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村人Aの異世界叙事詩  作者: ユッケ=ビビンバ
第六章 善と悪の詩〜決戦、七つの美徳編〜
118/121

第118話 信仰の罪(Ⅰ)

 ―――主よ。おお、主よ!


 何故、信仰深きあの女を御身の下へと誘ったのか!

 何故、罪業深きあの男に御身の裁きを下さないのか!


 主よ。主よ。全能にして偉大なる我が主よ!


 何故、貴方を信じる私を彼女と共に連れ去ってくれなかったのか!

 何故、貴方の教えに反した私を彼と同じく罰してくれなかったのか!


 何故……何故!? 私にはっ、何も―――!



 ―――――――――



 激戦があった。


 彼の周りに取り巻くは、姿の異なる二十の異形。

 無垢なる白の体表と、背部から生えた翼、そして頭に当たる部分の背後にある光輪が、それらが“天使”であると物語る。


 その天使の形をした異形と相対するのは、帝国騎士団最強の九人。

 帝国最強と謳われるマックスを擁する“聖十二騎士(ゾディアック)”が相手取る。

 実力主義である帝国騎士団において、なお指折りの強者である九人。

 彼らであれば、どのような難敵であろうと勝利は確実…………というわけでもなさそうだ。


 事実、劣勢に追い込まれているのは騎士たちの方。

 それはひとえに、“天使”たちの能力のせいであった。


 今、騎士の一人、シーザーが両手の長剣を振るい、鎌鼬の斬撃を飛ばす。真空の斬撃は真っ直ぐに“信仰フェイス”の喉元へと向かっていく。

 しかし、その軌道は途中からあられもない方向へと捻じ曲げられた。

 斬撃が向かっていった先は一体の天使の元。その天使の姿は、さながら塔。

 三つの円柱を重ねたかのようなその天使は、斬撃を吸い寄せ、その身に攻撃を受ける。

 だが、その表面に傷はない。否、そもそもとして攻撃を受けてはいない。

 吸い寄せられた斬撃は回転する天使の表面を廻っており、その回転速度が上がるたびに増幅され、そして―――


「還せ、“塔の天使(トウェレル)”」


 天使の表面に走っていた攻撃は無数の斬撃となって騎士たちに襲いかかる。

 当初の数倍にも増幅された威力のそれに、騎士たちはなんとか回避することで難を逃れた。


「魔力を用いた遠距離攻撃は控えろ! あの塔みたいなヤツに吸い取られて倍返しされるだけだ!」

「じゃあどうやって信仰フェイスに近づけばいいんだ!?」

「それを今考えて―――ッ! シーザー後ろッ!!」


 叫ぶシーザーの背後に、いつの間にやら忍び寄っていたのか、一体の天使が攻撃を仕掛けようとしている。

 身を隠すようなローブの下から老人の細腕のような機械質の腕が伸びる。その手に持つのは淡く光る角灯。その角灯の光が一層強さを増した。

 これは避けれない。シーザーは被弾を覚悟し、剣を交差させることで防御の態勢を取る。

 角灯の光が一点に集中する、その刹那、彼らの間に割り込む影があった。ケイロンであった。

 彼が構える大盾に質量を持った光が直撃する。その光の重さに、構えていたケイロンだけでなく、その後ろのシーザーさえも吹き飛ばされてしまう。


「グォッ! ……くッ、助かった! 無事か!? ケイロン!」

「ええ、なんとか。ですが……」


 受けた盾を見れば、直撃した部分が融解している。

 重厚な盾の厚みの半分をも融かす熱量。シーザーに当たっていれば堅牢な鎧に身を包む彼であっても焼き貫かれていたことだろう。

 攻撃を仕掛けてきた天使に意識を向ける。

 天使は攻撃が失敗したことを悟ると、掲げていた角灯の光を弱める。すると、光が弱くなるとともに天使の姿も薄くなり、最後には見えなくなってしまった。


「消え、た……?」

「はい。どうやらあの天使は姿を消す能力を持っているみたいです。……いや、やつだけではない。今ここにある二十体の天使、それぞれに固有の能力を持っているようです」


 ケイロンの言う通り、天使たちにはそれぞれの能力が備わっている。

 魔術を自在に扱うもの。宙に浮く星々から強力な光線を放つもの。法力のような力で不可侵の空間を生み出すもの。ただ単純に暴力の限りを尽くすもの。様々である。

 そして、それら一つ一つが厄介極まりない。


(本来であれば、この程度であれば、一体処理するのに苦労はしない。だが、今回は数の差でも、能力の質でも、こちらが劣っている!)


 劣勢であった。騎士団が誇る最強の九人であっても、天使の一つも落とせないでいた。



 ―――ただ一人、マックスを除いては。



「ハァッ!!」


 マックスの剣が、天使の一機を両断する。

 宙に浮いていたその天使は、抵抗することもできずに上半身と下半身を落下させる。

 そして、地に鈍い音を響かせる……はずだった。


 落下を始めたその直後、天使は時間が巻き戻るかのように再生を始める。

 その天使の能力ではない。この天使の能力は両手の杯に攻撃を受け、別の何かに変換、もしくは、攻撃自体を半減させる能力だ。

 再生させる能力を持った天使は―――


(―――あれか)


 マックスが見据えた先にいたのは、骸骨の風貌をした天使。

 奴は信仰フェイスの横に控え、彼と同様、複数の天使に護られていた。

 そのさらに傍らには車輪のような円環の姿をした天使。それもまた、他の天使によって護衛されている。


(恐らくは、あの骸骨の天使の能力を車輪の天使の能力によって逆転させているのだろう。おおよそ、即死効果を持った“死神の天使”と能力の正転・逆転を司る“輪の天使”、といったところか。ならば―――!)


