと―――」
〔―――! ヒロ! 危ない下がれ!!〕
紅蓮の急な警告。ヒロはそれに従い少しもたつきながら飛び退く。
飛び退いた彼の目線の先に一閃が駆ける。
その一閃に触れた髪がパラリと地に落ちる。
体勢を崩したヒロは盛大に尻餅をつく。
尻の痛みを気にしながら前を見る。
「こうなる」
そこには影で縛られている筈のエピーヌが立っている。
その体は何にも縛られず自由になっていた。
彼女は剣先をこちらに向ける。
ヒロの前には美しくも気高い女騎士が立っていた。




