第17話 フルーランスの王室
少々訂正しました。
フローラ=カロル・フルーランス
→フローラ=カロル・ド・フルーランス
固有能力→固有能力
通りは多くの人や馬車で賑わっている。
カフェで軽い朝食を済ます騎士、今朝街に着いたばかりの郵便馬車、出掛ける服装を間違え身震いしている亜人、人種を問わず元気に駆ける子供達。
その誰もがある馬車を思わず二度見する。
恐らく貴族以上の階級のものであろう豪勢な馬車。
ただそれだけならば珍しくはあるが日常的な光景の一つだ。
しかしその馬車には非日常的である点が一箇所ある。
御者台に一国の王女、フローラ=カロル・ド・フルーランスが座っていたのだ。
「―――で、そのお礼ということでこの剣をバルカさんに作ってもらったんだよ」
「凄いですね。私もそんな冒険をいつかしてみたいです」
フルーランス王宮に着くまでの間、隣に座るフローラちゃんの為に、御伽噺にと今まで起こった出来事やクエストの話を叙事的に語っていく。
僕が話す事一つ一つに彼女は愛らしい反応を見せる。
これではまるで童話を読み聞かせる兄と妹みたいだなと、心の中で思う。
……妹、か。
「……? どうかしましたか、ヒロ様?」
「ん、いや、妹ってこんな感じだったなーって」
「ヒロ様には妹様がいらしたのですね」
「いや、居なかった筈、だけ……ど………」
前の世界では僕は一人っ子だった。
父さんは僕が赤ん坊だった頃に他界し、それから母さんと僕との母子家庭で過ごしてきた。
妹なんて持ったこともなかった筈だ。
だが何だ、この既視感は?
フローラちゃんが誰かと重なって見える。
デジャヴュ、と言うやつか?
「ヒロ様?」
「ん、ああ、ゴメンゴメン、ぼうっとしていた。それよりもう少しで王宮に着く筈だよ」
そう言って意識を“地理理解”に向ける。
……? おかしいな。もう既に王宮に着いていると感覚が告げている。
しかし見えるのは右手の街と左手の長く白い壁だけだ。
「王宮なら既に見えていますよ。あとは正門を目指して下さい」
「……? それってどういう……?」
「左に壁があるでしょう?これが我がフルーランス王宮の外壁です」
白亜は長く続き、その果ては目で確認できない程だ。
これ全てが王宮の一辺だというのか。
とんでもないな、フルーランス王室。
フルーランス王宮、そこはフルーランス最大の王宮であり、現国王の住む宮殿である。
敷地の殆どが庭園であり、国民に国王の権威を見せつける為に一般公開されている。
その為フルーランスの観光名所としても名高い。
宮殿には王室の者だけではなく、他の貴族、使用人の部屋まで完備されている。
フローラちゃんの宮殿、クリスの城、それ等を遥かに凌ぐ豪華さである。
僕はその中の一角、一般人が入れない王族専用の通路に通されている。
「……ねえ、フローラちゃん。本当に中に入れてもらって良かったの?」
「ええ、構いませんわ。あ、そこを右に曲がって下さい」
周りを見渡せば立派な石像や豪華絢爛なる壁画、天井画が必ず目に入る。
そんな中では自分が迷子になった観光客のように思える。
簡単に言い換えると場違いなのだ。
声を潜めて側付きのメイド達に話しかける。
(アンネさん、クライネさん、彼女はこう言っていますけど本当に良いんですか?)