 マックスが一気に駆け出す。

 目標は、“死神の天使”だ。


(“輪の天使”も厄介だが、根源となる“死神の天使”の討伐が優先! 生命を操るとなると、他の騎士に即死が及ぶ可能性がある!)


 マックスの見解は正しかった。だからこそ、他の天使も重点的に“死神の天使”を護りに入る。

 魔導による攻撃は行えない。“塔の天使”に阻まれ、他の騎士たちに被害が及ぶからだ。であるのなら、行うは直接攻撃のみ。


 稲妻が駆けるよりも速く、マックスは天使を間を縫って走る。

 そのスピードに追いつけるものは、ただ一機。“戦車の天使”が床に深い轍を付けながら、他の天使を轢き潰してまで襲い来る。

 これを、マックスはただ一瞥、剣を縦に振るう。

 両断される“戦車の天使”。断たれた後には、マックスのための道ができる。

 その道を通り、マックスは走る。速度に緩みはない。


 次に構えるのは“教皇の天使”。

 奴が生む空間は、奴が敷く法しか存在し得ない。即ち、侵入を許可しなければ絶対不可侵の壁、侵入を許したところで後は意のままとなる人形になるのみ。

 天使が空間を張る。そして、法を敷く。


『我ガ空間ニアルモノ、全テノ動キヲ禁―――/―――ズ、ル』


 言い終わるよりも速く、マックスの剣閃が光った。

 既にマックスの目前にある障害はない。どの天使も、彼に追いつくことはできない。

 “死神の天使”が動きを見せる。それは迎撃というよりも、人が咄嗟に臆した動きに近いものであった。

 マックスはそれを無慈悲に両断する。




「―――そう。それが最善だ。だが、君は最善を追い求めるばかりに、次善には気付けまい」




 マックスの視界が切り替わる。先程までいた空間とは全く違う。

 どこまでも広がる平野。地平線には霞がかかり、その果ては見えはしない。

 ふっと空を見上げる。青い空が広がるはずのそこには、先程までいた大聖堂の景色が広がっていた。


「これは―――」




 大聖堂では、騎士たちが混乱した様子でいた。

 僅か数秒で三機を両断した我らが団長の姿が、一瞬の間に消え去ってしまったからだ。

 そして、団長の代わりに出現したのは、新たなる天使。


 その姿は球体の形をしていた。四隅に獅子、雄牛、人の天使、鷲の顔が彫られており、その中央に水晶のような球体を抱く女性の彫像がある。

 そして、その球体の中にマックスの姿が映り込んでいた。


「テメエ……ジューダス! マックスに何をしやがった!?」

「見て分からないのかね、とは言うまい。我が隣りにあるは“世界の天使(ウォルデル)”。その能力は、()()()()()()()!」

「隔離……だと?」

「そうだ。“世界の天使(ウォルデル)”の内部にはもう一つの別世界が展開されている。この世界へ隔離された者は、世界の境界から飛び出るか、世界そのものを破壊することでしか脱出できない。いくら団長殿が最強と謳われようとも、世界そのものをどうこうできる程ではないだろう?」


 世界の脱出。世界の破壊。確かに、帝国最強と謂われるマックスであっても、一個人で成せる事柄ではない。

 すなわち、()()()()()()()()()()()

 そのことを理解した騎士から、顔の血の気が引いていく。


 先程のマックスの活躍により、撃破された天使が蘇ることはない。既に撃破された三体が光に還っていく様子からして、そのことは間違いないだろう。

 だがしかし、まだ十八体もの天使が健在であった。


 全て、倒せるのか……今の私達に。

 信仰フェイスまで届くのか……この手の刃が。


 誰も、言の葉を発さない。

 弱音を吐かないのではない。たとえ虚勢だとしても、猛言を放つことができないのであった。

 ふと、脳裏に全滅の光景が過る。否定してやりたかったが、奇妙な納得が胸の裡に巣食っていた。


『もう、駄目だ』

 そんな言葉が誰からの口の端から転び出そうになったとき、雷鳴が如き轟音がその言葉を掻き消した。


「……ッざけんじゃねぇ」


 その轟音が銃声だと気付いたのは、キッドが掲げた拳銃の口から硝煙を吹いているのを目にしたからだ。

 放たれた銃弾は銃口を向けられたジューダスにはかすりもせず、背後の壁面に小さな穴を開けていた。


「……飛び道具は無駄だ。前回の戦いから学ばなかったのか?」

「ぅるッせえ!! んなもん言われずとも分かってんだよ! 俺が言いてえのはなァッ、マックス程度を封じた程度で勝った気になっているテメエが気に食わねえッてコトだよッ!!」


