第12話 土塊の怪物と醜悪の亜竜
人生には大なり小なり常に選択がつきものだ。
人は時としてその信念ゆえ選択を迷う時がある。
人はそれを“究極の選択”という。
そして今僕はそれに直面している。
大切な仲間を取り返すため鉱山へ行くか、それとも危険に陥っている人のため炭坑へ行くか。
炭坑へ行けば、クリスは恐らくもう二度と一緒に冒険する事は無くなる。
鉱山へ行けば、炭坑に入っていったフェルさんの命が危ない。
片方を選べば片方を見捨てる事となる。
クソッ!どっちを選べば良いんだ!?
「さあ、どうするんだ? 娘を選ぶのか、娘を諦めるのか。決めたまえヒイロ君!!」
そんな事を言われても決められない。
どっちも見捨てる事はできない!
どうすればいい!? どうすればどちらも―――
パチンという音が部屋に響く。
頬の表面からヒリヒリとした痛みが脳に伝わってくる。
目の前にはクリスがいる。
その瞬間僕は彼女にはたかれたという事を漸く理解した。
「落ち着いて下さいヒロ。なにも全てを救おうとしなくていいのです。貴方のその手は全てをすくうにはあまりにも小さすぎるのですから。なにも全てを背負おうとしなくていいのです。貴方には仲間がいるのですから。貴方は貴方ができる事、貴方がしたい事を選べばいいのです」
彼女のその言葉は父のような厳しさと母のような優しさ、そして天使のような慈悲深さに溢れていた。
彼女の言葉で目が覚めた。
僕が本当にしたい事、それは―――
「フリードリヒさん、僕は炭坑へ向かいます」
「な!? ならば貴様は娘を諦めるというのか!?」
「違います。ワーム退治の件はしっかり務めさせて頂きます。しかし、その前に、僕は“人を救いたい”!!」
それは僕の本心からの言葉だった。
前の世界では考えられなかった言葉。
ユーリに触発されたか、周りの温かさに感化されたか、それは分からない。
ただ分かるのは僕の心に“人を救いたい”という気持ちがあるという事だけだ。
「そんな理由で娘を後回しにする気か!?」
「そんな理由でも僕が決めたことです!フリードリヒさん、分かってください!」
「そんな事絶対に認め―――」
「お待ち下さい、父上」
激昂するフリードリヒさんの言葉を横にいたマックスさんが遮る。
そして一つの提案をする。
「この度の結婚の条件、“ゴーレム退治”変更なさってはどうですか?」
「……何だと? ゴーレム退治? それでは我々が見届けられぬではないか! もしこの小僧が嘘をついてみろ! 貴様はそれが真か分かるのか!?」
「この少年はそんなくだらない嘘をつくようには見えません。それでも了承して頂けないのなら、分かりました、私が裁定いたしましょう」
クリスの兄、マックスが名乗りを上げる。
騎士団長が自ら判断すると申し出たのだ。
「ユニオス連合帝国騎士団の団長として、ユニオス最強の“英雄級”の一人として、そしてなにより聖十二騎士“裁定の天秤宮”の名と誇りに掛け、この者の不正は許しません」
「……分かった。その小僧の監視と裁定はお前に任せよう。しかしヒイロ君、征くのは君と我が息子だけだ。他の者には鉱山へ赴き地竜を倒してもらう。それでいいな?」
「……! はい!」
「途中までの道は同じです。そこまでなら仲間も一緒にお連れしましょう」
そこから途中までは仲間と同行し、その後二手に別れて目的の地を目指す。
僕は岩石兵を倒しに、ユーリ達は地竜を倒しに行く。
〜炭坑サイド〜
僕が炭坑に着くと人だかりが出来ている。
ゴーレムに襲われて怪我をした者が次々と運ばれていく。
運ばれていく者の中には、関節がおかしな方向に曲がった者、肩から先が無くなった者、潰された死人までいた。
余りの惨劇に気分が悪くなってきた。
事態は想像以上に良いものではないらしい。
炭坑の入り口まで行くと何やら騒がしい。
人を押し退け進むと、男性が炭坑に入ろうとしているのを数人のドワーフが必死に抑えている光景があらわれる。