(問題ありません。貴族の方々は多少苦い顔は致すでしょうが、王女が招待した相手なら四の五の言うことはないでしょう)
(王族の皆様は全員寛容なので心配する必要はないかと)
二人のメイドもこう言うがやはり不安は払拭されない。
そんな不安を気にかけていると三人はある一つの部屋の前で立ち止まる。
「ここが私達家族が普段集まる居間です」
フローラちゃんはそう言って部屋の方に向き直る。
扉を四回叩き、告げる。
「第一王女、フローラ=カロル・ド・フルーランス、入室致します」
側に仕えていた二人の侍女が扉を開ける。
中には三人の王族がいる。
彼らに対し、王女は片足を下げその姿勢のまま膝を曲げ挨拶をする。
「お久しぶりです、皆様」
部屋にはまんまると太った初老の男性、綺麗で若々しい女性、血の気の薄い細身の青年がいる。
その内の一人、太った男性が座りながら話しかけてくる。
「おお、おかえり! 見ない間により美しくなったの! 体の方は大丈夫かの?」
「ええ、お陰様で頗る良好です。国王陛下もお体の方は宜しいのですか?」
「心配いらないよ。愛しい我が子に会えるのに、寝込んでいられないからの!」
会話の内容から察するにこの男性がこの国の国王のようだ。
王様のような巻いた髪、王様のような蓄えた口髭、王様のような煌びやかな衣服、それらが達磨のような体型で威厳が台無しになっている。まるでどこかのゆるキャラだ。
「して、そこな少年はどなたかの?」
ゆるキャラ王が温厚そうな目元を最大限に釣り上げて─それでも威厳はないのだが─僕の方を睨み付ける。
こんな所に一般人が居るのは不審に思うのだろう。
そこにフローラちゃんが弁解に入る。
「この方は私のご友人の異世界人で泉田緋色といいます。此度は私の方から招待致しました」
その言葉に王は再び温和な笑顔に戻る。
「そうか、そうか、フローラの友人の者であったかの。娘が世話になっとるの。これからも娘と仲良くしてやって欲しいの」
「え、あ、はい、畏まり致しました」
余りにも突然のことで変な敬語で返してしまった。
王様の態度にははっきり言って拍子抜けだ。いくら自分の娘が連れてきた友人だろうとそんなに易易と信じてしまうものなのか?
まさかこの王様もアンネさん、クライネさんと同じ固有能力でも持っているのか?
すると座っていた色白の青年が立ち上がった。
「陛下! いくらフローラが連れてきた友人と雖もそう簡単に信じブゴファッ!」
王に抗議していた青年が突如大量に吐血する。
傍から見れば一種のスプラッタである。
「え、ええっ!!? だ、大丈夫ですか!!? ど、どうしよう、兎に角治療を・・・」
「まあ落ち着いて下さいヒロ様。これはいつもの事ですから」
フローラちゃんはそう言って二人の侍女に協力を仰ぐ。
二人はテキパキと青年の治療や吐かれた血の後片付けを行う。
僕はただそれをじっと傍観する事しかできなかった。
「全く。アンリ、お客人の前で粗相をするべきではないぞ」
「次は気を付けて下さいましね」
「いやあ、申し訳無い」
アハハハと王族達は笑い合い、一家団欒の雰囲気を作っている。
え、何これ? コワッ。王族ジョークか何かか?
僕がこの場の雰囲気に付いて行けていないでいると、横から片付けを終えたアンネさん、クライネさんが話しかけてくる。
「気にしないで下さい、ヒロ様。これもいつもの事です」
「いつもの事って、人が吐血しても団欒としているのが?」
「はい。あちらに御座せられるのはフローラ様の兄君、第二王子アンリ=ロベール・ド・フルーランス様で御座います」
「アンリ様は幼少の頃から体が弱く、事ある毎に吐血なさったり倒れたりしております」
「これが月に一度の王室の座談会の風景です」
毎日の風景に吐血する彼が写り込むから、王室にとっては日常茶飯事という訳か。
いや、だったら大人しく寝かせとけよ。
そう内心でツッコんでいるとフローラちゃんが置いてけぼりになっている僕に気付く。
「あら、申し訳ありませんヒロ様。紹介が遅れましたね。右から兄君のアンリお兄様、国王にして父君のシャルル父様、そして王妃のマリア母様です」
紹介された順に彼らの顔を見ていく。
アンリ王子は未だ疑わしい視線を、シャルル国王は依然貫禄のない笑顔を、そしてマリア妃は慈愛に満ちた表情を向けてくる。
「実はもう一人、兄君がいるのですが……。陛下、ルイ兄様はまだいらっしゃっていないのですか?」
「いや、まだ来ていないな……」
陛下が言い終わると同時に扉が勢い良く開く。
そこには金の服と赤いマントを纏った青年と、騎士団の制服とはまた違う赤い髪の女騎士がいた。