 キッドのその言葉が、弱気に取り憑かれていた騎士たちに気付きを与えた。

 知らず、マックスのみに頼っていた己の甘えを。


「俺達は、聖十二騎士(ゾディアック)。連合帝国を守護する騎士たちの、頂点に君臨する十二人だ」


 キッドは静かに言葉を続ける。

 それは、信仰フェイスに向けて見栄を張ったものではない。

 膝を地に付けた同胞を奮い立たせるものであった。


「“天使”がなんだ。俺ぁ迫りくるハン族の軍勢相手に生き残った男だぞ! 数千数万の化物みてえな相手と戦ったあの時と比べりゃ、たかだか十そこらの“天使”、ビビるほうが難しいってもんだ!! なぁ、そうだろ!? エラッ!!」


怒りをぶつけるようにキッドはアンジェラへと問いかける。

アンジェラが呆けていたのも束の間、その大きな瞳に闘志が戻る。


「……まったくなのです。なんだったら、血の気の多い南部の半グレのほうが、自分の身を顧みない分まだ恐ろしいのです!」


アンジェラに続き、次々と騎士たちの瞳に闘志の火が灯される。

我も我もといった様相で、立て続けに勇猛な言葉を放つ。


「それを言ったら、北部の魔獣どものほうがよっぽど恐ろしいですぞアンジェラ隊長。ヤツら、人間以上のフィジカルな上、狡猾だからなぁ!」

「軍としての恐ろしさだったら東部の大国もだ、ブルーノ。ヤツらの軍略に何度敗北しそうになったか……。西部の方はどうだ、ケイロン?」

「……そうですね。こちらは他の三方と比べ平和そのものですが……恐ろしいものと言えば、ぐずった時の幼馴染のほうが天使どもより厄介かもしれません」

「ガッハハハハハハ!!! そうかそうか、“驥足の人馬宮”をしてそこまで言わせるとは。あの女勇者、そこまで恐ろしいか! ガハハハハ!!!」

「笑いすぎですよ、レナード。ケイロン隊長も、年頃の女の子相手にそんなことを言ったら失礼です」

「……まったく。危機的状況だというのにコイツらは……。まあ、これでこそ―――」


 気付けば、地に膝をつき蹲っている騎士の姿は一つもなかった。

 残った八人全員が武器を掲げ、闘志の灯った瞳を信仰フェイスへと向けていた。

 そう、これでこそ……最強の騎士団長マックスと肩を並べるに相応しき彼らこそ―――


「―――“聖十二騎士(ゾディアック)”、というものだな」


 副隊長であるアストを始め、誰一人として恐怖を身に宿すものはいない。

 大聖堂を包む淡い光が、彼らの鎧と瞳に反射し、眩いて見えた。


 その眩きを見下ろす信仰フェイスの瞳の冷たさは変わらない。否、先程よりその冷たさを増したかのように見える。

 見ず知らずの死体を見据えるかのような瞳のまま、信仰フェイスは右手を僅かに頭より高い位置まで上げ、ほんの少しだけ指を振った。


 それが、攻撃の合図となる。


 天使の一体―――三本足の台座と下半身が融合した、三角帽子を深く被ったような姿の天使が、火・水・風・土の魔術を同時に行使する。


「ケイロンっ!!」

「はいッ!!」


 キッドの掛け声とともにケイロンが前へと躍り出る。

 その右腕には自慢の大盾。それを天使の方へと向ける。


「“ターゲット”!!」


 騎士たちをまとめて殲滅せんと広がっていた四属性の大魔術が、ケイロンへと一点に集中する。

 本来、一つでも直撃すれば流石のケイロンであっても耐えきれなかっただろうが、四つの属性が互いに打ち消し合い、ケイロンは無傷で耐えることができた。

 幸運か。いや、そうではない。キッドの慧眼によるものだ。


(瞬時に最適な人員を選び出し、選ばれた者も命令を受けずともその意志を汲み取り行動するか……厄介だな)

「“魔術師の天使(マギシアエル)”、続けろ―――」

「アスト! レイシャ! 隙を与えるなッ!!」

「はい!」「はっ!」


 次の魔術を撃たんと準備する“魔術師の天使”。

 そうはさせまいとレイシャの手から魔力で編まれた紐が延び、“魔術師の天使”を捕縛する。

 一瞬の硬直。僅か数秒にも満たない刹那の出来事ではあったが、確かに天使の動きは乱された。

 その一瞬に、アストの刃が天使に届く。


 縦一線に斬り裂かれる“魔術師の天使”。

 練り込まれた魔力は行き場を失い、天使諸共に拡散、爆散した。


「残り……十七!」

「ッ……! “力の天使(フォルセル)”! “正義の天使(ジャスティセル)”! “皇帝の天使(インペラトレル)”!」


 さらに三体、天使たちが襲い来る。

 剛力を誇る巨腕。正義を執行する剣。権威を振りかざす王笏。それがアストとレイシャの脳天に振り下ろされる。


「レナード! シーザー! ブルーノ!」


 呼ばれた三人が振り下ろされるそれらを受け止める。


「ふんぬぉぉおおおおお!!!」

「くぅぁぁあああああ!!!」

「どっっせえええええい!!!」


 彼らは力任せに天使どもの攻撃を弾き返すと、お返しと言わんばかりに反撃に転じる。

 レナードはその怪力に任せて“力の天使”の両腕を引き千切り、シーザーは“正義の天使”をその剣ごと八つ裂きにし、ブルーノは“皇帝の天使”の頭に戴く王冠を掴むとそれごと天使を叩き潰した。