ガニムさんとバルカさんだ。
「ガニムさん! バルカさん!」
「坊主! 来てくれたか! 早速でわりぃけどコイツ抑えんの手伝ってくれ!」
「放してくれオヤッサン!! 俺が! 俺のせいで、フェルが! フェルが!!」
取り敢えずバルカさんを宥めにかかる。
暫くすると落ち着きを取り戻し、事情を聞くことができた。
「俺が悪いんだ……。石炭があればオヤッサンも喜んでくれるかもなんて言わなきゃ良かった……。俺のせいでフェルは、フェルは……」
「メソメソすんな! アイツぁまだ生きているかもしんねぇだろ!」
「まだ帰ってきてないんスよ!! それにあんなとこに長時間居たら流石のエルフだって……」
どうやら問題は急を要するようだ。
早くしないとフェルさんの命が危ない。
こうしている間にもタイムリミットは刻一刻と迫っている。
「バルカさん、僕が助けに行きます。僕がフェルさんを助け出してきます」
「坊主、それは本気か!? オメェみてぇなガキが行ってもどうしようもないねぇ! 危ねぇから止めとけ!!」
「そ、そうだヒロ君! なにも君が行く必要はない!」
周りの人達も一斉に止めに入る。
少年が入るには危険だと判断されるのだろう。
すると後ろからマックスさんが皆に話しかける。
「安心して下さい。私がこの子の護衛をします。危険だと判断すればすぐに撤退させますので」
「アンタは確か騎士団の団長さんか? それでもやはり危険じゃねぇか?」
「国民を守るのは騎士の務めです。中で逃げ遅れた人を救助しに入るだけです。この子は私の手伝いとして来てもらいます」
周りの大人達は未だに納得していない顔をしていたが、そんな事に構っている間にフェルさんが危険な目にあっているかもしれない。
少々強引に中に入らせてもらう事を許してもらった。
炭坑の中は所々火の魔石のランプが置いてあるが、それでもまだ薄暗い。
空気の循環が悪いため、嫌な空気が肺を埋め尽くす。
僕とマックスさんはトロッコの線路の上を歩きながら進む。
中は入り組んでいるが、僕の能力“地理理解”のお陰で迷わずに行けそうだ。
歩いていると入り口でのお礼をまだ言っていない事に気付く。
「あの、先程はありがとうございました」
「入り口での事かい? 気にしないでくれ。それに入れなかったら元も子もないからね。
それよりヒイロ君、少し残酷なようだけど今回は君が本当に危険な状態になるまで私は手を貸さない。手を貸してしまったら“試練”にならないからね。それでいいかい?」
「……はい、構いません。僕も最初からその気です」
とはいえ相手の強さは未知数だ。
この暗さでは影魔導も使えないだろう。いくつか策を講じておかなければ。
そんな事を考えながらどんどん先へ足をすすめる。
―――もうどれくらい潜ったのだろう。
地熱の関係か、少し汗ばんでくる。
掘り進めたばかりなのか、坑道は整備が不十分だ。
もう魔石の光もほとんどない。今はショックの出力を可能な限り落として松明代わりにしている。
“地理理解”によるとそろそろ着くはずだが……。
魔石の光が完全に届かなくなった時、漸く広い空間に出た。
その空間の中央に巨大な影が立っている。
ここを掘っていたであろう人達の死体と一緒に、彼らのランプが床に落ちている。
そのお陰で巨大な影の姿がぼんやりと見える。
表面は黒い色をしており、身長は五メートル以上。
体と不釣り合いな大きさの腕を持っており、見た目は人を真似たロボット、いや、不完全な人の体に無機質なパーツを付け加えたような姿をしている。
胴体の中央には暗くて何が書いてあるか分からないが、文字らしきものが並んでいる。
そして手には気を失ったフェルさんがいた。
その影もコチラに気付いたようだ。音にならない声を発する。
「――――――――――――!!!!」
土塊の怪物、“岩石兵”が現れた。
〜鉱山サイド〜
ユーリ達は岩の影からとあるモンスターの群れを見ている。
