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村人Aの異世界叙事詩  作者: ユッケ=ビビンバ
第六章 善と悪の詩〜決戦、七つの美徳編〜
115/121

第115話 節制の罪

~前回までのあらすじ~

“七つの美徳”幹部の一人“節制の徳”と接敵したリンたち。

しかし、彼が持つ手鎌の能力“時止め”の前に、リンは深手を負い、他の戦士たちも為す術がなかった……。

 ……『過分』というものは、往々にして善くないこと、悪しきことなのです。


 過分な富を持てば心を喪い、強欲の果てに貧者を虐げる。

 過分な食を得れば自制を喪い、暴食の果てに身を滅ぼす。

 過分な恋をすれば身の程を喪い、色欲の果てに堕落する。

 過分、過分、過分。身に余るものを得ようとすればするほど、元からあったものは手から転げ落ち、心は痩せ、そして死に至る。

 故にこそ、節制が必要なのです。


 私はただ、世の人にもそうあれかしと訴えているだけ。

 だからこそ私自身も節制に努めた。

 過分な食は摂らず、過分な富は持たず、過分な人付き合いは減らした。

 果てには、私の顔も、名前も、過去も、不要だと知り棄ててしまった。


 だが、世の人の多くは私の思想には賛同してくれないようだ。

 であるのならば仕方ない。そもそもとして、この世界には人が()()()()

 この世のあらゆる資源は有限。無駄に消費する愚かな人間どもは不必要なのだ。

 だからこそ、私は―――





 ―――ついに、破壊僧デストロイヤーの顔面が地に付いた。

 全身を切り刻まれながらもなんとか戦い続けていた彼女であったが、起こしていた上体は限界を迎え地に伏してしまった。

 それすなわち、節制テンパランスの勝利を意味する。


「リン!!!」


 すかさず破壊僧の仲間たちが彼女の周りに群がってくる。

 それを見て節制テンパランスは、軽率なことだ、と心の中で憐れんだ。

 敵前で背中を見せ倒れた仲間の安否を気にするなど、自ら首を差し出すようなものだからだ。


(無駄ナことヲ。やはリこの人達モここデ……イヤ、そのようナ時間ヲ割くコトすラ勿体ありませンネ)


 リンの仲間たちは彼女の治療に当たる。

 しかし、余りにも出血が多い。このままでは死ぬことは誰の目から見ても明らかであった。


回復術士(ヒーラー)ガいるようデスが、傷を癒しタところデ彼女カラ流れ出タ血まデ戻すことハできマスまイ。我々ハ忙しいのデス。大人しク引き下がルのなラ、コチラから手出しハしませんガ……」


 節制テンパランスの言葉が切れるのが早いか、仲間たちはリンを囲み武器を構える。

 それは明確な反抗の意思、つまりは戦闘継続の意思であった。


「……ハァ。オバカな人達ですネェ。英雄級すラ下した私ニ、マダ楯突く気ですカ?」


 節制テンパランスが一歩足を踏み出す。その一挙動だけで、先頭に立っていた戦士の肩が跳ねた。

 節制テンパランスは時止めを使わない。羽虫を潰すだけのことに、わざわざ武器ハルペーを使う必要すらないと判断してのことだ。


(サテ、相手の構成は……前衛ニ男の戦士ト女の騎士ガ二人。後衛ニ回復術士ヒーラーと魔術使、女騎士がもウ一人。ホウホウ、パーティのバランスはイイですネ。デスガ、ソレで私を倒せるトハ思わないデ欲しいですネ)


 テクテクと、小走り気味に距離を詰める節制テンパランス

 迫りくる恐怖に限界を迎えたか、先頭に立っていたゴウラが雄叫びを上げて斬りかかってきた。

 当人にとっては決死の特攻なのだろう。それでも、その大振りな攻撃は簡単にその軌道を読まれる。

 節制テンパランスは振り下ろされる大剣の軌道を読み、その切っ先が仮面を掠るギリギリで避け、お返しとばかりに手鎌ハルペーの刃を彼の体へと向ける。


 時の流れすらも切断するその手鎌は、彼の革の鎧を難なく裂き、鍛えた筋肉すら豆腐のように切るだろう。

 その光景を予見した仲間のうちの誰かが声にならない絶叫で彼の名を呼ぶ。

 だが、叫んだところでどうしようもない。

 今、真っ赤な血潮が噴き出し、宙を彩った―――。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「“ウォーロック”ってさ、確か魔導士の一種だったよな?」