 彼らが持つそれぞれの特殊能力を発揮するその前に、暴力が彼らを蹂躙する。その事実に、信仰フェイスが僅かに目を見開いた。


「残り十四! どうした、仏頂面が歪んでんぞ!?」

「……“隠者の天使(エレミタエル)”。まずキッドを始末しろ」


 信仰フェイスが告げた瞬間、キッドは背後に気配を感じ取る。先程の姿を消す天使の気配だ。

 既に天使の手に掲げる角灯はその輝きを強めていた。

 この状態からの回避は不可能。他の仲間たちは前に出すぎている。ここからの救援は間に合わない。


 たった一人を除いて。


 角灯を掲げていた細い腕が切り飛ばされる。

 何が起こったのか。状況を理解するために“隠者の天使”が首を横に動かす。

 その先に待ち受けていたのは、ぽっかりと口を開けていた銃口であった。


「はい、残り十三、なのです」


 撃鉄が落とされた轟音とともに、天使に小さな風穴が開く。

 “隠者の天使”は抵抗すらできずに背中から倒れ伏す。立っていたのはキッドとアンジェラであった。


「助かったぜ、エラ」

「しらばっくれちゃって。わざと挑発して、厄介なさっきの天使を誘き寄せていたくせに」

「それを察して息を潜めていたんだろ。言葉にせずとも俺の思っていることを読み取ってくれるのはお前くらいだぜ」

「何年一緒に肩を並べて戦っていると思ってるのですか」

「身長差で並んだことはねえけどな」

「……うっせー、なのです」


 時間にして、一分と少し。その僅かな間に、五体の天使が降された。

 それも、脅威として見ていなかった只の騎士共に。

 その事実は信仰フェイスに多大なる衝撃を与えたことだろう。


「どうでい、“信仰の徳(フェイス)”さんよ。少しは見直したか?」

「……ああ、見直した。見直したとも。見直した、だからこそ―――」


 今再び、信仰フェイスが手を掲げる。

 その動きに呼応したのは、両手に杯を持つ天使だった。


「―――全力で君たちに裁きを与えよう」


 その天使は両手の杯を頭上に掲げると、杯から傾けることなく赤と青の光り輝く液体が溢れ出す。

 赤と青の液体は天使の周囲をうねりを上げながら渦巻き、それぞれ溢れた杯とは別の杯へと流れていく。その動作が数回行われる。

 これは一体何事か。騎士たちが不思議そうな視線を向ける中、キッドがいち早くその行動の意味を理解した。


「―――しまったッ! おい! 誰でもいい! あの天使の動きを止めろッ!!」

「察するのが遅すぎたな、“慧眼”のカルロ。“節制の天使(テムペランティエル)”の役目は、今、完了した」


 信仰フェイスがそう告げるとともに、“節制の天使”の肉体は瓦解する。

 そうして崩れた肉体は光となって天に還ると思いきや、残った天使たちへと降り注ぐ。


「ああ、クソっ! してやられた!」

「キッドちゃん! これは……!?」

「……俺達が倒した五体、……いや、“節制の天使”とやらも含めれば六体か。そいつらを倒して霧散するはずだった魔力が、()()()()使()()()()()()()()ッ!!」


 キッドのその言葉に、騎士たち全員が息を呑む。

 ……彼らの心の中には、ある確信があった。


『一体ずつであれば、なんとか勝てる』

『一つずつ攻略していけば、いずれ全て打倒できる』


 僅かな希望であった。だが、確かな希望であった。

 それが今、音を立てて崩れ去る。

 一体でなんとか勝てていた天使の力が、更に強化されたのだ。

 その上昇幅は二倍にも満たないことだろう。六体の力が残りの十二体に分け与えられたのであらば、単純に1.5倍程度か。

 その“1.5倍”が遥かに大きかった。


「それでは、反撃に出るとしよう。“星々の天使(ステラエル)”、“月の天使(ルナエル)”、“太陽の天使(ソーレル)”」


 前に出てきたのは、既に人の形すら失った天使たち。

 それらは騎士たちの頭上に陣取り、複雑な旋回運動を始める。


「……主よ。我らが大いなる主よ。罪深き彼らに、浄罪の裁きを与え給え」


 星と月と太陽の軌跡が、魔法陣を描く。

 天から降り注ぐ聖なる光に、騎士たちは回避する術を持っていなかった―――。






 ―――ん? ああ? なんだコレ?


 俺は、一体、何をして―――


 ―――ああ、そうだ。俺は、アイツと……ジューダスと、戦っていたんだっけか。

 そんで、アイツが喚び出した天使の攻撃を受けて―――ってこたぁ、ここはあの世か?