スコップのように肥大化した手。ドリルのような頭部。目は退化して小さくなっているがその分鼻と耳が発達している。
亜竜種“飛竜”の更に亜種“土竜”だ。
恐らくワームのお零れに預かりに来たのだろう。
「どうする、ユーリ? こっちは風下だからまだ気づかれていないけど、ワームがいるというエリアにはここからしか行けないわよ」
「これは流石に戦闘は避けられないね。クリス、解析……てそうだ居ないんだった」
「アイツが居ねえと弱点も何も分かんねえな」
「……しょうがない。アリス、一か八か火炎で攻撃して。怯んだすきに僕達は先制攻撃、道を作ったらすぐに離脱。これで行こう」
「待って」
ユーリの作戦にリンが待ったをかける。
「マオブルフとは何回か戦っているから知っているけど、アイツ等炎はあまり効かないわよ」
「じゃあどうするの? 流石にこの人数じゃ相手はできないよ」
「あんた達だけならね。ま、そこで見ててなさい」
そう言うとリンはマオブルフの群れに突撃する。
ユーリ達は止めようとするがもう遅い。
マオブルフ達もリンに気付き数体が攻撃してくる。
リンがやられる―――訳はなかった。
パァンッという音が一回だけ聞こえてきた。
次の瞬間、マオブルフ達がバタバタと倒れていく。
襲ってきた数体の急所を的確に突き、一瞬で片を付けたのだ。
「ふぅ。次」
マオブルフ達はリンの強さに圧倒され、我先にと地中へ逃げていく。
ユーリ達は開いた口が塞がらない。
リンは最強の英雄級の一人だ。レベルはユーリ達と殆ど変わらないが、バングルの効果で実力はLV99と同格だ。
この程度の敵なら、数体で来ても訳無い。
「さあ、行きましょ!」
「「「…………ハイ」」」
因みに何回かモンスターと遭遇したが、殆どリンが片付けたのは言うまでもない。
暫く歩き漸く採掘所の最深部へ辿り着く。
しかしその場には地竜どころか他のモンスターが一匹もいない。
「これはどういう事だ? もしかして逃げたか?」
「まさか、そんな事は無いでしょ。ここの何処かに潜んでいる筈よ」
「取り敢えず痕跡を探ろう。何か手掛かりがあるかもしれない」
恐らくワームの寝床であろうその場所を隈無く調べ始める。
地面には巨体を引き摺った跡がある。ここに居たのは確かなようだ。
糞の溜め場がある。調べると体の原型が留まったモンスターの死体まである。
ワームは獲物を一口で喰い、胃が無い為消化と吸収を同時に行っていると言う。その為排泄物が原型を留めているのは普通の事らしい。
「うえ〜、気持ち悪い。糞の温かさからついさっきまで居たみたいだぜ」
「なら今は狩りにでも行っているのかしら。それなら今の内に罠でも仕掛けましょう」
「そうだね。……ん? どうしたのリンちゃん?」
リンは空間の中央で腕を組んで何やら難しい顔をしている。
何か腑に落ちない、そんな顔だ。
「いや、私の能力“気配察知”が反応しているんだけど、どうも曖昧でね」
「っ! まさか敵!?」
「いえ、何か違うの。今私が立っているところが一番反応が強いんだけど何も無いのよ。おかしいわね」
リンが立つ場所、そこにはリン以外目立った物は何も無い。
するとリンの肩に雫が一滴零れる。
その瞬間、鼻のいいモフが何かに気付き上方に向かって吠える。
何かと思い上を見る。そして少し遅れて事態に気付く。
ワームが上から襲ってきたのだ。
「リンちゃん! 危な―――」
その言葉はもう届かない。
ワームはリンを一口で喰った後、地中へ潜っていった。
急ぎゴウラとアリスに声をかける。
「ゴウラ! アリス! ワームが現れた! 気を付けて!!」
三人とも戦闘態勢を取る。
しかし相手は地下に潜っている、どこから来るのか分からない。
するとある所からワームが出て来る。
手足の無い長い躰、鱗は無くブヨブヨとした皮膚、竜のような顔、退化して無くなった眼、無数の鑢のような歯が並んだ口。
その怪物は吼える。
「ギシャァァァァアアアア!!!!」
醜悪の亜竜、“地竜”が現れた。