 ある日の昼飯時、目の前に座っていたヒロが何の脈絡もなくそう訊いてきた。

 ゴウラはその次に来る質問を予想しながら、正直に答える。


「ああ、そうだが」

「ってことは、職人(スミス)みたいに役職から名字を取ってるんだろ? でもゴウラは魔導士じゃなくて戦士じゃん。なんで?」


 ほら来た、と言わんばかりにゴウラは表情で訴える。

 だが、その表情の理由をヒロは察せずにいるようで、呑気に飯を頬張ったままゴウラを見つめ続けている。


「………………ま、ヒロは異世界人だからしゃーないか」

「んぐ?」

「お前の予想通り、俺の家系は魔導士だ。しかもただの魔導士じゃなくて、黒魔導士な」

「ムグムグ、その、黒とか白ってどういう意味?」

「それはアリスに改めて聞いてこい。そんで……前にも話したっけ? 俺はこの役職ジョブにしたのは生まれ持ってのステータスで、って話」

「あー……確か、力と堅さのステータスが高いから、って話だったっけ? ……って、ああ」


 そこでようやく、ヒロは真相に気付いたようだ。


「気付いたか? ま、そこも予想通りだよ。魔導士の家系ではあるが、俺にはその魔導士としての才能がなかったのさ。だからあんな暗くてジメ〜っとした家を飛び出して、戦士をやってるって訳」

「そういうこと……。……なんか、ゴメン。あんまり話したくなかったことだよな」

「別に。どっちかと言うと、今まで何十回も説明してきたことだから、ウンザリの気持ちのほうが強いわ」

「ははは……。でもさ、」


 ゴウラの耳に、この話の流れで聞いたことのない接続詞が飛び込む。

 思わず、無意識に外していた視線がヒロの瞳に向いた。


「今まで一族が受け継いだ魔導のことは知っているんだろ? だったら、いつかは魔導も使える“魔導戦士”ってのも、夢じゃないんじゃないか?」



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 ―――何が、起こった?


 ヤツの攻撃は確かに避けたはず。ならば、この視界を染める血は誰のものだ?

 私は確かに彼の攻撃を避け、反撃に鎌を突き立てたはず。ならば、この痛みに悶えているのはヤツの方ではないのか?


 私の顔を隠していた仮面が両断され、力なく地面に落ちている。

 顔の頭頂から顎にかけて、熱い痛みがジクジクと唸っている。

 なぜ、なぜ、何故???


 ()()()()()()()()()()ッ!?




 その光景は、その場にいた全ての者に衝撃を与えた。

 攻撃を躱され反撃を受けたはずのゴウラが立っており、攻撃を躱し反撃を与えたはずの節制テンパランスがダメージを負っていた。

 一体何が起こったのか。一体どのような要因でこのような結果が引き起こされたのか。

 それを知っているのは、ゴウラ自身であった。


「……お前の素顔。どんなもんかと思っていたが……顔の皮を剥いでいるのか。自分でやったことなら、悍ましいことこの上ないな」

「こノッ……小蠅風情がァッッ!!!」


 鼻も瞼もない醜い素顔を晒した節制テンパランスが再び襲いかかる。

 これに対し、ゴウラが大剣を三度振るう。

 だが、そのいずれも節制テンパランスを捕らえることはできない。流石は英雄級を圧倒した身のこなしと褒めるべきか。

 今再び、ゴウラに死が迫り来る。




 ―――ズン。


「……は?」


 再び斬られたのは、またもや節制テンパランスの方であった。


「ア、ガ、ギャアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 再び三筋の切創が節制テンパランスの肉体を灼く。

 長らく感じることのなかった痛み。戦いの痛み。それが今、節制テンパランスを灼いていた。


「もう終わりだ。お前じゃ俺には勝てない」

「ハァ……ハァ……ハァ……。舐メ、ているんジャ、ないゾ……! 私ガ、オ前に、勝テナイ……!? ソンナ、ワケ、アルカ! 私ハ、“節制の徳”ッ!! コノ世界に残るベキ、選バレタ……人間ナノダぁッ!!!」


 今一度、節制テンパランスが手鎌を振るう。

 それに合わせて、ゴウラも大剣を横一文字に振り払う。

 そのどちらの攻撃も、相手に当たらない―――否。節制テンパランスにあっては、攻撃を当てる目的ではなかった。


 時間の流れが切り裂かれる。時間の連続性が断たれる。

 すなわち、時間が停止する!


「………………ンフ。ンフフフ。ンハーハッハッハッ! オバカな人! 時間さエ止めれバ、後はコチラのモノ! どのようナ原理デ私に攻撃ヲ当てテいたのかハ判りませんガ、コウしてしまえバ、何もできマスまイ」


 ゆっくりと、しかし着実に、節制テンパランスはゴウラの近くまで寄る。

 止められた時間の流れはそう長くは続かない。断ち切った川の流れが自らの圧力で再び流れを形成するように、時間はその流れを取り戻す。

 節制テンパランスが自由に動ける時間は少ない。だからこそ、着実に一撃を入れなければならない。


 節制テンパランスがゴウラの眼前に迫る。

 そして、手鎌ハルペーを振り上げ、自身にされたように彼の顔を両断せんと、一気に振り下ろす!