 ……ちっ。まさかこんなところでおっ死ぬなんてな。

 レイシャの花嫁姿もまだ見れてねえのに……いや、娘がどこぞの馬の骨に貰われていくなんて想像したくもねえ。

 その意味じゃ、早めに死ねて良かった……のか? ……なんて、馬鹿なこと言ってんじゃねえよ、っと。


 ―――立ち上がり、周囲を見渡す。あたり一面、何も無いまっさらな空間。

 ここがあの世だと言うんなら、やけにもの淋しい。死んだんなら、川の向こうに美女でも立ってろってんだ。

 そう思って再度見渡すと、見覚えのある後ろ姿を見つけた。ありゃあ、確か―――


 黒のキャソック。あの背丈。間違いない、ジューダスだ。

 でも何でアイツがあの世(ここ)に? 俺達を倒したんなら、一緒にいるのはおかしいじゃねえか。

 そう思って、ヤツの方に向き直る。

 確かに、あれはジューダスだ。だが、()()()ジューダスじゃない。

 髪もまだ色が抜けておらず、服から僅かに見える肌も張りがある。

 ありゃあ、昔のジューダスだ。


 ……ん? じゃあ、ここはあの世じゃ、ない……?

 もしかすると、走馬灯、ってやつか? ……いやいや、走馬灯にしても見せるなら、もっと家族とかをだな。

 とか、なんとか考えていると、人影が一つから二つに増えている。

 ……あいつは。あの女性は、―――


「―――キッドさん」


 後ろから声をかけられる。

 振り返れば、そこには我らが団長、マックスが立っていた。


「マックス……お前、なんでここに……」

「キッドさん。()()()()()()


 なんだ、その言い方。まるで今から死ぬかのような―――いや、待てよ。団長は俺等を窮地から救い出すためにジューダスに突貫した。

 その結果、“世界の天使(ウォルデル)”に封じ込められた。


 ()()()()()()()

 あいつは、“裁定の天秤宮”と謂われるほど絶対的な判断能力を持つ男だ。“世界の天使(ウォルデル)”の存在だって、予見していたはずだ。

 そんな奴が、わざわざ自分が捕まるような愚行を犯すか?

 それとも、何か、見落として―――


「キッドさん。頼みます、キッドさん……。キッド、ちゃ―――」



 ―――――――――



「―――ちゃん! キッドちゃん!! しっかりするのですよ!!」


 旧友の声で、意識が現実へと引き戻される。

 ……酷い頭痛だ。途轍もない衝撃で気を失っていたのだろう。

 痛む頭を抑えながら、周りを見渡す。全員重傷だが、なんとか持ち堪えてくれている。

 ……ああ、脳味噌の処理が追いつかねえ。

 さっきの天使の攻撃は確かに文字通り必殺の一撃だった。それに対して、俺達は何もできずまともに喰らったはずだ。

 なのに、生きている。

 幸運。まあ確かに幸運ではある。だが、このレベルの幸運は奇跡と言うしかねえぞ?


「エラ。これは、どういうことだ? なんで俺達、生きて……?」

「分かんないのです。でも、それはあっちもおんなじようです」


 アンジェラの視線を追う。その先には、ジューダスが……いや、信仰フェイスが、俺達と同じく驚愕の表情で立っていた。


「……貴様。今、何を……」


 ……違う。驚愕ではない。

 信仰フェイスの体はワナワナと震えていた。

 まるで、そこにあるべきではないものを見せられたかのような、憤りを孕んだ表情であった。


「貴様、何をしたッ!!? ()()()()()()()()()()()()ッッッ!!!!」


 信仰フェイスの口から放たれた名前は、自身の予想の外にあったものだった。

 急いで周囲を見渡し、ケイロンの姿を見つける。

 見つけた彼の姿は、左の掌を天へと突き出した態勢を取っていた。まるで、空から降ってくる何かを受け止めるような、そんな立ち姿だった。

 そして、他の騎士と比べ異様に()()()()()。にも関わらず呼吸は荒く、今にも前のめりに倒れてしまいそうな印象を与えた。


「何、って……知りませんよ。必死、だったん、ですから……」


 何が起こったのか、当の本人も把握できていないようだ。

 だが、確かな事実として“ケイロンのお陰で必死の一撃を耐え抜いた”、それは間違いない。

 そして、それは恐らくもう二度と起こらない、ということも。


「……神が。我が主が。貴様らに奇跡を与えたとでも言うのか……? 不信心な、貴様らなんぞにッ……!?」


 再び、星と月と太陽の天使が廻りだす。それだけではない。他の残りの天使も各々の攻撃手段を繰り出そうとしていた。

 次はない。ケイロンが引き寄せた奇跡も、二度起こるとは限らない!

 どうする、どうする!? 俺は、一体、何をすれば……!?



『―――後は頼みます』



 ふと、痛む頭の奥で走馬灯の声が響く。

 そうだ。マックス、お前は何を伝えたかったんだ。

 あの封印される一瞬、お前は俺に何を伝えようとしていたんだ?

 副団長のアストでもなく、他の騎士でもなく、俺にだけ伝わるように口を動かしていた、お前は一体……。


 働け! 俺の枯れた脳細胞共!

 掘り起こすんだ、あの時の記憶を! 解読するんだ、あの時の口の動きを!

 あの時、団長が伝えたかったあの意味を、解き明かすんだ、“慧眼の磨羯宮”!!!


『―――い、あ、ん、お』


 そうだ、いいぞ、俺もまだまだやれるもんだ!