男性の方がゆっくりと息を吸い、そして言葉を発する。
「遅れたか、許せ。我が来た」
この一言で分かる傲慢さ。間違いない、この人がフローラちゃんのお兄様だ。
ふと国王の方を向いてみる。
王の顔には先程の間の抜けた笑顔は消え去っていた。
恵比寿のような顔から不動明王のような恐ろしい顔に変貌していた。
その怒りの籠もった視線は遅れてきた王子ではなく、隣の赤髪の女騎士に向いているようだった。
「……遅れてきた事はまだ許そう。しかし何故その者を私の前に連れてきた?」
「我が呼んだのだ、異論は無かろう?」
国王は更に眉間にシワを寄せて怒りを顕にする。
金ピカの王子はその事を意に介しない。
居間の空気が一瞬で険悪なものに変わる。
「無関係の者をここに連れてくるなと言っとるんだ」
「ほう、ならばそこの者はどうなのだ? 我が見た所、只の一般人ではないか」
「この者はフローラの友人だ、だから……」
「ならばコヤツも我が友だ。それなら文句も無いだろう、国王陛下?」
国王の怒りも頂点に達したのだろう。
まさに怒髪天を衝く勢いで椅子から立ち上がり、殴るように叫ぶ。
「もういい!! 好きにしろ!! 私は部屋に帰らせてもらう!!」
そう言って王は腹を揺らしながら部屋をあとにした。
王妃は「王の体調が心配だから」と王の後を追って出て行った。
争論のもととなった女騎士は苦い顔をしている。
「ふん、頭の固い国王よのう。まあ良い、兄妹水入らずで語り合おうではないか」
「ルイ兄様! また父様を怒らせて! 何故いつも座談会を台無しにするのですか!?」
「そう猛るな。ならば妹よ、この座談会にエピーヌを連れてくるなと?」
「そ、そういう訳ではないのですが……」
何やら不穏な空気だ。
やはり王室には色々な面倒事があったりするものなのだろうか。
「フローラ様、宜しいのです。元はと言えば私が悪いのです。ですからお気になさらずに」
「……! 違います! エピーヌが悪い訳じゃ……」
「いや、今回に限っては彼女が悪いよ」
ずっと黙っていたアンリさんが口を開く。
その言葉にエピーヌと呼ばれた女騎士はまた憂いの表情が滲み出る。
「其の方も分かっていただろう、なのに来た。それは貴様の落ち度ではないのか?」
「……はい、もっともでございます」
「まあ良い、これ以上客人に王家の醜態を晒すなよ」
「客人……? む、そういえば貴様、妹の友と言われておったな。許す、名を名乗れ」
尊大な王子が僕の存在に気付き名前を聞いてくる。
「せ、泉田緋色です」
「ほう、センダ……ヒイロか………。となるとあだ名はヒロといった所か。ふむ、良い、許そう!」
一体何を許されたのか。
にしても何だか見覚えがあるシーンだな。
前にも一回あったような……。
またデジャヴュか?
「あの、貴方は……」
「む? 我が名を知らぬと言うのか。それは許されんな」
王子の顔に少しばかり不機嫌の色が現れた。
ヤバっ、地雷を踏んだか。
「兄様、ヒロ様はこちらに来て間もない異世界人で、この世界の情報に疎いのです。ご理解を」
「ほう? 異世界人か。……仕方ない、許そう」
すかさずフローラちゃんが弁明してくれたお陰でトラブルは回避できた。
彼女に感謝の意味を込めて小さく親指を立ててみせる。
彼女は軽く微笑んで応える。
「ならば異世界人、貴様に我が名を知ることを許そう! 心して聴け!
我はフルーランス王国第一王子ルイ=ジョルジュ・ド・フルーランスである!!」
唯我独尊の権化のような王子は高らかに自分の名を名乗る。
これにはぐうの音も出ない。
その兄妹達はいつもの事のように聞き流している。
「そういえば貴様、先程より気にはしていたのだが、剣を携えているな。冒険者か何かか?」
ルイ王子は僕の腰にさしていた剣を指差す。
しまった。すっかり剣を置いてくるのを忘れていた。
……もしかしてアンリ王子に疑われていたのはこの為か?
ちらりと目の端でアンリ王子の姿を見やる。
彼はまだ僕を睨んでいる。どうやら当たりのようだ。
「い、一応はそうですが、これは護身用で、僕の本業は―――」
「言わずとも良い。我の命には関係のないことだからな」
僕の弁解はルイ王子の言葉で遮られる。
話は最後まで聞いてほしいものだが……。
ん? それよりさっき“我の命には”とか言っていた気が……
「あの、先程“我の命”がどうたらとか言っていましたけど……」
「うむ、よくぞ聞いてくれた。我の勅命だ、貴様は今からこのエピーヌと真剣で戦ってもらう」
……段々この王子の態度にも慣れてきたなぁ。
話の内容に対して僕の気持ちは穏やかであった。