 ―――ブツっ。


 両断されたのは、手鎌を握っていた彼の右腕だった。


「……ふ、」


 この時、節制テンパランスは理解した。ゴウラの攻撃の謎を。

 これは、同じなのだ。この、“神斬りの鎌アダマンティン・ハルペー”と同質の能力。

 すなわち、()()()()()()()()


 “神斬りの鎌アダマンティン・ハルペー”が時間の連続性を断ち切る鎌であるのに対し、ゴウラの斬撃は()()()()()()()()()()

 さらに簡単に言えば、()()()()()()()()()()()()()()なのだ。

 故に、留められた斬撃に自ら突っ込めば、傷を負うのも必然。

 それは、この止められた時間の中ででも同様のこと。


 だが、驚くべきはそこではない。

 “神斬りの鎌アダマンティン・ハルペー”は造成された魔法級の武具。珍しいものではあるが、そのような伝承を持つものは幾らでもある。

 だが、ゴウラのそれは造られた武具ではない。

 それは、彼が起こした技能である。それは、魔法に匹敵する現象である。

 それを、ただの凡俗な、特別ではない、有象無象の一人であるゴウラが振るった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



「フ・ザ・ケ・ル・ナァァァアアアアアアアアアアア!!!!!」



 瞬間、衝撃。

 節制テンパランスの顔面に巨大な拳で殴られたかのような衝撃が走る。

 彼はその衝撃を受けて真後ろへと吹き飛び、壁へと追突する。

 何事かと混乱する頭を起こすと、視線の先には一人の英雄が立っていた。


「デ、破壊僧(デストロイヤー)……!」


 倒したはずのリンが立っていたのだ。

 回復役のおかげで傷は治癒している。流れた血はまだ戻っていないが、あと一撃程度は気力でなんとかする。


「リ、リン……」

「お疲れ様、ゴウラ。ちょっとの間だけだったけど、席を外していた分は取り戻すわ。だから貴方は休んでいなさい」

「へへ……何を言ってんだ。お前のほうがボロボロだろうに。でも、そうだな。少し、疲れたし、俺は、休んで……」


 緊張が緩んだのか。それとも魔法級の時間魔導を使役した反動なのか。

 ゴウラは前のめりに倒れる。

 それを慌ててアリスが受け止めた。


「……リン。アンタも瀕死なんだから、無理はしないでね」

「ええ。ただ、あと一発だけ殴るだけだから」


 腕に抱えたゴウラをアリスへ引き渡しながらそう言い残すと、リンは節制テンパランスに向かって歩き始める。

 節制テンパランスはというと、芋虫のように地面に這いつくばって、切断された右腕に握られたままの手鎌ハルペーへと左腕を伸ばしていた。


「ハルペー……ハルペーさエあレバ……瀕死の英雄だロウが……魔法を使う凡俗だろウガ……ハルペー……ハルペーさえアレバ……!」


 あともう少し。あとちょっと。あと数ミリ、手を伸ばせば。

 今、指が、ハルペーに触れ―――




 ―――ベキッ!


 伸ばしていた中指ごと、ハルペーが踏み潰された。


「アア……、アアア……」


 痛み、衝撃、絶望。様々な感情が渦巻いた結果、言葉にならない声だけが漏れ出る。

 そんなこと気にも留めず、リンは節制テンパランスの襟元を掴み、その身体を持ち上げる。


「さて、最後に言い残すことはあるかしら?」

「……っ………………、……。




 時間の無駄です、やるなら早くしてください」

「ッ!」



 ―――渾身の一撃が光る。



 ドッッッパゴオオォォォオオオオオン!!!!!


 破壊僧の一撃を受けた節制テンパランスの肉体は、部屋の天井を突き破り、地下の岩盤をも突き抜けて地上へ飛び出し、はるか彼方、青空の果てへと消えて去った。




「や、やりました……の?」

「これで生きていたらもうどうしようもないわね。さ、て、と……」


 そう言うと、リンは受け身も取らず背中から倒れ込んだ。

 その姿はいつもの筋骨隆々の姿ではなく、年相応の少女のものへと戻っている。


「あーもうダメだー。もう一歩も動けないー」

「だ、大丈夫ですの?」

「大丈夫じゃないー。頭がぼーっとするー。なんか体が寒いー。早く輸血しないと本当に死んじゃうー」

「そんなテンションで報告することじゃありませんわ! エマ、シルヴィ、それとアリスにクリス! 重傷人を担いで撤退しますわよ!」


 ロザリーの指揮のもと、フルーランス班は撤退を余儀なくされる。




 ―――七つの美徳、“節制の徳”、撃破。

【裏設定】

ゴウラの家系は空魔導……そのうち、時間に関することを研究する黒魔導士の一族です。

そのため彼も幼いうちから一族の研究に立ち会ってきましたが、魔導の適性がないということで家から追い出されてしまっています。


まあ彼自身、空魔導の適性がめちゃくちゃ高かったんですが、幼いうちから扱えるわけがないので適性なしに見えちゃったんでしょうねぇ

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