 口の形から母音を引き出せ! 引き出した母音から言葉の意味を繋げろ!


『―――い、あ、ん、お、あ、え、い、え』


 よし! 母音は引き出した! 後は子音の組み合わせで文脈を導け!

 なあに、たかが八文字。パターンは一億通り以上!

 普段なら面倒で途中で飽きているとこだが、今はそうじゃねえ!

 頭上の魔法陣はおおよそ半分ほど出来上がっている。他の天使共も力がたまり切るまであと一歩ってところだ。

 時間は無い。ここでやられたらジジイの名折れだ!

 さあ、もうすぐ、もうすぐで、意味が―――!



『―――じ、か、ん、を、か、せ、い、で』



 ―――時間を稼げ。


「了解したぜ、団長!」


 信仰フェイスに向かって引き金を引く。当然、撃ち出された弾は信仰フェイスにかすりもしない。

 だが、それでいい。信仰フェイスの注意が俺に向いた。


「っ……!? キッド、何を……!?」

「うぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 自分を奮い立たせるため、すっかり出さなくなった大声を張り上げる。

 その勢いに乗って、衰えた下半身に鞭を打つ。

 今出せる全力疾走、若いヤツらから見たら十分遅いだろうその速度で、信仰フェイスの下まで向かう。

 天使の動きが乱れる。やっぱりな。司令塔である信仰フェイスが動揺すれば、その動揺は配下の天使にまで影響を及ぼす!

 間髪入れず残りの銃弾全てを使い切る。計五発の銃弾、その全てがあらぬ方向へと飛び去っていく。

 信仰フェイスとの距離はまだある。五十肩で痛む肩を折らんばかりに振り回して、愛用の回転銃リボルバー信仰フェイスの顔面めがけて投げつける。

 だがそれも、信仰フェイスの服にすら届かない。だけど、それで十分だ。

 これで、ヤツをぶん殴れるまで近づけた……!!


「ジューダス! 歯ぁ食い縛れぇええ!!!」

「ッ……!!!」






 ―――血が、滴り落ちる。一滴、一滴と、一定の感覚を刻みながら大聖堂の白い床を染めていく。

 落ちてくる先を辿れば、無機質な白い塊を血が伝って落ちていた。

 それは、信仰フェイスを守護する二体の天使によって刺し貫かれたキッドの血であった。


「……嘘……父さん……」


 彼の娘、レイシャが言葉を漏らす。


「父さん……嫌……嘘よね……父さん!!! ねえ!! 父さんってば!!!」


 感情が溢れ、金切り声ような悲痛な叫びを上げるレイシャ。彼女の叫びを誰が止められようか。

 だが、無策で突っ込むような真似はさせられない。アストとアンジェラが彼女の体を掴み、天使がひしめく父のもとに行こうとするのを止める。


「……馬鹿な、真似を」


 突然の出来事に、信仰フェイスも思わず言葉が口を衝いて出る。

 “女帝の天使”と“女教皇の天使”に刺し貫かれたキッドの体は、未だ二つに分断されていないのがおかしなくらいに損傷している。

 これでは、さてもの彼と言えど―――


「―――バカで、悪かった、な……」


 心臓が跳ねる。耳にまでのその鼓動が聞こえるほどに、心臓が脈打つ。

 生きているのか? この状態で……?


「、……最期に、訊いておこう。何故、このような真似を?」


 息はある。だが、それも虫の息だ。

 だというのに、こちらを見上げるその瞳は、まるで燃え盛る火焔の如く煌めいて―――


「く、……訊きてえか? それなら、昔の好だ、教えてやんよ」

「……もったいぶるな。答えるより先に貴様を両断してもいいのだぞ」

「はは、そりゃ、かなわねえや。じゃあ、訊かせてやる。耳の穴、かっぽじって、よく聞きやがれ」


 キッドの手がこちらに伸ばされる。―――止めろ、それ以上動くな。

 握りしめられた拳から、一本だけ人差し指が向けられる。―――止めろ、無理をするな。

 体を無理矢理に伸ばし、今、眉間に指の腹が添えられる。―――止めろ、本当に千切れてしまうぞ!


 私は、今、どのような表情をしているのだろうか。

 私の顔を見て、昔馴染みの友人は、悪戯そうな笑みを浮かべていた。


「……俺は、騎士だ。騎士ってのは、国民のために、なにより王様のために、命をなげうつものって、相場が決まってんだよ」


 そう言い遺すと、彼の指は私の額に一筋の血の線を引いて落ちた。

 ポツポツと血を滴らせるその指は、ピクリとも動かす気配を見せない。


「―――待て」


 何かに縋るように、口からそんな言葉が零れ落ちる。


「待て。逝くな。逝くんじゃあない」


 彼の復活を願う言葉が紡がれる。

 それは、彼が天寿を全うしたことを否定するつもりで放ったものではない。


 それは、彼の言葉の真意を聞くためのものだ。


「待ってくれ、貴様、今、なんと言った?」


 聞き間違いなんかではない。確かに聞いた。

 認めたくない、その単語。この場に存在するはずもない、その存在を示す言葉。

 私にとっての、最大の試練にして最高の天敵の名を。


「―――()()、とは、もしや―――!?」


 ……答えは、そちらの方からやってきた。



 正面の扉が轟音を立てて、崩れ去る。

 その一瞬前、私の視界の端で捉えた扉の最後の姿は、まるで強力な光線で焼き切ったかのような幾つもの斬撃跡。

 あの斬撃跡、見覚えがある。かつての()との旅の中で何度も見た、あの聖剣による斬撃の跡だ。

 崩れた石扉が立てた砂煙の中から人影が現れる。その右手には、輝く剣身を持った一振りの剣。

 間違いない。やつこそ……あの御方こそ!


「―――アルトリウスッ!!」



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 遡ること数刻前。突然として、ルイ王子たちがいる艦橋に無線の音が響き渡る。

 しわがれた老齢の男性の声だ。決して大きな声ではなかったが、静まり返っていた空間にはよく通った。


『繰り返す。司令室、応答を求む』


 どこか、聞き馴染みのある声だった。それは、この艦橋にいる全ての人間が耳にした声色だった。

 ルイは無意識に、震える指先で『無線を取れ』と最も近い兵士へと指示を出す。


「こ、こちら旗艦アドミラル・サミュエル艦橋司令室。どうぞ」

『艦橋司令室、こちら現場からの報告だ。出現した人型の白い怪物―――通称“天使”共は一体一体強力な個体だが、複数人で相手取れば一般兵でも対処可能だ。()()()()()()やつよりも断然に弱い』

「相手にした……? おい、それは一体どういう―――」

「この声……まさか!」


 何かを察したメイリィがルイの手を振り払い、兵士を押しのけ、一目散にマイクへと掴みかかる。


()()! 病室を抜け出してどこに行っているんですかぁ!!」


 艦橋に衝撃走る。

 無線を使っていたのは、まさかの皇帝アルトリウスであったのだ。


『ゲッ!? この声、まさかメイリィか!?』

「まさかのメイリィですぅ! 私、言いましたよねぇ!? 治療が完了するまでは絶対安静だってぇ!!」

『で、でもなぁ、もう十分に回復したし、みんなが頑張っている中で一人床に伏せているのもなんだか悪いし……』

「戦場に行っていいかどうかの判断は医療者である私がしまぁす!!」

『む、ぐぅ……』


 あまりの剣幕にアルトリウスも押し黙るより他になかった。

 それでもメイリィの怒りは収まらない。見た目はプリプリと可愛らしい怒り方だが、誰もこれを抑えようとは思えない、そんな迫力があった。


「ちょ、ちょっと待て。メイリィ、貴様の報告というのは……」

「今! ここで話している老いぼれ戦闘バカ皇帝が勝手に抜け出した件ですぅ!!」

『お、老いぼれ戦闘バカ、って……』

「そんなことよりもぉ! 陛下ぁ、今どこなんですぅ!? すぐに戻ってきて治療の続きをしますよぉ!!」

『う、うむ。それなんだがな、もう既にアジトに入り込んでいるところで……あ、地下だからかなぁ!? 通信の様子がおかしいぞぅ!? ザザ、ザー、ザ、ザ……プツッ』


 わざとらしい通信を最後に、無線が切れる。

 誰もが思った。逃げたな、と。


「陛下ぁッ!!」


 艦橋にはメイリィの声が木霊した。


 その後のアルトリウスの動向はこうだ。

 地上にいる天使崩れ――信仰フェイスが名付けた名で呼ぶのなら“愚者の天使(マテル)”――らの粗方を撃滅し、南方の入口からアジトへ侵入。

 そうして、今に至る。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「……馬鹿な」


 信じられないような物を見るような視線を送る信仰フェイスに対し、アルトリウスは静かに、しかし確固とした覚悟を決めた目で応える。


「ありえない……貴様は、私の“苦しみの杭(スタウロス)”にて再起不能のはずだ。なのに……何故、ここに―――」


 信仰フェイスが言い終わるよりも先に、一陣の風が走り抜けた。

 目に飛び込む微風。反射的に信仰フェイスは瞼を閉じる。

 次に目を開けた瞬間に飛び込んできた景色は、眼前の皇帝、彼に抱きかかえられるキッド、そして無数に切り刻まれた“女帝の天使”と“女教皇の天使”の姿であった。


「ッ…………!」

「……すまない、キッド。無理をさせた。今はただ、休むといい」


 そう言い、アルトリウスはキッドの目を閉ざす。

 だが、そんな隙を甘んじて見逃すほど信仰フェイスは優しくはない。

 残る全ての天使たちを動員させ、自らも巻き添えになることすら覚悟で攻撃を指示する。

 皇帝を取り囲む、十余りの天使たち。逃げ場はどこにもない。


「アルトリウス! 貴様はッ! 貴様だけは、ここで―――ッ!!」


 今、再びの風。それは先程の微風とは桁違いの、そう、まるでその場に嵐が巻き起こったかのような強風。

 それがアルトリウスが引き起こした剣の舞によるものだと認識できたのは、“世界の天使(ウォルデル)”以外の全ての天使が討たれたことを理解したのと同時であった。


 僅か、一瞬で、十体以上の天使が、全て、やられた―――!?


「ッ、……アルトリウスゥ!!!!」


 当のアルトリウスは、キッドの遺体を他の騎士に引き渡している最中であった。こちらには目もくれていない。

 油断か。慢心か。それならば好都合。挑発であるのならば乗ってやろう!

 相手は“常勝の皇帝”。自身が元最高位の僧侶であろうとも、勝ちの目は万が一にもない。

 だが、信仰フェイスの下には最高位格の天使である“世界の天使(ウォルデル)”がいる。

 彼女の力と信仰フェイスの権能があれば、如何に聖剣使いであろうと負けはしない。


「世界の天使よ! 私にその力を貸し給え!!」


 “世界の天使(ウォルデル)”に内包された世界を現実世界に召喚し、そのまま超質量攻撃へと転化する。

 信仰フェイスは自身の固有能力ユニークアビリティにより、確率を操作し無傷の運命を手繰り寄せる。

 すなわち、デメリット無しの自爆技のようなものだ。


 今、“世界の天使”が信仰の背後へと浮かび上がると、その身を光り輝かせ、自身の中と外の境界を曖昧にさせる。

 次の瞬間には、この大聖堂一室を騎士諸共圧し潰すだろう。


「ハハハハハ!! これで、私の勝ちだ! 悔しそうな貴様の顔を見れないのが残念だがなぁ!!!」

「……そうか。それは、どのみち叶わぬ願いであったな」


 アルトリウスが聖剣を軽く振る。その軌跡は、剣身の光とともに飛ぶ斬撃となり、信仰フェイスへと向かっていく。

 軽く振ったものであっても、その一撃は老人の体程度であれば簡単に両断してしまうだろう。だからこそ、信仰フェイスは防御する。

 彼の固有能力ユニークアビリティ―――“神の試練”は確率・因果律・運命に作用し、彼の望む結果を引き寄せる。

 今、信仰フェイスが望んだ結果は“攻撃が自身の身に当たらないこと”。その望み通り、光の斬撃は彼の肉体に当たることなく、彼の後方へと飛び去っていく。

 信仰フェイスの顔に、勝利の確信を得た笑みが浮かんだ。



 ……アルトリウスの真意すら知らずに。



 光の斬撃は確かに信仰フェイスの肉体にはかすりもしなかった。

 だが、その背後にある存在には直撃した。“世界の天使(ウォルデル)”には直撃したのだ。その後には、大きな瑕が残る。

 今の“世界の天使”は、自身の外殻と己の内にある世界との境界が曖昧な状態であった。

 それはすなわち、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を意味する。

 そして、先程の瑕。この部分だけは、他の外殻と比べ中と外の境界が薄い状態にある。

 ここに世界の中から攻撃を仕掛ければ、中にいる存在は簡単に脱出できるだろう。

 但し、地球と同等の広大な天使の内包世界の中、直感で瑕を付けられるであろう箇所に辿り着き、天使の外殻すら突き破る攻撃力を持った者すらいなければ、だが。


 そうして、その万が一が起こる。


 “世界の天使”が音を立てて割れる。

 そのガラスが崩れるような音を聞き、信仰フェイスが振り向いたときには時既に遅し。

 剣の一撃が彼の体を袈裟斬りにする。


「……ぐ、ふっ……! マ、ックス……ッ!!」

「……貴方の前で、“奇蹟”とは言いますまい。神が決めた運命とも言いますまい。これは、我らが手繰り寄せた()()。幾重にも分岐した複雑な道の中、全員の力を合わせてようやく得られた勝利の結果です」


 信仰フェイスが膝から崩れ落ちる。

 斬り裂かれた胸からは大量の血液が滝のように流れ落ち、内臓がはみ出している。

 これ以上は戦うどころか、生命活動すらまともにできない。


 ―――“信仰の徳(フェイス)”は、撃破されたのだ。






「まだ、だ」


 その言葉に、その場にいる全員が息を呑んだ。

 信仰フェイスの……ジューダスの肉体はもう死に体。話すことなど、誰の目から見ても不可能だと分かった。

 それでも、まだ、彼は生きている。


「まだ……だ……。私、は……まだ、……私の、使命を……果た、して……」


 彼はまるでイモムシのように顎だけで体を前に進ませる。

 その鬼気迫る執念に、最強の英雄であるマックスは生まれて初めて後退を余儀なくされた。

 しかし、ジューダスの目的は彼ではない。彼の後ろにあるもの、“世界の天使”の残骸であった。

 “世界の天使”は既に肉体の半分ほどを破壊されている。残っているのは、中央にあった女性の像の部分のみだ。

 それでも、なお、ジューダスは彼女のもとに向かい続ける。


 痛々しいまでのその姿に、多くの騎士達は恐怖に似た感情を抱く。

 だが、彼をよく知るアルトリウスとアンジェラだけは、そうではなかった。


「ジューダスちゃん……。やっぱり、まだ、()()()のことを」

「アンジェラ北部隊長。何か知っているんですか?」

「……ええ。……アルちゃん、私から話しても?」

「いいや。これは私から話そう。……おこがましくも、彼を親友と慕っていた私の口から伝えねばならない」


 アルトリウスはそう言うと自身の心を落ち着けるように息を一つ吸い、吐き出してから、静かに語り始めた。


「これは、もう何十年も前。私と彼が旅をする前まで遡る―――」

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